雫とほのかは無事(?)バイアスロン部に入ることとなった。何でも先程の技は雫にとって感動を覚えるものがあったらしい。そんな雫に根負けする形でほのかも入部した形だ。
だが、それ以上に雫の視線は悠元に注がれていた。彼女だけでなく、ほのかやバイアスロン部の面々も興味津々といった表情だ。
「……解った、説明する。あれは定義的に言うなら『電磁加速・空気固定走行術式』というものだ」
「え、あの、いきなり凄い単語が飛び出したんですけど!?」
短縮して言うなら電磁加速走行術式『ブリッツ・ロード』。振動加速・放出・ベクトル操作などで電磁加速術式を、空中の空気固定を光波振動系・硬化魔法などで行い、空力・空気抵抗・慣性・重力などの制御を空力制御という定義で一括処理。状況に応じて多変数化も使うのもそうだが、最低でも一度に10個以上の系統魔法を同時行使して複合制御しなければならない高難易度魔法。
それらをゆっくり説明したのだが、一同には理解が追い付いていなかった。
無理もないだろうと思う。美嘉がそれを見たときに原理を教えたが難しいと思っていた。だが、彼女はたった1週間で安定化させたのだ。つくづく十師族は化け物だと思う……お前が言うな、とは言わないでほしい。
「まあ、普通には無理です。一度に二桁の魔法式同時行使なんて出来ないでしょうし、工夫せずにやったら10秒維持するだけで一般的な魔法師の平均想子保有量に相当します。それだったら『
「あはは……それを使って平気でいられる三矢君ってすごいね」
悠元の言葉にバイアスロン部の部長である亜実は苦笑しつつそう答えた。そこで悠元は亜実に尋ねてみることにした。それは姉たちのことだ。
「ところで、あの術式を見知っていたということは、美嘉姉さんが何かしたんですか?」
「私も先輩たちに連れ去られたことがあってね。その時は美嘉さんに抱きかかえられたけど……本当に凄かった。『
美嘉の得意系統は光波振動系魔法の複合術式。その意味で『ブリッツ・ロード』は彼女の代名詞ともなった。なお、その魔法を自己加速術式との併用も可能で、美嘉は短距離の移動にも使っていたりするなどの器用さを発揮。それを平気でできるだけの想子保有量を持っていたのも事実である。
「ところで、あの先輩たちに使った魔法って?」
「あれは単純に気流操作で縦回転させて、空気のクッションでゆっくり着地させただけ」
「サラッと言ってるけど、あの魔法を使って更にその魔法って、三矢君はいくつの魔法をマルチ・キャストできるの?」
「うーん……試したことはないですが、30は行けるかと」
「30!?」
え? やっぱり驚かれるの? うーん、『ライトニング・オーダー』を使えるのは俺以外に2人の姉(佳奈と美嘉)だけど、常時10以上の術式をキャストできるように練習してたからなぁ。さすがに隠し切れないと判断して父にその存在は伝えているが、『ライトニング・オーダー』は切り札の一つとしていることを理解してくれた。
すると、そろそろバイアスロン部のデモンストレーションの時間らしく、ついでということで一緒に移動している途中、校舎に寄りかかっている人たちを見つける。亜実の言葉からして狩猟部の先輩たちであると理解した。
「狩猟部のみんな……どうしたの!? 大丈夫!?」
「五十嵐さん……うん、大丈夫」
(この感じだと想子酔いだな……確か、第二小体育館で剣術部と剣道部の乱闘騒ぎがあって……となると、達也の奴『アレ』を使った可能性が高いな)
その原因まで大体把握したので、悠元は懐から携帯端末型CADを取り出して魔法を発動する。周囲を穏やかな風が包み込むと、先程まで顔色が悪そうにしていた狩猟部の先輩たちの顔色もだいぶ良くなっていた。それを確認すると悠元はCADを懐にしまった。
「少し酔い覚ましをさせましたが、念のために体を休めたほうがいいです。恐らく外部から予期しないノイズを受けたのではないかと思われます」
「三矢君、原因に心当たりがあるの?」
「原因はわかりません。似たような現象を見たことがあったので、それを思い出しただけです」
すると、同じく狩猟部のユニフォームを着た女子―――
怜美は彼女らを診た上で実技棟の演習室の一室で休むように指示。先輩方は自力で歩けるぐらいまで回復していたが、亜実達バイアスロン部と別れて雫やほのかと一緒に先輩たちの付き添いをする。
「ありがとね、助かっちゃった。先輩たちが君の魔法でだいぶ楽になってたし」
