正月の三が日も無事に終わったので、悠元は達也や深雪、水波と共に司波家へ戻ってきていた。今までの家事当番とかが変わるわけではなかったが、これを期にということで水波を自身の弟子として迎えることにした。最低でも護身術を学ぶ意味合いにおいて理に適っている、と判断した形だ。
深雪のガーディアンについては、達也が四葉家の次期当主に指名されたことで空席となったところに水波が入って正式に深雪のガーディアンとして就任し、加えて悠元の専属使用人兼愛人という三足の草鞋を履く有様になっていた。
なお、元々悠元の夜のルーティン自体に余裕があったため、水波には空いている1日を宛がうことになった。水波は最初固辞したがっていたが、深雪の無言の威圧に圧し負ける形で受け入れた。
しかも、深夜や怜美といった愛人メンバーの仕込みで、明らかに誘っているとしか思えないスケスケのネグリジェやセクシーな下着を身に付けて部屋に来るため、結局は手を出してしまっている。それでも最終防衛ラインの死守はしているが。
自分に好意を真剣に向けられて、更には誘惑してくるのだ……笑いたきゃ笑えよ、
悠元が防衛省で会談していた頃、達也と深雪は改めて九重寺を訪れていた。その際に東道青波と対面したらしく、達也は静かに頭を下げると、青波も軽く会釈をした上で境内を後にしたらしい。
八雲からは二人に関する“確認事項”―――達也と深雪の出生に関すること―――を聞かれたものの、別れ際に八雲は「明日からビシバシ扱くから、覚悟するように」と言われ、体術を学ぶことは継続されるとのこと。
達也は四葉の人間だと名乗ったことで関係が解消されることも覚悟していただろうが、この世界の八雲は『九頭龍』の長。そのことを八雲から名乗ることはないかもしれないが、神楽坂家と四葉家の関係からすれば寧ろ切れない縁である、と八雲自身も認識している。
なお、軽運動部(新陰流剣武術)に関する条件もいまだ健在で、その条件は「八雲の幻術を全て見破って、一度も倒されることなく八雲を倒す」らしい。それを律儀に守っている達也も流石の胆力と言わざるを得ない。
そのことはさておき、悠元と達也は深雪と水波を家に留守番させた上で旧茨城県土浦市にある国防陸軍霞ヶ浦基地―――第101旅団基地の独立魔装大隊本部に出向いていた。
元々特務士官である達也はともかく、悠元は年明けから国防陸軍総司令部の非常勤職へと変更となったため、独立魔装大隊との関係は“陸軍総司令部からの出向”へと変更された。
陸軍兵器開発部に所属していたこともそうだが、達也専用CAD『サード・アイ・エクリプス』を製作した実績は国防軍でみても世界屈指の魔工技師としての評価を確立している。加えて大隊内で設計された魔法装備に悠元の手が入っていないものは存在せず、彼の存在がこの国の魔法装備の発展を握っているような状態となっている。
尤も、軍の依頼で解析を頼まれた
「考えてみれば、こうやって二人同時に出向くのは初めてだな」
「言われてみれば確かに。まあ、各々立場は異なるから仕方がないけど」
入場はIDカードとバイオメトリクス認証で難なく入った。達也は平服(スーツ)姿で、悠元も『神将会』で着ているスーツ姿だった。今回は訓練でも魔法装備の依頼でもなく、新年の挨拶の為の来訪だった。
すると、本部の玄関に見知った顔―――響子がいるのを見つけて挨拶を交わす。
「あけましておめでとう、大黒特尉。そして、上条特務中将“閣下”」
「おめでとうございます、藤林
「おめでとうございます、中尉。しかし、いきなり閣下呼びはどうかと思いますが」
スーツ姿の人間に敬礼をすることも違和感を覚えるだろうが、この中では悠元の階級が特務職とはいえ最も高いため、響子が「閣下」と呼称を付けたことに悠元は苦言を呈するように述べると、響子は笑みを零していた。
「ふふ、ごめんなさい。でも、こればかりは仕方が無いと諦めてください」
「はあ、分かりました。風間
「ええ、では案内いたします」
この後の風間との挨拶でも同じやり取りが繰り返されることを予見してなのか、悠元は深い溜息を吐いた。このまま突っ立っているわけにもいかず、藤林の後に続く形で中に入った。
隊長用の執務室には一人の気配しか認められなかった。響子がノックをすると風間の声が中から返ってきたので中に入る。達也だけならば風間も書類に目を通していただろうが、既に応接の為の準備が整えられていて、風間はデスクから立ち上がって敬礼をした。その対象は言うまでもなく悠元に向けられたものであった。
「これは上条特務中将閣下、新年のお慶びを申し上げます。更に、この度の陸軍総司令部へのご栄転、誠におめでとうございます」
「風間中佐殿、ご丁寧な新年の挨拶、大変痛み入ります。この度のご昇進、おめでとうございます」
