司波達也の四葉家次期当主指名と彼の実母が四葉家当主・四葉真夜であるという発表。そして、神楽坂悠元が神楽坂家当主を襲名した事実。これだけでも真由美たちからすれば十分衝撃的な内容であったが、泉美の機嫌を損ねない内に弘一が説明を続けた。
「そして、ここからが大事なことだ。二家とも司波達也君、そして神楽坂悠元君の婚約者を募集するという旨があった訳だが、神楽坂悠元君のほうはそれと同時に司波深雪嬢との婚約を発表した」
「悠兄と司波会長が……うん、まあ、納得かな」
「ええ、あれだけ仲がいいお二人ですし、当然のことです」
「いや、何で泉美が誇るのさ」
弘一の言葉に対し、悠元や深雪と関係を持っている香澄と泉美は揃って悠元と深雪の婚約に納得していた。昨年の九校戦前に偶然会った際、2人がデートしていたのは明白であり、同じクラスということもあって単独で行動しているのがそれこそ男女別での授業ぐらいである、という認識を持っていた。
泉美はまるで自分のことのように誇るような言葉遣いで胸を張っており、これには香澄が若干引き気味になりながらも冷静にツッコミを入れた。すると、その辺の事情を聞きたそうに弘一が尋ねてきた。
「ふむ、香澄と泉美は悠元君と深雪嬢の仲の良さを知っているようだが、そこまで仲が良いと?」
「はい。既に一高では生徒の誰もが知らぬ事など無いと言わんばかりに公然の恋人関係になっています。その辺は泉美が詳しいかと」
「私たちの入学式の時点で、2人がお付き合いしているような素振りは見られました。それに、悠元兄様はお姉様の前で深雪先輩との関係を自ら御認めになっていましたので間違いないと思われます」
「成程……」
弘一の問いかけに対して、香澄と泉美はあまり飾ることなく事実に基づく説明をした。これに対する弘一の反応は、納得するような素振りを見せていたものの、彼が最も欲しがっていた言葉ではなかった。
そして、ここで弘一は達也と悠元の婚約に関する本題を切り出した。
「香澄、お前が司波達也君に気があるのは察していた。なので、既に四葉家へ司波達也君の婚約者として申し込んでいる。言い忘れていたが、司波達也君と神楽坂悠元君は複数の女性との婚姻を特例ながら認めたらしい」
「ちなみにですが、泉美はどうなるのですか?」
「泉美は昨春、神楽坂家との会談の際に婚約を復活させて頂いた。そこに関する書状も三矢家から頂いている」
「……」
この抜け目ない父親だから、どうせ既に婚約者として申し込んでいることぐらい読めていたため、香澄は拒否する姿勢を見せずに婚約が破棄された妹を気遣う形で弘一に尋ねた。
これに対し、弘一が泉美の婚約が復活した事実を述べたのだが、今までの流れからして「ありがとうございます」と述べそうな泉美が真剣な表情をして弘一を睨むようにしていた。過去のことからして、口でそう言われても信じ切れていないのだろう、と香澄は内心で溜息を吐いた。
そして、事態の推移を大人しく見守っていた真由美がようやく口を開いた。
「お父様。もしかして昨春というのは、悠元君が訪れてメディア関係のお話しされたときのことですか?」
「そうだ……心配はいらない。約定通り、私は約束をきちんと履行しているからこそ、泉美の婚約は破棄されていない」
(この、タヌキオヤジ……悠君はもう全部知っているのよ? そして、泉美ちゃんの扱いに関しても変わるということを)
弘一と悠元が結んだ口約束。それは、“とある人物”―――名倉を殺した横浜の華僑の方術士(周公瑾)ともし関わりがある場合は直ちに縁を切ること。そうでなければ繋がりを持たないこと。更に、その者の対処に七草家が関わらないこと。
弘一は確かに周公瑾との縁を切った。だが、当時の腹心であった名倉三郎が約定を結んだ後に周公瑾と接触している上、四葉家を出し抜こうとして名倉に周公瑾の殺害を指示したことは当人の証言も含めて全て事実であると証明されている。
それでいて泉美の婚約が破棄されていないのは、正式な婚約になった際の手続きが七草家の与り知らぬところで既に整っているからこそであった。泉美の女性としての気持ちを尊重しつつ、七草家に対して明確なペナルティを与えるとなった際、七草家が神楽坂家の外戚となる繋がりを断つ方法が一番効果的だと判断した。
