魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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似通った境遇、恋路の行方

 新学期2日目も、話題は深雪と達也のことで持ちきりだった。更に追加される形で悠元と深雪の婚約となれば、当然悠元もその対象に含まれてしまう。ただでさえ複数の女子と一緒に居ることが多い悠元なだけに、あの中には“愛人候補”だの“内縁の妻”と噂する人間も少なくなかった。

 まあ、その噂がある意味正解なのは仕方がない。悠元の場合、婚約者として深雪を発表したと同時に婚約者募集を行うという魔法師社会では前代未聞の大事を発表したのだ。更には日本魔法協会が補足説明として「神楽坂悠元は日本政府が複数の婚姻を特例で認めた」と述べたことにより、国内外から婚約申し込みが殺到した。

 

 だが、正直悠元自身はその殆どが地雷要素ばかりであることを前世の経験から見抜いており、リストで明らかに怪しいものは全てチェックして千姫に報告している。エフィア・メンサーの件についてだが、千姫から『愛梨さんは明確なフランス人という訳でもありませんし、お隣の政府(イギリス)が何か言ってくるかもしれませんが、脅しを掛ければ黙るでしょう』とあっさり言いのけていた。

 聞けば、彼女の異名である『黒夜の孔雀(アルティミシア)』の名付け親は今や『十三使徒』のウィリアム・マクロードの父親で、それを聞いた千姫によって危うく天に召されるところだったらしい。彼としては魔女らしい名を付けたわけだが、千姫からすれば「魔法師であるお前が言うな」と言わんばかりに彼を半殺しにしたそうだ……何してるんですか、うちの母は。

 

 話を戻すが、深雪がいるA組の場合は悠元をはじめとした理解者が多くて出羽亀も控えめで、B組もエリカの影響(本人は嫌がっていたが、千葉家の名が大きかった)もあってそこまででもない。魔工科のあるE組も燈也のお陰で事無きを得たが、1年組はというと、水波がクラスメイトからの追及を受けていたのだった。

 

「ですから、本当に何もありません」

 

 本当のことを知っているからこそ余計に言えず、しかも水波自身も恩恵を受けている身なので余計に応えることが出来ない。だが、女子生徒たちの興味がそれで尽きるわけでもなかった。

 

「そういえば、桜井さんは3人の先輩たちを様付けで呼んでたけど、桜井さんも四葉家の人なの? それとも三矢家の人?」

「以前そのように呼んでいたのは達也様の指示があったからです。私は四葉家から援助を貰っている身なので。悠元様は私の伯母が三矢家の関係者と繋がりがあるからそうお呼びしているだけです」

 

 流石に全部の真実など言えるわけがなく、予め悠元からカバーストーリーを組まれているお陰で水波は上手く受け答えが出来ていた。

 魔法師は元々危険な仕事が多く、殉職した魔法師の子女を雇い主や同僚が引き取ることなどそう珍しくもない。第一高校にもそういった生徒は少なくないので、水波の言葉に怯んだりすることはなかった。

 それ以上のことを聞き出そうとしたところで、人垣に声を掛けてきたのはたった今登校してきたクラス委員長である理璃だった。

 

「皆さん、そろそろ始業時間ですよ? 評価点が下がってもいいというのなら、全員強制的に()()()()()よ?」

 

 理璃が満面の笑みを浮かべて放った一言に、人垣を形成していた女子生徒は蜘蛛の子を散らすが如く自分の席に座っていく。

 以前、理璃は騒いでばかりいた複数の男子生徒を『ファランクス』による絶妙な力加減で叩き、満面の笑顔で説教をしたことがあった。それを目撃していたクラスメイトは、彼女もやはりかつて部活連会頭を務めた十文字克人の妹という認識を抱き、1年A組で彼女に逆らう人間はいなかった。

 自分の席に着こうとした理璃に対し、水波はお礼を述べる。

 

「あ、ありがとうございます」

「いいって。家庭の事情となったら言えないこともあるんでしょう?」

 

 2限目が実習だったため、休み時間に水波の周りに人垣ができることはなかった。だが、昼休みはそうもいかない……と思ったところで、水波に対して一番先に声を掛けたのは理璃であった。

 

「桜井さん、一緒に行きましょう」

「あ、はい」

 

 それを許さなかったのは理璃だった。元々「さくらい(桜井)」と「じゅうもんじ(十文字)」と五十音順で近く、席が隣同士なので理璃としては声が掛けやすかった。それに、自分が所属している生徒会の会長が深雪である以上、同じ生徒会役員である水波のことは無関係とはいかない。

