10月20日、土曜日。いつもならば学校に通っている日だが、今日と明日は来週末に予定されている論文コンペの事前調査ということで、達也らが来る予定になっている。第一高校からは達也、深雪、水波、レオ、エリカ、幹比古、セリア、姫梨、佐那、そして理璃が出向いてくる。
「ふう……まだ5時だし寝ててもいいんだぞ、沓子」
「流石に目が覚めてしまっての。悠元はいつもの鍛錬か?」
「ああ、一日でもサボると癖が付きかねないからな。沓子もやるか?」
想子制御も含め、魔法力の制御訓練は演算領域を鍛える上で非常に有効な鍛錬法で、適度にサイオンを活性化させる必要がある。魔法の“燃料”となりうる精神―――
「そうさせてもらおうかの……どうかしたのじゃ、悠元?」
「……せめて下着ぐらいは身につけろ」
沓子の今の恰好は、浴衣を着てはいるが下着を身に付けていない。しかも、起きたばかりのせいで着崩れており、視線の方向次第で胸元が見えかねない。この程度で乱されていては話にならないため、諦め混じりに諭した。
すると、沓子は悪戯っ子のように面白そうな笑みを向けていた。
「ふふ、悠元も男の子じゃの。わしはいつでも歓迎するぞ?」
「阿呆。今日と明日は忙しくなるかもしれんからな」
冗談ではないにせよ、時と場合は弁えてほしいとツッコミを入れつつ立ち上がった。沓子の気持ちは察するが、元々その為に来ているわけではないのだ。なので、別個で時間は作るつもりだが、今やるべきことを優先したい。
「どこに行くのじゃ?」
「朝食まで時間があるし、風呂で汗を流そうと……で、何故腕にしがみつく」
「決まっておろう。背中を流してあげるだけじゃ」
「……信じるからな?」
沓子の押しに根負けする形で一緒に風呂に入る形となったが、流石にそれ以上の行動は窘めた。行き先次第では『伝統派』との戦闘になるため、体力を温存しておきたいという理由が一番だ。これには沓子も理解してくれた。
怜美は嵐山の宿で待機する形で留守を預かる形となり、悠元と沓子は京都駅へ出向く。すると、駅の改札口には既にレオと幹比古、それと佐那が到着していた。
「三人ともおはよう、先に来ていたのか」
「おう、おはよう悠元」
「おはよう、悠元」
「悠元さん、おはようございます。そちらの方は確か三高の」
「うむ、宜しく頼むぞ」
幹比古は実家の関係で四十九院家の存在を知っていたため、少し気になるような素振りを見せていた。家絡みの話題に触れるのもどうかと思い、悠元は幹比古に対して話題を変えるように問いかけた。
「それで、幹比古。他の面々は次のトレーラーで来るのか?」
「そうだね。あと30分ぐらいで到着するとエリカからはメールが来たけど」
「にしても、悠元は一昨日から京都にいたんだろ? 何かあったりしたのか?」
「あるにはあったが、あまり聞いても面白くないことばかりだぞ? エリカなら面白がるかもしれんが」
比叡山で盛大な歓迎を受け、嵐山の拠点を一時的に制圧し、『聖域』の布石を整えただけに過ぎない。エリカが聞いたら興味津々に聞いてきそうだし、深雪は別の意味で目を輝かせそうな気がする。
全部を話すわけにもいかないため、ある程度かいつまんで話したところ、幹比古は苦笑を浮かべ、レオは感心したような様子を見せており、佐那に関しては「当然ですね」言わんばかりに納得したような感じだった。
「いやはや……悠元は相変わらず規格外だね」
「『竜神』を制御できる領域にまで踏み込んだ幹比古がそれを言うか?」
「すげえな、悠元は。俺も見習わねえと」
「悠元さんは凄いですね、叡山の僧兵を怯ませるなんて」
「まあ、それに関しては天台座主に怯んだというのが大きいが」
