千姫との話を終えたところで襖が開かれ、入ってきたのは達也の“産みの親”であり深雪の実母である深夜であった。深夜は使用人としての服装ではなく、千姫の指示で真夜と似たような金糸の入った黒を基調とした着物姿で現れた。一瞬真夜と見紛う格好に達也と深雪も目を見開き、深夜は笑みを浮かべていた。
「あらあら、まるで同じ人を見たような反応を見れるなんて、千姫さんも意地悪なお人ですね」
「ふふ、そうでしょう?」
「……母上、深夜さん。戯れも程々に」
根が似た者同士だからこその反応に、悠元は一息吐いた上で窘めるように呟いた。これには深夜も笑みを零しながら謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさいね、悠元君。いえ、この場合は“旦那様”とお呼びすべきでしょうか?」
「公の場じゃないんですから……達也と深雪に用があるのでしょう?」
「そうでしたね……達也に深雪。改めておめでとう」
深夜は千姫の隣に座り、達也と深雪に新年のあいさつを述べた。これには二人も頭を下げつつ挨拶の言葉を述べる。
「あけましておめでとうございます、お母様」
「あけましておめでとうございます」
深夜としては、深雪はともかくとして達也が律儀に頭を下げて挨拶する光景は何度も見てきたはずなのだが、ガーディアンではなく四葉の人間として達也が挨拶したことに思わず目頭が熱くなって、ハンカチで目元を拭った。
「お母様? どうかされたのですか?」
「ごめんなさいね、深雪。正直、こうやって達也が四葉の人間として、真夜の息子として頭を下げる光景を見れるとは思わなくて」
深夜は過去に自身の固有魔法である『精神構造干渉』の酷使で体調を崩しており、4年半近く前の沖縄旅行が深雪と行ける“最期”の旅行になると思っていた。
だが、悠元との出会いによって、穂波の治療に伴う形で自身も治療を受けたことで、二人の母親として生きられる時間が更に増えた。更には娘と同じ人を好きになってしまうということまで起きたし、双子の妹とも漸く和解できた……全てが元に戻ることはないが、世界への復讐は別の形に昇華されて霧散したのだ。
気が付けば、達也のこの姿を間近で見れたことが嬉しく、思わず涙を浮かべていたのだ。
「母上。いえ、今となっては叔母上ですが……差し支えなければ、“母さん”とお呼びして宜しいでしょうか?」
「お兄様……」
「別に構いませんが、貴方の中で何かあったのですか?」
それは、今まで呼び方を強制されてきた達也からの“お願い”。これには深雪も驚いたような表情を見せており、深夜も目を見開きつつ、達也が一体何を考えているのかという真意を尋ねた。
「特に何かがあった、とはハッキリと言えませんが……強いて言うのであれば、沖縄での戦闘の後、箱根の別荘で俺と深雪は決意しました。魔法を―――魔法師を兵器だと断じてしまう世を変えたい。感情に乏しくなってしまった俺でも、人として生きられる世に変えたい」
「それは、すごく大変な道よ」
「ええ。ですが、それは四葉家の先々代当主が願ったもの……そうではありませんか、母さん?」
達也は復讐劇の全てを知らない。だが、先代当主である四葉英作が達也にその復讐劇のあらましを聞かされていた。そこには、元造の実弟である彼だからこそ理解できた四葉元造の“想い”が込められていた。
皮肉と言うべきか、英作は四葉の戦力として育てられたはずの達也に「人」としての在り方を吹き込んだ結果……達也は沖縄での戦いを通して、その道を目指そうと決めた。そこには、彼と共に戦った“友”の存在が大きいのかもしれない。
「悠元は穂波さんに人としての幸せを願い、母さんに俺たちの母親としての願いを込めて治療したと聞いています。そして、彼は俺よりも柵の多い世界で戦っていて、深雪もその道を支えようとしている。なら、ここで俺が逃げるという選択肢など取りたくない……それが理由です」
「……やっぱり、達也はお父様の孫ですね」
達也の姿に、深夜は亡き父の面影を感じていた。深夜も元造自ら報復をすることは反対の立場だった。だが、元造は頑なに「これは真夜だけの問題ではない。お前の未来も救う戦いなのだ。こんな頑固な父親で本当に済まない」と譲らなかった。
