魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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剣道と剣術

―――痛い目を見たくなかったら、大人しく引け。

 

「っ!? 今の……魔法?」

「び、吃驚した……」

「悠元さんの声、だったね」

 

 校舎の屋上でクラブのユニフォームを身に着けている英美、雫、ほのかの3人は先程聞こえてきた声に驚きを隠せなかった。

 あれは紛れもなく悠元の声であり、魔法によるものだとすぐに分かった。

 

「というか、姿が見えなかった……」

「悠元さん、光波振動系魔法も使えるみたいだから、それかな?」

「もしくは隠密系ね。流石に十師族相手に聞き出すわけにもいかないけど」

 

 彼女らがここにいる理由は達也を狙う人間を突き止めようと動いていた。だが、深雪の耳に入れたら学校のあちこちに氷のオブジェが乱立しかねない。悠元の耳に入れても深雪に伝わる可能性があった。

 なので、自分達でその人物を突き止めようと双眼鏡で達也を見ていて、その襲撃者が男子剣道部の主将ではないかと英美が言ったところで三人の耳に寺の鐘を近くで聞いたような感じの声が突然入ってきて、三人はビクッとなったということだ。

 

「でも、どうするの?」

 

 雫は今のが警告だと認識していた。

 今の彼は十師族―――三矢の人間だ。その彼が警告した意味はそれとなく理解できる。

 だが、ほのかの親友として意見を尊重したいという思いもあった。そんな雫の問いかけに、ほのかはこう答えた。

 

「流石に悠元さんだけじゃ相手にできない。だから、私たちでその襲撃者を突き止めよう!」

「……ほのか、えらくやる気になってるね」

「うん……(ごめん、悠元。こうなったほのかは私にも止められない)」

 

 その根底には深雪が手を出すまでもないように(寧ろ、深雪が動いて氷像が後を絶たない状況になる前に)という彼女への強い想いが彼女を動かしていた。

 これには率先して動いていたはずの英美も思わず後ずさり、雫は内心で悠元に謝罪しつつもほのかが危険な目に合わないよう決心した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 第一体育館でのトラブル処理を終えて戻ってくると、ワークステーションの席でタブレット型端末を見つめながら考え込んでいる深雪の姿が目に入った。

 悠元が扉を閉める音で漸く気付いたのか、深雪が慌てるように声をかけてきた。

 

「あ、お、お帰りなさい、悠元さん」

「ああ、ただいま。……それは、部活連からの?」

「はい……ご覧になりますか?」

「一応ね。どれどれ……」

 

 深雪が考え込むほどとは一体どんな口述が記載されているのか……そう思いながら、悠元は深雪から渡された端末に記載された部活連の口述文を読み始める。

 

 それは先日の剣術部と剣道部のトラブルの件で、剣術部2年の桐原(きりはら)武明(たけあき)が剣道部2年の壬生(みぶ)紗耶香(さやか)に対する感情の発露からくるものだと本人の証言から音声変換された原文に書かれていた。

 すると、深雪が悠元に問いかけた。悠元は武術において高い技量を持っている。だからこそ、その面からの意見を尋ねてみたかったのだろう。

 

「悠元さん、この桐原先輩の証言を……その、どう見ます?」

「言わんとしていることは理解できる。俺も学んでいるものは技を研鑽して己を高めるために進む『(みち)』じゃなく、必要な時には人を殺めるための『(すべ)』である。調べた限りだと、あの時桐原先輩が剣道部に対して魔法を使った相手は壬生先輩だけだったらしい。少なくとも、剣術と剣道の違いをそれなりに認識していると思うな」

 

 一概には言えないが、『道』を“目的”とするなら『術』は“手段”という言い方もできる。

 剣道の場合は、明確に定められたルールの下で技を競いあうものである。

 剣術は競技の場合だとある程度の制約を課せられるが、それでもいかに自分が斬られるよりも早く相手を斬るかに尽きる。いわば『人斬りの技』でしかない。

 