ともあれ、達也たちが来るまでに時間があるため、悠元は幹比古に一本の扇子を渡した。それが単なる扇子ではなく鉄扇で、親骨と中骨、そして扇面の部分に刻印が掘られている。これが武装一体型CADだというのは幹比古でもすぐに分かった。
「悠元、これは?」
「幹比古専用の鉄扇型CADだよ。刻印されているのは術式じゃなく、幹比古が持っている術式補助具を強化するためのものだ」
実を言うと、幹比古自身の技量が大分上がっているため、幹比古が普段使いしている術式補助具がネックになりつつあった。そこで、次世代型刻印式魔法陣の試作品―――幹比古が使う精霊魔法に特化させたブースター兼思考操作型CADを古式魔法用にチューニングしたものを急遽準備した。
「試験機能としてCADの
「これは……また頭が上がらなくなる要素が一つ増えたね」
「気にするな。幹比古はいわばテスターみたいなものだし、物自体は知り合いの魔工技師に頼んだものだから」
レオに関してはパラサイト事件の時に渡した並列思考操作型CADに加え、ある程度克服したとはいえ未だに苦手な遠隔・精密操作系統を補助する意味で、悠元がローゼン・マギクラフトから買い付けたナックルダスタータイプの完全思考操作型CADをハード面で改造し、リストバンドから出力された魔法を強化する補助具としてレオに渡した。
佐那については、あまりにピーキーすぎる鉄扇をより効率化した術式が刻印された二本一対の鉄扇を渡した。鉄扇の要同士が紐で括りつけられているが、紐にはチタンと銀でコーティングされた糸が編み込まれていて、紐の間には全部で12個の銀製の立方体が紐に括り付けられている。
これは、古式魔法における高等技術の一つである『呪詛返し』をより効率化するために、術者の負担を減らすべく材質に糸目を付けないで組み上げた。佐那に渡した際、彼女から「これだけの呪具、平気で億単位は出さないと手に入れられないのですが」と言われたが、幼馴染である幹比古を守るのに半端な装備は渡せない、と言い含めると渋々受け取っていた。
RPGで
最悪、周公瑾を“消し飛ばす”ことも考慮に入れる必要はあるが。
幹比古への説明を終えたところでトレーラーが到着したアナウンスが構内に響き、それから数分後に達也たちが合流してきた。彼らからも沓子の存在が異質に見えたが、事情を一番知っている深雪はというと、笑顔を浮かべていた。
「沓子さん、お久しぶりですね」
「うむ、深雪嬢はより磨きが掛かっておるの」
「それはもう、愛する人の為なら努力は惜しみませんので」
その言葉に視線の矛先が悠元に向けられ、その当人は溜息を吐きたそうな様相を浮かべていた。すると、セリアがこっそり悠元の背後に回って小声で話しかけてきた。
「流石ハーレムおぼっしゅ!?」
「少し黙ろうか?」
「い、いたひ……」
言っておくが、自ら望んでハーレムを目指したわけではない。相手の気持ちを極力無碍にしたくないがため、この結果となっただけだ……結局のところ、望んでいるのとほぼ変わらないことに内心で盛大な溜息を吐きたかった。
セリアに対する悠元の鉄拳制裁を見た一同は揃って冷や汗を流したのだった。
◇ ◇ ◇
達也たちは宿泊先のホテルに荷物を預けに行くというので、一旦そのまま同行する形とした。その方が効率的に動きやすいというのもあったからだ。そのままコミューター乗り場に向かおうとしたところ、身に覚えのある気配―――それも、知己に会えて嬉しそうな雰囲気を纏っている人物―――を感じて悠元が真っ先に視線を向けると、光宣がこちらに向かってきていたので声を掛けた。
「おはよう、光宣。確かホテルで合流の予定の筈だったが」
「おはようございます、悠元さん。達也さんに深雪さん、水波さんも」
知り合いがこちらに来るというので、居ても立ってもいられなかったのだろう。何せ、彼の友人自体が少ないため、その気持ちは分からなくもなかった。なので、運転手に無理を言って駅で合流する形としたとのことだ。
