魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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新春の茶番劇

―――国際魔法協会アジア支部主催の少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会において四葉真夜が誘拐され、七草弘一が負傷した事件。

 

―――当時中国大陸の南半分を占め、現代魔法において大亜連合より優位に立っていた大漢(ダーハン)の崑崙方院における真夜の“人体実験”。

 

 それによって深い傷を負った真夜、真夜を救うために心を殺した深夜、そして娘の未来を奪われたことに対する怒りを原動力として起こった大漢政府と崑崙方院への復讐。後に“四葉の復讐劇”として『触れてはならぬ者(アンタッチャブル)』の異名と共に語り継がれる一連の事件。

 

 物語上では真夜と深夜の復讐のきっかけ―――達也と深雪の存在が生まれることになる原点として語られているだけだし、四葉家の人間でもない限りは深く知ろうと思わなかった。

 奇しくも自分の母方の祖父はその復讐劇に元造の親友として関わり、復讐劇に関与した31人の戦闘魔法師の中で唯一の生存者。とはいえ、あまり詳しく聞こうとは考えていなかった。人間誰にだって語りたくないことの一つや二つはあるものだ。

 

 自分がそのことを知ろうと思った切っ掛けは4年前―――沖縄防衛戦の後、剛三に頼まれて倉庫の掃除をしていた際、箱の隙間から手紙が出てきた。そこに記載されていた名は“四葉元造”となっており、直ぐに剛三へ見せたところ、復讐劇に付き合うということで倉庫に立ち寄った際に元造も倉庫の中に入っており、恐らくその時に忍ばせたのだと思われる。

 

 手紙の中に入っていた便箋には一言、「お前に頼むのは酷なことだが、真夜と深夜の未来を見届けてくれ」と書かれていた。この時点で元造は死を覚悟して挑むつもりであったらしく、剛三は珍しく泣いていた。

 「あの頑固者の馬鹿野郎め……」という言葉からして、剛三は元造に生きていて欲しいと思ったからこそ、復讐劇に参加して元造の未来を変えようとしたのかもしれない。

 

 弘一を負傷させ、真夜を誘拐した連中は間違いなく大漢政府の息が掛かった人間―――崑崙方院だけでなく大漢政府まで標的にしたのは、真夜の誘拐犯が大漢軍の兵士だと知ったからだろう。

 西暦2062年は世界群発戦争が終結していない時期であり、そんな時に大亜連合と大漢からみれば距離的に程近い台北(タイペイ)で交流会を開催した。当時、大漢はこの国と対大亜連合の軍事的な協力関係を結んでいたから、この交流会自体も実現できた可能性が高い。

 仮に真夜を誘拐しても国家として大漢への報復はされず、適当に隠して誤魔化せばどうにかなると思ったのかもしれない。それだけこの国は“甘く見られている”……それは過去2000年に渡るこの国と大陸の関わりの時点で分かり切っていることだが。

 

 四葉の復讐劇は完全な私情による殺人行為として十分国際問題に発展する事件だが、当時の四葉一族の参謀として葉山忠教―――『元老院』のエージェントが付けられていた。

 つまるところ、『元老院』は四葉家が大漢政府と崑崙方院を滅ぼせば東アジア一帯における世界群発戦争が終結すると睨み、最終的にはこの国への被害が減ると算段を付け、補佐として葉山を送り込んだ。

 

 これだけ見れば『元老院』は国の利益に与した行いをしたと判断できるわけだが、同時に疑問も浮上する。

 当時の年齢を考えるのならば、東道青波はまだ30歳前後。そうなると当時の四大老は青波の父親(以後は東道氏と呼称)が務めていたと考えられる。仮に四葉の復讐劇を東道氏が後押ししていたとして、部下である四葉の戦力を大きく削ってでも得られる利を東道氏は得られると確信していたからこそ、復讐劇の後押しをしていたという矛盾の疑問。

 

