悠元と修司が話したことは、朝食後に開かれることとなった『神将会』の会合でも議題として取り上げられた。昨日は上泉家の当主名代として剛三が来ていたが、今日は新当主への挨拶ということで元継が出向いている。
そこで、悠元は以前真由美に話した師族会議の改革案の全容を話すこととした。
「―――以上が、現在考えている案だ」
「そこまで既に手を打っていたとはな。だが、固定化を回避するのはどうする?」
「考えている方法は2つ。1つ目は分家制度を認め、家督と家業を完全に分割させる方法。この方法は当然リスクが生じる」
「まあ、言わずとも分かっちゃうよね」
元継の問いかけに対し、悠元が1つ目の案を提示したところで由夢が怪訝そうな表情を浮かべていた。彼女も実家のことを思い出したようで、これには修司も同意するように頷いていた。
「では、2つ目の案というのはどういうものなのですか?」
「固定化の回避を諦め、監視・守護地域を更に規定化する」
「規定化? どういうことなの?」
現状、師族二十八家は既に市井の中にまで浸透しており、魔法技能師開発研究所の問題もあって固定化を回避するのが難しくなりつつある。ならば、いっそのこと現在の監視・守護地域を大幅に見直す。これは、以前一条家が三矢家に山陰地方の監視・守護を提案したものの、三矢家がそれを固辞した過去からくるものだった。
監視・守護地域を大幅に見直し、現状案は北海道、東北、関東(山梨・伊豆半島を除く)、北陸、中部・東海(山梨を含む、三重を除く)、近畿(和歌山・大阪・奈良・三重)、山陽(兵庫南部・京都中部・京都南部を含む、山口を除く)、山陰(兵庫北部・京都北部・山口を含む)、四国、九州、沖縄(奄美諸島・南西諸島)の11の地域を“13”の師族が関わることとする(佐渡島、隠岐島などといった離島については基本的に最も近い沿岸を有する地域の担当師族が担うこととなり、対馬は国防軍の基地があるために除外、小笠原諸島については神楽坂家所有の島が大半を占めるため、師族会議の監視対象外とする)。
2つの師族が関わるのは、首都圏を擁する関東地方、そしてもう一つは大阪・京都を中心とした近畿地方を監視・守護する役割(近畿・山陽・山陰の担当を補佐し、魔法協会や近畿方面の国防軍との交渉役が主となる)を担う。近畿方面に2つの師族を置くのは外国の工作員対策というのもあるのだが、もう一つは現状の九島家における仕事の割り振りが異常であることに起因している。
「光宣から聞いたんだが、本来九島家の現当主が担うはずの仕事を先代当主である烈がこなしていた。それも来年で90歳を迎える御仁がだ。精力的に活動なされていることは見習うところも多いが、普通ならばおかしいことだと思わないか?」
「そういえば、光宣君は確かに『お祖父様の仕事に詳しい』と仰っておりました」
九島烈が現在も国防軍の魔法顧問を務めている(昨年の九校戦の後に辞意を示したがっていたが、国防軍からの要請で撤回される形となった)上、4年前の師族会議における十師族選定会議までは議長として九島家の代表を担っていた。
80歳を過ぎた人間が出しゃばり過ぎている、とも思うだろうが、逆に言えば烈から劣る魔法力しか得られなかったが故に彼の息子である九島家現当主・九島真言が師族会議の場に姿を出すことが無かった、とも受け取れる。
そして、師族会議は今でも九島烈の影響力を受け続けているという証左とも言えよう。
「『伝統派』の和解によって一先ずの危機は回避できた。だが、九島家がそれに甘んじられては困る……どの道、九島家の十師族落ちは避けられないが」
九校戦の際、周公瑾からの要請を受けて政府に黙って便宜を図り、大陸の方術士の亡命を幇助した。しかも、その方術士と周公瑾は京都と奈良、関東方面で騒ぎを起こした古式魔法師を使って悠元や達也、その友人らを襲おうとした。
