魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

293 / 551
騙して悪いが、これも仕事なのでね

 夕食は夕歌が準備することになった。彼女曰く「あのまま勝ち逃げされるのは納得いかないのよ」と言ったが、悠元は別に勝ち逃げとかの損得勘定を持ち込むつもりなどなかった。それでも、夕歌からすれば女性として……将来の妻の一人として引き下がったままではいられなかった。

 その結果、夕歌自身も今までにない程の出来栄えの料理が完成していた。

 

「美味しいですね。一人暮らしで鍛えられた感じですか?」

「そ、そうね……何でここまで上手く出来たのか自分でも不思議なぐらいだけど」

 

 魔法師としてのライバルはいても、女性の心を擽るような存在は今までにいなかったせいかもしれない。だが、そんな存在が現れたのだ……それも恋焦がれる男性というオマケつき。向上心というのはそう簡単に湧き上がるものではないが。

 

「夕食を終えたら、CADの調整をしましょうか」

「……なら、お願いしようかしら。でも、ちゃんとシャワーを浴びてからにしたいんだけど」

「そこはお任せしますよ」

 

 別荘の地下室にはいくつかの設備があり、司波家の地下室にあるタイプのCAD調整機が置かれていた。悠元がテキパキと調整機の立ち上げを済ませたところで、バスローブ姿の夕歌がCADを手にして入ってきた。

 

「な、何だか緊張するわね。悠元君は平然としてるけど」

「いや、これでも興奮しないようにしてるだけですよ……何故抱き着くんですか」

「んー、誘惑?」

「そういうのはいいですから」

 

 夕歌からCADを受け取って台座にセットする。そのCADは今年発売した『シルバーブロッサム』シリーズの最新型。カバー部分が照準補助アンテナとなっているタイプで、照準補助システムを汎用型CADに組み込む仕組みは昨年の九校戦において雫が使用したデバイスのシステムを使用している。

 悠元に軽くあしらわれたことに対して夕歌は頬を軽く膨らませるが、仕方が無いと悠元から離れてバスローブを脱ぐと、彼女は黒い下着を身に付けていた。そして、恥ずかしそうに下着を覆う様な形で手で隠しつつ立っていた。

 

「そ、その、変じゃない?」

「十分魅力的ですが、今は調整をするのが先です」

「……今日は、離してあげないんだからね」

 

 明らかに「襲う」と言いたげな言葉を聞き流しつつ、夕歌が調整機に横になったことを確認した上で悠元は調整を始める。

 実を言うと、夕歌の調整に立ち会うのはこれが初めてではない。司波家で夕歌のCAD調整を達也が担当した際、悠元も調整できるという話を達也がしたため、その次からは夕歌から頼まれることが多くなった。

 これには深雪も不満げだったが、達也が宥めたのもあって深雪から調整を頼まれることは避けられた。何せ、その時点で雫と姫梨、セリアのCAD調整を担当していただけでなく、文弥や亜夜子のCADのハードウェア調整(本格的な調整は達也が担っている)まで関わっているため、深雪もこれ以上の負担を強いるのは不本意だと判断した。

 術式自体の調整は前回までに終えているため、今回は単に想子波計測データに基づく微調整とハードウェアの定期点検だけだ。調整自体は3分程度で終わり、悠元がCADを取り出して立ち上がった上で声を掛けた。

 

「夕歌さん、終わりましたよ」

「あ、うん。ホント仕事が早いわね」

「これでも達也には速度で負けますけど」

「いや、私から見ればほとんど差が感じられなかったけど」

 

 夕歌はバスローブを着て立ち上がり、CADを受け取った上で悠元にそのまま抱き着いた。これは離す気が無いと判断して、悠元はそのまま夕歌を抱きしめた。すると、夕歌はそのまま悠元の唇に自身の唇を重ねた。

 

「んっ……今日は私がリードするんだから、覚悟しなさい」

「分かりました。それじゃあ、任せますか」

「え、きゃっ、ちょっと!」

 

 どう足掻いてもこれから来ることは避けられないと判断し、悠元は夕歌をお姫様抱っこしていた。いきなりの行動に夕歌は思わず悠元の首に手を回す感じで抱きしめた。

 こういう思い切りの良さもそうだが、いつもは誘惑してもサラッと流す態度とのギャップもあって、絶妙に女性としての心を揺さぶってくる。その心地よさが夕歌にとっては心地よく感じていた。