 そして、剛三の父親である政綱も当時は存命で、四大老の一角を担っていたと聞いている。千姫は既に四大老としてその席に座っていたらしい。上泉家と神楽坂家は四葉の勢力衰退を懸念して復讐劇に反対だったが、剛三が参加することで已む無く賛成したそうだ。

 

 この辺の事情を聞いて自分が疑ったのは、『元老院』の構成メンバーが真夜の誘拐に関与していた可能性であった。

 弘一と真夜が婚約したことを快く思わなかった人間がいるのでは、と思って調べたところ、少なくとも当時の四葉家と七草家の中は割と歓迎する傾向にあった。でなければ婚約を結ぶということにもならないわけだが。軍関係や政府関係も調べてみたが、特に恨みを買っているような節は見られなかった。

 

 こうなると、最も怪しくなるのが『元老院』であり、入念に調べ直してみた。その結果……真夜の誘拐に手を貸したのは東道氏の可能性が極めて高いという結果になった。

 

 まず、かつて四葉家が東道家の部下にあたる関係であったが、復讐劇後に関係を解消している。表向きは「第四研秘匿に伴う四葉家の保持」とされているが、それならば関係の解消をせずに前線へ出さないような依頼をすればいいだけだ。

 なのに、スポンサーとしての体と依頼の主従関係を残して部下としての関係から切り離したのは、恐らくその事実を知られて復讐されるのが怖いと判断したからだろう。

 

 四葉家を部下として扱う関係を解消したのは、“部下殺し”を悟られたくなかった可能性もある。

 原作における青波は魔法師を兵器として見る節があり、恐らく父親である東道氏もその傾向が強かっただろう。その彼らからすれば、四葉元造の精神干渉系魔法『死神の刃(グリム・リーパー)』は最大の戦力であり、同時に最大の脅威でもあった。

 東道氏は元造を恐れ、四葉から何としても彼を切り離すか殺すための策として真夜の誘拐を大漢と崑崙方院にさせることで、自分への矛先を向けることを回避すると共に、合理的に四葉家の戦力を削ることで制御しやすくしようと目論んだのかもしれない。剛三の参戦というイレギュラーは生じたものの、結果的に四葉の戦力を削ることに成功したわけだ。

 

 『元老院』はこの国において政財界に多大な影響力を有する。その気になれば国外の伝手もあるだろうし、大漢宥和派の軍人や国会議員を使って弘一と真夜を交流会に参加させる手筈も整えられる。

 魔法師の人体実験ならば弘一も連れ去られる可能性が高かったが、彼は負傷こそ負ったが誘拐はされなかった。この時点で弘一に対して何らかの便宜が働いていた可能性がある。結果として婚約は解消され、後の七草家と四葉家の因縁に繋がる。

 

 いくらその当時から四葉の諜報技術が優れていたとはいえ、少なくとも2日で崑崙方院に囚われていることの情報と救出に成功するまでに費やす準備と時間を考えた場合、誰かが黒羽(くろば)重蔵(じゅうぞう)に情報を提供しなければかなり難しいことが窺える。しかも、国内ならばまだしも国外となれば『元老院』クラスでなければ早急に手はずを整えられない。

 

 真夜の誘拐によって四葉家を煽り、大漢政府と崑崙方院に敵意を向けさせることで四葉元造の抹殺と一族の戦力を削って四葉家の力を抑える。大漢を著しく衰退させることで大亜連合の勝利を呼び込み、東アジア地域における世界群発戦争を終結させてこの国の安泰を図る。

 四葉の復讐劇は、この国の権力を握る一人の男が呪殺によって自らの地位を脅かされる恐怖が引き起こした事件。この事実に辿り着こうとした人間を東道氏は水面下で殺し、懸念材料であった剛三は親友を失ったショックで引き籠り、東道氏は勝ちを確信した。

 

