悠元の提案―――悠元が一人で戦うことに対し、勝成らの人数は如何様でも構わない―――に対し、勝成は何も物申さない達也が沈黙で肯定の意を示していることに恐怖を感じていた。そんな勝成の葛藤を見たのか、奏太は勝成に提案した。
「やらせてください、マスター。アイツの実力は確かに未知数ですが、相手は一人。勝てない相手じゃないと思います」
「しかし……」
「私からもお願いします。同士討ちを避けたがっていた勝成さんにとって望ましい決着の筈です! 勝成さんが出ずとも、私達だけでやって見せます!」
ここで勝成は深雪の方を見やった。彼女も事態をただ見つめていて、達也が何も申さない以上は自分が口を挟むべきことではないと判断したのだろう。それに、彼が御当主の代理だということは、夕歌が述べていることに加えて達也が驚いていなかったところを見るに本当のことだと判断したようだ。
お互いに譲れない以上、戦闘回避は不可能。なれば、勝成に出来るのは……二人を信じることだけだった。彼は何人でも構わないと言った以上、勝成自身の介入も許されていることも加味した上で、勝成は二人に激励を贈る。
「……分かった。勝って来い、琴鳴! 奏太!」
「お任せください!」
「任せてくれ!」
そうして相対する悠元と琴鳴、奏太。事情を知らぬ人間からすれば一介の護衛とガーディアンの戦闘にしか見えないが、その護衛の正体は元十師族にして世界屈指の戦略級魔法師。その事情を知っている夕歌と達也からすれば、この勝負自体見えているも同然だった。
「……達也さん、私達は少し下がりましょうか」
「……そうですね。そうした方が彼の邪魔にならないでしょう」
深雪と水波のこともあるため、二人は悠元から更に距離を取った。それを横目で確認した上で悠元は勝成の前に立つ琴鳴と奏太に視線を向けていた。
「場所はどうしますか? 其方の好きになさって結構ですよ」
「……結構よ」
「そうですか、では―――」
そのやり取りが交わされた後、琴鳴の姿が一気に空中へ投げ出される。そして、あわや急降下するところを勝成が魔法で落下速度を緩和し、琴鳴を受け止めた。お姫様抱っこの形となったことに琴鳴は頬を紅く染め、勝成はホッとしたような表情を見せていた。
「す、すみません」
「気を付けろ。彼は達也君と同等、もしくはそれ以上の実力者とみていい」
「はい」
今の一瞬の攻防で、勝成は彼が四葉の『フラッシュ・キャスト』に匹敵する魔法発動速度を有している時点で、達也と同レベルの魔法師であると判断した。彼の言葉が誇張などではないことが理解できたと同時に、一抹の不安を覚えていた。
「分かったら行け。奏太が苦戦している」
「分かりました!」
だが、その不安を呑み込んだ上で琴鳴を送り出した。
琴鳴が向かっている先では、悠元と奏太が戦っており、悠元は胸に掌底を撃ち込みつつ仮想波動で奏太の心臓を揺らす。だが、奏太は自身の体内に振動魔法を撃ち込むことでその波動を相殺した。
すかさず距離を取って指を鳴らすと同時に魔法を展開―――音を増幅する魔法を放つが、悠元は調整し終えたばかりの新型銃形状CAD『セラフィム』で『
「なら、これはどうだ!!」
奏太が発動させたのは『
「成程ね……確かに効果的だ。だが―――“無意味”だ」
発射される「音」に対し、悠元は魔法式を壊す必要など無いと『セラフィム』を下ろす。観念したのか、と勝利を確信したような笑みを浮かべたが、『
これに驚愕する奏太だったが、悠元がその場で殴るモーションを出した瞬間、奏太の身体を強烈な衝撃が通過した。
新陰流剣武術武闘奥義『
そして、悠元は一気に距離を詰めて奏太の意識を完全に刈り取ろうとしたところで、琴鳴の魔法『音響爆弾』が悠元と奏太の周囲に展開する。
琴鳴と奏太―――調整体魔法師『
その意味で、琴鳴の魔法の選択は間違っていないのだろう。
だが、琴鳴は知らない。琴鳴と奏太が戦っている相手は生来の異常聴覚を克服したことで、彼らと同じく音波干渉を得意としている事実に。そしてそれは、彼もまた音の情報強化の防壁を常駐させているということ。
琴鳴の『音響爆弾』が炸裂するが、倒れているのは先程悠元の攻撃を受けた奏太だけ。悠元はというと、平然とその場に立っていた。