「桐原先輩の証言からして、この学校で壬生先輩に何かしらのトラブルがあった。それを切っ掛けに壬生先輩の剣道が実戦向きに変質した……それも原因が剣道部の人間だと考えている……成程ね」

 

 桐原の推測はある意味的を射ている。それだけ桐原は紗耶香の剣を見続けてきたという証左ともいえる。だが、自分が襲撃を受けた件については深雪に深くは話していない。恐らく達也も細かい話はしていないのだろう。深雪をこの件に深く関わらせるべきか悩むところでもある……この件は達也にも判断を仰ぐこととする。

 

「十文字会頭があの程度の処分で納得しているということは、桐原先輩が反省していることを認識している、と判断していいだろう……(問題はこれによって『連中』が首を突っ込んでくるってところだが……必要以上に伏せてたら、爺さんを怒らせるだけだぞ)」

 

 その最後の砦として自分がその役目を担わなければならない……そう考えると気が重くなる悠元であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 新入生勧誘週間の間に変わったことと言えば一つ。

 魔法科高校には学内版の公益通報システムがある。これは一科生が力にものを言わせて二科生などにトラブルを起こした場合、表向きの通報では報復の恐れがあるために匿名の通報システムが備わっている。

 ただ、前任の風紀委員長(先代会長)である美嘉はこれに頼らず色んな二科生と個人的に交友を持っていたため、ある意味有名無実の状態だった。

 

 その公益通報窓口からの珍しい通報に『勧誘中のセクハラか?』と首を傾げる摩利だった。それは達也が故意の魔法攻撃を受けているという匿名の通報だった。

 この前日の夜に達也が珍しく自分から深雪のクラスメイト―――それも女性である雫とほのかの名前を出したことに深雪は驚きつつも、彼女らのことについて尋ねられたので、それに答えた。悠元はそれを聞いて『あの3人だな……』とすぐに理解したが、口には出さなかった。

 なお、その際達也が冗談めかして『深雪は俺のよりも悠元の写真が欲しいんじゃないのか?』と言い、悠元は飲んでいたコーヒーを盛大に噴出し、深雪は『そ、そんな、畏れ多いです!』と手を広げてブンブンという音が鳴りそうなほどに両手を振っていた。深雪さん、俺は貴方にとっての神様とか仏様のレベルなのですか?

 一応言っておくが、噴出したコーヒーは魔法で綺麗にシミ一つなく消しておいた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 新入生勧誘週間も終わり、学生の本分である学業をこなす毎日へとなっていた。

 風紀委員として多忙だった達也も、平時の風紀委員の仕事となれば当番として与えられる二人一組の巡回任務へと切り替わっていた。

 達也の場合は委員長である摩利か、初めに知り合った辰巳か沢木の誰かという形になっていた。同じ1年である森崎と同じ巡回任務に当たらなくてよかった、とこの時ばかりは摩利に内心感謝していたのかもしれない。

 放課後になって帰ろうかと思ったところでレオに話しかけられた。

 

「達也、今日も委員会か? 勧誘週間は終わったんだろ?」

「ああ。今日は非番だからゆっくりできそうだ」

「大活躍だったな。今や有名人だぜ、達也。『魔法を使わず、並み居る魔法競技部のレギュラーを連破した謎の1年生』ってな」

「謎の、って何だ。謎のって」

 

 その噂は当然達也の耳にも入っている。別方面では『反魔法主義団体が送り込んだスパイ』なんて噂も立っている。この間の襲撃を考えると、とてもじゃないが反魔法主義団体に味方する気にならないのは確かだろう。悪い冗談も程々にしてほしいと思いつつも、レオに言い返す形で達也は呟いた。

 

「それに、俺なんてまだ生易しいレベルの噂だろ」

「ああ、悠元か。実力のあるバイアスロン部OG二人を見事に捕まえ、狩猟部の先輩方を癒し、遭遇したトラブルを悉く黙らせた『手品師(マジシャン)』なんて呼ばれてるんだっけか」

