将輝から協力を取り付けることは出来た。まあ、本人としてはここで活躍できれば深雪にもいい印象を与えられると思っているのだろう。
そもそも、昨年のモノリス・コード決勝でオーバーアタック未遂をやらかした件に関して謝罪を受けていないこともそうだが、深雪の心を動かすにもそれなりの労力がいることを理解しているのだろうか。自分の場合は深雪から一目惚れされ、身を挺して彼女を助けたことで決定的となってしまったわけだが。
別に深雪から甘えられること自体を苦労だとか思っていない。寧ろ一人の男性としては役得のレベルに達するために、それで文句を言ったら他の男子から血涙が流れかねないレベルで嫉妬の目線を向けられかねない。
正直なところ、デートなどといった恋人らしいステップを
周公瑾の捕縛や後片付けもあるわけだが、その後に待っていることが一番の難関だと思う。とりわけ来年初めには四葉家の慶春会―――“四葉継承”に繋がっているだけに尚更だ。
協力を得られたところで達也にメールで連絡を入れたところ、丁度清水寺の参道にある豆腐料理店(メールには書かれていなかったが、悠元と沓子が食事をした場所で間違いない)を丁度出たところで、清水寺で合流することとなった。
その返信メールから十数分が経過し、達也らも合流した。将輝は深雪の姿を見て真っ先に声を掛けており、悠元と深雪のことを知る面々からすると、将輝の行動が“滑稽”にも見えているような素振りを見せた。
「達也、すまないな。捜索を打ち切るような真似をさせてしまって」
「いや、こちらはこちらで情報も得られたからな」
達也が言うには、その料理店で出会った魔法師が悠元や沓子と出会っていたことを明かし、周公瑾に関する詳しい情報ならば悠元に聞くのが一番早いとまで言っていた。ともあれ、達也らに着席を促した上で悠元が改めて説明する。
「……その魔法師は確かに俺と沓子も会っていた。その中で向こうは嵐山に関する情報も開示されたが、結論から言おう。周公瑾は嵐山方面におらず、彼が現在潜伏している先は国防陸軍宇治第二補給基地だ」
「国防陸軍のですか!? 成程、それならあの魔法師が言っていた情報と一致しますね」
光宣の驚きの言葉を聞きつつ、「道理で見つからない筈だ」と達也はそう零した。その上で、悠元は言葉を続ける。
「だが、国防軍の悠長な対応を待っていては論文コンペにも大きな影響が出る。なので、今日の深夜に基地を襲撃して周公瑾を捕縛する。最悪は殺しても構わないと母上から許可は貰っている」
周公瑾は大陸の方術士で、“数字落ち”の人間すら倒しているだけでなく黒羽貢ですら殺し切れなかった相手。それに加えて基地の軍人が周公瑾に操られる形で襲撃してくることも予想される。
悠元の言葉を聞き、元よりそのつもりであった達也は頷きつつも尋ねた。
「ここに一条がいるということは、一条も協力するということでいいんだな?」
「無論だ、司波。俺にとっても周公瑾は無関係じゃない」
「……分かった。その言葉を信じるぞ」
まず、第一段階として基地の人間を北側におびき寄せる。魔法次第で目立たせることは出来るが、その役目はセリアに任せることにした。
「セリア、基地の北部に魔法を撃ち込んでほしい」
「……なら、“アレ”使ってもいい?」
「構わない」
セリアが“アレ”と言ったのは、アンジー・シリウスが使う戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』のことだ。リーナとは違い、その魔法の制御面を全面的に担えるセリアならば局地的な被害に抑えられるだろう。プラズマによる電磁波障害によって基地の機能を一時的に麻痺させられることは南盾島の一件で判明している。
民間への被害はこの一件の後に賠償金をざっと5000億円ぐらい払えば誰しもが口を噤むだろう。俗に言う札束ビンタに近い所業だが、贅沢は言っていられない。
懸念されるのはUSNAからの抗議だろうが、南盾島の件であれだけ盛大にやらかしておいてセリアが『ヘビィ・メタル・バースト』を使っただけで目くじらを立てた場合、USNAのプライドと信頼がマリアナ海溝レベルで凹むかもしれない。
大体、セリアは既に除隊して帰化している扱いの為、USNAが反論できる材料など皆無なわけだが。
