魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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シリウスの建前

 リーナは結局その日の夜は眠れたものの、バランスの出頭命令のことが頭から離れなかったせいか、いつもより早い時間に目を覚ます羽目となった。そのせいで少し眠たげな様子を見せるリーナに同行するのは、スターズのナンバー・ツー、第一隊隊長を務めるベンジャミン・カノープス少佐であった。

 

「ベンも呼び出されたのですか?」

「ええ。ですが、見当もつきません。総隊長が訓練施設を全壊させた件は先日基地司令からお叱りを受けたばかりですので、それは間違い無くないでしょう」

「で、ですよね」

 

 スターズの中ではリーナ、そして既に除隊したセリアが備品や施設を頻繁に壊すため、基地司令から愚痴と嫌味を聞かされることが多い。

 尤も、セリアが物を壊した場合はリーナに良からぬことを吹き込もうとする輩がいたり、上官クラスがリーナにセクハラを働こうとした場合にのみ起こることであり、通常の指揮系統に含まれないセリアに関しては基地司令ですら命令権を有していない。それでも基地指令としては愚痴を零さずにいられないし、セリアもこればかりは甘んじて受けていた。

 

 セリアが俗に言う“ワンマン・アーミー”同然の扱いだったのは、リーナよりも制御できない人間を管理することに関して、国防長官が「統合参謀本部でも管理できないと匙を投げました」と年甲斐もなく涙ながらに大統領へ報告したためだ。

 大統領も胃に穴が開いて倒れる軍人が続出しかねず、軍事行動に支障を来たすことを最大限に危惧した結果、大統領が命令権を有した上で「スターズへの出向」の名目と共に大統領の護衛魔法師として所属することで何とか解決した。

 

 なお、軍の人間や政治家がセリアやリーナに手を出そうとした結果、セリアの勘気を被って更迭された大将クラスの人間は6年間で25人、それ以外の将官クラスだと54人、政治家の辞職に至っては上院・下院議員含めて38人に上っている。どちらにせよ、国防総省(ペンタゴン)からすれば頭痛と胃痛の種と化していた有様だった。

 なお、事実上の上官である大統領からすれば、彼に敵対していた勢力の議員が多数を占めていたためと、セクハラという正当な理由によるものなので気に留める素振りを見せなかった。

 その様子を傍から見ている副大統領を含め、大統領府(ホワイトハウス)の大半の人間からすれば頭痛と胃痛の種と化していて、セリアの帰化と除隊を聞いた際、ホワイトハウスとペンタゴンは軽いお祭り騒ぎとなったらしい。

 

 閑話休題。

 

 カノープスにはリーナより二歳年下の娘がいるせいか、リーナのことをまるで娘のように見てしまうことが多い。更には、リーナの時折見せる子どもっぽい仕草によって、カノープスの保護者欲が加速していることにリーナは気付いていない。

 何とか心の不安を心の中に押し込め、司令室の前まで来たリーナは自分が出来る限りの真剣な表情で(出来ているとは言っていない)ノックをする。「入れ」という言葉に従ってリーナとカノープスが中に入ると、本来デスクの奥にいるはずの基地司令ではなくバランスが座っていることにリーナは目を見開いたが、慌てて敬礼をする。

 

「た、大佐殿!? コホン、失礼いたしました。アンジェリーナ・シリウス少佐、大佐殿のご命令により出頭いたしました」

「同じくベンジャミン・カノープス少佐、出頭いたしました」

「ご苦労。今回は基地司令のウォーカー大佐にお願いして部屋を借りた。中に入ってくれ」

「ハッ!」

 

 普通ならば基地司令のウォーカーがこの場に居てもおかしくないだろうが、彼が最初から居ないとなれば余程の機密に触れる話なのだろう、とリーナは思いながらデスクの前に立ち、横に並んだカノープスと改めて敬礼をした。

 

「両名とも、楽にしてくれ」

「ハッ」

 

