魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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四葉継承編なので。


大人らに振り回される子どもら

 悠元がセリアとの修業に励んでいた頃、達也がFLTに用事があると言って出かけたのと入れ替わる形(時間自体に1時間ほどの差異はあったが)で夕歌が尋ねてきた。その応対自体は深雪が行うことになったが、夕歌は深雪の表情を見て笑みを零した。

 

「夕歌さん、どうかなさいましたか?」

「ちょっとね。深雪さんが何かを決意した表情を見せたものだから」

「ええ、まあ、そうですね。ところで今日はどのようなご用件で? 悠元さんは正月まで神楽坂家の仕事があると言って帰ってきませんが」

「あら、そうなの。にしては、動揺したりしていないのね」

「悠元さんと誠心誠意話をして、こういう時も出てくることは覚悟の上ですから」

 

 笑顔でアッサリと言いのけている深雪に対し、夕歌は内心で「強いわね」と感嘆にも似た言葉を吐露した。水波が差し出してくれた紅茶を頂きつつ、夕歌は今回の来訪の目的を話した。

 

「深雪さんは、来年正月の慶春会に出席されるのかしら?」

「ええ。叔母様からのご招待を受けていますので……夕歌さん?」

「そのね、深雪さん……今年は気を付けなさい」

 

 夕歌からそう言われるということは、深雪は自身を狙う者の存在を連想した。だが、九校戦でもそうだが、自分が四葉の係累だと知るのは身内以外を除けば達也の友人たちや三矢家の人間に限定される。

 まず、三矢家から自身の情報が漏れるということはほぼないに等しい。現当主とその夫人、上泉家当主となった次男の元継、そして自身の婚約者である三男の悠元の4人が該当するが、彼らは秘匿を約束してくれた。

 友人たちも四葉の名の重みを知っているためか、秘密にすることは約束してくれていたので、深雪絡みでないことは間違いない。

 

 そうなると、深雪が動くことでその同伴者となる達也や水波のどちらかとなるわけだが、水波は世俗との関わりがまだ薄い方なので恨みを買っている節は見られない。そうなると、夕歌からの忠告は主に達也絡みであると深雪は結論付けた。

 

「出ない方が良い、とは仰られないのですか?」

「まあ、私も次期当主候補だけど、筆頭候補の深雪さんには勝てないもの。いくら魔法力を磨いても、深雪さんの愛には勝てそうにないし……」

 

 この辺は夕歌も深雪と同様に悠元の婚約者序列に入っていることが大きく、四葉分家にして神楽坂家の『九頭龍』の一角を担う家柄。現当主の津久葉冬歌(とうか)は娘を四葉の次期当主候補として考えていたが、悠元の婚約者となったことでその線を既に捨てている。

 

「何より、最強の護衛という肩書が一番似合う達也君がいるのに、それで来れない状況になる方が難しいと思うの」

「まあ、それは否定できませんが」

 

 夕歌自身も序列第5位という立場には納得しており、その上位にいるのはいずれも神楽坂家に縁のある者たち。そうなれば、悠元から歳が少し離れた自分が無理をする必要もないと判断した。尤も、母親から「身を固めなさい」と口煩く言われていたので、悠元との婚約は夕歌にとって救いとなった。

 

「週に1度はうちに来て泊まっているじゃないですか」

「最近、またサイズが合わなくなってきたのよね……深雪さんも大変でしょうに」

「うちはその、お母様や叔母様の例もありますので想定はしていましたが」

「それはそうよね……って、話がずれたわね」

 

 夕歌と深雪の特定部位に関する話で水波が思わず身を背けて「大丈夫でしょうか」と不安げに自分の胸を見つめていたことに深雪と夕歌は気付いていたが、そこは触れないようにしつつ夕歌が話を戻した。

 

「御当主様のご命令は絶対だもの。それは表向き四葉との関わりを出来るだけ薄めてきた二人も例外じゃない。ただ、分家当主達が良からぬ動きをしているって母が漏らしていてね」

「冬歌さんがですか?」

「あれはわざとでしょうけどね。まあ、それが不安ならどこか途中から一緒に行くというのはどうかしら?」

 

 八ヶ岳山麓には津久葉家が所有する別荘があり、夕歌は例年その別荘を経由する形で本家に赴いている。夕歌自身が最初からついていくことで襲撃を逸らさせる可能性もあるが、あの母親が態々その情報を漏らしたということは、かなり厄介な事態になると夕歌は読んだ。

