魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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天才は惹かれ合う

 いくら軍人と言えども人間であり、とりわけ上官の立場ともなれば緊急出動さえなければ普通に休むことを許される立場だ。

 独立魔装大隊は表向き“実験部隊”の性質を持つため、大隊長である風間は無論のこと、大隊に所属する士官クラスの人間も昇進に伴う「特別休暇」という形で年末と正月の三が日を休んでいた。

 休み明けに中尉へ昇進が決まった藤林(ふじばやし)響子(きょうこ)は京都付近に居を構える藤林家の実家に戻ってきていたが、父である藤林家当主の言い付けで年始の挨拶に駆り出されていた。2092年夏に起きた沖縄防衛戦で婚約者を失ってから4年半少し。実家からもそろそろ身を固めるよう言われている響子もそのことは重々承知していた。

 そんな響子のもとに、彼女ですら予期しなかった来客が舞い込んだ。

 それは、九島家先代当主こと九島烈が年始の挨拶ということで藤林家を訪れたのだ。

 

「お祖父様、新年おめでとうございます。言ってくだされば生駒に出向きましたのに」

「おめでとう、響子。なに、仕事から離れると体を動かさぬと落ち着かぬのでな」

 

 烈の突然の来訪は藤林家がちょっとした騒ぎとなった。普段なら手紙か九島家当主の子の誰かが出向くことが多かったが、今年は烈が訪れた。義理の父親でもある烈に対して響子の父親―――藤林(ふじばやし)長正(ながまさ)は恐縮しっぱなしであった。

 来年で90歳の大台に乗る御仁だが、親しい友人である上泉剛三の影響もあってか精力的に動いている。そして、光宣の問題に道筋がついたことにより、以前よりも思い悩む様子が大分減ったと響子はそう感じていた。

 

「そうは言いましても、あまり無理はなさらないでください。両親も慌てておりましたので」

「そうだな。今後は善処するとしよう」

 

 響子の忠告に対して烈は笑みを零しながら返したが、どこまで善処してくれるか正直分からない、と響子は思わず頭を抱えたくなった。

 ともあれ、烈は年初の挨拶の後、響子と話がしたいと言ったので、応接の間に烈を通した。響子は一体何を聞かされるのかという疑問に対して答えるように烈が話し始める。

 

「響子。司波達也君のことは無論知っているだろう」

「達也君ですか? ええ、勿論です」

 

 独立魔装大隊の特務士官・国家非公認戦略級魔法師大黒(おおぐろ)竜也(りゅうや)特尉―――達也の独立魔装大隊における名と地位―――であり、彼の特異魔法(『分解』と『再成』)や戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』、そして彼が十師族・四葉家の人間であるということを知っている。その彼が一体どうしたというのだろうか、と響子は烈の言葉の続きを待った。

 

「今日、四葉家から魔法協会を通してメッセージが届けられた。真夜は四葉家の次期当主に達也君を選んだだけでなく、彼は真夜の実子だそうだ」

「……え? 達也君が四葉殿の実子ですか? それは本当なのですか?」

「ああ。修正された戸籍データだけでなく、真夜と達也君の遺伝データも丁重にな」

 

 響子は深雪のことからして達也が次期当主になると睨んでいたが、まさか達也が真夜の実子だということは驚いていた。それに対する答えと言う形で烈が説明を入れると、響子は大きく驚くことはなく落ち着いて話を聞いていた。

 烈も最初はその話を訝しんだが、崑崙方院が実験に使おうと抽出した真夜の卵子を冷凍保存していて、それを唯一の生存者である剛三が持ち帰ったとすれば辻褄が合うと睨んだ。

 添付されていた遺伝データを見ても、間違いなく達也が真夜の息子であることを証明するに足ると烈は結論付けた。

 

「そうなると、深雪さんも?」

「いや、彼女は紛れもなく深夜の娘だと神楽坂家からの書状に記されていた」

「神楽坂家? お祖父様、何故そこで悠元君の今の実家の名が出てくるのです?」

「昨日、元日を以て悠元君が神楽坂家当主を襲名した。そして、彼の婚約者募集に伴い、深夜の娘である司波深雪君と婚約したのだ」

 

 同日に四葉家と神楽坂家が揃って書状を発表したということは、恐らく四葉家の次期当主が決まり次第神楽坂家の当主に関する発表をする段取りが組まれていた、と烈はそう判断した。

 四葉家は現当主の魔法師としての実力に加え、実子の魔法師としての実力とその姪(遺伝的には実の娘と呼んでもいい)が護人の家に嫁ぐことで十師族としての強さを証明した形になる。

 