 だが、東道氏は最大の誤算を犯した。剛三の代わりに上泉家当主代行をしていた剛三の息子(剛三と奏姫(かなめ)の子で詩歩の兄にあたり、生きていれば間違いなく上泉家当主を継承していた)が東道氏の四葉に対する行いを見て真実を知ったため、表向きは“大漢の残党による殺害”に見せかけて殺したことが千姫に露見した。

 千姫は躊躇うことなく“四葉殺し”の件も含めて剛三に伝え、二人は「この国の利にそぐわぬ行い」と見做して東道氏を殺した。それが、今から35年前の話になる。

 

 青波が東道家当主と四大老の座を継ぎ、その箔付けとして剛三の娘の一人を娶ることになった際、青波が剛三と相当揉めたのは東道氏による“四葉殺し”と“剛三の息子の殺害”が大きな原因だった。千姫と奏姫が仲介役となることで何とか問題は収まったが、それでも剛三からすれば父親譲りの青波の魔法師に対する態度が気に食わなかった。

 剛三とて東道氏の罪が息子の青波に及ばないことぐらい理解している。だからこそ、渋々娘との結婚を認めた。だが、今度同じような真似をするようならば……剛三はこう述べた。

 

「よいか、東道青波。娘を、その子らも幸せにせぬと儂自ら殺す。主の父が恐怖した四葉に対しても同じこと。わし等上泉の人間は元を正せば剣豪上泉信綱を祖とする武家の出。謂れなき侮蔑でわし等やわしの大切な存在、家族を貶めた時は……上泉家が東道家の“全て”を滅ぼし、歴史からその名が完全に消えると思え」

 

 魔法師としての力は衰えても、武人としての剛三は既に達人の域へ踏み込んでいる御仁。その気になれば青波の首と胴体が瞬時に飛んでいくような鋭い殺気を剛三は青波に向けて発していた。青波も剛三の本気の殺気を感じ、黙って頭を下げる他なかった。

 青波は四葉家に対する関係を深めようとせず、出来る限り協力の姿勢を見せている節は原作でもそれなりに見られた。青波本人からは聞いていないが、青波は恐らく父親の“四葉殺し”を何らかの切っ掛けで知り、その贖罪として達也や八雲に協力しているのかもしれない。

 

 それから35年。東道家は佐那が生まれ、青波は上泉家に隔意がない事を示すため、還暦を期に出家して青波(せいは)入道(にゅうどう)を名乗った。それでも青波は東道家当主としての役割は果たしている。そして、四葉家への配慮を示すため、達也と仲が良い古式魔法師として幹比古の存在が浮かび上がり、彼を養子に迎えることとした。

 

 自身の推測も含めての流れを千姫と剛三に確認したところ、二人は揃ってその事実を肯定した。これまで四葉家に伝わってこなかったこと自体が奇跡としか言いようがなく、今青波に退場されても困るので、最悪樫和に全ての罪を被ってもらうことも視野に入れるつもりだ。何せ、当時東道氏主導による四葉の復讐劇には樫和も関わってしまっているのだから。

 

 犯した罪は消えることなどない。逃げることなど以ての外。だが、その罪を一つの存在に押し付けて逃げようとする輩がいるのも……人間の生存本能による業なのかもしれない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 真夜が述べた衝撃の事実に、慶春会の参加者の殆どだけでなく葉山と紅林を除く使用人も混乱の様相を見せていた。真夜としては真実を端的に分かりやすく説明しただけなのにだ。すると、ここで質問を投げかけたのは分家の中で中立をいち早く宣言していた津久葉家当主、津久葉冬歌(とうか)であった。

 

「御当主様、ご質問しても宜しいでしょうか?」

「冬歌さん。ええ、構いません」

「御当主様が達也さんを当主に指名なさった事情はご理解しました。では、何故慶春会まで分家当主である我々にも隠し続けた理由をお聞かせ願いたいのです」

 

