魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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歪みを正すために

 本来、軍人の職務は命に従って国家を護ることにある。だが、いくら繋がりを有しているとはいえ、大陸の人間―――それも、この国を幾度も脅かしてきた実行犯を匿った時点で国防軍の足並みが揃っていないことに問題大アリ、と言うべきだろう。

 そもそもの話、この国の軍の規模は周辺国家に比べれば小さい。そんな中でかつての陸海軍による対立で足並みが揃っていなかった愚行を繰り返す方が“愚か”としか言いようがない。その為に、態々今上天皇にお願いをして『おことば』を賜ったにも拘らず、この有様には誰だって悲観的な意見の一つぐらい言いたくなるだろう。

 

「本当に呆れる他ねえよ。その国防軍の特務少将をしている自分が言うのもどうかと思うが」

「……そういうのはスターズのみならずUSNA軍でもあったりするから、他人事だと笑えないんだよね」

「あはは……笑うべきことではないのじゃろうが」

「沓子さん、こればかりは仕方が無いかと」

 

 国防軍やスターズなどの規則や規律云々の話はともかく、周公瑾は間違いなく国防軍宇治第二補給基地にいる。周公瑾がいくら姿を紛れ込ませようが、彼の中に残っている名倉の血の針は周公瑾の所在を確かなものにしていた。

 正直なところ、自身の固有魔法である『万華鏡(カレイドスコープ)』が周公瑾にどこまで通用するか不明瞭だったが、対パラサイトとの戦闘で得られた情報がそのまま周公瑾に生かせているのは正直に言ってありがたい。

 

「達也らのほうは時間が掛かるだろうから、先に幹比古達と合流しよう。将輝もいるようだから、アイツには嫌でも協力してもらうつもりだ」

「どうしてじゃ?」

「将輝は周公瑾と面識があるから」

 

 悠元は昨秋の横浜事変の報告書で将輝が周公瑾と面識を持っていることを知っていた。正義感の強い将輝ならば、周公瑾の存在を聞いて黙っていられる訳もない。

 原作では達也と将輝にプラスする形で黒羽の部隊、それとは別に光宣が立ち塞がる形を取っていた。本来ならば国防軍自ら動くのがいいのだろうが、「九」の家に『伝統派』という勢力が乱立している以上、期待できることはあまりにも少ない。

 それに、その国防軍から命を狙われた身として……いくら軍事機密に関わる立場にあろうとも、三矢家の人間として国防軍に義理立てする意味合いは神楽坂家の人間となったことで消失している。

 

 沖縄での叛逆者を見抜けなかったこと、十山家および国防軍情報部による襲撃を抑えれなかったこと、そしてパラサイドールの一件で一切の情報開示をしてこなかったこと。この時点で仏の顔をして見過ごせるボーダーラインを超えつつあり、挙句の果てに周公瑾の一件で止めだ。

 

「お兄ちゃん、怒ってる?」

「……まあ、そうとも言うな。言ったところで改善するかどうかなんて分からんが」

 

 どいつもこいつも視野が狭すぎる、と思う。沖縄と佐渡で侵略された過去をもう忘れたのか、と。昨秋に大亜連合の部隊による襲撃を受け、あまつさえ軍をこの国に差し向けようとしていたことも含めて。

 皮肉にも、一度危ない目に遭わないと理解できない輩が多すぎる。これも、第二次大戦後の“戦後体制(レジーム)”による国民意識の変化が一番大きい。これはもう、本当の意味で目を覚まさせる意味合いも含めて政治家の尻にTNTを括りつけるぐらいのことをしないと本当の意味で改善は望めないだろう。

 だが、それは周公瑾も含めた懸案事項を取り除いてからの話だと判断して、端末を取り出すと幹比古へのメールを打ち込み始めた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 流石に帰りを魔法で移動するのは迷惑が掛かるし、今頃市街地に向けて移動している達也たちとの歩調を合わせる意味でもゆっくり行くのが理に適っていると判断した。なお、深雪からは時折画像付きのメールが届くため、観光でも楽しんでいるような感じだった。

 新国際会議場に戻ってきたときには警察が撤収を始めており、ようやく解放されていた幹比古たちが悠元らに気付いて駆け寄ってきた。短時間しか拘束されなかったのは、佐那の名字である「東道(とうどう)」が大きく影響しているのだろう。

