年が変わり、2097年の元旦。
悠元は予め準備されていた羽織袴に着替えて寛いでいた。達也や深雪は今頃正月に相応しい身支度を使用人の手によって施されている最中だろう。自分の場合は一人で支度が出来るために手伝いを丁重に断った。
神楽坂家当主になったとしても、自分で出来る範囲は自分でやるし、こういう挨拶で使用人の仕事を増やすわけにもいかない。現に千姫は身支度を全て一人でこなしており、曰く「自分でやれることを任せたら、あっという間に心身がボケてしまいますから」とのことで、妙に説得力が出ていた。
ちなみに、深雪との新年早々の“スキンシップ”はあったが、慶春会のこともあるので程々に済ませている。
すると、羽織袴姿の文弥と振袖姿の亜夜子が姿を見せたので挨拶をする。二人の様子は若干ぎこちなかった。恐らく貢絡みであるとは思うが、そこには敢えて触れないようにしておく。
「あけましておめでとう、文弥と亜夜子ちゃん」
「あけましておめでとうございます、悠元さん」
「あけましておめでとうございます。この場合は『神楽坂様』とお呼びしたほうが宜しいでしょうか?」
年が明けたことで悠元の立ち位置は神楽坂家当主へと変わったわけだが、まだ高校生の身分であるために全ての仕事を引き継いだわけではない。亜夜子の言葉に対して悠元は苦笑気味に言葉を返す。
「別に公の場でない以上、今は年功序列で構わないよ……ところで亜夜子ちゃん、ここに昨日のデータがあるわけだが」
「これはご丁寧に、悠元さん。そういう気配りを受けることができる深雪お姉様が本当に羨ましいですわ」
「……実の兄妹のように仲がいいよね、姉さんと悠元さんは」
何と言うか、恋人関係には決してならないが、一昔前の時代劇における悪代官と越後屋のような共謀関係を自然と築けている感じだ。無論、友人関係であることが前提となるわけだが。
悠元が昨日の達也とのやり取りのデータを亜夜子に渡すのを見た文弥は、血が繋がっていないのに実の兄妹のような雰囲気を出している2人に対して正直な感想を述べたのだった。
「まあ、俺の場合は血の繋がった妹がいるし……この間、三矢家の養女という形で妹が増えたけど」
「三矢殿の隠し子ですか?」
「仮にそんな存在がいたら、母さんが全力で甘えて弟か妹が増えると思う。両親の知り合いの娘さんでな。彼女は頼れる親族がいなかったし、知り合いの人の遺言に沿う形で両親が養女として迎えたんだ」
実年齢こそ真夜や深夜とそこまで変わらないが、パッと見では30歳代後半に見えてしまう詩歩に本気で迫られたら、元も断れないだろう。母のことを大事にしている父だからこそ、もし隠し子なんていた日には数ヶ月後に母が妊娠しました、ということになっていても不思議と思えない自分がいた。
アリサのことは遅かれ早かれ知ることになるため、文弥と亜夜子には事情を搔い摘んで説明した。あとで達也と深雪、夕歌にも説明すべきことだが、その三人に対してはアリサの出自も話しておく必要がある。もしかすると、十文字家が三人を頼ろうとする可能性もあるからだ。
「養子ではなく養女ということは……悠元さんの妻候補ということですね」
「まあ、間違ってはない。文弥も早いところ覚悟を決めた方がいいと思うぞ」
「え、ええっ!?」
「それは道理ですね。尤も、文弥は寧ろ可愛がられる方かと」
「姉さんまで!?」
達也が次期当主に指名され、婚約者募集まで始まると文弥も他人事ではいられなくなる。
四葉家で既に辞退した者も含めると、深雪と夕歌は神楽坂家当主の婚約者として、亜夜子は達也の婚約者に立候補するのは明白で、勝成は真夜の口添えを得る形で琴鳴との結婚を許された。
そうなると、四葉家の達也と同世代の人間の中で文弥だけが独り身という形になってしまう。少なくとも存命である彼らの祖母こと
四葉の力を維持する意味でも、達也と亜夜子の間に出来た子が黒羽家を継ぐことも考えられるが、次期当主候補を辞退した文弥が黒羽家当主となるほうが四葉家の意識のズレを解消しやすくなる。よって、早急に身を固めるよう圧力を掛けられる可能性は極めて高い。
