魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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婚約事情のおはなし

 箱根の神楽坂本邸に到着し、悠元と達也、深雪はそのまま大広間に通された。神楽坂家の慶賀会の準備が既に終わっているが、出迎えたのは髪を結っている振袖姿の千姫であった。曰く「単衣を着るのは慶賀会といった重要な儀式のときなので、振袖着てもいいじゃない」とのこと。

 昔は結構口煩かったそうだが、時代に合わせることも必要だと千姫が大分改革したそうだ。そんなことはさておき、悠元と達也、深雪が座ったところで挨拶をする。

 

「あけましておめでとう、悠君に達也君、それに深雪ちゃん」

「あけましておめでとうございます、母上」

 

 本来ならば当主となった悠元が千姫の隣に座るのだが、今日は慶賀会の本番ではなく私的な会談という立ち位置の為、悠元が達也らの側に座っている。千姫もそれには口煩く追及することなく悠元の挨拶を受けた上で達也と深雪を見やる。

 

「あけましておめでとうございます、先代の神楽坂殿。この度四葉家次期当主の指名を受けた四葉家現当主が長子、司波達也と申します。改めて、以後お見知りおきを願うと共に、先代殿が自分に掛けた封印を解いたことを報告すべく、こうして出向きました」

「これはご丁寧に、達也君。真夜ちゃんには別に手紙でいいと言ったのですけど、あの子は変なところで律儀だから。神楽坂の当主は既に悠君へ譲りましたので、以後は悠君を遠慮なく頼ってください」

「それは承知しておりますが……」

「だから、親友に損得勘定は要らんと言うてるだろうに」

 

 達也のある意味頑固なところは真夜や深夜にも通ずるところがあるようで、悠元が窘めるように呟くと、深雪や千姫は揃って笑みを零した。そして、千姫は深雪に視線を向けた。

 

「改めて、叔母様―――四葉真夜から神楽坂家当主の妻として嫁ぐよう言い付かりました司波達也の従妹、司波深雪と申します。至らぬ身ではありますが、どうかご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします、千姫お義母様」

「あらあら、ようやく悠君と深雪ちゃんが婚約できるのですね。悠君のお陰で沢山義理の娘が増えそうです」

「元々女系の気質が強かったのに、もっと増えていいのですか?」

「巫女さんもただで雇えないですから」

 

 悠元に重婚させるのは、箱根にある富士山麓神宮(ふじさんろくじんぐう)―――元々京都にあった神楽坂の祖先を祀る為の神社を移設し、霊山である富士山の龍脈を抑える役割も担うための護国の為の神社―――巫女の手伝いをさせるためと千姫が発言した。

 ちなみに、ここの巫女のバイトは割と給料が良く、年末と三が日だけで10万以上は出すとのこと。都心から離れていることと、休みたい時期に駆り出すという配慮のためらしいが、割と競争率が高いらしい。

 明らかに現金なことを述べる千姫に対し、悠元は呆れたような表情をしていた。それに気付いたのか、千姫は扇子を開いて口元を隠していた。正直、その言葉をどこまで本気と捉えるかは難しいところだと思うが、婚約者の中には神宮での勤務経験がある人間もいる(姫梨と沓子)ため、割と本気で言っている感が拭えないのだ。

 

「ふふ、冗談ですよ。婚約した後のことですが、悠君の司波家の居候はそのまま認めます。それで、他の婚約者に関してですが、今後のことを考えると東京の別邸では少し狭いので……町田にあるFLTの北側が丁度空いていますので、そこに建てましょう」

 

 そんな簡単に決められるのは、世界群発戦争後のドサクサに生じて“四葉殺し”の関係者を始末した際、戦争による死亡で所有者不明となった関東圏の土地をタダ同然で買い上げたからだ。

 しかも、結構一等地レベルの場所が多く、神楽坂家の別邸は皇族警備の重要拠点ということで固定資産税が実質“ゼロ”にされているほどだ。FLTの土地自体も神楽坂家が貸している形で、『トーラス・シルバー』による恩恵を割と受けている。

 千姫の構想では、東京の別邸を修司と由夢の“新居”として渡しつつ、『神将会』の拠点として活用する。そして、箱根と都心を繋ぐ形で町田に悠元の婚約者が住むための住居を建設する腹積もりでいた。

 

「あそこの土地ですか? FLT本社の北側は確か旧研究施設跡地で、住居一つ建てたとしても大分余りますが」

「なら、その隣に達也君の婚約者用の住居も建ててしまいましょう」

「……すみません、千姫さん。今の話はどういうことなのですか?」

 