 

「あ、歩けるから!」

「じゃあ、今日は止めます?」

「そ、それは嫌! 私をこんな風にしたのは悠元君なんだから、最後までしないと……満足するまで離してあげない」

「……畏まりました、夕歌お嬢様」

 

 いつから自分はこんな我が侭になったのだろう。自身のガーディアンが死んだときは特に湧き上がる感情などなかったが、悠元と本格的に関わるようになってから、夕歌の中で寂しさにも似た喪失感を時折感じるようになった。

 この後、地下室から夕歌の部屋に移動した後、何が起きたのかというと……夜間の訓練(意味深)が発生した。なお、夕歌の最終防衛ラインは絶対死守されている(悠元が踏み込まないように対応している)のは相変わらずだが。

 

「……私がリードするつもりだったのに、悠元君はズルいのよ」

「何の理由もなしにズルいなどといわれても納得できかねますが。あと痛いです」

 

 翌朝(西暦2096年12月30日)、目を覚ました夕歌はタオルで体を隠すようにしつつ悠元の背中を抓り、悠元はその痛みを自覚しつつも、夕歌の言葉に対して率直な感想を述べたのだった。

 朝食を済ませ、夕歌は私服にコートを着込んで外出の準備を整えていた。一方の悠元は特注のライディングスーツに着替え、準備は既に万端だった。悠元は夕歌にレシーバーを差し出した。

 

「これは自分の通信機に直接連絡できるタイプのものです。夕歌さんに渡しておきます」

「受け取るけど、悠元君は一緒に乗らないの? それぐらいの余裕ならあるわよ?」

「自分は二輪で移動しますし、達也たちを乗せるので丁度いいかと」

「まあ、それもそうね」

 

 夕歌も自分が運転している四輪の自家用車に乗せられる人数を考えれば、四人は乗せられなくもないが、後部座席に余裕がなくなる。そして、悠元は二輪に乗ってきているという言葉からすれば、これが一番効率的だろうと考えた。

 

 別荘の前に出ると、漆黒のカラーリングの二輪車が止まっており、市販されているタイプではなくかなり改造されているものだとすぐに分かった。路面が凍結する冬の時期に二輪車は危険だが、ここまで無事故でこれたとなると路面対策もされていると考えられる。

 そんな風に考えている夕歌を横目に、悠元は『ワルキューレ』をメーター横のホルダーに差し込み、二輪のイグニッションキーを押してエンジンを始動させると、閉じた状態の折りたたみ型端末をタンク横のスペースに差し込む。すると、バイクのメーター上部に仮想モニターが表示され、悠元はレシーバーを付けた上でヘルメットをかぶる。

 

「ねえ、悠元君。そのバイクってどう見ても特注品よね。どこで調達したの?」

「答えるのは簡単ですが……聞きたいです?」

「……止めておくわ」

 

 この二輪車は司波家にある私用の為のものではなく、軍事行動を目的としたもの。元々は特撮もののバイクがカッコよくて色々魔改造を施した結果、自分専用の軍事用バイク『ドレッドノート』になってしまったというオチだ。なお、名前の由来は前世でハマっていたゲームから名付けた。

 このバイクの機能の一つとして『フリクション・ドライバー』が搭載されていて、これはフレーム下部に取り付けられた想子波照射レーダーで路面の摩擦係数を計測し、電気から変換されたサイオンを刻印型魔法陣に流し込むことで、意図的に地面の摩擦係数を上げることで夏季の乾燥した路面状態と何ら変わりなく運転操作できる仕組みだ。

 セキュリティ部分は『ワルキューレ』を差し込まないとエンジン始動はおろかタイヤロックまでかかるため、持出は実質的に不可能。登録上は独立魔装大隊所有の軍用車で、普段は神楽坂本家のガレージで厳重に保管しているが、今回の為に引っ張り出してきた。

 夕歌に渡したレシーバーとのペアリングを済ませつつモニターの情報をチェックしていると、達也たちの乗る電車が小渕沢を通り過ぎ、長坂(ながさか)白井沢(しろいざわ)に降りる情報をキャッチした。

