3つのグループに別れる形で各々行動を開始した。悠元と沓子、姫梨とセリアは新国際会議場で警備担当者に論文コンペ当日の警備スケジュールの打ち合わせを行い、その結果は直ぐに服部へ送信した。事前に打ち合わせていた内容の確認のため、ものの15分程度で用事が済んだ。
「打ち合わせは終わりましたけど、私達はどうします?」
「そうだな……」
原作で出向くことになる嵐山は悠元が既に一度制圧した際、周公瑾に関する情報を入手している。そして、周公瑾が潜伏している可能性が最も高い場所も推察できている。だが、これらの情報は達也から情報提供を求められた際に開示するつもりでいた。
あの場では理璃に達也の素性を知られることになるため、情報開示を避けた形だ。
「『
「何か理由があるのか?」
実を言うと、『聖域』構築に適していると踏んで採用したこの『聖天八極護法式陣』だが、念のためにこの効力を上泉家本邸で試したところ、本邸の近くにある寺が管理している墓地に憑りついていた悪霊の類が根こそぎ消えたのだ。
アリスにもこの効力を計測してもらったところ、パラサイトのような妖魔の類であれば瞬時に消え失せるとのこと。しかも、範囲内に予め展開されている結界の効力まで増幅するため、邪な人間が聖別された川に足を踏み入れるだけで大ダメージを負うという予測まで得られた。
達也が周公瑾と接触していない段階で『聖域』を発動させた場合、宇治にいる周公瑾が瞬殺されかねないという可能性が浮上した。なので、幹比古には探査の式による探索を少しでも楽にするための補助具を渡す形になった。
「現時点でそれを発動させた場合、恐らくだが大陸の方術士のみならず『伝統派』まで多少なりとも被害を受けかねない。何せ、鬼や妖怪、悪霊すらも必ず殺す絶対聖域だからな」
「に、人間にまでダメージを与えかねないって……」
この魔法が編み出した安倍晴明以外まともに扱えないのも納得がいく話だし、しかもこの魔法は
まあ、道満は晴明の妻とねんごろになり不義密通―――現代の言葉で言うところの“不倫”をやらかしており、それにキレた晴明が怒りを原動力に護法式陣を編み出して、呪術を繰り出した道満を歯牙にも掛けず圧倒した、と神楽坂家に遺っている晴明直筆の手記にて判明したほどだ(道満と不義を働いた妻をどうしたのかという文言は記載されておらず、晴明自身もこればかりは本気で悩んだのかもしれない)。
「単なる結界術式かと思えば、悪意のある人間すらも殺しかねない浄化の結界は正直に言ってかなりヤバい。なので、術式自体は一応改造したが、それでも悪意を持つ人間を気絶状態に陥らせるので精一杯だった」
「いや、それだけでも十分すぎると思いますよ?」
ファンタジーで言うところの『魔物を絶対殺す結界』を平気で完成させている存在如何はともかく、護法式陣を発動させると京都市街地を含めた旧京都府南部をほぼカバーできる形となり、大阪・奈良・滋賀の一部もその影響下に含まれる。『聖域』の再構築が成れば、古式魔法師はおろか現代魔法師も無視できないだろう。
本来なら協会本部がある関係で日本魔法協会に通達するべき話なのだが、『伝統派』に対してロクな影響力すら発揮できない組織に言われる筋合いはない―――というのが千姫の結論であった。
「そしたら、うちらはどうするの?」
「……戦力的には申し分ないから、鞍馬山の拠点を潰すか」
「サラッというあたり、お主も怖いの」
幹比古の探査の式に引き寄せられる形で大陸の方術士らしき気配が会議場に移動している。幸いにして、先日鞍馬寺を訪れているので鞍馬山までの移動工程は多少なりともショートカットできるが、『
「市街地で魔法を使ってもいいの?」
「予め九島閣下から直接許可は取っているから、問題はない」
