魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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師族会議編
燈也の率直な指摘


―――西暦2097年。

 

 これを聞いてピンと来る人間なんて普通はいやしない。これから待っている未来なんて誰も予想なんて出来ないのだから。だが、自分にはある程度の原作知識が入っている。ここまで世界情勢が混沌としている状況で原作通りのことが起きるのかと言えば……これまで起きていることを鑑みても「起きない」なんて断言できない。

 

 まず、顧傑による自爆テロ事件に端を発した反魔法主義論争。大体コイツのせいで若手会議があんな展開になったのだ。ブラジルが『シンクロライナー・フュージョン』をゲリラに使ったことで色々問題になったことはって? あれは彼らの自業自得だ。

 尤も、この世界では南アメリカ自体の国家が変わっているし、SSA(南アメリカ連邦共和国)のブレスティーロ大統領は新年早々に大々的な経済政策を打ち出し、反魔法主義の世論を完全に封じ込めた。当時のゲリラ勢力は剛三の鉄拳制裁によって現在は屈強な軍へと様変わりしており、対ゲリラ戦においては世界トップレベルと言ってもいいだろう。

 

 顧傑に話を戻すが、原作で使われた廃棄予定の小型ミサイルに関して情報をアンジー・シリウス―――リーナに流したのはレイモンド・クラークでほぼ間違いない。ヴァージニア・バランス大佐に情報を流したのも恐らくレイモンドだろう。

 死体は『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』や『ブランシュ』の頃の伝手が生きていれば問題ないとして、小型ミサイルを横流しできる人間をリストアップしたところ、大統領次席補佐官(ホワイトハウスの職員の監督・統括、大統領のスケジュール管理、大統領と訪問者の面会を調整する大統領首席補佐官の補佐役)であるケイン・ロウズの名が真っ先に挙がった。

 彼を含むグループはUSNA国内における人間主義者の矛先を国外に向けさせることを選択した。だからといって同盟国の日本を真っ先に選ぶあたり、彼らの思想と人間主義者の過激さを比べても“五十歩百歩”にしかならないと思う。

 

 ただ、横流しをするにしても問題となるのは、綿密な情報の改竄をしなければ軍関係者に早急にバレてしまう点だ。四葉家を社会的に表に出して自分と同じ苦しみを味わわせたい顧傑に引き渡すとしても、情報システムに詳しい人間でなければあっさりと見抜かれてしまうだろう。

 いくら廃棄予定とはいえ兵器なのには変わりなく、先日のスターズの脱走事件を鑑みれば二の舞を防ごうとかなり高いセキュリティに更新したりと手を打っている筈だ。その最新版のセキュリティを突破し、小型ミサイルに関する情報を改竄しなければならない。そういう類は国防総省への直接的な通報システムも備わっている筈なので、それすらも欺かなければならない。

 それだけの高度なセキュリティを突破するには、それほど凄腕のハッカーか、解析用のスーパーコンピューター。あるいは……そのシステムの設計者自らが関与でもしない限り極めて難しいだろう。

 

 顧傑の目的を知り、ケイン・ロウズのグループが狙う目的すらも知り、四葉を葬り去ろうと目論む者。そしてそれは、達也と自分のことを戦略級魔法師だと知っている人間の関係者。更には、ケイン・ロウズのグループを通じて顧傑に武器提供させた“真の黒幕”。

 NSA―――北アメリカ合衆国国家科学局において大規模情報システムの専門家であり、全世界傍受システム『エシェロンⅢ』の中心的な設計者であり、バックドアシステム『フリズスキャルヴ』の管理者(アドミニストレーター)、その名はエドワード・クラーク。

 

 彼が恐れたのは四葉によるUSNAへの“報復”なのだろうが、それであれば手を出さずにいればマシだったと思う。触らぬ神に祟りなし、である。だが、達也が戦略級魔法師であることと、達也が四葉家の人間だと知ることで、彼はまず顧傑を使って四葉家を社会的に抹殺しようとしている。

 

 その対策の1つ目として、箱根にある神楽坂系列のホテルを使うことになるわけだが、丁度運よく老朽化に伴う建て替え工事の関係で使っていない棟があり、今年はそこで師族会議を開催させることとした。

 万が一爆破されても、千姫曰く「テロリストが態々発破処理してくれるなら、解体業者も大助かりですね」とのこと。ミサイルに用いられるぐらいなので、威力は十分にあると判断したのだろう。

 無論、これ以外にも対策は立てているが、使わずに済めば御の字というものが多い。

 

