魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

273 / 551
異次元の妖すら逃げ一択

 愛梨や栞は京都市街地のホテルに泊まるため、駅で別れた。悠元と沓子はそのまま嵐山の宿に帰ると、先に帰って寛いでいた怜美が声を掛けてきた。

 

「悠元君に沓子ちゃん、おかえりなさい」

「ただいまなのじゃ」

「ただいま戻りました。実家の方は何かありましたか?」

「そうね。まずはお茶を淹れてからにしましょう」

 

 怜美が率先してお茶を淹れることになったため、座布団に座った上で大人しく待った。そして、怜美から差し出されたお茶は丁度良い熱さ加減で飲みやすかった。

 

「美味しいですね」

「ありがとう。うちの実家は宇治に茶畑を持っているらしくて、神楽坂殿の持て成しに使いなさいって押し付けられたの」

「宇治……ひょっとすると、周公瑾の情報も入っていますか?」

「ええ」

 

 『九頭龍』の一角を担う安宿家は、元々京都(きょうと)諏訪(すわ)氏の流れを汲む一族。室町幕府滅亡後、当時の京都諏訪氏当主が明智光秀(あけちみつひで)に仕えたが、山崎の戦いで敗北した。その後、朝廷の意向を受ける形で神楽坂家が京都諏訪氏を引き取り、諏訪神党の一つである安宿家を名乗らせたのが発祥である。

 現在は旧京都府南部を拠点とし、国防陸軍宇治第二補給基地は安宿家が所有する土地を“貸与”する形で建設された(神楽坂家および上泉家が所有する土地は特殊な私有地扱いになるため、書面上は『政府による土地の買い上げ』となっている)。

 

「悠元君なら気付いているかもしれないけど、13日に周公瑾が基地の中に入っていったそうよ。それから今のところ動く様子は見られなかったって」

「ふむ、『鬼門遁甲(きもんとんこう)』の発動形跡もありませんでしたか?」

「ええ。御当主様から提供された対方術用の結界にも今のところは」

 

 方術『鬼門遁甲』を実際に経験しているのは、横浜での経験で言えば元継、レオにエリカ、悠元と深雪、そして雫の六人。そこでの経験を踏まえて『鬼門遁甲』対策も含んだ対方術に特化した結界術式を千姫経由で安宿家に提供した。

 

「逃げておらんとすると……時間稼ぎのつもりかの?」

「もしくは、名倉三郎との戦闘で負った怪我を治療するためだろうな。あるいはそこで消費した手札の補充という線も考えられるが」

「……え? その名前って確か、先週嵐山で亡くなっていた七草家の護衛の人よね? どうしてそこで周公瑾が関係してくるの?」

「そうですね、これは秘密にして欲しいのですが」

 

 怜美が名倉を知っていたのは実家の関係もあるが、昨年の論文コンペの時に千秋絡みのトラブルで偶然会った事があったとのこと。悠元は周公瑾が名倉三郎を殺した犯人であることを明かした。これには沓子や怜美も驚いていた。

 

「つまるところ、七草家が周公瑾を殺そうとしたってことよね? でも、四葉家が九島閣下の協力を得て周公瑾を追っているのだとしたら、師族会議の結果でそうなったの?」

「いえ、師族会議で母上から当主達に周公瑾の存在を仄めかす形で周知されましたが、周公瑾の名前はもとより追討の決議もされていません。しかも、達也らが九島閣下と会談した事実を掴んで行動を起こしたようで。つまりは、七草家が何か知られると拙い関係を周公瑾と持っていた可能性が浮上します」

「……何ということじゃのう」

 

 念のためにメディア関係も含めて周公瑾の行動を洗い出したところ、今年2月中旬―――パラサイト事件が終結する前の段階で名倉と横浜・中華街で会っていた事実まで出てきた。偶々中華街の行きつけの店で食事をしていたのならば筋は通るだろうが、そこには七草家当主・七草弘一も同席していたのだ。

 

 周公瑾と名倉三郎、そして七草弘一。ここまで主要な人物が一堂に会した時点で何も起きないはずなどなかった。

 それを指し示すかのように、七草家の息が掛かったメディアの報道は4月以降だと反魔法主義の記事が圧倒的な比率を示していた。それを相談された上で黙認したのは他ならぬ九島烈。『恒星炉』実験以降は周囲のメディアに圧される形で野党議員のスキャンダル記事が目立っていたが。