四葉元造と上泉剛三―――何の因果か、二人の孫である達也と悠元は親友であり戦友の間柄となった。だが、深夜は父のようにならないと何故かそう思えた。それはきっと、深雪の存在が大きいのだと思った。本来達也を繋ぎとめる為に生まれた深雪は、悠元と縁を結ぶことで達也を孤独にさせない強固な絆が生まれた。
同年代の子と中々友人を作らない娘が自分から話しかけられる存在。気が付けば、深夜は深雪に対して少し嫉妬していたのか、元治に対して滅多にしない質問攻めをしていた。
沖縄海戦の後、達也と深雪を先に帰らせて悠元の面倒を見るという名目で元夫(当時は結婚していた)相手にすらしなかったスキンシップを積極的にしていた。結局、神楽坂家当主の専属使用人兼愛人として、深夜は女性としての幸せを手に入れた。
「沖縄での戦いが終わった後、達也を本家に戻そうかという話はあったの。その時、真夜が自分の息子である達也を四葉の次期当主に出来ないかと相談されたわ」
「では、その時からお兄様を次期当主にしようと動かれていたのですか?」
「元々そういう流れはあったのだけれど、分家当主達の一件もあってね。達也の安全を考えるのなら、深雪のガーディアンに収まっていた方が安心という部分もあったわ。これは真夜も同じ意見よ」
真夜の述べた“分家当主達の一件”は恐らく貢から聞いた話に関わる部分だと判断した。確かに、深雪のガーディアンが兄ならば家族としての体も整えられる。達也がそう思考している間も深夜は説明を続ける。
「悠元君を司波家に居候させようと提案したのは、深雪の願いを叶えたいというのもあるけれど、本当の理由は達也を守る為だったの」
「深雪ではなく俺を、ですか?」
「表向きは四葉の人間ではないとはいえ、事情を知る人間がちょっかいを掛けないとも限らないし、進学する第一高校には既に十師族の人がいたもの。なら、同じ十師族である人間が一緒に住んでくれれば、仮に居候がバレても『悠元君の護衛』で通せると思ったからよ」
何分達也と深雪のスペックの高さは魔法科高校入学時点で超高校生級なため、目立ってしまうのはどうしても避けられないだろうと思った。そこで、入学の時点で同レベル以上の悠元を居候させることで表向きは「司波家が三矢悠元の護衛を担っている」と思わせる算段だった。
燈也の居候先に新発田家を推薦したのも、似たような理由で燈也の同居人兼使用人みたいにミスリードさせるのが目的だったのだ。
「悠元君がそのまま三矢家の人間ならば深雪の婿養子として迎え入れることも考えていたけど、千姫さんが悠元君を養子に迎えて神楽坂家の人間としたことで、深雪を悠元君の妻として送り出し、達也を四葉の次期当主に据えようという方針で私と真夜、葉山さんと紅林さん、それと千姫さんと剛三さん、更には悠元君と元継君の賛同を得る形で実行したの」
「そこまでの協力を得ていたのですか……」
「……話してくれてありがとうございます、母様」
深夜が述べた協力者の名に悠元が入っていることに、深雪は感心とどこか不満を覚えるような感情が入り混じった雰囲気を見せており、達也はその様子を感じ取りつつも深夜に対して頭を下げた。すると、深夜は笑みを零していた。
「いいのですよ、達也。私の独り言みたいなものです……あら、深雪ったら、悠元君に詰め寄っておりますね。私も参加しようかしら?」
「母さん……あまり度が過ぎると、深雪が拗ねるだけかと」
達也の視線の先には、振袖に皴が付くことなどお構いなしと言った感じで悠元に甘えている深雪の姿があり、それを見た深夜の一言に対して釘を刺すように呟いたのであった。
結局、深夜も参加して深雪が更に悠元へ抱き着く力を強め、その状態が30分ほど続くことになったのだった。
ちなみに、達也が四葉の姓を名乗ることになるのは真夜から当主の座を襲名してからにするらしい。
理由は大きく分けて二つあり、一つ目はまだ不満が残っている分家や使用人への“躾”を真夜や葉山が中心となって行うとはいえ、長年達也を四葉のガーディアンとして扱ったことで染み付いた慣習を塗り替えるのは割と時間が掛かるためだ。
もう一つは、今の名である“司波達也”を将来のビジネスネームとして用いるため、魔工技師としての功績を積み重ねることで名を売っていくためとのこと。『トーラス・シルバー』の件は近い将来バレてしまうため、その際に四葉の名を名乗っているとFLTのイメージに四葉の『