 

「悠元、ミキから聞いたわよ。鞍馬山に行っていたって。何で面白そうなことを勝手にやってるのよ」

「どうしても必要な事だったし、お願いされていたことだからな。てか、そっちだって派手に暴れたんだろ?」

「否定はしないけど、少し拍子抜けだったわ。水の妖怪が出てきたときは焦っちゃったけど」

 

 軽運動部での訓練に加え、最近は元継の勧めで新陰流剣武術を本格的に学んでいるため、原作よりもより洗練された剣術を繰り出すエリカ相手では、いくら忍術使いでも準備運動レベルになったのだろう。それはエリカの後ろで苦笑しているレオも同様だったようだ。

 

「その辺にしてやれよ、エリカ。悠元らに比べれば、俺らは古式の術者相手の経験が少ないんだからよ」

「……アンタがまともなことを言うなんて、明日は雪でも降るのかしらね」

「夫婦漫才は人のいないところでやってくれ。そして、久しぶりだな将輝」

「あ、ああ。にしても、四十九院が一緒とは驚きだが」

「何じゃ、将輝。不都合でもあるのか?」

 

 事情を知らない将輝からすれば、沓子が悠元らと一緒にいるのが不思議に思えてならなかったのだろう。これに対して不満げに言い放った沓子の言葉に将輝は慌てて取り繕った。

 

「い、いや、そういう訳じゃないんだが……神楽坂、さっきのことも含めて情報交換がしたい」

 

 これはありがたい、と内心で思った。どう切り出そうか悩んでいたが、向こうから先程幹比古たちが戦っていた古式の術者のことも含め、コンペを無事に成功させたいという思いがあるのだろう。

 

「……それなら、どこか内密に話が出来る場所の方がいいな。ちょっと待ってくれ」

 

 新国際会議場の一部屋を借りるということもできるが、事は周公瑾に関わる案件であるし、大陸の影響力を受けた他の連中が見張っていない保証もない。出来るだけ市街地に近い場所で内密に話が出来るとなると、選択肢は結構少ない。

 そして、悠元はとある場所に連絡をして事情を説明したところ、話が出来る場所を快く貸してもらえる話が付いたので、連絡を終えた上で他の面々と向き合った。

 

清水寺(きよみずでら)の住職殿に相談をしたら、応接の間を貸してもらえることになった。情報交換はそこでいいか?」

「ああ、それはいいんだが……神楽坂、一体どんな伝手を使ったんだ?」

「爺さんと今の実家の伝手だな。十師族の将輝からしたら不思議に思っても仕方ないだろうが」

 

 北法相宗(きたほっそうしゅう)の本山である清水寺は神楽坂家で精神の修行を行い、上泉家で更なる修行を積むことが多い。旧群馬県と旧新潟県の県境には仏僧のための修行を行う施設があり、自分も魔法の訓練の為に出向いたことがあり、そこで多くの仏僧が精神統一の修業に励んでいた。

 自分の場合は天神魔法の研鑽をするため、滝行というか滝の水を操って水の属性を持つ精霊や神霊の喚起制御の訓練をしていた。その際に引き寄せられた『水竜神(すいりゅうじん)』―――『竜神』よりも遥かに強力な水属性最上位神霊の一角で、かの安倍晴明ですら手古摺った存在―――から従属の意思を感じた際には冷や汗どころか寒気がしたほどだ。

 

 閑話休題。

 

「ともあれ、どこかで昼食を済ませてから向かおう。そういえば、将輝は公共交通機関で来たのか?」

「いや、俺は動きやすいようにバイクで来たんだ」

 

 将輝だけ別の移動手段を用いている以上、観光地の近くでは停める場所にも苦慮するはずだ。将輝はバイクを一度ホテルに置いてから同行するとのことで、それならば京都駅近辺で昼食を済ませるのがいいと判断し、行動を開始した。

 すると、エリカが軽く手招きしたので悠元が近付くと、エリカが小声で話しかけてきた。

 

「実はね、悠元たちが来る前にバイク絡みの話をしたんだけれど、その時の一条君たら妄想をしている素振りを見せたのよ。あれは深雪絡みで間違いないと思うわ」

 

 九校戦でのやり取りは選手であったエリカも見ており、将輝が深雪に対して惚れているのはすぐに分かったらしい。達也ではなく深雪に話しかけている時点でバレバレなのは言わぬが花、とも言えるが。