「大したことはしてないよ。軽い酔い覚ましみたいなものだし」
改めて4人は自己紹介して、仲の良い友人となる。英美の本名はアメリア=英美=明智=ゴールディ。日英のクォーターで、母方の祖母は英国でも名門のゴールディ家。
ここでは話さなかったが、悠元の祖父である剛三はその人間と関わりがあるらしい。厳密には英美の両親の仲人をしていたとのこと……どこまで顔が広いんだとツッコミを入れたくなった。
すると、悠元の持つ携帯端末の着信音が鳴ったので手に取った。聞こえてきたのはよく知る人物の声だった。
「もしもし、三矢ですが?」
『私です、悠元さん』
「深雪? どうして電話を……生徒会室に戻って来いと?」
『いえ、女子生徒と仲良くされているのを見かけたものですから』
その言葉に冷気にも似た殺気のような視線を感じ取ってその方向に視線を向けると、下の階の窓から深雪が見つめ合っただけで凍り付きそうな笑顔を向けてこちらを見ていた。怖えよ! 雪女も目じゃねえと思うぐらいの恐ろしさがヒシヒシ伝わってくるんですけど!? 揶揄とかじゃなくでマジで。とにかく気を持ち直して問いかけてみた。
「深雪……ヤキモチ?」
『……~~~っ!? ち、ちち、違います! とにかく、生徒会室に戻ってきてくださいね!!』
「はい、了解しました」
こちらの言葉に対して、今度はオーバーヒートでもしそうなぐらい顔を真っ赤にした深雪が目に入った。これ以上からかうと明日からコールドスリープしそうなので、その辺にしつつ通話を切った上でこっそり聞き耳を立てていた3人に向かっていい放つ。
「生徒会室に戻って来いってことだから、俺はこの辺で失礼するよ」
「あ、はい」
「解った」
「悠元君、またねー」
生徒会室に戻る途中、先程の深雪の態度について考えていた。
大切な人だからと言ってあそこまでの殺気は逆に引いた。こちらから指摘すると今度は顔を真っ赤にして反論していた。
一体どういうことなのかを悠元は測りかねていた。自身にロクな恋愛経験がないことは理解しつつも、どうも身の丈には合ってないと思ってしまう。達也やレオに比べたら容姿的に地味だと思う節がある。
(この辺は無駄に前世の感覚を引き摺っているんだよな……別に、好意自体に気付いていないわけじゃない)
それを100パーセント信じ切れるだけの確証がない。勘違いでショックを受けて凹むぐらいなら、そこまで踏み込む必要はないと思っている。友人あるいは親友というテリトリーまで行ったとしても、それ以上は自分にとって未知の領域ともいえた。なので、小学校と中学校では告白されても付き合うということがなかった。
「……せめて、変な噂が流れるような事態だけは避けないとな」
同性愛者なんて噂が流れたら消す手段はあるが、せめて使わないようにしたい。その意味で普段からの行動に気を付けようと思うのだった。
◇ ◇ ◇
悠元が生徒会室に戻ると部屋には鈴音だけがいて、本来いるはずだった真由美がいないことに気付く。すると、その辺も察して鈴音が声をかける。
「お帰りなさい、悠元君。会長なら部活連本部です」
「本部ですか? もしや、懲罰委員会に?」
「いえ、今は事情聴取の段階ですね。第二小体育館での一件を取り押さえた司波君に状況を説明してもらっている、ということです」
鈴音からは第二小体育館で剣術部と剣道部のトラブルが起き、その原因である先輩を達也が鎮圧したという。それを聞きつつ、悠元は鈴音に報告をした。
「恐らくそれに関係ある出来事なのですが、バイアスロン部でのトラブル処理の後、移動していた時に想子酔いを起こしていた狩猟部の先輩数名と遭遇しました。狩猟部に入部した同級生の話では、妙なノイズを第二小体育館から感じたと言っていました」
実は自己紹介の後、何か心当たりか気づいたことはないかと英美に尋ねていた。すると、英美から狩猟部に入部して早速乗馬をしていた際、大人しかった馬が急に暴れだして近くにいた先輩たちが頭を抱えてその場で蹲った、と聞くことができた。
「想子酔い……『高周波ブレード』は異常な振動で聴覚に支障をきたす恐れはありますが、想子酔いとなるレベルの想子波を起こすようなものではありませんし……まさか、司波君が何かしたということですか?」
「……市原先輩、このことは内密にお願いします。もしかしたら『ブランシュ』にも関係してくる話ですので」
