魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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悠元の規格外さ

 司波達也と生徒会副会長である服部刑部の模擬戦。

 服部を壁際に寄せつつ、あまりにも一瞬すぎる決着に理解が追い付いていない先輩たちを他所に、CADを片づけようとする達也を摩利が呼び止めた。

 

「待て。先程のあれは自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

 あれ、というのは達也が試合開始直後に見せた高速移動だ。だが、そのような素振りや発動した形跡がないことは摩利も認識していた。そうなれば隠蔽した加速術式なのかと考える摩利に対し、達也は否定するように説明した。

 

「いえ、あれは身体的な技術です。それは悠元が証明してくれます」

「達也が移動する際、達也の想子に揺らぎはなかった。なので、達也が言っていることは事実ですよ」

「兄は忍術使い―――九重八雲先生の指導を受けているんです」

「『あの』九重先生の!?」

 

 深雪の言葉に一番反応したのは摩利だった。確かに自分以外でそういった武術を本格的に習っているのは彼女だろう。すると、達也が悠元に説明を促してきた。

 

「さて、悠元。全部“視えて”いたんだから、先輩たちにも分かるように解説してくれ」

「そこで丸投げとは、兄妹そろって意地悪なことで……」

 

 達也の言葉で周囲の視線が悠元に向けられたため、諦めたように達也の一連の行動を解説する。

 

「試合開始直後、体術による高速移動で副会長の背後に回り、副会長で丁度重なるように多変数化させた振動系・基礎単一工程術式の三連射。副会長は想子の波の合成で外部から強烈な想子を感知したと錯覚、激しい船酔いのような症状に晒された。そこに達也の高速移動による圧縮された空気が飛んできて気絶……さて、採点は?」

「合格だな。文句なしの満点だ」

「それはよかった。赤点だったら同一の魔法が飛んできそうだ」

 

 サラッと説明した悠元の言葉を聞いて納得するように述べた達也に、悠元は苦笑交じりに冗談を零した。深雪は悠元が達也の行動を当てたことを得意げな表情を見せていた。すると、そこで真由美が悠元に問いかけてきた。

 

「ちょ、ちょっと待って!? 同一魔法の三連射って言わなかった!?」

「それほどの処理速度があるのなら、実技の点数が低いということはないはずですが……」

「あー、それができるのは達也の使っているCADが理由です」

 

 真由美に続いて鈴音の疑問に答えるように悠元が述べる。すると、いつの間にかあずさが達也の持つCADを覗き込んでいた。ああ、そういえばデバイスオタクだったな、と原作での知識を思い出しつつその様子を見た。

 

「あのー……ひょっとして、司波君の持っているCADってシルバー・ホーンじゃありませんか?」

「シルバー? それって、あの天才魔工技師であるトーラス・シルバーのシルバー?」

 

 真由美の問いかけにあずさがすっごくキラキラした表情で説明しつつ、達也のCADをまるで拝み倒すと言わんばかりに眺めていた。

 

「そうです! FLT専属で姿、本名、プロフィールなどが一切の謎に包まれた奇跡のCADエンジニア! 世界で初めてループ・キャスト・システムを実現した天才プログラマー! シルバー・ホーンというのは、トーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADのモデル名で、ループ・キャスト・システムに最適化されているんです!」

 

 ……これだけ長い台詞を噛まずによく言えたと思う。普段は大人しいのに、興味のあることだと饒舌になるってタイプは……ああ、うちにも心当たりがあった。佳奈である。

 あの人もCADになると眼の色を変えるからな。CADじゃないけど『サード・アイ・ゼロ』を見たときなんかめっちゃ興奮してたからな。分解させて? とか言われたときは全力で断ったけど。父以外の家族に言わなかったのは佳奈のことがあったからだ。

 

「でもリンちゃん。それだとおかしくない?」

「ええ。ループ・キャスト・システムは全く同一の魔法を連射するための……悠元君、説明した時に()()()()と言っていませんでしたか?」

「確かに言いました。具体的には座標・強度・持続時間・振動数の変数化ですね。尤も、この学校の魔法力評価では評価対象になりませんが」

「お見事だな、悠元。解説者に向いてるんじゃないのか?」

「褒められてる気がしねえわ……俺はスローモーションカメラじゃないんだぞ」

 

