魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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七草の難、八つじゃきかない九島の苦渋。敢えて言うなら七難八苦。


万夫不当の武士(もののふ)

 上泉(かみいずみ)剛三(ごうぞう)。『護人』を担う上泉家の先々代当主(現当主の元継から数えて)―――上泉(かみいずみ)政綱(まさつな)の三番目の子として生を受けた。元々魔法や武術に関しての素質は優れており、20歳にして新陰流剣武術総師範候補筆頭に上り詰めるほどだった。

 

 剛三自身、武術や魔法を極めることが楽しくて上泉家の家督や家業に関しては見向きもしなかった。そして、彼は戦略級魔法『雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)』を完成させた翌年、妻として神楽坂家の人間―――20歳にして現当主を襲名した千姫の姉である奏姫(かなめ)を迎えた。この時(西暦2030年)、上泉剛三は22歳だった。

 

 世界群発戦争の折、剛三は核抑止を担う超法規的部隊の一員として世界各地を飛び回った。約17年という長い期間、一年の半分以上を妻と共に海外で過ごし、帰国した剛三に飛び込んできたのは四葉真夜が大漢の崑崙方院に誘拐され、救出されたという情報だった。

 

 それを聞いた剛三は直ぐに四葉本家へ飛び込んだ。そして、剛三が目の当たりにしたのは、涙ぐむ深夜と全てをまるで達観したが如き目をしている真夜だった。

 

―――貴方は、剛三さん? ……ごめんなさい、以前のように振舞うことが出来なくなってしまったの。

 

 その謝罪の言葉に、剛三は涙を零しながら真夜を抱きしめた。これには深夜も目を丸くしたほどだった。「すまない」と剛三はそう呟いた後、真夜から離れて一目散に二人の父親である四葉元造のもとへと向かった。

 

「剛三……俺は決めた」

「まさか、やるというのか?」

「ああ。止めてくれるな、剛三。これは真夜と深夜の父親としての、『四葉』の私怨だ。お前が首を突っ込むことではない」

 

 元造の意思は固かった。だが、剛三は諦めなかった。元造の妻は既に亡くなり、二人の肉親は元造しかいない。親無しの不幸を二人に背負わせる気かと迫った。だが、二人ともお互いに譲る気など無く、最終的には元造が剛三の手を払いのけた。

 

―――すまない、剛三。帰ってくれ。

 

 悩んだ末、剛三はせめてもの助けという意味で自身の伝手―――『元老院』を頼った。四葉の参謀役として葉山忠教を送り込み、そして剛三自身もその復讐劇に加わった。次々と亡くなっていく四葉の人間を見て、剛三は歯痒さを覚えるほどだった。

 そして、崑崙方院の中枢に飛び込むという段階で、剛三は元造と再会した。

 

「……元造」

「剛三か……お前なら来ると思っていた」

「元造。まだ、今ならまだ間に合う。俺が戦略級魔法を放てば、崑崙方院を消滅できる」

 

 剛三の戦略級魔法『雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)』ならば、これ以上の犠牲を出すことなく終わることが出来る。元造も生き残れるこれが最後のチャンスだった。だが、元造はその提案を蹴った。

 

「悪いな、剛三。ここまで一族が命を張った以上、俺も命を張らなければ意味がない。既に死んだ27人に報いることが出来なくなる」

「俺が言えたことじゃないが、ここに来て武士のようなことを言うな! お前が死んだら誰が真夜と深夜を見守るんだ! お前は代えの利かない二人の父親だろう!!」

 

 海外生活こそ長かったが、剛三と奏姫は子宝に恵まれ、次代の上泉を担う未来は明るかった。だが、今ここで四葉が元造を失えば、真夜と深夜は間違いなく世界を恨む。剛三は父親だからこそ、元造に「生きろ」と強く迫った。

 それでも、元造は首を横に振って、二通の手紙を剛三に放り投げる形で渡した。

 

「それを娘に……お前と切磋琢磨した時間、そしてお前という存在に会えて、俺は嬉しかったよ」

 

 そう言い放って崑崙方院の中に消えていく元造。追いかけようとする剛三に対して突如魔法が襲い掛かるが、剛三は持ち前の反射神経でそれを躱す。

 魔法が飛んできた方向から向かってくるのは大漢軍。凡そ5万の大軍に対し、剛三は手紙を懐に押し込んで両脇に差している6本の真剣を抜き放つ。握られた真剣の刃から蒼穹の雷が迸り、空が瞬く間に黒雲に包まれ、雷の雨が降り注ぐ。

 

―――そして、剛三は泣いていた。

 

「お前らが……お前らさえいなければ……俺も元造も……許さんぞ、大漢(ダーハン)。その命を以て、散っていった四葉の命を贖え!!」

 

