風紀委員会室にて風紀委員会立ち合いのもと、琢磨とほのかの話し合いの場が持たれた。琢磨は悠元からの謝罪が効いていたのか、「先程は申し訳ありませんでした。どうか司波先輩とお幸せになってください!」と臆することなく言い放ったことに、ほのかの思考がオーバーヒートして気絶した。
これを見た雫は「これは大物になる予感がする」と呟いていた。なお、その琢磨は小和村真紀からロックオンされているわけだが、琢磨からすれば「同志みたいなものですから」と若干朴念仁の気がみられた……まあ、他人の恋路に首を突っ込むほど暇じゃないので、この辺は法律に触れなければスルーの方向にした。
噂話の方は追々沈静化していくと思われるので心配はいらないが、そのことばかりに耳を傾けていられないのも事実であった。
◇ ◇ ◇
1月13日、日曜日。達也がFLTの研究施設に出社していた(達也は表向き会社と契約している研究員)頃、悠元はスーツ姿で皇居に赴いていた。
礼儀を重んじるならば羽織袴か礼服が常識と思うが、護人の二家の当主クラスは特例という形であまり失礼のない服装であればいいというお達しを受けていた。これは皇族が世俗を良く知る相談役として護人を頼りにしていることへのせめてもの礼を形にしたもの、と説明を受けている。
応接室では、悠元の他に同じくスーツ姿で上泉家当主である元継が座っていた。
「悠元、前に言っていたクラーク親子に関することだが、奴らは達也の素性を見抜いていると思っていいのか?」
「それなんだけど、気になるものを見つけた」
それは、『七賢人』―――レイモンドがUSNAの新興軍需企業『サムウェイナームズ』のエージェント、ナオミ・サミュエルにあるメッセージを送っていた。それは、『トーラス・シルバー』が司波達也である、という情報だった。これが送られたのは昨年の10月初め―――論文コンペと周公瑾の追跡の裏側で起きていたことだった。
しかも、まぐれ当たりだろうがナオミは『
「そのことは本人に?」
「これが発覚した時点で伝えた。四葉本家に伝えるかは達也の裁量に任せてる」
原作では『ディオーネー計画』が発表され、レイモンドが姿を偽って『七賢人』として暴露した情報で達也が追い込まれた。だが、仮にそんなことになったとしても、こちらには魔法以外で追い詰める手段は数多く存在する。
どうしようもならなくなった場合の最終手段は考えてあるが、正直言ってやりたくないのが本音だ。何故なら、これを使った場合のUSNAの国際信用度は底が無くなるレベルに達するからだ。
「そうなると、周公瑾が逃亡したのもクラーク親子の差し金と思いたくなるな……『トーラス・シルバー』のことに関してだが、悠元は問題ないのか?」
「俺は『トーラス』と呼ばれはするけど、一切名乗ってないからな。それに、顧傑が一段落した後の発表によって『トーラス・シルバー』は国内から切り離せなくなるように仕向ける」
それは、政府が『トーラス・シルバー・プロジェクト』という形でFLTとの官民合同プロジェクトを立ち上げ、国土強靭化計画の一環としてライフラインの再整備計画を打ち出す。『ESCAPES計画』はその一環として組み込まれる形となり、魔法の力を有効に活用して国益に繋げることで魔法の有無を問わずに恩恵が受けられる形とする。
魔法の力で恩恵を受けられないのであれば、魔法の力で生み出された形あるものを提供することで非魔法師への不満を解消する。そこに利権は生じてくるが、そこは政府の手腕に掛かっている。
「この国はただでさえ災害が多い。その意味で余力のあるライフライン構築は急務だ。無駄だと騒ぎ立てる輩はいるだろうが、電気・ガス・水道などといったライフラインは一般企業の杓子定規を用いてはいけない」
「……ただでさえ計画的な運営が求められている以上は余力がないも同然だな。大きく力を削がれたが、野党やその支持母体は無駄だと騒ぎ立てるだろうが」
悠元は前世の記憶で「無駄だ」と騒ぎ立てたり、核アレルギーによる原子力発電の延々として進まない再稼働により、長年使用している火力・水力発電所までほぼフル稼働で酷使する状態となっていることは強く記憶に残っている。
