魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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妹が居ても治らないポンコツ戦略級魔法師

 セリアのみならず、顧傑やUSNAの動きを既に把握している日本側とは異なり、旧式携行ミサイルの紛失にUSNA軍が気付いたのはセリアが把握した2日後の1月21日であった。USNA軍の内部ではこの問題が取り上げられ、保管基地内部の問題に留まらず、USNA軍統合参謀本部情報部内部監察局が調査に乗り出していた。

 

 憲兵隊(MP)ではなく内部監察局が乗り出してきたのは、この件にテロ組織の関与が疑われている為だった。

 紛失した旧式携行ミサイルは計70発。弾頭に搭載された爆薬量で換算すると約500キログラムに上る。それだけの炸薬が積まれたミサイルがテロに利用されるようなことがあれば、兵器の出所が明るみになれば世界中から非難を浴びることになるだろう。国防省としては何としても避けたい事態だ。

 しかし、事件発覚から6日が経過した1月27日現在、何一つ大きな進展が見られなかった。日曜日にも拘らずオフィスに詰めている内部監察局ナンバーツーのヴァージニア・バランス大佐は報告書に目を通しながらも疑念に駆られていた。

 

 この事件は、あまりにも手掛かりがなさすぎるのだ。

 旧式の携行ミサイルとはいえ、軍の兵器をを持ち出すには少なくとも軍関係の内部協力者が必須。仮に保管基地の部隊長を買収したとしても、持出の痕跡と成り得る人体認証・機械認証などといったほぼすべての情報履歴に残っていないということがこの事件の難解さを物語っていた。

 

(全く、この時期にこの問題が降りかかってくるとはな……何だ?)

 

 バランスは正直、別の問題を抱えている中でこの問題が出てきたことに頭を抱えずにはいられなかった。そんなバランスに対してまるで救いの手の如く鳴った電子メールの着信音。それも情報部のトップレベルが使っている暗号通信を介したものだ。

 バランスは機械的な手つきで暗号メールを市販の情報機器では使用できない専用メディアに複写し、オフラインのデコーダーに読み込ませる。これは平文化されたメール内容の流出を防ぐためのものだった。

 そして、表示されたメールの差出人は『七賢人』。その内容を繰り返す様に見ていくバランスは自分が荒い息をしていることに気付いた。

 

「こんなことが、許されていいのか……いや、非常に不味い……」

 

 『七賢人』からの密告には、今回の兵器流出に大統領次席補佐官が関与していると記されていた。そして、その目的も添えられている。ここに書かれていることが事実だとすれば、この廃棄予定兵器流出事件はバランスの予想を上回る大規模な陰謀の一環となる。

 

 バランスが懸念したのは、かの国には二人の英雄―――上泉剛三と神楽坂千姫の存在。そして、彼女が知るかの国の戦略級魔法師にして年明けに神楽坂家現当主を襲名した神楽坂悠元。この三人を敵に回した時の代償が今のUSNAに支払えるのか、という懸念が浮かんできた。

 

 バランスは悩んだ。彼らの卓越した情報網からすれば、少なくともこの国を出てテロを起こそうとしている存在を既に察知している。もしかすると『七賢人』が伝えてきた情報全てを握っている可能性すらある。

 その意味で『アンタッチャブル』と評されている彼らを下手に刺激すれば、返す刀でUSNA政府のスキャンダルを大手メディアにリークされる可能性もある。日本政府に対して内密に事を進めようとしても、彼らの前では丸裸で行動しているに等しい状態となるだろう。

 

 それに、バランスは以前訪日した際、悠元と結んだ約定の中に「今後日本に不法侵入したUSNAの関係者についての扱いは、日本の法秩序に則って処理する」という文言を呑む引き換えに、『ハロウィン』で使われた戦略級魔法をUSNA本土に向けないと約束したのだ。そしてこの場合、既にUSNAを出たテロリストが“USNAの関係者”に該当し得る案件であった。

 

 ともあれ、バランスはヴィジホンに手を伸ばし、ナンバーボタンに触れようとしたところで手が止まった。この状況で頼れる人間となると、一体誰になるのか……バランスはそれを見いだせずにいたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズもといリーナは、久々の休日をショッピングで満喫した。無論、USNAの国家公認戦略級魔法師『十三使徒』アンジー・シリウスやUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』総隊長アンジェリーナ・シリウス少佐としてではなく、17歳の少女のリーナとしてである。

 基地から最寄りとなるロズウェルではなくアルバカーキまで足を延ばしたのは、同行したシルヴィア・マーキュリー・ファースト大尉、通称シルヴィの提案によるものだった。

 

―――シルヴィ、このままだとお姉ちゃんのファッションはおろか、生活能力までポンコツになっちゃうから、しっかりフォローをお願いね! 何かあったらメールや電話を頂戴。可能な限りシルヴィの力になるから!

