魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

30 / 551
新入部員勧誘週間①

 悠元はレオや燈也と別れ、人通りの多い校舎前広場に出てきた。早速入部歓迎も兼ねてトレーニングコースの走り込み、という部長の声とそれに元気よく返事する二人の声も聞こえたが、聞こえなかったことにした。案外気の合う二人なのかもしれない……ああやって意気投合する一科生と二科生が逆に珍しいかもしれないが。

 周囲はクラブ勧誘で必死となっている。

 

(別に見世物になっているわけじゃないんだが、俺は客寄せパンダとかの類じゃないわ)

 

 すれ違う人々から興味の視線で見られるが、それもそのはず。悠元の左腕には腕章が付けられているからだ。風紀委員のものとは異なる青と白からなる生徒会役員専用の腕章で、基本的には新入部員勧誘期間の時にしか着けることがない。

 これは過去に1年の生徒会役員が勧誘の被害にあったことがあり、それを教訓に作られたもの。その被害者というのは悠元の姉であり、先々代会長の佳奈であった。

 

(『血染めの桜吹雪(ブラッディ・ブロッサム)』……佳奈姉さんについた渾名だっけ。本人は嫌がってたけど)

 

 その際に魔法・非魔法系クラブを問わず全員を地に沈めたことから、語りに語り継がれて……卒業した今でも畏怖の存在として恐れられている。尤も、人見知りもしないので普通に接する分には優しい姉であることも知っている。すると、通信機ではなく携帯端末のほうの着信音が鳴り、悠元はそれを手に取って通話を始める。

 

「もしもし?」

『もしもし、悠元。佳奈だけど、今そっちは大丈夫?』

「佳奈姉さん。珍しいな、今は講義かゼミじゃないの?」

 

 考えていた人物―――佳奈から連絡がきたことに、姉は心を読む能力に優れているのかと思いつつ話し始める。その際、悠元は周囲に認識阻害を展開しているので、行き交う人々は悠元がいる場所を何故か避けて通ることを疑問に思わない。それは置いといて、大学生である佳奈が連絡を取った理由を尋ねた。

 

『ちょうど講義休みだから大丈夫。えとね、美嘉から「あの二人、そっちに行ったからとっちめておいてって悠元にお願い!」って私に言って講義に行っちゃったの』

「その言い方だと誰が該当するのか解らないよ?」

『うん、そうだよね。萬谷(よろずや)颯季(さつき)風祭(かざまつり)涼歌(すずか)の二人なら解る?』

 

 その二人なら面識がある。美嘉にとっての親友兼悪友みたいなもので、上泉家の別宅でも何度か見たことがある。確か二人はSSボード(スケートボード&スノーボード)・バイアスロン部の所属であったことも美嘉から聞いている。

 

「それなら解るけど……」

「バイアスロン部だ!」

「取られた!」

 

 悠元が続きを言おうとしたところで、少し離れたところにその該当人物二名がいた。彼女らは脇に雫とほのかを抱えていて、その場を立ち去っていく。それを見た悠元は佳奈に対してこう告げた。

 

「佳奈姉さん、伝言は受け取ったって美嘉姉さんに伝えて」

『解った。無理はしないでね』

 

 悠元の口調で佳奈は凡その事情を察して短い言葉を選んで通話を切る。素早く携帯端末をしまうと、通信機を取り出して連絡を取る。それと同時に悠元専用の自己加速術式を発動させる。

 

「生徒会会計、三矢です。バイアスロン部のOG二人が新入生の連れ去り行為を働いたために追跡します。風紀委員の応援をお願いします!」

 

 手早く用件を伝えて通信を切ると、悠元はクラスメイト達を抱えた二人を追跡するために駆け出す。

 当然、追跡してくる悠元の様子にショートヘアの女性こと萬谷、ロングヘアの女性こと風祭が揃って声を上げた。

 

「ほう、あの腕章は確か生徒会か。中々に腕が立ちそうだ」

「あの子、どこかで会った気がするんだけど……にしても、自己加速術式で追い縋ってくるなんてね。でも、捕まる気なんてないでしょう?」

「当然! 飛ばすから捕まってろよ!!」

「いやああああああ!!」

 

