魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

327 / 551
近いのに遠くなるような輝き

 宿舎の前で眠らされたリーナが次に目を覚ました場所は、どこかのビジネスホテルの一室だった。その間取りを見て、その場所がアルバカーキ国際空港の近隣にあるビジネスホテルだとすぐに気付いた。時間は昼過ぎぐらいで、服装はスターズの制服ではなく私服に着替えられていた。

 

「えっ、服装も……そうだ、荷物は……」

 

 リーナは飛び上がる様にベッドから飛び降りると、デスクの上に貴重品やパスポートなど渡航に必要なものは一通りそろっていたが、唯一通信端末だけは見当たらなかった。デスクの傍にはアタッシュケースがあり、中には先日買ったばかりの服まで入っていた。

 すると、部屋の扉が開いて飲み物を持ったシルヴィが入ってきた。

 

「リーナ、起きましたか」

「シルヴィ、これは一体どういうことなの!?」

「落ち着いてください、リーナ。それについてきちんと説明します」

 

 シルヴィはリーナを宥めるように言い含め、これにはリーナも渋々了解しつつベッドの横に腰かけた。それを見たシルヴィは買って来たばかりの飲み物の一つをリーナに手渡した上で説明を始める。

 

「まず、バランス大佐から既に聞いていると思いますが、リーナが四葉家の次期当主である司波達也の婚約者として申し込んだのは、リーナの祖父である九島将軍によるものです」

「お祖父様が? ……そういえば、この前閣下と話していた際にタツヤとのことも聞かれたけど」

「なので、九島将軍と大統領閣下はリーナの幸せを願って送り出すつもりでいました。ただ、それを知った統合参謀本部が反対し、『アンジー・シリウス』としての軍籍を保持したままリーナに任務を帯びさせる形で出国を認めました」

「……何よ、それ」

 

 元々、九島健とUSNA大統領―――リーナの二人の祖父はリーナの“人としての幸せ”を願って送り出す決意を固めた。だが、アンジー・シリウスを国外へ送り出すことに懸念を抱いた統合参謀本部が反発し、結局アンジー・シリウスの軍籍が残ったままとなった。

 リーナが呆然気味にそう零しても仕方がない、とシルヴィは思いながら説明を続ける。

 

「セリアは元々『制御しきれない』だなんて言われてたから分かるけど……その命令って?」

「婚約者として潜り込み、四葉の内情を探ること。可能であれば司波達也の能力を探れという命令だそうですが」

「ワタシにタツヤを売れというの!? ふざけんじゃないわよ! セリアですらタツヤに喧嘩を売るのが危険だ、って言っていたのに……」

 

 今まで軍の命令ということで逃亡者の暗殺も我慢して受けていたリーナにとって、自分が恋焦がれる人を売るような真似なんて出来ない、と初めて拒否の姿勢を見せたことにシルヴィは優し気な表情を垣間見せていた。

 

「それについては私もセリアから忠告を受けました。その上で、バランス大佐からの命令を預かっております」

「……“アンジー・シリウス”少佐はその能力に鑑みて、独自の判断に基づいて日本でテロを起こそうと目論むジード・ヘイグを拘束せよ。場合によっては日本の魔法師との連携を許可する―――って、これは」

「はい。大佐殿の予測では、こちら側の全ての事情を既に日本側が把握している可能性が高いと踏んでいます」

 

 つい先ほどシルヴィがリーナに言い渡したのは統合参謀本部としての命令で、シルヴィから渡された書類に書かれていたのは大統領府が発令したもので、バランスがシルヴィに渡した命令の概要であった。

 この際、USNA政府のスキャンダルが明るみになるリスクを負ってでも、日本の勘気を被ることが何より一番の“損益”になると踏み、リーナに最悪の事態を回避するための役割を担ってもらう命令だった。

 そして、リーナは統合参謀本部からの命令という“ハズレ籤”を引かせることになってしまったカノープスに対して同情の念を禁じえなかった。

 

「……ベンには悪いことをしてしまったわね」

「少佐殿なら気にしませんよ。寧ろ、少佐殿からすれば娘同然のリーナに暗殺などという汚い仕事なんてさせたくない、と思っているでしょう」

「もう、ベンったら……この仕事が終わったら、お詫びでもしないといけないかしら。で、シルヴィ。ワタシの通信端末はどこにやったの?」

 