 冬歌の言い分は確かに道理である。少なくとも、四葉の分家当主らに「達也が次期当主候補足り得る」という情報だけでも判断材料の一つとなり、今のような混乱は避けられたのかもしれない。会場が静まり返ったところで真夜は冬歌の問いに答え始める。

 

「それは至って簡単な事です。達也が次期当主に足り得る力を持っているかどうかも分からないのに、殆どの分家の皆様は私から生まれたばかりの達也を取り上げようとしたんですもの。先代当主の英作叔父様も達也の能力を解析なさった際、貴方方分家の荒れ様に一番心を痛めていたのです」

 

 真夜と深夜の心情すら推し量らず、それを救うこともせずに生まれ出てしまった達也の存在。それを一番心苦しく思ったのは当時の四葉家当主であった英作であった。彼の遺書にはその当時の苦悩が記されており、兄の代わりに父親としての面倒を見ることも、自分の子である椎葉家ですら達也のことを快く思わなかったことも、彼にとっては心残りであると記されていた。

 

 背負ってしまった以上は、四葉の力として育てる。このまま『アンタッチャブル』の名に甘え続けるのは、英作の兄である元造を筆頭に代官の復讐劇で散っていった四葉の一族にしがみ付き続ける形となってしまう。

 その状態を打開するためにも、英作は達也に一縷の望みを託した。例え彼が自分の姪たちの望む“復讐”の願いによって生まれ出た存在だとしても、四葉の一族の未来を切り開いていく旗頭になってくれることを信じた。

 

「なら、然るべき時までその力を封じ、深雪さんのガーディアンとして仕立て上げれば、誰も好き好んで達也を害しようなどとは考えないでしょうから。そんなことをすれば、深雪さんが怒りますし……達也の友人も怒らせることになります。そうですよね、()()()()?」

 

 真夜は“取り上げる”という言葉を使ったが、達也を殺そうとしたことは既に知っている。

 そこで、一計を案じたのは深夜であった。真夜の子という事実を隠した上で達也を深夜の子とし、深夜自身のガーディアンとして据えれば、然るべき時まで達也を害しようなどという輩は抑えられると考え、真夜もその案を呑んだ。

 深夜の案に英作も賛同した上で、達也に厳しい訓練を課した。達也はその後、深夜が産んだ深雪のガーディアンとして据えた上で深夜は四葉本家と距離を置いた。それは全て、達也を守る為に実行された。

 

 そして……達也による人の縁が繋がった。達也の力を封じた千姫の養子が深雪と恋仲となり、達也とは親友の関係を築いている。さらに、真夜と深夜の心を救った少年。真夜は、その名を口にする。

 真夜の言葉を聞いた瞬間、悠元は気配偽装を解除して気配の抑制をほぼ切った状態で姿を見せた。悠元は徐に立ち上がり、自然と開かれた“道”を通って真夜の眼前に胡坐をかいて座った。その様子を誰しもがただ黙って見つめていた。

 

「全くでございますな四葉殿。改めて、新年おめでとうございます、四葉殿、達也殿、深雪殿。此度は新発田殿の婚姻に加え、我が親友であり、四葉殿の実子であられる達也が四葉家の次期当主に指名されたこと、今代の神楽坂としてお慶び申し上げる次第です」

「神楽坂様。ご丁寧な新年の挨拶、大変痛み入ります。ささ、こちらへ」

 

 真夜は達也に視線を送ると、意図を察した達也は横に移動した。そうして真夜と深雪の間に人一人分が座れるスペースが出来たため、悠元はそれに従って腰を下ろした。隣に愛しい人がいることに、深雪は柔らかな笑みを零していた。

 そうして、悠元は改めて慶春会の参加者に対して自己紹介をする。だが、昨日の挨拶と明確に異なるのは、立場だけでなく言葉遣いも変わっていた。

 

「護人・神楽坂家が第108代当主、神楽坂悠元と申す。此度は四葉殿の招きに与って慶春会の様子を見ていたが、私はとても残念に思う次第だ。寧ろ憤っている。何故だか分かるか、黒羽貢殿?」

