魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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紛失した爆発オチ

 学校から帰った悠元は、届いたメールの相手に少し驚いた。それは自分の姉である佳奈からのメールだったが、態々暗号メールを使用するほどの案件ということに身構えつつ、メールに目を通した。

 その内容を見た時、これは確かに暗号メールでないと不味いのは確かだった。

 

(七草先輩を三矢家で暫く預かることに関する件か……)

 

 佳奈からのメール内容を見るに、元実家の三矢家と真由美の実家である七草家に話を通しているのは間違いないが、その中には元継と悠元の名まで含まれていることに疑問を抱いた。

 今までこんなことが無かっただけに、直近で考えられる可能性とすれば七草家が神楽坂家に送付した質問状が大きく関係しているのだろう。その上で、佳奈は明日の夜に会って話がしたいと申し出てきた。

 別に身内相手ならそう身構える必要もないだろうが、今回の場合は事情が事情なだけに神楽坂家当主としての案件と捉えるべきだろう。そう思いつつ、返事をすぐには出さずに隣の部屋の扉をノックした。

 

「佳奈先輩がですか。七草家のことなのに、何故なのでしょうか?」

 

 深雪は悠元から事情を聞いたが、いまいち要領を得ないといった感じで首を傾げている。確かに三矢家と七草家は悠元を介する形で数々の因縁を抱えてしまっている。なので、佳奈が真由美に声を掛けて三矢家でほとぼりを冷まさせることが不思議だったのだろう。

 

「佳奈姉さんからすれば七草先輩は確かに同じ十師族直系の人間だが、同じ生徒会長経験者だし、姉さんは先輩を可愛がっていたからな。これが三矢の人間として出来る最後の親切心として先輩を諭したんだと思う」

「あ、成程……」

 

 佳奈は現状四葉家次期当主の婚約者として申し込んでいるが、その佳奈に対して先日五輪家が長男の洋史との婚約を申し入れる形となった。何と言う一方通行状態の有様に対し、元が悩んだあまりその愚痴を悠元に対して零していた(悠元は今までの恩義やかけた迷惑もあるため、大人しく元の愚痴を聞いていた)。

 どちらにせよ、佳奈が別の家の人間となる以上、真由美に構っていられなくなることが増える。とりわけ達也の婚約者となれば七草家と対立構造にある四葉家の人間となるため、一個人として真由美と接することは出来ても、時として四葉家の人間たる立場で敵対する可能性だってあるのだ。

 

「多分、先輩は周りに言われて混乱しているんだろう」

「混乱、ですか?」

「昨秋の名倉さんの件もそうだが、先輩は七草家の人間としての在り方が揺らいでいる。泉美ちゃんの場合はとうに七草の名を捨てる覚悟を固めているが、先輩は今までの七草家長女としての実績や誇りを捨てきれないんだろう」

 

 父親の言いなりになりたくない。かといって、今まで七草家長女として築いてきた全てを捨てることに真由美は恐れてしまった。その場には摩利と亜実がいたことも佳奈のメールで書かれていて、恐らく二人は真由美にどうありたいのか迫ったのだろう。

 

「けれども、俺への好意は紛れもなく本物だと佳奈姉さんがそう断言していた……本当に困ったものだと思うよ」

「……私は、悠元さんの決定に従います。それでも、一番を譲る気はありませんから」

「深雪……前にも言ったが、序列をそうおいそれと変える気はないし、本妻の座は深雪のものだ」

「そしたら、メールを返してからで構いませんので、声を掛けてくださいね」

 

 今日も深雪と一緒に寝ることは確定となり、悠元がメールを返信し終えたタイミングでノックの音が響き、寝間着姿なのだが明らかに下着を身に付けていない深雪が入ってきて、そのまま一緒に眠ることなった。

 翌朝、いつものように起きたところで朝の鍛錬に出掛けようとする達也と出くわしたところ「いつも苦労を掛けるな」と労われた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 佳奈が指定したのは『アイネブリーゼ』だった。実は佳奈もお気に入りの店で、魔法科高校の帰りに立ち寄ってはのんびりコーヒーを飲むのが彼女なりのストレス解消法だった。

 学生でありながら魔法科高校の教官職に就いているというのは異例なことで、研究者としての佳奈の能力が生かされないことを危ぶんだ一部の大人からは、彼女を政府の魔法研究機関に推挙するような動きも見られたが、佳奈自身がその道を固辞した。曰く「私の道は私が決めること。貴方方に指示される謂われはない……余計なこというと、祖父に言いつけますよ?」と押し黙らせた。

 