地理的要因でこの国は災害に見舞われやすいのに、人々の生活を支えるライフラインが消費と同等の供給能力しかないのは一番の問題だ。それこそ、ピーク消費量が供給量の6割ないし7割に抑えられるようなシステム作りが急務とされている。
そのためにも、まず野放しになっている犯罪の温床全てを取り除くため、根本となる憲法を再制定し、国防軍には本来の任務である領土・領空・領海を含め、国家の根幹を成す国土と国民を守ってもらわねばならない。
「使われなければ無駄だろうけど、『転ばぬ先の杖』という意味を分かっちゃいない。電気を生み出すのだってただじゃないんだ……連中には一度自給自足の生活がどれほど大変なのか身を以て体験させたい気分だ」
「そのためにも、犯罪の温床となっている状態を改善するために憲法を作り直す、か。大変なことだな」
「当然政府にも今までのツケは払ってもらう。そのための『トーラス・シルバー・プロジェクト』だ」
すると、ノックする音が聞こえたので会話を止めて踵を正す。扉が開かれると、そこには案内役である宮内庁の職員が立っていた。
「神楽坂様、上泉様。両陛下がお呼びですので、ご案内いたします」
「ご苦労をおかけします」
「宜しくお願いいたします」
職員に案内された場所は今上天皇の住居である赤坂御所。本来ならば一般の人間がおいそれと踏み入ることを許されないが、天皇自らの希望によるものだった。職員が「この先は私でも入ることは許されませんので」と言って下がっていき、悠元が先んじて足を踏み入れ、深く頭を下げた。
「失礼いたします。神楽坂家が当主、神楽坂悠元に御座います。此度のお招き、真に感謝いたします」
「上泉家が当主、上泉元継にでございます。陛下におかれましてはご健勝で何よりと存じます」
「態々来てくれて感謝いたします、神楽坂殿に上泉殿。さ、どうぞ座ってください」
部屋には今上天皇とその使用人がいるだけで、天皇が目配せをすると使用人は頭を下げて静かに部屋を去っていく。そして天皇の気遣いを受ける形で悠元と元継はソファーに座る。
「今回お呼びしたのは、以前神楽坂殿が仰られていたことについてです。ここからは必要以上に敬語を使われなくて結構です。私も屈託のない率直な意見を聞きたいですから」
「では、お言葉に甘えまして……陛下に憲法の如何のお伺いを立てたのは、最早平和憲法としての体を成すには国内情勢があまりにも混沌に満ちているためです」
非魔法師からすれば平和に見えるだろうが、それは最早ヒビの入った薄氷……いや、もう割れてしまっている部分を避けようとしてさらに被害が拡大しているような状況であった。
それに、ここ5年で大亜連合、新ソ連、USNA、そしてドイツの干渉を受けただけでなく、横行するスパイや人身売買などといった無法を放置することなど、日本という国家の存続の危機に瀕しているも同然。
「本来、国を守るべき公僕であるはずの国防軍が政治家のように
「神楽坂殿は民主主義に基づいた文民統制を敷き、軍の暴走を抑えたいのですね」
「その通りです。しかし、政治家は非魔法師であるが故に無力。よって、政府との非公式な約束によって動きを抑えられている師族会議のシステムを政府と国防軍から切り離し、護人の二家による古式・現代の如何を問わない魔法資質保有者の秩序の保守をお認め頂きたい」
今まで漠然としていた護人と師族会議の関係を見直し、政府や国防軍の影響から切り離した上で神楽坂家と上泉家が師族会議に対する権威の附託と秩序の再構築を行う。古式魔法の家が現代魔法の家を抑え込むという構図になるわけで、当然不満を漏らす者はいるだろう。だが、そんなことを一々聞いていられるほど悠長にはいられないのだ。
「そして、陛下には十師族となった当主の方々に国防の要たる任を与え、その見返りに彼らの持つ権限をお認め頂きたいのです」
「……上泉殿は、どうお考えなのですか?」
「隣にいる弟からは既に話を聞いていますが、誰かが秩序の責を負うとなれば、それは我々しかいないのも事実だと痛感しております。元々九島退役少将の提案で始まった師族会議のシステムですが、退役少将は来年で御年90の大台を迎えるため、次代の担い手の確保は急務と言えましょう」