「ハッ、ありがとうございます」
あくまでも儀礼的なものだが、年下の悠元に対して年上の風間が丁寧な言葉遣いをするという異様な光景に対し、敬礼をして暫く黙って見つめていた達也がふと響子を見やると、彼女は声を殺して笑っていた。これにはお互いに挨拶を交わしていた悠元と風間もそろって肩を竦めた。
「……あの、藤林中尉。何で笑うんですか?」
「だ、だって、達也君と同い年の悠元君に中佐が丁寧な言葉を使うだなんて光景、そうそう拝めないもの」
「はぁ……藤林、二人にお茶を出してやってくれ。大黒特尉も、あけましておめでとう」
「はっ。風間中佐、新年のお慶びを申し上げます」
達也は早々に話を切り上げる意味で敬礼をしつつ短く答えただけに止めた。風間も達也の意図を察しつつ、着席を促したので悠元と達也は並ぶ形でソファに座った。
「それで、今日はどうした。依頼や訓練はなかったと記憶していたが」
「隊長を始め、幹部の皆さんが昇進なさったのに知らぬ顔は出来ませんので」
「右に同じくです。まあ、皆さんの昇進が遅れた分の皺寄せが自分に来た感は否めませんが」
悠元の言葉に対し、響子のみならず風間も「それはご尤も」と言わんばかりの表情を浮かべていた。本来なら、中尉相当官から中将の階級を得るまでに普通なら30年程度は掛かってしまうからだ。書面上では20歳代(国防軍の規則上、非常時を除いて17歳未満の任官は認められていない)とはいえ、それをたった16歳の人間が成していることは正直自分で言うのもなんだが「異常」という他ない。
「悠元の言い分は否定できないな。尤も、自分の場合は給料もほとんど上がらないがね。同期から見た出世順も下から数えた方が早いぐらいだからな」
風間は過去の
だが、悠元の場合は沖縄防衛戦、佐渡侵攻、横浜事変に加えて先日の国防陸軍宇治第二補給基地で“洗脳されていた兵士の鎮圧”と言う名目で続けざまに昇進した。言うなれば「戦争ならびに戦争に準ずる軍事行動で多大なる軍功を挙げたと認識された」ということになる。
とはいえ、ここまで急激に伸びた悠元の地位の影響が、塩漬けにされていた独立魔装大隊の昇進にまで飛び火した可能性も捨てきれないわけだが。
「風間中佐、独立魔装大隊の編成に変更はありますか?」
「一つあるとすれば、悠元―――上条特尉は陸軍総司令部から出向の技術士官として“非戦闘要員”という位置付けとなった。陸軍総司令官直属の特務参謀と特尉の戦略級魔法の最終許可を担う関係上、前線に出すのは危険だと統合軍令部が判断した次第だ」
この処遇は一昨年春の防衛大入学式で行われたデモンストレーション戦闘への召喚命令が大きく尾を引いている。この決定に対して佐伯は不服を申し立てたが、大友参謀長から蘇我大将および統合軍令部、ひいては防衛大臣および内閣総理大臣による決定事項ということを伝えられ、大人しく引き下がる他なかった。
悠元の持つ戦略級魔法の許可自体は悠元自身が最終決定権を有し、達也の[
ようするに、いくら国家非公認の戦略級魔法師とはいえ、独立魔装大隊および第101旅団としてその力を我が物のように揮うことは認めない、とする統合軍令部の最終決定であった。
「要は留守番役みたいなものですが」
「……本部で控えていようが、前線に出ようが、同じだけの功績を挙げることのできる悠元に首輪など着けられないと判断してのものだろう」
そして悠元が特務中将へ昇進したことで、九島烈ですら入れなかった統合軍令部直属の非常任機関、統合幕僚会議における情報担当に関わる役職の椅子を得る形になってしまった(悠元の情報は陸軍だけでなく海軍・空軍にとっても作戦を円滑に進める上で非常に役立ち、本来陸軍とは仲が良くない彼らも悠元を認めていた)。
派閥や勢力争いに一切興味を持たない悠元だからこそ、剛三の孫という事実も相まって、国防軍全体において注目の的とされてしまっている。当の本人からすれば「面倒だから関わりたくもない」と一蹴したくなる。
「首輪なんて着けようとする輩がいたら、その頭をボールの如く蹴り飛ばしてやるだけです」
「悠元君がやったら、宇宙まで蹴り飛ばしそうなんだけれど」
「爺さんのように宇宙まで蹴り飛ばしたことはないですが、前にニューヨークで遭遇した人間主義のテロリストを全力の魔法込みで蹴り飛ばしたら、大西洋を横断しちゃってフランスの海岸に到達していたことはありましたね。辛うじて生きていたようですが」
あの時はいきなり銃を突き付けられたので、反射的に蹴り飛ばしたらまるで弾丸ライナーの如く地平線の向こうへ消えていったのだ。その3日後、フランスに立ち寄った際に地元の警察から国際指名手配されていたテロリストの逮捕協力の感謝状を貰う羽目になった(ニューヨークでの目撃証言の後、フランス西海岸の砂浜に出来ていた人型の穴から発見されたらしい)。
