魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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下手なアクション映画よりも臨場感がある

 悠元の口から述べられた事実に、夕歌は暖かいリビングにいるはずなのに冷や汗が止まらなかった。津久葉家は中立の立場を取っているのでその騒動の処罰対象にはならないだろうが、何らかの責任を負わないとも言えない。それに気付いたのか、悠元は笑みを漏らした。

 

「夕歌さん。今回の一件に津久葉家が関わっていないことは母もご存じの事です。なので、夕歌さんの婚約を解消するということは絶対にありえません」

「え、あ、うん……でも、どうして悠元君が私の護衛を?」

「四葉分家の傾向と言いますか、彼らが達也を殺そうと目論んだことは爺さんから聞いていまして。深夜さんからも確証を得ているわけですが……深雪が本家に出向くとなれば、その護衛として達也と水波が付くのは自明の理です」

 

 仮に深雪に何かあれば、達也がブチ切れて全てを消し去ってでも四葉本家に出向きかねない。とはいえ、彼でも社会のルールをできる限り遵守するだけの常識は持ち合わせている。なので、強行突破は達也にとって最終手段となる。

 

「神楽坂家は四葉家のスポンサーですが、四葉の次期当主の決定は四葉家当主の専決事項であり、家内の話です。とはいえ、国防軍の一部が動いている以上は無視も出来ない。そこで、真夜さんにお願いをしたのは、夕歌さんの護衛と四葉家慶賀会に参加される次期当主候補が31日までに全員本家へ到着させるための“見届け役”を買って出ることです」

「御当主様の代理として出向く、というのはそういうことね」

「ええ、その通りです」

 

 いくら四葉分家の人間が直接出てきたとしても、本家当主の代理人がいる以上は下手な真似など出来ない。ましてや、魔法技術においては世界屈指の戦略級魔法師が務めるのだ。

 実力面において彼に肉薄できる相手という意味では達也しか彼を止められない、という事実に夕歌は乾いた笑みを零してしまった。

 

「ちなみにだけど、四葉家がそれを受けることへの対価は?」

「真夜さんに一任しました。今回はこちらの“我が侭”でお願いしたことですし、元々コンペの前に葉山さんへ打診していたことですから」

「そ、そう……(2ヶ月以上前から想定していただなんて……多分、御当主様が内密に悠元君へ相談していたのかもしれないわね)」

 

 そして、達也らと出会う際には九島家の秘術である『仮装行列(パレード)』で髪と瞳の色を変え、ビジネスネームの名字を用いる形で「神坂(かみさか)」という野良(フリー)の魔法師という体で動くことも夕歌に伝えられた。

 

「それじゃ、時間もありますので魔法訓練の習熟度合いを見ましょうか」

「こ、これから? ……大丈夫かしら?」

「一体何を想像したのですか」

「な、何でもないわ! ……興味ある?」

 

 今ハッキリと魔法訓練という単語を使ったのに、自身の匂いを気にしている夕歌に対して悠元は内心で盛大な溜息を吐いた。悠元のある意味辛辣な言葉に対し、夕歌は頬を赤らめて慌てて取り繕いつつも誘惑を仄めかす様な仕草を見せた。

 これに対して、悠元の取った行動は……夕歌の身体をまるで米袋を担ぐように肩に乗せた。

 

「え、ちょっと!?」

「今日はビシバシ行きましょうか」

「え、激しくしてくれるの?」

「ちょっと何を言っているのか分からないですねえ」

 

 それはそれ、これはこれといった感じで、悠元はそのまま別荘のリビングを出た……もちろん、魔法訓練の為に。気が付くとお互いに軽い口調となっているのは、悠元も夕歌も互いに気を許しているからこそではあるが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 普段ならいるであろう別荘の使用人はおらず、悠元がその辺の切り盛りを担うことになっていた。普通なら複数人必要な家事のオートメーションを悠元は手元にある折り畳み型端末で操作しつつ、夕食の準備に取り掛かっていた。

 そして、普段なら自分でやる家事を執事用の制服に着替えた悠元がこなしていることに、夕歌はジト目を向けていた。

 

「……手慣れ過ぎじゃない?」

「そうは言いましても、上泉家だと門下生の分も含めて100人以上の食事の支度やら洗濯もありますし、浴室の清掃も持ち回りでしたので、こういったところは自ずと慣れました」