 USNA政府のスキャンダルが露見されるのは怖いとスターズが顧傑を潰しに来るだろうが、以前ヴァージニア・バランス大佐との会談で「パラサイト事件以降、USNAから来た人間が犯罪に相当する行動を起こした際、この国の法に則って処理する」と約束をしている。

 二者間で交わした口約束であるため、「実際にサインをした訳ではない」としらばっくれる可能性もある。尤も、その場合はケイン・ロウズのグループの資金源である組織が何個か“消える”ことになるだろう。そのついでに人間主義者の資金源も消せば、人間主義の勢いが一気に躓く。

 

 これでエドワード・クラークも大人しくなってくれればいいが、四葉を目の敵にしている以上はその願いなど意味がないのだろう。そのことを剛三が知った日には……次の日にエドワード・クラークの自宅と職場が落雷で焼失しました、なんてことになりかねないと思う。

 

 彼を抹殺すれば一番早いだろうが、それをしない理由はUSNAの自浄作用を促すことが一つ。そして、それが果たされなかった場合……USNAに金銭面で決して支払えない事を実行してもらうためだ。四葉を含め、自分らに余計な干渉をすれば進むも地獄、戻るも地獄(ヘル・オア・ヘル)であることをエドワード・クラークはまだ知らない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 西暦2097年1月2日。四葉家当主・四葉真夜から日本の魔法師社会に発せられたメッセージは、関係者に大きな衝撃を与えた。

 内容は次期当主の指名、並びに次期当主の婚約者募集。国立魔法大学付属第一高校魔法工学科2年・司波達也は四葉真夜の実子であり、彼を四葉家次期当主に指名することに加え、婚約者募集を行うというものだった。

 今まであまり表に出てこなかった四葉家が表立って発表するという意図に首を傾げるものもいたが、その答えは同日に神楽坂家先代当主・神楽坂千姫から発せられた新年の挨拶の内容にあった。

 

 それは、一昨年夏に次期当主指名を受けた元十師族・三矢家三男こと三矢悠元もとい神楽坂悠元が昨日―――元日を以て神楽坂家当主を襲名した。先代当主となった神楽坂千姫は隠居と言う形ではあるが、まだ高校生である悠元の後見人・当主補佐となることも含まれていた。

 彼も達也と同じように婚約者募集をする旨が書かれていたが、それに先立つ形で四葉の縁者―――四葉真夜の双子の姉である司波(四葉)深夜の娘の司波深雪が神楽坂悠元と婚約をしたことが発表された。

 

 四葉家の次期当主の件もそうだが、護人・神楽坂家の当主が四葉家直系の女子と婚約する―――事実上の“正妻”として選んだという意味を含むメッセージは、各方面に衝撃を与える大きな出来事であった。

 しかも、昨年の九校戦において悠元と深雪は本戦ピラーズ・ブレイク・ソロとスティープルチェース・クロスカントリーの2種目で男子・女子優勝している実力者同士。未来の魔法師を目指す者にとってはアイドルのような憧れの存在同士の婚約に話題が盛り上がる者もいた。

 一方、達也はエンジニアとしての実績を着実に重ねており、非公式ながらもファンクラブまで存在するほどに彼の人気も着実に高まっていた。

 

 彼らを良く知る人間からすれば、達也と深雪が四葉直系という事実にショックを受ける者もいれば、悠元が元十師族ということもあって、彼が仲良くしているのも納得だろうと判断する者もいた。友情、競争心、もしくはそれ以上の感情を抱いていた少年少女たちからすれば、まさに「晴天の霹靂」とも言えるメッセージと言えよう。

 尤も、第一高校に在学している人間で現部活連会頭の悠元と現生徒会長の深雪の関係性を知らぬ者はいないに等しいため、婚約と言うメッセージは寧ろ「やっと婚約なの?」という意見が大半を占めていた。彼らの中には、既に深雪が妊娠しているという妄想を働かせる者までいたとかいなかったとか。

 

 その第一高校の生徒であり、達也も含めた三人のことを良く知る人物―――達也と同じ魔法工学科2年にして先日六塚(むつづか)家次期当主として指名された六塚(むつづか)燈也(とうや)は、現当主であり遺伝上の姉にあたる六塚(むつづか)温子(あつこ)に呼ばれて彼女の私室にある炬燵に入って寛いでいた。