「エリカとレオ、姫梨は基本セリアのバックアップを頼む。基地の人間――最悪、装甲車や戦車が出てくることも念頭に入れてほしい」
「認識阻害に関してはどうしますか?」
「それは準備しておいたから、後で受け取ってくれ」
流石にヘルメットをかぶった状態だと、この中で剣術を使うエリカが全力を出せなくなるデメリットが生まれる。正直なところ、音速レベルで動いているエリカを目視で視認出来たら、そいつは将来立派な軍人になれると保証できるが。
「深雪は宇治川の高架橋で待機を、沓子と水波は深雪のフォローを頼む」
「悠元兄様、周公瑾は東に逃げる可能性が低いと?」
「無論、そうなってもいいように手は打ってある」
実は、名倉の件の際に文弥と亜夜子を通す形で
「光宣は宇治川の橋で待ち伏せてくれるか? 理璃ちゃんには一応その護りを任せたい」
「は、はい!」
「周公瑾の『鬼門遁甲』は方位を狂わせる術と聞いています。なら、僕とは相性が良さそうですね」
いくら周公瑾でも光宣の『
「で、達也と将輝は周公瑾を追いかけてもらう訳だが、俺が国防軍の特務少将としての特例権限を用い、二人を一時的な特務査察官として基地に突入してもらう」
「特務査察官?」
「俺も初耳だな。悠元、説明してくれるか?」
聞きなれない言葉に将輝は首を傾げ、達也も特務規則に含まれていない知識の為、説明を求めた。なので悠元は説明を始めた。悠元が国防軍の特務少将という話をした際に将輝が何も言わなかったため、既に説明が済んでいるものと解釈してくれたお陰で、そのまま話を続ける。
「ああ。このままだと達也らが国防軍の基地へ不法侵入したなどと言われかねないからな。俺が独立魔装大隊へ所属を移行する際、いくつかの権限保持を認めてもらっている。その中の一つに“非常時に基づく現地の魔法師への協力要請”がある」
これは本来、軍を統制する政府が持ち得ている権限の一つ。だが、悠元は沖縄防衛戦で達也を暫定的な指揮下に置いた上で敵軍を退けた実績を持っており、国家非公認戦略級魔法師である達也に命令できるのは悠元以外にいないという剛三の口添えがあって認められている。
正直、『神将会』のこともあるのでこの権限を使うことなどないと思っていたが、今回ばかりは持っていて助かったという他ない。
「その権限を用いて、ここにいる全員を一時的に特務査察官―――簡単に言えば、臨時士官として統制する形とする。ま、形式的なもので実行力は皆無だが」
「え、お兄ちゃんの命令なら何でもするよ?」
「マジでやめろ」
風間に対して戦闘報告書という形で提出はするが、今回ばかりは事前に風間へ尋ねたところ、パラサイドールの借りが大いにあるために独立魔装大隊内で止め、佐伯への詳細な報告はしないと確約を貰っている。
光宣をその対象に含めているのは、形式的なものでも九島家の人間が関わったということにすれば九島本家の眼を逸らせると考えたからだ。九島家が招いたことで九島家自ら尻拭いをしているマッチポンプみたいなものだが。
「ともかく、装備も含めた手配は既に済ませているから、20時に新国際会議場前集合としようか」
「え? 相手は宇治にいるのに……あー、成程ね」
悠元の言葉で疑問に思うエリカだったが、その移動手段に心当たりがあったのでそれ以上の追及を止めたのだった。恐らく、エリカは魔法による移動を予想しているのだろうが、この場合は魔法よりもさらに効果的な方法で乗り込むつもりでいた。
◇ ◇ ◇
流石に20時となると新国際会議場には人がおらず、民家の明かりや街頭による明かりぐらいしかない。そんな中、悠元の言葉で集まった一同。これから一体どうするのかという疑問を抱く面々を見つつ、 悠元は端末を手に取って時間を確認してから呟いた。
「―――時間通りだな」
「え? 一体何が?」
「……成程、そういうことか」
エリカの疑問に対し、達也は視線を上に向けて『
開けた草原に着陸したのはティルトロータータイプの軍用機。しかもそれは、国防軍で採用されたばかりのステルス仕様機であった。これだけでも驚きだろうが、ハッチが開いて中から出てきた面々に達也や幹比古は驚きを隠せなかった。
「達也さん、深雪!」
「吉田君!」
「ほのかに美月」
「え、ええっ!? どうして!?」
驚きを隠せない幹比古に、少し動揺している様子の達也。企みが成功したような表情を浮かべる悠元だが、別にこれだけの為に非戦闘員の部類に入ってしまう彼女らを呼んだわけではない。二人の後に続く形で雫が降り立った。