 

 三矢家では主に3Hや家事のオートメーションを使うことが多かったし、上泉家や矢車家では門下生の食事の支度などもあったりして大忙しであった。

 なお、自分が暇つぶしに漬けていた松前漬けっぽいものが割りと好評で、曰く「食べると疲れ知らずで動ける」とか「鍛錬が楽しくなった」とかの感想が出ていた。言っておくが、法に触れるものは一切使っていないし、精々やったことといえば、漬物樽を一から自作したことと、手頃な石が無かったので態々富士の樹海から調達したぐらいだ。

 

 閑話休題。

 

 そうして夕食を食べることになったのだが、食後に夕歌はこう述べた。

 

「深雪さんと水波ちゃんが悠元君に包丁を握らせたくない理由が分かるわ」

「ええ……」

 

 不味い訳ではない。美味しいのは間違いない。ただ、これだけのレベルのものをあっさり作ってしまわれると、何故だか女性として悔しい気分にさせられるのだ。この辺の話は司波家へ出向いた際に深雪から聞き及んでいたが、こうして目の当たりにすると本当に納得がいかない、と思ってしまった。

 尤も、それを言われた当人は納得しがたい表情を浮かべていた。

 

「そしたら、私の背中を流した上で一緒に寝なさい。それで許してあげるわ」

「司波家に来てやってることと変わりない気がしますが」

「折角の機会を逃すほど、私は甘くないもの」

 

 独占したい、などと夕歌は思っていない。深雪のことを鑑みると、現状のペースで構ってくれれば文句などない。というか、週に一度の関わりだけでも濃密なため、あれだけのことをしてちゃんと回避できているのが逆に不思議なくらいであった。

 そういう魔法がある、とだけ聞かされてはいるが、夕歌以上に付き合いの長い深雪が未だに“そうなっていない”ということからして間違いないのだろう。それによって序列順に関係なく横一線の為、トラブルが事前に回避できているのだと夕歌は考えた。

 

「それに、私の護衛をするのだから、悠元君はそれぐらい美味しい思いをしなきゃダメよ」

「そういうものなのですか?」

「そういうものよ」

 

 夕歌も厄介事に首を突っ込む覚悟はあるということ。このまま本家へ向かえば他の四葉分家の妨害を受けずに済むというのに、そうしない選択肢を選んだようだ。

 ともあれ、今は夕歌の護衛という役目を果たすべく、悠元も夕歌の指示に従ったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、夕歌よりも早く目が覚めた悠元は起こさないようにベッドから抜け出し、手早く着替えた上で朝食の準備をしていく。近くに置かれた折りたたみ型端末―――南盾島での作戦の際に使ったものと同じだがいくつかのアップデートを行っているが―――には『八咫鏡(ヤタノカガミ)』から得られた国防軍の動きが映し出されている。

 

(松本で管理されてるはずの強化超能力者(サイキック)が小渕沢駅から四葉本家に向かう道中に潜伏している……関与していると思しき人物は……矢口中尉、対大亜連合強硬派の派閥に属していた人間か。大方、酒井大佐の釈放を目的として深雪を人質にでも取るつもりだろうな)

 

 あそこで管理されている強化サイキックの能力を高めに考慮しても、原作より強化された達也ならば問題ない。それに、クリスマスパーティーの前日は司波家でパーティーに参加できない詫びとして達也に術式提供を行っている。

 『バリオン・ランス』の最終調整に加えて、より実戦的な達也の能力を生かせる並行思考操作対応円環形特化型CAD『シルバートーラス・デルタ』を渡している。これは原作で使っている『シルバートーラス』ではスペック不足だと思って開発したもので、達也が得意とする『分解』『再成』系統に加えて無系統魔法である『術式解体(グラム・デモリッション)』や『術式解散(グラム・ディスパージョン)』の展開補助を担っている。

 加えて、水波の持つ術式ならば、相手がいくら魔法式の同時展開による相克を起こそうとも問題ない様に仕上がっている。

 

 すると、寝間着姿の夕歌が瞼を擦りながら姿を見せたので、コップに水を入れて渡すと夕歌はそれを一気に飲み干した。

 

