魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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対価の程度が分からない護衛

 現代魔法の起点が1999年。その後、各国が鎬を削るように魔法技能の研究に明け暮れた。無論、人道的に憚られる研究も進められる中、寒冷化現象による食糧不足を発端とした世界群発戦争。

 これにより、アフリカと南アメリカ大陸の国家が軒並み崩壊することになったわけだが、アフリカの鉱山資源を狙った理由の一つに魔法の触媒として宝石を用いることがあるため、とも考えられる。

 

 その事情は一先ず置いておくが、この国の政府は魔法を軍事や外交の道具(ツール)として利用できないか考えた。表向きは“非核三原則”に基づく核兵器を封じるための魔法技能の研究。

 ただ、第一研で研究していた「有機物干渉」は核兵器そのものを封じるための分野ではなく、相手の殺傷も視野に入れたもので、一花家が数字落ち(エクストラ)の憂き目に遭ったのは、間違いなく『元老院』の差し金があったとみられる。

 

 一条家の『爆裂』が許されて、一花家の『生体干渉』が許されないというのは待遇の整合性が取れないため、表向きは佐渡侵攻での協力の姿勢に基づく処遇とされた。

 だが、当時の佐渡侵攻は一条家が“単独”で当時国防陸軍の北陸方面司令官だった酒井大佐に掛け合って義勇軍を編成出来た。加えて、偶々出合わせた燈也が新ソ連の兵士を倒したことで大きな犠牲を出すことなく退けられた。

 いくら魔法師と言えども実戦経験の差は如何し難く、その意味で経験豊富だった一条家が音頭を取ったのは自然の流れだし、一花家に実戦経験のある人間がいなかったのも事実だ。その部分を鑑みずに切り捨てた連中に関しては、剛三からの要請ということで秘密裏に“消した”が。

 

 そんな政府の思惑から魔法師を「兵器」ではなく「人間」と位置付けるため、烈は千姫と剛三の提案を受ける形で師族会議を発足させた。

 元々は魔法技能師開発研究所の管理も含めて、現代魔法師の基本的人権の確立と国家権力の横暴を防ぐため、政府―――政治的権力から離れた位置で独自の力を保持する。その為にはこの国の魔法師の中で“最強”とあらなければならない……これが、十師族を含めた師族会議の本質だ。

 戦国時代に例えるなら、政府を民衆の支持を受けた存在―――大名とするならば、師族会議はいわば“公家(くげ)”のような存在である。表向きの権威と権力は有さないが、政治や軍事・外交といった分野に影響力を持ち、表向きは民間人として経済活動や社会貢献に勤しんでいる。純粋な公家というよりは一般市民とのハイブリッドと言うべきだろう。

 

 公権力を持たないが、公権力を有する人間でも無視することができない存在。日本魔法協会がこの問題を扱うにも荷が重すぎる。魔法師ライセンスに関しても、魔法師の管理という点で生み出された仕組みとはいえ、強制力自体が極めて乏しい。

 立ち位置自体が中途半端過ぎる師族会議の責任は本来その原因を生み出した政府が負うべきだが、日和見する国会議員に辟易して、選挙中の野党議員へのリークはかなり多岐に渡った。そのドサクサ紛れに今後敵となりうる与党議員も選挙という正当な手段で落選させた。

 

 だが、それでは足りないと考えている。

 

 まず、師族会議の発足に大きく関わる魔法技能師開発研究所の設立が大体2030年代前半に集中しており、寒冷化による食糧事情の悪化だけでなく、この辺りから食糧と耕作地を巡っての戦闘が散発的に発生する。寒冷化が長期化した際、軍事衝突が起きることも想定して研究が加速した。

 

 そして、現十師族の当主の年齢を考えると、最年長は九島家当主九島(くどう)真言(まこと)が来年の師族会議開催時点で64歳(2033年生まれ)で、最年少は六塚家当主六塚(むつづか)温子(あつこ)が29歳(2068年生まれ)。

 その次に若い八代家当主八代(やつしろ)雷蔵(らいぞう)が31歳(2066年生まれ)の二人を除くと、十師族構成メンバーが大体40歳代前半から50歳代半ば―――2040年代前半から2050年半ば生まれで、世界群発戦争の前から最中に生まれている世代。

 要するに、師族会議―――「一」から「十」の名を冠する魔法師の一族は、世界群発戦争の勃発と激化の最中で生まれた「戦争のための魔法師」と見ることが出来る。

 

