悠元が正体を明かし、アリサが悠元に抱き着いた光景に呆然としていたが、直ぐに意識を取り戻した茉莉花は悠元の背中から抱き着いた。前からアリサに、後ろから茉莉花にというモテモテの状況だが、悠元は一つ息を吐いた上で呟くように尋ねた。
「あの、二人とも? 身動きが取れないんだが?」
「お兄ちゃん……」
「我慢してよね。というかアーシャ、離れてよ」
「そういうミーナだってお兄ちゃんに抱き着いてるじゃない」
「……」
胴着姿では分からなかったが、こうやって抱き着かれると胸の感触が感じられる……サイズ的には茉莉花の方が上だが。道場の後でシャワーでも浴びたのか、フローラルな香りが感じられるほどだ。
その2人はお互いに牽制しあっているが、そこまで険悪なムードという訳でもない。ただ、4年半以上顔を合わせていなかった兄同然の自分と再会したことで、その時間を埋めようとしているのかもしれない。
正直、4年以上も顔を合わせていなかったから茉莉花の兄に懐くかと思ったのだが、そんな予測自体が認識不足だと理解させられてしまった形だ。すると、千姫が声を掛けてきた。
「あらあら、悠君はモテモテですね。お
「ええ……」
剛三もモテる部類だった事実を初めて知った。彼女曰く、若い頃の剛三はいわば“男性版深雪”―――ようは前世の兄や光宣みたいな存在だったそうだ。それでいて妻が一人で済んだのは奇跡的だと千姫は付け加えた。
まあ、魔法の実力が優れているほど整った容姿になるのはこの世界の常識なので、剛三は何となく想像が付いていた。それでいて上泉家の人間である剛三の妻(自分にとっての母方の祖母)が一人で済んだのは、その妻の独占欲が凄かったためらしい。
ともあれ、成すがままにされること10分が経った頃に解放されたが、席が変わって自分の両側にアリサと茉莉花が座る形となっていた。
「さて、先程の話の続きですが……」
「あ、あの、先程言っていた婚約者なんですが、普通悠兄の妻になれるのは一人だけの筈です」
「その心配は無用ですよ、茉莉花さん。悠君は複数の婚姻を政府が認めたほどの実力者です」
「……ホントなの?」
「ああ、本当だ。自分でも最初聞いたときは半信半疑だったが」
魔法師としての実力を後世に継がせる意味はこの場にいる誰もが理解していることだ。そして、悠元がこの国の政府からその力を認められ、力を残すことを求められていること。懐疑的な茉莉花の言葉に対して悠元がそうハッキリと答えると、茉莉花も嘘ではないと察して座り直した。
「良太郎さんに芹花さん。矢車家との交渉の件ですが、神楽坂家が全面的に面倒を見る形で箱根への移住を認めます。その代わり、茉莉花さんとアリサさんを悠君の婚約者にしたいと思っております」
「……宜しいのですか? 私たちは」
「本来、政府が前面に立って貴方方のような境遇の魔法師を救わねばならないのですが、今の政府は弱腰です。茉莉花さんが悠君に嫁ぐことで、将来的に遠上家を“十神”家へ戻すことも含めた名誉回復が十分可能になるでしょう」
良太郎が懸念したのは
遠上家の
それと、京都での一件後に
そもそも神楽坂家は陰陽道系古式魔法の大家。今まで目を背けて解決しようとしてこなかった現代魔法の連中に批判される謂れなど無い、と千姫はそう思っている。
「それに、未熟とはいえ茉莉花さんは魔法を発現させておりますし、アリサさんもどうやら並々ならぬ魔法力を抱えているご様子。幸いにして、悠君は古今東西の魔法技術を会得していますので、教えるにしても悠君の近くで生活させるのが最良かと思います」
茉莉花が無意識下とはいえ『リアクティブ・アーマー』を発現させた以上、魔法知識をしっかりと学ばせることが必要なのは確かだし、アリサに至っては『オーバークロック』の問題が重く圧し掛かっている。幸いにして、十文字家当主こと十文字和樹を治療した時に読み取った知識がそのまま生かせるし、十文字家でも実現していない『魔法師としての基礎能力向上法』をこの2人にも教えるつもりだ。
茉莉花は、千姫の話を聞いた上で深く頭を下げた。
「千姫さん、あたしを悠兄の、悠元の婚約者にさせてください! 元はと言えば、あたしが何の事情も鑑みずに殴りかかって怪我をさせました。その責任を取る意味で、あたしは千姫さんの提案を受け入れたいんです」
