琴鳴のより女性らしくなった体格の変化。その原因となった要因は色々あるだろうが、四葉家内だけ見ても、深雪と亜夜子、夕歌といった次期当主関係者もそうだし、少なくとも当主の真夜とは勝成のガーディアンとなる時に一度会っている筈だ。
あの場で『
悠元の口から発せられた固有魔法の存在に対し、その場にいる人間は機密の遵守を誓った。とりわけ深夜と穂波を治した実績を知っている真夜は次期当主候補者に対して悠元の秘密を守るように誓わせた。
勝成からは新発田家の人間として当主を必ず説得すると強く言われたので、その辺は家庭内が拗れない程度にしてくださいと答えるにとどめた。
「さて、勝成さんがこれで辞退なされたけれど……」
「叔母様、発言をしても宜しいでしょうか?」
「あら、深雪さんも次期当主候補を辞退なさるのかしら?」
「はい。私―――司波深雪は次期当主候補の地位を返上し、お兄様―――司波達也を四葉家の次期当主に推薦いたします」
勝成の次に次期当主候補の辞退を申し出たのは深雪であった。
元々、深雪は自身の次期当主候補の地位返上と引き換えに、達也の四葉家における待遇改善を申し出るつもりであったが、真夜から達也が5人目の次期当主候補と紹介された以上、これは深雪にとって「渡りに船」である。
勝成が達也を次期当主に推薦したことで先陣を切られるような形となったが、筆頭候補と目される自分が達也を推薦すれば、達也のことを好意的に見ている黒羽家(文弥)と津久葉家(夕歌)の協力を得られると考えた。
「私は元々、今回の慶春会で四葉の次期当主候補の地位を返上し、四葉家におけるお兄様の待遇改善を求めるつもりでした。ですが、叔母様がお兄様を五人目の次期当主候補として紹介した時点で、その気持ちがより固まりました。先程感じた私以上の魔法力を有するお兄様ならば、四葉の名に恥じないと私は考えております」
「あら、そこまで決めていたのね。もしかして、深雪さん
「……はい」
深雪はチラリと視線を悠元の方に向け、それに気付いた悠元が微笑むと、深雪も頬を紅く染めて微笑んでいた。これには二人の間にいる形の夕歌が苦笑を浮かべ、亜夜子は二人を羨ましく眺めていた。
その深雪に続く形で文弥が挙手をしつつ声を発した。
「御当主様、発言をお許し頂けますか?」
「あら、文弥さん。よろしいですよ」
「では……黒羽家は私―――黒羽文弥の次期当主候補の地位を返上し、司波達也さんを次期当主に推薦いたします」
そして、次に発言したのは文弥であった。黒羽家は中立を宣言しつつも貢は達也に対して敵対心を見せていた。このことは文弥と亜夜子も気付いており、当然真夜も貢の行いを把握している。これには思わず笑い泣きをしてハンカチで涙を拭う真夜が文弥に尋ねる。
「あら、もしかして次期当主を本家の一存で決めてはならないと入れ知恵でもされたの?」
「いえ、そのようなことは一切ございません」
「横から口を挟む御無礼をお許しください、御当主様」
真夜の言葉に文弥は否定し、言い終えたタイミングで亜夜子が口を挟んだ。特に黒羽家は神楽坂家に対する無礼もあるため、この辺はどういった判断をしたのか黙って見つめていた。そして、そのまま亜夜子が説明を続ける。
「元々、私と文弥は深雪お姉様が次期当主に相応しいと考えておりました。ですが、深雪お姉様が次期当主候補の地位を返上して達也さんを推薦なさった以上、私と文弥はそれに倣う形で達也さんを次期当主に推薦したいと思います」
「それはいいけれど、貢さんはどう思っていらっしゃるのかしら?」
「父は次期当主の推薦に関して私と亜夜子の判断に委ねる、と最終的には納得していただけました」
貢としても、達也が四葉の次期当主候補になるなど「寝耳に水」だろう。それに、ここ数日の達也らに対する襲撃部隊や警察を唆した件は多かれ少なかれ黒羽家が関わっている。その辺を含める様な真夜の言葉に対し、文弥は真剣な表情でハッキリと述べた。
これで、勝成、深雪、文弥(プラス亜夜子)の推薦を得た達也を見つつ、真夜は夕歌に視線を向けた。
「さて、これで残るは夕歌さんだけだけど、津久葉家はどうされるのかしら?」
「皆さんの行動が早すぎて一番最後になったのは恥ずかしい事ですが、津久葉家は私―――津久葉夕歌の次期当主候補の地位を返上し、司波達也さんを次期当主に推薦いたします」