 本人曰く『一騎当千』―――死体が残存していた兵士の数で1000人斬り―――を為した剛三。その最終的な内容は、大漢軍100万の兵に加え、陸軍の戦車が約10万台。空軍の戦闘機が約2万7000機。大漢海軍所属艦約150隻を壊滅させたが、その代償として剛三は魔法演算領域を負傷し、長時間・高出力の魔法行為が難しくなった。

 

 その後、そんな剛三に追い打ちを掛けたのは、次期当主と目された兄の死と、自分の長男である碇綱(さだつな)の死。そして、碇綱と元造の暗殺を命じたのは『元老院』の四大老の一角を担う東道家の人間だった。それを千姫から聞かされた剛三は、真剣を持ち出して東道家に殴りこんだ。

 

「ま、待て、剛三殿! これは、仕方が無かったことなのだ! だから、い、命だけは……!!」

「黙れ。お前の身勝手で碇綱を、元造を、真夜を、深夜を……息子と四葉を殺した罪、万死に値する。安心しろ、東道の家だけは貴様の命を以て許してやる。地獄に行って元造に詫びる(ころされる)がいい」

 

 命を本気で賭けたことのない人間に命の重みを語る資格など無し、と剛三は命乞いをした東道氏の首と胴体を分かった。その後、新陰流剣武術の総師範として俗世から離れた剛三は武術のみを生きがいとしていたが、当主代行を担ってくれていた妻の奏姫を9年前に“失った”。

 

 失ってばかりの人生だが、その代わりに得たものもあった。その一つが、三矢家三男として生まれた悠元であった。彼は生まれついた異常なまでの魔法資質により病気がちの生活を送っており、もって10年の命とされていた。だが、9年前に彼は“生まれ変わった”。

 

「よし、次は手裏剣一つで木刀の雨を凌いでもらうぞ!」

「何言ってんだ、この爺さん!?」

 

 結構無茶な鍛錬をしたこともあったし、あちこちを連れまわしたことで思春期らしい生き方をさせてやれなかったが、それでも剛三からすれば楽しかった。悠元を起点に、彼の兄である元継や剛三の孫娘である千里、自分の孫である三矢家の人間が強くなっていくことに、剛三は何時しか「もっと生きたい」と願うようになった。

 

 そして、四葉の手紙を見つけられたとき、悠元の魔法によって剛三は老成した技術と全盛期の魔法力を獲得するに至った。その悠元が“転生者”だと知った時、驚きはしたものの剛三は受け入れていた。恐ろしさや怖さなどはなく、どこか懐かしさを覚えていた。

 

 まるで、自分の妻である奏姫にどこか似ている、と。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 上泉家当主の座は元継に譲ったものの、剛三の新陰流剣武術総師範としての地位は未だに健在であった。この地位も近々元継に引き継ぐつもりでいたが。

 そんな剛三が訪れたのは四葉本家であった。四葉家先々代当主・四葉元造の頃から親交がある御仁となれば本家の出迎えもかなり丁重なものとなり、一族を代表とする形で現当主の真夜が私室に招き入れた。

 

「もう、驚きましたわ。家中が引っ繰り返す様に大慌てになりましたもの」

「はっはっは、元造が当主の時はこうやってしょっちゅう来ていたんじゃがな。忠教は気付いておったが」

「それはもう、剛三様に散々鍛えられた身ですので」

 

 剛三のアポなし訪問は本当に家中が大騒ぎとなって「一体何があったのか」と不安を覚える使用人もいたほどだが、葉山は剛三の姿を見て全てを察した上で適切な指示を出したことで騒ぎは無事鎮静化した。

 真夜や深夜の相手を驚かせる癖は、それこそ剛三や千姫の受け売りでもあった。

 

「まあ、次は使いぐらい寄越すとしよう。今日はそろそろ隠居する挨拶に加え、例のジード・ヘイグに関して打ち合わせに来た」

「隠居ですか……そのようなお姿には見えませんが」

 

 見た目30歳過ぎ、実年齢47歳の真夜に対して、見た目30歳代半ば、実年齢89歳となった剛三。何も知らない第三者から見れば、30歳代の男女が語り合う光景にしか見えない。とても隠居するようには見えない風貌を持つ剛三に真夜が問いかけると、剛三は苦笑を漏らしつつ話し始めた。

 

「当主の座を元継に継がせたが、未だ新陰流剣武術の総師範はわしが持っている。ジード・ヘイグの件に片が付けば、わしは総師範の地位を元継に継がせる。これでようやく一区切りといったところじゃ。教導の件も元継に継がせるので、宜しく頼むぞ」

