魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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トリリオン・ドライブ

 真夜が悠元の嫁に深雪を送り出す―――事実上の婚約容認に対し、参加者や使用人はまたもや動揺を隠せなかった。だが、それを一瞬にして静寂に変えたのは、悠元から放たれた気配によるものだった。

 悠元は全てを圧倒するだけの力を持ち得ていて、彼はそれを無闇に振りかざしたりしない。彼が刃を揮うのは、明確に害を為すと判断した時のみ。しかも、その前段階としてあらゆる方面からの攻撃で敵を追い込む。魔法で殺さずに金などの実体的な力で殺すことを平然とやってのけるだけの精神力には、さしもの達也ですら感心を覚えるほどだった。

 すると、モーニングコートを着た葉山が四人の前で平伏した。このタイミングで挨拶をしに来た意図を察しつつ、葉山の挨拶を受けることとなった。

 

「達也様、深雪様。達也様の次期当主指名と深雪様のご婚約、真におめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。ですが、顔を上げてください」

 

 真夜は深雪を悠元の妻として送り出す、と述べたことを踏まえて葉山は明確に“婚約”という言葉を述べた。これは主の意思を明確に示すと共に、使用人のトップであるからこそ、主に仕える意思を他の使用人に知らしめる意味合いも含まれていた。

 深雪は丁寧に返しただけだが、達也は大袈裟な作法にどことなく居心地の悪さを感じていた。葉山は元から達也に対して真摯に接してきたが、ここまでされるのは達也としても今までに味わったことが無いため、困惑に近いものを覚えたのだろう。

 

「自分は本家の仕事や仕来りをまるで知りません。なので、葉山さんにはいろいろと教えていただきたいのです」

「光栄に御座います。ご不明なことは、この老骨に何なりとお尋ねください。そして、神楽坂様。この度の当主襲名とご婚約、神楽坂家で忠成が世話になっていることも含め、感謝とお慶び申し上げます」

「これは葉山さん。ご丁寧な挨拶、大変痛み入ります」

 

 葉山からすれば、実の息子が神楽坂家の筆頭執事として務めている(悠元も忠成を認めており、筆頭執事の続投が決定している)ことも踏まえての挨拶に、悠元は丁重な言葉で応対した。真夜に一番近い使用人だからこそ悠元と深雪の関係も知っているため、特に異論などはみられなかった。

 だが、これだけのために挨拶に来たのではないだろうと思い、葉山に問いかける。

 

「それで葉山さん。恐らく達也殿にご用件がおありなのでしょう?」

「中々のご賢察、痛み入ります。達也様、以前魔法協会でお会いした際の約束を覚えておいででしょうか?」

「約束……ええ、覚えております。ですが……」

 

 葉山の問いかけで何を言いたいのか察したが、達也はその魔法を使う上で最も大事な装備を受け取っていない。達也から視線を向けられた悠元は当然その意図を理解しつつ、徐に口を開いた。

 

「分かっておりますよ、達也殿……奇しくも、四葉家は新年に3つの慶事となりましたが、未だ次期当主に指名された達也殿の御指名に納得されていない方がいらっしゃるご様子。なれば、その力をお見せするのがよろしいでしょう」

 

 そう呟いた悠元は懐から白いハンカチを取り出し、それを眼前にいる参加者と視線を一瞬遮るように振るうと、悠元の前には一つのジュラルミン製のケースが姿を見せた。その術が周公瑾が主に用いていたものと『鏡の扉(ミラーゲート)』の複合術式だとすぐに分かったのは達也だけであった。

 そして、悠元はハンカチを仕舞った上で達也にそのケースを差し出した。

 

「達也殿の四葉家次期当主の就任祝いとして、知己の魔工技師に作製していただいたCAD用アタッチメントです。遠慮せず受け取ってください。折角ですから、新魔法のデモンストレーションで実際に試してみてください」

「では……ありがたく受け取らせていただきます」

 

 達也がケースの中身を空けると、そこには『トライデント』に装着することを想定したアタッチメント―――リーナの『ブリオネイク』に対抗して作った魔法ということで、『ブリューナク』の名が刻まれている。形状は原作の杭型ではなく砲身を延長するような形状となっており、俗に言うサイレンサーのような位置付けになっている。

 

 達也の初期案は炭素鋼の杭を取り付けるだけのものだったが、悠元は達也に掛けられている封印を解除した状態での魔法力を勘案して設計した結果、炭素鋼の杭を変換するプロセスをより簡略化する方法を考え出した。

