魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

32 / 551
疑似キャスト・ジャミング

 喫茶店にて達也の奢りに与る一同。

 そこで、悠元が今日の出来事を思い出して達也に問いかけた。

 

「そうだ、剣術部で思い出した。達也、お前『疑似キャスト・ジャミング』使わなかったか?」

「……どうしてそれを?」

「別件のトラブル解決後に戻る途中、狩猟部の先輩方数人が想子酔いを起こしてた。で、狩猟部にいた同級生が第二小体育館からそのノイズを感じたと言っていた……聞いた時刻からして丁度剣術部と剣道部がトラブルを起こした時だったから、達也が桐原先輩の『高周波ブレード』に対して何かしたとしか思えなかったわけ」

 

 悠元の言葉を聞いて達也の表情が真剣になる。それを見つつも彼の問いかけに対して自分が今日関わった出来事を簡潔に話した。すると、深雪が悠元に連絡を取った時のことを思い出していた。

 

「悠元さん、もしかしてあの時雫やほのかと一緒にいたのは…」

「その対処の付き添いってやつだよ。俺がそれを知ってるのは、同じ現象の発生方法を偶発的に見つけただけってこと。多分達也のやった方法と同じだと思う」

 

 その方法は保有想子量にある程度比例することも判明している。達也ほどの想子保有量であれば、高い想子感受性を持つ人間相手なら簡単に想子酔いを起こせるだろう。

 第二小体育館にいた他の生徒にそれほど被害が出ていなかったのは、その時間帯が二科生を中心とした非魔法競技系クラブのデモンストレーションだったことも幸いした形だ。それには触れないように言葉を続けた。

 

「七草会長の耳に入れるのは拙かったから、市原先輩だけにしか伝えていないがな。狩猟部の先輩方もちゃんと対処したから問題はないよ」

「……そうか。すまない、悠元」

「別にいいって。こっちも偶然だったわけだし……俺が気付かなくても深雪なら気付いていたかもしれないな」

「そうだな……深雪は勘が鋭いからな」

「もう、お二人は私を何だと思ってらっしゃるのですか…」

 

 悠元は達也の謝罪を受け取りつつも咎める気はないと言い放った。その上で、悠元は自分が気付かなくても深雪なら気付くと言い張り、達也もその意見に同意するような発言に対し、深雪は首をかしげつつ自らの頬に手を当て、頬を赤く染めながら強めの口調で文句を言うような台詞を口にした。

 これには真っ先に燈也が引き攣った笑みを零したが、悠元の言葉に気付いて問いかけた。

 

「照れているようにしか見えませんけど……そういえば、『キャスト・ジャミング』って言いませんでした?」

「それって、確か特殊な石が必要よね? 確か、アンティ…」

「アンティナイトよ、エリカちゃん。でも、それってすごく高価なものですよね?」

 

 アンティナイト……久し振りに聞く単語である。3年前の沖縄侵攻の時、危うく使われそうになったのがそれによるキャスト・ジャミングである。産出量が少ないために宝石よりもかなり高価であり、国家指定の稀少軍事物資として厳重に管理されている代物だ。とても一個人で持てるようなものではない。

 

「俺は持ってないよ。アンティナイトは高価である以前に軍事物資だ。一民間人が手に入れられるレベルじゃない」

「言っとくけど、うちにもないからな?」

「え? けど……」

 

 このままだと美月は納得しないだろうと考えた達也は悠元に視線を送った。悠元がそれに気付いて軽く頷くと、密かに遮音魔法を発動させる。そして、達也は顔を近づけつつ唇の前に人差し指を立てた上で説明した。

 

「あー……これはオフレコで頼みたいんだが、俺が使ったのは『キャスト・ジャミング』ではなく、正確にはその理論を応用した特定魔法の妨害なんだ」

「……そんな魔法、ありましたっけ?」

「達也、ひょっとしたらだけどCAD同士の想子干渉を利用した方法かな?」

「ああ、正解だ」

 

 達也の説明に美月は首をかしげるが、そこで燈也が心当たりを思い出しつつ尋ねると、達也はそれに頷いた。一方、まだ理解が追い付いていないレオに悠元が説明をする。

 