 だが、夕歌が途中で合流する形で本家に向かえば、いっそのこと偶然鉢合わせたという体も取れるだろう。残る問題は、四葉分家そのものが妨害してきた場合だけになる。

 

「お気持ちは嬉しいのですが、夕歌さんが伝えた懸案に夕歌さんが巻き込まれる危険もあります。いくらお兄様と水波ちゃんがいても、無傷でやり過ごせるわけではありませんから」

「そう……分かったわ。もし、30日までにトラブルがあって着かないようなら連絡を頂戴。私は31日に本家へ向かうから、貴方と達也さん、水波ちゃんの三人ぐらいなら大丈夫よ」

「分かりました。お兄様にもそう伝えておきます」

 

 夕歌は自分のガーディアンが亡くなったことを深雪に伝えなかった。深雪のガーディアンは現状達也だが、その役目は水波に引き継がれる。身内もしくは家族同然の付き合いをしている深雪の心証を態々悪くする必要もないと判断し、カップの紅茶を飲み干してから立ち上がった。

 

「御馳走様。それじゃ深雪さん、次に会うのは慶春会になるかしらね」

「ええ、そうありたいと思っています」

 

 深雪と水波に見送られる形で去っていく夕歌。そして、夕方に帰ってきた達也に深雪は夕歌の来訪と彼女から受けた忠告を伝えた。

 

「成程……深雪は、俺絡みの可能性が高いと踏んだのか」

「はい。私が四葉の人間だと知るのは、四葉家を除けばごく一部。ですが、夕歌さんの口ぶりからするに分家の方々が私を狙うのはあまりにも不自然すぎると思いまして」

「確かに、その通りだろうな」

 

 深雪は四葉本家の使用人や分家からも認められた存在。その一端は昨年のFLTにおける青木の言葉遣いからも分かることだった。そして、まだ深雪に話していないことだが、達也はFLTで貢から慶春会の出席を辞退するように言われた。あくまでも出席するのは深雪であって、自分はその護衛の為に付いていくだけに過ぎない。

 そして、達也の疑問に対して貢は「慶春会までに間に合えば疑問に答えてやろう」と言っていた。この辺の話はここにいない悠元辺りに聞けば早いかもしれないが、彼は神楽坂家の事情で正月までいないし、今年は達也の行動の後始末として動いていた。それを心配する妹のことを考えれば、ここで悠元を頼るのは何故だか自分を許せなくなってしまう、と達也は内心で苦笑した。

 

「何にせよ、自力で着ければ御の字だな。最悪の場合、夕歌さんに合流する形で本家を目指そう。深雪もそれでいいか?」

「はい。夕歌さんには連絡したほうが宜しいでしょうか?」

「いや、止めておこう。こちらの動きをリークされる可能性もあるからな。それはギリギリまで待とう」

「分かりました、お兄様」

 

 それに、夕歌が深雪と同じく神楽坂家次期当主の婚約序列に入っていることは、当人たちとその身内だけに止められており、万が一傷を付けるような真似をすれば、神楽坂家が動きかねない。

 流石に貢が形式上の中立を宣言したことは信用するとしても、彼を含めた分家当主の差し金によって唆された相手が襲撃する可能性が残っている。黒羽の諜報能力で自分らの行動を追跡される可能性も残ったままだ。何にせよ、出発予定は29日と実質的にあと2日。万全に準備を整えた上で臨む必要があると達也はそう感じていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 津久葉家の自宅に帰った夕歌はコートを脱いだ。備え付けのサーバーで紅茶を淹れると、紅茶をテーブルに置き、ソファーに座った上で背伸びをするような動きをした。

 

「全く、どこに縁が転がっているのか分からないものね」

 

 夕歌が悠元と出会ったのは、親友である詩鶴を介して三矢家の屋敷で出会ったことが切っ掛けだった。魔法科高校入学時でも高い魔法力を発揮していた詩鶴は在学中にメキメキと実力を上げ、生徒会長就任時には十師族当主クラス以上の魔法力を有していた。

 

 その秘密をそれとなく尋ねたところ、詩鶴は「弟に魔法の見方を教わった」と聞き、四葉に連なる人間としてその秘密を探りたい欲求から彼と接触した。正直、周囲の男子にすら見向きもしなかった(魔法力を隠していた以上、下手に競えば厄介事になると分かっていたため)夕歌にとって、悠元の存在は煌びやかに見えた。