 それは、空気中に含まれる窒素から中性子を取り出す方法だ。炭素と窒素の原子番号は一つしか変わらず、原子自体の安定性はさほど変わらない。加えて、空気中のみならず有機物にも含まれているので取り出しはそう難しくない。

 アタッチメントの上下には窒素を急速圧縮するための通気口が空けられており、急速圧縮のための機構は『術式解体(グラム・デモリッション)』におけるサイオンの圧縮プロセスを応用した。元々『術式解体』を使いこなしている達也からすればそう難しくないと判断し、ハードウェアの機能に組み込んだ。

 そして、『バリオン・ランス』と名付けていた魔法だが、このアタッチメントを完成させた折に達也からこの魔法に名を付けてほしいと頼まれた。曰く「俺だと安直な名前になるから」とのことで、已む無く名前を考えることになった。

 

 達也の特異魔法である『分解』と『再成』だからこそ可能とする、FAE(フリー・アフター・エグゼキューション)理論を用いた中性子砲撃魔法。あらゆる物体を瞬時に炭化させうる魔法。『バリオン・ランス』改め“トリプル・バリオン・キャスト・ドライブ”―――『トリリオン・ドライブ』と名付けた。

 バリオン粒子を使った攻撃であることを隠す意味合いもあるが、この魔法は悠元が研究を進めているFAE理論の最新版を用いているため、炭素鋼という固形物に頼る必要もなくなったことから名称に『ランス』を含めなかった。悠元のFAE理論を『ブリオネイク』に応用した場合、サイズが大分圧縮できることも分かっているため、この魔法は達也以外に使わせないようにする気でいる。

 理由は至って単純で、USNAの魔法技術の発展に寄与するつもりが無いからだ。すると、悠元の言葉に気になるフレーズがあったのか、葉山は悠元に問いかけた。

 

「神楽坂様。今、新魔法と仰いましたか?」

「ええ。私も少しばかり知恵をお貸ししましたが、達也殿は新たな魔法を開発しまして。葉山さんは達也にその辺りの約束をされたとお聞きしていた次第です」

「新しい魔法!? 見せて頂戴!」

「お兄様、私も見てみたいです」

 

 達也の新魔法ということで、真夜に続いて深雪まで興味津々と言った感じで詰め寄るような様子を見せたことに、流石の達也もたじろぐような素振りを見せた。だが、四葉の当主たる力を見せる必要があるという悠元の意図は理解していたし、納得していた。

 それは、昨年正月に参加した神楽坂家の慶賀会で悠元が行った魔法デモンストレーションを見ていたことから、今度は自分の番なのだと心の中で納得させた上で立ち上がった。

 

「それでは準備いたしますので、少々席を外します」

 

 達也は会場に面した庭にCADのケースを持って現れた。達也の向かい側に猪が入った檻が置かれる。

 原作ならば達也が説明をするところだが、達也は昨年の悠元に倣う形で説明はしなかった。その代わりに悠元が会場に向けて簡潔に説明をする。

 

「これから達也殿が使う魔法―――『トリリオン・ドライブ』は生物を対象とした致死性の魔法となります。無用な殺傷を好まない方がいれば、直ちに別室へ移動されたほうが宜しいでしょう」

 

 悠元が説明したことは達也も耳にしており、これではまた悠元に“借り”ができたようなものだ。悠元自身は親友である達也に貸し借りの勘定など考えていないが、達也からすれば深雪のことも含めて悠元に礼を感じており、リーナやほのか、亜夜子に対する態度の変化は彼の存在無しでは考えられないことだ、と内心でそう感じていた。

 そして、彼はシルバーホーン・フルカスタマイズ『トライデント』を構えた。銃口には先程悠元から受け取ったアタッチメントが取り付けられており、外見上は『トライデント』の砲身がそのまま延長されたように見える。

 照準を猪に構えて、引き金を引く。

 魔法のプロセスが一斉に、一瞬にして走る。

 

【マテリアル・ナイトロジェン圧縮】

【マテリアル・バリオン分解】

 

 通気口から空気が吸引され、空気中に含まれる窒素の原子核を分解する。窒素分子から原子に、原子から電子を分離し原子核を取り出し、更に原子核から陽子と中性子、バリオンを取り出す。

 

【FAEファーストプロセス実行・粒子収束】

 

 物理法則の束縛が緩い粒子群を円盤状に集め、分解の定義対象に含まれないレプトン・電子が陽子に捕獲される。

 

【FAEセカンドプロセス実行・射出】

 