「ミーナ……私も、悠元お兄ちゃん―――悠元さんの婚約者になりたいです。私にとって、ずっと優しくしてくれた兄同然の……いえ、一人の女性として悠元さんを愛しています」
茉莉花に続いてアリサも悠元の婚約者になることを受け入れた上で頭を下げた。茉莉花とアリサの言葉を聞き遂げた千姫は良太郎と芹花に視線を向けると、遼太郎と芹花は互いに見合って頷いた後で千姫に対して言葉をかけた。
「千姫さん。茉莉花とアリサの願いをどうか叶えてやってください。2人にとって、悠元君は兄でもあり……恋焦がれた相手でもあります」
「私からもお願いします。茉莉花の母親として、アリサの母親代わりを務めてきた身として、二人には女性としての幸せを掴んでほしいのです」
「お父さん、お母さん」
「小父さんに小母さん……」
良太郎と芹花の言葉に、茉莉花とアリサは揃って後押ししてくれたことに驚きを見せていた。その言葉を聞き遂げた千姫は悠元に視線を向けた。
「では、決まりですね。詰めの話は大人達でしますので、悠君は彼女たちに魔法の知識でも教えててくださいな」
「……分かりました」
千姫はそう言うと、大人たちがぞろぞろと部屋を出て行き、応接の間には悠元と茉莉花、そしてアリサの3人だけとなっていた。その状況となったところでいつものように悠元が口を開いた。
「さて、改めて久しぶりだなミーナにアーシャ。姿を見せなかったのは謝るが、それでも気付くとは思ったんだが……」
「いや、だってあの時は十師族だなんて言ってなかったじゃない」
「言える訳が無かったんだよ。三矢家の仕来りと家が担っている役目を考えた時、下手にばらせば命の危険に直結しかねなかったんだから」
まして、当時の自分が下手に三矢家の人間だと明かせば、妹である詩奈に危険が及ぶことになる。なので、自分の身分を明かせる人間は非常に限られていた。俺が転生者だという事実はその更に一握りという有様なだけに尚更だ。
茉莉花も魔法師としてのリスクを知っているためか、それ以上は強く言い返さなかった。
「てか、そんなに変わった気なんてしてないんだが」
「……確かに九校戦を見てお兄ちゃんかと思ったけど、あまりにカッコよすぎて……」
「確かに成長はしたが、そこまで言うほどでもないと思いたいんだが」
何せ、昨年の九校戦でも散々カッコいいだのジゴロだので弄られまくっていたのと、カッコいいというのは将輝みたいなのを指すと思っていた。のだが……九校戦後、生徒会のシステム更新の際に達也から非公式ファンクラブの存在を聞かされて絶句した。会員数400名と第一高校全体で換算すると約3分の2が入っているという事実は常軌を逸しているとしか思えなかった。
「悠兄、鏡の前に立たせようか?」
「それはやめろ。何にせよ、まずは土台を整えることから始めるか……」
本来、固有魔法『
いくら『オーバークロック』対策とはいえ、アリサだけにこの魔法を使うのは不公平が過ぎると考え、まずは茉莉花に使ったところ、「うひゃっ…あうっ…」と擽ったそうな声を上げていた。魔法を掛け終えると、茉莉花は徐に足を前に突き出し、太腿のあたりを触っていた。恐らく茉莉花はその辺がシェイプアップしなくて悩んでいたのだろう。
「え、嘘、細くなってる……ダイエットの魔法なの?」
「違うわ、阿呆。魔法を十全に使うための準備と言っただろうに。アーシャも準備はいいか?」
「は、はい。お兄ちゃん、その、痛くしないでくださいね?」
先程の茉莉花の反応を見ていれば痛みを伴うものではないのだが、魔法資質―――精神に見合う肉体改変という経験は前例がないので、アリサの気持ちも少しは理解できる。
アリサの背中に手を当てて『
別にアリサに対して性的な行為に及んでいないはずなのだが、当の本人はあまりの心地よさに頬を赤く染めていた。そして、魔法を掛け終えた直後に「ブチッ」と何かがちぎれる様な音とそれに気付いたアリサが慌てるように胸元を隠した。
「あ、え、ええっ!? ど、どうなってるの!?」
この現象は前に一度経験している。
それは、水波の魔法師としての資質と寿命を真っ当に整えた際、水波の想いである「深雪様のように悠元兄様と釣り合う人間になりたい」という願望が、彼女の胸部を強化してしまった。今回もそれに似たようなもので、恐らく茉莉花の胸の大きさが羨ましかったのだろう。
すると、茉莉花はジト目のままアリサに近付いて徐に彼女の胸を掴んだ。