一度顔を合わせている自分と達也、深雪と水波はともかくとして、エリカ達は驚きと関心が入り混じったかのような様子を見せていた。そこまでなら話は分かるが、その中で理璃が光宣を見て頬を赤く染めていた。
そんな中、光宣からすれば親戚にあたるセリアが率先して声を発した。
「いやー、驚きだね。まるで男性版深雪みたいな風貌だよ。っと、初めまして。第一高校2年のエクセリア・クドウ・シールズです」
「貴方が大叔父様の……第二高校1年、九島光宣と言います」
本来、面識を持つはずなどなかった……いや、片方は存在すらしていなかった九島家の人間同士の邂逅。お互いに九島の人間ということを名乗らなかった。それは、セリアも光宣も同じ魔法科高校の生徒として扱ってほしいという意思表示だ。
「第一高校2年、千葉エリカよ」
「同じく第一高校2年の西城レオンハルトだ」
「吉田幹比古。僕も第一高校2年だ」
(凄い、千葉家や吉田家の……それに、西城さんは確か、今年のピラーズ・ブレイク・ペアで優勝した実力者)
光宣は、魔法が得意でも心の裡を隠す対人技術は未熟なようで、彼らの自己紹介を聞いて軽く眉が動いた。佐那と沓子、姫梨の名字も九島家の人間だからこそ聞き覚えがあったようで驚いていた。
そして、残る理璃はというと……顔を真っ赤にしていた。水波を治療した影響が理璃に移動した可能性が高いだろう。すると、理璃は慌てて我に返り、深々と頭を下げた。
「は、はじめまして! 第一高校1年の十文字理璃と言います!」
「えっと、宜しく十文字さん(十文字家の……にしては、偉く畏まられてる気がするけど)」
同級生だというのに、水波以上に畏まられているのは光宣にとっても意外だったらしく、どうしたものか悩む節を見せていた。なので、それを仲介する形で理璃を落ち着かせ、光宣に話せる範囲で説明をした。
最終的にはお互いに納得したので良しとしたのだった。
しかし、この様子だと理璃が光宣に惚れているのは間違いないが、国防軍において影響力やシンパを有する九島烈の孫と国防陸軍総司令官である蘇我大将の親族にして十文字家の娘。これはこれで一悶着起こるのは間違いないかもしれない。
◇ ◇ ◇
達也たちはホテルに荷物を預け、そのまま今回の論文コンペ会場となる京都新国際会議場へと向かった。世界群発戦争終結後に元々あった京都国際会館を建て直したもので、自然が豊かな立地に加えて周囲には精々2階建てまでの民家ぐらいしかなく、近くにあったスタジアムは老朽化に伴い解体され、現在は公園となっている。
「大人数で隠れられる場所はなさそうだな」
「そうだね。でも、逆に言えば少人数のグループが複数隠れることは出来る」
「え? 山の中に野宿するとかは考えられないの? とはいっても、そこまで出来るほど深そうな山じゃなさそうだけれど」
エリカが達也と幹比古の会話を聞いてそう発言しても無理はない。ただ、論文コンペ自体は既にスケジュールも決められており、会場近辺はもとより京都市も宿泊先や交通機関の関係で周知されている。
それに、横浜の場合は会場近くにあった廃ビルが大亜連合の破壊工作員の拠点になっていたが、そういった類のものは見られない。だが、京都の場合は横浜の時と比較して古式魔法師という存在が重要なファクターとなってくる。
「別に見張っておく必要もないんじゃねえのか? 相手からしたら、俺たちがいつ来るかなんて分かり切ってる話だろ? だったら、当日隠れるだけで済むと思うぜ」
「あ、確かに……てか、アンタにしては頭が回るわね」
「余計なお世話だっつーの」
「はいはい、惚気は人のいないところでやってくれ」
