千姫との通話を終え、一息吐いたところで湯呑が空になっていたので、二杯目の茶を注いだところで来客を告げるノックの音が響く。気配で誰が来たのかを察していたので、そのまま入室を促す様に言い放つと、襖が開いて達也と深雪が姿を見せた。
達也のほうはスーツ姿のままだが、深雪は下着姿も同然の単衣を纏っているだけ。今の状態の深雪が都心を歩けば忽ち大混乱になるのは想像に難くない。だが、自分がこれから話すことを鑑みて、改めて気を引き締めた。
「達也に深雪。話は終わったのか?」
「ああ。叔母上―――いや、“母上”から言われた事実をお前にも伝えておかないといけないからな」
深雪の緊張した面持ちを見るに、達也から深雪が『完全調整体』ということは聞き及んでいるのだろう。ともあれ、襖を開いたままでは二人が風邪を引いてしまう(達也に風邪を引くという概念が通用するかは不明だが)ため、そのまま部屋に招き入れた。
「それとなく察している部分はあったりするが……いいのか?」
「母上にも『伝えてほしい』と言われた以上はな」
達也からは、自分が真夜の息子であることと、達也の父親が龍郎ではないこと。深雪が『完全調整体』として達也の制御を担うために生を受けたこと。真夜は説明こそしていなかったが、封印が解除された達也の中には[
相手がここまで話した以上、こちらの置かれている状況を達也と深雪に話す必要があると感じ、悠元は口を開く。
「……達也、深雪。唐突なことを聞くが、“転生”という言葉を知っているか?」
「転生、ですか?」
「一応は聞いたことがある……まさか、悠元がそうだというのか?」
「ああ。魔法という技術が顕在化しなかった並行世界、とでも言えばいいか。俺はその記憶を引き継いで、三矢家三男・三矢悠元の魂と“融合”した形になる」
前世の名前を名乗ったところで意味はないし、元々三矢悠元に宿っていた魂は記憶以外にその痕跡が残っていなかった。この世界では三矢家の殆どと剛三、千姫しか知らない事実を二人に打ち明けた。
よもや、“並行世界の人間”が目の前にいることに達也や深雪も驚きを隠せなかったようだ。ただ、達也らの存在を「創作物の登場人物」として知っていることに関する言及は避けることにした。ただでさえ自分の知らない人間までいる以上、その知識を与えたところで意味があるか正直分からなかったからだ。
「この世界で俺が“転生者”だと知っている人間はごく一部に限られる。それこそ三矢家の殆どと矢車家の一部、上泉家と神楽坂家の一握りが該当する。俺のような存在を知ることで、良からぬ企みを考える人間も出てくるだろうからな」
「……何故、俺と深雪にそのことを明かしたんだ?」
「―――大切な“友人”として、隠し事は出来ないと思ったからな。遅かれ早かれ知ることになるのなら、自分の口から言うのがいいと思ったまでだ」
大体、こちらは原作知識も含めて達也と深雪の秘密を知ってしまっている身だ。それでいて自分の秘密を明かさないというのはフェアではない、と考えた。
それに、このまま関わり続けていけば自ずと知ることになるのは避けられないだろう。達也の『
「大体、俺は二人の秘密を結構知ってしまっている。それでいて俺だけ隠すのはアンフェアのような気もしてな……まあ、このことを聞いてどう思うかは二人の判断に委ねる」
「そうか……なら、俺は信じよう」
そう述べた悠元に対し、達也はあっさりと悠元の言葉を受け入れた。それは、今まで悠元がやってきたことに対しての説明に説得力が出てくる、と考えたからだ。
現代魔法の水準から見れば、悠元の成していることはその水準をまるで小石を飛び越えるが如く軽々とやってのけているようなもの。なので、悠元が転生者という事実は、達也にとって疑惑ではなく納得できる“判断材料”になっていた。
「……アッサリ信じたのはありがたいが、いいのか?」
「悠元の埒外さは今に始まった事じゃないからな。昨年の九校戦で十文字先輩が言っていた言葉を借りるなら、『例外が一つや二つ増えたところで今更だ』と思ったまでだ」
「普通の魔法師じゃない達也が言っていい台詞じゃないだろうに」
「それは否定しない」
