原作だと、達也と深雪が四葉の人間であり、加えて二人が婚約するということで周囲からはれ物に触れる様な状態になってしまっていた。レオやエリカはともかく、美月が委縮して幹比古が避けたがっていたのも分かる話だ。
だが、ここに悠元を含めて複数の原作にいなかった面々が加わり、更には第一高校で元々恋人関係として知られていた悠元と深雪が婚約した事情が生徒の間で伝わり、「腫れ物に触る」というよりは「身近にいたアイドル同士がようやく婚約した」様なものへと変化していた。
その変化の一端は2年E組の教室に入った達也のもとに
「おはよう、司波君」
「おはよう、千秋(元々名字で呼んでいたのだが、同じ魔工科となったことに加えて千秋の姉である
「うん。そういえば、達也君の実家が
「気にしないでくれ。そういう言われ方をされるのは覚悟していたからな」
達也自身、実家である四葉家のことに関して割とドライな目線で見ていた部分は多かった。元々達也の素性を知りつつ真摯に対応してくれた人間はいたし、同世代の人間からも高い評価を貰っていた。
「その、お姉ちゃんも不安に思ってたし、婚約者募集のことも気に掛けていたから」
「そうか。今すぐ何かが変わるわけではないから、小春先輩にもそう伝えてくれるか?」
「うん……ちゃんと、お姉ちゃんも含めて責任を取らないと許さないから」
分家当主たちが自身に向けてくる敵意みたいなものは無論察していたが、深雪に向けられたものではない、と判断して綺麗に切り捨てていた。その辺は年末に貢から聞かされた達也の出生に関する事実に対して「センチメンタルな感情」と冷ややかに吐き捨てた。
そんな事情もあって、あまりいい思い出がないから産みの親である深夜も四葉本家に戻らなかったのだろうと思う。その母親は現在、当主となった親友の専属使用人兼愛人という達也でも理解不能な立場になっているわけだが。
まるでツンデレのテンプレート的なセリフを吐いた後、去っていく千秋ではあったが、同じ魔工科の女子に囲まれて質問攻めに遭っていた。それを見ながら近づいてきた燈也が声を掛けた。
「おはようございます、達也。それとも“四葉”達也さん、とお呼びすればいいですかね?」
「まだその名字は名乗らないぞ、燈也。大体、立場で言えば俺とお前は将来の十師族当主同士だ」
「痛いところを突きますね。まあ、事実なので仕方ないですが」
奇しくも魔工科に十師族次期当主の二人がいるという形となり、燈也のこともあって話題が達也や深雪に集中するということを避けられていた。その意味で達也は燈也に感謝している。
「達也のところもそうですが、うちも婚約者募集をするということで、姉からデータが大量に送られてくるんですよ……ざっと100人は超えていると聞きました」
「事情が事情なだけに、他人事とは思えないな」
同じ十師族でも、四葉家は特に過去の異名もあって申し込もうとする件数がかなり多い、と真夜からのメールで知らされてはいるが、最終的な候補人数は達也ですら聞いていない。六塚家でそんなことになっているのであれば、古式魔法の大家とはいえ元十師族である悠元が当主となった神楽坂家の場合はもっと多いだろう……無論、達也とて他人事で済まないのは言うまでもない事だが。
「悠元の場合、彼の身内も相まって世界中から問い合わせを受けてそうですが」
「否定できる材料がないというのも驚きしかないな」
現に、悠元の婚約序列第六位であるセリアは九島家の縁者でありながら現USNA大統領の孫娘の肩書を持ち、スターズ総隊長補佐の地位にあった元軍人“セリア・ポラリス”その人だ。
加えて、正月の時に会ったアリサの母親がロシア人ということもあり、加えて愛梨もフランス人とのハーフであることも知っている。ドイツ人のクォーターであるエリカとは悪友に近い幼馴染で、イギリス関係で言えば英美とも仲が良い。
正直、ここまで国際色豊かな交友関係はそうそう築けるものでもないだろう。
◇ ◇ ◇
原作だと二人きりにされてしまった達也と深雪だが、友人たちの理解力も相まって普通に食堂で昼食を食べることになったわけだが、周りが学食の中、悠元だけは手作りの弁当であった。そして、新学期最初に作ったのは……セリアだった。
「どうしたの、お兄ちゃん? 難しい顔して」
「いや、リーナの普段の様子を見てたから、正直不安しかなくてな」
「何故に!?」
少なくとも、前世でこうやって弁当を作ったりすることはなかったし、転生先が先なだけに不安しかなかった。何せ、恋愛感情で進歩がみられても、家事の方面で進歩がみられるのは別問題としか言いようがなかった。