別にキャンプなどする必要は無く、寧ろリスクになりかねない。コンペは魔法技術者も来賓として参加はするが、横浜の時と違ってそれを実行した場合、『伝統派』は政府に対して公的な立ち退きも含めた『行政処分』という名の大義名分を与えてしまうことになる。
レオとエリカの言葉に対してやや辛辣に釘を刺した悠元は、周囲を見回した後で幹比古に視線を向けた。
「それに、民家があるのなら隠れる方法がいくらでもある。そうだろ、幹比古?」
「そうだね。数人―――二、三人程度なら隠れるのは容易になる。古式の術者なら住人に暗示を掛けたり、認識阻害の術式で身を潜めることもできる。悠元が言った通り、隠れる方法は現代魔法師よりも多彩だからね」
「なら、虱潰しに歩いてみるか?」
悠元と幹比古の会話を聞き、心にもない提案をしたのは達也だった。すると、これに対して答えを述べたのは佐那だった。
「達也さん、それでも見つけるのは極めて難しいかと思います。古式の術者は術自体の強度をギリギリにまで絞っているでしょう。達也さんや深雪さんの技量は無論知っていますが、高度な古式の術者であれば、民家の外に漏らさぬよう細心の注意を払うはずです」
「そうですね。まあ、悠元ならば歩いているだけで見つけられるかもしれませんが」
「人を勝手にアクティブソナー扱いするな、姫梨さんや」
原作よりも魔法力自体は強化されているが、それでも古式魔法の認識阻害や暗示を見抜くには経験が足りない部分があるし、虱潰しに探すわけにもいかない。この辺は事前に達也や幹比古と打ち合わせている。
「それで、どうする?」
「なら、僕が探査の式を飛ばすよ。レオとエリカ、それに佐那さんは護衛をして欲しい」
「俺らが?」
「それはいいけど……何か理由でもあるの?」
「エリカ、探査の式を飛ばしている間は幹比古さんの防御がおろそかになります。なので、西城さんとエリカにも手伝ってほしいのです」
古式魔法に精通している佐那の言葉に、レオとエリカは大人しく頷いた。古式魔法の厄介さは二人も理解しているためだ。その上で幹比古の視線は達也の方を向いた。
「達也と深雪さんと桜井さんは先週の打ち合わせの通り、市内を回ってくれないか。それで、ええと……」
「なら、僕も達也さんたちに同行します。昨年のようなことがあって困るのは二高も同じですので」
「光宣は藤林さんの親戚でな。その伝手で案内してもらうことになったんだ」
幹比古がどう扱えば迷っていたところに、光宣は察した上で達也らと同行することに決めた。その上で達也が言い放った言葉から、国防軍関連絡みのものだと判断していた。すると、深雪が理璃の様子に気付いて達也に提案した。
「お兄様、理璃ちゃんも同行させてあげるべきかと」
「……成程、そういうことか。光宣も構わないか?」
「はい、構いません」
光宣としても、十文字家の人間が加わってくれることでもしもの時も上手くやり過ごせると判断していた。先日のことからしても、いかんせん現代魔法だと過剰防衛を疑われる可能性を減らしたい思いがあったからだ。ただ、理璃としては光宣に対して見とれており、これには水波までもが珍しくフォローに回る有様だった。
そして、幹比古の視線は悠元に向けられた。
「それで、悠元はどうするんだい?」
「会場の担当者と打ち合わせておきたいから、そちらは任せる。その後は状況を見て動くことにするから、もし助力が必要なら連絡をくれ」
悠元と沓子、それとセリアに姫梨の四人で動くということを伝え、各自で行動を開始することになったわけだが、別れて行動する前に深雪が近寄ってきた。
「悠元さん……東京に帰ったら、甘えさせてくださいね」
……どうやら、帰ったら帰ったでお姫様のご機嫌取りをせねばならなくなったようだ。
ストック分を解放しました。原作と多少なりとも会話や動きが変化するので、達也らのシーンも書き加えていく予定です。