「それで響子。達也君も婚約者募集を行うとのことらしい。悠元君からそれとなく話は聞いているが、お前が望むなら私が推薦する形で達也君の婚約者に立候補するといい」

「……大丈夫でしょうか?」

「達也君のことを承知しているからこそ、他の婚約者たちに負けない武器となろう。それに、いい加減身を固めろと長正らから言われているのだろう?」

 

 年齢という部分を響子は気にしたが、同じ独立魔装大隊に所属しているからこそ把握している達也の事情を誰よりも知っており、どうしても表に出来ない相談を受けやすい立場にあるのは十分武器になる、と烈は諭した。そして、婚約者を失ったことに触れた上で烈は響子に問いかけた。響子は少し考えた後、烈に対して頭を下げた。

 

「分かりました、お祖父様。お手数をお掛けいたしますが、宜しくお願いします」

「気にするな。真夜も君ほどの情報に精通している人材は喉から手が出るほど欲しがるだろうからな……ところで、光宣は今頃東京にいるのか?」

 

 光宣は論文コンペ後、九島本家と距離を取るために療養の名目で藤林家で居候していた。その彼が周公瑾の調査をしていた際、1人の少女と恋仲になったと響子から以前聞き及んでいた。しかも、それは十文字家現当主の義理の娘(現当主の妹の子)で、奇しくも光宣と同学年。体調が改善した孫が恋愛までするようになったことを内心で喜んでいた。

 だが、その光宣は現在藤林家にいない。彼がいるのは東京―――十文字家の本邸宅であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 光宣がどうして十文字家の邸宅にいるのかと言えば、それは烈が関係していた。

 十師族の当主クラスからすれば、かつて師族会議で議長役として音頭を取っていた烈を無視することなど出来ないが、今回の烈からの“頼み”は無理強いをするものでもなかった。だが、十文字家当主の十文字(じゅうもんじ)和樹(かずき)は烈の頼みを受けて年末と魔法科高校の休みである期間まで光宣の滞在を認めたのだ。

 その光宣はと言うと流石に何もしないという訳にもいかず、克人とのお下がりと言う形(成長が早く、何着も着れなくなったものがあった)で羽織袴を着て新年の挨拶の手伝いをしていた(この辺は和樹が2人の仲を見て、九島家との友好をアピールする意味でも関係者に顔を覚えてもらえば、九島烈のシンパが多い国防軍方面の繋がりを得られるとの打算からくるもの)。和樹の後妻である慶子(けいこ)は光宣をいたく気に入り、克人の弟や妹たちも謙虚な姿勢を見せる光宣に対して友好的な姿勢を見せていた。その最大の理由は言うまでもなく、光宣の隣で顔を赤らめている振袖姿の理璃であるのは言うまでもない。

 実は烈から和樹に対して光宣と理璃の恋愛事情に触れつつ光宣と理璃の婚約を申し出ていた。和樹としても九島烈の孫である光宣が優れた魔法師という噂は聞き及んでおり、本人たちの意思を確認する意味で光宣が十文字家に招かれた側面があるのは確かだ。

 すると、一段落着いたところで羽織袴姿の克人が声を掛けてきた。

 

「九島、理璃。本当にすまない。折角の休みなのに駆り出してしまったのはこちらの落ち度だ」

「いえ、構いませんよ。理璃さんは大丈夫ですか?」

「は、はひ、大丈夫れす」

 

 別の意味で緊張している理璃の有様に光宣は苦笑を滲ませ、克人は義理の妹の初々しさに対して笑みを零していた。克人は幼い頃から厳しい訓練を積んできた影響からか、弟や妹らに対して親密に接してこれなかった。

 その意味で理璃が十文字家に来たことは今までの不義理を埋める機会だと思ってはいるものの、上手に接することが難しかった。最近はお見合いの関係で三矢家三女の美嘉が十文字家に来ては弟や妹たちとのコミュニケーションの緩衝役をしてくれており、長男なのに家族のことをあまり見てこれなかった克人からすれば早くも頭が上がらなくなりつつある。

 すると、3人のもとに十文字家の使用人が姿を見せた。

 

「克人様に理璃様、光宣様。旦那様が書斎でお待ちになっております」

「自分だけではなく、2人もですか?」

「はい、そのようにと伺っております」

 

 克人は流石に疑問を抱いた。礼を労うのであれば、何も書斎で話す必要などないだろう。それに、自分と理璃までならまだ分かるが、客人である光宣まで呼ぶとなれば、それほどの大事なのだろう。

 念を押して尋ねて聞いた克人は間違いないと判断して光宣と理璃に視線を向けると、2人も「問題ない」という意思を込めて頷いたので、克人は使用人に視線を向けた。

 