 バランスはそう言ってリモコンで扉に鍵を掛け、その上でリーナと向き合った。リーナはここに来て昨日の件に関する回答だろうと覚悟していたし、戦略級魔法師“アンジー・シリウス”が下手に国外へ出ることを許されないことは理解し、納得していた。

 

「シリウス少佐。昨日の件に関しての回答だが、()()()()()()としては『アンジー・シリウスの国外出征を認められない』と回答があった。これに関しては私も同意見である。本国東海岸の情勢を鑑みた場合、最悪の場合の抑止力として貴官に出動を命じることもあるだろう。シリウス少佐もそれは理解できるな」

「……ハッ。元より厳しい事であると覚悟はしておりました」

 

 バランスは口にしなかったが、リーナの実力は確かに一線級だが未だ十代の―――それも17歳の少女がUSNA軍の魔法師部隊を率いていることに不満を持つ人間も少なくなく、中には「日本に対する過度なシンパシィを抱いている」などと無責任な噂を立てる人間も居たりする。

 バランスとてリーナの忠誠心を疑うつもりはないが、セリアというUSNAでも扱い切れない戦略級魔法師が帰化する形で日本に残った以上、セリアの存在がリーナの噂の信憑性を高めてしまっているのも事実であった。

 

「だが、このまま放置するとあってはUSNAそのものの沽券に関わることになる。そこで、カノープス少佐に日本へ向かってもらうこととなった。カノープス少佐、詳細はこの後で話す故、現時点での質問は控えてほしい」

「ハッ、了解しました」

「シリウス少佐もそれに関して異存はないな?」

「異存はありません。カノープス少佐の実力は私も高く評価しておりますので、任務の遂行に支障はないと考えております」

 

 これで、軍統合参謀本部からの対テロおよびジード・ヘイグに関する任務をリーナからカノープスに引き継ぐ段取りが完了したことになる。その上で、バランス大佐は一息吐いた上でリーナを見つめた。

 

「ところで、シリウス少佐。先日、日本魔法協会が発表した内容は貴官も存じているな?」

「ハッ。小官は大統領閣下からの通信により把握した次第です」

「それに大きく関わる話だが、少佐の祖父―――九島将軍が貴官を四葉の次期当主の婚約者として推薦するよう計らったそうだ」

「……え? はい? あの、小官は何も聞かされていないのですが……」

 

 バランスが持ち出した話題―――達也が四葉家の次期当主に指名されたことや、悠元が神楽坂家当主を襲名したこと。悠元と深雪が婚約したことに加え、達也と悠元の婚約者を募集するという旨の内容はリーナも父方の祖父である大統領の通信で聞かされた。

 その際に達也や悠元のことについての印象を述べたことはあったが、バランスが言い放ったことに対してリーナはシリウスとしての真剣な表情が崩れ、完全に呆然とした表情を浮かべていた。

 未だに事情が呑み込めないリーナに対し、バランスが気遣うように声を掛けた。

 

「シリウス少佐、一先ず落ち着くといい」

「ハ、ハッ! ……それで大佐殿、その話がカノープス少佐に任務を任せる事とどう繋がるのでしょうか?」

「説明をする。まず、一昨年から昨年にかけて起こったスターズ隊員の脱走事件の際、私は大統領閣下より特使の任を帯びて訪日したことは覚えているな?」

「勿論であります」

 

 当時、東海岸を中心に活動している反魔法主義のこともあって、政治家ですら国外に赴くのを躊躇っていた。それならば、中立的な立場で物事を判断して尚且つリーナを確実に制御できる人材としてバランスに白羽の矢が立った。その結果、日本政府とも穏便に事を収めることが出来た。

 尤も、その直後に起きた南盾島における日本の戦略級魔法の問題のせい(厳密にはUSNAの核兵器搭載型軍事衛星に関する落下予想情報の隠蔽)で、まだ日本にいたバランスが政府との交渉役を一手に担う羽目となっていたことは、当事者側であるリーナやカノープスも当然把握している。

 