「レオ、2つ以上のCADを同時に発動させようとしたら、想子波が干渉しあって殆どの場合で魔法が発動しない、あるいは魔法の効果が薄くなる現象は知ってるよな?」

「ああ、それは俺も経験してるから解るぜ」

「うっわ、身の程知らず。アンタにそういう高等テクが使えるわけないじゃない」

「なんだと!?」

「まあまあ」

「喧嘩は止めろよ……」

 

 何だかんだ言って気の合っているレオとエリカの『夫婦喧嘩』にはあまり気を留めず、騒ぎは止めろとそう呟いた上で悠元が説明を続ける。美月はお互いを諌め、燈也は苦笑し、深雪は微笑みながら話を聞いている。

 

「で、今回の場合だと『高周波ブレード』を妨害する起動式を展開し、もう一方のCADで全く逆の現象を引き起こす起動式を展開。二つの起動式を複写増幅して想子信号波を無系統魔法として放つ……それで魔法をある程度妨害して、桐原先輩をあっさり取り押さえたってところかな?」

「流石だな、悠元。今度から解説はおまえに任せたほうがいいかな?」

「俺はお前の通訳じゃないし、偶々同じ原理を見つけただけだよ。しかし、それだけのことが出来るCADなんてよく風紀委員会本部に2つもあったな。こないだの片付けの時に見つけたのか?」

 

 達也の冗談めいた言葉に悠元はため息交じりに呟きつつも問いかけた。この原理は、ある程度の性能を持つCADを使わないとまともな効果が出ない。そうなると余程の高性能機でないと『高周波ブレード』の妨害も難しいということも悠元は理解している。

 

「ああ。旧式だがエキスパート仕様の高級品がな。かなりカスタマイズされていたようだが……」

「んー、多分うちの姉が風紀委員長をしていた時に使ってたやつかもしれない。生徒会長になる際にお祝いでCADをプレゼントしたから、寄贈品として置いていったものだろう。達也がそう言うレベルのだと、使えていたのは美嘉姉さんだけだろうし」

 

 かなり極端な調整を施していたため、豊富な想子保有量を有していないとすぐにガス欠になるほどの仕様だった。そんなピーキーなCADのことを思い出し、それを達也が使って『疑似キャスト・ジャミング』を起こしたのなら狩猟部の先輩方の想子酔いも納得できる話だった。

 

「成程、それなら納得できる話だな」

「けど、そんな方法を見つける人が同じ学年に2人もいることは凄いよ。流石は三矢の一族に深雪のお兄さんと言うべきかな?」

「どうしたんだ、二人とも? ハッキリ言ってすげえことじゃねえか」

 

 悠元の言葉に達也は納得し、燈也は悠元と達也を褒めるような言葉を述べた。だが、その褒められた方はあまり嬉しくなさそうなことにレオが首を傾げた。すると、達也が言葉を発した。

 

「オフレコの理由は二つ。ひとつはこの技術がまだ未完成だということ。二つ目には、アンティナイトを使わずに魔法を妨害できる仕組みそのものが問題なんだ」

 

 アンティナイト自体古代文明の遺産であり、産出量が極めて少ないことから現実的な脅威になっていない。だが、達也がやった方法が技術化されれば魔法師の社会基盤そのものが揺らぎかねない、と説明した。

 

「対抗手段を見つけるまでは、公表する気になれないからな」

「すごいですね、そこまで考えているだなんて」

「お兄様は少し考えすぎです。そもそも、相手が展開中の起動式を読み取るだなんて、誰にでもできることではありませんし。ですが、それでこそお兄様です」

 

 美月が感心するように述べると、深雪は達也に視線を向けつつ皮肉も交えての言い草に達也は苦笑を浮かばせていた。

 

「……それだと、俺が優柔不断のヘタレだ、という風にしか聞こえないんだが?」

「さあ、どうでしょうか?」

「ははは……ちなみに、悠元は達也と同じ理由なの?」

 

 兄妹の軽いやり取りに反応しつつも、燈也は悠元に尋ねた。すると、悠元は一同を驚愕させる事実を言い放った。

 