「あらあら、夕歌さんまで返上するとなると、達也さんだけしか候補がいませんね」
「先程感じた魔法力を見せられて、気丈に振舞って次期当主候補の名乗りは上げられません。次期当主候補筆頭と目された深雪さんを推していた津久葉家としては、深雪さんが推した達也さんを推すのが道理だと判断しました」
夕歌の次期当主候補の辞退を聞き、真夜は右手を頬に当てて少し困ったような様子を見せたことに対し、夕歌はやや苦笑気味に先程の達也の封印解放に触れた上で、次期当主に推していた深雪が達也を推薦したため、それに倣う形で達也を推薦するのが合理的だと判断した。
次期当主候補者らの多数決の状況からすると達也が次期当主に指名されるのは確定的で、これには達也も肚を括ったような表情を見せていた。その表情を横目で見てから悠元に視線を向けた。
「悠元さん……いえ、神楽坂殿。四葉の次期当主は達也さんを指名することになります。それで異存はございませんか?」
「私に四葉家内の決定権はございませんよ、四葉殿。他の次期当主候補が揃って達也を推薦して納得されているのであれば、私が特に述べることはありません」
この中で一番難色を示しそうな勝成が真っ先に達也を推薦したのだ。それに続く形で深雪、文弥、夕歌が推薦した以上、自分がいくら四葉のスポンサーの一つである神楽坂家の次期当主とはいえ、四葉家に依頼することはあっても四葉家内の事情に首を突っ込むのは宜しくない。
その上で、悠元は踵を正して周りを見た後、真夜に向き直った。
「この場にて、四葉家御当主様、並びに次期当主候補者の皆様に改めて申し上げます。明日、来年元旦を以て、私―――神楽坂悠元は正式に第108代神楽坂家当主を襲名いたします。家としてはお互いに古くからの付き合いではございますが……今代は無論のこと、次代の四葉殿とも良き付き合いをしたく思います」
実は、周公瑾の討伐は達也のみならず悠元にとっての最終試験であった。
先月末、京都に敷いた『
なお、神坂グループの会長職と経営やそれに伴うコネ、神楽坂家当主として神職・仏僧の教導を行う護人としての仕事は順次引き継がれていくこととなる。
現状当主の仕事の4割を既に引き継いでいる悠元からすれば、約2倍に増えたところで書類まみれだった国防陸軍兵器開発部での処理に比べれば“まだ楽”の部類であったのは……一種の職業病なのかもしれない。
一つの解析で書類を数十枚作成する手間と、多岐に渡る分野の決裁を纏めることは、トータルで見れば同じ分の書類を捌くことに変わりないかもしれないが。
「あら、これはご丁寧に。上泉家当主に続いて神楽坂家当主ともなれば、三矢殿はさぞや鼻が高い事でしょう」
「父は自分から積極的に自慢をするような性格ではございませんよ」
「そうでしたわね」
そして、食事も終わり各々が戻っていくこととなるが、真夜、達也と深雪が残る形で悠元は食堂を後にした。そうして悠元が案内されたのは風呂であり、CADの取り扱いに関しては自分以外が下手に触れないようになっているため、その旨を使用人に伝えつつ自分で服を脱いで風呂に浸かる。
今頃、達也と深雪は真夜から2人の出生に関わる事実を伝えているのだろう。深雪に関しての部分は今まで聞いたことはないが、原作知識から『完全調整体』であることは間違いなく、寿命に関する部分も念のために深夜から打診されて確認したが、「問題なし」と判断した。
この辺は光宣の例があるので誤魔化すことは可能だろう。
風呂から上がり、綺麗に畳まれたスーツとCADを手に取り、使用人が案内した先は一番格式の高い客間―――四葉家にとって無視できない立場の人間を迎える客室―――であった。しかも、奥には布団が1つに枕が2つ。これから起こりうることを予想して、悠元は一つ息を吐いた。
「……お茶でも汲むか」
夜中にお茶はどうかと思うが、ないよりはマシだと思いつつ温めのお茶を湯呑に注ぐ。一杯目のお茶に茶柱が立ったことが、何故か不満を漏らしたくなった。男としては女性に好かれること自体悪くはないが、婚約者間の匙加減が色々難しいのだ。
すると、通信端末に着信が鳴り、悠元はスピーカーモードで通話ボタンを押すと、そこに映ったのは千姫であった。
『こんばんは悠君。ホントは一緒に年越しそばを食べて年末番組でも見ながらゴロゴロ新年を迎えたかったのですが』