「ごめんね、悠元。いきなりメールを送っちゃって」

「別にいいよ。姉さんだって教官の仕事で忙しいだろうし」

「そっちは私の好きでやってることだから。悠元には敵わないけど」

「……いや、あの論文を一人で書き上げただけでも凄いけどね。それで、話は昨日のメールのこと?」

 

 基本(カーディナル)コードの一つを自力で見つけ、更には重力制御魔法を熱核融合炉に対応できるような起動式記述に改良した実績は疑うべくもなく佳奈自身の実績である。そんな魔法技術に関する話はともかくとして、悠元は遮音フィールドを張りつつ話を切り出した。

 

「うん。私は途中から話を聞いた形だけど、あのままだと真由美がただ流されるだけの人生になっちゃうと思ってね。悠元のことが好きなのは間違いないだろうけど、このまま引き合わせたとしたら、ただ真由美が依存するだけの関係になってしまう」

「……成程。だから、冷静に考えさせるという意味で三矢家で先輩を預かるってことね」

「そういうこと。私と摩利、亜実の想いは真由美がどうありたいかを自分の意思で示すこと。私の場合は家のこともあるけど、達也君に興味があるのは事実だからね。いざとなったら知恵とコネをフル活用して黙らせる」

 

 ほとぼりを冷まさせる意味で知り合い―――それも同じ十師族の家にいるというのは七草家としても安心材料となるだろう。そして、真由美の護衛は暫く矢車家が引き受け、念のために上泉家も関与するとのこと。

 

「それで、悠元は大丈夫? 真由美を三矢家で暫く預かっても問題ない?」

 

 佳奈が悠元を呼んだのは、真由美に対する気持ちのことは予想が付くとしても、悠元自身が七草家と数々の因縁を抱えてしまっていることを危惧したからだ。下手をすると、三矢家に対して拒否の姿勢を示すかもしれない、という摩利や亜実の不安からくるものだった。

 

「……姉さん。俺は先輩のことと七草家のことは別の問題だと思ってる。確かに現当主に対して憤りは持っているけど、先輩や香澄ちゃん、泉美ちゃんのことは別に嫌いだとは思っていない。でなければ、泉美ちゃんとの婚約を復活するように言い出したりしないよ」

「……そっか。なら、真由美のことは好き?」

「女性としては魅力的だと思う。家柄という面倒事のせいで全面的な好意とまではいかないけど」

「それだけ聞ければ十分かな。ありがと、悠元」

 

 悠元の言葉を聞き、佳奈は内心で安堵すると共に納得したような気持ちを抱いていた。命の危機を抱くほどの相手を見逃したとなれば、それは最早“敵意”を抱いたとしても不思議ではない。だが、悠元はあくまでも最悪の結果に至らないように努力してきた。

 彼の努力を無に帰したのは、他でもない七草家当主・七草弘一その人。だからこそ、佳奈もあまり好きになれなかったし、社交パーティーで呼ばれることはあっても極力七草家関係者と距離を置いて付き合っていた。

 

「そういえば、五輪家長男の洋史さんから婚約の申し出を受けてたけど、どうするの?」

「丁重にお断りするつもりだよ。向こうにその気があっても、私にその気はない。ただ、向こうがどうしても話したいというのなら、父に頼んで会談の場ぐらいはセッティングしてもらうつもり。こればかりは悠元に頼めないからね」

 

 気が付けば、悠元を含めた三矢家の兄弟姉妹全員が先を決めているという状態。これは十師族の中でも極めて恵まれた方だと言えるだろう。なので、真由美を三矢家で一時的に預かり、気持ちを整理してもらうことが出来るというわけだ。

 

「そういえば、アリサちゃんだっけ。あの子の資質が十文字家のと似てるんだけど、何か知ってる?」

「……十文字家現当主の隠し子だよ、アリサは」

「あー……美嘉も大変ね。最悪十文字殿が美嘉の関節技(サブミッション)の餌食になりそうね」

 

 明らかにぶっ飛んだ会話が繰り広げられているが、美嘉は既に十文字家で家族に溶け込んでおり、この事実が明るみになった際は間違いなく和樹の後妻の子どもに味方するのは想像に難くない。

 相手が誰であろうとも容赦しない美嘉の性格を考えれば、最悪和樹が四肢脱臼になっていても何ら不思議ではない、と思ってしまう自分がいた。不倫をしてその相手に子を宿し、14年間家族に黙り続けている罪は重いのだ。

 遮音フィールドは張っているが、その会話の内容を傍目から察しているアイネブリーゼのマスターは、空気を読んだようにデザートをサービスとして二人に差し出したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 セリアことエクセリア・クドウ・シールズ。前世では解答不可能とされた数学の難問を解き明かし、数学の世界的権威から認められて一躍有名となった。彼女自身としては別に名誉が欲しかったわけではなく、単に兄に褒められたいという欲求の一環でしかなかった。