そして、七草家は約定を破って部下経由で周公瑾と接触し、あまつさえ四葉家と九島烈が動いたことで危機感を抱き、名倉を使って周公瑾を殺害しようとしたことは明白。光宣の治療の際、師族会議に関する条件は付けていないが、烈ならば恐らく自分にも責任があるということで七草家を庇い、九島家が十師族の座を退くことで場を収めるだろう。
九島家と七草家の名誉回復は自らの手で行うべきことであり、こちらが手を貸す義理など一切ない。そして、九島家復活の切り札と成り得る光宣は、既に養子手続きの為に相手方との交渉に入っており、近日中に結果が出る。
「大体読めたな。悠元は九島烈に師族会議の大々的な改革案を提起させるつもりだな?」
「正解。ただ、『星見』の報告だと師族会議を顧傑が狙うのは確実だから、その提案は顧傑の一件が済んでからになる……ついでに買収したUSNAのメディアを使って大々的な人間主義者の犯罪リークに加えてスキャンダルまで全部暴露する」
元々ケイン・ロウズのグループは小型ミサイルの件だけでなく、金銭面の援助や兵器密輸などで便宜を図り、その見返りに闇社会を通じて世論を自分たちが有利な方向へ働くように仕向けていた。元から癒着が無ければ、いきなり小型ミサイルを渡されると顧傑とて流石に怪しむのは明白だ。
USNAが混乱するだろうが、そんなことは知った事ではない。人間主義者の矛先を押し付けるような真似をするのだから、その報いはきちんと自らの手で清算すべきことなのだ。戦略級魔法の件と言い、パラサイトのことといい、USNAがトラブルの温床地帯と化している。
「USNAが混乱に陥るが、いいのか?」
「パラサイトを呼び寄せ、この国に招いたのは向こうの落ち度。いつまでも尻拭いさせ続けるようなら、個人で保持している100兆円相当のアメリカ国債を全部売却するつもりだし」
何故そんなものを個人で保有しているのかと言えば、以前話した莫大な資産の一部でUSNAとイギリスの国債をそれぞれ100兆円ほど買い込んだのだ。それでも現在保有している個人資産額は合計を出すとこの国の国有資産総額の5割近くに相当すると思う。
明確な数字を出していないのは、この資産が帳簿上神楽坂家の非課税対象資産(これは皇族と政府より認められている合法的な資産)として位置づけられているのと、『トーラス・シルバー』としての膨大な収入もあって増え続けているため、計算するのが面倒になってしまったからだ。
それでも、流石に神楽坂家当主となったので明確な数字までは出したが、正直数字を見たところで、前世の庶民感覚もあってか現実味がなさ過ぎたのだった。
「やられたほうはたまったものじゃないね。最悪世界規模の金融危機に陥るよ?」
「分かってるよ、雫。だからこいつに手を付けるのは最終手段だ。こいつを担保に大統領へ脅しを掛けることも可能だが、今はやらない」
しかも、その国債の購入者としてFLTの在宅魔工技師『上条洸人』の名を使用している。これはいわばエドワード・クラーク対策の一環で、もしエドワード・クラークが上条洸人の名前を記者会見で出した場合、国債の売却をちらつかせればUSNA政府もしくは財界が本気で止めに来るだろう。
いくら情報を握ろうが、エドワード・クラーク一人で全世界の金融事情を掌握できるわけではないし、その権限すら彼には存在しない。金融・経済部分で問題が生じれば、宇宙開発なんて言ってられなくなる。魔法という力があっても結局は技術でしかなく、実体経済の上に成り立っている以上、国債の売却は一種の
「それで、本題なんだが……今年の師族会議の開催場所は建て直し予定の神坂グループが経営するホテルで、開催の前後三日はホテルの敷地内へ一般人が入れないようにする。表向きは解体工事に伴う準備期間ということで折り合いは付けた」
顧傑が死体を操る術を使うことは分かっているし、周公瑾の知識から得た情報では、『ソーサリー・ブースター』なしで僵尸術を行使する場合、最大10キロメートルが限界のようだ。市街地の住民を盾にすることも考えられるため、『神将会』のメンバーは全員非常時に備えて厳戒態勢を取ることが決まっている。
「市街地へテロを起こそうとした場合は?」