 戦争終結後、魔法師の育成に国家の施策として取り組むことになるわけだが、ここで問題となったのは人道的な問題である。

 流石に第二次大戦のような一方的な裁判とまではいかなかったものの、当時の政府の命令で非人道的な実験を行っていたことが明るみになれば、国際社会からの非難は免れない。それは強化サイキックや強化調整体が飼い殺しとして世間から隠されている要因だ。

 

 そして、それは魔法技能師開発研究所の実験体であった面々(師族二十八家)も同様であった。それらの魔法師開発の闇を明るみに出さないため、政府―――正確には『元老院』が主導する形で国防軍退役少将の九島烈が先頭に立ち、師族会議の発足を宣言した。

 更に、『元老院』のメンバーが全て古式魔法の家で構成されている事実は確かで、その大本を辿ると研究所のスポンサーを担っていた家ばかりであった。中には政府の重鎮や大物議員と繋がる者もいて、彼は自ら手を汚すことを嫌っている。こっちの方が公家らしい振舞い方をしている。

 武家に仕えた剣豪を祖とする上泉家先代当主の剛三が本気でキレた意味も分かってしまう、というものだ。

 

 自分たちは手を汚したくない。だから自分たちの手足である現代魔法師(へいき)を使って処理させる。ただ秘密裏に命じただけなので表に出ることはなく、明るみに出せば社会的に抹殺するだけ……正直なところ、最優先で滅ぼすべきは『元老院』なのではないかと思ってしまうほどだ。

 

 『元老院』のメンバーは己の権威と権力に酔っているものばかりだ。多少まともな人間もいるにはいるが、俺は自分で動こうとしない人間に価値など求めていない。

 権威や権力をただ振りかざすのはまだしも、実働部分を部下に任せて安全な場所でのうのうとしているなど、元老たちは“王”にでもなった気分でいるのだろうか。仮に八百万の神がそれを認めても、俺は絶対に認めない。殺される覚悟を持たぬ者に人を殺す資格などない、と自分は少なくともそう思っている。

 

 魔法師を『新たな人類』だと宣う魔法結社や過激派の存在に支援しているという噂もある以上、いずれ『元老院』も綺麗に“掃除”する腹積もりだ。

 その後の古式魔法師の取りまとめを東道家だけに負わせるのは青波が過労死しかねない(将来的に継ぐ幹比古も同じ目に遭いかねない)ため、神楽坂家の分家か『九頭龍』に属する古式魔法の家に協力を求めるつもりだ。

 

 東道青波には既に『元老院』の整理も含めた話をしているが、青波は自分の娘と同い年の少年にその事実を突きつけられ、完全に押し黙った。剛三と千姫の叱責を受けた後だったためか、彼も『元老院』の腐敗という現実に頭を抱えてしまったらしい。

 諸外国の日本に対する無自覚の恐怖とこの国の事なかれ主義の気質が“第二次大戦の悪しき遺産”だとするなら、『元老院』にしがみ付く老輩は“世界群発戦争の悪しき遺産”だ。もうじき22世紀を迎える以上、未来を害するだけの存在にご退場願わなければ、安心して眠れやしない。

 

 他者同士が争わないと食っていけない存在は前世の創作物であったが、アレに比べれば規模が国内で収まっている。仮に彼らを排除しても問題ないような道筋は既に立てている。その力を示すために、京都の『聖域』を復活させたのだから。尤も、京都の一件は単に周公瑾を追い込んだり『伝統派』を取り込むだけにしたわけではないし、天神様を今一度祀るためでもある。

 利用するのは罰が当たりそうだが、きっと道真(みちざね)公もかつての藤原氏(ふじわらし)のような横暴は目に余る行為だと思う。その予兆として、コンペの前日に北野天満宮へ論文コンペの成功祈願をしに行った際、霊的な言葉を耳にした。

 

―――高みに上りて血を嫌い富を貪りし者、真に許さざる所業也。

 

 この言葉がとても空耳に聞こえず、自分が手を下すよりも先に天神の祟りが直撃して死亡する人間が出るかもしれない。

 実際、嵐山に天満宮の建立を進めた際、『元老院』の中にはそれに反対する輩もいた。曰く「既に京には数多の神仏の施設があり、天満宮の建立は理に適うものではない」と言っていたが、そいつらは周公瑾から利益享受を受けていたことも判明している。