師族会議自体ほぼ九島烈ありきのシステムでしかなかったし、九島家も烈が居なければ十師族の椅子を維持できるだけの力を有していない。しかも、十師族当主の中は彼の教え子も少なくなく、烈亡き後の師族会議の全体像はもとより、その運営自体も不透明過ぎるままだ。
だからこそ、烈に代わる強固な柱として上泉家と神楽坂家が彼らの支柱として存在することがこの国の魔法師社会の秩序を守るために必要だと強く感じていた。
「幸いにも、我々は現代魔法の権威である十師族の一角を担う三矢家と古式魔法の権威足る上泉家・神楽坂家の血筋を継ぐもの。先日、京都と奈良の『伝統派』を弟が和解させ、彼らは弟に対して恭順の姿勢を見せております。なれば、今こそ我々が魔法師社会の舞台に立つ時が来たのではないかと強く思っております」
「……成程。確かに道理ではあります。世論が反魔法主義に染まっていない今だからこそ、国を建て直さねばならない。分かりました、私も国家を見守る皇として肚を括る時が来たようです」
「陛下?」
「来週執り行われる内閣総理大臣の承認式に際し、私から『おことば』として総理大臣に日本国憲法の再制定・師族会議との約定破棄を含めた国家再生の任を与えます。それを戒めとして生前退位を行い、皇位を次代に継承致します」
つまり、本来ならば国家の政に口を出さないという天皇の役割に対し、今上天皇は「おことば」として総理大臣に強く要請する。それを受けられないのであれば総理大臣の承認は認めない、という脅しそのもの。そして、今上天皇は慣習破りを自らの戒めとして生前退位を申し出て、皇太子に皇位を継承する。
その決意の言葉を聞き、悠元と元継は揃って頭を上げた。
「陛下の苦渋の末のご決断、大変頭が下がる思いです」
「よいのです。まだ若い貴方方が護人の当主として国家を護る為に尽力されている以上、象徴たる私に出来るのはこれぐらいでしかありません。神楽坂殿、上泉殿。今後ともどうかこの国を護るべくよろしくお願いいたします」
「はっ」
「勿体なきお言葉」
赤坂御所での今上天皇との会談を終え、そのまま帰れるかと思えば職員の案内で通されたのは迎賓館である赤坂離宮であった。何故なのかと思っていたところ、通された応接室でその謎が氷解した。
「あ、悠元君! 元継君もお久しぶり」
「……お久しぶりです。なあ、悠元。澪さんってこんな人だったか?」
「俺が聞きたいよ」
場所が場所なだけに、澪の言葉遣いに対して小声で話し合う元継と悠元。その原因が悠元にあることぐらい本人も承知しているが、やや納得しがたいような雰囲気を見せている二人に対し、澪は頬を膨らませて不満げな様子を浮かべていた。
「むー、悠元君もつれないな。こんな美少女を釣り上げて放置するなんて」
「放置って……大体、澪さんは軍務も兼ねて四国の五輪本家にいたのでしょう? こちらはまだ学生の身分なので、おいそれと外に出て行けませんよ」
「でも、剛三さんと一緒に国内外を旅してたじゃない」
「いや、あれはうちの爺さんが勝手に悠元を連れまわしてたものだから……」
沖縄防衛戦の後、剛三は当主としての仕事を元継に放り投げて悠元と一緒に国内外を飛び回っていた。正直、小学校時代よりも中学時代の思い出がないレベルで、名目上は「療養」という形で旅していた。その際に世界各地の名立たる名医にも会う事になり、彼らから「問題なし」という太鼓判を貰ってはいた。
ニジェール・デルタ地域に出向いたとき、どこかの兵士によって夕食を台無しにされ、暴行を受けていた少女(それがエフィア・メンサーだと知ったのは後のことで、エアメールは基本的にフランス政府を介して送られていた)を救い、その兵士が逃げた先の拠点を剛三が高電圧の雷の雨を降らせる『
そこが大亜連合が支援している勢力の拠点だと知り、連中は大軍を差し向けてきたのが後の祭り。剛三からすれば、連中の命よりも食い物の恨み(プラス相手が大漢に勝った大亜連合)が勝ってしまった。
―――儂を知らぬとは、いい度胸よの。よし、悠元。奴らを全員アフリカから叩き出すぞ。
―――はあっ!? 正気かよ、爺さん!!