 真由美と鈴音の疑問に悠元が答えると、流石と言わんばかりの言葉を向ける達也に悠元は頭を抱えたくなる。深雪に至ってはそんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた。すると、意識が回復しつつもよろめいている服部に一同の視線が向けられた。

 

「……実技試験の評価は、魔法の展開する速度、魔法式の規模、対象物の情報を書き換える強度で決まる。成程、テストが本当の結果を示していないとはこういうことか」

「はんぞーくん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です!」

 

 傍から見れば会長にいいところを見せようとして無理をしている服部の図にしか見えない。それはそうと服部は思い出したように、深雪と悠元に近づいた。

 

「司波さん、それに三矢。眼が曇っていたのは僕の方だった。許してほしい」

「いえ、私こそ生意気を申しました。お許しください」

「自分の方こそ、申し訳ありませんでした」

 

 服部と深雪、そして悠元はお互いに謝罪をした。ただ、服部は達也に対して謝罪をすることはなかったが、実力を示した以上は異論など出るはずもない。

 これで模擬戦も終わると思ったところで、演習室に一人の予期せぬ人物が舞い込んだ。

 

「―――どうやら、既に決着はついたようだな」

「なっ……!?」

「十文字君!?」

 

 その人物に一同が驚きを隠せない。何せ、この学校の部活動会頭を務めるだけでなく、既に魔法師社会の最前線で活動している人物―――十文字家次期当主にして当主代行、十文字克人が姿を見せた。克人は周囲の状況を見た上で服部と達也が模擬戦をしたと理解し、服部に声をかけた。

 

「服部、負けたようだな。その理由も、お前なら言わずとも理解している筈だ」

「っ……はい」

「なら、次に生かせ。胡坐など掻いていたら、また足元を掬われるぞ」

 

 服部は克人の言葉を飲み込みつつその場を去ろうと思ったが、克人は服部の肩に手を置いた。まるで『見ていろ』と言わんばかりの視線を感じ、服部は立ち止まった。それを確認した上で摩利と真由美に近づいた。

 

「十文字君、この戦いは非公開なんだけど……一体誰から聞いたの?」

「別件でお前たちに用があったんだが、生徒会室に誰もいなかったのでな。そうしたら第三演習室が使用中だと聞き、もしかしてと思ったら当たったというだけの話だ」

 

 真由美の問いかけに答えつつも、克人の視線は周囲に向けられた。そして、悠元の姿を捉えると彼の前に立った。体格もさることながら、その存在感はまさに“巌”と表現するのは過大などと言えるものではなかった。

 

「三矢。お前に模擬戦を申し込む」

「十文字君!?」

「それは構いませんが……理由をお尋ねしてもよろしいですか、十文字先輩?」

 

 克人の言葉に真由美は驚く。三矢と十文字―――双方共に十師族の人間。その実力をぶつけ合いたいという意図も理解できるが、ここで模擬戦を申し込む理由を悠元は尋ねる。すると、克人は真剣な表情を浮かべつつその理由を述べた。

 

「一昨年前、俺は非公式にお前の姉である佳奈殿に挑んだ。立会人は当時風紀委員長だった美嘉殿だ。結果は……ファランクスを破壊され、俺が膝をついた。再戦を希望した俺に佳奈殿はこう言った。『私のあれは子供騙しみたいなもの。それより、私の弟の方がもっと強い』とな」

 

 何言ってるんですかねえ、うちの姉は……あれを子供騙しと片付けていいのかは疑問に残るし。けど、そもそも自分以外だと佳奈しかできないのは確かである。だってあれ、最低でも()()()()()()()()()()の上で『エレメンタル・サイト』クラスの眼を持ってないとできない芸当だし。

 

「尤もらしいことを言ったが、お前個人にも興味があった……この申し出、受けてくれるか?」

「ええ―――僭越ながらその勝負、受けて立ちます」

 