 それからというものの、詩鶴に託ける形で三矢家を訪れては悠元と会話をするようになった。その当時、悠元は常に三矢家にいるわけではなく、学校の長期休みの時だけいる形が多かった。その理由は上泉家―――あの上泉剛三から武術を習っていると聞き、悠元の非凡さがそれだけでも窺い知れるほどだった。

 

 バレンタインのお返しということでホワイトデーに手作りのクッキーが贈られてきたが、それを口にすると何故だか「納得いかない」という気持ちでいっぱいだった。今にして思えば、女性としてのプライドを刺激されたのだろう。

 悠元が十師族・三矢家の姓で魔法科高校に入り、九校戦後に神楽坂の姓を名乗る。そして昨秋の横浜事変後、母親の冬歌から唐突に婚約の話が舞い込んだ。

 

「夕歌、貴女は神楽坂家の次期当主となった悠元君を知ってるわよね?」

「ええ、知っていますが」

「貴女には彼に嫁いでもらいます。貴女の親友である三矢さんも婚約したのですから、貴女もそろそろ身を固めなさい」

「……え? はい? 婚約?」

 

 最初は政略結婚になるかと思った。だが、婚約相手は自分も良く知る人物であり、自分も嫌いではない。そのことを知っていた母が神楽坂家当主に相談し、そのまま婚約を結ぶこととなった。

 正月に悠元と顔を合わせた時、夕歌は改めて自分の気持ちがようやく理解できた。その前に深雪と会話をしたが、深雪も似たような気持ちを抱いていたことを知り、夕歌自身の中にあった悠元への感情に合点がいった。

 それからというものの、表向きは悠元に護身術の手解きを受けるという名目で週に1回は司波家を訪れ、そのまま泊まっていくことが多くなった。悠元と関わることで益々彼への恋慕が強まり、終いには露出の高い恰好で誘い……その日以降、抱かれるようになった。

 

「一緒に暮らしていたら、深雪さんはしょっちゅう抱かれてそうね。寧ろ、深雪さんが襲っている側ってところかしら。達也さんも水波ちゃんも苦労してそうね……一番苦労しているのは悠元さんだけれど」

 

 時折、我慢できなくなった深雪も乱入することも起きており、悠元から聞いた限りでは深雪に「従属させてほしい」と懇願してきたことに夕歌は絶句した。でも、深雪の気持ちも同じ女性として分からなくはないと思っている自分自身もいた。

 

「それは置いといて……正直愚かとしか言いようがないというのに」

 

 夕歌がそう評した相手は達也を目の敵にしている分家当主達のことだ。文弥や亜夜子はもとより、夕歌と次期当主の件で敵対している勝成ですら達也のことを認めている節があることは夕歌も知っていた。

 彼らが何故達也を遠ざけようとしているのか……こればかりは夕歌も分からずにいたが、推測は出来る。それは、四葉家の持つ『触れてはならない者たち(アンタッチャブル)』の考え方が大きく影響していると推察した。

 

 達也の持つ『分解』と『再成』は夕歌も知っており、戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』についても聞き及んでいる。何せ、その魔法を封じるための魔法は津久葉家によるものだからだ。

 達也の前者の魔法はまだしも、戦略級魔法は四葉の力から大きく逸脱していると分家当主達は考えた。四葉の異名を保つため、何者にも害されない力を求めた先に生まれたのが世界を震撼させた力。

 

―――そして、分家当主達は達也の『マテリアル・バースト』を“恐れた”。

 

「三矢家の場合は家族の大半にまでそれに匹敵しうる実力を身につけちゃったから、三矢殿も口煩く言わなかったのでしょうけど」

 

 夕歌の婚約者である悠元も達也と同じ戦略級魔法師であることは知っている。『灼熱と極光のハロウィン』において新ソ連の部隊を壊滅させた戦略級魔法の詳細は夕歌ですら知らないが、起こった現象を察するに真夜の[流星群(ミーティア・ライン)]と同じ性質を持った戦略級魔法であると推察した。

 四葉家とは異なり、悠元自身は三矢家の家督を継がずに神楽坂家の養子として引き取られ、神楽坂家次期当主として公表されている。悠元だけでなく現当主の子の殆どが魔法科高校で抜きん出た成績を発揮しているのと、家を継がないという悠元のスタンスが他の兄弟姉妹にも伝播したのか、特に御家騒動に繋がるような様相は見られない。