悠元の皮肉に対してあっさりと受け入れた達也に悠元は思わず肩透かしを食らったような気分を抱いた。ここで何も言わないまま黙っている深雪の方を見やると、深雪は悠元に対して目を輝かせていた。
「悠元さんがそんな存在だったのは驚きですが、それでも私は悠元さんを愛しています。それに、お兄様が信じているのならば、私が悠元さんを信じない理由なんて無くなりますから」
「……逞しくなったな、深雪は」
「それはもう、悠元さんに沢山鍛えていただきましたし、愛されている身ですから……」
頬を紅く染めつつ恥ずかし気な視線を送ってくる深雪に対し、思わず襲ってしまいようになるが、ここは一先ず我慢した。まだ話すことが残っているためだ。すると、達也が悠元に問いかける。
「悠元、もしかしてセリアは悠元にとって前世の関係者なのか?」
「ああ。前世の妹で、生まれ変わってから従妹だと知った」
「セリアをあっさり受け入れたのはそういう事情もあるわけか。二人のやり取りが単なる恋人の会話ではないと思ってはいたが、納得だな」
セリアの素性をあっさり明かすのはどうかと思われるだろうが、セリアは達也に殺される危惧を抱いている。現時点においてその危険性はかなり低いが、達也や深雪を納得させられる判断材料を提供することで、達也や深雪からの敵対を避けるという大きなメリットを得られる。
達也からすれば、セリアの信頼を得られれば双子の姉であるリーナ(アンジー・シリウス)に繋がるラインを確保できるし、リーナの隠し事をセリアに看破させることも実現可能になる。
「セリアには後で俺からも話すが、このことは他の連中に言わないでくれ。俺も父に明かした時は“パラサイト”の類を疑われたからな」
「事情を知らなければそう思われても仕方が無いだろうな。分かった」
「他の婚約者の方々にはお話しするのですか?」
「……少なくとも、雫と姫梨、沓子は理解してくれるだろうから、その三人には俺から話す」
転生者という情報を明かす相手は選ぶが、原作主人公とヒロインを怒らせるリスクなんて誰も負いたくない。無論、俺だって負いたくない。原作を知る人間としては、一利を得るために達也や深雪を怒らせて“
臆病とか卑怯とか言われようが、誰だって自分の命は惜しい。「いのちだいじに」はこの世界を生き抜くうえで最も大切な事だと思っている。損が億単位で済むかと言われると何も言えないが。
姫梨と沓子は元が古式魔法由来の家なので、少なくともそういった類の知識に長けている。神仏系の魔法や儀式の中には“降霊”の類のものもあるため、早めに味方につけておきたい魂胆も含まれる。
なお、この翌日にセリアから「雫と姫梨、沓子に問い詰められてバレちゃった」みたいな文言のメールが送られてきた(通信端末自体は悠元が改造して[
セリアの説明では、悠元をお兄ちゃん呼びしていることに疑問を抱いた沓子が指摘し、そこまで疑問に思っていなかった姫梨と雫迄疑念を抱き、結果的にセリアが白状した挙句、悠元も転生者だとバラしたらしい。説明の手間が省けたのはありがたいが、後でお仕置き確定である。
その後、雫と姫梨、沓子から相次いで年初の挨拶のメールを貰ったのだが、雫からは『寧ろ納得できたし、悠元には私を惚れさせた責任を取ってもらう立場』と言いたげな内容が届き、姫梨からは『恋人なんて作らないと言っていた私を惚れさせたのですから、生まれに一々拘りません』とあっさり受け入れる様な文言が出て、沓子からは『妖すら全力で逃げる事実に比べれば、お主の生まれなど些細な事よ』と言われた。
ようは「転生という事象には拘らない。その代わり、本気で惚れさせた責任を取ってほしい」ということのようで、このことを知った千姫からメールで『それだけ悠君は他の男性よりも魅力的に映るということです』と述べられた。世の中の男性が“意気地なし”という風に読み取れるのは……自分の勘違いと思いたい。
「そして、先程の次期当主指名に関する部分にも触れる話だが、俺は二つの固有魔法を有している。その一つが[
「お母様ですら精神構造情報の干渉だけなのに……その、水波ちゃんの体格が変化したのは何故なのですか?」
「俺自身も良く分からないんだが、どうやらこの魔法は被術者の願いが強く反映されることがあるらしい。水波の場合は……間違いなく深雪の存在だろうな」