 でも、十文字克人の『ファランクス』と一度戦いたいと思っていたのは事実。それが通じるか否かの勝負―――3年生最強の一角と1年生新入生総代の戦い。そこに摩利が問いかけてきた。

 

「それはいいんだが、演習室の申請は大丈夫なのか?」

「問題ない。それも見越して1時間は延長するように追加申請しておいた。三矢、CADの準備が必要なら待つが?」

「いえ、問題ありません」

 

 悠元はそう言って上着に隠したホルスターから『ワルキューレ』を抜く。その銃形状CADに一同は眼を見開く形となった。何せ、銃形状に加えてカートリッジ型ストレージタイプなのは理解したが、CADに施された装飾はどのメーカーにも存在しないものであることは明白だった。

 悠元は左手に『ワルキューレ』を持って初期位置に着いた。それを見た克人も相対する形で位置に着く。審判は成り行きで引き続き摩利が行うことになった。

 

「―――直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式、回復不能に陥らせる術式は禁止。相手に捻挫以上の損傷を与えない直接攻撃は許可する。武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可する」

 

 摩利が説明をしている間、CADを片付け終えてケースを持つ達也は深雪の横に立った。深雪は小声で兄を労った。

 

「お疲れ様です、お兄様」

「なに、大したことじゃないさ……悠元に比べればな」

「やはり、十文字先輩の『ファランクス』が気になります?」

「そうだな。それ以上に十文字会頭を破った悠元の姉も気になるが」

 

 “鉄壁”と謳われた十師族の一角を担う十文字家の秘術こと『ファランクス』。達也の見立てでは、自身が得意とする『分解』でも克人の『ファランクス』を破るには届かないと感じている。だからこそ、それを承知の上で勝負を受けた悠元がどんな手段をもってそれを攻略するのか興味があった。

 それに、あのCAD―――『ワルキューレ』にも興味があった。自分が組んだプログラムなのだから高性能なのは言うまでもないが、あれに搭載されたハードウェア部分の機構については完全なブラックボックスに近い。

 

 達也たちが見守る中、克人は神経を尖らせる。悠元も『ワルキューレ』を握る手に力が入る。

 その静寂が最高潮に達した瞬間、摩利の合図が響き渡る。

 

「始め!」

 

 開始直後、克人が展開するのは当然『ファランクス』―――全系統全種類の障壁魔法と対抗魔法を絶え間なく展開し続け、圧倒的な防御力と物理攻撃力を誇る攻防一体の魔法。これには真由美も驚きを隠せなかった。

 

「いきなり『ファランクス』を!?」

「あの構えは…!?」

 

 克人はそのファランクスを前方に展開したまま、悠元に向かって突撃する。明らかにタックルで相手を気絶させようという魂胆なのは誰の目から見てもすぐに理解できた。だが、悠元はその突撃に臆することなく『ワルキューレ』を構え、引き金を引く。

 

(!?)

 

 次の瞬間、『ワルキューレ』から起動式が読み込まれて魔法式が展開、魔法が発動した瞬間に克人が展開していた『ファランクス』が砕け散った。それに克人が驚く表情を見せる暇もなく、いつの間にか彼の視界の範囲外に回った悠元の手刀によって克人は意識を失い、床に倒れた。

 これには審判役だった摩利も一瞬呆然としたが、健在の悠元を見て試合終了の合図を下した。

 

「……勝者、三矢悠元!」

 

 絶対無敵と謳われた『ファランクス』が砕けたことに驚く者、そうでなくとも十文字家次期当主を破ったことに驚く者もいる中、達也は表情にあまり出ていないが別の意味で驚いていた。その様子に深雪が気付いて声をかけた。

 

「お兄様? どうかされたのですか?」

「深雪……悠元はとんでもない埒外の天才だ。彼の姉が会頭を破ったのは誇張でもないだろう。おそらく、その起動式を組んだのは悠元だ」

 