そのことを悠元から知らされている真由美であったが、日ごろから鍛えられている猫被りで弘一からの追及を避けることに成功した。すると、弘一はとある提案を真由美に持ちかけた。
「……真由美。実は五輪家から書状が届いて、
「え、ええ……」
「実は、一条家が四葉家に質問状を出していた。内容は一条将輝君と司波深雪嬢の婚約に関するもののようだ」
最近連絡すら疎遠になっていた洋史との関係解消は止むを得ないことだと納得していたが、その次に弘一の口から出た事象は真由美ですら首を傾げた。
一昨年の九校戦終了後のダンスパーティーで将輝が深雪を誘っていたことは目撃していたが、その時の将輝の表情からして深雪に脈があるのはすぐに分かった。悠元と深雪の婚約に口を挟みかねない質問状の内容はともかく、どうしてそこで自分が関与してくるのかが分からない、と言いたげな視線を送る真由美に対し、弘一はサングラスのフレーム中央を押さえつつ尋ねた。
「真由美、お前が神楽坂悠元君に気があるのは分かっている。とはいえ、七草家としては既に泉美の婚約を認めてもらっている以上、1つの家から同じ血を引く姉妹を出すことで要らぬ詮索を呼ぶ可能性がある。なので、お前にその気があるのなら、神楽坂悠元君との婚約が可能かどうかの質問状を送るつもりだ……どうする?」
「……構いません。いえ、お願いいたします」
真由美自身、父親の言いなりになりたくなくて反抗し続けてきた。そんな中で出会った悠元は真由美からすればとても羨ましく見えた。
三矢と七草……同じ十師族のはずなのに、その名に囚われることなく振舞えている悠元や彼の姉達の姿を見ていると、七草家の名に拘っている自分が本当に正しいのかと自問自答するようになっていた。
十師族としての矜持は悠元自身も理解していたが、それ以前に人としての在り方を彼は重んじていた。あずさが生徒会長選挙に出た時の暴動を抑えた深雪を窘めた上で、厳しい言葉をぶつけた。
そんな彼が羨ましくて、いつしか彼に惹かれていて、深雪と仲が良いことをあまり快く思っていなかった。もし、深雪がその時点で四葉の姓を名乗っていたら、自分はきっと涙を呑んで大人しく身を引いていたかもしれない。
弘一の提案に対し、真由美は一切反論することなく丁寧に頭を下げた。すると、ここで訝しむ視線が妹たちから向けられていることに真由美は気付いた。
「お姉ちゃん……やっぱり悠兄を狙ってたんだね」
「お姉様……やはり泥棒猫は身内でしたか」
「二人とも、やっぱりって何!? 大体、悠君は複数の婚約者を求められているし、私はまだ婚約できるかどうかも分からないでしょ!」
「三人とも、落ち着き……うっ」
悠元と仲が良い香澄からすれば、真由美は尊敬できる姉であるが、泉美との件で苦労したことから、真由美が悠元と婚約する可能性があることに対して正直香澄自身の気苦労が増える未来しか見えず、反対というより「悠元の人の良さに甘えるな」と唱えたかった。
泉美からすれば、真由美の存在は「私と深雪先輩の想い人を独占しようと目論む泥棒猫」という風に思い込んでおり、複数の婚約者でも問題ないという前提があったとしても、目の前にいる姉は結構独占欲が強いことを知っているため、他の婚約者との輪を乱さないか正直不安であった。
香澄と泉美のジト目と容赦のない言葉に対し、真由美は事実に基づく反論を叫ぶように言い放つが、2人の耳には全く届いていない。
そして、それを咎めようとした弘一だったが、次の瞬間に泉美から発せられた“何か”によって意識を手放し、ソファーに凭れ掛かる形で気絶した。これにすぐ気付いた真由美は弘一の方に手を翳していた泉美を問い詰めた。
「ちょっと、泉美ちゃん! お父様に何をしたの!?」
「心配いりません、お姉様。サイオンの塊をお父様にぶつけただけです。私は別に七草家を勘当されても構わない覚悟はとうに持っていますので」
「……ボクは何も聞いていないし、見ていない」
「香澄ちゃん!?」
その後、弘一が目を覚ました時には真由美達の姿が無かったが、一体何が起こったのかを把握する術は……真由美だけでなく香澄と泉美からも快く思われていない弘一には確かめる術も存在しなかったのであった。