まだお弁当箱の蓋は開けられていないが、今のところは嫌な予感などない。変な臭いも感じられない。なるようになるか、と諦めつつ蓋を開けると、今世の彼女からすれば似つかわしくない和食で彩られた弁当だった。
これには周囲の人間も驚きを隠せず、とりわけ達也が一番驚きを見せているような素振りが見られた。
「……これ、本当にセリアが作ったのか?」
「なんで達也がそんなこと言うのですか!?」
「冷凍食品、というわけでもなさそうですね」
「深雪まで!?」
学内でもかなりのポンコツ具合を披露しまくったリーナの双子の妹なだけに、司波兄妹の期待度は正直低かったのだろう。それと、結構自分をからかったりすることが多くて、その度にお仕置きを食らっている彼女がこんな弁当を作ったこと自体“奇跡”と言いたげだった。
ともあれ、目についた煮物に手を付けてみる。
「……美味いな。本当にリーナと血が繋がってるのか不思議に思いたくなる」
「お姉ちゃんが草葉の陰で打ちひしがれるから、やめてあげようよ」
「セリア、それリーナが死んでることになる」
「恋愛的な意味で敗北者じゃけえ……おうちっ!!」
雫の率直なツッコミを無視して実の姉を容赦なくネタにするセリアに容赦なくチョップを食らわせつつ、黙々と食べていく。量自体もそれなりにあり、味加減も絶妙だった。身贔屓を差し引いても割と高得点をあげられると思う。
「で、お味はいかがだったかな?」
「世辞抜きで美味かった。ただ、疑惑も浮かんだ」
「疑惑?」
「生まれた際にリーナの生活に関する学習能力をセリアが分捕った疑惑が浮かんだ」
「何故にホワット!?」
なお、その頃遠い場所で……自室で眠っていたリーナの瞼から涙が零れたのは……本人しか知らぬことだった。人間、誰しも知らずにいた方がいいことだってあるというものだ。
結局、この日以降から悠元の婚約者である深雪、雫、姫梨、そしてセリアの4人が代わる代わる悠元の昼食の弁当を作ることで決まった。なお、水波も深雪の命令によって参加することが決まっている。
泉美はというと、「悠元兄様にお出しできる領域に居りませんので一層精進いたします」と言って暫くは参加しないことが決定した。それに倣う形でほのかが達也の弁当を作ると言い出したのは当然の流れで起きえたことだった。
◇ ◇ ◇
今日の夕食は水波が当番となっているため、普段なら達也と深雪も各々の時間を過ごしているだろうが、今日の呼び出しのことも相まって今頃は四葉家当主への直通番号をコールして真夜との会話をしている頃だろう。
あの発表から1週間も経っていないが、結構な数の婚約申し込みが来ていることを千姫からのメールに添付されたリスト一覧で確認している最中だが、現代魔法の家だけでなく尻込みするであろうとみていた古式魔法の家からも来ており、更には海外の魔法使いの名家などからも打診が来ていた。
「もう、ツッコミどころが多すぎて、どう反応していいか分からねえよ」
悠元がそう述べたのは単純なことで、友好的に接したつもりなんてないところからも正式な手続きに基づいて来ていることだ。しかも、その中には大亜連合の「
ただでさえ婚約者が2桁に突入しているだけでも苦労が絶えないのに、無秩序に増やす気なんてない。しかも、先程名前を挙げた面子は悠元が剛三との世界旅行の時、実際に出会ったことのある人物たちだった。
劉麗雷に関しては、祖父にして[十三使徒]の
正直、未来の[十三使徒]になり得る人間を送り込むとか正気の沙汰ではないが、陳祥山か呂剛虎あたりが日本との交戦を避けるべく主張した結果の打診かも知れない。
エフィア・メンサーはギニア西海岸出身の少女で、原作だと『アクティブ・エアーマイン』を大亜連合に使用したことで有名となった武装勢力に所属する魔法師だが、ニジェール・デルタ地域で剛三が腹いせ(夕食時に大亜連合軍の兵士による襲撃を受けて食べ損ねてしまったことが原因)に大亜連合軍を蹴散らしたことでその報奨金をフランス政府から授与される事態となった折、そのお金全部を押し付けた相手だ(当時は武装勢力に所属しておらず、立ち寄った店で給仕をしていた)。
その後、エアメールでのやり取りを続けていたが、フランスに留学したという連絡の手紙を最後に所在が掴めなくなっていた(調べようと思えば調べられたが、面倒事になると思って放置した)が、今回の打診はフランス政府からのものだった……頭が痛くなりそうだ。
正直、今上天皇とか宮内庁辺りから内親王の降嫁を迫られてもおかしくないレベルだが、実を言うと、この問題は解決している……というよりは“自然と解決できてしまった”と言うべきだろう。