「正月に送付する書状やら元旦の挨拶がありますからね。半分ぐらいは手伝いましたが」
『ホント助かったわ。七草家に送る文章なんて書きたくありませんでしたが、筆を折るのは勿体無いので堪えました』
パラサイト回収の妨害、メディアによる世論誘導、周公瑾との取引と事欠かない上、四葉家や九島家の動きを知って独自に部下を送り込んで失敗した事実まである。千姫としては、泉美の婚約を解消したい思いと彼女の好意を無碍にしたくない女性としての心情を天秤に掛け、已む無く押し黙った。
その影響が正月の挨拶―――悠元を正式に神楽坂家当主として襲名する旨の書状を認めていたのだが、七草家にだけ送らずに無視してやろうか、と思うぐらいに千姫は苛立ったのだ。仕方がないので、悠元が代筆としてその書状を仕上げた。
「四葉の次期当主が決まったことで婚約発表も出来ますが、それでまた一悶着ありそうです」
『一条家の長男ね。でも、悠君と深雪さんの結婚は戸籍上も遺伝上も全く問題ないのに?』
達也と深雪が仮に婚約する場合、彼らの母親である真夜と深夜の扱いが問題視される。戸籍上は“従兄妹”として成立するが、真夜と深夜が双子の関係である以上、遺伝上の近親婚になりうる可能性があるからだ。
悠元は元三矢家の人間で、深雪は四葉家の人間。双方共に神楽坂家の血縁者だが、遠縁に当たるので近親婚は一切成立しない。この辺は千姫も念入りに確認したことであり、それに不服を申し立てるというのが理解できなかったようだ。
「以前、九島烈が俺の十師族離脱で臨時師族会議を招集した過去を参考にして、『優れた血統が続けて十師族の外に出て行くことは、将来的に十師族の衰退を招くことになる』とでも理由を付けると思います」
千姫は悠元の予想に対して訝しんでいるが、一条家は将輝の妹である茜が悠元に恋慕している。もし、茉莉花とアリサの存在が一条家にバレた場合、茜も問題ないという判断を下すかもしれない。そうでなくとも、深雪の交換条件として茜を悠元の婚約者として申し込む可能性は残ったままだ。
そして、七草家の中では香澄が達也の婚約者として(香澄のほうはまだ打診の段階)、泉美が悠元の婚約者となるため、五輪家長男と上手く行っていない真由美が五輪家との婚約を解消した上で悠元の婚約者として送り込んでくる可能性が残っている。
達也と悠元のどちらが可能性が高いといえば、真由美は悠元に対しての後ろめたさが残っているのと、スキンシップの頻度からして悠元の可能性がかなり高い。七草家から二人を婚約者として送り込むのは許されるのかと思うだろうが、最悪真由美を神楽坂家に対する“人的賠償”という形を取ることも想定される。
『ああ、成程。その理由は確かに考えられますね。にしても、一条殿は親馬鹿ですね。長男殿も本気で好いたのなら、深雪さんが四葉の血縁だと名乗る前に告白すればよかったのに』
「女性に好かれても、女性に接することが出来るとは限りませんよ。大体、自分は家督と家業継承を既に放棄してましたし、元々三男だからこそ告白出来たにすぎません」
自分と将輝では同じ十師族直系と言えども置かれている立場が違うため、将輝が勇気を出せずに告白できなかったことについては、ほんの少しだけ同情する。そもそも、告白したところで深雪が将輝の告白を受ける確率は……顧傑が突如心変わりしてUSNA内で連続爆弾テロを起こす確率ぐらいないかもしれない。
『悠君に身も心も捧げてますからね、深雪さんは。そういえば、深夜さんから「妹が悠元君を襲った」と言われまして。大変ですね』
「あっさり言わないでください……深雪と夕歌の婚姻を認めることを対価にされた以上、受け入れざるを得なかったのです」
『ふふ、真夜ちゃんもこれで悠君に救われましたし、今後は達也君や彼の子どもを愛でたいのでしょう』
達也に敵対しないルートを選んだら、深雪を婚約者にするルートと深夜を愛人にするルート、更には真夜に襲われるルートまで開通したなんて一体誰が信じられるだろうか。からかい気味に述べられた千姫の言葉に対し、悠元は溜息を一つ吐いた上で釈明に近い言葉を伝えた。
正直、真夜が必要以上に悠元を頼らなかったのは、達也の存在が大きいとみている。
『四葉の次期当主の発表と同時に、四葉家の方から深雪さんを悠君の婚約者として発表します。悠君の神楽坂家当主としての新年の挨拶と、悠君の婚約者募集も合わせて行います。尤も、色々考えることは多いですが』