「その場合、深雪に渡した『
「はい、覚悟は決めております」
昨年の九校戦前に深雪に渡した戦略級魔法『
いくら顧傑でも粉々に粉砕された爆弾を再生して爆発させるなんてことは出来ないと既に把握済みだ。ホテルに入り込んだ人形に関しては、予め元継と修司がある程度数を減らしてもらう算段でいたし、姫梨と由夢、雫には認識阻害―――『
ようは、どうせ爆薬を持ち込んでくれるのだから、ホテルの解体作業の一助になってもらおう、という現金的な考えに基づくものだ。なお、一応サンプルということで数個ほど回収させるつもりでいた。三矢家に渡せば家業の繋がりですぐに解析できるし、USNAへの脅しの材料にもなる。その辺は追々話し合うつもりだが。
「爆薬持ち込んでくれて助かったわ。でも、死んでもらおうか」という恩を仇で返す様な有様だが、師族会議を狙う以上は自分も無関係ではなくなる。そしてそれは、元継と深雪からすれば同じことであった。
「九島家の絡みで思い出したが、コンペ前の襲撃の件を聞いたときは驚いたな」
「むー、私達も参加したかったのに」
「いや、得意分野の関係上、お前ら二人を参加なんかさせたら、最悪周囲1キロの家屋が漏電で大規模火災になってたぞ?」
修司の得意とする火属性、由夢の得意とする金属性の場合、天神魔法の性質上では攻撃力が一、二を争うレベルでまずい威力しか叩き出さない。悠元が勝成に対して使用した『
「悠元の言い分には納得してる。ま、由夢は不満げだが」
「むー……その分、師族会議では顧傑の人形をボコボコにしてやるもん」
「ボコボコで済むのかしら……」
凹むというよりは貫通して穴が開くレベルになりそうだと姫梨はため息交じりにそう呟いたが、出来ないと言わない辺りは由夢の非常識さに慣れてしまったということなのだろう。
すると、元継がふと気になることを悠元に尋ねた。
「悠元、九島家には光宣君という九島烈の孫がいるはずだが、論文コンペの発表を見る限りにおいて彼の才能はこのまま九島家にいさせるのは惜しいと思う」
「それなんだけど……そうだな、これもいい機会かな」
そして、悠元は『神将会』のメンバーの中で悠元が転生者であることを知らない修司と由夢にそのことを明かし、更には深雪以外のメンバーが知らない悠元の固有魔法『
「はー……道理で勝てないわけだよ。物語のチート主人公が出てきたようなものだし」
「誰がチートだ、誰が。大体、そんな能力を持っていてもまともに振るったら面倒事のオンパレードにしかならねえから、これでも結構自重してるんだよ」
「まあ、うん、納得だな。兄貴らのことを考えれば理解も納得もできる話だ」
世界最強の称号を名乗りたくないのも、魔法以外の手段で社会的・合理的に片付けようとしているのも、全ては自分のチートじみた能力を周囲に知られたくないが故のものだった。尤も、その反動でこの世界の割と主要な女性たちから惚れられるということにもなってしまっているわけだが。こればかりは前世の兄の気持ちが少しだけ分かるような気がした。
「話を光宣絡みに戻すが、光宣は九島真言と彼の妹の遺伝子を持って生まれた遺伝子調整体だ」
「それって、事実上の近親行為ってことじゃん!?」
「ああ。それに付随する問題は俺が片付けた。で、だ。先程述べたことが起きれば光宣も色々思い詰めるだろうから、彼には九島の家を出てもらうつもりだ」
「それはいいが、光宣を一体どこの家に任せるつもりなんだ?」
「色々考えた結果、
九島烈の孫という肩書きはかなり重く、下手に国防軍の関係者がいる家に預けるわけにもいかなかった。だが、その肩書を一種の護符として利用することも鑑みて考えた結果、息子がいない家に養子として預けるのがいいと判断。自分が知る中で交渉がしやすく、魔法に理解を示してくれる家となれば、第一高校3年の
「その家は確か、壬生先輩の家でしたか?」
「ああ。実を言うと既に話し合いは進めていて、向こうも息子がいないから前向きに考えてくれている」
懸念材料があるとすれば、紗耶香の父親である壬生