「う、嘘……何で立ってられるの……」
攻撃特化の奏太と比べれば、攻撃魔法の出力が劣ることは琴鳴自身も理解していた。だが、何のダメージも負わずに平然と立っている彼が最早常人の領域にいないことを琴鳴は本能で感じていた。相手の視線がこちらに向いた以上、攻撃してくると思った瞬間に彼の姿が消えていた。
「えっ……」
「姉さん!? てめえ、姉さんから離れろ!」
自分の意識が彼に刈り取られた、と気付くまでもなく、琴鳴はそのまま倒れ込もうとしたところで悠元が支えとなり、そのまま舗装された道路に寝かせた。すると、その様子を見た奏太が琴鳴に何かするのではと反射的に『フォノンメーザー』を放つが、悠元は何と『フォノンメーザー』を放って相殺させた。
具体的には、奏太の『フォノンメーザー』と逆の現象を引き起こす情報を込めたサイオンを空洞化させた『フォノンメーザー』の内側に封じめて射出することで、衝突した瞬間に放出されたサイオンによって振動波長を中和させ、威力を無力化する仕組みだ。
このまま奏太の意識を完全に刈り取るために動き出そうとしたところで、悠元に対して圧縮空気弾が襲い掛かる。その衝撃を受けて悠元は『
(まあ、元々介入してもいいとは言ったが……琴鳴さんが倒されたことで介入することを決意したか)
勝成が得意とする“密度操作”―――収束系魔法の基本だが、それ故に応用できる範囲も広い―――による圧縮空気弾が悠元目がけて放たれる。だが、悠元からすれば「既に通過した道」。そう言わんばかりに、悠元は腕に着けた『シャドウブレイズ』から起動式を読み込み、三矢家の秘術である『エアライド・バースト』をぶつけて相殺する。
その上で、悠元はもう一つの新型CAD『ラグナロク』を取り出して、頭上に構えて魔法を放つ。遥か上空の空気と水分が急速に圧縮され、季節外れの積乱雲を生み出すと同時に数多の稲光が発せられる。そして、魔法式によって制御された雷を悠元は放つ。
「食らえ―――天神魔法・最上級魔法が一端、『
天候すら操る天神魔法の一つ、積乱雲を人工的に発生させ、膨大な量の電気を一つの雷に束ねて撃ち込む最上級風属性魔法『
「(まずい、対物障壁と真空皮膜を……なっ、防御が破られ……)ぐあああっ!!」
勝成は咄嗟に対物障壁と真空皮膜で防御するが、その程度の防壁など簡単に“食らって”しまう。防壁が破られたことにより、勝成がその直撃を受けた。尤も、発動時間をごく短時間に設定したことで、勝成はその場に片膝をついていて、辛うじて意識を保っている状態だった。
「マスター! こいつ……なっ!?」
勝成がやられたことに気付いた奏太が悠元にCADを向けるが、その照準を合わせまいと高速移動する悠元に翻弄されて照準が合わせられず、悠元が放った鋭い蹴りで奏太は今度こそ意識を飛ばされた。
悠元はそのまま琴鳴と奏太に近付いて『セラフィム』を向けると、魔法を発動させて彼らを“治療”した。そして、彼らの主人である勝成にも『セラフィム』を向けて魔法を発動させ、勝成は十全な状態に回復していた。
「これは、『再成』なのか? 君は一体……」
勝成に使ったのは確かに『再成』のようなものだが、正確には『天陽照覧』を使用しただけだ。尤も、琴鳴と奏太の二人については意識の回復以外は治していて、ついでに『
勝成の問いに答える義理など無いので、悠元はそのまま勝成に問いかけた。
「私はあくまでも四葉家御当主様の見届け役、なので今回は命のやり取りをする場ではございません。そちらの御二方も応急処置は済ませておりますのでご心配なく。それで新発田勝成殿。夕歌お嬢様とご同行なされている司波殿を含めてここを通らせていただいて構いませんね?」
「……私まで加わって敗北した以上、私に止める権利は無くなった。君が達也君に匹敵する魔法師だとは思わず、正直
「そうですか。では、遠慮なく通らせていただきます」
勝成が琴鳴と奏太のことに掛かりきりになる上、夕歌の護衛である彼が達也に匹敵する魔法師であることに加え、勝成の介入すらあっさりと退けた。事象干渉力でいえば深雪にも匹敵し得る実力者だと見抜けなかった自分の敗北である、と勝成は悠元の要求を受け入れた。