―――はい! 任されました、セリア!

―――二人とも何を言ってるのよ!?

 

 元々セリアはスターズの中でも特殊過ぎた立場上、訓練の過程で知り合ったシルヴィを通じてファッションセンスを磨いており、リーナ以上に友人というよりは姉妹のような関係を築いていた。

 

―――あの正月の恰好を見せられて、信用できると思ってるの、お姉ちゃん?

―――あ、ゴメンナサイ。だからヤメテ。

 

 日本での任務を終えて、セリアが除隊・帰化して日本に居残ることになり、セリアはシルヴィにリーナの生活能力全般の低下を危惧してフォロー役をお願いした。これにはリーナも思わず反論の声を上げたが、セリアの正論攻撃に対して涙目で降参してしまった。

 この光景を見たシルヴィは、これではどちらが姉なのかと思ってしまい、思わず笑みが漏れたほどだった。

 

 シルヴィから見ても、同じ血を引く双子の姉妹なのに髪の色が異なるのは仕方がないにせよ、リーナが持ち得ない生活能力やファッションセンスをセリアはしっかりと身に着けていた。セリアに出来たのだからリーナに出来ない道理なんてない、というセリアの言葉に対し、図らずも昇進してしまったからこそシルヴィはリーナを立派な女性とするための使命感に燃えていた。

 結果としてリーナはシルヴィの着せ替え人形のような扱いになっていたが、嫌とは思わなかった。なぜなら、リーナ自身もファッションセンスを磨かないといけないと泣きを見たことがあった。

 

―――何時の時代の人間なんじゃおんどれぇ!!

―――ギブギブギブ! 止めてセリア、人体はそっちに曲がら……あっ

 

 既に日本にいた昨年の正月、明らかに時代錯誤の服装をして初詣から帰ってきたリーナを待っていたのは、(どこで買ったのかは不明だが)般若の面を被ったセリアによる関節技地獄であった。

 それによって気を失い、きれいな川の向こうにいた母方の祖母から「アンタはまだこっちに来ちゃダメでしょう!」と追い返されて意識を取り戻したことがあった。この一件以降、ファッションをはじめとした女性としての常識をセリアやシルヴィから厳しく叩き込まれていた。

 

 最近はシリウスとしての出動はないが、いい気分転換になったとリーナは大量の戦利品を抱えて上機嫌で宿舎の自室の前でシルヴィと別れ、部屋に入った。そんなリーナの機嫌は端末に届いた一通のメールで霧散することとなった。

 

「特暗号メール!?」

 

 宿舎の私室に任務絡みの暗号通信が届くことはそう珍しくなかった。だが、本来スターズの隊長間、および参謀本部とスターズの隊長、総隊長の間でのみ使われる特殊暗号を使った通信がこれまで私室に送られることはなかった。

 普通ならばこの“慣習破り”とも言えるメールを怪しむべきだが、リーナは余程の緊急事態なのかと判断してデコードの終了を待った。そして平文化されたメールの内容を見て、リーナは驚愕した。

 

「七賢人……?」

 

 リーナも最初は「悪戯か?」と訝しんだが、直ぐにその考えを否定した。以前USNA軍のプロファイラーが彼らを愉快犯的なメンタリティの持ち主と評していたことを思い出しつつ、態々特暗号メールという形式を取った事からして、まずは内容を確認することが大事だと判断した。

 文面には一見彼女と関係のない事件の顛末が書かれていた。そして、メールの末尾に差し掛かったところでリーナが大きく関係する事件に関する情報が記載されていた。

 

「えっ、パラサイト事件の黒幕ですって……!?」

 