 本来はパラサイト事件の時に達也のバイクの存在を知るわけだが、この世界では春休みにレオが二輪の免許でも取ろうか悩んでいた時、偶々達也が相談に乗っていた。それでエリカも達也が二輪を持っていることを知ったのだ。

 

「……正直、一条君が哀れよね。勝ち目のない戦いに挑むなんて、九校戦で悠元と戦った時みたいじゃない」

「あれでも十師族だからな。純情な気持ちだけは褒めてやりたいが……無理矢理奪うようなら、アイツの顔面を凹ます」

「いや、悠元がやったら顔面が破裂しそうで怖いわよ」

 

 その気になれば出来なくもないが、自らおぞましい光景を作る気にもならない。『千鳥』で気絶させたり、奈良で同士討ちを狙ったのはそんな気持ちもあったからだ。エリカの言いたいことも分からなくはない、と悠元は溜息を吐き、それを後ろで聞いていたレオは肩を竦めていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 昼食の際、別の交通機関で京都に来ていた真紅郎と合流して一緒に昼食を食べることとなった。何せ、真紅郎からすれば昨年は第三高校の発表直前に襲撃を受けて面子を潰された形だったため、今年の気合の入りようは尋常でなかった。将輝の調査に付き合うと言ったのも、そういった懸念が今年も起こらないか不安だったのかもしれない。

 ただ、清水寺への同行は真紅郎から辞退した。彼曰く「将輝が関わるとなると、僕が口を出せる領分じゃなさそうだからね」という文言もあり、悠元も無理強いするつもりはなかった。

 

 一行は清水寺に向かう。深雪や光宣ほどではないにせよ、参道を容姿の整った面子が歩くためにあちこちで人がぶつかる様子が見られた。その主たる原因は将輝で、将輝当人としては困惑している様子が見られたが、この程度で困っていては十師族なんて務まらない……とは思っても口に出すことなく清水寺に入った。

 寺では住職自ら出迎え、彼の案内で奥にある応接の間へ通された。腰を下ろして持て成しの茶菓子を頂いたところで悠元が口を開いた。

 

「まず、前提として一つ教えておくことがある。俺は国防陸軍第101旅団所属の特務将校兼独立魔装大隊の特務士官だ。これは国家機密に準ずるものなので、他言はするな」

「なっ……!?」

 

 いきなり言われたことに将輝は「嘘だ」とは言えなかった。それは、悠元の周囲の人間が神妙な表情を浮かべていることからして、事実だと察するほかなかった。将輝が頷いてその事実を受け入れてくれたところで、悠元が話を続ける。

 

「今回は、俺が実力のある達也にお願いをして、横浜事変も含めた複数の事件―――喫緊だと、九校戦で国防陸軍の対大亜連合強硬派を唆した人物の捜索任務でここに来ている」

 

 本当は達也が四葉家―――ひいては『元老院』の命を受けて動いているわけだが、本当のことをいう訳にもいかない。まあ、達也に協力しているのは事実だし、『元老院』の一角を担っている以上は噓を言っているわけではない。

 『神将会』に所属している姫梨は言うまでもなく、実家から何かしら話を聞いているであろう沓子や佐那、原作を知っているセリアも大して驚きはしていなかったが、幹比古やレオ、エリカは驚きを露わにしていた。

 ただ、悠元が自ら関わっていることに加え、その危険性を聞いたところで辞退するかと言われると……それはないとお互いに納得させていた。

 尤も、この中で一番驚いているのは将輝に他ならない。

 

「……それで、その人物の名は?」

「お前も会った事のある人物―――横浜・中華街の方術士、周公瑾だ」

「周公瑾!? あいつが!?」

 

 予想通りとも言うべきか、将輝は悠元から聞かされた名を聞いてすぐにピンと来たようだ。将輝は周公瑾の厚意―――いや、この場合は彼の策略によって戦線離脱を余儀なくされた。ただ、あの場には自分や達也のみならず、独立魔装大隊や『神将会』に三矢家の協力員までいたので、将輝一人抜けたところで痛手ではなかった。

 

「報告は聞いているが、中華街に逃げ込んだ大亜連合の部隊を引き渡したのが周公瑾だったんだな?」

「ああ、神楽坂の言う通りだ」

 