光宣の治療に関する条件の一つに、京都・奈良方面における魔法使用許可を烈から取り付けている。本来ならば九島家当主に伺うのが筋だが、その見返りに変な要求を呑まされる可能性が大いにあった。
悠元は『ワルキューレ』で『疑似瞬間移動』をより効率化させた音速移動魔法『
「うおっ、と。あっという間に鞍馬寺の近くまで来れるとは、流石悠元じゃのう」
「さて、手早く済ませるとしましょうかね」
「……これ、私達の出番があるのでしょうか?」
「姫梨、それは言わない方がいいかと」
サラッと常識外のことを成す悠元だが、沓子はもとより姫梨やセリアもれっきとした実力者。自分らのことを棚に上げる様な言葉は、無論悠元の耳にも入っていたのだった。
◇ ◇ ◇
悠元らが鞍馬山の拠点を潰しに向かった頃、達也らは左京区大原にいた。葉山からの情報で、周公瑾は三千院の付近―――正確には『後鳥羽天皇
情報によると、周公瑾は
尚、同行している理璃は曲がりなりにも十師族の一員であるため、今回の一件に関する情報は十文字家の人間(理璃の父親である和樹に対しても同様で、七草家への情報漏洩を危惧してのもの)に漏らさないことを条件として一部開示された。理璃も周公瑾の名前は耳にしたことがあるようで、その意味をすぐに理解して頷いていた。それでも、達也と深雪が四葉の人間という事実は光宣も知らないために秘匿されたままだが。
「その方角ですと、鞍馬山の方角になりますが……向かってみますか?」
「……(これは……悠元たちの気配か?)」
光宣の言葉で達也はふと鞍馬山の方角に眼を向けた。すると、明らかに馴染のある気配を鞍馬寺の近隣で感じた。注意深く見ないと気付けない気配からして悠元なのは間違いなく、彼らが向かう先が鞍馬山だとするなら、自分らが向かったところで既に終わっている可能性が高いだろう。
それに、方術『鬼門遁甲』の性質は悠元から聞き及んでいるし、周公瑾が態々リスクを冒してまでコンペ会場の近隣に潜んでいるとも考えにくい。黒羽の部隊から逃げ果せている事実を鑑みても、彼が鞍馬山にいる可能性は極めて低いだろう。そこまで考えた上で達也は言葉を発した。
「いや、市街地に戻ろう」
「達也先輩は、件の術者が市街地の中に潜伏していると思われているのですね」
「成程、木を隠すなら森の中ということですか」
達也の意図を理解して理璃と光宣がそう返した。それを聞いた上で達也は先程掴んだ情報を共有する意味でもハッキリと述べた。
「それと、今しがた鞍馬山のほうを視てみたが、知っている気配が感じられた」
「……悠元さんたちが鞍馬寺の近くにいるのは感じました。一体何をする気なのでしょうか?」
「それは分からないが、悠元の相手をする古式魔法師は『ご愁傷様』と言うべきなのだろうな」
達也の言葉を聞き、悠元と深く関わっている深雪がその方角に悠元の存在を認めた上で尋ねたが、達也はこれから起こりうることを想像した。彼の敢えて述べられた言葉に対し、光宣や水波、理璃は苦笑を零すほどだった。
「鞍馬山に関しては悠元さんに任せていいでしょう。市街地の『伝統派』となりますと、清水寺の参道に金閣寺の近隣、それと天龍寺の裏手辺りになりますね」
「意外に少ないんだな」
「京都は本物の伝統を受け継ぐ宗派の勢力が奈良以上に強いですから。名前だけの新興勢力は周辺の山の中に押しやられているんですよ。それに、神楽坂家の影響力が残っていますから」
宗派の勢力を支えているのは他でもない神楽坂家の教導によるもの。名のある高僧が態々箱根の神楽坂本邸に出向き、霊峰たる富士の麓に広がる樹海で研鑽を積む行い自体は神楽坂家が箱根に移ってから続いていることだが、その結果として正当な宗派が『伝統派』に対する影響力を有する結果となり、『伝統派』としても彼らを敵に回して神楽坂家の怒りを買いたくないのだろう。