水波が一目惚れをした時点で、悠元は深雪に恋慕しており、深雪も悠元に対する恋心を自覚していた。そんな二人を目の当たりにしたからこそ、水波は深雪のようになりたいと願ったのだろう……その結果、下着のホックが服の中で弾け飛び、深雪から甘えられたのは言うまでもないが。
「それで、もう一つの魔法が[
「概念に干渉する魔法……成程、俺の魔法を再現できているのはその魔法があるからか?」
「その解釈で間違っていない。まあ、『
「能力? どんなものなのですか?」
「『
[
「正直に言うと、深雪に渡した[
「そうなのですか……でも、悠元さんが私に与えてくれた魔法であることに代わりありません。本当に悠元さんは凄いです」
「……正直、疑われそうな気はしてたんだが。受け入れるのが早くないか?」
「師匠よりも遥かに納得がいく話だからな」
(話が変に拗れないのはありがたいが、比較対象がエロ坊主はどうなんだ……)
達也からすれば、八雲よりも得体が知れてるからこそ悠元は信頼できるし、『トーラス・シルバー』においてハードウェアの設計部分は世界随一のレベルに達する。その事実を支えているのが悠元の並みならぬ能力だとするなら合点がいく話だと結論付けた。
それに、自分の“妹”がすっかり悠元に絆されている為、変に暴走して悠元に迷惑を掛けていないか、というのが達也にとって最も気に掛かるところであった。
従兄妹なので婚姻は出来るし、いくら深雪に対して激しい情動を有しているとしても、妹に劣情を抱くのは何かが違う、と結論付けた。
達也としては、今まで妹同然として関わってきた深雪をそういう対象として見るのは、何故だか兄として納得できない気分であった。深雪を実の妹のように接してきたからこそ、深雪との関係が少し変わっても実の兄妹のように接することを深雪が望んだからこそ、達也も深雪との関係をこれまでと変わらない立場を選んだ。
これには、深雪の泣き落としによって悠元に「深雪を従属させてやってほしい」と頼んだ部分も大いに関係している。正直なところ、悠元に対して内心で「本当に済まない」と詫びたほどに、深雪の妙な部分で発揮される行動力には時折手を焼くほどだった。
その思いを知ってか知らずか、悠元は改めて達也と深雪を見やった。
「達也、深雪……ありがとう。俺はこれからも、二人とは家の事とかを抜きに“友人”として、深雪の場合は“愛しい人”としてになるが、来年以降もよろしく頼む」
「それはこちらもだ。今年は悠元に世話になった以上、その借りは必ず返す。それと……色々我儘な妹のことを、どうかよろしく頼む」
「もう、お兄様は……悠元さん、不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
達也と深雪は兄妹から従兄妹の関係になったが、深雪からの『お兄様』呼びはこれからも続けるとのことだそうだ。達也も文弥や亜夜子のことがあるので、深雪の達也に対する呼び方は彼女の自由にすると決めていたらしい。
司波家での居候はそのまま継続することになるが、他の婚約者に対しての配慮をどうするかは現在神楽坂家(千姫)、四葉家(真夜)、上泉家(剛三)の三者で話し合い中とのこと。
達也は「部屋に戻る」と言って客間を後にすると、深雪は我慢していた分を解き放つように悠元へ飛び掛かる様に抱き着いた。これには少し驚きつつも深雪を抱き留めた。
「おっと……そういえば、深雪と出会って4年と4か月か。何だかあっという間だったな」
「そうですね。元を正せば、お母様が悠元さんと元治さんに挨拶しに行ったのが切っ掛けでしたね」
剛三のお節介とはいえ、そのお陰で達也や深雪と出会えた。深雪とは魔法の事(主に九校戦の観戦の話)とかで話したわけだが、その時のことを深雪は思い出すように呟く。
「淑女として色んな勉強を叩き込まれてきた私からすれば、同年代の中学生は『レベルが低い』と思えてならなかったんです。そんな中、私と同じ目線で話せる悠元さんと話せることが嬉しくて、空港で別れた時は何故だか辛かったんです」
「うーん……それは単純に深雪のレベルが同年代水準で高すぎたのもあると思うが」