「おはよう、悠元君。朝早いわね」

「おはようございます夕歌さん。朝が早いのは武術を学んでた名残ですよ」

 

 そして、そのまま朝食を食した後、家事をこなしながら端末を見ている悠元の様子が気に掛かり、私服に着替えた夕歌は暇つぶしに読んでいた書籍を肘掛けに置いて立ち上がり、悠元の後ろから覗き込むように観察していた。

 

「悠元君、その端末に映っているのは何かしら?」

「これですか? ちょっと軍事的機密も入ってますが、小渕沢駅を起点とした人の動きを観察しています」

「……成層圏プラットホームの監視カメラの映像を使ってるの?」

「いえ、これは俺の固有魔法で可能としていることです」

 

 概念干渉魔法『万華鏡(カレイドスコープ)』。自分は最初、この魔法を知覚系魔法だと思い込んで使用していた。何せ、四葉本家を見ることに成功したため、そう思い込んでいたのだ。いくら知覚系魔法でも見破れないものがあると思っていたが、限界が存在しない上に、本来触媒などを用いないと知覚しない筈の霊子(プシオン)を見ることが出来たのだ。

 それから様々な実験をした結果、この魔法が“概念”に干渉しうる魔法と判明したのだ。

 

「悠元君の固有魔法……達也さんの魔法とは違うのかしら?」

「達也の魔法は軍事的なものもあって知っていますが、俺の持っている魔法は特殊ですので」

 

 元来、先天的に備わる魔法は魔法演算領域を占有するのが一般的な常識とされている。だが、自分の場合は転生というワンクッションを挟んで疑似的な先天性を獲得し、『万華鏡(カレイドスコープ)』と『領域強化(リインフォース)』を得ている。

 そして、『万華鏡(カレイドスコープ)』の持つ“概念干渉”と『領域強化(リインフォース)』の持つ“肉体と精神の領域拡張・強化”が相互に干渉しあい、結果として二つの固有魔法を扱うための魔法演算領域が生来持っている魔法演算領域とは別に形成された。この事象を煮詰めたところ、肉体の成長に合わせて精神も成長し、あらゆる経験を積むことによって精神領域が拡張することも判明した。

 

「実を言うと、固有魔法のことは2人にも話していないんです。なので、これを機に明かそうとは思っていますが……達也あたりは気付いているかもしれませんけど」

「意外ね……てっきり話しているものだと思ったけど」

「純粋に忘れてたんですよ」

 

 深夜と五輪澪を治療したことは達也も聞き及んでいるが、現代魔法では解決が難しい魔法治療となると、達也も悠元が固有魔法を持っていることに気付いている可能性はある。居候してから明かさなかったのは、単に学校生活やらトラブルやらで時間が割かれ、更には魔法訓練やら魔法の開発が楽しくて肝心なことを言い忘れていたのだ。

 

「夕歌さんには先に話しますが、俺は2つの固有魔法を持っています。一つは『万華鏡(カレイドスコープ)』。現代魔法の分類では系統外魔法となり、概念干渉を可能とした魔法です」

「が、概念の干渉って……じゃあ、あらゆるものを無かったことに出来たり、実在したりすることはできるの?」

「可能だと思いますが、試したことはありません。違和感に気付かれて魔法がバレるのは嫌でしたので」

 

 折りたたみ型端末には、個別電車(キャビネット)で長野方面に向かっている人の存在が察知された。キャビネットはその性質上、搭乗している乗員のデータを身分証明のICチップで管理しており、その電車に乗っているのは達也と深雪、水波のパーソナルデータが表示された。

 

「この端末はインターネットを一切通していません。成層圏や衛星軌道上にある世界各国の人工衛星から送られているデータを直接傍受することで、詳細なデータを得ることが出来ています。どうやら、達也たちが小渕沢に着いたようですので……画面を切り替えましょうか」

 

 ちょうど紅茶の準備も整ったので、悠元はトレイと折りたたみ型端末を器用に持って移動を始めたので、夕歌もそれに続く形でついていく。

 リビングに移動してトレイを置いてから端末をテーブルに置き、予め温めていたカップに紅茶を注ぐと、夕歌に手渡した。悠元の場合は砂糖とミルクを入れてミルクティーにした上で口を付けつつ、端末を操作する。