 転生した際にいくつかの特典を貰ったが、彼女の事象を把握する『森羅万象の眼(イデア・サイト)』と前世で獲得していた瞬間演算能力―――与えられた問いに対する答えを感覚的に把握するという人並外れた力が融合し、オンライン上に存在する無数の数字列を視ただけでそこに存在する情報を読み取る能力を獲得していた。

 そして、セリアは電子の海を視覚的に見るためのツール(スターズに所属していた際に作成したもので、留学の際に密かに持ち込んでそのまま自分専用のツールとして使っている。なお、セリア以外に使える人間がいない代物の為、セリアの私物扱いとされている)を用いてUSNA方面のデータを覗いていた。

 

(あー……お姉ちゃんってば、訓練施設をまた派手に破壊してるよ……)

 

 セリアが視ているのはスターズ関連の情報で、その中にはリーナ(アンジー・シリウス)の物損に関する始末書のデータであった。スターズほどの魔法師部隊となると備品や施設、装備を壊すことは少なくないのだが、一等星級(ファースト)クラス―――部隊で言うところの総隊長・隊長クラスとなると被害の度合いが凄まじいことになる。とりわけリーナの場合は制御が利かずに膨大な威力で設備を破壊してしまうことが多い。

 そのため、リーナだけならばまだしもセリアまで基地司令の愚痴を聞かされる羽目となり、その度にリーナを関節技で締め上げていた。体術面で鍛えているリーナですら、オリンピックのメダリストレベル以上の身体能力を持つセリアには一度も勝てたことがない。

 

(ん? 何コレ? ……廃棄予定の兵器が紛失した報告書?)

 

 すると、セリアはデータの中に妙な報告書のデータがあることに気付く。それを読み解くと、国防総省に提出されたのはCL-20(ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン)を主成分とする炸薬を弾頭に使用した歩兵用携帯式対空ミサイルが“紛失”したという情報だった。

 これにはセリアも身に着けていたVR(ヴァーチャルリアリティ)型のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を外してツールの電源を落とし、瞼を閉じて自らの中で演算をしていく。

 

(確か、前世の時点だと最大級の威力を誇る爆薬の筈。この時代だと旧式扱いだけど、兵器としての炸薬の威力としては十分。軍の人間が関与してる? それにしたって改竄の形跡があまりにも()()()()()

 

 唯一改竄されていなかったのはミサイルの処理記録のみ。元々旧式の廃棄待ちであった代物なのは間違いない。そして、セリアは悠元と同じく“原作”を知っているからこそ、渡った先を当然把握している。だが、セリアが気になったのはその入退室記録や認証システムに至るまでほぼ不自然な点が無いということだ。

 処理記録を除き、ここまで軍の関係施設のセキュリティシステムをほぼ完璧に改竄した……そうなると、セリアの中には心当たりがあった。

 

(買収されたとかならば、直ぐに足が付くのは間違いない。恐らく廃棄命令と偽って持ち出された可能性が高い。そして、軍のセキュリティシステムをここまで弄れる人間となれば、間違いなく国防総省(ペンタゴン)―――シギントを含めた情報セキュリティ関係を担っている国家科学局の人間しかいない)

 

 セリアが念頭に置いていたのはNSA―――USNA国家科学局に所属している情報システムを扱う人間だった。保管施設には人手による定期的な点検作業を義務付けていたが、セリアが視た情報の中では年が明けた1月最初の人手による定期点検の際に盗まれた可能性が高いとみている。この時、保守点検という形で監視カメラが一時停止しており、1時間後に監視カメラが再起動しているのを確認した。この時点検を担当していた兵士からも「特に異常はなかった」と報告がされている。

 生体認証などのセキュリティは何らかの方法で無効化して通り抜けられ、全品管理されている兵器の無線タグは盗まれた際に廃棄処理扱いとして持ち出されることで回避し、無線タグを兵器から取り外した上で改竄されている可能性が高い。

 ここまでの情報を整理すれば、間違いなく国防総省内にテロリストへミサイルを渡した人物に協力した人間がいるのは間違いない、とセリアは睨んだ。仮に直接でなくとも、間接的に紛失の情報改竄をしている時点で共犯者とも言えるだろう。

 

(でも、今の私は帰化して日本人だからね。悪いけど、USNAに顧傑は殺させない……そう割り切りは出来るけど、お姉ちゃんの場合はどうなんだか)

 