「悠元の今の実家がか……そうなると、『伝統派』を名乗っているのはせめてもの抵抗の表れなのかもしれないな」
(達也様、容赦のないご感想ですね)
「……正直分かりません。彼らの目的が第九研および『九』の各家へ復讐することが目的だった筈です」
光宣が理解できなかったのは、報復を目的とするならば奈良に集中していてもおかしくはなかった。だが、現実問題として京都へ行ってしまった『伝統派』も数多くいる。そんな光宣の疑問に対して達也が自分の考えを述べた。
「そうか? 伝統派を名乗った明確な動機はともかく、奈良を離れた理由なら分かるぞ」
「えっ?」
「『伝統派』が一枚岩でないというのは光宣が教えてくれたことだが、ならば第九研に対する温度差も個々によって激しいんじゃないのか?」
特に強い恨みを持っている『伝統派』は奈良方面に残り、30年以上報復の機会を伺い続けている。だが、その報復によって逆に更なる報復を生み出し、結果的に報復を恐れたことで奈良から離れて京都に流れた一派も生まれた。旧第九研での魔法実験は古式魔法と現代魔法の融合―――古式魔法の術理・術法を取り入れた現代魔法師の“開発”にあったことは秘密にされておらず、協力の見返り自体も社会的地位や金銭で行うことは説明されていた。
「その熱意を建設的な方に向ければ、国家や社会に貢献できたかもしれないでしょうに」
「気持ちは分かるが、どんな状況でも前向きであり続ける方が難しい。それは深雪が一番分かっていることだろう?」
「……そうですね」
だが、魔法師と言えども人間であり、ましてや外部に漏らせない魔法を会得できる機会だと“勝手に解釈”した結果、『伝統派』が生まれてしまった。いや、この実験を主導した当時の政府は恐らく数多くの古式魔法師を集めるために魔法を報酬に含める様な誘惑の言葉を入れていたのかもしれない。尤も、当時のことを良く知る人間でなければ知りえない情報の為、達也にはそこまで言い含むつもりなどなかった。
「でしたら、どうして伝統派は大陸の方術士を受け入れるような真似をしたのでしょうか? いくら力を手に入れるためとはいえ、下手をすれば政府から叛逆者の誹りを受けることも免れないかと」
「最初は力を手に入れるためだったが、それが積み重なった結果として周公瑾からの依存から抜けれなくなったのだろう。だが、これ以上は許されないだろうな」
「……悠元さん、ですね」
「そうだ。師匠から教えてもらったことだが、神楽坂家は古式・現代の魔法の如何を問わず、全ての魔法師を統括する立場にあるらしい」
永らく京の都を離れていた神楽坂の人間が再び足を踏み入れた。そのことだけでも、この状況を座視できないという姿勢を見せたことになり『伝統派』は選択をせねばならなくなった、と達也は八雲から聞いていた。
「その辺は俺らの領分でない以上、深く関わるべきじゃない。ともあれ、市街地の方を探りたいと思う」
「金閣寺と天龍寺が同じルート、清水寺だけ別のルートになりますね。いずれにしても、吉田君たちと一旦合流したほうがよさそうです」
「いや、態々合流するのは時間が惜しい。このまま清水寺に向かおう。そして金閣寺、天龍寺の順で行こう」
「わかりました」
隠れている人物を探るには、達也や深雪が修得している魔法でも厳しい。それに一番長けている悠元が鞍馬山の近くにいるということは、『伝統派』の拠点を潰すために行動していると思われる。彼ならば戦闘をする手間など皆無に等しいが、今は少しでも手掛かりが欲しい。ならば、今は自分が出来る範囲で動くのが一番理に適っていると判断して動くことにした。
◇ ◇ ◇