 町田にあるFLT本社・研究施設は、『トーラス・シルバー』による事業拡大や将来の『ESCAPES計画』のため(表向きは魔法を用いた自然エネルギー効率化事業の為の研究施設)に移設・改築を行っており、先々月に新しい研究施設が完成して旧研究施設は魔法実験も兼ねて解体され、現在は更地になっている。住居はそこに建てるとのことだ。

 すると、千姫の発言に気になる点があり、達也が問いかけた。達也は婚約に関することの大まかなところを聞いてはいるが、婚約者が複数できることを前提としていることに疑問を呈した。

 

「あら? 真夜ちゃんは何も言っていなかった?」

「母上からは『たっくんの婚約者ですが、1人に絞らなくていい』とまでしか言われませんでした。なので、自分としては愛人などを認めるつもりなのかと思いまして」

「成程ね。悠君が複数の婚約者を娶る意味は達也君も分かるでしょ? 達也君も同じ立場だからこそ、それを求められているの。政府には既に特例として達也君の重婚を認めさせました」

「……」

 

 千姫の発言を聞いた達也は、絶句とまではいかなかったものの、呆然に近いような様子を見せていた。

 悠元だけでなく燈也までがそうなっているのに自分がそうならない、という安易な考えはしていなかった。だが、こうして目の当たりにすると、流石の達也も言葉が出なかった。

 

「それにね、真夜ちゃんから達也君の婚約者候補となりうる人たちをリストしてくれって頼まれたから、協力してるの」

「ちなみに、どういった人たちが候補に挙がっているのでしょうか?」

「まずはセリアちゃんの双子の姉であるアンジー・シリウスもといアンジェリーナ・シールズちゃん、光井ほのかちゃんもそうだし、後は黒羽家の亜夜子ちゃんがまず上位に来るね」

 

 その3名は深雪も当人たちの気持ちを知っているだけに、達也の婚約者となることは確定的だろうと考えた。リーナからキスをされて達也の思考が停止し、ほのかはピクシーを通して達也への気持ちを暴露され、亜夜子の恋心に気が付かないことで達也は深雪からの説教を受けていた。こうやって思い返すと自然と朴念仁系主人公でもやっているようなものだと思う。

 

「後は、数字落ち(エクストラ)の一花家から2人―――市原鈴音ちゃんと十七夜栞ちゃんだね。師族関係だと三矢家から佳奈ちゃんの打診を受けてるし、七草家は香澄ちゃんの婚約を打診されてて、あとは九島烈から藤林家の響子ちゃんも対象に含まれるね」

「佳奈さんが……悠元さんは御存知だったのですか?」

「話程度なら聞いてはいたよ。その時点で確定という訳じゃなかったから、話そうと思わなかっただけだ」

 

 それ以外だと、平河姉妹(小春・千秋)もそうだし、カウンセラーの小野遥も打診をする予定らしい。それと、ゴールディ家から英美も対象に含まれている様な感じが見受けられた。

 

「仮に全員と結婚すると10人を超えるか。流石だな達也」

「それ以上になりそうな悠元が言っていい台詞じゃないのだが……ところでだが、悠元。一条の奴が深雪に告白すると思うか?」

 

 近い未来のハーレム云々はさておき、達也はふと気に掛かることを悠元に尋ねた。

 将輝が深雪に対して恋心を抱いていることなど、そういう光景を何度も目にしてきたことでハッキリと分かっていた。そもそも、あれだけあからさまな態度を見れば、大抵の人は将輝の恋心に気付くだろう。

 四葉家からは、日本魔法協会を通して師族の二十七家と百家などの有力な魔法使いの家に対し、達也の次期当主指名と婚約者募集、深雪が悠元の婚約者となることを発表する方針で決まっているため、一条家が動くとするならここでしか考えられない……尤も、明らかに他の魔法使いの家から非難されかねない“横槍”の形になってしまうのは言うまでもないが。

 

「将輝が、と言うよりは将輝の父親である一条剛毅が俺と深雪の婚約に異議を申し立てる形で横槍を入れてくる可能性がある」

「どうしてですか? 悠元さんと私が婚約することは戸籍上でも遺伝上でも問題ない筈ですが」

「母上には事前に話している内容に関わるが、俺が十師族・三矢家の籍を抜けて護人・神楽坂家の養子となった際、九島烈の提起で臨時師族会議が開催されたことがある」

 

 悠元は九校戦の新人戦2種目で『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝を完膚なきまでに負かしている。その九校戦が終わった直後という時期で十師族直系としての立場を放棄し、護人の次期当主として指名を受けた。元々婚約者選定も剛三と千姫の専決事項であったため、近いうちに十師族としての立場から抜けることはある程度覚悟していた。