「い、いえ、私には存じ上げませぬ」

「そうか……先々月に椎葉(しいば)真柴(ましば)新発田(しばた)(しずか)の当主の方々と合わせて、達也の処遇がこのまま決まることに不満を漏らしていた其方が『何も知らぬ』と?」

 

 そう呟いた悠元が殺気を込めると、会場の空気が一気に圧迫するような様相を呈していた。まるで、首元に死神の鎌が付きつけられたような冷たい感覚に、分家当主らは揃って顔がすっかり蒼褪めていた。

 

「昨年末の話になるが、達也殿と深雪嬢がここに向かう際、三度の妨害を受けている。一度目は国防陸軍・対大亜連合強硬派による強化サイキックの襲撃。二度目は宇治第二補給基地に配属されている筈の波多江大尉の部隊。そして、三度目は新発田勝成殿による待ち伏せ」

 

 深雪は達也を狙ったものと解釈しているが、達也は少なくとも自分だけ狙うにしては用意が周到過ぎると感じていた。火器類が大分抑えられていた(対魔法師用のハイパワーライフルなどといった重装備を使わなかった)のは、先日の事件で比較的お咎めが少なかったが、国防軍の装備一つでも基地の外に持ち出すとなれば許可が必要となる。その許可が出にくい装備を避けての結果だろう、と達也は推察した。

 

「まあ、三度目のものについては私自ら対処したので、そのことに目くじらは立てないと勝成殿に伝えている。よって、今更勝成殿の罪を掘り起こすことはしない。時に新発田(おさむ)殿。勝成殿の態度を見ている限りにおいて貴方が勝成殿を唆したと思われるが、異論や反論はあるか?」

「そ、それは……」

「神楽坂様、横から口を挟むことをお許しください。父は達也さんの魔法を畏れて“封印”を強く主張しました。それを見た私は説得が不可能と考え、無意味な同士討ちを避けるために父の提案を受けました。父を罰するというのなら、妨害をした私も同罪になります」

「そんな! 神楽坂様、それを言うのであれば貴方と戦った私も同じ罪を背負うべき立場です。ですが、せめて奏太だけは許してあげてください」

 

 目の前にいるのは達也と同い年の少年の筈だが、慶春会の参加者の殆どがまるで老獪な雰囲気を滲ませている悠元を見て、とても年下のような扱いなど出来ないと判断していた。

 悠元の問いかけに言い淀む(おさむ)に対し、勝成が割り込む形で説明した上で実行者として勝成は甘んじて罰を受けると発言した。それを庇い立てするように、琴鳴もその罪を背負うと発言したのだ。その代わり、奏太に対しての許しを求めた。

 

「―――勝成殿。同じことはあまり述べたくないが、私も姿を偽って接触した以上、私は貴方を許した。ならば、貴方が指示した琴鳴嬢や奏太殿も同じく許すと決めている。ましてや、勝成殿は同族による同士討ちを回避しようと為さった。琴鳴嬢と奏太殿も自らの身を顧みずに主の願いを遂げようとされた。その心情は立派である故、許すに値すると結論付けた」

「神楽坂様……」

「だが、新発田殿を含めた達也の隔離を目論んだ方々は別だ。達也を四葉から切り離せば、本家と分家の“同士討ち”―――即ち御家騒動が勃発する。仮にそんなことになれば、私は達也の親しき友人として四葉本家に味方する所存よ。尤も、神楽坂と上泉―――護人の二家を敵に回したい気概があればの話だが」

 

 悠元は先日の『伝統派』の一件で数多くの古式魔法師を味方につけているだけでなく、師族二十八家において十師族の一角を担う三矢家の出。母方は護人・上泉家であり、今代の当主は悠元の実兄。“最低でも”二つの護人の当主を敵に回すという覚悟が分家当主らにあるのか、という問いかけに対し、問われた側は何も答えることが出来ずにいた。

 