「しかし、あの事件は既に収束し、大佐殿の特使の任は解かれていると認識しておりましたが」

「私もその認識で考えていたが、昨年の12月にお会いした際、閣下から特使の任に代わる形で大統領府の職に就くこととなった。今の私は情報部内部監察局の第一副局長だが、同時に大統領直属特別顧問の肩書を持っている。このことはくれぐれも他言せぬ様に」

 

 本来、軍人の職務に就いている人間が大統領府に関する職を拝命することなどない話だが、内部監察局自体が極めて機密性の高い組織の為、バランスの素性を表の世界で知っている人間など数えた方が早いレベルでしかなく、それこそ国防総省の長官・幹部クラスに限定される。

 その機密性とバランスの特使としての実績を鑑み、大統領はバランスを大統領直属の顧問職に据えることでスターズに関する情報をいち早くつかもうと考えた。これには先日の脱走事件によるスターズ内部の情報隠蔽が問題視されたことも大きく影響している。

 

「シリウス少佐。大統領閣下からの命により、貴官には“アンジェリーナ・シールズ”として日本に赴き、四葉家の次期当主に指名された司波達也の婚約者として送り出す。貴官に関する書面上の除隊・帰化申請もこちらで取り計らう」

「(私が、タツヤの……)ハッ。それで、小官はいつまでに準備を整えれば宜しいでしょうか?」

 

 元々、大統領が自身の孫娘の“女性としての幸せ”を願ってのことだが、偵察や隠密などといった潜入捜査の類を得意としないリーナに「婚約者として嫁ぐことで四葉の内情を探れ」という無理難題を押し付けた参謀本部の企みも混じっている。

 書面上は“アンジェリーナ・シリウス”の除隊と帰化を認めるが、『()()使()()』戦略級魔法師“アンジー・シリウス”の軍籍はスターズの総隊長に紐付けされて残ったままとなる形だ。

 

 だが、バランス自身としてはリーナに四葉の秘密を探れる期待は持ち合わせていないし、そもそもあの国には双子の妹である“ポラリス”―――セリアがいる以上、こちらの目論見など瞬時に見抜かれてしまう。

 以前、バランスがセリアの実力を測る目的で出した課題に対し、セリアは一切の情報端末を用いずしてその背後関係まで見事に当てて見せた。これを聞いたバランス本人も背筋が凍るような感覚を抱いたほどだった。

 

 話を戻すが、そこまで私物を持たないリーナからすれば、数時間もあれば宿舎内にある荷物を纏められる(元々結構な荷物があったが、シルヴィによって大胆に片付けられたお陰だった)ため、今から取り掛かれば今日の夜が出発でも間に合う。

 

「明日の夜には基地を出られるよう準備は出来るか?」

「問題ありません」

「分かった。なお、貴官にサポート役としてマーキュリー大尉を同行させる。彼女に関しての手続きと手筈もこちらで整えているため、心配はいらないと考えてくれ」

「了解いたしました。直ちに準備に取り掛かりたく思いますので、退出しても宜しいでしょうか?」

「ああ、シリウス少佐の話はそれだけだ。カノープス少佐は先程の話が残っている故、そのまま待機してくれ」

「ハッ! それでは、失礼いたします」

 

 バランスとの会話を切り上げる形でバランスとカノープスに敬礼をし、司令室を出て宿舎の部屋に向かうリーナの足取りは非常に軽やかだった。何せ、自分が恋焦がれた相手に会えるとなれば、リーナも恋する乙女の表情にならざるを得ないほどに嬉しさで満ちていた。

 

(タツヤ……待っててね。ワタシは一度狙った獲物を逃がすほどお人よしじゃないんだから)

 

 スターズ最強の名を冠する総隊長にして戦略級魔法師“アンジー・シリウス”。そんな雰囲気を微塵も感じさせないほどにリーナは完全に舞い上がっていたわけだが、そんなリーナを部屋の前で待ち受けていたのはサポート役であるシルヴィであった。

 

「あれ、シルヴィ? どうかしたのですか?」

「リーナ、お話は既に大佐殿から窺っております。さて、早い所片付けますよ」

「え、何? そんな笑顔を浮かべて、ワタシが何か悪い事でもした―――」

 