 だが、自分の抜きん出た力が十師族の(しがらみ)から離れたことで、十師族の存在意義が揺らぐと危惧した九島烈は急遽臨時師族会議を開催して元を問い詰めたのだ。

 その部分は烈との直接会談で問いただしたところ、実戦経験のある将輝を易々と破った実力を示した上で十師族を抜けることを認めれば、今後同じようなことが三矢以外の師族二十七家にも起こり得てしまい、師族会議の統率力のみならず意義そのものが揺らぎかねない、と烈は危惧したらしい。それだったら烈の教え子の1人である七草家当主をどうにかしろ、と思わず言いたくなったほどだ。

 

「十師族でトップクラスの発言力を得ている三矢家の三男である俺ですら、九島烈が師族会議まで巻き込んだ上でそんな大事になったんだ。十師族最強格の四葉家現当主直系である深雪が四葉家の籍を抜けて神楽坂家当主第一夫人になるとなれば、確実に問題は起きるとみている」

「『優れた魔法師の血が続けて十師族から離れれば、十師族の強さ―――“最強”の存在意義が揺らぎかねない』ということか」

「突かれるとしたらその点だろうな。それに加えて、将輝には4つ下の妹である一条茜がいるのだが、俺はその子に惚れられている。恐らく、一条剛毅は俺とその子を婚約させることも視野に入れてくるだろう」

 

 その臨時師族会議の前、新人戦モノリス・コード決勝後にも臨時師族会議が開催され、『クリムゾン・プリンス』一条将輝が表向き無名(『殲滅の奇術師(ティターニア)』という異名はあったが)の三矢悠元に2種目で敗れたことが波紋を呼んだ。その際、克人と悠元の非公式試合のことまで明かされ、十師族の当主らから要らぬ関心を買われたことがある。

 

「一条家の茜ちゃんの婚約は私も認めるつもりなのですが、一色家との折り合いもありましたので保留状態ですね」

「母上は一色家の方と親交があるのですか?」

「何を隠そう、愛梨ちゃんの母親である愛佳(まなか)ちゃんは私が仲人をしてますので」

 

 一色愛佳。名前こそ日本名に見えるが彼女はれっきとしたフランス人(帰化した際に日本名へ改名している)で、しかもフランス王族の末裔の1人らしい。

 どうやってそんな結婚が出来たのかと思うだろうが、ここには色々な事情がある。

 まず、一色家は一条家と間接的に親戚関係を結んでいるが、十師族の座を虎視眈々と狙っている。そして、愛佳の実家もといフランスは戦略級魔法の面で同じ旧EU構成国のイギリスやドイツに後塵を拝している。かつての国際連合で“五大国”とまで謳われたフランスは、近年アフリカ大陸における覇権争いに介入してきた大亜連合にまで押されてしまっていた。

 フランスが欲したのは、イギリスやドイツと異なる戦略級魔法を獲得すること。これが可能となれば、イギリスやドイツと対等に渡り合える下地が出来上がり、相互不可侵の均衡状態に持ち込めると考え、フランス政府は恥を忍んで千姫に頭を下げたのだ。そして、それを聞いた千姫は師補十八家の一つである一色家を紹介したことで、一色家に愛佳が嫁ぐこととなった。

 愛佳も祖国の願いを知っており、その意味で力を欲した結果として一色家は一男一女を儲けることができた。つまるところ、愛梨はフランス王家の血筋を引いた“王女様”みたいなものだ。

 

「……皇族の方々は何か仰っていましたか?」

「特には仰っておりませんよ。そもそも、今の神楽坂家―――亡き私の父は皇族の血縁でしたから」

「はい?」

 

 前世における唯一の男系を継承していた親王で断絶するのを危惧した神楽坂家が一計を案じ、千姫からみて従姉にあたる人物が神楽坂家から完全に縁を切る形で嫁いだ。これは、かつての明治天皇に倣う形で皇家の血を細らせないための策(皇族の存続という重大な危機への対策)により、男系天皇継承の道は途絶えずに済んだ。

 そのことが可能だったのは、神楽坂家が政争や金銭的事情などで座を追われたりした親王や内親王を密かに引き取っており、その彼らと婚姻を結ぶことで皇族の血筋と安倍氏・賀茂氏の血統を存続させ続けたからだった。

 下手すると現在の皇族よりも皇たる血が濃いが、神楽坂家は頑なに外戚などへ入ろうとしなかった。下手に目立てば今までの行いが知られ、国を分かつ事態になると誰よりも理解していたからこそ、皇族の陰となりてその血筋を保ち続けている。

 皇族は神楽坂家の忠義に報いる形で親王の1人を臣籍降下させ、神楽坂家の婿養子として送り出した。それが千姫の父であり、神楽坂家は上泉家に嫁いだ奏姫(かなめ)、先代当主となった千姫(ちひろ)、そして鳴瀬家に嫁いだ紅紗(あずさ)と見事なまでに女系ばかりとなった。