それと、産みの親だからこそ達也に司波の姓をまだ名乗って欲しいという深夜の我儘も含まれている。
◇ ◇ ◇
流石に度を越えた展開は昼間からならなかったが、深雪は悠元の腕にしがみ付く感じで腕を絡ませており、すっかりご機嫌となっていた。流石の達也でもそうなっている深雪を止める術などなく、悠元は深雪が満足するまで大人しくしていた。
千姫と深夜の会談を終えた後、友人たちが集まる客間に姿を見せると、正月らしく振袖や羽織袴姿の面々が揃っていた。
「お、お兄ちゃんじゃん。ハッピーニューイヤー!」
「無駄にカッコよく言うんじゃない。あけましておめでとうだと言いたいところだが、セリアは新年早々タイキックな」
「お、お慈悲を……深雪ぃ……」
「駄目ですね」
「ガーン!」
(ノリがリーナに似ているな……まあ、双子だから当然なのだろうが)
いの一番目に声を掛けてきたセリアに対し、ある意味死刑宣告同然のお仕置き発言を聞いたセリアは深雪に助けを求めるが、満面の笑顔で放たれた容赦のない一言に擬音が口から出て、それを見た達也はやはりリーナの双子の妹なのだと実感するように見ていた。
すると、ほのかと雫が近寄ってくる。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう」
「おめでとう、雫にほのか」
それを皮切りに新年のあいさつを交わしてく面々。すると、幹比古が達也のちょっとした変化のようなものを感じて問いかける。
「ところで達也、どことなく雰囲気が変わったような気がするけど、何かあったのかい?」
「……そうだな。幹比古やエリカはどの道知ることになるし、ここにいる面々だとセリア以外は知っていることになるが」
そう言って、達也は自分が四葉家次期当主に指名されたことと、四葉家現当主の実子であること。そして、その際に封印されていた魔法力のことにも触れた。最後のことはどの道魔法実習でバレる可能性があるため、それなら早めに伝えようと思ったからだった。
周囲の反応はといえば、「まあ、達也ならそうなってもおかしくないな」みたいな反応ばかりで、これには達也も納得しがたいような表情を垣間見せており、悠元と深雪は揃って笑いを堪えていた。
「へえ、マジかよ。ってことは、今の達也は悠元並みの魔法力を持ってるってことか?」
「いや、俺も自分の封印を解かれてようやく気付いたことだが、悠元の本来の魔法力は少なくとも俺の3倍以上あると見積もっている」
「へ? 達也君が三人いても倒せないってこと?」
「おいエリカ、どういう計算をしたのか聞きたいんだが?」
レオの問いかけに対し、達也は自分の感覚から読み取れた悠元の魔法力の概算を述べると、それを聞いたエリカの発言に対して悠元が問い詰めるように疑問を投げかけた。
達也が三人もいたら、『
「達也さんが四葉の人間だと明かすってことは、深雪もそうなるよね?」
「ええ。明日、神楽坂家の慶賀会で悠元さんの婚約者としても発表されるし、魔法協会を通して発表もされる予定なの」
「……その、悠元さん。達也さんは?」
「俺と達也は“婚約者募集”と言う形で発表されるが、一足先に深雪が俺の正式な婚約者として名が挙げられる形になる」
悠元の婚約者序列は“婚約者募集”を通す体で確定し、達也も千姫のリストをベースとして婚約者募集という名の選定が行われる。どちらも政府が戦略級魔法師クラスの実力者であると認めているからこその待遇である。
雫の問いかけに深雪が答えると、不安げな表情をしたほのかに対して悠元が補足説明を入れる。すると、ほのかは「達也さんの婚約者に立候補します!」と声を張り上げたのだが、その場には結構な人数がいることを一瞬忘れており、あまりの恥ずかしさに部屋の隅で体育座りをして蹲り、雫がほのかを宥めていた。
「いやー、二股以上なんて流石ジゴロの悠元よね」
「……その様子だと、また渡辺先輩にちょっかいをかけて修次さんに叱られたんだろ?」
「うぐっ」
腐れ縁だからこそだが、軽い口調で話しかけてくる中に微妙な揺らぎを感じ取った悠元の指摘にエリカは言葉を詰まらせ、エリカと付き合っているレオは疲れたような表情を見せていた。