結局、悠元は諦めたように認識阻害用の仮面を被り、大亜連合の戦略級魔法『霹靂塔』を疑似的に編み出して改良した戦略級魔法『
最終的な被害は大亜連合方面軍および大亜連合が支援していた武装勢力が合わせて10万(ニジェール・デルタ地域のみならず、アフリカ大陸にいた大亜連合の兵士がほぼ犠牲となった)に上り、ニジェール地方を縄張りとするフランス側の武装勢力の被害はゼロ(偶々近くを偵察していた人間はいたが、危険を察してすぐに逃げた)。
この戦闘―――正しくは殲滅劇によりニジェール・デルタ地域は支援を受けていたフランス政府の擁護を求め、直ちにフランス軍が派遣され、正式にフランスの領土となった。後に“ニジェール・デルタの奇跡”と呼ばれるこの出来事は瞬く間にアフリカ大陸全土を駆け巡った。
フランスを除く欧米諸国はこの奇跡を成した魔法師の行方を探ったが、全く情報が出てこなかった。彼らが最終的に得た情報は「アジア系男性の二人組」という手掛かりのみであった。何せ、大亜連合側は兵士がほぼ生還していなかった上、生き残った兵士からも「か、雷が……やめろ、来るなぁ!」とトラウマを抱えていたため、何が起きたのかすら知る術がなかったためだ。
成層圏プラットホームによる魔法監視システムでも戦略級魔法に相当する大規模の魔法発動兆候が感知されなかったため、これ以上の調査は無理だと判断されて打ち切られた(被害が雷系統の魔法によるものであったため、最終的には『霹靂塔』による自爆もしくは『十三使徒』に匹敵する大亜連合の非公式戦略級魔法師が『霹靂塔』による反乱を起こしたもの、と結論付けた)。
唯一彼らの所業を知ったフランス政府は慰謝料という名目(お金自体は大統領のポケットマネーから出していた)で莫大な報奨金を渡したが、彼らはその金を武装勢力の兵士による暴行を受けた少女に全て渡した後、消え去るように去っていった。そして、その少女―――エフィア・メンサーが原作と異なる運命を辿ることになったのだった。
閑話休題。
「コホン。私こと五輪澪は神楽坂悠元殿の婚約者として申し込みました。良い返答を期待しております」
「母上のことですから、多分断ることはないでしょうね。まあ、確定したとしても当分は東京に居ることになりそうですが」
「それは覚悟してます。それで、悠元君に元継君。父からの懸念事項を伝えます」
「五輪殿が?」
澪から伝えられた十師族の五輪家当主・五輪勇海からの懸念事項。それは、最近USNA方面からの船舶移動が活発化していることだった。その辺の動きは当然掴んでいたが、具体的な数字まで述べると明らかに伸びが顕著とも言えた。
「五輪殿が懸念されたのは、USNAから来るであろう人間主義者の密入国か」
「恐らくは。流石に国外の動きとなると五輪家でも限界がありますので、こうして神楽坂家と上泉家の方に伝えようと思った次第です」
「……悠元、どう見る?」
「その可能性はありますね。政府内部に人間主義者と繋がりを有している人間がいる以上、向こうの監視体制の如何なんて袖の下次第でどうにでもなりますから」
かの国がいくらテロを警戒する体制を整えていたとしても、政府内部に人間主義を支援する連中がいればどうにでもなってしまう。寧ろ、国内の騒動が収まるのであれば出国を許容することだってあり得る。その意味でUSNAから人間主義者が来る可能性は極めて高いだろう。自分の国さえよければ同盟国を平気で巻き込むUSNAを“自分勝手な国家”だと言い放ちたくなる程に。
普通ならば有り得ない事でしょうが、国の根幹を変えるとなればその象徴たる者が決断して強き国を作るように促すのも皇の務めではないかと思った次第でこんな展開にしました。
そもそも、九島烈が意地を張らずに力を持つ担い手に譲ればこんなことにはならずに済んだかもしれませんが、完全にあとの祭りという始末。別に元気な高齢の人が働いてはいけないとまでは言いませんが、それは業種と仕事の負荷によりけりだと思います。どう見ても90歳を迎える人間が当主を譲ったのに当主の仕事をしてるという時点で違和感しかないですので。
後半部分で出た剛三と悠元が成した事ですが、悠元が剛三の我儘に渋々付き合った結果です(割合的には悠元が3、剛三が7みたいな感じ)。10万という数は多すぎるかもしれませんが、これぐらいの数が犠牲になっても引き際を弁えるとは思えないので。大亜連合に対して偏見が混じっているのは認めます。
食べ物の恨みは恐ろしい。これは世界の真理。