 そして、6月初めに周公瑾と名倉三郎が会談し、その直後に周公瑾が九島家を訪れて現当主と会談している。こうなると、周公瑾が名倉、七草弘一、九島烈と経由する形で九島家現当主との会話を取り持った形が濃厚だろう。

 

 原作だと「フリズスキャルヴ」経由でパラサイドールを知った顧傑が周公瑾を動かし、何の前触れもなく九島家を訪れた。この時点で怪しさというか、九島家が密かに開発しているパラサイドールの存在に気付かれていると睨むべきだが、現当主はパラサイドールの強化に利用すると画策して受け入れた。

 結果として大陸の方術士が奈良や京都の『伝統派』を困らせているのだから、九島家は非を認めて謝罪するべきなのにそれが出来ない。いや、それをすればパラサイドールを開発したのが九島家だと疑いを掛けられることになりかねず、最悪魔法師社会の秩序が崩壊しかねない。

 どちらにせよ、将来的に十師族の座を降りざるを得ないのにも関わらず、無駄にあがき続けて事態をより悪化させている始末だ。

 

 話を戻すが、実は光宣から相談を受けた際、周公瑾の訪問に気付いていたらしい(その日は体調が悪く、学校を休んでいた)。その際、使用人からは「先代様のご紹介での来客」と聞き及んだとのこと。

 さしもの周公瑾もいきなり訪れるという慣習破りは相手に要らぬ疑念を持たれると警戒したのかもしれない。四葉に狙われた時点で意味のない行為になってしまったが。

 

「実は、その際に名倉のCADデータをコピーする形で回収した」

「えっ、悠元君も現場にいたの?」

「いましたね。ただ、目的は名倉さんの“回収”にありましたし、向こうはこちらの気配に気付かなかったので無視しました」

 

 あくまでも周公瑾の捕縛は達也が担うべき仕事であり、『元老院』に関わることになる自分が手を下すべきではない。それに、これは達也の四葉家次期当主就任に際して大きな実績となるので、四葉の分家当主達を黙らせるためにも自分が手を出す領分でないと判断した。

 そして、名倉に関することは達也の実績を重ねさせる意味で大きな意味を持つと睨んでいた。

 

「“回収”というと……悠元の事じゃから、魂でも回収したのか?」

「厳密には“魂魄(こんぱく)”と呼ばれる代物だな。“亡霊”や“幽霊”の類にはなるが、周公瑾が名倉を殺してくれたことで実験出来た形だ」

 

 “魂”そのものに定義を持たせるのは難しいが、原作において周公瑾が光宣の肉体に乗り込んで支配しようとした出来事―――パラサイトの人体掌握プロセスは知識として知っていたため、ピクシーとアリスに協力してもらう形でパラサイトの霊子波を計測・把握した。

 死の間際に肉体から分離する精神体は、従来だと想子の供給構造が消失するために維持できず、そのまま粒子単位まで分解されてしまう。この部分はパラサイトが実体次元や情報次元において単独で維持できない事実からして間違いないとみている。

 

 ピクシーやパラサイドールの例からすれば、霊子で構成された独立情報体を何らかの形で止めることが出来れば、人間の精神体―――“魂”を保存できるのでは、とも考えた。

 幸い、パラサイドールのデータはスティープルチェース・クロスカントリーの際に嫌というほど収集したし、基本構築自体は難なく終わった。流石に生きている人間相手に使えるはずもないので実験はしていなかったのだが、今回の一件を利用させてもらうことにしたのだ。

 

「便宜上は『紅玉(こうぎょく)』と名付けた代物だな。元々、別のものを作る過程で出来てしまった副産物なんだが、何かに使えないかと完成させたのが役に立った形だ」

「魂を封印するって……広める気はなさそうね」

「当り前です。理論上は『無限転生』が可能になる代物なので、施政者や野心家が知れば間違いなく世界大戦が起きかねません」

「それって聖遺物(レリック)レベルの代物じゃぞ、悠元」

 

 そのまま死なせるには惜しい名倉の力を生かす方法をどうにか考えた。『天陽照覧(てんようしょうらん)』では周公瑾に残る名倉の血の針が消えかねないため、その次善策として考え付いた形だ。

 幸い、現代魔法に関わる実験の影響で世の中に出せない実験体や調整体が多いため、いくらでも都合を付けられると思ってはいたが、そこまでする手間が省けたのは幸いだった。

 