 それを見ていた達也は、深雪の周りを魅了するような力場を悠元が展開し、しかも先程悠元が述べた面々にだけ殺気を飛ばしているのがすぐに分かった。魔法でも一線級の彼が単なる殺気だけでここまで怯えさせるのは最早人の成せる業ではない、と思っていたところで真夜が悠元の方へ向いて頭を下げつつ、徐に弁明の言葉を口にする。

 

「申し訳ありません、神楽坂様。愛しい我が子である達也の身の安全を鑑み、今まで分家当主らを強く説得してこなかった私に全ての落ち度がございます。このような場である故、どうか腹立ちをお収めいただけませんか?」

「……ふむ、四葉殿の仰ることも筋が通りますね。私としても新年早々に血を見る様な諍いは避けたいところ。四葉殿が謝罪為さり、今後一切の仕置きをするというのであれば、此度は四葉家の家内の問題ということで収めることは可能でしょうが」

「無論、ただで腹立ちを収めてほしいとは申しません。聞けば、神楽坂様は隣にいる深雪さんと恋仲であると聞き及んでおります。そこで、四葉家は神楽坂家への隔意無き証として、深雪さんを神楽坂様の妻として送り出したいと考えております」

 

 成程、と達也は真夜の考えた策と悠元がここにいる意味を理解した。

 先日の襲撃に関して、悠元は勝成に対しての罪は求めず、琴鳴の寿命を改善することで勝成を味方に引き込んだのだ。

 だが、悠元は勝成を許しても彼の父親は許していなかった。しかも、貢は悠元を説得すれば真夜を説得するのも容易いと踏んだが、悠元からすれば友人や婚約者を売るに等しい行為を許容など出来るはずがない。

 そして、達也の四葉家次期当主継承は悠元も「四葉を四葉足らしめる意味で妥当」という理由で認めていたことを昨晩の真夜との話し合いで聞かされた。それに見合う魔法力に関する封印も悠元は事前に把握していたということであり、これには達也も悠元に対して白旗を上げたくなったほどだ。

 

「おや、確か深雪嬢は四葉の次期当主候補の筆頭と目される実力者、と聞いておりますが」

「深雪さんは達也の本来の魔法力を肌で感じ、自ら次期当主候補の地位を返上して達也を推薦なさったのです。その際に聞いたところ、愛する人と添い遂げたい意思を感じました。四葉の当主だけでなく女性としても、深雪さんには私の分まで幸せになって頂きたいのです。神楽坂様、我が姪の幸せを叶えるためにも、どうかこれで腹立ちをお収めください」

 

 真夜は、深雪の身内としてではなく“四葉家”として神楽坂家に隔意無き証を立てるため、既に婚約序列第一位に据えられている次期当主筆頭候補だった深雪を悠元の妻として送り出すことを宣言した。

 慶春会の場で悠元の婚約者として真夜が推薦することで、分家当主らに「分家当主(あなたがた)が悠元を怒らせたせいで深雪を神楽坂家に送らざるを得なくなった」という“罪”と“責任”を背負わせることにしたのだ。

 

 いくら達也の罪から逃れようとする彼らでも、深雪が責任を取ることとなった罪を達也に押し付けることは許されない。これは紛れもない四葉家の責任であり、分家当主らも等しく負うべき罪なのだから。

 

「……まあ、対大亜連合強硬派ならびに宥和派の勢力を削ぐことが出来たのは偏に達也の功績ですし、四葉殿の誠意と達也の活躍に免じ、此度は深雪嬢を娶らせていただくことで腹立ちを収めましょう……深雪さん、勝手に話を進めてしまったようで申し訳ないが、異存はありませんか?」

「はい。此度は分家当主の方々がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません。至らぬ部分が多い未熟者でございますが、どうぞ末永くお傍においてくださいますよう、お願いいたします」

「こちらこそ、未だ至らぬところもありますが、宜しくお願いいたします」

 