 その命令を受ける意思を固めたところで、リーナは目下の問題であった通信端末の行方をシルヴィに尋ねた。すると、シルヴィは笑顔でこう返した。

 

「私が持っております。これはセリアからもう一つ忠告を受けまして、仮に何らかの形で日本行きが決まったらUSNA国内にいるうちに知り合いへ連絡する可能性が高いし、それを軍に傍受されている可能性が高いから、日本に着いてから渡せと強く言われまして」

「ぐっ……ワタシはそんなに信頼ないの!? てか、セリアと頻繁に連絡を取っている方が危険でしょう!?」

「それはシンプルな理由です。電話では日常のやり取りだけにして、本当に相談したいことはエアメールでやり取りしていましたし、傍目から見て分からないように暗号文形式にしていましたので」

「……」

 

 連絡一つをするにもアナログ且つかなり手の込んだ手段を用いている事実を知ったリーナは、それを平気でやってのけているシルヴィとセリアに対し、内心で戦慄に近い感覚を受けたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 民間機でアルバカーキ国際空港からロサンゼルス国際空港を経由し、日本の東京湾海上国際空港(新羽田空港、羽田とも呼称される)にリーナが到着したのは、日本時間の1月29日の20時だった。

 パラサイト事件の際に使った部屋は引き払われておらず、そのままセリアが一人暮らしをするために賃貸契約が引き継がれていたため、リーナとシルヴィはセリアに連絡をしたところ、セリアも断る理由は無いということでそのままセリアが住む家に向かった。

 リーナが呼び鈴を鳴らしたところ、玄関の扉を開けて出てきたのは私服姿のセリアだった。

 

「お、お久しぶり、セリア」

「……別に取って食おうって訳じゃないのに。何にせよ、久しぶりお姉ちゃん。シルヴィもお久しぶり」

「はい、お久しぶりですセリア」

 

 前は同じ軍人として住んでいたわけだが、「ポラリス」としてのセリアではなく、魔法科高校の生徒として生活を送っているセリアと寝食を共にすることにはリーナも少し緊張していた。

 各々使っていた部屋は綺麗に掃除されており、二人がリビングにきたところでセリアは注いだばかりの紅茶を差し出した。これには今まで二人のサポートをしていた名残からか、シルヴィが申し訳なさそうにしていた。

 

「すみません、セリア。本来なら私がやるべきことですのに」

「いいよ、シルヴィ。私はもうスターズの軍人じゃないし、二人は長旅で疲れてるだろうから。それでお姉ちゃん、どの面下げて日本に来たの?」

「ど、どの面って、ワタシの事情はセリアも知ってるはずでしょう!?」

 

 確かにセリアはリーナが日本に来た大まかな理由を把握している。その中には既に除隊したセリア相手に話せない“軍事機密”があることも当然把握している。だが、魔法的な部分で同調しやすいリーナとセリアの繋がりによって、セリアはリーナから感じるプシオンの波長でリーナの持つ情報を“把握”した。

 

「まあ、大体はね。でもね、お姉ちゃん。『七賢人』という理由でその情報を信じるってどういう事かな? その裏をちゃんと取った上でバランス大佐に報告したの?」

「……いえ、していません」

「はぁ……シルヴィはどこまで聞いてるの?」

「あまり声に出しては言えませんが、大まかにはリーナがバランス大佐に伝えた情報と同じ程度です」

 

 その受け答えで、セリアはシルヴィに伝わっている情報がリーナと同程度のものであると認識した。その上で、リーナに尋ねた。

 

「ねえ、お姉ちゃん。そのメールの中にお姉ちゃんが関与していない事件が記載されていたようだけれど……それ、全部ジード・ヘイグに関わる事件だよ」

「えっ、だって殆ど日本で起きた事件で、ワタシが殆ど関与した覚えなんてないわよ?」

「お姉ちゃんが関与していなくても、少なくともお姉ちゃんが婚約を申し出た相手である達也と、おに……コホン、悠元が関わった事件なの」

 

 リーナが見た情報―――『ブランシュ』、『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』、そして周公瑾に関わる事象―――をセリアが瞬時に共有出来ている事象は以前にも何度かあったため、シルヴィも特に驚くことなく聞いていたが、セリアから伝えられた情報にはリーナのみならずシルヴィも驚いていた。セリアは危うく悠元をいつものように“お兄ちゃん”と言いかけたが、慌てて咳払いをした上で何とか誤魔化すことに成功した。