 

「フランス政府が何を考えているのかぐらいは周辺国を見れば一目瞭然ですし、『十三使徒』を有している二国と国境を接しているからこそフランスも焦っているのでしょうね。尤も、愛梨ちゃんの子をただでフランスに送るなんてことは許しませんけど」

「明らかに条件が整っている前提で話をしないでください」

「ふふ、分かっていますよ。それで話を戻しますが、悠君の婚約者絡みを急いだのはその辺の事情もあるのですよ」

 

 現状婚約が決まっている面々以外で申し込んでくる可能性があるのは、一条家、五輪家、七草家あたりが怪しいと睨んでいる。

 師族二十八家でいくと六塚家は燈也と友人関係にあるし、近しい年齢の女子がいないので可能性はゼロ。八代家と九島家(シールズ家でなく本家筋の方)も同じ理由で除外。十文字家は後妻の子とそこそこ仲はいいが、年齢が6つも離れていて現在小学5年生。とてもじゃないが婚約対象になり得ないため、論外扱いにしたい。百家にまで広げると、可能性がありそうなのは五十里家にいる啓の妹なのだが、彼女は茉莉花やアリサと同学年になるため、許容しがたい部分がある。

 それ以外になってしまうと……全部聞かなかったことにしたいレベルになるし、これ以上増えるのは考えたくもない。いっそのこと、達也か燈也に押し付けたくなるほどだ。

 

「悠元さん……」

「抓らないで、深雪さんや。俺だって好き好んでこうなった訳じゃないんだ」

 

 悠元は既に戸籍上三矢家の人間ではないが、悠元と深雪の婚約は実質的に三矢家と四葉家が親戚同士となることを意味する。そこに佳奈が達也と婚約することで表向きの理由が成立する形だ。

 大体、暗礁に乗り上げてしまっているが七草家だって『十三使徒』五輪澪がいる五輪家と縁談を進めようとしていた事例がある(前妻の子は長男が既婚、次男は性格に難ありとのこと)以上、同じ十師族とはいえ血縁的に関係が無い一条家から婚約のことを咎められる謂れなどないのだ。

 少し頬を膨らませた深雪に脇腹を抓られ、悠元は疲れた表情を見せつつ弁明にも近い言葉を呟いた。これには千姫が微笑み、達也は疲れたような表情を垣間見せていた。

 

「ともあれ、封印解除の件は了解しました。達也君が四葉家の人間として力を誇示するのは時として必要ですからね。にしても、『誓約(オース)』は完全解除されなかったのですね」

「自分としては、深雪たちが解除してくれた膨大な魔法力を制御するのが先決ですので、まずはこのままでいいと思っています。深雪も『誓約(オース)』の部分解除だけでリーナを圧倒した実績がありますので」

「そうですか。深雪ちゃんの魔法力が急激に伸びているのは、悠君に愛されているからでしょうね。愛の力は凄いわ」

 

 その辺は憶測も入るが、恐らく『万華鏡(カレイドスコープ)』と『領域強化(リインフォース)』の影響が多かれ少なかれ入っていると考えられる。深雪の場合も感情が昂ると魔法が暴走する事例からすると、行為を介する形で魔法が発動して深雪に干渉している可能性がある。

 それを可能としているのは、一線を越えないための魔法―――安倍晴明が編み出した『封精霊魂(ほうせいれいこん)』は物理的な精気を遮断する代わりとして感情的な精気を双方向に伝える魔法。お互いの精神を一時的に接続した状態となるため、固有魔法同士が干渉しあって悠元の膨大な想子量と魔法演算能力が深雪にまで影響を及ぼしているとみられる。

 九校戦後に雫が膨大な魔法力の封印を解除したことで深雪と並んでいたが、翌年の九校戦の練習を見る限りでは深雪が勝ち越していた。深雪と雫で差が付いたとすれば、間違いなく悠元と接している時間の差ぐらいだろう。

 千姫からの言葉に深雪は頬を赤らめ、それを隠す様に俯いていた。

 




 愛梨周りの設定はオリジナル設定ですが、愛梨の異名である『稲妻(エクレール)』からすると、愛梨の母親はフランス人かもしくはラテン系統の生まれだと判断しました。帰化してその名前はどうかと思うかもしれませんが、上手い落としどころが見つからなかったのです。
 達也の婚約者の中にはまだ含まれていない人もいますが、その辺は調整中ということで一つ。

 四葉継承編は次で最後となり、師族会議編になります。尤も、師族会議の前に正月関連エピソードの山場がありますが。

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