「分かりました。直に向かいます」

「畏まりました」

 

 そうして書斎に着くと、和樹が応接用のソファーに座っていた。和樹の隣に克人が座り、2人と向き合う形で光宣と理璃が座った。使用人がお茶を差し出して書斎を去ったところで和樹が切り出した。

 

「すまないな、光宣君。本来なら休んでほしくはあったが、君も恐らく無関係とはいかないだろうから、この場に出向いてもらったのだ」

「僕も無関係ではない……師族会議関連のお話でしょうか?」

「ああ、そうなるな。先程、魔法協会を通す形で四葉家と神楽坂家がメッセージを出した」

 

 かたや十師族で最強格の勢力の一角。かたや護人の一角を担う陰陽道系古式魔法の大家。その2つの家が揃ってメッセージを出すということに克人や理璃、光宣は和樹の言葉を待った。その視線を感じたのか、和樹は話を続ける。

 

「四葉家のほうだが、四葉家の次期当主に第一高校2年の司波達也を指名しただけでなく、彼は四葉真夜殿の実子であると公表した。そして、婚約者を募集するとのことだ」

「達也さんが四葉家の……すると、妹の深雪さんも四葉家の人間ということでしょうか?」

「うむ。第一高校2年・司波深雪殿の素性は四葉深夜殿―――四葉殿の双子の姉に当たる人物の娘で、神楽坂家当主を襲名した同じく2年の神楽坂悠元殿と婚約したことが神楽坂家のメッセージで伝えられた。克人、理璃。お前たちから見て、2人はどういう風に見えた?」

 

 光宣の問いかけに答える形で、和樹が補足説明をするように述べると、その上で同じ高校出身である克人と理璃に視線を向けた。

 

「自分は1年ほどしか見ておりませんが、昨春の入学式の際、神楽坂と司波妹が仲良くしているところに七草が突っかかっていたところを目撃しました。それを見ている分だけでも、2人の仲は恋人よりも深い関係にあると感じました」

「私も昨春からの付き合いですが、九校戦での練習も含めて深雪先輩が悠元先輩に甘えたりしていたので、単なる恋人と言うよりも既に婚約に近い関係にいたのでは、とも思いました」

「そうか……ところで、光宣君は司波達也君と司波深雪君を知っているのかね?」

 

 克人と理璃の私感を聞いた上で、和樹は光宣に対して気になることを尋ねた。達也の名前を出した際に真っ先に反応しただけでなく、深雪のことも知っているような雰囲気が見られたからだ。光宣は周公瑾のことを伏せつつ、和樹らに事情を説明することとした。

 

「実は昨年秋の話ですが、達也さんと深雪さん、悠元さんたちが“人探し”の為にお祖父様を訪ねられたことがありまして。その際に知り合って、奈良や京都で一緒に行動していたのです。京都の時は理璃さんも一緒でしたけど」

「そ、そうですね。あまりお役には立てませんでしたが」

「そんなことが……ちなみにだが、その内容に関して光宣君は何かご存じなのかな?」

「申し訳ありません、十文字殿。この内容は悠元さん―――神楽坂家から箝口令が敷かれているため、これ以上のことを申し上げられないのです」

 

 この辺は光宣が東京で赴く際、もしかしたら十文字家から何かしら聞かれる可能性を考慮して悠元に相談したのだ。これに対し、悠元は最悪自分が責任を負う形で「神楽坂家の箝口令という事情で話せない」という逃げ道を使っても構わないと伝えておいた。四葉家の依頼を手伝う形だったので悠元自身が関与していたのは間違いなく、いくら十師族といえども迂闊に話せないことがかなりあるためだ。

 

「ただ、その際に古式魔法師の襲撃を受けたのですが、悠元さんが敵を引き付け、達也さんと僕で撃退したことがありまして。その事実だけでも、達也さんの実力はかなりのものだと思います」

「……克人と理璃は、達也君のことに関してどう思う?」

「一昨年の時点で当時生徒会副会長だった服部を模擬戦で倒し、九校戦の新人戦モノリス・コードでは代理メンバーとしてアタッカーを務め、神楽坂と組んで優勝に貢献していた事実からすれば、司波の実力は十師族に足るものと判断できます」

「昨春の話ですが、香澄ちゃんと泉美ちゃん、七宝君で模擬戦をした際に審判を務め、『ミリオン・エッジ』を含む大規模魔法を瞬時に無力化したことがありました。その意味でも、達也先輩が四葉家の人間だと言われても信じれると思いました」

 