鞍馬山の『伝統派』の拠点の制圧はそこまで手間にならなかった。初手で悠元が『千鳥』を拠点内に撃ち込み、辛うじて被害を防いだ忍術使いに対しては姫梨、沓子、そしてセリアが難なく制圧した。特にセリアはスターズの訓練をしっかり積んでいた(魔法訓練よりも対人戦闘を主とした訓練をリーナ以上にこなしていた)ため、あっさりと沈んでいく忍術使いに同情を禁じえなかった。
「よし、終わりっと……不完全燃焼気味だけれどね」
「そう言うな。相手がどんな術を使うのかも分からない以上、不意を打たれないようにするのも戦術の一つだよ」
大体、戦闘のルールは試合のルールではないし、視覚ひいては知覚による認識を前提とする現代魔法の術者だと舐めて掛かったのだから、騙し討ちとか卑怯などといわれる筋合いはない。ここの後片付けは鞍馬寺と延暦寺に任せることとし、拠点の外に出たところで悠元の端末が鳴った。映像通信を繋げると、相手は幹比古だった。
「幹比古か。そっちは襲われたのか?」
『まあね。鞍馬山の忍術使いに大陸の方術士がいたよ』
会場近くの宝ヶ池で忍術使いの襲撃を受けたが、エリカとレオが難なく退けた。そして、大陸の方術士が傀儡式鬼を駆使して忍術使いを亡き者にしようとし、挙句の果てには大陸の妖怪である『
「こっちは鞍馬山の拠点を制圧した。後のことは既に任せているから問題はないが」
『……あっさりと潰してしまう手際は流石だね。こっちは警察の対応が残っているから、悠元たちのほうは好きに動いてくれて構わないよ』
「了解した」
幹比古との通話を終えたところで、悠元は三人に事情を説明した上で今後の動きを考えることにした。恐らく達也は周公瑾の『鬼門遁甲』を考慮して光宣から『伝統派』の拠点を聞き、清水寺と金閣寺、天龍寺に赴くことが予想される。
「ただ、拠点に行ったところで手掛かりが得られる可能性は低いでしょう。周公瑾がうまく逃げ
「そこなんだよね……お兄ちゃん、何か知ってる?」
「……周公瑾の潜伏場所の見当はついている。ただな、その場所がかなりヤバい」
「どこなのじゃ?」
「国防陸軍宇治第二補給基地」
悠元が言い放った言葉に対し、三人は絶句に近い有様だった。国防軍の施設に周公瑾が潜伏している―――九校戦の時は対大亜連合強硬派を唆し、今回は対大亜連合宥和派に匿ってもらっている。この事実だけを見ても、国防軍が必ずしも国家の利益を守るための軍人たる責務を果たしているのか疑問が尽きない。
「だが、俺が手を下したとして、それはそれで神楽坂家と『九』の家との確執を増やすだけだ。だから、今回は達也が動いてもらわないと話にならない」
「今すぐ達也さんに伝えないのですか?」
「それに関してだが……周公瑾は普通の人間じゃない。だから、達也が周公瑾を取り逃がす可能性もある」
嵐山に関する情報提供で達也の負担を減らすことは出来る。ただ、周公瑾の捕縛には達也と将輝、そして光宣の三人が動ける状況を作るのが理に適っていると判断した。なので、いくつかのイベントをスキップする必要は出てくるが、今日の深夜に仕掛ける算段で動くつもりでいた。体調面に不安の残る光宣を無理強いする気はないが、彼の気質からして無理を押してでも動くことは想定される。
てなわけで、周公瑾襲撃に関しては1週間前倒しという形となります。最大の理由としては、達也らが京都を訪れていたことは周公瑾も恐らく把握している可能性があり、いくら京都南部を訪れなかったと言っても隠れ切れるという保証は本来ない筈です。
国防軍としても十師族に負けないというプライドはあるかもしれませんが、国防軍の特務士官である達也と悠元、退役少将を祖父に持つ光宣に加えて『クリムゾン・プリンス』まで加わった場合、勝てるビジョンが本気であるとは思えません。