 だが、こんなことをするのはこれ一回きりにするつもりで、『紅玉』自体は神楽坂本邸の地下深くに埋めて、使用方法は神楽坂家当主以外に一切伝授しない。分解した方が早いかもしれないが、万が一皇族が断絶しかねない時の“保険”として残すつもりだ。

 何せ、この『紅玉』自体も面白い副産物を含んでおり、『紅玉』を触媒にする形で天神魔法『天照』『月読』を使用した場合、五行相剋および五行相生が単独でも発動可能になった。千姫に試してもらった際、その効果があることまで判明したのだ。

 ただ、千姫としてはこのまま悠元に当主の座を渡したい方向性に変わりはなく、あくまでも緊急時の切り札として残すのが良いと判断した。これの製造方法はというと自分の頭の中にしかなく、本来は『恒星炉』のためのレリック複製の過程で偶然出来てしまっただけなので、複数作るつもりなど毛頭ない。

 一応、今後の保険も考えて千姫にだけ製造法は教えたが、千姫からは「パラサイトが悠君を避けたがる気が分かってしまいますね」と言われた。誠に遺憾だと述べたかった。

 

「なので、この存在を知っているのは俺と母上以外は文弥と亜夜子ちゃん、そしてお二人だけです」

「絶対に言わないわ。ううん、言えないもの」

「全くじゃ。婚約解消どころかわしらの命まで消えかねん」

「俺は魔王じゃないんだが」

 

 状況は分からなくもないが、人を見て怯えるのは止めてほしい。いくら俺でも分別のある人間にしか話さないと決めているし、大体婚約者や愛人として押しかけて来た側に言われるのは何だか釈然としない気分だ。

 この後、二人から「何でもするから許してください」みたいなことを言われたので、つい反射的に母直伝のトールハンマー(こめかみグリグリ)を炸裂した。その際に沓子が痛みで暴れて沓子を押し倒す形となり、怜美からは「もっとやっちゃいなさい」と煽られ、沓子からは「わし、食われるのか?」と頬を赤らめつつ期待するような眼差しを向けられた。

 この後、何があったのかと言えば……いくら精神年齢が年を食っていても、自分に好意を抱く魅力的な女性に誘われて何もしない男性がいるだろうか。いや、いないだろう。

 いるとすれば、それは余程の朴念仁か性欲に激情しない輩ぐらいかもしれない。

 

「……」

「お兄様? 窓の外を見て、どうかなさいましたか?」

「いや、誰かが噂をしているような気がしたのだが、どうやら気のせいだったようだ。最近の忙しさで疲れているのかもな」

「なら、ほのかにモゴッ」

「雫、今とんでもない事言おうとしたよね!?」

 

 その頃、放課後の生徒会室で不意に窓の方を見た達也に深雪が首を傾げて尋ねたが、達也は変に気を張り詰めているせいかと自分の中で納得させ、それを見ていた雫が何かを提案しかけたところでほのかがその先を予想しつつ、頬を赤らめながら慌てて雫の口を塞いでツッコミを入れたのだった。

 

「……」

「泉美ちゃん、どうかしたの? 自分の胸を触って」

「あ、いえ、何でもありません……お兄様は……」

「……今何か言うと、槍玉になりそうですね」

「同感です……」

 

 そんなやり取りを聞いて、徐に自分の胸を確かめるようにしている泉美にセリアが尋ねると、泉美は慌てて取り繕ったが、水波と理璃が小声でお互いに場の雰囲気へツッコミを入れる気にはならず、押し黙ってしまったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「……まーたやっちまったよ、畜生」

 

 別に関係を持ってしまったこと自体を悔やんでいるわけではなく、場の雰囲気に流されてしまっている自分を恨めしく思った。夕食の前に風呂で寛いだ後、豪華な夕食を堪能してもう一度風呂に入った。今日は流石に風呂への襲撃が無かったが、部屋には空気を呼んだのか、三組の布団がピッタリとくっつく形で敷かれていた。

 二人は入れ替わる形で温泉に行ったので、仕方がないと諦めながら真ん中の布団に寝転がったところで、枕元に置いた通信端末が着信音を鳴らした。その相手も悠元が知る人間だが、珍しく音声通信という点が気になりつつ通話ボタンを押した。

 