 気が付くと、急に意識が遠くなっていくリーナが最後に見たのは、「すみません、リーナ」と満面の笑顔を浮かべて謝罪の言葉を述べたシルヴィであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 リーナがそんなことになっているとは露知らず、基地司令室ではバランスとカノープスが向き合っていた。実を言えば、リーナに何が起きたのかをカノープスは事前に知らされていた。

 

「シリウス少佐のことだが、カノープス少佐は不服であったか?」

「いえ。ですが、あそこまで手の込んだことをせずとも、他にやりようはあったかのように考えている次第です」

「そうだな。だが、今回ばかりは時間が無かったのだ」

 

 リーナを眠らせ、表向きは“新ソ連地域の混乱に伴う東アジア方面の監視を睨み、アンジー・シリウスに国外出征を命じる”という体で日本への再出征を命じた形にし、いくつかのアンジー・シリウスとしての装備―――『ブリオネイク』も含まれる―――もシルヴィによって持ち出されることとなる。

 何も眠らせる必要は無いだろう、とカノープスは考えたが、バランスにとってはリーナを眠らせることに意味があったと話す。

 

「貴官も存じていることと思うが、現状のスターズの階級が事実上塩漬け状態となってしまっている。本来の軍の序列を鑑みれば、第一隊隊長の貴官が大佐クラスに昇格していてもおかしくは無いと思っている」

「……もしや、統合参謀本部が総隊長そのものを欲したと?」

「馬鹿を言うな、少佐。仮にそんなことになれば、大統領閣下が上層部を刷新する形で全員の首を切りかねない」

「そうでありますな。失礼いたしました」

 

 本来、スターズを含めたUSNA軍はUSA軍からの名残で18歳以上からの入隊が基本とされている。だが、戦略級魔法師としての資質があったリーナは特例という形でスターズに入隊し、戦略級魔法師としての実力もあってスターズ総隊長の座にいる。

 元々正規の入隊を経ずにいきなり部隊の総隊長の椅子に座れば、多かれ少なかれ部隊内でも反発が生じるのは予想できたことだ。だが、統合参謀本部は“シリウス”の穴を埋めることと戦略級魔法の力を欲するがあまり、本来の軍の杓子定規に無理矢理当て嵌めようとした。その結果として軋轢が生じてしまった。

 

「参謀本部は未だに戦略級魔法師『アンジー・シリウス』の力を手放そうとしない。これではシリウス少佐だけでなく、将来的に我々まで無駄なプライドという泥船に引きずり込まれてしまうだろう……そのことは後日の話としよう」

 

 バランスは一つ息を吐いた後で、『七賢人』から齎された情報―――USNA軍で廃棄予定の歩兵用携行対空ミサイルが盗まれ、それを使ったテロが日本で起きる、という情報をカノープスに伝えた。その際、テロの首謀者であるジード・ヘイグの情報も合わせてカノープスに提示された。

 

「以上が事の詳細だ。質問はあるか?」

「いえ、ありません」

「そうか、では私からの質問になるが、ベンジャミン・カノープス少佐―――いや、ベンジャミン・()()()少佐と呼ばせてもらうが」

 

 バランスがカノープスの名を敢えて言い直したこと―――本来ならば素性を隠すために星の名(コードネーム)で呼ばれている名字ではなく、本当の名字を口にしたことでカノープスは表情を引き締めた。カノープスの実家は元々軍人や政治家を多く輩出する家系であり、カノープスも元々は軍人を目指していた時期があった。だが、魔法の資質があったことでスターズに抜擢された経緯を持っている。

 カノープスはロウズ家の関係者ではないかと内心で予想したところ、バランスから問いかけられたのはその予想が的中したような内容であった。

 