それを聞いた上で悠元はCADを懐に仕舞い、夕歌と達也らに近付いた。
「夕歌お嬢様。勝成さんから通行の許可を頂きましたので、このまま本家に向かいましょう」
「あ、うん。そうね……大丈夫なの?」
「あれしきで怪我を負っていたら、魔法師の護衛など務まりませんので」
音速で飛んでくる木刀の“暴風雨”やら、明らかにおかしい軌道で迫ってくる祖父を経験した身からすれば、圧縮空気弾なんて精々大型犬がじゃれついて来るようなものだ。非常識の経験をしているからこそ対応が楽に出来ている、という意味合いが若干含んだ悠元の言葉に対し、夕歌はただ頷くことしかできず、達也は普通じゃないものを見たような視線を送っていた。
少なくとも、普通とかの概念を置き去りにしている達也が向けていいものじゃない、とは言いたかったが、深雪と水波がいる前でそういう訳にもいかず、二輪に乗ってヘルメットをかぶり、『ワルキューレ』を差し込んでエンジンを始動させると、そのままトンネルの中に入っていく。達也らも夕歌の自走車に乗り込んでトンネルの中に入った。
トンネルの中には自動ゲートがあり、特定の想子波を照射することでトンネル途中にある脇道が姿を見せ、悠元は迷わずそちらにハンドルを切る。夕歌の自走車も付いてきており、勝成らの追跡は確認できない。
この後は何事も無く、15時(午後3時)に四葉本家へ到着した。
夕歌は津久葉家の離れに案内され、水波は上京まで使用していた4人部屋、達也と深雪は二人部屋へと案内され、悠元はというと……真夜の私室に招かれた。しかも、達也と深雪が離れたタイミングを見計らって姿を見せた葉山直々の案内ということもあり、使用人たちも大事な客人として悠元を見ていた。
私室に入ったところで悠元は『
「悠君、お疲れ様。さあ、座ってちょうだい」
「真夜さん、そんな急かさなくても大丈夫ですって」
「そうはいかないもの。えいっ」
悠元の言葉を介することなく、真夜は悠元をなぜか私室の奥にあるベッドに座らせた上で後ろから悠元を抱きしめていた。いつの間にか葉山の姿がない事から、予め人払いをするように言い含めていたのだと悟り、真夜のしたい様にさせてやることとした。
「ふふ、姉さんには負けてないでしょ?」
「……あの、一体何をする気なのですか? いや、大方の予想は付きますが」
「その『まさか』かもしれないわね」
色々拙いと思う。何せ、自分は深雪を婚約者にしている上、深夜を愛人兼専属使用人に迎えた身なのだ。これで真夜まで抱くことになったら色々問題が生じかねない。それに勘付いたのか、真夜は悠元と向き合う形で座った。
「では、こうしましょう。悠君の今回の報酬は別として、私を抱いてくれたら深雪さんと夕歌さんの婚約を四葉家当主として認めるということで。あと、おまけに水波ちゃんも付けちゃいます」
「水波をおまけ扱いって……そもそも、俺に拒否権がありませんよね?」
「ふふっ、そうとも言いますね。でも、抱くのは今回だけでいいです。それ以上望むと姉さんや深雪さんに嫉妬されそうですから」
いくら真夜が“産めない”と分かっていても下手に手を出していいものではない。とはいえ、深雪を結ばれるために“達也の母親”を抱くってどんな仕打ちなのだと思う。頼れるべき存在である葉山がいないとなれば、断る手段など無かった。
それでも“奇跡”とかの万が一のことも考え、一線を越えないように処置はしておく。この世界だとそんな類のことはあり得ないのだろうが、自分がやってきたことを鑑みると起こり得ないと断言できるはずもなかったからだ。
「それに、悠君のここは……昔見た父のより大きいわ」
「見たことあるんですか……」
結局、そこから約3時間ほど真夜とのスキンシップ(意味深)をする形となり、色々複雑な心境を抱えつつも身だしなみを整えたスーツ姿の悠元は、同じく身だしなみを整えてドレス姿となっている真夜と会談することとなった。
「ありがとう、悠元君。昔の記憶と漸く決別することが出来たのは、悠元君のお陰よ。四葉家はこれからも神楽坂家の意向に従うようにしておくから、安心して頂戴」