 そして、セリアは一番大事なことをリーナに尋ねた。

 

「これが一番大事なことだけど……お姉ちゃん、そのメールってどの形式でどこに送られてきたの?」

「どの、って……特暗号メールという形で宿舎の私室にだけど、それが何か問題なの?」

「大アリなんじゃボケェッ!!」

「ひうっ!?」

 

 実戦部分を担っているリーナと異なり、情報・通信部分を担う形でリーナのフォローをしていたセリアは、特暗号メールを出す際の基準や扱い方について厳しく教えられていた。

 

 本来、特暗号メールはいくらスターズの総隊長宛とはいえ、機密性を重視して直接宿舎の私室に送ることを禁じている。これは宿舎の私室に解析用のデコーダーがあるとはいえ、特暗号メールによる作戦行動上の齟齬を防止する目的がある。

 従来の手順では、統合参謀本部がスターズが所属する基地司令に特暗号メールを添付した出動要請の暗号メールを送付することが義務付けられていて、その上で基地司令が総隊長および隊長に基地内の解析機がある専用の通信施設で受け取る様に指示することとなっている。

 

 総隊長・隊長間の連絡でも作戦行動中を除いて個々の通信端末を用いての特暗号メールの使用は禁止されており、同じく基地内の通信施設を使っての連絡が規則として定められているのだ。

 これにはスターズの隊長間が連携して軍の叛乱を防ぐ目的がある。先日の脱走事件後、セキュリティに関するルールも一層厳しくなっていて、その中には当然特暗号メールの扱い方に関するものも含まれていた。

 

 今まで特暗号メールを受けたことはあっても、特暗号メールを送る作業は全てセリア任せにしていたため、リーナがその“規則破り”をしたことに気付かないのも無理はないが、それでもセリアは叱責するように声を上げ、これにはリーナもたじろいだ。

 特暗号メールに関する事項は基本的に隊長クラスと統合参謀本部にしか知らされないことのため、シルヴィがその部分を疑問に思わないのも無理はないだろう。

 

「規則破りもそうだけど、『七賢人』がスターズの暗号通信を使えるって時点で『七賢人』がUSNAの国内にいる様なものじゃない……何でバランス大佐も気付かないのよ……」

「え? どうして?」

「……リーナ、シルヴィ。ここから話すことは私しか知らない事実だけど、私は“ポラリス”として活動していたころ、『七賢人』を名乗る者からメールがあった。そして、妙なものを送り付けられた」

 

 スターズの“セリア・ポラリス”として活動し始めてから数週間後、セリアは明らかに慣習破りとも言える特暗号メールを受けたことがあった。それはリーナ相手に特暗号メールを送り付けた時と同じようなものだが、内容はセリアの素性について事細かに書かれたプロフィールにストーカーの類を疑ったが、その3日後に送り付けられたのはVR(ヴァーチャルリアリティ)型のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)。

 セリアが受け取ったのは『エシェロンⅢ』のバックドアシステムである『フリズスキャルヴ』の端末だったのだ。

 

「それって、セリアの私物であるあの機械?」

「そう。私がかなり弄ったせいで元々の機能よりもえげつないことになっちゃったけどね」

 

 “原作”のことを知っていたせいと、使い方に関する『七賢人』のメールで『フリズスキャルヴ』の存在を知ったセリアは、意趣返しの意味も込めてスターズや軍の技術を使って、『フリズスキャルヴ』の端末を大幅に弄った。最悪壊しても、それはそれで相手への意趣返しになるとセリアはそう踏んでいた。

 

 その結果、どうしても残ってしまう『フリズスキャルヴ』の検索記録を簡単に改竄できるようになっただけでなく、『エシェロンⅢ』そのものにアクセスできるようになってしまった。このことは誰にも言っていないセリアだけの秘密だった。

 

「それはともかく、リーナにやった手口と私にやった手口が全く同じだった。そのタイムラグは大体3年だけど、年々更新される特暗号メールの通信システムを有しているのは、本来スターズの隊長クラスと統合参謀本部しかない筈。他にあるとすれば、USNA国内で特暗号メールの暗号通信システムを管轄する政府機関しかない」

「……まさかだけど、特暗号メールを送った『七賢人』が政府機関の関係者だっていうの?」

「私は少なくともそう思っている。ただでさえ例の脱走事件があった後だよ? 暗号通信の規律を破るなんて不祥事を起こしたら、もし統合参謀本部の人間がやったとしたら一発で更迭案件だもの。そんな規律を知らない人間が送り付けたとしか思えない」