 燈也は里帰りということで六塚家に帰ってきたのだが、彼の婚約者である五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)とミカエラ・ホンゴウ(帰化して本郷(ほんごう)未亜(みあ)と名乗っている)も同行しており、女子二人で“大事な話”があるといって風呂場に向かい、燈也は暇になったところで温子からの呼び出しを受けて今に至るというわけだ。

 そして、のんびりとした雰囲気は温子の一言から均衡が破れることとなった。

 

「燈也。司波達也君と司波深雪さんのことは知ってるわよね?」

「それはもう。深雪とは昨年度同じクラスでしたし、達也とは同じ魔工科ですから。彼らが何かありましたか?」

「今日、四葉家が魔法協会を通して新年の挨拶に添える形でメッセージが届きました」

 

 その2人の名前を出した上で四葉家の名が出たということは、間違いなく達也と深雪が四葉家の関係者だと察した。以前から達也と深雪は十師族に連なる関係者ではないかと疑っていて、彼らもそれを否定しなかったので燈也はそのまま秘匿していた。それを知ってか知らずか、温子は説明を続ける。

 

「四葉殿は、四葉家の次期当主に司波達也君を指名したそうよ。婚約者募集もするそうよ」

「達也が四葉のですか」

「司波達也君は四葉真夜殿の実子で、冷凍卵子から人工授精で生まれた子らしいの。戸籍データだけでなく、DNA鑑定のデータまで出してくるとなると、間違いないでしょうね」

「成程」

 

 温子の説明に対し、燈也は短めに答えを返すだけで深くは追及しようとしなかった。戸籍だけならまだしも、遺伝子鑑定のデータまで丁重に添えてきたということは、事実だと認識すべきなのだろう。

 元々その疑いが晴れたというだけであり、四葉家の魔法師は普通じゃないと知っていたからこそ、達也も燈也自身が知らない秘密をまだ抱えているという勘に近い確証があった。そこで燈也は達也のことばかりで深雪に関する話題が出てこないことに首を傾げ、これには温子も燈也の様子を気に掛けていた。

 

「燈也は、達也君が四葉家の人間だったことが気に掛かるのかしら?」

「え? ああ、いえ、達也が十師族の関係者なのではないかとはそれとなく思っていましたし、本人たちも否定しなかったので、発表は寧ろ事実確認ぐらいのものです。僕が気になったのは、達也の妹である深雪はどういう立場になるのかと思いまして」

 

 燈也は深雪の今の両親(父親とその再婚相手)に生まれた子でないことは少しだけ耳にしていた。燈也の目の前にいる姉は真夜の大ファンで、真夜との記念写真などが大事に保管されており、中には丁重に真空処理までしている有様に燈也が引くほどだった。

 その写真に写る真夜を見ると、深雪は真夜と似ている。だが、四葉家のメッセージでは真夜の息子と認めたのは達也だけで、深雪が入っていない。そこがどうにも気に掛かったのだ。

 

「姉さんが大事にしている四葉殿の写真ですが、見れば見るほど深雪が四葉殿に似ているんです。でも、それならば四葉殿が娘として認めないのはなぜかと思いまして」

「簡単な事ですよ。四葉殿には四葉深夜という双子の姉がいます。表向きは子どもがいないとされていますが、深雪さんは深夜さんの娘であるという内容が神楽坂家からの書状で知らされています」

 

 四葉深夜は表向き禁忌の系統外魔法『精神構造干渉』の酷使による長い療養生活を送っているとされているが、温子は深雪が真夜の娘でないとするならば深夜の娘ではないかと推察した。

 深雪は明らかに真夜の面影を有しているが、真夜は過去の事件で生殖機能を失っており、子を成せない体になってしまった。となれば、まだ子を成せる可能性が残っている深夜が関わっている可能性を考えたのだ。その予想は神楽坂家からのメッセージで事実だと判明する形となった。

 

「同日神楽坂家から届いた書状で、神楽坂悠元君の当主襲名に加えて、婚約者募集をするそうです。それに先立ち、悠元君と司波深雪さんが婚約したと発表されました」

「……僕から見れば、やっと婚約ですか、という気持ちですよ」

 

 一昨年の九校戦の後に告白したというのは本人たちから聞いていて、五十里と花音のようにいちゃつくことは殆どしないが、明らかに割り込める隙が無い状態であった。

 それを目の当たりにしていたからこそ、今回の発表は漸くそのラインに立ったという印象が強かった、と燈也は正直な気持ちを吐露した。

 