「悠元、時間通りに間に合わせたよ。こんなことを考えているだなんて最初は思いもしなかったけど」
「ご苦労様、雫」
「えっと……説明してくれるか?」
悠元と雫の会話に割り込む形で将輝が尋ねた。態々国防軍の軍用機まで持ち出してきた以上、これから一体何をするのかという疑問に対し、悠元はこう答えた。
「決まってるだろう? 全員に宇治へ降下してもらうためだ」
『………えっ?』
何を言っているのだ、とは思うが、その為にバッテリー式の飛行デバイスを一部の人間に持たせる―――とは言っても、それを渡すのは将輝と光宣、それと理璃だけだ。他の面々は達也や悠元経由で渡しており、降下する分に問題はない。
ただ、雫やほのか、美月と幹比古はある役割を担ってもらうためにローター機で待機してもらう。
「ほのかは光学迷彩を展開して、ローター機を完全に隠してくれ。美月は対象となる人物の動きを追ってもらう。それで、雫と幹比古は彼女らを守る役目に加えて……幹比古にこの札を渡す」
「この札は……見たところ、陰陽道系のものみたいだけれど」
「周公瑾が宇治川近辺に来たら合図を出すから、間髪入れずに発動させろ。それが『聖域』発動のキーだから失くすなよ?」
「う、うん、分かった」
悠元の言葉を聞いて、奮起しているほのかに美月。幹比古も美月の傍ならば奮起しようとするはずだ。流石にローター機を基地上空で待機させるわけにはいかないので、メンバーが降下した後は北側に退避してもらうことになるが。
「そういえば、悠元さんはどうするのですか?」
「俺は宇治橋で光宣たちの援護だな。場合によっては遊撃として動くから、自分の身ぐらいは自分で守ってくれ」
「分かりました」
最初、悠元は京都に来るメンバーだけで片を付けようと考えた。だが、『プラスワン』の要素が今のところ見えないにせよ、警戒するに越したことはなかった。
そこで、原作知識から光学迷彩を使えるほのか、霊的な視覚を有する美月、そして春休みの事件で海軍から接収した飛行艇を活用することとした。飛行艇は独立魔装大隊の協力を得る形で『魔法技術実験機』という体でティルトローター機に改造された。
なお、パイロットに関しては北山家専属の使用人にお願いした。雫も腕はいいと信用しているので文句はなかった。
「雫、頼んだ装備は?」
「全部持ってきてる。遠慮なく使っていいってお父さんも言ってたし」
その言葉を聞いて、達也が乗り込んで着替え始めた。内部は通常のローター機と異なり、軍による作戦を意識した構造となっているが、一応男女別に着替えられるだけのスペースは確保されている。
中にはホクサングループ関連の装備もあり、データを取って欲しいという淡い期待も込められてのものだと思う。なお、雫はそれを聞いて若干呆れてしまったらしい。
十数分後、今回の捕縛に参加する面々全員がしっかりとした装備に着替えた。なお、達也と将輝に関しては独立魔装大隊から預かった特注のムーバル・スーツのため、マスク部分は悪魔のモチーフである。
「……司波、このデザインは正直どうなんだ?」
「諦めてくれ」
このデザインをした人間のことを説得できるはずもない、と達也が呟き、将輝もこれ以上の追及を止めて備え付けの座席に座った。全員が準備を整えたところで、ティルトローター機が飛び立ち、一路国防陸軍宇治第二補給基地へと向かう。
飛び立ってから約2分弱で国防陸軍宇治第二補給基地の上空に到達。ハッチを開き、セリアが先陣を切る形で『アルテミス』を構えた。
「さあ、狼煙を上げるわよ―――『ヘビィ・メタル・バースト』、発動!」
基地の北部にある装甲車を照準に『ヘビィ・メタル・バースト』を発動させ、膨大なプラズマによる爆発のみならず、その余波で発生したプラズマ雲で膨大な量の電磁波が発生する。ローター機への防御は理璃が咄嗟に『ファランクス』で防いだが、基地周辺の民家が軒並み停電するという事態に陥っていた。
「……やっぱリーナの双子の妹だわ、お前は」
「えへっ、やりすぎちゃったあうちっ!?」
「それじゃ雫に幹比古、こっちは任せた。万が一の時は遠慮なく離脱してくれ」
セリアに拳骨をお見舞いした上で悠元はハッチから地上に飛び降りた。それに続く形で達也らが飛び降りたのを確認して、悠元が『
強烈な劇薬(戦略級魔法)。