「達也に悪いとは思うんだが……その技術、完成してしまったんだ。対抗手段もあるが、これはどう考えても公表できないと判断した」

「『完成してしまった』? 悠元、まさかお前は特定魔法の妨害術式を完成させたのか?」

「ああ……達也と深雪は一度見ている。俺が『あの人』に対して放った魔法―――あの中にそれが使われている」

 

 悠元の放った言葉に達也と深雪は驚く。達也としては未完成の技術のレベルだった『特定魔法の妨害』を悠元は実用レベルとなる魔法として成立させたということを意味する。

 これにはエリカ、美月、レオ、燈也も揃って驚きを隠せない。もはや高校生のレベルを逸脱しているからだ。それを見た悠元はここから内緒で頼みたいと言いつつ説明する。

 

「…これはマジのオフレコなんだが。達也が風紀委員に指名された日の放課後、俺は十文字会頭と正式な試合をして勝っている。その際、彼の魔法を破るために使ったのが魔法発動の強制終了(シャットダウン)で起動式・魔法式・発動後の魔法を破壊する魔法だ」

「………そんな魔法、初耳よ?」

「だからオフレコなんだ。これの原理の大本は『キャスト・サイレント』と自分では呼称している。1種類限定だが、1つの系統魔法に対して相反作用を引き起こす魔法式を展開することで魔法発動を意図的に妨害させることが出来る……現状、これらの技術を使えるのは世界に二人だけしかいない」

 

 正直、達也の眼を誤魔化すのは無理だと最初から分かっていた。だからこそ、ある程度の情報は与えるつもりだった。

 

 固有魔法『円卓の剣』―――これは全系統全種・各種干渉に対する『キャスト・サイレント』を同時行使することで意図的に複写増幅を起こさせ、疑似的に一つの魔法式の塊として対象物へ直接ぶつけて爆発させ、そこにある起動式や魔法式を強制終了させる術式。『術式解体(グラム・デモリッション)』の実質的な上位互換版―――ちゃんと名付けるなら『術式終息(グラム・バニッシュ)』といったところだ。

 魔法式が魔法式に作用できないのは、発動したタイミングによって各々の魔法式に対して自動的に魔法式干渉防止のためのセキュリティが生成されるようなもの。『キャスト・サイレント』は発動した同系統魔法のセキュリティを意図的に開けることを可能とするマスターキー的な役割を持ってしまったのだ。

 

 悠元以外にこの術式を使えるのは同じく『ファランクス』を破った佳奈である。彼女も強力な『エレメンタル・サイト』を持っているからこそ、悠元のこの技術を理解して秘匿することを了承した。

 悠元の説明には全員が黙ってしまうほどのレベル。言わずともそんな技術が明るみに出れば、魔法師社会の基盤が揺らぎかねない。いや、その前に『魔法式に干渉できる魔法式』の時点で魔法師社会全体が大騒ぎになりかねない。

 悠元もそれを理解しているからこそ、それらの技術には個人に合わせた起動式の最適化を必須としている。それなしに使おうとした場合、精神力の過剰使用が起きて死に至るよう組まれている。

 

 魔法式破壊という観点では『術式解散(グラム・ディスパージョン)』もあるが、自分の場合だとあれは『天神の眼』を併用するのが前提になる。ここ数年の訓練で眼の色が銀色に変化することはなくなった。単に慣れきったというのもあるだろうが。

 

「万が一の場合にも備えて、起動式自体に暗号化と専用化の記述も組まれているから問題はないと思うが……案の定、皆固まってるな」

「それはそうだろう、悠元。俺からしたら未完成のレベルだったんだぞ? お前は別の意味で『カーディナル・ジョージ』になれるんじゃないか?」

「なりたくもないし、徒に社会システム崩壊の引き金なんて引きたくもない。魔法無効化の十八番の看板はお前に背負ってもらった方が都合がいい」

 

 悠元は達也の言葉にそう返しつつもコーヒーの入ったカップを口にする。すると、深雪が真っ先に復帰して悠元を見やると、悠元に凭れ掛かるように身を寄せた。何か桃色の雰囲気を感じて再起動したレオ、エリカ、美月、燈也は2人の光景に固まる。

 