 元々前世が日本人ということもあるわけだが、リーナの場合はスターズの総隊長“アンジー・シリウス”としての面子がある。そのリーナだが、自分の祖父である九島健が悠元の祖父にあたる三矢舞元を通して四葉家に婚約者の申し入れを行ったと聞かされた時は思わず椅子から転げ落ちたほどだ。

 周囲の人間からすれば、達也に好意を抱いているリーナに色仕掛けでもさせて四葉家の素性を探らせようとするのだろうが、セリアからすれば「絶対やめて」と言わんばかりのことだった。

 

「分かってない……あの馬鹿どもは何も分かってない。力で抑えればどうにかなるって本気で思ってるの? あの“お兄様”とお兄ちゃんを敵に回して生き残れると本気で思ってるの?」

 

 セリアは対峙したからこそ、実際に戦闘したからこそ悠元の恐ろしさを肌で感じていた。そして言うまでもなく達也のことも敵に回してはいけないと強く心に誓っていた。なのにもかかわらず、USNA軍の参謀本部の頭の硬さにセリアは本国に向けて『ヘビィ・メタル・バースト』でも打ち込んでやりたいような気分を抱くほどに苛立っていたが、過激な思想をしていることに気付いて一つ深呼吸をした。

 

「……お兄ちゃんならとうに知ってるだろうけど、一応知らせておこう。文面は……『やっぱり爆発オチってサイテー』とでも打っておけば分かるでしょ」

 

 仮に『フリズスキャルヴ』で読まれたとしても、これのどこにテロリストの要素が出てくるのか疑問に思う人間がいるだろう。これはセリアと悠元が同じ前世で暮らしていたからこそ通じるネットスラングの強みを生かした意思疎通方法であった。

 ちなみに、そのメールを受け取った悠元も文面の意図を理解しつつ、日常会話の流れになるよう返信したのだった。

 




 悠元としては、別に個人への恨みなどは持ち合わせていません。七草家となると話は別、というだけなので、真由美個人の身の安全を優先しても問題は無いと判断しています。

 小型ミサイル関連ですが、正直ここはどう解釈したものか悩みました。何せ、漫画で描写されているあの大きさの兵器を痕跡なしに持ち出せること自体おかしいんですよね。保管基地ならセキュリティだけでなく巡視の兵士だっているでしょうし、監視カメラだってあります。
 ワンチャン地下か屋上から運び出した説もありますが、軍用のヘリでも一度に多くの兵器を運ぶとなれば大型ヘリかVTOLの部類になりますし、夜間となればいくら“夜間訓練”の体であっても限度はあります。
 そうなると、人手による定期点検時に盗まれたのが妥当と考えた次第です。

 点検時にセキュリティを通過すれば誰も怪しまない可能性が高いですし、顧傑には人間をジェネレーターにする技術を有しているため、兵士をジェネレーター化させて盗み出させたと考えるのが自然ですが、そうなると今度は基地の兵士すべてがジェネレーター化している可能性が高くなることです。

 バランス大佐が受けた報告では、特に手掛かりに繋がる様な情報が少ないところに大統領次席補佐官の便宜の情報が齎された訳ですが、大統領府の人間が軍の関係施設に便宜を図れるのか、と思ったところでロウズ家の家系が軍人・政治家の関係者が多い(原作ではケイン・ロウズの親族にベンジャミン・カノープス、そしてUSNAの上院議員であるワイアット・カーティスに親族の繋がりがある)という事実に気付き、恐らくその伝手を使った可能性が高いです……カノープスからすれば、身内のスキャンダルの尻拭いをさせられた形になるわけです。

 多分、ミサイルの持ち出しに関する命令も仮に統合参謀本部を一切通していないとなれば、大統領府絡みで“ミサイルの廃棄に伴う持出命令”という体で持ち込まれた可能性があります。バランスも後に“政府のスキャンダル”と述べているため、間違いなく議会もしくは大統領府の関与が強いでしょう。
 USNA大統領は正直泣いていい案件。寧ろケイン・ロウズに対してオラオラばりの連続パンチを浴びせても許されるレベル。

 セリアに関しては、前世で天才扱いしていたのでこれぐらいなら十分範疇だと思った次第です。なお、これでも悠元には絶対に勝てないと理解しています。またの名を恋愛感情。

 あと、爆薬の表記ですが、CL-20だとヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンという物質名であり、シクロテトラメチレンテトラニトラミンのカタカナ表記を信じるとHMXという通称になります(原作17巻だと、この二つが混同して記載されていました)。
 どちらも軍用の爆薬として用いられている代物の為、今回は最大威力を誇るCL-20に合わせる形としました。

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