「きゃっ、ミ、ミーナ!?」
「悠兄の魔法のせいとはいえ、これはあたしに対する当てつけかな?」
「ま、待ってミーナ! お兄ちゃんが見てるっ……あんっ」
「あたしだってそれなりにあるもん、Cはあるもん……」
アリサは止まるように茉莉花を宥めるが、茉莉花は興味と嫉妬が入り混じったような心境で真剣にアリサの胸を掴んでいた。時折感じる強い刺激にアリサもたまらず甘い声を漏らしていた。この様子を見ていた悠元は……自分の手に負えないことだと判断して立ち上がった。
「……とりあえず、使用人を呼ぶか」
悠元の呼び出しを受けた女性の使用人によって、どうにかアリサの下着問題は一時的に解決し、改めて魔法に関する知識を教え込むことになった。
なお、魔法を掛ける前のアリサはAだったらしいが、現在は「D寄りのC」と茉莉花が恨めしそうに呟いた。「あたしだってあるもん」という言葉と共に。そして、好きな人の前で胸のサイズをバラされたことにアリサは顔を真っ赤にして俯いていた。
「その辺は一先ず置いておくが……二人には、魔法の基礎知識から学んでもらう必要がある」
その気になればいきなり魔法を使うことは出来るだろうが、無意識に魔法を使うのと意識的に魔法を使うのでは消費される想子と霊子の量にかなりの差異が生じる。これは悠元が基礎単一系魔法を使った計測の際に試した結果から得られた知識である。
「魔法師は脳の無意識領域に森羅万象の情報を取り込み、それを意識できる形態へ加工・変換する機能が備わっている。その名称は一般的に『魔法演算領域』と呼ばれている」
「加工? 変換?」
今まで魔法の勉強をしてこなかったため、ピンと来ていないのだろう。これは茉莉花だけでなくアリサも同じであった。何せ、今まで魔法と無縁となるように過ごしてきたのだから無理もないだろう。
「そうだな……例えばミーナ、ここにケーキがワンホールあったとする。そのワンホールを一口で食べろ、なんて無理だろう?」
「うん、あたしでもそれは絶対に無理」
「要はそれと同じで、この世界に存在する全ての情報を人間一人で掌握するということは実質的に不可能だ。なので、世界という膨大な情報の一部を自分の望んだ情報へと書き換える技法―――これが魔法の一般的な概要になる」
その常識を壊しているのが自分の固有魔法だが、それは一先ず置いておくこととする。
本来、魔法演算領域は鍛えることでその許容量を増やしていくが、通説では一定の許容限界が生じる。それは、大半の魔法師が霊子の感知を十全に出来ておらず、霊子の性質を把握していないためだ。
何故大半の魔法師が感知できないのか。それは、人間が他の人間の霊子―――感情や情動とも呼ばれる類を感知するのが極めて難しいためだ。
「ミーナもアーシャも、先程俺の魔法で膨大な量の粒子を感じただろう?」
「うん、凄く綺麗だった」
「あれは、一体何なのですか?」
「二人が感じた粒子の正体は
実を言うと、霊子による現象はいくつか起きており、その一つにピクシーの自我形成が大きく関わっている。想念という概念は、本来理性によって制御された感情に基づくものの可能性が高い。
パラサイトの憑依プロセスを鑑みた場合、バレンタインの時にほのかが無意識的に想子だけでなく霊子まで発していたとすれば、ピクシーの霊子情報体に影響を与えられる可能性が極めて高くなる。
それともう一つ、深雪の感情が昂った際に漏れ出てしまう魔法もその一端だろう。理性では分かっていても、それを感情が上回った時に彼女の固有魔法である『コキュートス』の一部が凍結魔法として世界に干渉してしまうのだと考えれば筋は通る。
こうやって挙げていくと、事象干渉力―――魔法の根源に関する部分は割と初めからその片鱗を見せていたということになる。
「幸いにして、魔法の入口へ入る準備は整った。けれども、ここから先は魔法を使うことだけ求められる訳じゃない。魔法を使う上で最も大事なことを学び、自らを鍛えなければならない」
一般的に現代魔法は想子の動きのみが重視される。安定的かつ膨大な出力が求められる特性を鑑みても、想子保有量よりも瞬間火力を求められるのが現在の現代魔法の教育方針であり、持続力や多変数化という技巧的な部分は魔法力の評価対象になり得ない。