「それは確かに」
達也が四葉家の次期当主として発表される以上、その身内である深雪のことも発表しなければ帳尻が会わない。下手に勘繰られるよりは四葉家の人間だと併せて公表した方がまだスムーズにいくだろうと踏んだ。
ただ、四葉家が正月の挨拶代わりにこのことを発表した場合、他の十師族がどう動くか。とりわけ四葉家に対して過敏なほどに反応する七草家も他人事ではないだろう。
その七草家絡みの話だが、論文コンペの翌週末に姫梨の埋め合わせも兼ねて遊園地に行ったところ、香澄と達也に遭遇したのだ。香澄としては自身の気持ちもあったりするが、真由美が迷惑を掛けたという理由付けを含めて達也とのデートをしていた。
九校戦の準備や新人戦のことも含めて達也の世話になっている部分もあるだろうが、香澄が明確に達也へ好意を抱いたのは昨年の九校戦で達也が新人戦モノリス・コードに代理として出場した際に一目見て惚れたらしい。
なお、遊園地では英美とスバル、そして
「貴様はあの時のがはっ!?」
「ん? よく見たら、いつぞやの時計塔で俺を拉致ろうとした連中じゃないか。エイミィ、こいつらボコしていいか? いざとなったら記憶とか消すから」
「あの、出来れば穏便にして欲しいんだけれど……」
「悪い、それ無理」
ロンドンで観光をしていた時、自ら首を突っ込んだ覚えはないのに、ゴールディ家の後継者絡みに巻き込まれたのだ。恐らく剛三を味方に付けようとしたのだろうが、何故自分を人質にしようと目論むのか「意味不明」としか言いようがなかった。
その時は見逃してやったが、英美からゴールディ家の秘術『魔弾タスラム』を知ろうとした連中があの時の奴らと同一だったため、達也に協力を仰いで迅速に鎮圧した。
その後、巻き込んだお詫びということで食事を一緒に食べることとなったわけだが、その時に香澄から色々尋ねられ、達也からは自分と香澄の仲の良さに関して尋ねられた。泉美のことがあるので、香澄とは良き友人関係から逸脱することは無いと断言できる。
閑話休題。
「燈也も婚約者を発表しましたし、その意味で光宣も他人事ではないでしょうね……将輝ぐらいですよ。同年代で婚約者募集をしないのは」
『無理からぬことと思っちゃいます。一条殿の気質が長男に受け継がれているとなれば、女性が複数いても振り回されるだけかと。そういえば、克人君は来年の師族会議の時に美嘉ちゃんとの婚約を発表するのよね』
「ええ、当人や両親からもそのように聞いています」
六塚家次期当主の指名を受けた燈也は今頃六塚本家の屋敷で過ごしているだろうし、藤林家でお世話になっている光宣もあの美貌を考えれば言い寄ってくる女性は多いだろう。
ただ、自分や達也に劣るとはいえ、将来的に戦略級魔法『
余談だが、真紅郎は今年一条家で年を越すこととなり、瑠璃に(無理矢理)抱き着かれている写真が送られてきた……それを見て「どう反応すればいいんだ? 俺に同情を求められても困る」と返すことしかできなかった。
十文字家絡みで言うなら、遠上家のことについては神楽坂家の責任を以て遠上家の固有魔法『リアクティブ・アーマー』の全面使用を解禁する運びとなった。克人と美嘉の婚約は師族会議終了後、日本魔法協会を通す形で師族会議構成メンバーと百家の一部に通達される。
なお、十文字和樹が起こした過去の女性問題に伴う形で発生したアリサの処遇だが、アリサの母親である伊庭ダリヤが詩歩に宛てた“遺言状”同然の手紙には詩歩の名が記載されており、法的に有効であると千姫が判断した。
よって、アリサを十文字家の都合に関係なく三矢家の養女として扱うことは十文字家の魔法技術の漏洩に当たらない、と判断した形になる。
主人公と深雪が婚約を結ぶのに懸念される事項を考えた場合、十師族としての力が落ちてしまう懸念が一番考え得る理由だと思いました(主人公を神楽坂家の人間とする段階でここまで考えてはいませんでしたが、これが一番無理の無い理由付けになるかと思います)
大体、主人公を十師族の中に止めるとしても方法次第では師族二十八家内で内戦が起きかねない懸念がありますし、十山家のこともあります。特に後者は主人公にとってトップクラスの面倒事となるので。
「子は親に似る」とも言いますので、剛毅の場合はお見合い(政略結婚)の線が割とあるのかな、と思ったりする部分もあります。