 同じクラスメイト・生徒会役員ということもあって割と交友関係を築いていた理璃からすれば、水波が四葉に関わりのある人間でもそう驚きはしていなかった。だが、水波からすればそれが不思議だった。

 

「あの、十文字さん。その、何で助けてくれたんですか?」

「うーん……何でと言われるとね……私も似たような立場だし」

「え?」

「私の本当の両親、南盾島で亡くなってね。その直後に十文字家に引き取られたの」

 

 南盾島の名は水波も聞き覚えがある。当事者でないが故に詳細は知らされなかったが、真夜から伝えられた情報では、海軍の戦略級魔法研究所があった場所と聞いている。それをあっさりと言いのけた理璃に対し、水波は悲しげな表情を見せて頭を下げた。

 

「その、お悔やみ申し上げます」

「あー、いいよ。私自身、吃驚し過ぎて悲しみすら通り越しちゃったし……それに、悲しんだところで帰ってくるわけでもないから」

 

 変にドライな考え方をしている、とは理璃自身もそう思っている。だが、小さい頃から『自分を守れない人間に他人を守れるわけなどない。味方が傷ついても、それで自らの守りを放棄するような弱さを見せるな』と教え込まれたからこそ、理璃は両親が亡くなったことに関しても悲しまずに気丈な振る舞いを見せた。

 

「辛くはないのですか?」

「辛かったよ。でもね、何かと一人でいることの多かった昔の生活に比べたら、十文字家での生活は家族もいて楽しいから。って、桜井さんが聞いても面白くないよね」

「い、いえ、聞いたのは私の方ですから」

 

 国防軍の仕事で家を空けがちだった両親との生活に比べれば、十文字家という柵はあっても家族がいることに理璃はとても嬉しかった。来た初日はその嬉しさのあまり、人目も憚らずに大泣きしたほどだ。

 理璃はバツが悪そうに謝罪すると、水波はこちら側にも非があると返した。すると、理璃は思い切ってこう提案した。

 

「ねえ、桜井さん。これからは水波って呼んでいい? 仲の良い友達に名字呼びはちょっときついから、私のことは理璃って呼んで欲しい」

「……はい、いいですよ理璃さん。私のことも水波と呼んでください」

「って、さん付けはどうなの……って、そういう性分だから仕方がないのかもしれないけど、さん付けはなしですからね?」

「えと、努力はしてみます」

 

 原作では数奇な運命を辿ることになってしまう桜井水波と原作にはいなかった存在の十文字理璃。そんな二人が友人関係を構築する切っ掛けになり得たのは、間接的にも神楽坂悠元と九島光宣の影響が強いのだろう。

 

「へっくしゅん! ……体調はすこぶるいいんだけど、誰かが噂話でもしているのかな?」

「悠元はただでさえ目立つから致し方なし」

「雫さんや……」

 

 そして、別に本人たちが噂話をしているわけでもないのにくしゃみが出てしまう悠元であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 1月12日。新学期が始まってからの初めての土曜日で、授業自体は午前中のみだが、生徒会などの各種組織およびクラブ活動も本格的に動き出している。そんな中、食堂には元1年E組のメンバー(とはいっても達也を除く形で)だけが珍しく集まっていた。

 

「考えて見りゃ、この面子で集まるなんて最近は無かったな」

「そりゃ、アンタとあたしにミキは一科生になっちゃったし、美月は魔工科だもの」

 

 悠元が教えた魔法科高校では一切習わない魔法技術の影響で、エリカ達は高校生離れどころか一線で活躍する軍人魔法師すら倒せるレベルの実力まで手にしてしまった。二科生から一科生に上がるという離れ業など、正直自分の身に起きるとは思ってもみなかった、というのがエリカの弁であった。

 

「そうですね。大体悠元さんのお陰ですけど」

「この変化を“お陰”と言い切れる美月も相当大物よね」

「全くだよ」

 

 加えて、エリカとレオは部活連メンバーとなり、レオは昨年秋から山岳部部長になった(本来なら燈也が部長になると思われたが、山岳部のイメージと体裁を考えた際にレオが適任だと述べた燈也の提案がレオ以外の満場一致で通った)。

 達也と悠元の存在もあってか、水波は正式な部員として体力作りや登山訓練をこなしており、水波の頑張りを見て奮起する男子部員の姿にレオは内心で「現金過ぎるな」と漏らしていた。

 

「そういえばレオ、“あの子”とは連絡を取ってるのかい?」

「……おい、幹比古。コイツの前で彼女の話は止めてくれと言ったじゃねえか」

「ほう? どうやら只ならぬ話のようじゃない。美月、ミキを押さえて。いざとなったらその自慢の武器で引っ付きなさい」

「エリカちゃん!?」

 

