魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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優先度の違い

 箱根の神楽坂本邸からティルトローター機で東京湾海上国際空港に到着し、降り立った悠元の目前に映るのはこれから乗ることになる飛行機。普通は旅客機と思ったのだが、出発の準備をしているのは政府専用機であった。

 

「母上、民間機ではないのですか?」

「いやー、私も最初は民間機で手配したんだけどね。総理が『神楽坂家の御当主の方々を民間機のエグゼクティブクラスに乗せるのは、国としての沽券に関わる』と言って、政府専用機になっちゃった」

「なっちゃったって……」

 

 先日の衆参両院選挙で大勝し、続投が決まった総理大臣の感謝の気持ちもあるが、国の重鎮とも言える護人の方々を最上級のVIP待遇で手配するのが神楽坂家に対する“礼”である以上、千姫も無碍に出来なかったようだ。

 ともあれ、千姫に続く形で乗り込むと、CAたちが深く頭を下げて出迎えた。彼らは非魔法師であるが、マナーや礼儀だけでなく魔法に対する知識も徹底的に叩き込まれているため、非礼や無礼を働くことは許されない。

 「お世話になります」と軽く頭を下げつつ、席に座った。

 席に座ってウェルカムドリンクとしてノンアルコールのドリンクを貰ったところで専用機が動き出し、滑走路に到達した時点でエンジンが唸りを上げ、加速による負荷が悠元に掛かる。とはいえ、剛三との訓練のせいでこの負荷も細波程度にしか感じなくなった自分が人間離れしていることに溜息を吐きたくなった。

 

 滑走路から飛び立った政府専用機は一路新千歳空港へと進路を向ける。体制が安定状態となったところで、悠元は端末を取り出してキーボードを叩き始める。

 

(しかし、矢車家からの話とはいえ、母上自ら出向くとはな)

 

 箱根に本拠を置いていることを考えれば妥当だが、今回の話は遠上家と矢車家だけの問題ではない、と千姫は説明していた。

 現状、数字落ち(エクストラ)数字付き(ナンバーズ)や百家よりも厳しい魔法制限―――固有魔法の使用制限と引き換えに、立場の差別禁止を勝ち得ている。だが、彼らが数字を剥奪されて研究所を追放された理由は研究所の目的と合致しなかったがため。ひいては当時の研究所を管理していた政府と元老院に原因がある。

 その数字落ち(エクストラ)が主犯格となって起こした東京オフショアタワー爆破テロ未遂事件は、護人にして元老院の一角である上泉家が関与した建物を狙うという悪質なものだった。

 当然、この事件に関しては元老院で荒れに荒れた。この事件によって魔法師社会の仕組みそのものが変化の時期に来ていると判断した千姫と剛三は、四大老として数字落ち(エクストラ)の根本的な待遇改善を主張、樫和は現状維持を主張し、東道は沈黙することで中立の立場を取った。

 

―――内々に面従腹背の輩を抱えたまま外の脅威に備えろと? 儂や千姫、元造(げんぞう)たちのように命を賭したことすらなく、影で座ったまま戦ったことのない貴様らに何が分かる!? 恥を知れ、小童ども!

 

 そこで激怒したのは剛三だった。

 師族会議のシステムが構築されて30年余り……国防軍の腐敗を防ぐため、要足り得る魔法戦力の独自性と魔法師の基本的権利の守護を謳ってきた組織だが、魔法が技術の一つとなったことと変化する世界情勢は、師族会議と国防軍の相互協力体制を必要としていた。その理由に戦略級魔法ひいては戦略級魔法師の存在が大きい。

 

 だが、現状はどうだ。

 国防軍は確たる目的を失ってみっともない派閥争いで文民統制の制御から外れかけている上、魔法協会ひいては師族会議からの干渉を受けない部隊を設立する動きもある。独立魔装大隊もとい第101旅団はその最たるものだろう。その暗部では“再教育”という名目で師族の人間の誘拐未遂事件まで起こしたのだ。

 師族会議に関しても、師族同士を争わせようとする師族や、魔法師としての実力を強めることに足を引っ張ろうとする師族までいる始末。何せ、家督を継がない立場の人間が魔法師として優れた力を発揮していることを理由に、彼の実家に対して追及した過去がある。

 