「貴官は大統領次席補佐官のケイン・ロウズ氏と血縁関係にあったな?」

「ハッ。大佐殿は御存知のことと思いますが、次席補佐官殿とは父親同士が従兄弟であり、母親同士が再従姉妹(はとこ)であります」

「……実は、『七賢人』から齎されたのはテロに関する情報だけでなく、その便宜を図ったとされるロウズ次席補佐官に関する内容だ」

 

 『七賢人』から齎されたのは、ジード・ヘイグに兵器を渡すだけでなく国外への持ち出しを許し、ジード・ヘイグの逃亡に手を貸した人物にケイン・ロウズの存在が浮上したとする内容だった。

 

「大佐殿は、次席補佐官殿がテロリストに買収されているとお考えなのですか?」

「寧ろ、その方がまだいいとも言えるレベルだろう。私は次席補佐官が買収されたのではなく、次席補佐官や彼に繋がる議会の有力者がジード・ヘイグを利用しようとしている可能性が高いと睨んでいる」

 

 どちらにせよ政府のスキャンダルなのは言うに及ばないことだが、彼らは顧傑を利用する形でこの国にいる人間主義者の矛先を日本に向けさせることに狙いがある、とバランスは睨んでいる。

 

「テロリストを利用ですか……もしや、この国の人間主義者による魔法師排斥運動の矛先を日本に向けさせると?」

「聡いな、少佐。私はロウズ次席補佐官も早急にこの国の人間主義を抑えるための手段を求めた結果、ジード・ヘイグによるテロを利用しようと目論んだとみている。爆弾を使ったテロの性質は貴官も良く知っているだろう?」

 

 爆弾テロとなれば対象を定めない無差別攻撃を主とするため、仮に十師族といえども全ての人間を守り切れるわけではない。多方向からの攻撃によって魔法師が無傷でいられても、その場に居合わせた非魔法師の一般市民が被害を被るのは目に見えている。

 

「標的を定めない無差別攻撃、ですね……まさか、次席補佐官殿の狙いは」

「そのまさかだ。『七賢人』からはそこに関しての想定されるシナリオも記載されていた」

 

 その出来事を魔法師による“見殺し”として人間主義者の目を向けさせることで日本国内の魔法師排斥運動を強めさせ、USNA国内の排斥運動を弱めようとするのが『七賢人』によって齎されたシナリオであった。

 

「大佐殿。総隊長―――いえ、リーナを早急に日本へ送ったのは、このためでもあるのですか?」

「今回ばかりは結果論に過ぎないよ、少佐。私もシリウス少佐の心情を理解できぬほど鬼ではないからな」

 

 日本と大亜連合が講和状態にあるとはいえ、この状態がいつまで続くか分からない。新ソ連も人間主義者や反政府組織によって首都のモスクワ近郊が慌ただしくなっているが、その状態も何時までなのかの見通しも不明。加えて、東欧方面に集中している人間主義の火種が北欧や西欧、ひいてはUSNAに返ってこないか不安な要素もある。

 バランスはこの非常時に非常の力を欲し、背に腹は代えられない思いで日本にいるセリア、そして神楽坂悠元の力を借りる他にないと判断した。

 

 その為にも、切り札である“アンジー・シリウス”に()()()()()という正式な手続きで日本へ出征させることにした。このことは大統領のみならず、副大統領に加えて国務長官と国防長官、更にバランスの直接の上司である内部監察局長も既に承認している。

 軍統合参謀本部へはリーナが日本に到着次第、USNA軍の最高司令官たる大統領から国防長官を経て特命の作戦内容が通知されることとなっている。

 

 バランスとて、同じ女性としてリーナの人としての幸せを願うぐらいの気持ちは持ち合わせている。日系人という立場故の苦しみに加え、若すぎるが故の軋轢、先日の脱走事件の“暗殺”も本来ならばリーナが咎を負うべきことではない。

 だが、力があるが故にリーナは“シリウス”の名を継いでしまった。今回の大統領特命もそれに対する謝罪が含まれていることを知るのは、命令を出した大統領を除けばバランスしか知らない事だった。