 悠元のFAE理論―――事象改変に伴う現象変化をそのまま用いる魔法プロセスを使用した場合、特定の条件下で更に物理法則の束縛が緩む事象―――によって射出される円盤状のバリオンが、標的に向かって撃ち出される。その魔法力の限界を超えたバリオンの塊のスピードは秒速5万キロメートルに達する。

 

【マテリアル・再成】

 

 全てのプロセスが逆転するが、アタッチメント横の部分が展開して強制排気される。排気方向は達也への被害が及ばないよう、術者に対して外側へ排気されるようになっている。

 

「えっ?」

「何だ?」

「何が起こった?」

 

 達也の魔法を見ていた観客からそんな声が湧き上がったのは、猪が音を立て倒れた直後だった。

 生憎と、達也にはこの魔法の種明かしをする気もないだろう。昨年の自分の場合は、元々天神魔法の技巧である『天刃霊装』と『天神喚起』を使ったからこそだし、その存在を知る面々が察して何も言わなかったことが大きい。

 だが、慶春会の参加者はそこまで頭がいい人間ばかりでなかった。その現象を不思議に思った勝成が達也の『トリリオン・ドライブ』について尋ねたのだ。それを横目で見やりつつ、庭に降りて猪の入った檻に近付く。

 

「デモンストレーションのためとはいえ勿体無い……」

 

 そう呟いて、悠元は『天陽照覧』で猪を生存状態に戻し、『夢世界(ドリームワールド)』でそのまま強制的に寝かせた。何事も無かったかのように会場へ戻ったところで深雪が問いかけてきた。

 

「悠元さん、何故お兄様が殺したあの猪を生き返らせたのですか?」

「……単純に勿体ないと思ったからだが、おかしかったか?」

「ふふっ、いいえ。そんな風にやさしいから、私も含めて惹かれるのですよ」

 

 食材としての猪の利用を考えての事だったが、その辺も察しつつ深雪は笑みを零した。すると、真夜が達也の『トリリオン・ドライブ』について尋ねてきた。

 

「悠君、先程の魔法は中性子線を射出する魔法ですね?」

「ええ。達也の特異魔法に加えて、達也の封印されていた魔法演算領域が解放されたことで可能とした致死性の攻撃魔法です。分解、射出、再成のプロセスによって放射性物質は一切残らず、攻撃した事実だけが残る……ある意味究極の魔法でしょう」

「ふふ、流石達也ですね。勿論、悠君の働きもあるのでしょう」

 

 視線を達也の方へ向けると、勝成は満足したようで達也のもとを離れていく様子が見られた。この世界では悠元と対峙したため、達也に対して「その魔法を妨害されなかった時に使わなかったのはなぜか」とは聞かれなかった。

 『中性子(ニュートロン)バリア』に関する部分が聞かれなかったのは僥倖だが、『トリリオン・ドライブ』は『バリオン・ランス』に備わらなかった性質が追加されている。この性質がかなり凶悪で、原作通りに克人と戦った場合……下手すると克人の腕が吹き飛ぶだけで済む問題で無くなる。まあ、戦わずに済めばそのことを述べる必要もなくなるので、今は伏せておくこととする。

 そして、機を見計らったように真夜が宣言するような口調で声を発する。

 

「御見事です、達也。正しく四葉の次期当主に足る力と私は認めます」

 

 新魔法のお披露目も無事に終わり、慶春会はこれ以上のトラブルもアクシデントもなく終了した。ただ、四葉家次期当主ならびに四葉家現当主・四葉真夜の息子となった達也に早速仕事が待っていた。

 それは、達也の封印を施した神楽坂家先代当主への報告も含めた護人・神楽坂家への新年の挨拶。そのために達也が箱根の神楽坂本邸へ出向くことであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 護人の二家の当主は当主指名による襲名制だが、権威と権力を保持している関係で代替わりの度に皇居を訪れ、今上天皇による権威と権力の附託と承認を受けて初めて護人の当主として認められる。

 これは『元老院』の中でも神楽坂家と上泉家だけが行っていることであり、皇族への忠誠を誓うとともにこの国に住まう民を護る役目を背負う誓いを立てるもの。故に、代々の上泉家と神楽坂家の当主は四大老の中でも別格とされている。

 悠元が昨年のクリスマスイブに皇居を訪れたのは、晩餐会への出席だけではなく神楽坂家当主の権威と権力の附託と承認を受けるためであった。正式な襲名は元旦を以てするとしたが、その日まで今上陛下を働かせるべきではないと考え、宮内庁と相談した上で晩餐会のある日に決めたのだ。