「亜夜子ちゃん、文弥が些か疎くないか?」
「お父様は仕事の部分こそ厳しいですが、それ以外は文弥に甘いですから」
「……悠元に亜夜子ちゃん、新年早々仲がいいな」
「まるで兄妹みたいですね」
「お、達也。あけましておめでとう」
「達也さんに深雪お姉様、あけましておめでとうございます」
困っていた文弥に“救いの手”という形で姿を見せた羽織袴姿の達也に、振袖姿の深雪が悠元と亜夜子の仲の良さに対して感想のような言葉を述べると、悠元と亜夜子は揃って挨拶を交わす。それに一拍遅れる形で文弥も挨拶したが、深雪の姿に見とれていた。
「その、凄いですね」
「単純な感想じゃないの、文弥。悠元さん、婚約者として深雪さんの振袖姿をどう思いますか?」
「そうだな……振袖姿というよりは花嫁衣裳みたく思えるし、この姿の深雪が外に出たら、太陽も恥じらって東に沈みそうな気がするな」
「悠元さん……私はそこまで出来ませんよ」
まるで悠元なら出来そうな気がする、みたいな返しはさておくとして、悠元なりの誉め言葉を聞いた深雪は恥じらうように袖で口元を隠しつつ目線だけは悠元を見つめ、これを見た達也は一つ息を吐いていた。「参考にしないと」と言わんばかりの文弥と亜夜子の様子を見つつ、達也は悠元に尋ねた。
「ところで悠元、慶春会に参加するのか?」
「ん? うーん……参加というよりは“口を挟む”感じになると思う。この辺は真夜さんの匙加減になるから分からんが」
神楽坂家当主としての最初の仕事は、慶春会で四葉の分家当主らに対する“釘差し”であった。先々月の貢の訪問もそうだが、昨年末の襲撃の件は自分も関わっているだけに看過できることではない。
「悠元も『叔母上』の考えは読めないと?」
「やりたいことの段取りに関して予想はできるが、今ここで言えることでもないからな。文弥と亜夜子ちゃんは気付いているかもしれんが」
「あの、僕らがそういう立場だからこそ、却って何も言えませんが……」
今まで身内以外は年功序列を優先してきただけに、言葉遣いも神楽坂家の当主として強い口調を使わないといけない。エルンスト・ローゼンの時はレオとエリカに対する怒りの感情もあってすんなり出せたが、今後はその言葉遣いを意識して使うことも求められる。
ただ、公の場以外とかであまり使う気になれない。この辺は千姫も「それはよくわかるわ」と同意されたことがある。
「まあ、何にせよ真夜さんから話を振られるまでは気配を偽って大人しくしてる。ただ、神楽坂の人間として普段抑制してる気配を
「気配の……もしかして、ピラーズ・ブレイクの時のような感じになるのですか?」
「あれでも一応3割に抑えてるから」
「あれで3割なのか……」
達也が驚くような素振りを見せるのも無理はない。何せ、悠元の言葉を信じるのならばその程度の抑制で相手選手を委縮させるほどの威圧を放っていたのだ。その約3倍かつ至近距離となると、気絶者まで出かねないのでは……と達也は考えた。
「疑うのも無理はないけど……じゃあ、どんな感じになるのかを体験してもらうためにも一瞬だけ全解放するから、気を強く持ってくれ」
悠元はそう言ってほんの短時間だけ抑制していた気配を解放する。まるで衝撃波でも通り過ぎたかのような感覚に、達也も思わず表情を強張らせた。文弥と亜夜子は揃って腰が抜けたようで、深雪に至っては……何故か尊敬の眼差しを向けていた。
遠くの方から「一体何事だ!?」と慌てる声が聞こえ、瞬間的な気配の解放で使用人が何人か倒れたような様子が聞こえた。
「―――とまあ、何も考えずに全方向へ解放するとこうなる」
「……沖縄の時はそんな気配を感じさせなかった筈だが」
「前に爺さんの絡みでエジプトのピラミッドに行った話はしただろ? その時に霊を祓っただけでなく、彼らの“力”が勝手に吸収されたんだ」
ピラミッドは霊的な力場を維持する『聖域』としての形状から、彼らの“魂”を封じ込めていた。だが、墓荒らしなどの邪な欲望を吸い取って悪霊と化してしまっていた。
悪霊を祓う際に使用した『