「分かりました。しかし、父の頃からお世話になっている剛三さんが素直に引退されるとは、どうかしたのですか?」

 

 上泉家は師族二十八家の武術や魔法の指南役を請け負っている(近年の出来事により、一部の家に対する教導を取り止めている)し、特に四葉家は裏の部分で多くの恩恵を受けている。その意味で剛三が態々説明に出向くのは何らおかしくはないものの、どこか体調が優れないのかと訝しむ真夜に対し、剛三はその不安を払拭するかの如く笑みを漏らした。

 

「なに、悠元が千姫から神楽坂を継承し、烈がようやくケリをつける覚悟が出来たのなら、わしも一線を退くだけと決めただけよ。老いを持つようになると考えが凝り固まってしまうからの」

「私の目から見ても、十分お若いと思いますよ」

「それでも、身の引き際ぐらいは自分でしたいと思ったまでよ……顧傑を討ってもなお心残りがあるとすれば、旧大漢(ダーハン)に残ったあやつらの遺骨を持ち帰れなかったことぐらいかの」

 

 復讐劇で生き残ってしまった剛三が持ち帰れたものは、元造が真夜と深夜に宛てた手紙、そして冷凍処理されていた真夜の卵子だけであった。真夜からすれば十分すぎるものだが、それでも剛三は元気な内に大亜連合を訪れ、30人の四葉一族の遺骨を持ち帰るつもりでいた。

 

「それが叶えば丁重に弔ってやりたいと思っておる。千姫の伝手で叡山の和尚に経を読ませるつもりだ。無論、四葉の村に……話が逸れたな。その前にジード・ヘイグの件だ」

 

 今回はテロを警戒するという意味で神楽坂家にも協力を仰ぎ、北関東(群馬・栃木・茨城・埼玉)は上泉家が警戒に当たり、南関東(東京・神奈川・千葉・伊豆半島)は神楽坂家が担当する。そして、四葉家は中部地方の警戒に当たりつつ、ジード・ヘイグ討伐の任を与えられることになる達也が出張ることになる。

 

「真夜には予め話しておくが、既に政府と国防軍からの協力は取り付けた。テロの首謀者捕縛任務は護人の二家―――悠元と元継が総指揮を取ることが決まっている。本人たちの話し合いにより、悠元が総隊長、元継が副長となる形だ」

「二家が本格的に動かれるのですか。そのことを七草家と十文字家には?」

「伝えておらぬ。ただでさえ七草の小童は悠元に喧嘩を売りおったからの。振り回される泉美ちゃんと真由美ちゃんが可哀想じゃ」

 

 剛三は、今回の顧傑捕縛任務を基に次代の魔法師社会の枠組みを構築することを聞かされている。剛三自身も今の師族会議のシステムが九島烈ありきであることを懸念していて、烈に散々言い含めていても何ら効果が得られなかったことに歯痒いような思いを抱いていた。

 

「テロリストという国家を揺るがす敵に毅然と立ち向かう意味で、国防軍を統制する政府には確たる姿勢を示してもらわねばならない、と悠元は述べていた。今上陛下も動かれた以上、この国を本当の意味での独立国家にせねばなるまい。その意味で、四葉も護りの要としてこれまで以上の働きが求められるだろう」

「ということは、忙しくなるという訳ですか。USNAのことはたっくんから聞きましたけど、あの国は本当に厄介ですね」

「正直なところ、あの国にいる健やUSNA大統領が不憫でならんよ」

 

 しがらみを嫌った剛三だからこそ、施政者として数多くの人々の擦り合わせをしていることになる大統領もそうだし、九島家のお家騒動の責を被る形で国外に追いやられた九島健が今度はUSNAでのスキャンダル絡みに巻き込まれていることに同情の念を禁じえなかった。

 『トーラス・シルバー』の一件は真夜も達也から「USNAが自分のことを『トーラス・シルバー』であると認識している節がある」と連絡を受けており、これには深い溜息を吐いたほどだ。

 

「七難八苦という言葉があるが、七草が難を持ち込み、九島が苦渋を強いるような言葉に聞こえてしまうな。そういえば、先日うちの義理の倅が健の孫娘に関する婚約を申し込んだと聞いたが?」

「ええ。事前に剛三さんを含めた方々にご相談した上で申し込んだと聞いておりますが」

「それは間違いない。(あやつ)のことだから、USNAの陰謀を疑ってのことだろう。尤も、彼女の一番近い身内が『それは無理難題のレベルです』と断言しておったから、わしも千姫も了承しておる」

 