 なお、リーナを眠らせたのは日本にいる身内や友人との連絡を物理的に封じるためで、万が一その連絡を盗聴されて“アンジー・シリウスが日本に内通し、軍に対する叛意を見せている”などという根も葉もない噂を流されるのを避けるためであった。

 

「少佐に与える任務はかなり厳しいことになると予想される。当分は統合参謀本部からの任務という形になるが、ジード・ヘイグは崑崙方院の生き残りだという特記事項も触れられている。そうなれば、かの四葉の復讐劇において唯一の生き証人―――上泉剛三が出張る可能性が極めて高い」

「統合参謀本部からのプロファイルでは、戦略級魔法を放てぬほど衰えている、という報告はありましたが」

「実際の為人を見ていない人間の報告など当てにするな。確かにかつて『世界最巧』と謳われた九島将軍の兄と同い年なのは事実だが、彼の現在の実力は今代を含めた歴代の“シリウス”すら凌駕し、恐らく“ポラリス”に匹敵すると私はみている」

 

 USNA国内における剛三に関する報告はどれもが常軌を逸しており、リーナが悠元に敗れた件で剛三とも対峙したことのあるバランスからすれば、下手に殺意を向けただけで次の瞬間に「殺される」と思ったほどだ。

 その時に出会った彼の教えを受けたであろう少年―――後に神楽坂悠元と名乗る彼の実力ですら冷や汗を流したというのに、剛三の秘められた実力となればバランスですら「底が見えない」と判断するほかなかった。

 

「加えて、『黒夜の孔雀(アルティミシア)』と帰化した“ポラリス”に神楽坂悠元、未だ見つからない『グレート・ボム』の戦略級魔法師もいる以上、任務を果たせないと判断した場合は直ちに任務を中止して帰国することも許可する。その後のことは政治家の仕事であるが故、我々は必要に応じて情報提供を行う姿勢を見せるので手一杯となるだろう」

 

 統合参謀本部は躍起になっているであろうが、正直この国よりも高位の魔法師が揃っている日本に敵う魔法師となると、正直リーナと辛うじてカノープスが入るぐらいだろう、とバランスはそう考えていた……あくまでも、日本の戦略級魔法師クラスが出てこないという前提が付けば、の話だが。

 その戦力差で任務を遂行するためにはスターズの増員も必要だろうが、昨年のように派手に動かせば日本政府や国防軍にスターズの動きを知られてしまう。なので、リーナとサポートのシルヴィ、そしてカノープスが現時点で動かせる最低人員となるだろう。

 

「ハッ、了解しました」

「すまないな、少佐。貴官にこのような汚れ仕事を押し付けるのは心が痛むが、テロリストが高位の魔法師と予想される以上、相応の実力を有する魔法師が求められるのだ」

 

 カノープスにしてみれば、今回の任務は身内の犯罪行為に対して毅然とした対応をした上で断罪するという“処刑執行人”の役割を押し付ける様なもの。申し訳なさを感じるバランスに対し、カノープスは安堵にも近い表情を浮かべてこう述べた。

 

「大佐殿のご配慮、痛み入ります。ですが小官へのお気遣いは無用に願います。寧ろ、小官は大佐殿の人選に感謝しております。既に軍を離れたセリアもそうですが、リーナには……出来る限り暗殺という陰湿な仕事をさせたくありませんから」

 

 歳が近い娘がいるからこそ、リーナにはできる限りその道を歩んでほしくはない、とまるで父親のような感情を滲ませつつ、カノープスはバランスに対して任務受諾の意を示す様に敬礼をしたのであった。

 




 もうやめて! ホワイトハウスとペンタゴンのライフはゼロよ! を地でやっていたセリア。まさにスターズのバーサーカー(自分とリーナ限定)とも言うべき所業。

 色々流れが強引な部分もありますが、普通に考えていくら知り合いとはいえUSNA軍の兵士であるリーナが軽々しく連絡を取っちゃいけないと思うのですよ。それも『グレート・ボム』の容疑者の一人である達也に。
 自分の軍に盗聴されている危険性を考慮しない辺りはまさにポンコツ魔法師。

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