しかも、近くの町にそのままの状態で帰った時には、村人に崇められる始末となってしまった。生贄云々の話が出てしまったので、反射的に出てしまった殺意で気絶させるというハプニングまで起きたぐらいだ。
強くなる分には歓迎するが、要らぬ副産物まで増えて正直頭を抱えたくなり、結果として剛三から気配の抑制や偽装といった隠形の技術をたった“1日”で修得する羽目になった。
「九重先生ばりの隠形を獲得したのは、先程のことが原因という訳だ」
「納得した。お前も大変だな」
八雲にはお互いに色々悶着というか因縁というか……苦労しているからこそ、達也もそれ以上の追及を止めたところで振袖姿の夕歌が姿を見せた。
「あけましておめでとう。ところで……さっきのは悠元君の仕業?」
「あけましておめでとうございます、夕歌さん。ちょっと説明がてら気配を一瞬だけ解放しまして」
「威圧じゃなくて気配で相手を気絶させるってどういうことなの……」
この場合、夕歌の反応が一番まともなのだろう。すると、そろそろ時間ということで案内役を仰せつかっている水波が入ってきた。恭しく挨拶をした上で文弥と亜夜子が先に部屋を出て行く。
「そういえば、悠元君はその身なりだけど、慶春会に参加するの?」
「会場には入りますが、気配を偽って達也と深雪の後ろに付く形ですね」
それを聞いた夕歌は、達也と深雪に慶春会の会場へ入場する際のアドバイスをしていた。2人は初めての参加なので、勝手が分からないと思ったのだろう。
そのアドバイスを終えたところで夕歌が呼ばれて案内され、最後は達也と深雪の番になったので、悠元は2人の後をついていく形で部屋を後にした。
「次期当主候補、司波深雪様、並びにその御兄上、司波達也様、おなーりー」
水波の口上に、達也は腰が砕け、深雪に至ってはこめかみが引き攣っている。これには隠形で気配を偽っている悠元も笑みが漏れてしまい、予め千姫から受け取っていた扇子を広げて顔を隠した。案内している水波が疲れていたのは、この口上で声を張り上げないといけないということだろう。
水波の案内で2人が真夜の両側に着席したのを見計らって、悠元は参加者の最後列のさらに後ろへそのまま腰を下ろす。深雪だけならばまだしも、達也が真夜の隣に座るというのはざわめきが起きるのだろう。
この席の座り方も真夜から事前に打診されていたものであり、四葉の人間でない以上は最前列に座って要らぬ勘繰りをされたくもない。昨日の次期当主候補による夕食会でもそんな様子が見られたのだから、慶春会となればその視線が更に増えることになる。誤解を解く労力を考えると、面倒事など進んで起こしたくもない。
そして、未婚ながらも金糸をふんだんに使った黒振袖を身に纏った真夜が新年の挨拶を述べる。
「皆様、改めて、新年おめでとうございます」
その言葉に続く形で参加者たちも「おめでとうございます」と頭を下げる。悠元は声を発するのが拙いと判断し、頭を下げるに止まる。それを見やった真夜が笑みを浮かべつつ、話を進める。
「本日はおめでたい新年に加え、あと2つ明るいお知らせを皆様お伝えすることが出来ます。私はこれをとても喜ばしく思います」
そう述べた真夜の視線は勝成と琴鳴に向けられた。勝成は悠元らと同じく羽織袴姿であったが、振袖姿の琴鳴は居心地が悪そうにしていた。
何せ、ガーディアンである琴鳴が四葉の血縁者と同じ席に参加者としているだけでなく、彼女の着ている振袖は割と値の張るものなのは間違いない。この辺は神楽坂家の人間となったことで千姫の衣装管理も偶に手伝ったりしている経験から得た知識でそう判断した。
「この度、新発田家長男の勝成さんが、堤琴鳴さんと婚約されました。私の姉のガーディアンをしていた桜井穂波さんに続く慶事は、私としても大変喜ばしい事です」
この発表は、周囲から「まさか」という声よりも「やっとか」みたいな感じに受け取られていた。
元々内縁関係にあった勝成と琴鳴だったが、琴鳴が調整体ということから新発田家当主が難色を示していた。だが、悠元が琴鳴を治療したことで問題がクリアされ、穂波が元治に嫁いだ“前例”を用いる形で真夜がお祝いの言葉を述べた。