 正直なところ、夕歌からすれば、そういう風に振舞えてしまう三矢家が少しばかり羨ましかった……と思っていたところで着信を知らせる音が響き、夕歌は通話のボタンを押すと、モニターには四葉家当主こと四葉真夜の姿が映っていた。

 

『夕歌さん、こんばんは。今は大丈夫かしら?』

「はい、丁度休んでいたところでしたので。それで、どのようなご用件でしょうか?」

 

 慶春会が近いというのに、このタイミングで真夜から通信が来るとは思いもしなかった。真夜が態々次期当主候補の一人である夕歌に声を掛けたのかという疑問はあるが、その疑問を解決すべく夕歌は尋ねた。すると、真夜は笑みを零しながら声を発した。

 

『夕歌さんなら当然疑問に思うでしょうね。態々こんな時期に、次期当主候補の一人である貴女に当主である私自らが連絡するのですから』

「あ、はい。その、慶春会でどなたかの味方をせよというご命令でしょうか?」

『それこそまさか。夕歌さん自身、何方が相応しいかぐらい理解していることですし、できれば強制はしたくありませんもの。実は、夕歌さんに護衛を付けようと思いまして』

「護衛、ですか?」

 

 現状、黒羽家と津久葉家を除いて次期当主候補にはガーディアンが配置されている。その次の選定には時間を要するため、とても慶春会までには間に合わないと事前に連絡を受けている。その穴を埋めるための護衛を真夜が付けようという提案だった。

 

『夕歌さんが危険な目に遭わない、と保障するのはいくら私でも難しいものですから。そこに丁度良いお話を頂きまして、ガーディアンのいない夕歌さんを護衛する意味でもよろしいかと判断したのです』

「それはありがたい申し出だとは思いますが」

『ふふ、腕に関しては保証しますよ。何せ、私だけでなく葉山さんのお墨付きもありますから』

「は、葉山さんが認めたほどのですか」

 

 葉山は四葉の復讐劇のサポートを担い、先代当主から仕えている四葉の筆頭執事。魔法師としての技量は定かでないものの、真夜の傍に仕える彼が手放しで評価できる人間の数など指で数えられるぐらいだろうと夕歌は思っている。

 何にせよ、単なる体裁で護衛を付けるなどとは思っていない夕歌に対し、真夜はもう一つの事項を告げた。

 

『それと夕歌さん、その方は私の代理として、夕歌さんも含めた次期当主候補の皆様が無事に本家へ到着するための“見届け役”です。くれぐれも粗相など為さらぬ様に』

「!? ご、御当主様の代理ですか!?」

 

 これには流石の夕歌も目を見開いていた。真夜の代理ということは、即ち四葉家当主代理としての命を帯びて夕歌の護衛に就くということ。色々思うところはあるが、拒否することが出来ないと判断して夕歌は慌てて頭を下げた。

 

「護衛の件、確かに承りました。それで、その護衛の方は何時?」

『実はですね。彼は今北海道におりまして、夕歌さんがそちらを出発する予定の29日昼には間に合わせるとご連絡を頂いております』

「ほ、北海道ですか……?」

 

 それを聞いた夕歌は国防軍あたりから護衛を頼み込んだのかと首を傾げた。コロコロと変わる夕歌の様子を見て真夜が笑みを零していたが、葉山の『奥様、お戯れも程々に』との言葉で、真夜は一応踵を正して夕歌に告げた。

 

『それでは夕歌さん、次は慶春会でお会いしましょう。おやすみなさい』

「はい。御当主様もおやすみなさいませ……もう、何が何だか分からないわよ」

 

 真夜との通信を終え、そう呟いた夕歌。だが、真夜の言っていることに決して誇張などないというのは真夜の雰囲気からして悟っていた。何はともあれ、その護衛に会えば分かる話だと夕歌は気持ちを切り替えたのだった。

 




 深雪と夕歌が主人公の婚約者であるため、お互いに打算的な会話にならないだろうと思った結果、こうなりました。深雪の思慮深さも鍛えられた結果です。別の意味で鍛えられた部分もありますが。
 そして、四葉継承編の漫画を見ていると、26日時点と30日時点で大分知っていることに差異が感じられたため、最初からある程度推察していた体にしています。

 葉山ですら認める夕歌の護衛予定者……一体何者なんだ。
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