 ここで幹比古が振った話にレオが怪訝そうな表情を浮かべて受け応えると、それを聞いたエリカがレオに“女”の陰が出たことを聞いて黙っても居られなくなり、美月に色仕掛けも辞さないように言い放つと、美月もそれには恥ずかしがってしまった。

 昼食を食べ終えたとはいえ、まだ時間があるためにエリカの追及は止まらない、と観念したのか、レオが事のあらましを話した。

 

 事の起こりは一昨年のクリスマスの前。悠元と達也、レオと幹比古がクリスマス用のプレゼントを買うために都心へ来ていたところ、一人の少女がレオに助けを求めたのだ。四人の距離的にレオが一番近かったというのもあるのだが。

 そして、少女の後を追いかけてきた面々を見て悠元がレオにプレゼントを押し付ける様な形で渡しつつ前に出た。

 

「レオ、お姫様の盾役は任せた。騎士のように剣はないけど適当にボコして警察を呼ぶか」

「って、うおっと!」

 

 四人の中で最も権力を有するだけでなく、武術面でも圧倒的な実力を有する悠元が前面に立ったことで勝敗は決した。少女曰く金銭面のトラブルということらしいが、ここで悠元は端末を取り出して電話を掛けていた。

 

「もしもし母上? 実はセレスアート絡みで……そこまでするの? あ、成程……了解」

 

 あっさりと決着がついたわけなのだが、その少女はレオに対してキラキラとした視線を向けていた。これは悠元がすぐに気付いた。なぜならば、その視線を深雪に向けられたときと同じ状況がレオにも起こり得ていたからだ。

 悠元からは「彼女の事務所であるセレスアートは神楽坂家の方で何とかするらしい」とのことで、直ぐに対処するとスピーディーな対応となった。その際、CGドール「雪兎(せと)ヒメ」の中の人だと知り、悠元は前世で言うところのヴァーチャルアイドルの中の人を知った時ってこんな心境になるのだ、と思った。

 

 この顛末には実は続きがあり、昨年の春、彼女を狙おうとしたフィリピンマフィアとそれの売買を請け負う連中がいたのだが、その連中は翌朝には()()()()()()()()()()()

 尤も、ここにいるレオ達には知らされずにいたわけだが、魔法の暴走を懸念した千姫が内密に悠元へ『領域強化(リインフォース)』による“魔法の安定化のための遺伝子治療”と言う名目で神楽坂の別邸に呼び、彼女―――調整体魔法師「月」シリーズの第一世代である宇佐美(うさみ)夕姫(ゆうき)に施した結果、彼女が望んでいた女性らしい体を手に入れていた……その門出と言わんばかりに、彼女の下着のホックが盛大に千切れる音と夕姫の悲鳴が部屋に響いたのだった。

 夕姫からは「その、レオ君といい関係になれるよう手伝っていただけますか?」という問いかけに対し、悠元は頷く他なかった。

 

「で、その彼女とは連絡を取ってるの?」

「まあ、流石にそんなことがあった手前、ほっとくのも後味が悪いしな……何だよ、エリカ?」

「いやー、女の気が無かったアンタにそんなことがあったなんて面白いじゃない。どうせなら、レオが責任持って娶りなさいよ」

「はあ?」

 

 レオはてっきり、エリカが夕姫をレオにくっつくお邪魔虫か泥棒猫と見るのかと思えば、寧ろエリカは夕姫にその気があるのならレオが責任を取って彼女を妻にしろと言い出したのだ。これには流石のレオも盛大に首を傾げつつ驚きの声を上げた。

 

「忘れたの? あたしは千葉の人間だし、別にうちの親父みたいになるのは勘弁願いたいけど、レオに妻の一人や二人いても目くじらなんて立てないわよ。寧ろ男としての甲斐性を見せなさいって言ってんの。ミキだって美月と佐那を娶るんだし、別に問題ないでしょ」

「エ、エリカちゃん!」

「ちょっと、何で僕らを引き合いに出すのさ!」

 

 元々千葉の姓など名乗りたくなかったエリカからすれば、自分が愛人の子であることに不満など持っていなかったし、千葉家の人間という風に色眼鏡で見られること自体鬱陶しいと感じるほどだった。

 なので、エリカはレオを独占しようなどという気が無かったと言えば嘘になるが、幼馴染の悠元と幹比古が複数の女性と関係を持った以上、レオにも男としての甲斐性を発揮できる相手がいたことに内心で嬉しかったのだ。

 

「何だったら、悠元に頼めば一夫多妻になるよう民法改正ぐらいするでしょ」

「いや、それは一番マズいだろうに……」

 