 

 なお、東道家も次代を継ぐことになる幹比古から今上天皇の附託と承認を受ける形で話を詰めており、これで四大老の中で附託と承認を受けないのは樫和家だけとなる。そのことを知らせていないのは、青波曰く「自らの権威と権力を王のように振舞い、陛下を蔑ろにしていると気付かぬのなら、そこまでの男だったというだけだ」とのことらしい。樫和の父は“四葉殺し”の一件で青波の父に四葉の力を削ぐよう迫ったらしく、その“報復”ということなのだろう。まさに因果応報であるため、自分も聞かなかったことにした。

 

 今の天皇に権力は存在しない。だが、この世界において長きに渡り権威を保ち続けた象徴を蔑ろにするのは不敬に値する。そのことをこの国の民が理解できているのかと言えば疑問を投げかけることになるが。

 

 閑話休題。

 

 悠元は達也に同行する形で四葉本家から箱根にある神楽坂本邸に向かう。悠元と達也の他には深雪と水波、夕歌が同行することとなった。荷物は無論すべて持ってきており、服装は慶春会での恰好のままで来ているが、水波だけは真夜の指示で着替えさせられて振袖姿になっている。いきなりのことに水波も驚きを隠せなかったが、真夜から何かを言われたようで、悠元のほうを見る度に頬を紅く染めていた。

 

「正月早々に大変だな、達也」

「悠元ほどじゃないがな。確か、エリカたちも神楽坂の本邸に来ているのだろう?」

「ああ。まあ、エリカは家にいると色々言われる立場だからな」

 

 神楽坂の本邸には、昨年のメンバーに加えて愛梨と栞、セリアと佐那も来ているらしく、他の面々と交流を深めているらしい。それと、婚約者となった茉莉花とアリサも来ていて、将来入ることになる魔法科高校の面々と仲良くなっているそうだ。

 幹比古と美月、佐那は言うまでもない事なので省くが、エリカの場合は家にいると父親が変な縁談を持ち込んできそうだった為に神楽坂家からの誘いを受け、レオもエリカについて来る形になった。その原因は大方ローゼン家の絡みだが。

 

「九校戦の祝賀会の時にエリカがすっかりレオ君と仲良くなってましたが、そういうことがあったのですか」

「俺も無関係じゃなかったからな。爺さんの知り合いということでバスティアン・ローゼンの遺産を受け取る羽目になったし」

「今更だけど、悠元君の交友関係はどこまで広いの?」

 

 どこまでと言われると結構多岐に渡るし、味方と敵対の両方ともなれば周辺国にまで及ぶ。大亜連合の関係者と出会ったことは一切ないが、USNA、SSA、イギリス、フランス、ドイツ、新ソ連の国家元首と出会ったことがあるし、軍関係だと剛三の弟子の繋がりで結構な人数に上る。

 

「普通に生活していて直接会えないという意味だと、ローマ法王猊下とか今上陛下かな」

「いや、何でそんなに平然としてられるの?」

「そうでもしないとやってられませんから」

 

 最初の方は流石に緊張したが、次第に会う人が積み重なっていく時点で驚くのに疲れてしまった。なので、「驚く」という感情は生まれるものの、それに対するリアクションが丁重な挨拶をするという反応に置き換わっていったのであった。

 身内に人外と言うか論外の存在を知った以上、驚きを既に通り越したとも言えるが。

 




 『バリオン・ランス』だとあからさまなネーミングだったため、適当に理由を付けて名称を変えました。炭素鋼(炭素の原子番号:6)と窒素(原子番号:7)を比較し、多少の負荷が増加するだけで行けると判断した次第です。ダブルセブン編で使われた魔法ではナイトロゲンでしたが、一応調べたところナイトロジェンの発音が正しいようなので、こちらの表記で行きます。『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』は変えずにそのまま行きますのでご了承ください。

 大気操作に関しては主人公が『エアライド・バースト』を開発している関係で問題ないため、ついでにハードウェアの形状まで大幅に変えました。アタッチメントは男のロマン的な要素も含んでのものです。

 炭素鋼の杭にリボルバー機構みたいなのを取り付けて、『分解』でガス化させた圧縮弾薬の射出速度を乗せて炭素鋼を装甲内部へ撃ち込んだ瞬間にバリオン化させて射出する超長距離中性子砲みたいなのを考えたり、某ロボットアニメみたく陽電子砲の線も考えましたが、一番無難な案にしました。

 近接(特に変形とかの機構付き)武器はロマンに満ち溢れてる。異論は認める。

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