 更に、魔法師の勢力が強まることを恐れて力を削ることに腐心した政府―――政治家や官僚たちによって、この国の魔法師社会の様相は混沌の極致にあった。公権力が魔法の力に脅かされる(おそ)れはかつての呪殺を警戒しての事だったかもしれない。だが、その行いは結果として魔法師のみならず非魔法師にも影響を与えている。

 

 魔法を学んでも、社会に見合った能力でなければ発揮される場所が無い。あまりに特化しすぎたが故に飼い殺しの憂き目に遭い、結果として犯罪に手を染める者も少なくない。力を求めたいがために、本来なら敵扱いされる人間すら引き込んだという事象も起きたほどだ。

 魔法の力が歴史の表舞台に“技術”として出たことは、古今東西における技術革新に伴う軋轢の例に漏れることなく問題が顕在化している。それは魔法に秘められた“秘匿”に反する動きであり、古式魔法師と現代魔法師の間で軋轢が生まれる一因にもなっている。

 

 魔法を検知する監視システムがいくら充実しようとも、魔法を使えない者からすれば想子の動きを視覚で捉えることが出来ず、結果的に『見えない力』と恐怖されてしまう現状。元々軍事的な要素として取り入れられたが故の宿業が、約1世紀も経過した蓄積がここに来て噴出した。

 

 こんな未来の為に親友は命を懸けたのではない。「人間」であることを望んだ親友の想いを、この国の人間は何も考えていない。実際に刃を交えることなく引き籠ってきた人間に、命を削って戦っている人間の思いを推し量るなど笑止千万。剛三は、自ら世界群発戦争を戦って生き抜いた人間として、その命題を東道と樫和に突き付けた。

 それに続く形で千姫が口を開いた。

 

―――我らの使命、忘れたわけではあるまい。だが、妾も義兄(あに)も平和のぬるま湯につかり過ぎていたようじゃ。奇しくも、妾の子は権力や権威に対して人一倍厳しいぞ。主等にとては劇薬じゃろうが、その苛烈さが無くては国を変えることなど夢じゃろう。

 

 千姫は佐伯少将と烈を含めた「九」の家の先代当主たちとの取引を把握しており、その中で佐伯は「国防軍は魔法師を軍人への道に強要しない」と告げていた。それに倣う形で千姫は自身の子が戦略級魔法師であることも踏まえた上で、魔法師を「兵器」扱いすることは金輪際許さない、という意思も含めた言葉を述べた。

 

 元老院での会議の結果、数字落ち(エクストラ)に関する扱いは護人の二家預かりとし、その第一歩として千姫は遠上家を神楽坂家の傘下に引き込むことを決めた。そして、数多の問題を起こした十山家を師族会議から永久追放し、その穴を埋める形で遠上家を数字付き(ナンバーズ)の序列に加える腹積もりのようだ。

 ただ、現状残存している数字落ち(エクストラ)全てを元に戻すのは難しく、中には過激な思考の組織に入り込んでいるケースもある。この国に害を成すならば、一切の情けを掛けることなく滅ぼすと千姫と剛三は宣言したそうだ。

 

 それと、千姫が言うには、四葉家の次期当主として達也を指名すれば、自ずと国防軍情報部と十山家は動くとみている。そして、孤立無援となった十山家が万が一の可能性として十文字家を頼った場合も考慮済みと述べていたため、その辺は任せることとした。

 遠山つかさは詩奈と知己であることは自分も知っており、自分を引き出そうと詩奈を利用することも想定しているが、この辺は「身内のことは三矢の係累だけで決着をつける」と述べ、千姫もそれには頷いて承諾した。

 詩奈には、相手にどのような理由があれども、国防軍絡みの際には何かしら連絡するよう言い含めている。なので、万が一相手が騙して詩奈を連れ去った時点で加担した人間全員を病院送りにする腹積もりだ。

 

 それこそ特務中将としての権限で全員拘束して厳罰に処するべきという具申を防衛大臣に送れば、文民統制の引き締めという名目で幕僚らの尻を叩かせることも可能だ。そんなことをせずに自ら動いてくれるならば御の字だが。

 

 閑話休題。

 

(しかし、遠上家か……遼介さんが留学に行ったまま帰ってこないのは聞いたが)

 

 遠上(とおかみ)遼介(りょうすけ)は悠元の3つ上―――悠元の姉である美嘉と同い年。今年1月、交換留学でUSNA旧カナダ領域バンクーバーに留学し、その2ヶ月後に音信不通となっている。