その要因は婚約序列第四位の沓子にある。彼女は四十九院家の次女にあたるわけだが、彼女の父親は親王が臣籍降下を受けて嫁いだ人物。しかも、神楽坂家の政策によって子沢山となった今上天皇の四男―――皇太子の弟にあたるのだ。
同じく臣籍降下した千姫の父親は皇族にあたるが、親等による問題は余裕でクリアしている。なので、皇族が無理に悠元の嫁へ内親王を降嫁させる手間が省けた形だ。なお、その事実は沓子本人ですら知らなかったらしく、今頃は四十九院家で驚く暇もなくガチガチの教育を受けていることだろう。
(しかも、この二人に限って言えば原作において結構キーとなる人物だしな……)
劉麗雷は将輝が戦略級魔法『
これ以上増やすのは正直滅入るが、エフィア・メンサーをアフリカから切り離すついでにフランスへ戦略級魔法の一つでも提供すれば、エドワード・クラークの目論見を潰せるかもしれない。
将輝の心の平穏と達也の心の平穏は、悠元の中で必ずしもイコールではない。特に劉麗雷は一歩間違うと新ソ連との戦闘ルートに突入しかねない。エフィアを引き取ることで他の婚約者に説明責任は生じるが、それぐらいは必要経費だと割り切るほかにないだろう。
王族クラスとの婚約に関しては、正直愛梨絡みでもう結構である、と千姫にエフィア・メンサーを序列に加えてもいいという旨のメールを送信したところでノックの音が聞こえた。悠元が入室を促すと、深雪がドアの裏からひょっこりと顔を出すように姿を見せた。
「悠元さん、リビングに来ていただけませんか?」
「リビングに?」
「はい、叔母様が悠元さんにご相談したいことがある、と仰いまして」
てっきり達也と深雪はもう真夜との連絡を終えたのかと思えば、真夜が悠元に相談したい、と深雪が伝えてきた。少なくとも、学校の抗議の件と深雪に対する婚約のことも聞かされているのだろう、とは思っていた。
自室でやることも一区切りついていたため、悠元はそのまま立ち上がって扉の所に来ると、深雪は悠元の腕にしがみ付くように抱き着いていた。人のいないところでは甘えたがるため、これも仕方が無いととうに諦めつつ、深雪に引っ張られるような形でリビングに来ると、モニターに映る真夜と達也が何かを言い合っていた。
すると、達也が悠元と深雪の姿に気付いて視線を向けてきた。どうやら真夜に婚約者のことに関して根掘り葉掘り聞かれていたのだろう、と察しつつ悠元は達也の横に立ち、深雪はしがみ付いていた腕を離して悠元の隣に立った。
『こんばんは。そしてごめんなさいね、悠元君。折角休んでいたのに』
「こんばんは、真夜さん。家の仕事をしていただけですよ。それで真夜さん、自分に相談事とは?」
『実はね、先程達也と深雪さんに話した内容なのだけれど、一条家から深雪さんに関する婚約への質問状が届いたのよ』
「質問状ですか?」
原作だと達也と深雪の婚約に横槍を入れていたわけで、自分の場合は最悪(十師族離脱による師族二十八家の相対的な能力低下と十師族の最強という名の信憑性に関する嫌疑)を想定した話はしていた。だが、結果として一条家は婚約の申し入れではなく質問状を送るというやさしめなものに変わっていた。
『私も最初は悠元君と深雪さんの婚約に異議を唱えて、その上で一条将輝君と深雪さんの婚約の申し入れをするものだと思ってたの。でも、悠元君は千姫さんの養子で今や神楽坂の当主。さしもの一条殿も神楽坂家当主に喧嘩は売りたくないと判断したのでしょうね』
「成程……(母上から当主は当初高校卒業を期に襲名させると言っていたが、変な横槍を防ぐために早めたんだろうな)」
高校卒業時でも18歳での襲名となるため、元々の予定が1年ちょっと早まった形となった。京都の『聖域』と『伝統派』関連も本来は将来の九島家の衰退を見込んでの策だったわけだが、結果として神楽坂家当主襲名への“箔付け”となった形だ。
悠元の想定は真夜も元々抱いていたようで、婚約の申し入れではなく質問状という体には真夜だけでなく葉山も首を傾げたらしい。
『深雪さんの婚約者に関しては悠元さん以外に認める訳は行かないもの。達也のことを蔑ろにしてきた面々に対する罰の側面もありますから。それで、どう返事をしたものか困っているのよ』
「そうですか……」
単に婚約の申し入れをしてきたのならば、然るべき時期―――恐らく師族会議の際に断りを入れるだけで済む。だが、相手である将輝の気持ちを慮って欲しいと文面で触れられている以上、真夜としてもどう返事をするのかが正解なのか分からないのだろう。
それを聞いて悩む悠元に対し、達也が問いかけてきた。