 自分が手を下すか、剛三の怒りが落ちて消え去るか、天神様の怒りを受けて家を潰すか……このどれかが早いだけの状態だと気付ければよいが、それに気付こうとする気配もない。権威と権力を有する古式魔法の家が聞いて呆れる、としか言いようがない。

 

 そして、幸か不幸か……周公瑾の持つ知識を取り込めたのは僥倖とも言えた。何せ、彼は剛三が討つと決めた顧傑の弟子。当然、得た知識の中には顧傑から聞き及んだ目的も聞いている。

 『四葉家の社会的抹殺』……これを目論んだ時点で、顧傑は有罪(ギルティ)確定である。原作だとレイモンド・クラークがUSNA軍で使われなくなった小型ミサイルが紛失した情報を『フリズスキャルヴ』で知り、“七賢人”としてリーナにリークしている。

 この2日前の時点でUSNA統合参謀本部情報部内部監察局は紛失の事実を知るわけだが、問題は保管記録以外のデータ改竄が“異常なし”―――つまりほぼ完璧だったのだ。

 

 バランス大佐でも難解なこの疑問だが、彼女は議会の有力者が顧傑を利用した、と考えた。だが、それをして得られるメリットは一体何なのかを導き出せずにいた。それは、バランス大佐がUSNAだけの事情に注視していたからこそ見抜けなかった。

 

 顧傑は自身を追い出した崑崙方院を滅ぼした四葉家を憎んだ。その事情を知っている人間となれば、自ずと絞られる。確かに軍内部の関係者が関与したのかもしれないが、持ち出した形跡の映像が無く、あまつさえデータ改竄までほぼ完璧だった。そんな芸当が出来るのは、情報セキュリティに詳しい人間にしかできない。顧傑が情報セキュリティの分野に詳しくないことは『フリズスキャルヴ』に頼っている時点で明らかだろう。

 そして、原作ではこの時点で達也が四葉家の人間であると魔法師社会に知られることとなった。加えて、達也はパラサイト事件の際、レイモンドに戦略級魔法師『破壊神(ザ・デストロイ)』などと呼ばれたことがある。

 

 達也が四葉の係累だと知る人間、顧傑の目的を知る人間、そしてUSNA軍施設のセキュリティをいとも簡単に改竄できる人間……3つの異なる条件に該当しうる人物はただ一人、レイモンドの父親にして『エシェロンⅢ』の開発者の一人であるエドワード・クラークしか有り得ない。

 

 だが、顧傑やエドワード・クラークと言えども計算外の要素があるとすれば、悠元が周公瑾の亡霊を消滅させた引き換えに彼の知識を得たこと。その中には当然僵尸術(きょうしじゅつ)に関するものも含まれているし、師である顧傑の使う術についても把握している。

 元々神楽坂家の為に行う仕事だったが、そこに付随する形で“情報提供”できるのだから一石二鳥という他ない。

 この時点で、顧傑がこれからやろうとしている計画そのものが破綻しているということに顧傑も……エドワード・クラークも気付いていない。出だしから躓かれた顧傑がどういった行動を起こそうが、この国に踏み入れた時点で彼は逃げられないのだから。

 

 ふと思ったが、もしディオーネー計画が発表された場合、気になるのは悠元に対する扱いだ。『トーラス・シルバー』に関する部分は厳重なセキュリティを敷いているし、戦略級魔法師の部分だとUSNA関係者で明確に知るのはヴァージニア・バランス大佐とリーナの二人。

 『エシェロンⅢ』の傍受システムに細工を仕掛けたので、オペレーターか管理者であるエドワード・クラークがこの国の情報を検索した場合、すぐに分かるようになっている。

 

 だが、物事に絶対はない以上、万が一に備えて念には念を入れておく。レイモンド・クラークが悠元を『灼熱と極光のハロウィン』の戦略級魔法師だと知っている以上、エドワード・クラークに伝わらないとも限らない。いや、既に伝わっている前提で四葉家にも一報を入れるべきだろう、と悠元はそう考えた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西暦2096年12月28日。四葉家次期当主候補の一人である津久葉(つくば)夕歌(ゆうか)八ヶ岳(やつがたけ)編笠(あみがさ)山麓にある津久葉家別荘に四輪の自家用車で向かっていた。

 四葉本家の慶春会は翌年の元旦。なので、夕歌は当初真夜の述べた護衛を待ってから移動するつもりだった。ところが、母親の津久葉(つくば)冬歌(とうか)から29日の移動は危険だと“警告”を受けた。

 