大方、クリスマスの鬱憤を偶々道場に来て鍛錬していた摩利に八つ当たりをして修次に叱られたのだろう。言わずとも大体読めてしまうだけに、いい加減兄離れすべきだと思わなくもない。
尤も、千葉家の問題なのでいくら腐れ縁と言えども首を突っ込む気は更々ないが。
「そういえば、愛梨や栞、沓子に茉莉花とアリサの姿が見えないが」
「3人なら温泉に入りに行ったわよ。厳密には栞の様子が気になった愛梨と沓子が連れだして、そのついでに二人も巻き込まれたんだけれど」
「……なら、その内戻ってくるでしょう」
夕歌の言葉を聞いてそう判断すると、ゆっくりと腰を下ろして寛ぐ。少ししてから愛梨たちが戻ってきて、これから初詣へ行こうということになり、千姫がいつの間にチャーターしていた観光バスで富士山麓神宮へ向かった。
到着して歩いていると、悠元らは整った容姿が多いために他の参拝客からの視線が向けられる。こればかりは仕方がない事なのでそのまま境内へと足を踏み入れた。拝殿には前世のメディアでよく見たような光景―――大きなブルーシートが敷かれ、参拝客がその中に賽銭を投げ入れている―――が広がっている。
ただでさえ目立ってしまうため、ともかくお参りを済ませようと悠元がシート目がけて賽銭を投げたところ、他の参拝客が投げた賽銭と衝突・反射する形で飛距離が伸び、結果的に賽銭箱へ吸い込まれた。これは達也たちも目撃しており、視線が悠元に向けられる。
「……偶然だよ、偶然」
そう言って拝殿前から抜け出し、せっかくだから
「悠元さん、悠元さんはどうでした?」
「今開けてみる……え?」
正直、この流れなら“凶”とか“大凶”を引いたとしても仕方が無いだろうな、とは思っていた。流石に重婚を許されているとはいえ、それに対しての嫉妬を買っているという意味で運が悪くなることは覚悟していた。
だが、そんな悠元の予想を遥斜め上の方向で裏切った。何が出たのかと言えば……本来運勢などが書かれているはずの御神籤に
「……吉でも凶でもないってどう判断すりゃいいんだよ」
「お兄ちゃん、結果はどう……って、真っ白じゃん!? 何、お兄ちゃんを占うのも烏滸がましいってことなのかな?」
「んなことあってたまるか」
これだったら、中途半端に末吉でも引いた方がまだ判断に困らなかっただろう……実を言うと、似たような経験は一度だけあった。それは、転生して初めての正月に訪れた神社でおみくじを引いた際、運勢が書かれておらず、金運などの指標も吉と凶で書かれているであろう文が入り混じっていたのだ。
流石にそんな結果を見せるわけにもいかず、家族には適当に誤魔化して持ち帰った。
だが、今回の場合はそれよりも更に分からなくなってしまった。これだったらいっそのこと大凶でいいから出てほしかったと思う。セリアの言葉を耳にした面々が次々と悠元の御神籤を見ていた。
「……こんなことってあるんですね」
「いや、珍しすぎるパターンじゃない? 大凶引くよりも難しいと思うよ」
「それは確かにな」
姫梨は初めての現象に目を見開いており、由夢はこんな結果を引くこと自体“奇跡”であると言いたげに述べて、修司は由夢の意見を肯定するように頷いた。その御神籤を持ち帰りたくもなかったが、諦めたように仕舞い込んだ悠元であった。
―――翌日、西暦2097年1月2日。四葉家と神楽坂家が日本魔法協会を通して、護人・十師族・師補十八家・百家
四葉家からは、
司波達也を十師族・四葉家次期当主に指名する。
司波達也を四葉真夜の息子として認知する。但し姓名は家内の都合により当分は司波達也のままとする。
司波達也の婚約者募集を行う。
神楽坂家からは、
神楽坂悠元が2097年元日を以て第108代目神楽坂家当主を襲名する。
神楽坂悠元の婚約者募集を行う。なお、それに先立って神楽坂悠元と司波深雪が婚約したこと。
多くの有力な魔法師が、協会本部にある四葉家と神楽坂家の私書箱宛に祝電を送った。だが、全てのナンバーズが祝電を送ったわけではなかったのだった。
ということで、四葉継承編はこれにて、ということになります。次から師族会議編なのですが、正月エピソード関連で書かないといけない人や書いておいた方がいい人もいるので(主に光宣やら七草家やらヘタレプリンスやらエロ坊主絡みやら)
原作からの変化点が割とあるため、開始時に纏めて後書きに書きますので、ご了承ください。