「悠元、何を悩んでるんだ?」
「いや、将輝はなまじ自分が九校戦でボコボコにした相手だからな。ジョージに聞いた話だと、一高で俺と深雪が付き合っている噂はネットワークの掲示板を通じて三高も知っているそうだ」
真紅郎とは度々連絡を取っており、その中には自分と深雪のことに関する噂についても聞かれたのだ。それに関しては否定する懸念事項もないので肯定したところ、噂を聞いた将輝は「どうせ噂だし、そんな素振りは見せてなかった」と強く否定したため、真紅郎はこれ以上この話題について聞くことはしなかったそうだ。
「その噂を否定するほど強く思い込んでるんだ。彼の父親である一条殿は打診をしたかったのだろうが、多分将輝の妹である茜ちゃんか一条殿の奥さんが止めたんだろう……とはいえ、親同士の決め事で諦めるとは思えん」
一昨年、昨年の九校戦で三矢の名を名乗ってた時と神楽坂の名に変わった後でも、負けたからと言って深雪へのアプローチが変わることは無かった。真紅郎でも察しているとなれば、愛梨や沓子、栞も当然その噂を耳にしていたのだろう。その結果がコンペ前の行動になったと考えるのが筋だろうが。
原作だとアフリカ大陸の事情が断片的な部分でしか伝わっていないため、大亜連合とフランス(武装勢力に支援)が関わってるぐらいで、他の国の名が出てこないんですよね。間違いなくスエズ運河絡みでイギリスは関与していそうですが。
エフィアの風貌は一切出ていないので、今後登場させるにしても完全に想像するしかないんですよね。もしかするとメイジアンで再登場する可能性は捨てきれませんが。本作では歴史背景も鑑みての容姿を持たせるかもしれません……今のところは予定でしかありませんが。
劉麗雷に関しては、彼女の流れを変えてしまうとアフリカ関連に加えて新ソ連とのパワーバランス、下手すると日本参戦ルートが確定しかねないので候補には入りません。最悪将輝に押し付けます(ぇ
問題は『アクティブ・エアーマイン』の提供経由が一切出てきていないことです。そもそも「インデックス」自体がおいそれと見れていいものでもないかと思いますし(その登録自体が魔法の秘匿性を担保出来ているのかと言われると極めて謎ですので)。
主人公もとい悠元の場合、「インデックス」に掲載されていた『エアセイル・シールド』を改良して『
「ブランシュ」の一件だけ見てもセキュリティレベルがかなり高い大学の資料、それも起動式データとなるとかなりの機密性を求められるはずなのですが……マスコミが大学に押しかけたのはどうせクラーク親子の差し金の可能性が高いですし、大亜連合側からの攻撃と『アクティブ・エアーマイン』による反撃の情報を意図的に流したのも彼かレイモンドの仕業か、あるいは他のオペレーターの仕業でしょうから(マクロードもシステムの恩恵を受けているため、オペレーターの如何はともかく可能性大)。
そもそも、大亜連合と講和状態にある日本の戦術級魔法を盗み出し、フランスの支援を受けていた現地の武装勢力に渡したという離れ業について誰も本格的に追及しないことがおかしいです。
なにせ、「国立魔法大学の『インデックス』に対する秘匿の信頼性の毀損」という政府機関に対する信頼性の問題に直結します。内通者の存在を疑われても仕方ないのでしょうが、大学側としてはシステムに対する不正アクセスなどの痕跡がないために強気に出ざるを得なかったのでしょう……誰もそういったことが可能となるシステムの存在を知らなければ、誰しもが疑わしくなり、結果として開発者として登録した達也に矛先が向いたのでしょう。
大体、高校生である達也に魔法大学側から登録してほしいなんてアピールが何回も来ていること自体おかしいのです。『カーディナル・ジョージ』の前例からすればいけると踏んでいたのかもしれませんが、この時点でクラーク親子の策謀が入っていた可能性もあります。
パラサイト事件の時点でレイモンドが達也が戦略級魔法『
飛行魔法を発表してそれ程も経っていない時、九校戦で飛行魔法を実践して見せたことがもしかするとクラーク親子の関心を惹き付けたのかもしれません。原作だと飛行魔法を使って独立魔装大隊が部隊を殲滅していますが、本作では『神将会』のお陰でその部分の秘匿は一応出来ています。
その相方である牛山を『トーラス・シルバー』と呼称しなかったのは、四葉家によってかなり念入りにブロックされていたことと、プログラム面での功績(ループ・キャスト・システムや思考操作型CADなど)からして生粋の職人である牛山には極めて難しい、と推理したのかもしれません。