 本来許されないはずの魔法因子保有者の留学が許された経緯は、パラサイト事件もといUSNAの身勝手な事情による『灼熱と極光のハロウィン』戦略級魔法師殺害未遂事件(どう取り繕おうがスターズまで動かして実行した時点で立派な国際犯罪だと思う)が原因だ。

 自分で調べた限りでは、公的な情報によるとバンクーバーにいるのは間違いないが、街に設置された監視カメラによる情報を統合した結果、バンクーバー市政府公認の魔法結社『FEHR(フェール)』に所属している可能性が極めて高い結果が得られた。

 その組織に関しては先日の東京オフショアタワーに関する事件で、『進人類フロント』のメンバーの一部がその組織に引き込まれた。その後は過激な報告を聞かなかったために放置していたが、まさか知り合いの一人が所属しているというのは初耳だった。

 

 遼介が遠上家の人たちにどこまで話しているか分からないが、メールでの文面を見る限りにおいて何も知らない可能性が高いだろう。音信不通の部分は向こうも納得しているだろうが、USNAの魔法結社に所属していると知ったらどういう反応を示すのだろう。

 

(まあ、その時はその時だな。大方、レナ・フェールに絆されたとみるべきか)

 

 悠元も『FEHR』のリーダーであるレナ・フェールとは面識があった。見た目通りの年齢でないのは散々見た目の年齢詐欺に該当する面々と関わりが多かったためだが、年齢を訊ねる気などなかったし、女性に対して年齢の話はタブーである。

 剛三との世界旅行で夜のバンクーバーを散歩していた時、数人の魔法師らしき人物に囲まれたことがあった。その連中全員を一撃で倒したところで、彼らのリーダーと思しき女性が姿を見せた。それがレナ・フェールであった。

 

『私の同志がご迷惑をお掛けいたしました。貴方のその強い魔法力に興味があり、ただお声を掛けさせていただくつもりでしたが、同志が早合点を起こしてしまったようで』

 

 逃げ道を塞ぐように取り囲んでおいて何を今更、とは思ったが、最悪覚えたばかりの『鏡の扉(ミラーゲート)』で脱出することも織り込んだ上でレナの招待を受けることとなった。

 レナからは悠元の魔法力に関する質問があったが、その一遍だけでも世界を揺るがすことになりかねないため、適当にあしらった。レナの周囲にいた同志の一人が掴みかかろうとした瞬間に合気道で床に叩きつけたことで、他の人間は彼我の実力を察して手を出さなくなった。

 レナも深く追及することは避け、丁重にホテルの近くまで送り届けてくれたが、自ら進んで味方になろうという気にはならなかった。その時は達也や深雪のことが念頭にあったのが一番の理由かもしれない。

 

 別れる際、レナから『叶うならば、我らが主となって頂きたかったです』みたいなことを言われたが無視した。会談の時からなんだか熱っぽい視線を浴びていたような気もしたが、その一言で神様みたく祀り上げているのだと判断したのだった。

 翌朝、剛三にそのことを話したら、盛大に笑った上で背中をバシバシと叩かれた。地味に痛かったから加減をしてほしかったのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 新千歳空港に到着した悠元が目にしたのは、リムジンだった。この待遇は納得しているものの、前世の庶民だった価値観からしてどうにも納得し難いものがあった。これには、隣にいる千姫が思わず笑みを零すほどだった。

 一々驚いてもキリが無いと諦め、悠元と千姫がリムジンに乗り込む。

 

「そうそう、今回は神楽坂家の人間としてではなく、神坂グループの人間として出向くことになっています。なので、悠君は会長の御曹司兼取締役という体ですね」

 

 話の流れを説明すると、まず神楽坂家の要望を聞いた矢車家が遠上家に「こんな話を知り合いから聞いた」という感じで話し、次に神坂グループで業務委託している開業獣医の募集を公募したところ、問い合わせをしてきた中に遠上家が入ってきたので、今は矢車家と遠上家の話し合いが持たれている、という形になっている。遠上家としては、矢車家経由で提示された条件に関して問題はないという感触を得ているらしい。

 その上で、実際の業務を担っている神坂グループの人間が遠上家と詰めの交渉に入る―――そのための来訪という意味合いが強い。若干急ぎ気味なのは、悠元が四葉家に関する部分で動くことを知っている部分もある。

 