 事情を知る人間からすれば、これは最早“茶番”でしかない。だが、真夜の口から明確に深雪の婚約を認める文言が出た以上、深雪は内心嬉しさでいっぱいだった。悠元の言葉に対して謝罪を口にしつつ、深雪は悠元のほうへ座り直した上で深々と頭を下げた。それを見た悠元も、深雪のほうへ座り直した上で頭を下げた。

 

「あらあら、新年とはいえまだ冬ですのに、ここだけ春満開ですわね」

「母上……戯れも程々になさってください」

 

 二人の雰囲気にあてられたのか、にこやかに話す真夜に対して達也は内心で溜息の一つでも出そうな感じを抑えつつ真夜を嗜めたのだった。

 




 前半部分に関してですが、これについて補足説明をば。原作ネタバレ注意。

 こういう背後関係にしたのはいくつか理由があり、まずは東道青波の達也に対する態度。八雲に依頼したり、達也のESCAPE計画を容認したり(その引き換えとして達也に抑止力の役目を要請した)と、殆どの部分で達也の味方となるよう動いています。
 かつて部下だった関係を解消した大きな要因として考えられるのは、四葉一族の力が大きく削がれた復讐劇関連に原因があると思っています(第四研の管理を考えると四葉家以外に頼める人間がいないため、その秘匿の為に関係を切った線もあります)。それでも、繋がりが完全に抜け切れていないと思しき部分があり、四葉の家系図では東道家と同じ“東”の名字を持つ人間が4人出てきています。

東雲(しののめ)真彩(まあや)(四葉の素体世代となる女性)
東山(ひがしやま)元英(もとひで)(四葉元造の父、今作では千姫の叔父という設定)
安東(あんどう)青司(せいじ)(津久葉冬歌の夫、夕歌の父親)
東雲(しののめ)亜弥(あや)(黒羽貢の妻、文弥と亜夜子の母親)

 これが四葉家と東道家の繋がりに起因している可能性は高いと考えています。名字に方角が付いている人間が割と重要なカギを握っていたり、国に貢献しているパターンが多い気がします。

 レオ(名字は西城)は祖父の存在もそうですが、祖父の条件をあっさりと飲んで組を解体した曽祖父の存在も気になってます。もしかすると、過去に『元老院』のメンバー(あるいはメンバーの部下)だった可能性もあるかもしれません。

 当時の台湾がどういう扱いなのかは不明(特に支配されていた表記が無いため、既に独立国になっていた可能性大)ですが、漫画で描かれているようなガチガチの装備で、しかも他の参加者がいる中で真夜だけピンポイントで誘拐したのは腑に落ちませんでした。
 弘一の目を負傷させておいて連れ去らないのはおかしく、エグイことをするのなら弘一に絶望を与える人体実験をしてもおかしくないと思うのですが、それすらもなく放置した。ただ、四葉家と七草家が仲良くするのを許せない人間の可能性となると、小説の描写を見る限りにおいていないのも事実(七草家自体も『元老院』のメンバーと繋がりを有している可能性はありますが)。

 では、真夜に酷い仕打ちをして最も怒る人間となれば、元造と深夜の二人。そして、元造の魔法『死神の刃(グリム・リーパー)』は相手との相互認識という前提こそあるものの、認識すれば相手を殺せる問答無用の必殺魔法。
 それを一番恐れたのは一体誰なのかと考えた時、当時彼らの上司であった東道家の人間が考えられました。ただ、この時の青波は30歳前後。その早さで四大老になっていたとは考えづらく、彼の親が四大老の椅子に座っていたと考えられます。
 あくまでも原作を尤もらしく解釈しただけなのでオリジナル設定同然の代物です。ただ、青波の父親が合理的に四葉元造を殺したのだとすれば、青波の態度も青波との接点を薄れさせようとしている四葉家側の事情も納得できるような気がしたからです。
 あくまでも主観に基づく推測なので、異論は認めます。

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