 

「夕歌さん、達也たちは長坂白井沢で降りて本家に向かうようですが、どうします?」

『そうね……待ち伏せていると思しき部隊は?』

「昨日の場所からそう遠くはありませんが……昨日も言いましたが、EMP爆弾を所持している可能性があります」

 

 自分の乗る『ドレッドノート』はEMP対策を済ませているが、夕歌の乗る自家用車が無事に済むという保証はない。なので、達也らの進行方向で一応伏せつつ、戦闘が収まったタイミングで夕歌が深雪に連絡をして回収するのが筋だろう。

 

『本家からの送迎の車がEMP対策をしていないとは思えないんだけど』

「意図的にEMP対策のシステムを切られたり抜かれていたりしたら、流石の運転手も察知するのが難しいでしょう。流石に運転手がグルとは思えませんが、万が一に備えて動くのが最善です」

『分かったわ。合流のタイミングは頼むわね』

「了解です」

 

 夕歌からの返事を聞いた上で、『仮装行列(パレード)』を発動して銀髪灰眼の姿へと変える。そして、『ドレッドノート』に先導する形で夕歌の自家用車も別荘から出発した。

 達也らを乗せた本家への車が通る予想ルートを辿る形で走行していると、そのルート上にヘリとトレーラーの存在を感知。更に、モニターには解析結果まで瞬時に表示され、ヘリの所有が国防陸軍宇治第二補給基地に配備されたものと判明し、トレーラーの中にいる部隊は間違いなく波多江大尉の部隊であるとすぐに判明した。

 合流までにかかる時間は達也が部隊を片付け切るぐらいの時間で収まるが……すると、悠元のモニターには警察が達也らの方面に向かっているのを確認した。警察に捕まるのも面倒なため、音声フィルターを通す形で警察無線に割り込んで指示を飛ばした。

 

「連絡、犯人は諏訪方面に逃亡した模様。近隣の警官は至急応援を要請する……騙すのは不本意だが、下手に捕まって時間を稼がれるのは御免なんでな」

 

 その気になれば皇宮警察本部特務隊『神将会』の名を出すことは出来るが、一介の警察官に説明している時間が惜しい。そうして現場に着くと戦闘自体は既に決している模様だった。達也らに加えて運転手と思しき気配が自走車―――四葉本家からの送迎の車のあたりに集まっているのが分かる。

 

『悠元君、トレーラーをどかせる?』

「それは大丈夫です」

 

 悠元は兵器開発部での仕事上、レリックの運搬を行うために自ら車両を動かすこともあったため、あらゆる車両の運転免許を取得している。悠元はヘルメットを着けたままトレーラーを後退させると、トレーラーが動いていることに警戒はしたものの、夕歌の乗る自家用車を見て少し警戒を解いていた。

 どうやら、悠元がバイクを降りてトレーラーを動かしている間に深雪へ連絡を取っていたようだ。達也らが夕歌の自家用車に乗り込んで走り出すのを確認すると、悠元も『ドレッドノート』に乗って夕歌たちを追う形でその場を去った。

 運転手には気の毒だが、自力で何とか帰って欲しいと願うことしかできなかったのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元は『ドレッドノート』をガレージに入れた上で『ワルキューレ』と折りたたみ型端末を手に取り、そのまま客室に上がって手早くスーツに着替えると、予め準備していた紅茶とコーヒーが入ったポッドと空のカップを持って達也らがいるリビングに姿を見せた。

 

「失礼します。紅茶とコーヒーをお持ちしました」

「……ええ。ありがとう、神坂さん。あとは自分でするわ」

「畏まりました」

 

 夕歌は別荘にコーヒーなど置いてなかった筈だと知っており、間違いなく悠元が持ち込んだものだと察した上で、使用人と同じように接する。下手に長居すると宜しくないと思い、悠元も夕歌の言葉を聞いた上でリビングから去った。

 そこまでは良かったのだが、背後から聞こえてくる声に反応して振り向くと、そこには疲れた表情をしている達也の姿があった。

 