 達也は『精霊の眼』で彼の発動した魔法の起動式を読もうとした。すると、彼は1つの起動式ではなく一度に13個の起動式を発動させていた。なので全てを理解することはできなかったが、あの魔法自体現在判明している系統魔法のいずれにも該当しない『新系統の魔法』だと理解した。

 そしてもう一つ。三矢家の魔法技術である『スピードローダー』は最大9種類の魔法を発動直前の状態で保持することができる技術……恐らく、これが悠元の手によって改良されているのではないかと達也は推測した。でなければ、一度に13個の起動式を同時処理・展開が極めて難しくなるためだ。現代魔法において魔法の同時発動は極めて難しい技術に含まれているのもある。

 

 悠元は『ワルキューレ』を懐にしまうと、倒れこむ克人に近づいて背中に手を当てる。一瞬想子の光が見えたかと思うと、悠元は手を放して立ち上がった。

 すると、気を失っていたはずの克人は瞼を開き、ゆっくりと体を起こした。これには真由美と摩利も近くに駆け寄った。

 

「十文字!」

「十文字君!? もう起き上がって大丈夫なの?」

「ああ、軽く意識を飛ばされただけのようだからな。まさか、同じように『ファランクス』を破られるとは……三矢、あれは一体何なのだ? 三矢家にそんな魔法があったなど聞いたこともなかったが……」

 

 本来他人の魔法について尋ねるのは秘匿の関係もあってマナー違反。だが、少しぐらいの種明かしはしてもいいかと思い、悠元は息を吐いてから説明した。

 

「定義上は系統外魔法『円卓の剣(ラウンド・ブレード)』。佳奈姉さんが使ったのはそれを姉さん用に最適化させたものです」

「『ラウンド・ブレード』……待て、今最適化させたといったな? お前は起動式そのものを調整できるのか?」

「いえ、起動式は弄っていません。厳密にいえば三矢家が本分とする『多種類多重魔法制御』―――その技術である『スピードローダー』を大幅に弄っています。正直別物になってしまったため、三矢家の固有技能とも言っていいでしょうが……敢えて名付けるなら『ライトニング・オーダー』ってところでしょうか」

「なっ!?」

 

 『ファランクス』を破る魔法だけでなく、三矢家が得意とする『スピードローダー』も『ライトニング・オーダー』と呼称する代物になったと話す悠元。そのことだけでも周囲の人間は驚きに包まれる。

 魔法技術を現在のレベルに進めるまででも膨大な時間がかかっているのに、それを更に進めたということに他ならない。

 

「いずれにせよ、対障壁干渉魔法といったところか……俺の負けだ。勝負を受けてくれて感謝する」

「いえ、こちらこそいい勉強をさせていただきました。十文字家の秘術である『ファランクス』はそうそう拝めるものでもありませんので」

「そうか……」

 

 克人と悠元は互いに握手を交わす。地味に力を加えるのは嫌がらせだと思うんですよ、十文字会頭。握手を終えると、克人は満足したような笑みを見せつつ演習室を去った。それを追いかけるように服部も演習室を後にした。そして、驚きのあまり復活する様子がない、真由美の耳元に息を吹きかけた。

 

「はーい、ちゃんと復活してくださいねー。生徒会と風紀委員会がありますよねー……ふーっ」

「ひゃうっ!? ゆ、悠君!?」

「仕事残ってるんですよね? ちゃんとシャキッとしてくださいね」

「あ、はい……(もう、ドキッとしちゃったじゃない……)」

 

 全員を強制的に再起動(正気に戻した)をさせた後、生徒会メンバーは生徒会室に、風紀委員メンバーは風紀委員会本部に移動することとなった。自分が息を吹きかけたのは真由美と深雪だけで、あとは真由美に任せた。達也は割と早く復活した……そんな姿の達也はレアだと思う。

 なお、深雪の耳元に息を吹きかけたところ、「ひゃんっ!」と悲鳴を上げた後に顔を赤らめて「ゆ、悠元さんは…ひ、卑怯です」と言われた。達也に意味を尋ねたら「頑張れ」とだけ言われた。謎である。

 


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