 将輝としては、周公瑾に“虚仮にされた”と内心で怒りの炎を灯している。このやる気があるのならば、こちらがこれからやろうとしていることも素直に協力してくれるだろう。本来、師族同士の共闘や共謀は師族会議のルール上許されないが、神楽坂家の人間である自分が仲立ちする形で共闘するのならば問題ない。

 

「それで、その人物の行方は分かっているのか?」

「ああ。12日まで嵐山の拠点にいたが、その翌日には南東方面に移動している。奈良や滋賀、三重方面に離脱した形跡はない。将輝、もし周公瑾の捕縛に協力する意思があるのなら、覚悟を決めろ」

「……まさか、神楽坂。周公瑾が潜伏している場所というのは」

 

 将輝は悠元が言い放った情報から嵐山の南東にある場所の見当がついたようで、将輝は動揺を隠せなかった。その答え合わせをするかのように、悠元はハッキリと言い放った。

 

「国防陸軍宇治第二補給基地。周公瑾はその基地の対大亜連合宥和派に匿われている。今迄得られた情報からして間違いない」

「……」

「今言った情報を父親に伝えて判断を仰いでもいい。だが、相手は卓越した古式の術者で、方術『鬼門遁甲』を得意とする。お前が動こうか動くまいが、今日の深夜に基地を襲撃して周公瑾を捕縛する」

「正気か!? お前も国防軍の軍人なんだろう!?」

 

 将輝の言い分も理解はする。だが、周公瑾が自分の方術で匿っている軍人を“洗脳”して迎撃してくる可能性が残っている。軍内部の自浄作用を待っていては周公瑾に逃げられるだけだ。

 

「国防軍の人間だからこそだ。近年の沖縄や佐渡、そして横浜での一件で大亜連合や新ソ連による襲撃を受けた以上、今の軍人たちに求められるのは国家への忠誠心に他ならない。ただでさえ、この国は経済規模こそ世界屈指だが、軍の規模の差は歴然。お前だって佐渡や横浜の戦闘を経験している以上、国防軍の分断が何を齎すかなんて分かる筈だ」

「……そう、だな」

「ここまで説明した上で将輝に尋ねる。お前は協力する気があるか? ないのならば、周公瑾への悔しさも忘れて事前調査なりするといい。但し、妨害した場合は容赦なくいかせてもらう」

 

 キツイ言い方だが、本来この国への忠誠を誓うはずの軍人がこの国を混乱させ続けた実行犯を匿った時点で“犯罪幇助”が成立してしまっている。匿っているのは一部の人間だが、それを怪しむことなく見過ごしている時点で基地どころか国防陸軍、ひいては国防軍の問題になる。

 武力という力を持っている以上、同じ力での正攻法で勝てる相手ではない。だが、これはルールに則らない戦闘である以上、別に相手を正攻法で倒す必要などない。

 悠元の辛辣な問いかけに対して将輝は少し考えた後、真剣な表情を悠元に向けた。

 

「神楽坂、協力させてくれ。周公瑾に虚仮にされた落とし前は自分の手で付けないと気が済まない。その為なら、相手が国防陸軍でも戦ってやる」

「……分かった。それじゃ、残る協力者には後で説明するとして、大まかな作戦を立てる。レオやエリカ、幹比古に佐那も手伝ってもらうから、覚悟しておけ」

 

 ここまで聞いた以上、最早一蓮托生という有様に幹比古も諦めたような表情を浮かべ、エリカはやる気満々と言わんばかりに喜んでおり、それを見たレオは疲れたような表情を見せていた。佐那は幹比古を窘めていて、その言葉で慌てふためく幹比古の様子を生暖かい目で見つめるセリアや姫梨、沓子の姿があった。

 




 そもそもの話、いくら憲兵でも周公瑾が逃げ果せる確率が高いことは響子ですら分かっていたはずです(四葉分家の黒羽の部隊相手でも逃げ切っただけに尚更かと)。それこそ独立魔装大隊そのものを無理矢理介入でもさせない限りは意味がないでしょう。なので、達也が強行したのは道理に適った判断とも言えます。
 もしかすると周公瑾を逃がすように仕向けていた可能性……それを命じた人間が軍上層部にいる可能性も……どこかの神の台詞を引用して「ダメだコイツ、早く何とかしないと」状態ですね、これは。

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