 明らかに自動車並みの速度まで加速する二人のスケートボードに、ほのかの叫びが木霊するのであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 別の場所で風紀委員による取り締まりを監督していた摩利は着信音に気付いて通信機を手に取る。その相手は真由美であった。

 

「こちら渡辺」

『摩利、今さっき悠元君から要請があって、バイアスロン部OG二人が新入生を連れ去ったって…』

「真由美、それって…あいつらか! 解った!!」

 

 真由美の言葉に摩利が続きを言おうとしたその時、萬谷と風祭が新入生らしき二人を抱えていることに気付き、手短に答えつつ通信をやや乱暴に切った。その上で近くにあった辰巳のスケートボードを借りることにした。

 

「鋼太郎、このスケボーを借りるぞ!」

「姐さん?」

「とうに卒業した不良どもに好き勝手やられたんじゃ風紀委員の名が廃る! ちょっとシメてきてやる!」

 

 辰巳の言葉が返ってくる前に摩利は硬化魔法と移動・加速術式のマルチ・キャストを起動。二人を追いかけ始めると同時に彼女たちを自らの足で追いかけている悠元と合流して追跡を開始する。

 当然、追いかけられる側である萬谷と風祭も二人の追跡に気付いている。

 

「やっぱり来たわね」

「それって……ああ、成程。やはり来たか」

「止まれ! 過剰な勧誘行為は禁止だ!」

 

 しかも、追いかけてくる二人の形相が鬼気迫るものだったため、雫とほのかも叫ぶ余裕がないぐらいにガチでビビっている。彼らを見ていたらその背後に二体の金剛力士像が見えてきそうな様相ともいえた。

 

「大人しく止まれ!」

「そう言われて止まるやつはいないよ」

 

 悠元の言葉に対して萬谷は何食わぬ表情を見せている。だが、二人を抱えている分萬谷と風祭のほうが若干遅く、距離はじりじりと縮まりつつある。無論、これを黙ってみているわけでもなく、風祭は携帯端末型CADを操作する。

 

「これで止められるとは思わないけど……」

 

 風祭が得意とする気体流動制御術式―――『下降気流(ダウンバースト)』を摩利と悠元に向かって打ち出す。二人にとっては向かい風の形となるが、萬谷と風祭の二人にとっては追い風となって加速する。

 

(凄いっ……)

 

 タイミング一つ間違えるだけでも自爆技になりかねない魔法を放つ彼女に雫は感心した。無論、それを撃たれた側も黙っておらず、摩利は追い風を発生させて自身に掛かる向かい風を打ち消す。そして、悠元の場合はというと……ある意味別次元だった。

 

「面倒だな……()()()

 

 そう呟いて、一息吐き……左手で手刀をするように構えて、唐竹割りの要領で振り下ろした瞬間、風を〝断ち斬った”。これには萬谷と風祭も引き攣った笑みを見せていた。

 

「摩利も腕を上げてるが、何なんだあの1年……風祭の魔法を斬ったって」

「あんな出鱈目な芸当、美嘉だけで間に合ってるっていうのに」

(やっぱお姉さんも出鱈目なんだ)

 

 雫は悠元の姉と何度か会っていて面識はあるが、彼女の魔法を見せてもらったことはない。曰く『私の魔法は見世物じゃないからね』といつも言っていたことを思い出していた。

 冷静になりつつある雫とは裏腹にほのかはパニックで若干呂律が回らなくなりつつある。ここで摩利が硬化魔法で二人のスケートボードと地面の間に硬化魔法を掛けて強制的に停止を試みる。それで一瞬体勢を崩すが、風祭は冷静に対処して一時的に浮遊させ、その魔法から逃れる。

 

「お返しだ」

 

 萬谷は自身の得意魔法である局所地形変動魔法『ミニチュア地層(フォルト)』で障害物を生み出し、摩利と悠元はそれを乗り越えようとするが、風祭がそれを見計らって縦回転の気流操作を発生させる。無論、摩利と悠元はこれを打ち消すが、距離が離される形となった。

 

「くそっ、逃げられたか」

「いえ、ここまで来た以上は行先も決まってます。渡辺委員長、スケボーをお借りしても?」

「あたしも鋼太郎から借りただけだが……何をする気だ?」

 