その穂波は既に妊娠しており、しかも男女の双子を身籠っている。現時点で魔法資質云々は断言できないが、少なくとも『
「そして、次に皆様が関心を寄せられていることを発表いたします。何を発表するか、皆さんはもうお気づきの事かと思いますが」
そう述べた真夜から、ついに四葉の次期当主が指名されると参加者は固唾を飲んで見守っていた。ここにいる参加者の大半は真夜の隣にいる深雪が指名されると思っているだろう。
だが、その予想を覆すことで生じる動揺の表情を見たいがため、真夜は夕食の席での話を分家当主の誰にも伝えていないのだろう。悪戯っ子のような笑みを垣間見せつつ、しっかりとした口調で述べた。
「私の次の当主は、ここにいる私の息子―――達也にお任せしたいと思います」
真夜から投下された史上最大級の爆弾発言に対し、参加者はおろか使用人たちからも驚愕やら動揺の表情が垣間見え、状況が全く見えずに混乱している様子が見られた。そんな様子を悠元はただ冷静に見つめていた。
(まあ、それもそうだよな。参加者の大半からすれば深雪一択の出来レースを真夜さんが卓袱台返しで白紙に戻し、その上で達也を指名したようなものだ。真夜さんも悪戯好きというか……)
しかも、深夜の息子だと思われていた達也が真夜の息子という風に発表されたこともその混乱に拍車を掛けていた。すると、参加者である貢から真夜に対して質問を投げかける。
「御当主様、説明していただきたいことがございます」
「何でしょうか、貢さん」
「彼が四葉の次期当主に指名されたこともそうですが、彼が御当主様の息子というのは全くの初耳でございます。その辺の事情をご説明願えませんでしょうか?」
「ああ、そういえばそうでしたね。実は、四葉の復讐劇に参加なされていた唯一の生存者―――上泉剛三殿が偶然採取されていた私の冷凍卵子を見つけ、秘密裏に持ち帰ってくださったのです。その卵子と精子提供者によって出来た受精卵を、私の姉である深夜に代理出産してもらう形で生まれたのが達也なのです」
この世界において、原作で述べていた嘘が剛三によって真となり、何の因果か上泉家と神楽坂家の血縁を含む存在として達也はこの世に生を受けた。紛れもない“四葉真夜の息子”として。
過去のことをまるで知識を語るように述べた上で、真夜は貢に対して説明を続ける。
「そして、四葉家先代当主である英作さんと津久葉殿、そして神楽坂家
達也が生まれたあたりのことをぼかしたのは、分家当主らが達也を殺そうと画策したことに対しての“釘差し”も含んでいるのだろう。
大体、分家当主らが達也の殺害を目論んだとして、仮にそれが成功したとしても分家当主らは確実に“死んでいた”だろう。ましてや女性として幸せを奪われた真夜にとって待望の子どもを奪うということは、崑崙方院の連中とやっていることが何ら変わりなくなるということに気付いたのだろうか。
その話を英作が聞いた際、彼も正直耳を疑ったかもしれない。確かに達也の力は驚異的だが、それも使い方次第では有用だと思っていたところの分家当主らの提案。こんなことになるならば達也の力を明かさずに隠せばよかった、と達也の保護に動いていた千姫から当時の様子を聞いていた。
四葉元造は命を賭し、「人」としての在り方を証明するため、一族の者たちと共に
元造の遺志がきちんと継がれずに四葉の異名だけが独り歩きしてしまい、力を求めた結果に得た力の大きさに耐えきれなくなり、達也を四葉の罪とすることで自分たちが本来背負うべき罪を押し付けた。
これを“怠慢”と呼ばずして何と呼べばいいのだろう。
主人公が気配を抑制している理由付けはこんな形にしました。ある意味パラサイトが本気で逃げだす理由付けにもなっています。「いくら人間でもあんなの操れるか! 逃げるしかねえよ!」みたいな感じですね。
周りを魅了する深雪、周囲の女性を釘付けにする光宣、そして周囲の人間を気絶させる主人公(スターライトブレイカー直撃で蒸発)