魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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七草香澄の憂鬱

 ボクの名前は七草(さえぐさ)香澄(かすみ)。十師族・七草家の次女で、姉に真由美(まゆみ)お姉ちゃん、双子の妹に泉美(いずみ)がいる。母親は違うけど兄二人いて、長男の智一(ともかず)兄貴はともかく、次男の孝次郎(こうじろう)兄貴はボクも正直苦手というか、滅多に顔を合わさないからどうとも言えない、というのが正解かも知れない。

 そして、療養の名目で別居中のお母さんと……お父さんこと七草家当主の七草弘一(さえぐさこういち)。正直に言って、泉美が婚約破棄の時に詰め寄った件からして、ボクもあまりいい印象がなくなりつつある父親だ。

 

 泉美の婚約相手―――悠兄こと神楽坂悠元。昔は長野佑都と名乗っていた悠兄との出会いは、七草家が主催したパーティーに悠兄が中年の偉丈夫―――この人が上泉剛三だったらしい―――の連れということでやってきていた。

 最初はお姉ちゃんを狙っているのかと少し警戒したが、お父さんとお姉ちゃんの挨拶もそこそこに、会場の壁際で佇んでいた。これには思わず首を傾げた。何せ、このパーティーには政財界の方々も参加していて、ボクや泉美も父の手伝いということで駆り出されていた。大人たちが主体のパーティーなので子ども連れは少なかったが、それでも子ども同士が交流を深めている所もあったのにだ。

 

 大抵の人はお父さんかお姉ちゃんとの親交を深めようとする人が普通なのに、まるでそんなことには「興味が無い」と言わんばかりの様子が気になったので近付くと、既に先客がいたようで話していた。ボクが近付いたところで悠兄と話している人物が妹の泉美だったことに驚きはしたが、更に言えば泉美の表情がまるで恋する乙女のような雰囲気を纏っていた。

 何せ、泉美(このいもうと)は何気に理想の男性像のハードルが高すぎるのだ。泉美からしたらボクの警戒心の無さは問題らしいけれど、人のことを言えるのかと思ってしまう。将来結婚できるのかと思わなくもなかった泉美が家族相手でも滅多に見せない嬉しそうな表情で悠兄と話してて、ともあれ悠兄に話しかけたところで泉美の表情が一気に険しくなり、突き刺すような視線をボクに向けた。

 

「香澄ちゃん……漸く見つけた私の王子様を奪うのですか?」

「いや、声を掛けただけなのに何でそうなるのさ!?」

 

 ボクは単純に悠兄が他の参加者と交流を深めないことに疑問を持っただけで、泉美の邪魔をする気は無いと必死に宥めると、泉美は「なら、応援してくれますよね?」と笑みを浮かべて問いかけてきたため、ボクは即座に頷く他なかった。いつになく妹が怖くて、ボクは命の危険を瞬時に悟ったが故の反射的な返事だった。

 そんなことがあり、悠兄とボクは義理の兄妹みたいな関係になった。多分交流の深さで言えば兄貴たちよりも深くなっていた。お姉ちゃんが悠兄を気に入った時はお姉ちゃんと泉美の板挟み状態になり、この世の地獄を生きながらに味わった気分だったよ。生きているって本当に素晴らしいことだと思う。

 

 密かに悠兄と泉美の婚約が結ばれた訳だが、お姉ちゃんの知的好奇心とお父さんの謀略の影響をもろに受ける形で婚約が破棄された。泉美が悠兄と婚約を結んでいたこともそうだが、それが破棄された事実は最初お父さんとお姉ちゃんしか知らなかったのだが、それを聞いた泉美が書斎に殴りこんだ挙句、お父さんを威圧で黙らせていた。

 うん、あの時は本気でお父さんが死ぬんじゃないかと思ったよ。何せ、泉美は覚えたての魔法でかつて「天才魔法師」と呼ばれていたお父さんを圧倒し始めていたのだから……悠兄への愛の力は偉大だと思うね。

 お父さんが必死に宥めたお陰で事無きを得たけど、泉美のお父さんに対する評価は最底辺よりも下、という扱いになった。泉美曰く「世の中の男性の中で一番最低のカテゴリに属する人間」と酷評していた。フォローする気はないのか、とか言われそうだけど……ボクだって命は惜しいんだ。