「獣医関連は分かりました。では、婚約者関連は?」

「今は単に矢車家から『悠君に好意を持っている節がある』という報告までですね。アリサさんは既に母親が亡くなっていますし、父親に関しては戸籍情報上だといないことになっていますので、養親である遠上家の方とお話しせねばなりません」

 

 要するに、千姫は何らかの形で茉莉花とアリサの婚約にまで漕ぎ着けるつもりだと察した。その為に親交のある自分を連れてきたと思われる。千姫自ら来たのは、自分の母親としてもそうだが、今回の交渉相手が数字落ち(エクストラ)という点が大きいのだろう。

 

「随分と急ぎますが、何か理由でも?」

「そうだね……悠君の婚約者募集は、四葉の次期当主と婚約者募集に合わせて発表するの。現在悠君の序列に入っているのは、先日三矢殿からの打診を受けて追加した愛梨さんも含めて8人」

 

 深雪、雫、姫梨、沓子、夕歌、セリア、泉美、そして愛梨。他にも婚約の申し込み自体はあるわけだが、千姫はこの婚約者募集の前に一桁台の序列を固定したいらしい。

 

「泉美ちゃんは申し訳ないけど、先日のペナルティを支払う形で第10位に落とし、愛梨さんが第7位に据えます。それで、その2人の序列は成立すれば第8位にアリサさん、第9位に茉莉花さんを置きたいのです」

 

 つまり、神楽坂の面子を潰した現十師族よりも数字落ち(エクストラ)である遠上家の人間を上位に据えることで、神楽坂家における重要度を明確化したいようだ。序列自体に意味があるわけではないが、何かと面子を気にしてしまう人間からすれば、この序列の“格付け”は屈辱的にも見えるだろう。

 十師族の四葉家、師補十八家の一色家、百家の四十九院家、更には九島家の縁者に神楽坂家の係累よりも優先度としては下だ、と宣言するようなものだ。なお、アリサの序列が上なのは単純に遠上家でのアリサと茉莉花の関係を矢車家から聞いた結果らしい。

 

「なので、交渉に関しては私が全面的に引き受けます。悠君は九校戦で顔を知られているので、姿を誤魔化してくださいね」

「……まあ、分かりました」

 

 姿を誤魔化すのは『仮装行列(パレード)』や『月影行列(ムーンエスケープ)』、古式だと『纏衣の逃げ水』辺りが使えるが、今回は単に外見を変えるだけなのでCAD使用に支障の出ない『仮装行列(パレード)』でいいと判断。

 悠元は念のために眼鏡―――術式の補助具みたいなもので、刻印によって術の継続発動を半自動化する―――を掛けて『パレード』を発動させると、悠元の髪の色が白銀に染まり、瞳は暗めのグレーに変わった。

 この仕組みはパラサイト事件にリーナやセリアが身に着けていた仮面のデータをセリアから貰って作ったもので、試しにセリアに渡したところ「あの仮面、正直抵抗あったんだよね」と呟いていた。この感想はリーナも抱いていたものらしい。

 

「あら、イケメンな外人さんに早変わりね。私も術で銀髪にしようかしら」

「必要あります?」

「気分の問題ですよ、気分の」

 

 結局、千姫のCADに『仮装行列(パレード)』の起動式をインストールし、千姫は『パレード』を発動させて綺麗な黒髪を銀髪に変化させた。更には瞳の色を悠元と同じ暗めのグレーにしたことで、ちょっと年の離れた外国人の姉弟の様相となった。

 九島の秘術をあっさり渡していいのかと言われそうだが、身内もそのことを理解しているし、別に悪用するつもりもない。大体、既に十師族を離れている以上は一々追及されるいわれも存在していない。

 なお、言うまでもないが矢車家に着く前に魔法は一度解除している。 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 矢車家の本家は北海道南西部にあり、外見は立派な寺といっても過言ではない。正門の前に着いたリムジンから降り立つと、悠元にとっては知己である矢車本家の当主こと矢車(やぐるま)慶一郎(けいいちろう)が頭を下げた。

 

「お久しぶりですね、佑都さん。いえ、今は悠元さんでしたか。千姫様もお久しぶりでございます。正月は母が代理として出向き、自ら顔を出せなかったことをお詫びいたします」

「お久しぶりです、慶一郎さん。お世話になります」

朔夜(さくや)さんより事情は伺っております。あの時は新ソ連の逆襲を警戒していた時期でしたので、お気に病む必要はございませんよ」

「感謝いたします。それでは中へ」

 