「―――すみません、少しよろしいですか?」

「おや、確か司波達也様でしたか。私のような若輩者に何か御用でしょうか?」

「はぁ……何をしているんだ、悠元」

「……まあ、達也はリーナや光宣の『仮装行列(パレード)』を見てるから分かったのかな?」

「それもあるが、気配を偽る感覚が九校戦のものと一緒だったからな」

 

 達也は『仮装行列(パレード)』と気配隠蔽の感覚が身に覚えのあるものだったため、直ぐに気付いたようだ。声は少し低めに喋っていたが、それでも直ぐに分かった達也に対して悠元は魔法を解除することなく言葉遣いだけ崩した。

 深雪と水波は夕歌と話をしているので、今すぐ達也を追いかけることはしないと判断して悠元は説明を始める。

 

「俺がこんな回りくどいことをしてるのは、表向きは夕歌さんの護衛だ。その実は慶春会に深雪を含めた次期当主候補全員が明日までに揃うための“見届け役”―――四葉家当主の代理人も兼ねてる」

「叔母上の代理人を悠元が……いや、納得できる話だな」

 

 神楽坂家がいくら四葉家と関わりを持とうとも、各々別の家である以上は家内のことに対して下手に干渉できない。だが、悠元の魔法は真夜の『流星群(ミーティア・ライン)』をアレンジしたのものも含まれていて、真夜が悠元をいたく気に入っているのは間違いない。

 それに、真夜のプライベートの世話を担う葉山も高く評価している人間だからこそ、四葉家当主の代理人という立場を任せられるという訳だ。

 

「ようするに、夕歌さんだけでなく深雪の護衛も兼ねられる立場という訳か」

「そういう解釈で助かる。ただ、表向きの関与じゃないから、このことを知ってるのは本家でもごく一部の人間だけ。なので、深雪や水波には言わないで欲しい」

「分かった。だが、何でもかんでも一人で背負うなよ。深雪のストッパーも楽じゃないからな」

 

 悠元の説明に納得したのか、達也はそういい含めてリビングに戻った。自覚はしているが、達也がそれを言うのはまさしく「お前が言うな」になると思ってしまう悠元であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜、四葉本家の真夜の私室では、真夜が葉山から深雪に関する報告を受けていた。

 

「深雪様は本日も襲撃を受けられたとのこと。今晩は津久葉家の別荘で一泊なさるそうです」

「……困った人たちね。でも、“掃除”は済んだのでしょう?」

「ええ。対大亜連合強硬派および対大亜連合宥和派・反十師族グループは大きく勢力を削り、花菱(はなびし)も手間が少なく済んだ、と報告を受けております」

 

 津久葉家の別荘には夕歌の護衛という形で悠元がいる。そこに深雪と達也、水波が合流したということは、この国において最大級の戦力が合従したも同じ。人造サイキックのことはそこまで気にしていないが、九校戦での一件や周公瑾の件に関わっていた勢力に肘鉄を撃ち込めたのだから御の字である、と真夜は判断した。

 

「ただ、分家当主の方々にも困ったものね。そう思わない?」

「仰る通りにてございます。分家の方々は達也殿の力を過小評価しているようですが」

「その考え方が根本的に間違いなのよね。しかも、悠君との関わりで強くなってるみたいだし」

 

 『分解』と『再成』だけでも十分に強い達也だが、悠元と関わることによって更に強くなっており、達也が使う魔法の一部は悠元から術式の提供を受けている。まだ達也が本家を覆う結界を強引に突破してこないことが奇跡的である、と真夜は思いつつも空のカップを差し出すと、葉山はポッドのお茶をカップに注ぐ。

 

「正直なところ、悠君が夕歌さんの護衛だけでなく深雪さんの護衛と案内まで担う形になったのよ。悠君には報酬の如何を任されたけど、何を報酬にするべきか悩むわね……いっそのこと、私自身が報酬になろうかしら」

「畏れながら、深夜様と深雪様がご不満に思われるかと」

「ふふ、半分冗談で言ってみただけですよ、葉山さん」

 

 半分本気で言っている、という真夜の言葉に対し、葉山は真夜が悪戯めいた笑みを零しているのを見て、半分どころかほぼ本気で言っていたのだと察しつつ、女性としての振る舞いを見せる自分の主にどこか親心のようなものを垣間見せていたのだった。

 




 秘密装備満載のバイクは男のロマン。異論は認める。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。