 正直なところ、泉美を止められるのは悠兄だけだと確信めいたような思いがある。世辞とか身贔屓とかを排除したとしても、それはきっと変わらないのだろう。

 

 お姉ちゃんが「泉美ちゃんが段々恐ろしくなってくるわ」と小声で呟いていたが、後日悠兄が手作りのお菓子を持参して七草家(うち)に来たときは正直驚いたね。何せ、同じ十師族の三矢家の人間だったのだから。お姉ちゃんは落ち込んでたけど、泉美は偉くご機嫌だった。

 その際、お姉ちゃんが「悠君は鬼畜よ……」と落ち込んでいたが、これには理由が分からずに首を傾げた。美味しいんだけどね、このクッキー。お姉ちゃんは悠兄のお菓子に親でも殺されたのだろうか、と思ったほどだ。

 

 悠兄と同じ魔法科高校に入学できたのは良かったけど、七宝には正直辟易していた。

 別に十師族・七草家の人間として師補十八家・七宝家の人間を見下すつもりはなかったけど、向こうからしたら旧第三研で第七研の最終実験体になった七草家は七宝家を含めた第七研の面々の成果を「掻っ攫った」と恨むように思い込んでいたらしい。このことは七宝との模擬戦の後に悠兄から聞いたことだ。

 いや、それをボクや泉美にぶつけられても、正直困るとしか言えないんだよね。それは当時の七草の人間が非難されるべきことであり、その子孫にあたるボクらからすれば「有難迷惑」としか表現できないんだよ。

 結局、ボクもカッとなってトラブルを起こし、仲裁案として提示された七宝との模擬戦は司波達也先輩の判断で双方失格。その時の達也先輩の毅然とした態度に、ボクの中で今まで感じなかった感情が湧き出たのだ。それが恋心だと明確に知ったのは九校戦の後ぐらいだった。

 

 泉美やお姉ちゃんには話したが、お父さんには絶対に言えなかった……それをどこで嗅ぎ付けたのか、お父さんは内密に呼び出した上で「司波達也と婚約する気はあるか?」と尋ねてきたのだ。ない訳じゃないけど、達也先輩ぐらいの人なら競争相手が多い。なので、「叶うかどうか分からないけど、その気はある」とだけ答えておいた。

 すると、向かい側に座っていたお父さんの表情は「あ、これ絶対良からぬことを考えている表情だ」と言わんばかりの笑みを口元に浮かべていたので、ボクはこれ以上のことを何も言わずにそそくさと自室へ戻った。

 

 論文コンペの後に達也先輩とデートすることになった……ボクの恋愛事情も含まれるが、一番の理由はお姉ちゃんが迷惑を掛けたことに対する謝罪の気持ちからくるものだった。どうして謝罪からこんなことになったのかと言えば、お姉ちゃんが京都に行って帰ってきた翌日、改めて達也先輩に謝罪と礼を言いに行った。先輩は「事前調査のついでだったから気にしなくていい」と言っていたけど、そこから司波会長と北山先輩が色々目論んだ結果、遊園地のデートになってしまった。

 遊園地では明智先輩が実家の絡みでトラブルに遭遇していたが、そこに悠兄と伊勢先輩、十三束先輩が加勢してあっさりと鎮圧していた。その後、悠兄と伊勢先輩と一緒に食事をすることになったのだが、達也先輩からボクと悠兄の仲の良さについて尋ねられた。泉美のことを引き合いに出すと先輩も納得してくれたようだ。

 これがごく一般的なデートかと言われると正直自信が無い。悔しいけれど、恋愛の経験値では泉美やお姉ちゃんに勝てないんだ。

 

 そして、正月の七草家は来客が多く、十師族の中で社交的な部類の為にお姉ちゃんだけでなくボクや泉美まで駆り出される始末だった。尤も、本気で興味があるという訳ではなくお父さんとの付き合いで、という意味合いが強い。そんな中、居間に呼び出したお父さんは四葉家からのメッセージと神楽坂家からの書状について話すことになったんだけど……どうしてああなったのか、ボクにも理解できなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 1月3日。この前日、四葉家と神楽坂家が揃って発表した事実に対して、あらゆる家が魔法協会の私書箱宛に祝電や婚約の申し込みを行っていた。そんな中、一条家が達也でも悠元でもなく深雪の婚約に関する質問状を魔法協会経由で四葉家に送付していた。