「流石は悠元さんです。それでこそお兄様と同じぐらい敬愛を捧げるに値します」

「やれやれ……深雪には敵わないな」

「……って、すっげえラブラブな雰囲気にしか見えないんだが!?」

『そうか(でしょうか)?』

『ごはっ!?』

 

 どう見ても恋人のような雰囲気を醸し出しているのに、2人揃って心外だなと言わんばかりの答えが返ってきたことにレオ、エリカ、燈也がテーブルに勢いよく突っ伏した。美月に至っては頬を赤らめてその場に硬直していた。これは助け船が必要だろうと達也が2人を諌めた。

 

「2人とも、冗談は程々にな。約一名冗談だと解ってないのがいるから」

「……え、ええっ!? そ、そうだったんですか!?」

 

 何にせよ、上手く濁したことで悠元の言い放った衝撃的な事実も水に流せた形となったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 勧誘週間も折り返しとなったが、トラブルは絶えない。いや、むしろ増えていると言ってもいいだろう……まるで、とある一件から意図的に増えているような印象を強く受けていた。

 

 達也に関しては巡回中に二科生の先輩による意図的な妨害があり、それをたまたま見つけたときは両成敗という形で強制的に気絶させた。

 風紀委員の勧告に従わない場合は生徒会役員立会いの下で強制鎮圧が認められる……これは姉である美嘉が風紀委員長の時も同じことがあり、それを見た佳奈が臨時生徒総会まで開いた上で追加したルールだ。

 

 自分にも数回ほどその敵意らしき魔法が向けられたが、その悉くを『術式解体(グラム・デモリッション)』で相手の魔法式を吹き飛ばした。その人間は制服ではなくジャージ姿だったが、体の運びで何を学んでいるかは読み取れていた。

 

(剣道を学んでいる……それと、あのリストバンド……『エガリテ』か)

 

 魔法の発動速度から見ても二科生なのは間違いない。そうなれば剣道部の男子であの髪型の人間というところまで絞り込める……まあ、自分の場合は原作を知っているが、それがどこまで通用するかもわからない。ただでさえ自分というイレギュラーを抱えているのだから。

 

(……あいつ、阿呆か? まあ、こっちも自然と意識を逸らさせながら歩いていたら、気付かなくても無理ないか)

 

 その人物だが、次の日に襲撃された時と同じ格好ですれ違った。向こうからすれば自己加速術式で見えないとでも思ったのだろう。

 それ以前に武術を嗜んでいるせいで自然と気配を偽る歩き方になっていた。ここ最近の意図的な妨害は自分でも億劫だと感じていたのかもしれない。

 すれ違ったのは3年F組の男子、剣道部男子主将の(つかさ)(きのえ)。彼が誰から逃げるように走り去ったのかと思えば、それは達也であった。悠元は息を吐いて気配を元に戻すと、達也はホッとしたような表情を見せていた。

 

「なんだ、悠元か。師匠でも来たのかと思ったよ」

「悪いな。ここ最近の意図的な妨害は目に余るからな。姉達で懲りたかと思えば、反省してないとか幼児以下だろ。魂レベルで生まれ変わって出直せと言いたくなるが……厄介な奴の妨害を受けたみたいだな」

「……やはり、気付いていたのか?」

「同じ奴に妨害を受けていた。達也の場合は何となく察しはつくが、俺は別に『白』の連中と諍いを持った覚えなんてないぞ?」

 

 恐らく達也の『疑似キャスト・ジャミング』を意図的に確かめようとしたのだろう。あわよくばその技術を手に入れようと画策する……魔法を否定しておきながら解決法に魔法を求める時点で矛盾しているとしか言いようがない。けれど、自分の場合は不明だ。考えられるのは達也に近しい人物だから人質に取ろうと画策したのだろうか。

 

「とりあえず、第一体育館だったか。あの連中の詮索はまた今度だな」

「そうだな」

 

 ともあれ、真由美からの連絡があった乱闘行為の起きている第一体育館に向かうのだが、その前に悠元は屋上に視線を向けた上で一言呟いた後、視線を戻して先行した達也を追いかけたのだった。

 




今回出した魔法はオリジナルということでお願いします。
使用用途としては『ファランクス』のような対多種類多重魔法用と思っていただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。