 四葉の魔法師は普通の魔法師と一線を画するという意味で、克人と理璃は自分が見た達也の功績を挙げつつ率直な評価を述べた。克人は述べたこと以外にも『ブランシュ』の拠点制圧において無傷で最奥部まで辿り着き、兵士を難なく倒していた光景を目撃している。兵士の傷から見て桐原がやった傷とは思えず、しかも床には分解された銃の部品や弾丸が散乱していたことを覚えている。

 達也が彼らの所持していた『キャスト・ジャミング』発動圏内でも相手を制圧できる術を有していることに関して詮索はしなかったが、四葉の魔法師として考えれば成した所業にも納得がいくと克人はそう推察した。

 

「そうか……克人。十文字の方針としては、司波達也君の次期当主指名ならびに神楽坂悠元君の当主襲名に対して祝電を送る。そして……理璃。お前が望むのなら、光宣君と婚約を結んでも構わないぞ」

「よ、よろしいのですか?」

「家族に対して真摯に関わってやってこれなかったのでな。その罪滅ぼしという訳ではないが、両親を失った理璃を引き取って十文字家の娘として迎えたこともその一つだ。ちなみにだが光宣君、九島閣下からは婚約に関して君の自由にさせてやりたいと申し出を受けている」

「……僕自身、九島の本家では疎まれていて、そんな僕を気に掛けてくれていたのは響子姉さんにお祖父様、それに悠元さんでした。十文字殿、魔法師として未熟な身ではありますが、理璃さんと真剣なお付き合いをさせて下さい」

 

 和樹の口から出た言葉に理璃は思わず目を見開くが、元々理璃は十文字家の“分家”みたいな形の存在だったからこそ躊躇うことなくその提案を出した。奇しくも克人以上の資質を有する理璃が同い年である九島家の孫と恋仲ならば、縁をそのまま結ばせるのはどう転んでも利になると和樹は判断していたし、烈も2人の婚約には前向きという事実を聞かされていたからこそでもあった。

 

 なら、光宣も躊躇う理由が無いと判断し、真剣な表情で和樹に対して頭を下げた。頬を赤らめている理璃も光宣の姿を見て「お、お願いします!」と言いつつ頭を下げたが、勢いが良すぎてそのままテーブルに額をぶつけてしまった。お茶は理璃が無意識で展開した『ファランクス』のお陰で辛うじて零れなかったものの、ぶつけたところが赤くなって涙目になっている理璃に対して光宣が慌てて慰めている光景が出来てしまい、これにはあまり笑顔になることが無い克人も「やれやれ」と言いたげな感じで口元に笑みを浮かべていた。

 

 この後、十文字家の家族に対して光宣と理璃の婚約が伝えられ、和樹は烈に光宣と理璃の婚約を認める旨を伝えた。その際、烈からは「光宣は将来九島の家を離れるため、剛三の協力を得る形で十文字家に見合う養子とした上で送り出す」という旨を伝えた。これは悠元が出した光宣の治療に関する条件の一つで、九島家の御家騒動を避けるために光宣の持つ“九島家としての格”を落としつつ、剛三を介することで“光宣個人としての格”にすり替える。この辺は穂波が四葉家のガーディアンという特殊な事情を秘匿するために渡辺家の養女として元治に嫁いだことを前例として用いる形になる。

 

 2人の婚約の発表は師族会議の際に十師族当主へ通達し、師族会議後に魔法協会を通す形で発表する形となった。光宣はその前に九島家から別の家の養子として出される形となることが烈から和樹に伝えられた。何故正月三が日でないのかと訝しんだが、達也と悠元の婚約者募集によって理璃を娶りたいと申し出てくる家が奇跡的にもいなかったため、和樹はそれ以上疑うことなく烈の申し出を受けることとなった。

 

 




 今回は九島家関連ということで響子と光宣にスポットを当てました。烈は九校戦での息子の行いを知っているだけに、九島の家から光宣を切り離すのは“光宣の為”という主人公からのお願いを受け入れた形となっています。
 そして、原作にない動きとして光宣を動かしたのは、もう一つの“原作だと有り得ない邂逅”のエピソードを欠くために必要だと判断した次第です。またの名をネタ稼ぎ。

 本作のオリキャラである理璃はアリサと異なって歳が克人(この時点で大学1年なので、18ないし19歳)と勇人(この時点で13ないし14歳)の間にあたり、身元がハッキリしている(和樹の妹の娘)ことが家族内の不和を呼ばなかった最大の理由として考えています。和樹の妹夫婦が亡くなったために理璃を十文字家へ引き取った、となれば勇人の賛同も得やすいという和樹の魂胆もありますが。

 十文字に課せられた首都防衛の最終防壁という役目も大事でしょうが、家族の和を保てずして壁になれるのか、と少し思いました。

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