「……感謝します。母にも今の言葉を過分なくお伝えします」
真夜を苦しめていた35年前の事件。“知識”へと変換されても悪夢として蘇っていた事実をここで知った。真夜が言うには、このことを源として世界への復讐を考えていたが、悠元によって姉妹の仲が完全に修復できたことで、その意味も薄れてしまった。
だが、完全に悪夢が消えることなど無かったため、その悪夢から解放されるために悠元を頼ったのだ。曰く「似たような経験で掻き消せば消えるんじゃないのか」と思ったそうだ。
その手段が褒められたものではないとはいえ、偶発的にも人助けができたことには変わりないので、これはこれで良しとしたいところだ……このことを多分深夜は双子の勘で気付くだろうし、深雪のことも考えれば気苦労は更に増えるが、今更だろうと諦めた。
「それで、この後の予定ですが、19時に奥の食堂で色々と発表することになるのだけれど……悠君には何度か相談しているから気付いているでしょうけど、
「その鍵となったのは恐らく、深雪と亜夜子ちゃん、それに夕歌さんの三人ですね」
「ええ、正解です。深雪さんと夕歌さんには酷だけれど、後で美味しい思いをするのだから、問題ないと判断しました」
達也の呼び方を変えたということは、達也の扱い方が次第に変わっているということの証左。現に、四葉本家へ到着した際の使用人の達也に対する扱いは、深雪と同格のような扱いとも言えた。尤も、自分の場合は葉山が応対したとこもあって当主クラスのような扱いであるが。
真夜の言う「美味しい思い」というのが自分との婚約発表なのだろう。とはいえ、表向きは部外者である自分が四葉家の次期当主決定の場に立ち会うべきなのか、とも思ってしまう。その考えを見透かしたのか、真夜が微笑んだ。
「あら、悠君も無関係ではありませんよ。何せ、達也の遺伝子提供者―――彼の遺伝上の父親が誰なのかも、悠元君は気付いているのでしょう?」
「……そうですね。正直、その可能性は否定したかったのですが」
原作だと司波(司馬)龍郎と司波(四葉)深夜の子が達也にあたるわけだが、この世界では何の因果か、それが書き換わってしまった。達也の母親は四葉真夜、そして父親―――遺伝子提供者は
どうしてそんなことが起こったのかを考えた際、真っ先に挙げられたのは剛三と千姫の存在だった。剛三にこの可能性を問い詰めた時、剛三は観念して白状した。
四葉の復讐劇が終わり、失意のどん底にあった剛三は仲間の遺骨こそ持ち帰れなかったが、剛三は辛うじて設備が生きていた冷凍倉庫から冷凍処理された真夜の卵子を発見し、密かに持ち帰って四葉家に引き渡した。そして、千姫が真夜からの相談を受けて上泉家の係累である慶一郎の精子を提供させ、受精卵を深夜に定着させた。
その結果、上泉家と神楽坂家の血を引く存在として達也が生まれた。つまるところ、悠元から見れば達也は遺伝上の
「まあ、当人からは『兄呼びは止めてくれ』と言われましたが」
「多分深雪さんのこともあるのでしょうね。深雪さんは姉さんに似て甘えん坊ですから」
「……まあ、それは分かり切ってるので今更ですが」
深夜と真夜の達也に込められた想いも無視はできないが、『再成』の上位互換である『
戦闘は原作をある程度準えていますが、主人公は先天的な異常聴覚を完全制御しているため、その副産物として音の情報強化の障壁を常時展開しています。なので、ある意味琴鳴や奏太の上位互換的な存在になります。
勝成に天神魔法の最上級属性魔法を食らわせたのは、相手を一時的に封じ込めるためと主人公自身が「ついカッとなった」感じです。
自分の恋人との正式なお付き合いを天秤に掛けられると、流石の主人公も根負けした次第です。ここで逃げても何の解決にもなりませんし、魔法を使うのも悪手だと考えて諦めたと解釈してください。
そして、達也の出生の秘密はこうなりました。これを見越して慶一郎を出したわけではありませんが、上泉家(『天照』)と神楽坂家(『月読』)の究極魔法を使えるだけの下地があれば、膨大な量の想子保有量に加え、『分解』『再成』に占有された魔法演算領域にも説明が付くと考えた次第です。