◇ ◇ ◇
七草家でそんなことになっていた頃、旧愛媛県松山市にある十師族・
「悠元君が神楽坂家当主に、ですか」
「そうだ。しかも、司波達也君と同じく複数の婚約者を政府から認められたということは、2人は恐らく戦略級魔法師……もしくはそれに準ずる実力を有している可能性が高い」
五輪家は澪の存在があるからこそ十師族としての立場に居られた。だが、元々虚弱だった澪がどれだけ生きられるかで、五輪家が十師族から転落するという危惧もあった。そんな中、彼女の体質を改善した悠元の存在に目を付け、彼が当時十師族・三矢家の三男だったことから、彼を婿養子として迎えた上で澪と結婚させられないか、と勇海は考えていた。
だが、彼が十師族から離脱して護人・神楽坂家の次期当主となったことで、その夢が潰えてしまった形だ。そして、その彼が先日神楽坂家当主を襲名したことは事実上止めを刺されたような心境であった。
「洋史が七草家の長女と疎遠になってしまった以上、彼が恋焦がれている三矢家の次女に対して婚約の申し入れの書状を出した。そして、澪。家の都合で振り回して済まないが、悠元君の婚約者として神楽坂家に申し入れを出した。事後承諾になったことに関しては言い訳のしようもない」
「……いえ、元々『十三使徒』の身である以上、覚悟はしていたことです。それに、表向き政略結婚とはいえ、私としては好きな人に添い遂げることが出来ますし、神楽坂家の本拠は箱根である以上、首都の要を担う役目は果たせると考えています」
勇海は知らないが、三矢家は既に達也の婚約者として佳奈を送り出す方向で話が進んでおり、佳奈自身も達也との婚約に前向きであった。そこに五輪家が洋史と佳奈の婚約の申し入れを三矢家に送るということは、原作で起きていた達也と深雪の婚約に対する一条家の申し入れに近い状況が発生することになる。
無論、この時の勇海も元もそんな事態になるなど思ってすらいなかっただろう。
そして、五輪家としては体質の改善によって澪が子を成せる公算が立ったことになり、大亜連合との講和条約で暫くは小康状態になると見越した上で澪を悠元の婚約者として申し入れることとした。戦略級魔法師クラス同士の子となれば、その子の魔法資質も大いに期待できると見込まれたもので、澪は悠元への恋慕の感情も含めつつ勇海の提案を素直に受けた。
「それで、お父様。悠元君が神楽坂家の当主である以上、単に申し入れるだけでは十師族・五輪家の人間としても『十三使徒』としても示しがつきません。なので、箱根の神楽坂家に直接出向きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そのことだが……政府から澪に『召喚命令』が下された。直ちに東京へ来て欲しいとのことだ。その際、皇居で上泉家当主である上泉元継殿、そして神楽坂家当主こと神楽坂悠元殿と対面することになる」
元々大亜連合との戦闘を睨んでの出征の後、澪は事態の推移を見守るという理由で五輪本家に留め置かれていた。そこには澪の健康状態の改善に気付かれまいとする勇海の優しさも含まれており、澪はその優しさに甘んじていた。とはいえ、部屋に籠りきりは体調を崩すため、時折訓練場に出向いては体力トレーニングに勤しんでいた。
流石に年齢のせいで身長が伸びるという淡い期待は持ち合わせていなかったが、自身の膨大な魔法力を生かす意味で近くにある新陰流剣武術の松山道場に通っている。その道場を預かる女性の師範は澪の素性を知っており(彼女は剛三の娘の1人で、東道家に嫁いだ姉と詩歩の妹にあたり、千里の叔母でもある)、他の門下生とは別のトレーニングメニューを与えている。更には、週に一度師範自ら出向いて澪の鍛錬をしている(表向きは護身術という名目だが、内容は本格的な対人戦闘用のもの)。
話を戻すが、日本政府は東京に『十三使徒』がいないことを鑑みた(首都防衛の要として十文字家や十山家がいるというのに、彼らを信じ切れていない故なのか)だけでなく、大亜連合との講和条約で小康状態にある以上、澪が五輪本家に留め置かれる理由が無いと判断しての政府の召喚命令。それだけならば澪も納得しなかっただろうが、皇居への召喚も含まれていて、更には先日神楽坂家当主となった悠元との面会を求められた。