だが、悠元はその考えを良しとしなかった。いかに戦略級魔法といえども、“一撃必殺”が簡単に出来るという保証など無かった。そのいい例が自分の親友である達也だ。
そして、原作知識の中にあった魔法を継続して使用した場合、想子消費よりも精神が尽きるという文言から、精神もとい霊子が事象干渉の要―――ファンタジー小説や王道RPGでよく耳にする『魔力』に繋がっていると考えた。
いきなり色んな単語が出てきたことで茉莉花もアリサも理解するのに苦心しているが、この程度など魔法技術の入り口の基礎レベルでしかない。尤も、今話した内容の一部は魔法科高校はおろか魔法大学、ひいては殆どの魔法師社会の人間ですら知らない魔法の知識なわけだが。
「えっと……つまり、どういうこと?」
「結論から言うと、今の状態でも茉莉花とアリサは魔法を使うための最低条件は満たしている。だが、漠然と使うよりも魔法を理解して使うことで、より安定化した魔法の使い方が出来る。尤も、当分は魔法そのものよりも魔法を使うための基礎能力――― 一般的には『魔法力』と呼ばれる部分を重点的に鍛え上げる、ということだ」
この方法は、実を言うと悠元はもとより三矢家の殆どの人間が実践している方法で、れっきとした実績がある三矢家独自(発祥は悠元)の鍛錬法だ。最初は悠元1人でやっていたが、それに興味を持った佳奈と美嘉が一緒にやるようになり、それにつられて詩鶴まで参加するようになった。
一通りのやり方は佳奈と美嘉にせがまれて教えていたため、そのときはまだ粗削りの部分があったが、それでも魔法師としての実力が軒並み伸びていき……結果として九校戦でのずば抜けた成績に繋がった。
上泉家や矢車家での生活(元継や千里への教導、侍郎の魔改造も含む)を通して精査を進め、沖縄防衛戦後にようやく完成した鍛錬法。そして、パラサイト関連の事件を経ることで更にその精度が高まった。
「ただ、この方法は魔法科高校や魔法大学、ほぼすべての現代魔法を教えている私塾でも教えているところはない。言うなれば、俺の元実家である三矢家のちょっとした秘術みたいなものだ」
「……お兄ちゃん、いいの?」
「俺の婚約者になるということは、各々強くなってもらわないと困るからな。言っとくが、俺の婚約者の殆どは九校戦で実績を挙げている面々ばかりだ」
今年で言えば、女子アイス・ピラーズ・ブレイクソロで優勝した深雪、女子アイス・ピラーズ・ブレイクペアで花音と組んで優勝した雫、女子ミラージ・バットで優勝した姫梨、女子ロアー・アンド・ガンナーソロで準優勝の沓子、女子ミラージ・バットで準優勝の愛梨、そして同じく女子ロアガンソロで優勝したセリアに新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝した泉美。
そして、愛梨と泉美以外は悠元の鍛錬法を受けている面々の一部でもある。
九校戦での実績云々を述べたのは、単に魔法師としての実力というのを推し量るのが難しいため、それならば誰の目から見ても分かりやすい“物差し”としての例を提示したに過ぎない。
高い学力と魔法師としての高い実力。この2つを併せ持てば、いくら茉莉花が
それに付随する問題はいくつか出てくるだろうが、それは婚約したこちら側が負うべきことであり、彼女らには優れた魔法師として成長してほしいという願いがあった。その為ならばこの手を血でいくら汚そうが構わない。
護るためとはいえ、自分は既にその引き金を引いた人間なのだから。
主人公にとっては家族でも、2人からすれば単なる家族以上の感情を抱くの巻。とりわけアリサからすれば主人公は心を許せる数少ない異性の一人です。
茉莉花のコンプレックスへの干渉はあくまでも一時的なものですが、アリサに関しては古都内乱編でのほのかと雫のやり取りをカットしたので、その疑似的再現を睨んでのものです。身近に女性らしい体つきの人がいると、同じ女性と言えども羨ましがるのは必然でしょうし。
プシオンに関する記述は過去のものを思い出しながら書きましたが、特に深雪の凍結は想子を発することなく事象改変を実現させている感じがしました。
原作アニメ(一期)を見ている限りだと余剰想子が漏れている感じは見られませんでした(凍結による冷気はみられた)が、優等生の漫画において九重寺での八雲の発言を見るに、自然と溢れている余剰サイオンをなぞる形でプシオンを放出している可能性もあります。