「っ!?」
悠元は達也のやったことに心当たりがあった。悠元も実際にその方法で同じことの再現に成功しているからこそ、その現象によって引き起こす影響も理解できていた。それをもし例の連中が見ていたら、達也にちょっかいをかけてくることは明白だろう。
とりわけ感受性の高い人間がその波動を浴びれば想子酔いを起こすことも理解していたからこそ、その対処法として想子波長調整魔法『
「……そうですね。その子たちはどうしました?」
「安宿先生が実技棟を開放してくれたので、先輩たちはそこで休んでいます。自分はいつでも手を貸せるよう付き添いをしていただけですが」
「そうですか……解りました。このことは自分の胸の内にしまっておきましょう」
「助かります」
真由美に言わなかった理由は他にもある。
先日の十山家の一件で七草家と十文字家は上泉家から厳しい目で見られている。第一高校に反魔法組織団体の関係者が紛れ込んでいることも三矢家は既に掴んでいる。これを的確に対処できなければ……この先は自分でも言いたくはないぐらいのレベルだ。
それと、このことをきっかけとして、英美がほのかや雫を巻き込んで妙なことになるような気がする。仮に実技ができても実戦ができるとはならないことなど、一介の高校生が理解するのは無理だろうと思う……その意味で自分やあの二人は例外と言っていいだろう。
◇ ◇ ◇
その後、真由美と摩利、克人からの聴取を終えた達也を出迎える形で悠元と深雪、レオとエリカに美月、それとレオに連れられる形で燈也が一緒にいた。どうやら既に自己紹介が済んでいたと達也は理解した。
「六塚燈也といいます。燈也で構いません。僕自身、名字で呼ばれるのは好きじゃないので。レオから凄い奴だと聞きました」
「そんな大したものじゃないさ。司波達也だ。俺のことも達也でいい」
「こちらこそ、達也」
またも十師族ということだったが、レオ曰く『面白い奴』という説明で緊張が一気に解れた様で、達也と深雪は燈也と自己紹介を交わす。かく言うレオも最初燈也が一科生で十師族ということから身構えていたが、それを思わせないような雰囲気に加えて、同じ山岳部に入るということもあって打ち解けたらしい。
遅くなったお詫びということで、帰り道途中の喫茶店にて達也が奢ることとなった。この程度のことなど達也からすれば小銭を使う程度のものでしかないが。レオが言うには先輩たちですらキツイと話す上級トレーニングコースを完走したらしい。これにはエリカが苦笑を浮かべた。
「体力バカっぽい奴ならともかく、そんな風には見えないんだけどねえ……髪を伸ばしたら、女の子っぽく見えそうだけど」
「お前なぁ……ってすまねえな、燈也」
「よく言われるから気にしないでいいよ。僕自身、一高への進学は姉さんの着せ替えファッションショーから逃げる意味合いもあったけど……」
どこか遠くを見つめる燈也の目に悲壮感が漂っていることに気付き、一同はこれ以上触れないほうが燈也のためだと感じた。
そのことは触れないように話題を変えようとしたところで注文した品が届き、各々口にし始める。すると、レオは達也が対処したトラブルについて問いかけてからサンドイッチを口にした。
「そういや達也、その剣術部の
「あれは有効範囲が狭い近接魔法だからな。よく斬れる刀と対処は変わらないさ」
「それって刀の対処は簡単って言ってるようなものじゃあ……」
達也の言い方を直訳すると美月の言い分に合致しうるのは確かだろう。だが、深雪はそれに臆することなくハッキリと言い切った。
「大丈夫よ、美月。お兄様は強いから。お兄様に勝てるとしたら悠元さんぐらいでしょうね」
「へえー、悠元ってそんなに強いんだ」
「随分買い被られているような気もするけどな」
深雪の評価を聞いた燈也が感心するように悠元を見る。その視線に気づきつつも悠元は自分の評価が多少脚色されていることに感想を述べた。そこに達也が少し笑みを浮かべて冗談めいた口調で発言した。
「だが、事実として俺に勝っているだろう」
「あれは3年前の話でしょうに。先日の動きを見てる限りだと、確実に奥義まで使わないと無理」
「アンタがそう言っちゃうぐらいなのね……」
先日の服部との模擬戦と九重寺での鍛錬。それを見ている限りでは、自身が会得した奥義を解放しないと勝利までには至らないだろうという発言にエリカが達也の強さを再認識する羽目となっていた。