 七草家当主・七草弘一は今回の情報を集めるべく、七草家の影響下にある国防軍情報部からも情報提供を受けていたが、その中にあった一条家の質問状が目に入った。一条家から剛毅の長女を悠元の婚約者として申し込んだ部分も把握していたが、弘一の興味はそのことよりも四葉家へ質問状を出した経緯に興味が湧いたのだ。

 

(恐らく、子息の一条将輝のことだろうな。彼の性格を考えれば横槍も考えたのかもしれんが、妻か娘に咎められたのかもしれないな)

 

 ほぼ弘一の読み通りであり、剛毅は将輝の恋愛を応援しようとしたわけだが、それに託けられることを茜が拒み、その事情を聞いた美登里が剛毅を止めた。無論、一条家で何が起きたのかは弘一と言えども承知ではないが、限られた情報の中で弘一は想定される中で一番の最適解を導き出した。

 一昨年の段階で護人・神楽坂家の次期当主兼当主代行として指名を受け、昨春は神楽坂家の当主代理として弘一は悠元と面談していた。その際、弘一は目の前にいた少年がとても十代の人間には見えなかったのだ。

 十文字家の長男である克人も同年代離れした体格と風貌で大人びている。だが、悠元の場合は身に纏っている雰囲気がまるで長い事政治の世界に君臨する長老クラスの議員と遜色ないレベルの老獪さを覗かせていた。だからこそ、弘一は年功序列を気にすることなく悠元との会談に臨んだことがあった。

 

 弘一は四葉家に指名された司波達也のことも、神楽坂家当主の婚約者として発表された司波深雪のことも……そして、深雪の婚約相手である神楽坂悠元のことも知っていた。

 最強の対抗魔法を使いこなし、高校生離れした体術を有する司波達也。流石に彼の使っている魔法に関して詳しいことは不明のままだが、彼は『灼熱と極光のハロウィン』で使用された2つの戦略級魔法の片割れの可能性が高い、という報告を受けている。その彼がまさか真夜の息子だという情報は弘一ですら予想だにしなかった。

 一昨年は『氷炎地獄(インフェルノ)』や『ニブルヘイム』、当時発表されたばかりであった飛行魔法を自在に使いこなした司波深雪。それだけでなく、昨年の九校戦では全く新しい魔法を披露し、その内の一つは第七研の研究テーマである『群体制御』をより実戦向きに改造された術式であると七草の研究者から報告を受けていた。司波深雪に関しては、司波深夜の娘であることは確証がないものの既に分かっていた。

 

 そして、元三矢家の三男であった神楽坂悠元は元々重度の先天的な異常体質を抱えており、10歳を迎える前に死ぬかもしれないと研究者が述べていた……はずだった。

 三矢家の未来を覆すが如く悠元が元気になったのを皮切りに、長男の元治を除く彼の兄と姉らが次々と九校戦で目覚ましい活躍を見せていて、弘一はそのきっかけを作ったのが当時三矢の姓を名乗っていなかった神楽坂悠元であると確信していた。

 それは国防軍情報部が彼を“再教育”の名目で襲撃した折、七草家は国防軍の部隊の見逃しという言い逃れのできない罪により、上泉剛三の勘気による影響を被ったことからも明らかであった。それを知る代償として彼と娘の婚約破棄を三矢家から言い渡されただけでなく、泉美から笑顔による無言の圧力を受けることになり、天才とも謳われた弘一ですら娘の勘気に対して有効な手立てが見いだせなかった。

 

 司波達也と司波深雪が四葉の中軸となった場合、四葉家以外の十師族・師補十八家を構成する二十七家が束になったとしても……いや、恐らく四葉家に味方するであろう三矢家のことも鑑みると、他の二十六家で抑えられる自信など皆無に等しかった。

 

 三矢家は元の長男である元治が渡辺家の養女と婚約・結婚し、長子継承の路線を進むが如く下の兄弟姉妹が各々家を離れることは想定していたが、次男の元継が上泉家に婿養子となった後に上泉家当主を襲名し、そして三男の悠元が神楽坂家の養子として迎えられ、今年の元日に神楽坂家当主を襲名した。