 

 とりわけ先日の脱走事件でより神経質になっているところで、統合参謀本部がそんなミスを犯せば大統領の耳に入った時点で更迭対象となってしまう。

 現時点で統合参謀本部が送ったという証拠が出てこない以上、特暗号メールのセキュリティを使えるだけの政府機関の人間―――それも、軍規を全く無視した愉快犯であり、そんなメールを出せる人間となれば『七賢人』の名を唯一名乗っているレイモンド・クラークしかいない、とセリアは睨んでいた。

 

「私のプライベートを丸裸にした恨みは絶対に忘れないんだから……あ、おかわりはいるかな?」

「で、では頂きます」

「ワ、ワタシも頂くわ!」

 

 なお、その際にレイモンドから「君のことが好きだ。是非付き合ってほしい」という愛の告白を受けたが、人のプライベートを赤裸々にしてしまう様な人は願い下げだと言わんばかりに、セリアはその後の『七賢人』からのメールを全て読むのを止めた。というか、全部削除した。

 そして、セリアは前世で好いていた相手と結ばれる機会を得ることが出来た。このことをレイモンドが恨んで、達也だけでなく悠元への情報提供をしていないのでは、とも推察した。

 

 その人の為人を知りたいからといって、人のプライベートに土足で踏み込むような人間など、セリアからすれば前世にいた胡麻を擂る大人達と一体何が違うのか、という気分しか持てなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日―――1月30日、リーナの希望を叶える形で達也との会談を取り持つ形とした。場所をどこにするか考えたが、司波家でなら機密性も十二分に確保できると見込んで達也に相談した結果、相手がリーナということもあって承諾してくれた。ただ、悠元たちはいつも通り学校があるため、会談の開始時間は18時からとなった。

 

「ハ、ハロー、タツヤにミユキ、それにユート。南盾島以来ね」

「久しぶりだな、リーナ。それで、“アンジー・シリウス”が態々日本に来るということは、テロリストを追跡でもしてきたのか?」

 

 達也は事前にジード・ヘイグ―――顧傑の情報を貰っているため、リーナが態々来るとなればその案件が最も可能性の高い案件だと睨んで問いかけた。これにはリーナが「降参よ」と言わんばかりのジェスチャーをしながら答える。

 

「いや、そんな潜入めいたことが無理ってタツヤなら分かるじゃない。というかミユキ、この前よりかなり綺麗になってない?」

「そうかしら? そういうリーナは痩せたんじゃない? 仕事が忙しいの?」

「体重は増えちゃってるけどね。筋肉がついたのかもしれないわ」

「ふーん、シェイプアップしたのね」

 

 まるで恨めしそうに睨んでくる深雪に対し、リーナは内心で「いや、深雪がそれを言ったら嫌味にしか聞こえないわよ」といわんばかりに、女性らしさの部分で綺麗になっている深雪の輝きに若干引き気味だった。

 

「そういえば、ユートと婚約したんですってね。おめでとうミユキ」

「ありがとう、リーナ。にしても、ずいぶんと耳が早いのね」

()()『四葉』のプリンセスの婚約ですもの。関心を持たずにはいられないわ」

 

 悠元絡みの話題を持ち出したことでより一層深雪の輝きが増したように思え、視えない筈のキラキラとした輝きのような“圧”に、リーナはソファーに座っている筈なのに距離が遠くなったような気がした。

 




 セキュリティとかって結構厳しい問題のはずで、特暗号メールというごく一部の人間しか使えない暗号通信を軽々しく私室に送るって行為は下手すると叛乱の意ありと見做される行為なのではないでしょうか。いやマジで。
 なので、一応その辺のルールをオリジナル設定としました。これが普通なんじゃないかなと思います(これでも緩い方だと思う)し、そもそも私室に特暗号メール対応のデコーダーを入れているのは臨時司令室での運用を想定してのものだと思いますが、普段は使えないように機能のロックとかしないんですかね(呆れ)

 原作だと雫に恋しているレイモンドですが、こういう展開も有り得たのでは、と思いこうなりました。単なるストーカーというツッコミは認めます。でも、父親があんな野心家なら、息子であるレイモンドが影響を受けてもおかしくないと思った次第です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。