「もしもし、こちら神楽坂ですが」

『あ……悠元、今大丈夫?』

 

 相手は雫だが、どうにも息が上がっているようで、まるで逆上せたような喋り方だった。確か、ほのかが北山家に泊まっているため、その絡みで何かあったのかと推察した上で尋ねた。

 

「大丈夫だが……その様子だと、ほのかと長風呂でもして逆上せたか?」

『……やっぱ、悠元に掛かれば何でもお見通しだね。覗いてた?』

「いくら何でも覗けるか、阿呆が」

 

 いくら相手が婚約者でも、覗きたいという欲求があったとしても道徳的にダメなものはダメだ。出来なくはないが、雫だけでなくほのかの裸まで見てしまうことになる。それを隠したところで雫にバレる可能性があるし、ほのかが塞ぎ込む可能性が高い。そんなリスクを一々負いたくないので、『万華鏡(カレイドスコープ)』を使う時は細心の注意を払っている。

 

「大体、こっちは京都にいるんだぞ。いくら雫とそういう関係を持ったとはいえ、嫌われるようなことはしたくないからな」

『……やっぱり悠元はジゴロ。そういう一線を弁えてるから、もっと好きになる……私の全部を愛してほしいぐらいに』

「逆上せて理性のネジが吹っ飛んでないか、雫さんや」

 

 すると、雫の会話を聞いてほのかが『何言ってるの雫!?』とツッコミを入れていた。間違いなく頬を赤らめながら恥ずかしい発言を咎めているのかもしれない。

 すると、向こうの端末が音声通信から映像通信に切り替わったようで、こちらも映像通信に切り替えると、雫とほのかが寝間着姿で映っていた。額には熱冷却シートが貼られていたので、大方の予想通り長風呂のし過ぎで逆上せたのだろう。

 

『悠元さん、その、雫が変なことを言ってたみたいで』

「気にするなよ、ほのか。しかし、その様子を見ると風呂で逆上せたみたいだな……ガールズトークの内容は敢えて聞かないが」

『京都に行きたかったんじゃないのかって聞いたけど、ほのかは納得してた。それに、ほのかがいい女だって話はした。あと、胸が許せなかったから揉んだ』

『雫ぅ!? いくら悠元さんが相手でも、そういうことを正直に言わないでー!!』

 

 やっぱり、原作で起きていたことがここでも起きていた。ただ、正直なところで言うと雫の胸は同年代で言っても平均以上になっている。誰のせいなのかは敢えて言わないが。それでも、雫からすれば大きい胸というのは羨ましく思えるのだろう。

 

「ははは……まあ、ほのかは性格的にも好かれやすいからな。雫の気持ちは分からんでもないが。ほのか、もう暫くは北山家で泊まってもらうことになってしまうが、申し訳ないな」

『い、いえ、雫から悠元さんに頼まれてというのは聞いていますから』

『悠元、帰ってきたら沢山m』

 

 雫が何かを言いかけた段階で通話が途切れた。多分、ほのかが慌てて通話を切ったのだろう。今の途切れた発言から予測できる内容だと、自分と雫の関係にほのかが気付いてもおかしくはない。ただ、それをほのかに強要してしまうとロクなことにならないのは確実極まりないが。

 すると、空気を読んでの展開なのか、通信を終えたところで風呂から戻ってきた浴衣姿の沓子と怜美が姿を見せた。

 

「ただいまなのじゃ。おや、誰かと話しておったのか?」

「雫とほのかの二人とな。雫が何かを言いかけて通信が切れた形となったが……ともあれ、明日のことについて少し打ち合わせよう。朝は達也たちと合流する手筈になっているからな」

 

 畳の上に電子ペーパーを広げて、三人で明日のことについて話し合ってから就寝した。流石に午前中から行動するので慎みたかったが、密着してくる沓子と怜美のスキンシップに根負けしてしまった。その代わり、翌朝の二人の機嫌が良かったのは言うまでもない。

 




 安宿家の設定は無論オリジナル設定です。
 七草家絡みのところは俗に言う「歴史の修正点」みたいなものと思ってください。周公瑾の行動もその辺の影響によるものと思っていただければ幸いです。
 霊子の構造体を一定空間内に保存する方法はパラサイトやパラサイドールの前例があるので可能だと判断しての代物です。劣等生世界の魂の概念がこれで行けるかどうかは分かりませんので、最悪オリジナル設定と解釈してください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。