 “アンジー・シリウス”―――三矢家によるリーナの婚約申し込みに関して、九島家を通さなかった理由を察しつつ、剛三は彼女に一番近い身内のセリアが潜入捜査の類に関してリーナにその適性がない事を明かし、更には悠元と達也、深雪の証言からして間違いないとみている。

 

「人間主義者に関してはどう対処なされるおつもりですか?」

「その対処は既にお願いしておる。人間主義者が暴発した段階で、彼らが一番無視できない立場の人間から声明を貰う約束を取り付けておるのでな」

 

 剛三は、今まで築いてきた伝手を頼る形で“とある人物”に声明を頼み込んだ。その人物からの回答はというと「剛三殿に対する恩義を形として果たせる時が来た」と非常に前向きで、事が収まり次第“訪日”する約定を取り付けられた。

 

「なら、そちらに関してはお任せいたします。ところで、来日されているフランス共和国の首相に七草家がコンタクトを取っているようですが」

「……利用できるものは何でも利用するのがあ奴の癖よな。だが、利用など出来ぬよ」

 

 ニジェール・デルタ地域での一幕を通して剛三と悠元に恩義があるフランスとしては、いくら七草家からのお願いといえども聞き遂げられない公算が極めて高い。既に訪日の日程自体は予め慎重に組まれていて、師族会議前に帰国する段取りまで決まっている以上、七草家の付け入る隙は無いに等しい。

 しかも、上泉家の傘下にある民間警備会社(表向きは民間企業だが新陰流剣武術の門下生が殆どで、実力で言えばSPクラスの強者ばかりという構成)が護衛に就いているため、悠元の件で剛三の顰蹙を買っている七草家がどうにもできない有様だった。

 

「既に10人もおり、複数の愛人も抱えているというのに、フランスは嫁を宛がってきおった。しかも、“ゴールディ家”の末裔とはの」

「確か、たっくんの婚約者候補にその血筋の方がいますが」

「聞けば、第二次大戦後の御家騒動で追放された分家筋らしい。あの女狐めが知ったら驚くであろうな」

 

 第一高校にいる英美の両親の仲人をした剛三からすれば、英美との婚約に否定的だった悠元に対し、ゴールディ家の血族に連なる人間が婚約打診をしたことにある種の運命を感じずにはいられなかった。

 イギリスにあるゴールディ家からすれば、追い出した遠縁の一族が生きていて、しかもその娘が剛三の孫と縁を結ぶと知ったら、正に青天の霹靂だろう。寧ろ、これを機に本家が接近して分家として認めるかもしれない。

 

「彼女―――エフィア・メンサーなる少女の風貌が、どことなくわしが仲人を務めた夫婦の娘に似ておったからの。内密に遺伝子データを提供してもらって解析した結果から判明した次第よ」

「そうなると、イギリスが四葉と神楽坂を探ってくるかもしれませんね」

「かもしれぬの。忠教、今暫く『元老院』の仕事は抑える故、真夜のフォローを頼む。必要ならば四大老としてわしも動く。千姫も喜んで力を貸すだろうし、青波にはわしから言い含めておく」

「畏まりました、“御前”」

「よせよせ、わしは既に隠居同然の身よ」

 

 人に慕われるのは嫌いではないが、人に畏まられるのはあまり好きではない。それが剛三の実力によるものだと理解はしていても、葉山の受け答えに納得できないような表情を浮かべている剛三を見た真夜は思わず口元に笑みを浮かべていた。

 




 本編だと結構漠然と書いていた剛三の復讐劇周りを少し補足する形で書きました。1000人どころじゃないじゃん! というツッコミを受けそうですが、この1000人というのは“死体が確認できた兵士の数”という認識でお願いします。

 剛三も自分の年齢を弁えているからこそ、周りが次代に引き継ごうとしているのに自分が引退しないのは釈然としないと考え、隠居の挨拶を四葉家にした次第です。

 原作の九島家絡みだと、以下のことが。

〇現代魔法発展の為の古式魔法師の利用(烈は濃厚、真言は不明)
〇達也の暗殺未遂(リーナ)
〇パラサイト強奪(烈)
〇七草家の反魔法主義の報道介入に対する黙認(烈)
〇パラサイドール開発と九校戦でのテスト(烈・真言)
〇周公瑾の仲介による大陸の道士受け入れ(真言)
〇パラサイドールの開発継続(真言)
〇劇場版における国防軍防衛陣地への無差別攻撃(リーナ)
〇烈の殺害(光宣)
〇水波の誘拐・国外逃亡(光宣)
〇スターズの叛乱(リーナに対する冤罪)
 
 ……九島家はあれですかね? 某高校生探偵の血筋でも受け継いでいるが如くトラブルメーカーの気質を持っているのでしょうか。あっちも“くどう”ですし。

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