 “シリウス”であるリーナ、そして当時“ポラリス”だったセリアが派遣されたのは、西暦2095年10月31日に朝鮮半島南端で使用された『グレート・ボム』(USNA軍における『質量爆散(マテリアル・バースト)』の呼称)、佐渡島上空を基点に新ソ連方面から南下した艦隊を呑み込み、ウラジオストク軍港を消滅させた『シャイニング・バスター』(USNA軍における『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』の呼称)の使用者特定の為だった。

 だが、USNA本国から日本に逃亡したパラサイトに感染しているスターズ隊員の存在が明るみとなったため、()()()()()()()()()()()()としてその「処分」を任ぜられた。

 

 パラサイト発生の原因は事故によるもので、当事者は既に死亡したと説明を受けていた。だが、それが偶発的なものではなく意図的に仕組まれたものだとすれば、リーナやセリアに同胞殺しの任を押し付けた元凶はその人間となる。断じて許せるものではなかった。

 

「……その黒幕が、盗んだ旧式ミサイルを使って日本でテロを起こそうとしている? 冗談でしょう?」

 

 いきなり送り付けられたメールに関して、信憑性の有無は無いに等しい。そもそも本当に『七賢人』が送ったのかどうかすらも確かめようがない。

 以前、同じように『七賢人』から送られたメールだって信憑性すら疑わしかった。

 だが、リーナはそれを知ってしまった以上、何もせずにいて後悔するよりも、自分が納得し得る形で後悔する方がマシだと考えた。

 

 あのメールによってUSNAが日本に負い目を被る可能性は極めて高い。パラサイト事件の時こそ穏便に済んだものの、その後の南盾島における戦略級魔法研究所の襲撃では、スターズの中核を担うリーナとカノープス少佐、アルゴル少尉をはじめとした作戦参加メンバーが一時拘束される形となり、聞いた限りでは凡そ30兆円(主に軍事衛星『セブンス・プレイグ』と『アルカトラズ』の解体費用)という膨大な金額を神楽坂家に支払う形で釈放された。

 そして、今回USNA軍の兵器によるテロを許した場合、それ以上の代償をUSNA側が支払うことになる、とリーナはそう感じていた。

 

 出来れば自分の手で黒幕を仕留めたい。だが、“シリウス”である自分は国外に出ることにかなりの制限が掛けられている。だとするならば、一番信頼できる人間に相談しようとリーナはクローゼットを開き、スターズの制服に袖を通した上でヴィジホンを掛けた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 バランスがヴィジホンに手を伸ばしたものの、どこに掛けようと思い悩んでいたところで着信音が鳴り、落ち着いた仕草で通話ボタンを押した。

 

『大佐殿、突然失礼いたします』

 

 バランスの目の前にある画面に映ったのはスターズの制服を今着たばかりのように見えるリーナの姿だった。彼女が今日休暇であることは間違いなく、生真面目な彼女からすれば何らかの緊急の用件であると思いながらバランスはリーナに問いかける。

 

「おや、少佐は確か休暇だったはずだが、何か緊急の用件でも発生したのか?」

『ハッ。実は大佐殿にご報告とお力添えをお願いしたく思い、連絡を致しました』

 

 バランスは先程『七賢人』からのメールを確認していた。この分だと、リーナも『七賢人』から情報提供を受けたものと内心で推測したが、リーナから伝えられた内容はバランスの予想通りであった。

 

『先程、小官が外出しておりました時間帯の間に、七賢人を名乗る差出人の名で暗号メールによる情報提供を受けました』

「七賢人というと、あの『七賢人』か?」

『そう書かれていただけで、信憑性は全くの不明です』

 

 ここで差出人―――『七賢人』の真偽を問いただしても進展は無いに等しいため、バランスはリーナに説明の続きを促した。

 

『差出人の如何はともかくとして、七賢人はわが軍から盗み出された廃棄予定の歩兵用携行対空ミサイルによるテロを敢行する予定のこと。標的は日本です』

「……少佐、貴官はそのような事件が本当に起きていると思いなのか?」

『事実は存じませんが、噂では、廃棄予定の兵器が盗難に遭っていると耳にしております……大佐殿?』

 