俺は悪くない。銃を突き付けて「邪教の徒よ、死ぬがいい!」と襲ってきた奴が悪い。ちなみに、剛三によって蹴り飛ばされたテロリストの連中は綺麗にお星さまになった……正確に言えば、大気圏まで到達して骨すら残らずに燃え尽きた、というのが妥当な表現だが。祖父に比べたら、相手が生きているだけまだ有情だと思う。
「……風間中佐」
「……特尉、これが剛三殿とその愛弟子の到達点だ」
達也と風間が人を人外扱いするようなことを言っているが、非魔法師からすれば魔法師も十分“人外”扱いされかねない事象だと思う。その筆頭格だと周囲から言われている自分が言うのもどうかと思うが。
「話を戻すが、達也。君が四葉家の次期当主となった以上、今まで通りの協力は得られなくなると覚悟している」
「その辺は母上と話し合いましたが、今のところは利害が対立することがない以上、従来通りに契約は続けると回答を貰っています」
独立魔装大隊に達也と悠元が所属しているのは風間や真田との個人的なコネクションによる部分が大きい。風間としては、達也が四葉家の次期当主となり、悠元は神楽坂家当主となったことで今までの協力が得られるかを危惧しつつあった。
達也はそれに対して、真夜と話し合ったことを明かしつつ、利害の対立が起きていない現状では契約の破棄をするに至らず、協力体制は継続すると述べた。
「そうか……悠元の方はどうなんだ?」
「そうですね。まあ、達也の戦略級魔法の最終トリガーを自分が担っているのは些か疑問ですが、自分も風間中佐や真田
風間から昨年の九校戦で頼まれごとはしたが、元々やるべきだったことなので問題ないし、真田とも良好な関係は築けている。独立魔装大隊の魔法武装も当分は自分が手を付けるべき領域の話ではないことも確認している。
なお、『セラフィム』と『ラグナロク』に関しては天神魔法の絡みもあるために当分は秘匿したままだ。そうでなくとも、FLTには塩漬け状態のCADの試作機が数多くあり、今はこれを段階的に整理している最中だ。
「そうおかしな話でもあるまい。達也の魔法を簡単に使わせる方が問題を起こしかねん。下手をすれば、四葉の『
「それは理解していますよ……どうせUSNAを含めた諸外国が動く可能性もありますし」
『灼熱と極光のハロウィン』の後、USNAが最高戦力であるアンジー・シリウス―――『スターズ』まで動かして戦略級魔法を無効化しようと目論んだのだ。ヴァージニア・バランス大佐と約束は取り付けているが、彼女も一介の軍人である以上は国の意向を受けて行動せねばならないことがあるのは重々承知の上。
「佐伯閣下の分析では、1年以内に中規模の軍事衝突が東アジア地域で起きるとみているが、悠元の見解はどう見ている?」
「まずUSNA方面ですが、達也が九重先生から聞いただけでも魔法師社会の広い範囲に達也と深雪が四葉家の人間だと周知されました。中佐も当然ご存知ですよね?」
「ああ。人の噂は広まるのが早いからな。ましてや
元々、達也はUSNAで[グレート・ボム]と呼称された戦略級魔法[
たった30人(プラス剛三で31人)で一つの国を滅ぼした四葉の一族。その一族に戦略級魔法師の疑いを持たれた達也が名を連ねた事実は世界各国の諜報機関も把握している可能性が高く、今度は調査部隊ではなく“暗殺部隊”を送り込んでくる可能性が高い。
「戦略級魔法師だと疑った人間が大漢を滅ぼした一族の人間だと知った以上、今度は達也を殺すための部隊を送り込んでくるでしょうね。ただ、アンジー・シリウスを退けた事実はごく一部の人間だけに知らされている状態なので、躍起になってスターズの全軍を送り込んでくるような真似をしないとも限りません……その場合は自分が片を付けますが」
軍艦だろうが潜水艦だろうが、果ては人工衛星だろうが全てシステムを掌握すれば無用の長物と化す。USNAが自前で『エシェロンⅢ』を組むぐらいなのだから当然セキュリティも世界トップクラスだろうが、その軍の機密情報を『フリズスキャルヴ』で抜かれていたら本当に“立つ瀬がない”と思う。
非原子力動力でありながらも原子力に匹敵する航行能力を得たUSNA軍で4年前に就航した空母『エンタープライズ』の秘密を全世界に暴露して、世論で国内を混乱させて国防総省を過密労働状態にし、命令を受けるスターズの行動を立ち行かなくさせるのもありだが、これも最終手段の一つだろう。
過剰防衛? いいえ、一発だけならオーバーアタックではない理論(なお将輝は16発撃ち込んでいるため対象外)です。年下の上司に年上の部下というのは民間企業ならそれなりにある光景ですが、国防軍においては異様な光景になってしまう形になりました。