 摩利は大人しくスケートボードから降りて、今度は悠元がスケートボードに乗る。そして、懐から携帯端末型CADを取り出して操作する。先日見せた銃状のCADだけでなくそのタイプのCADを所持していることに摩利は驚くが、その問いかけは彼の真剣な表情と次の言葉で綺麗に吹き飛んだ。

 

「決まってますよ。こちとら姉から頼まれたんです。それに、別に名前に拘る気はないんですが、散々コケにしてくれたんです……『三矢』を名乗る者として、看過なんて出来ませんから」

 

 そう言い放った瞬間、悠元の乗るスケードボードを中心に魔法式が展開。その直後、それを起点にする形でジェットコースターのレールを想起させるような光のレールが出現し、悠元の乗るスケートボードは一気に加速した。

 

 

 摩利と悠元を引き離した萬谷と風祭は本来の目的を果たすため、建物を曲がっていく。

 すると、そこにはスケートボードを持つ数人の女子生徒たちがいて、彼女ら―――特に部長である五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)は四人の突然の来訪に驚いていた。

 

「萬谷先輩!? それに風祭先輩まで! どうしてここに!?」

「スマンが話は後でな。ま、コイツらを頼む」

「新入生よ、可愛がってあげて」

 

 躊躇いもなく放り投げられる雫とほのかを見た亜実は事実の整理が追い付かないながらも魔法を発動させて、二人が地面に激突しないように空気のクッションを発生させた。無論乗り続けさせるわけにもいかないので、支える形で二人を立たせた。

 それを見た萬谷と風祭は軽く挨拶して、摩利達に追いかけられないよう急いでこの場所を去るために高速で走り出したその瞬間だった。二人の頭上を追い越す様な形で展開する光のレールに一同が驚く。

 何よりも、そのレールを見たことがある先輩方―――とりわけ、萬谷と風祭が驚愕に包まれる。

 

「この魔法は!?」

「嘘、だってあの魔法は美嘉にしかできない筈……っ!?」

 

 萬谷と風祭が次の言葉を発しようとしたその瞬間、光のレールの上を何かが高速で二人の頭上を通過していった。

 その刹那、萬谷と風祭に対して強烈な後方回転がかかり、一回転したぐらいで地面にゆっくりと降下する。これが魔法だということはすぐに分かった。気が付けば展開していたはずの光のレールもきれいに消え去っていた。

 

 そして、二人の乗っていたボードはどこに行ったのかというと、萬谷と風祭の少し前方で停止したスケートボードに乗る男子生徒―――悠元の両手に握られていた。

 悠元は乗っていたスケートボードから降りると、ゆっくりと近付いた上で目が笑っていない笑顔を二人に向けた。

 

「生徒会会計1年、三矢悠元といいます。名字で気付いたかもしれませんが、先代会長である三矢美嘉の弟です。下手な抵抗はやめて神妙にお願いしますね、萬谷先輩に風祭先輩?」

「……わかった、抵抗はしない。美嘉の肉体言語(サブミッション)の餌食になりたくないからな」

「降参よ。美嘉に今年高校生となった弟がいるって聞いてたけど、ホント揃いも揃って、ね……」

 

 これ以上抵抗したら、次は意識をブラックアウトさせるまで縦回転させる―――その辺の意味を込めつつ言い放った悠元の言葉に、二人は抵抗できないと判断して大人しくなった。

 

 その後、摩利と応援に来た風紀委員に引き渡した悠元はようやく一息ついた……と思いきや、バイアスロン部の面々から興味津々の目で見られていた。それにプラスして雫とほのかも悠元に対して『話が聞きたい』と言わんばかりのオーラを向けていた。

 

「……解った。話ぐらいならいいけど」

「やった。約束だからね?」

 

 結局、雫の懇願に根負けする形で悠元はバイアスロン部の説明を雫やほのかと一緒に聞くことになったのだった。

 誰か、女性の上目遣いに勝てる方法を教えてください。

 

 なお、二人の先輩については『私はお前らのノート係(ほごしゃ)じゃないって理解しなさいよ!!』という美嘉の叫びとともに放たれた関節技の餌食になったことは……その三人だけの秘密となったのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。