「全く、他の分家当主も困ったものよね……」

 

 なので、夕歌は已む無く予定を繰り上げ、今日別荘に移動した上で31日に四葉本家へ向かう予定となった。護衛を頼み込んでくれた真夜に対してお詫びの連絡を入れると、「そちらは都合を付けましたので、夕歌さんが謝罪なさる必要はありませんよ」と述べ、護衛は別荘に向かわせると伝えられた。

 いきなりの予定変更に、夕歌は他の人間すら巻き込んでいる分家当主らに腹が立っていた。

 

 ともあれ、お昼前に別荘へ到着した。すると、夕歌を出迎える形で別荘の前に立っていたのは、スーツを着こなした一人の少年。その少年は夕歌にとって婚約者でもある人物の存在に夕歌は目を見開いた。

 

「へ? 悠元君? 何でここにいるの?」

「お久しぶりです、夕歌さん。まあ、立ち話だと風邪も引きますので、まずは中に入りましょう」

「あ、うん。そうね」

 

 悠元に導かれるがまま別荘の中に入る夕歌。リビングに通されたところで夕歌はコートを脱いでソファーに座り、悠元は向かい合う形でソファーに座った。

 

「さて、まず自分がここにいる理由ですが、表向きは夕歌さんの護衛です」

「護衛……あー、成程。御当主様と葉山さんが認めるのも頷けるわね」

 

 真夜と深夜の仲を修復しただけでなく、真夜からはいたく気に入られ、深夜は悠元の愛人兼専属使用人として仕えている。そして、四葉の筆頭執事である葉山からは魔法師としての技量だけでなく悠元の為人を高く評価している。

 達也と同格の戦略級魔法師である悠元が護衛というのは、正直夕歌からすれば「何を対価にすれば成立するの?」と疑惑の目をしていた。強いて挙げるとするならば深雪と夕歌は悠元の婚約者として水面下で指名を受けた身。ただ、その護衛が婚約者であり神楽坂家次期当主という時点で釣り合わないと感じていた。

 

「で、表ってことは……裏の事情もあるのね?」

「ええ。先月、貢さんが訪れて達也の処遇決定に不満を漏らしていまして、更には神楽坂家に無礼を働きましてね。その場は話にならないと強引に切り上げました」

「……(何してるんですか、貢さんは)」

 

 悠元から伝えられた裏事情の一つがとんでもない爆弾であることに、夕歌は引き攣った笑みを浮かべたほどだった。

 悠元の実力は言うに及ばず、彼の現在の実家である神楽坂家に貢が喧嘩を売った形となったということは、神楽坂の腹立ちを収めるために如何なる対価を支払うことになるのか見当もつかない。

 

「その辺のことは達也にも伝えてありますが……昨晩、九校戦で競技変更を捻じ込んだ酒井大佐の一派に加え、国防陸軍宇治第二補給基地の波多江大尉の部隊に何者かが唆したようで。更には“予知”に詳しい魔法師まで使っているようでして」

「……(マズくない? いや、マジでどうするのよ……)」

 

 夕歌は正直冷や汗が止まらなかった。

 九校戦での出来事も先日の周公瑾の件も聞き及んでいる。そのどちらも達也は確かに関与しているが、後片付けを担ったのは主に神楽坂家という事実も知っている。悠元は“何者か”という単語を使ったが、話の流れからして四葉の分家当主ら以外に考えられない。

 護人・神楽坂家の面子を潰しただけでも大問題なのに、その当事者である悠元の努力を水泡に帰したのだ。悠元が司波家に居候している事実を知るのは一部の人間だが、少なくとも貢が文弥や亜夜子経由で知っていてもおかしくはないはず。

 

 そして、達也を通す形で悠元に依頼したのは四葉家当主こと四葉真夜。悠元の面子を潰すということは、ひいては真夜の面子すら潰すということに等しい。正直、分家当主全員が連帯責任という形で消されても文句を言うことは許されない。

 




 前半部分は霊的な概念とか四葉継承編・師族会議編以降を含んでのものとなります。自分の推測も結構入っていますので、一応オリジナル設定ということでお願いします。
 後半はようやく四葉継承編に関わってきますが……漫画で読み返すと、予めそうなることを想定して動いていたとなれば、それを唆した立場の責任は本来重いでしょう。

 師族会議編の漫画を見たところ『スピードローダー』の部分が描写されていましたが、確かに名の通りだと思いました。弘一も単なる狸ではないと改めて知りました。
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