「悠元君と……確か、その二家は十師族よりも上の立場にいる方々。ということは、『十三使徒』として出向かなければならないということですか」
「そういうことになる。お前ならば心配していないが、私も同行する。洋史には、そろそろ私の後を本格的に継いでもらうために仕事を覚えてもらわないと困るからな」
つまるところ、洋史は五輪本家で当主代行として暫く留め置くということ。勇海は約1ヶ月後に迫った師族会議のため、元々東京に出向いて根回しをするつもりであった。表向きは自由に動けない澪の同行者として赴き、皇居への同行も求められたのだ。
「私がいることで五輪家は十師族の地位にあるわけですが、やはり不安であると?」
「……
「おかしい、とは?」
勇海も澪が昔のままならばこのようなことを漏らさなかっただろうが、澪の体質の改善に加えて彼女が神楽坂家当主となった彼の存在に期待して、勇海は家業から読み取れた気になる情報を澪に提示した。
「大亜連合方面の物の動きが鈍くなりつつあることもそうだが、それと比較してUSNA方面からの物の動きが大分活発になってきている。この状況でUSNAと新ソ連が一戦交えるとは思えないが、警戒は必要だ」
「……その、もしかしてUSNAは一昨年の『灼熱と極光のハロウィン』をまだ警戒しているのではないでしょうか? もしくは、かの国でまだ精力的な活動を続けている人間主義者のケースもあります」
「人間主義者、か……(確か、昨年の春に四葉家が名古屋で人間主義者を捕らえた、と言っていたな)」
五輪家の家業である海運会社の本拠地は四国地方(松山)だが、九州(鹿児島)・近畿(大阪)・東海(名古屋)・関東(横浜)に支社を置くことで、太平洋方面の船舶の管理だけでなく海外からの監視に目を光らせている。その取引実績から近年のUSNA方面と大亜連合方面からの取引の伸びが気になっていた。
勇海が述べた可能性に対し、澪は自身が出征する要因となった横浜事変の可能性とUSNAで未だに勢力を保っている人間主義者の存在を示唆した。これを聞いた勇海は昨春の臨時師族会議で人間主義者対策を話し合った際、四葉家が名古屋でUSNAの人間主義者を拘束したと述べていた。
もしかすると、また密かに人間主義者らが密入国している可能性も浮上することとなる。彼らを扇動してこの国に再び反魔法主義の運動を起こさせることも考えられるだろう。そして、あの時千姫から明かされた
「澪、皇居で上泉殿や神楽坂殿と対面した際、そのことを相談して差し上げてくれ」
「……事は急を要すると?」
「憶測の域は出ないが、一昨年のことを考えれば密入国した人間主義者らが過激な行動を取らないとも限らない。現にUSNAにおける人間主義者らは横流しされた軍の旧式の武器を用いている噂も流れている。この国で銃器を持ち出すことも鑑みればおかしいことで済まされないだろう」
そして、五輪家は昨春のことも鑑みて三矢家と四葉家に情報を提供することとした。三矢家ならば国外の事情に精通しているし、四葉家は人間主義者を捕らえた実績があることは聞き及んでいる。しかも、元三矢家の人間である元継と悠元のことも考えれば、警戒しすぎても決して徒労には終わらないだろう、と勇海は確信めいた気持ちを持っていたのだった。
七草家(真由美)絡みに関しては、一条家に倣う形で質問状を出す流れにしました。尤も、泉美が別の家の娘として婚約する以上、仮に真由美が受け入れられたとして、七草家の人間として嫁げるかどうかは……神のみぞが知る。
五輪家絡みはほぼオリジナル設定で、海運業の会社もオリジナル要素を含んでいます。別に監視目的でなくとも、本拠地が内海に位置する五輪家が太平洋方面に出て行くにしても不便なので支社を太平洋に面する部分に置いていても不思議ではない、と判断しました。
四葉家も本拠地(予想からするに山梨と長野の境目辺り)や監視・守護地域ではない東京・町田に資金源の一つであるFLTがあるので、この辺を用いた形です。