話し合いが破談しても最悪上泉家に預けるという方法は取れるため、交渉が失敗しても問題ないようになっている。
「かなり入れ込んでるね」
「彼自身も優れた魔法師だからな。出来れば味方に引き込んでおきたいのさ」
それに、光宣は十文字家に引き取られた理璃と仲が良い。十文字家も光宣と理璃の婚約・婚姻には前向きで、やはり九島烈の肩書は未だに強いという意味を持つ。
「でも、九島家にいる彼の兄と姉らはどうする?」
「……正直、そこまで面倒は見ていられない、という結論に至った」
あれだけ高圧的な態度を受けた以上、今更謝ったところで許す気にもならない。それが理由だ。子供じみた理由かもしれないが、必要な時には頭を下げる必要だってあるのだ。それをさも特権階級の人間のように振舞うのは明らかに違うと思う。
顧傑の捕縛任務には光宣も神楽坂家からの依頼という形で頼むつもりでいて、将輝(一条家)、悠元(元三矢家)、達也(四葉家)、燈也(六塚家)、光宣(元九島家の予定)、克人(十文字家)の六人が主体となって動くことになるだろう。尤も、自分と光宣は師族会議の意向を待たずに動き始めるつもりだ。
そして、そろそろ蒔いた種から芽を出させる時が来た。
「悠元さん、何か考えがあるのですか?」
「考えというか、一昨年に仕込んでおいた策を発動させようかと思ってさ」
「一昨年? その時点から顧傑の襲撃を予測していたのか?」
「顧傑のためというか、元々想定外のトラブルに備えて万が一の保険として仕掛けておいたものだが、幸いにも時間を稼げたのは僥倖だった」
系統外・精神干渉系魔法『
そして、一昨年の春に横浜ベイヒルズタワーの屋上からこの国全域にこの魔法を発動させた理由。探知の為の領域を構築する意味合いもあるが、本当の理由はこの国がUSNAに対してのアキレス腱となっている代物―――強化サイキックや強化調整体といった人道的な事由で隔離を受けている者たち。彼らの精神構造を“調律”することで、彼らを立派な国防軍の兵士として実戦可能な状態にすること。
実を言うと、昨年末に達也を襲撃した彼らも対象に含まれており、彼らの調律条件は自分よりも強い相手に負けること。どうあっても達也との戦闘が避けられないと踏んで、彼には申し訳ないが彼らの調律相手になってもらった。一応達也には前以て話したところ、寧ろ達也から謝られた。曰く「深雪のことを考えれば、この程度は借りを返したことにもならない」とのこと。解せぬ。
「……ちなみにだが、松本で軟禁されていた強化サイキックはあの後どうなったんだ?」
「全員四葉家に引き取ってもらった。調律は既に終えてるから、今頃は真夜さんと葉山さんの命令に忠実に従う魔法師として働いているだろう」
元々人員不足気味だった四葉家の戦力増強に対して真夜からお礼の手紙を貰い、その中には「悠元さんと深雪さんの子どもが早く見たいです」という文言があった。なお、達也にも真夜から婚約のことに関する書状が届き、それを見た達也が盛大な溜息を吐いたのはここだけの話。
そもそも、一条家だけで北陸・山陰の長い地域を見なきゃいけないのは負担的にも大きすぎるんですよね。なので、過去に出していた案を用いる形で一部見直した上、九島家が烈自身が仕事をしている(光宣は“していた”とは言っていなかったため、古都内乱編の時でも本来当主がすべき仕事をしていた可能性が高いです)ことを鑑み、負担軽減の為にもう一つ師族が入るべきだと考えました。
この辺の音頭は無論九島烈自身がやるべき仕事です。魔法師を軍人に強要することがない姿勢を示すには、まず師族会議そのものが人としての在り方を示さなければなりません……難しい問題ですが、そうしないとこの世界で生きていくのが難しくなりますので。
強化サイキックや強化調整体が人道的な問題のアキレス腱になっているのなら、正気に戻した上で一線級の魔法師にすればいいじゃない理論。なお、性格面に難のある人間に関しては問答無用で上泉家に送られます。あとは分かりますね?