「うっ、それは否定できませんが」
四葉の次期当主候補として、達也を抑え込むための“理性”として……そういう教育を詰め込まれてきた深雪からすれば、達也を除く周りの中学生をそう思ったとしても無理はないだろう。そんな時に自分と出会えて会話が出来たことは、深雪にとって“同年代の理解者”を得たような気分だったらしい。
「貢さんのパーティーやクルーザー、国防軍の基地ではお兄様をたった一撃で気絶させ……あのクッキーは反則です。私の女心が白旗を揚げたくなるほどだったんですから」
「それを言われてもなあ……後日、達也からそのことを聞かれたが、達也ですら自身の抱いた疑念に疑問を呈していたぐらいだし」
「それぐらい悠元さんは女心を刺激する存在なんです……そして、悠元さんは私を庇って、私の命を守ってくれた」
達也の[再成]に頼らずとも復帰は出来ていたが、結局達也に借りを作る形となった。国防軍の特務士官として達也を現地徴用の戦闘協力員として据え、大亜連合の部隊を2発の戦略級魔法で退けた。沖縄防衛戦後、深夜と穂波を治療したわけだが、その深夜から割と刺激の強いスキンシップを受けていた。
最終的な結果として、深夜が神楽坂家の専属使用人兼愛人となったのは色々驚きしかなかった。
「悠元さんは、私の命を守り、私の心を救ってくれた人です。悠元さんが望むなら、私のことはいくらでも好きにしてください」
「……言っていることが大体深夜さんと同じなんだが」
「そうですか……でも、若さなら私の勝ちですから」
「深雪の前で別の女性の名前を出したのは俺の落ち度だが、そこで何故張り合う。あと、何故に脱ぐ」
大体、深雪は婚約序列第一位であり、深夜は使用人・愛人の立場。“行為”自体の優劣は出来る限り避けるが、今後のことで発生し得るであろう“跡継ぎ”のことは婚約者の立場にいる人間が優先されるべき事項。
そして、深雪は身に着けていた単衣をそのまま脱ぎ、何も身に付けていない状態で悠元と向き合うように抱き着いた。
「悠元さん、私……もう我慢できません」
考えれば、クリスマスの夜からかれこれ6日も経っている。悠元の場合は他との関わりがあった訳だが、深雪からすればここまで悠元と一緒に居れずに我慢し続けてきた。この場合は単なるスキンシップで済まないのは確定だろう。
「……そういえば、達也から従属させてほしいなんてお願いをされたな。深雪、そうするということはされる覚悟があると解釈する」
徐に深雪の肌へ触れると……深雪は興奮しているのか、甘い声が漏れ始めている。時折擽ったそうな声も出ており、1週間近く悠元に触れなかったことで触覚がやや過敏になっているような様子が見られる。
「あっ……やっ……悠元さんのえっち」
「何も身に着けずに抱き着いている深雪がそれを言うのか?」
気が付くと、深雪を布団の上に押し倒しつつ、自分の服を脱ぎ捨てて深雪に覆い被さる。これでは深雪を見て下心を抱いてしまう男性を笑うことなど出来ないだろう。言わずもがな、最終防衛ラインは絶対死守の意思を以て魔法を唱えた。
「今更な言葉かもしれないが……愛してるよ、深雪」
「私も、悠元さんを愛しています」
遠くから聞こえる除夜の鐘の音は自分が愛する人の声に掻き消されていたが、慌ただしかった1年の終わりを確かに感じていたのであった。
ということで、原作メンバーの一部の人間に主人公(+セリア)が転生者であることを明かしました。
彼らがアッサリ信じるのはどうかと思いますが、これまでに主人公が積み上げてきた信頼に加えて、主人公が成してきたことを考えれば、「あ、そうだったのか。それならああいう行動も所業も納得だ」という判断材料として処理される形になった次第です。
原作関連の情報に関して秘匿したのは、原作との変化によって精々知識程度しか使えない(文面で知るのと実際にその技術に触れるのでは全く違いますので)と判断したためです。
何せ、原作後半で核となる光宣と水波のフラグを完全に圧し折っていますので。今のところの予定はネタバレに繋がりそうなので何も言えませんが。それに、情報自体洗い出した方が知識から引っ張り出すよりも信頼性が段違いなので。