 引き合いに出されて恥ずかしがる幹比古と美月の反論などお構いなしに言い放ったエリカの爆弾発言に対し、レオは常識の範囲で常識外れの手段を用いるのは一番マズいと評するほかはなかった。だが、ここで止まるほどエリカは大人しくなかった。

 

「よっし、それじゃ早速悠元のところに行かなきゃ。今だったら部活連の本部室にいるはずよね」

「お、おい!」

「……吉田君、どうしますか?」

「柴田さんはクラブ活動に行っていいよ。僕は風紀委員会の仕事があるから、一応付いていくよ」

「お、お願いします」

 

 そうと決まれば、と言わんばかりに立ち上がってトレイを片付けに行ったエリカの後を追う形でレオも立ち上がり、美月にクラブ活動を優先するように伝えると、幹比古も風紀委員会の仕事のついでにエリカとレオを追った。

 

 そうしてエリカが意気揚々と本部室のドアを開くと、エリカは場の雰囲気に思わず気圧されていた。具体的には、中央の上座にあたる席に座って気配の抑制を切っている悠元と、それと相対する形で立っている琢磨の姿であった。これにはエリカの後を追ってきたレオと幹比古もたじろいでいた。

 

「ん? エリカにレオ、幹比古か……七宝、事情は分かったし、生徒会と風紀委員会にも本人にきちんと叱ったと報告はする。だが、二度目はないぞ?」

「は、はい! 本当に申し訳ありませんでした!」

 

 琢磨からすれば、エリカとレオ、幹比古といった達也に近しい人物が天からの助けに見えたのか、三人に対しても深く礼をした上で本部室を去っていった。これには揃って首を傾げる三人に対して悠元は気配を抑えてから話しかけた。

 

「それで、何かあったか? 幹比古が一緒となると、なんか大きなトラブルでも?」

「実は、レオ絡みの話でエリカが突っ走っちゃって……そっちも何かあったのかい?」

「いや、実はな……」

 

 琢磨が悠元からの説教と取り調べを受けていた理由。それは、悠元が風紀委員会の打ち合わせも兼ねて本部室を離れていた時に起こった。生徒会からの連絡役ということでほのかが来ていたのだが、応対した琢磨がほのかに告白しようとしたところに悠元と雫がタイミング良く(琢磨からすれば悪い方向だが)その現場に居合わせた。

 

 元々ほのかが達也のことを好きだという噂はピクシー暴露事件から少しずつ浸透していったため、当然琢磨もそのことは知っていた。だからこそ琢磨は自分の気持ちに整理を付ける意味でほのかに告白しようとしたところでその言葉を聞き終える前に中断されてしまった。

 

「こうなった以上、琢磨とほのかを二人きりで会わすわけにもいかんだろうし、雫がいい顔をしないだろうからな。俺もほのかの友人として下手に会わせるのは危険だと判断した」

「でもよ、本人が諦めるために『好きでした』と告白しようとしたんだろ? 間が悪かったというのもあると思うが」

 

 この場合、レオの言い分にも一理はある。悠元の脳裏に浮かんだのは、先日の司波家でのやりとりで深雪に頼んだ解決法で、これを琢磨に適応しないのは差別になると踏んだ。

 

「それなんだよな……変に拗れるのもあれだし、謝罪の機会ぐらいは設けるか。部活連側は俺が、生徒会側は深雪に立ち会ってもらうことにしよう。幹比古、悪いけど風紀委員会室を貸してもらえるか? 幹比古と雫にも立ち会ってもらいたいし」

「あ、うん。北山さんには僕から話すよ」

 

 今後の組織間のぎくしゃくを解消するという意味で、風紀委員会に仲介してもらう形で部活連と生徒会が今回の一件を不問にする、という流れに持っていくこととしたのだった。

 今は良くても、次年度の生徒会と部活連のトップが師族二十八家の人間になることは間違いないだろうし、七草家と七宝家の因縁自体が完全に消えたわけではない。その意味で、ここでちゃんと一区切りをつけることで後顧の憂いを断とうという思いがあった。

 




 理璃が両親の死をドライ目に考えているのは、小さい頃から国防軍人の家系として育ってきているため、何時死んでもおかしくは無いと厳しくしつけられていたためです。それでも彼女も一人の女の子であり、家族の愛情に飢えていたところを少しでも出せていればと思い、こうなりました。
 レオに関する部分は原作の流れとは異なる部分があるため、時勢的に整合性が取れるよう調整しています。CGドールの名前のルビが『暗殺計画』にも見当たらなかったため、それっぽい名前になるようにしました。もしもの時はオリジナル設定ということで一つ。
 そして、タイミングが悪かった琢磨ェ……

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