 元自身は「既に別の家の人間である」と護人の二家の外戚でありながらも距離を置くことで友好的な関係を保つことを選択したが、弘一からすればこの選択そのものが一番されてほしくないことだった。

 

 弘一は当初、達也と深雪を抑えるために悠元を利用する腹積もりでいた。詳細な情報は国防軍経由でも一切出てこないが、司波達也と同じく第101旅団・独立魔装大隊と縁が深いというところは把握しており、悠元が司波家で居候していることも掴んでいた。

 これを利用して三矢家と四葉家に揺さぶりをかけようと目論んだところで、九校戦後に悠元が十師族を離脱して神楽坂家の養子かつ次期当主となったことが臨時師族会議で明かされた際、弘一は愕然とした。四葉の動きに気を取られて他の家の動きを見逃していた行いは十山家の一件で痛感したはずなのに、今度は神楽坂家に先手を打たれていたことを見抜けなかったのだ。 

 

 そして、止めと言わんばかりの神楽坂悠元と司波深雪の婚約発表。直接的に見れば深雪が四葉家を出て行く形となるため、弘一の望む展開―――達也か深雪のどちらかが家を出て、その後四葉家を説得することで国内のパワーバランスを保つ―――に見えるだろう。だが、弘一からすれば、これが最も恐れていたことの一つだった。

 本来、護人の家は血縁を強く重んじるため、上泉家が先代当主の孫世代にあたる三矢家の子を上泉の孫娘の婿養子に迎えるまでは想定の範疇だった。だが、神楽坂家が直系や分家の子ではなく、先代当主となった千姫の姉の孫を養子として引き取り、その子を次期当主―――当主として襲名させた搦め手は弘一のみならず、各方面の古式魔法の家を驚かせた。

 これは、上泉家と神楽坂家が数代おきに双方の婚姻を行っているが故に可能となることだが、今までそれを実行した人間はいなかった。大抵の場合、家内に不穏な雰囲気が流れることになり、最悪その子が殺される可能性が極めて高かったからだ。

 

 上泉剛三が手放しで認めるほどの武術の力量、神楽坂家先代当主となった千姫の慧眼、『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条将輝を完封した実力、そして古式魔法と現代魔法の複合術式を行使するだけの卓越した魔法技術。それらの条件が揃っていたからこそ、悠元が千姫の養子となりえた。そしてそれは、神楽坂家から「師族二十八家に三矢悠元を御する資格などない」と通告されたも同然の出来事であった。

 その意味で、司波深雪の婚約発表は彼女が神楽坂悠元の妻に足り得る力量である、と千姫が四葉家の力を認めた形を示すことになる。しかも、四葉家の次期当主に指名された司波達也は神楽坂悠元と同じく複数の婚姻を推奨されている身上。同じ魔法師社会ではなく政府が間接的に達也の力を認めたということは、政府は異名も含めて四葉家に関心を寄せている……とまで行くかどうかは不明だが、少なくとも友好的な関係を模索している風にも捉えられる。

 

 七草家は現状泉美の婚約が復活しているが、昨春に悠元と交わした約束を既に破っている。真由美辺りが名倉の件を通じて薄々勘付いている節はあったが、真由美が京都から戻ってきた後は彼女からその件で問われることはなかった。

 なお、名倉を殺した周公瑾の足取りは一切掴めずにいた。周公瑾が国防陸軍宇治第二補給基地にいたことまでは掴んだが、先日その基地が謎の勢力に襲撃を受けた際、周公瑾の消息もそこで途絶えていた。襲撃のあった日、京都に第一高校と第三高校の生徒が数名いたことが判明しているが、それが基地襲撃に繋がる決定的な証拠になり得なかった。

 

(……試す価値はあるだろう)

 

 戸籍上も遺伝上も全く問題が無い婚約である以上、下手な横槍は出来ない。だが、一条家の質問状に歩調を合わせれば何かしらの成果を得られる。

 そう考えた弘一は娘たちを居間に呼んだのであった。

 




 姉と妹に挟まれる苦労人の性。
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