 「箱入り士官」ともいえるリーナですらその噂―――実際には事実だが―――を知っているとなれば、兵器管理に関する軍規の緩みが一部の例外ではないと痛感するバランスに対し、画面に映るリーナは機嫌を損ねたのかと不安を覚えた。だが、ここでリーナに八つ当たりをしたところで大人げない行為だと内心で抑えつつ、リーナに続きを促すことにした。

 

「何でもない、続けてくれ」

『ハッ。標的に関する言及はありませんでしたが、首謀者に関する情報がありました。氏名はジード・ヘイグ。大漢(ダーハン)滅亡による政治難民で、中国名は顧傑(グ・ジー)。推定年齢は60歳から90歳代。瞳は黒、髪は白、アジア系でありながら黒い肌が特徴とのことです。崑崙方院(こんろんほういん)の生き残りではないか、という特記事項が添えられておりました』

「その名は確か、あの四葉に滅ぼされた大漢の魔法師研究機関のことか?」

『小官も同様に考えます』

 

 旧式の小型ミサイルを持ち出したところで、あの『アンタッチャブル』を滅ぼせるならとっくに出来ていてもおかしくはない。しかも、35年前の四葉の復讐劇の唯一の生存者である上泉剛三の存在がある以上、四葉に対して敵意を向ければ間違いなく彼が動くことになる。

 リーナが述べたジード・ヘイグという人物は自棄でも起こしたのだろうか、とバランスは疑わざるを得なかった。

 

『また、ジード・ヘイグはパラサイト事件の黒幕であると情報提供を受けた次第です』

「……成程。少佐は自分を嵌めたに等しいジード・ヘイグをその手で仕留めたい、と考えているのだな?」

『その通りであります。小官の立場上、それが大変厳しいことも承知しております』

 

 ここで、バランスは考えるような素振りを見せた。兵器紛失の件もそうだが、バランスが頭を悩ませていたのは目の前にいるリーナが大きく関係する案件に他ならなかった。しかも、その案件は参謀本部や国防総省(ペンタゴン)ではなく()()()()から直接バランス大佐へ届けられたもの。

 実際のところ、パラサイト事件の際に任命されたUSNA大統領の特使という任は解任されてはいるが、“別の形”としてその権限が生き続けている。それについては後に述べることとする。

 

「少佐の情報提供、そして自らの手で終止符を打ちたい思いは理解した。アンジェリーナ・シリウス少佐、明日の貴官の訓練は中止とし、明朝9時(0900)に基地司令室へ出頭せよ」

『ハッ!』

 

 通信を終えたところで、バランスは深い溜息を吐いた。参謀本部はリーナの()()()()を利用して四葉の内情を探れるのでは、と期待しているかもしれないが、それであればリーナよりも既に除隊したセリアの方が適任者だったと思う。だが、彼女は既に帰化しており、戦略級魔法『グレート・ボム』の最重要容疑者である司波達也、バランスの前で戦略級魔法師と認めた神楽坂悠元、そして英雄の上泉剛三と、国家公認戦略級魔法師の五輪澪の5人がかの国に集っている。

 これでリーナまで加われば、いよいよ日本を敵に回す方が危険であると認識せざるを得なくなってしまう。

 

「……出頭って、ワタシ何かまたやっちゃったのかしら?」

 

 その一方、リーナはバランス大佐の呼び出し命令にハッキリと返事したものの、また基地司令による説教が待っているのでは、と内心でビクビクしていたのだった。

 




 悠元とセリアの存在によって、大分変化した形となっています。バランスもその辺を鑑みた柔軟な対応はしていますが、どうにも軍人としての杓子定規から抜け出せない部分を残している感じです。

 そして、リーナに関しては身近な人間によって多少変化しているものの、やっぱりポンコツは治っていません。ポンコツじゃなくなったらただの美人でしかないですから(『ヘビィ・メタル・バースト』直撃)

 リーナは原作だと三つの表記を用いており、

〇九島将軍の孫娘としてのリーナ:アンジェリーナ・クドウ・シールズ
〇『スターズ』総隊長としてのリーナ:アンジェリーナ・シリウス
〇戦略級魔法師としてのリーナ:アンジー・シリウス

 という扱い方をしていると思われるため、それに準じた呼称で記載しますのでご了承ください。なお、基本の呼称はリーナとなります。

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