「私は一昨年の九校戦を直接観戦してたけど、その時点であの『クリムゾン・プリンス』を圧倒するなんてすごいと思ったわ。三矢殿も内心はとても喜んだでしょうね」

「それで、僕に聞きたいことは他にもあるのですか?」

「……噂で聞いたのだけれど、その『クリムゾン・プリンス』は司波深雪さんに惚れていると聞いたのよ」

「あー、それは間違いないと断言できます。ですが姉さん、深雪は悠元に恋慕している節が強いですし、遺伝上の問題も戸籍上の問題もクリアしている他家の婚約事情に首を突っ込むのは常軌を逸しています」

 

 生まれの関係で遺伝とか戸籍とかの問題で一番揉め掛けた経験があるからこそ、燈也は一条家が悠元と深雪の婚約に横槍を入れるのは一体何の問題があるのかと首を傾げた。

 その燈也の問いかけに対し、温子は過去のことを思い出しつつ説明をする。

 

「燈也には大分前に話したと思うけど、悠元君が事実上の十師族離脱をした件に関して臨時師族会議が九島閣下の提起で開かれたことがあったでしょ?」

「ありましたね……深雪が神楽坂家に嫁ぐことを“十師族からの離脱”に相当すると異議を申し立てるんですか? 無茶苦茶にも程がありますよ」

 

 大体、悠元が神楽坂家次期当主となる前に彼の兄である元継が上泉家当主となり、彼の姉である詩鶴が矢車家に嫁いでいる。悠元だけを槍玉に挙げて元継や詩鶴のことを問題にすらしなかったのに、深雪が神楽坂家に嫁ぐということで異議を申し立てれば主義主張の一貫性が無いに等しいのだ。

 

「そもそも、護人の家の婚約事情に十師族が介入できる筈もないと思うのは僕だけでしょうか。師族会議はいつから護人の監視組織になったのですか?」

「燈也もそう思うわよね。多分だけど、一条殿は七草殿あたりを頼るんじゃないかしら」

「……こういうことはあまり言いたくありませんが、彼らは馬鹿ですか?」

 

 正直なところ、六塚家に年頃の女子がいなかったことは本当に“救われていた”と燈也のみならず温子もそう感じている。運命の悪戯とも言える様な奇跡だが、温子からすれば自分以上の実力者である燈也が六塚家を継げば、十師族の椅子はほぼ安泰だろうとみている。

 尤も、燈也はそれに甘んじることなく鍛錬を続けており、彼からすればそれ以上の実力者を直接肌で感じているからこそ、慢心など出来ないと直感していた。

 

「ともあれ、四葉家と神楽坂家へ早急に祝電を送った方が良さそうですが」

「ええ、今回は私と燈也の連名といたしましょう。先日の燈也の次期当主指名の際に四葉家と神楽坂家から祝電を頂いておりましたので、その返礼と新年の挨拶も含めての祝電といたしましょうか」

 

 奇しくも次代に恵まれた十師族・六塚家。常識的な思考を持ち得る次期当主を得たことで、現当主の温子も安堵している。その根端にあるのは、四葉家に対する崇拝にも似た心情なのかもしれない。

 なお、六塚家の次期当主がその晩、二人の女性から迫られて大人の階段を上ったという噂話は……神のみぞが知る。

 




 ということで、師族会議編のスタートは六塚家から。
 燈也のお陰で割と常識的な範疇に落ち着いています。

 原作からの変更点・フラグは以下の通り。

・上泉家と神楽坂家の存在(特に剛三は顧傑を目の敵にしている)
・主人公が周公瑾の記憶と知識を有している(顧傑の隠れ家を把握している)
・深雪の婚約者が達也から主人公に変化。
・2096年時点で達也は東道青波と面識がある(神楽坂家の慶賀会の前に会談している)。
・リーナが明確な恋愛感情を達也に抱いている。
・セリアの存在(元軍人に加え、事象の把握に関してトップクラス)
・主人公とベンジャミン・カノープスが南盾島で対面している。
・燈也の存在と光宣が健常者と変わらない状態にあること(十師族の近しい年代の男子が3人→6人に)
・七草家の周公瑾との関わりが変化している。

 挙げればまだ出てくると思いますが、この辺が大きく関わってくることになります。

 USNA政府の大統領次席補佐官ともなればかなりのキャリア組で、現実では首席補佐官となった人間が国務長官・国防長官などへのキャリアアップも見込める出世頭とも言うべき立場に次ぐポスト。
 次の大統領首席補佐官を狙って点数稼ぎに走ったと見るのが妥当でしょうが……自国に影響が無くなれば同盟国を平気で槍玉にしようとする時点で正気の沙汰じゃない。

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