 すると、端末の真上に複数の仮想モニターが表示され、あらゆる視点から達也らの様子が見れることに夕歌が驚きを隠せなかった。

 

「こ、ここまで出来るの? カメラでもついているの?」

「いえ、ついてません。自分の魔法だからこそできる所業ですが」

(……こんなことされたら、完全に行動が筒抜けじゃない)

 

 気配や存在の察知に敏感な達也が気付いていないとなると、悠元の固有魔法の凄さが身にしみて感じられる、と夕歌は内心でそう呟いた。

 

 そうして迎えの車に乗り込んだ達也らだが、四葉本家に向かう道路を走ること10分後、迎えの車の前後にいる配達業者の車からグレネードが放たれる。水波の障壁展開を予測してのものなのか、11個の魔法式が車を取り囲むように展開された。

 

「11個同時に? かなりの手練れね」

「まあ、普通の魔法師ならこれで一発アウトですが」

「そうね、普通ならそうなんだけど」

 

 すると、グレネード弾が分解されて車の周辺に落下、相克を起こしている魔法式も難なく解除された。これでは強行突破するのも無理だと判断したのか、車は町の方へとUターンするが、その折に誰かが車から飛び出す。服装からして達也だというのはすぐに分かった。

 達也は向けられる銃を分解し、タイヤのナットを分解することで脱輪させ、深雪と水波への追跡を阻止した。相手は近くにいる達也にターゲットを定め、近接戦闘用ナイフで襲い掛かる。

 

「達也さんも無茶するわね……って、あの動きはまさか人造サイキック!?」

「致死量にも達する電力量の帯電と、慣性を無視した自己加速術式……達也の敵になり得ませんね」

 

 電気を扱うという意味では服部の『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』や光宣の『スパーク』に軍配が上がるし、自己加速領域で肉体と得物を自在に制御できる意味では由夢やエリカ、それと剛三の方が更に強い。

 尤も、剛三の場合は慣性を無視するどころか本来描かれる斬撃の軌道自体がおかしいのだ。昨年剛三の鍛錬を受けたエリカ曰く「常識を何もかも無視した斬撃なんておかしいとしか言えない」とのこと。

 そんな論外レベルの動きを知っているからこそ、強化サイキックの動きを“甘い”と思う訳だが、達也は歯牙にもかけないレベルであっさりとサイキックを次々と圧倒していく。極力『分解』を使わずに倒していくのは達也なりの優しさなのかもしれない。

 

「……何か、下手なアクション映画を見るよりは迫力があったけれど、達也さんの実力の一端が見れただけでも良しとしなきゃね。ただ、この様子だと明日も襲撃を受けそうね」

「そうですね。今度は通常火器に加えてEMP爆弾でも持ち込んでくるかもしれませんね」

「え?」

 

 達也の今回の相手は、松本の軍施設で軟禁されている筈の強化サイキックだけであり、宇治の部隊は確認できなかった。更に警察まで動いているとなると、貢が直接関与していなくとも、黒羽の人間が関与しているのは間違いないだろう。四葉の分家の中で警察のコネが結構あるのは諜報を担う黒羽家が筆頭候補に挙げられるためだ。

 宇治の部隊は先日の襲撃でセリアによるEMP攻撃(戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』と電磁波収束魔法『ガングニール』)をかなり受けており、その対策としてEMP爆弾が配備されたと聞いている。なので、それが用いられる可能性は十分考えられる。

 

 結局、達也は警察が来たのを察してそのまま小渕沢駅に戻り、深雪や水波と合流してそのまま東京へと帰ったことを確認したので、悠元は仮想モニターの展開を解除したのだった。

 




 達也らの行動を俯瞰して見たらこうなるのでは、と思ってこんな展開にしました。こんな無茶苦茶なことが出来るのは主人公のチート魔法のせいですが。
 そして、次の敵が用いる武器の理由付けにセリアが地味に活躍するという有様。この辺の展開は深く考えていませんでしたが、結果的に宇治の部隊がEMP爆弾を使う理由付けになったので結果オーライとしました。

 こんな襲撃、達也じゃなかったらガチで死者が出ます。いやマジで。

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