 過度な歓迎は周りに要らぬ詮索を与えると分かっているためか、出迎えは慶一郎と数人の使用人しかいなかった。手荷物に関してはCADを持ち込んでいる事情を話した上で自分で持っていく形とした。

 『トーラス・シルバー』のことについては神楽坂家でも一部の当主クラスにしか開示されておらず、慶一郎も悠元がその片割れだと知る一人の為、悠元が自分で荷物を持っていくことを察して、使用人に指示を出していた。

 

 矢車本家の屋敷に入ると、慶一郎の妻に加えて四人の子ども、そして正月に会った先代当主の朔夜が出迎えた。慶一郎の子どもは17歳の長男と14歳の長女、13歳の次女、11歳の三女と長男以外女子という構成。

 長男の純一郎(じゅんいちろう)は魔法科高校に通っておらず、魔法力を隠すために普通科の高校へ進学していて、悠元が本家で過ごしていた時に同い年の男子ということで仲良くなっている。女子三人とも仲良くなっているが、恋人関係に発展しないよう細心の注意を払ったうえで接していた。その気遣いが他の方面にもできていればまだ穏便だったのかもしれないが、既に後の祭りなのでもう諦めた。

 子どもらからは九校戦での活躍を主に聞かれた。あの『クリムゾン・プリンス』を完封して一方的に負かしたことは感動的だったらしく、純一郎から「今通ってる学校は小学校からの奴が結構いてな。『あれって佑都だよな!?』って興奮気味に聞かれたよ」と聞かされた。

 純一郎には「恋愛部分も含んでボコボコにしただけだ」と返したところ、直ぐに深雪のことが浮かんだようで、深雪と付き合っているのかと聞いてきたので、それには素直に頷いた。

 

「成程なぁ。あんな綺麗な人となら悠元と釣り合うわな」

「それは、どっちが高い前提で話してるんだ?」

「悠元の方だな。一条にはとてもじゃないが釣り合わんと思うよ」

 

 深雪や将輝のことを実際に見たわけではないにせよ、純一郎はそう述べた上で「いくら『クリムゾン・プリンス』と呼ばれようが、昨年のモノリス・コードで威力制御をミスってオーバーアタック紛いの魔法を放った時点で程度が知れてる」と辛辣に切り捨てていた。

 何せ、純一郎は悠元の魔法訓練を見たり、一緒に鍛錬していた経験がある立場。三矢家が矢車の血族を引いているとはいえ、並々ならぬ魔法力を有している悠元がそれを暴走させることなく制御しきっていることに強い関心を抱いていた。

 悠元が7歳まで病弱だったことも、もしかすると長く生きられないことも噂程度に聞いていたが、その噂を覆してこうやって会話を交わしていることに比べれば、彼に対する嫉妬など無いに等しかった。

 

「なあ、悠元。この間分家の次男の写真を見てた上の妹がな、目をキラキラさせていた」

「それって侍郎のことだよな。でも、アイツには詩奈が嫁ぐ予定だが」

「愛人でも良いとか言ったものだから、親父が泡を噴いてぶっ倒れた」

「……そりゃぶっ倒れるわ」

 

 魔法師社会の婚姻が上の立場になればなるほど政略結婚になるのは仕方が無いにせよ、密かに愛人ブームでも広まりつつあるのだろうかと懐疑的にならざるを得なかった。

 なお、その上の妹のことを聞いた朔夜が、千姫経由で悠元に侍郎と詩奈の婚姻を後押しすることを約束した。古式の家ならば内縁関係にする手段も取れるため、侍郎はこれからモテ期に突入するのかもしれない。

 ……せめて、詩奈が歪み過ぎて『Nice boat.(なかにだれもいませんよ)』とならないように配慮はしておこうと決めた悠元であった。

 




 原作と異なり、元老院に大きく関わってくるのでその辺の話を入れました。この辺は「利権絡みで役にも立たん事ばかりに予算を注ぎ込む上の馬鹿な連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを数字でしか知らん!」というデュエイン・ハルバートンの言葉を引用した形です。

 古式魔法の家の考え方は現代魔法の家と異なる思考をしているみたいな感じで矢車家のシーンも入れてみました。三矢家の使用人をしている矢車家で名前が出ている人は意図的に数字が入っているような名になっているので、本家では名前に数字が入っている形にしました。
 女子の名前に数字を入れようとすると某花嫁に思考が傾きそうです(自業自得)。

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