 

 この学校は広いようで狭いので、当然噂が広まるのは早い。現在の2・3年の先輩は悠元が先代・先々代会長の弟であることも既に知っている。それだけ『数字付き(ナンバーズ)』の意味合いは大きいものでもあると達也は理解している。そして、噂はこれだけではなかった。

 

「それで、もう一つの噂に関してお兄様の意見はどうなんだ?」

「そうだな……どこぞの見知らぬ奴ならともかく、悠元なら信頼できると思ってる……どうした、レオ?」

「いや、シスコンな達也にしては真っ当な評価だと思ってな」

「俺は深雪の保護者か?」

 

 そう、もう一つの噂は悠元と深雪が付き合っているのでは、という噂だった。

 共に1年A組で生徒会役員、新入生総代とその代理を務めた2人。おまけに双方共に容姿が優れていて、達也から見ても仲が良い……そんな二人の様子からそういう噂がたっても不思議ではない、と達也は考えている。ただ、お互いが恋人という関係になるには、まだ早いのではなく“遠い”と達也は思っている。

 

 すると、教室が騒がしいことに気付いた達也がよく見ると、入り口から顔を出す様に覗き込んでいた深雪の姿があった。

 普段なら近くにいるはずの悠元がいなかったのは、彼が別の場所にいたからであった。

 

 風紀委員会室には、風紀委員長である摩利と生徒会役員なのに呼ばれた悠元の二人がいた。

 摩利は非番で、悠元も今日の仕事は既に片づけているため、既に暇である。すると、扉が開いて真由美と克人の二人が入ってきた。

 

「お待たせ、2人とも」

「失礼する」

 

 本来なら3年生のみの席に1年生が混じるという異質な状態。つまりこの時点で悠元を呼んだ理由は『三矢家』として呼ばれたことを意味していると察した。4人が席に着いた状態となったところで、真由美は話し始めた。

 

「さて、3人に集まってもらったのは先日の一件―――桐原君が行った壬生さんへの魔法攻撃の一件なんだけど……悠君はこの調書を読んだかしら?」

「ええ。深雪が目を通した後に読ませてもらいました」

 

 摩利は真由美から端末に転送してもらって目を通しており、ここにいる全員が目を通した形となっている。その上で真由美は克人に尋ねた。

 

「十文字君。桐原君に関して、何か気づいたことはない?」

「口述の調書については、桐原本人の口から聞いている以上のことは聞いていない。あれでいて力の責任を弁えている人間であることはよく知っている。流石に嘘を言っているとは思えない」

「壬生の剣が変質した、か……」

 

 ただカッとなってやったならここまで拗れなかっただろう。だが、桐原は壬生の剣そのものではなく変わってしまったことに苛立って諍いを起こした。こうなると、昨年―――つまり紗耶香が1年の時に何かしらの出来事に巻き込まれた……ダメもとで悠元は手を挙げつつ立ち上がった。

 

「すみません、ちょっと確認のために委員会室の端末を起動してもいいですか?」

「え? ええ、いいけど……」

 

 悠元はそう言って端末を起動し、そこから昨年度に限定して剣道部か剣術部に関わる案件のみを検索する。一体何を調べているのか気にかかった3人は覗き込むように見ると、高速でスクロールするモニターに息を呑んだ。

 

 風紀委員会は発生したトラブルに関して物事の大小関係なく調書をデータ化する。

 これは生徒が各々得意とする系統が異なるため、その対処の仕方を記録することでこの先就任する後輩の風紀委員達への被害を減らす目的もある。

 

 悠元は3人の視線に一応気付きつつも検索を続け、そしてそのうちの1件に目が留まった。内容は昨年の新入生勧誘週間における剣術部のトラブルで、対処したのは風紀委員長である摩利であった。

 

「摩利、これは?」

「これは覚えている。剣術部のはねっ返り共が暴れてな。お灸を据えてやっただけだ……だが、これが桐原の一件に関係してくるのか?」

「どちらかと言えば壬生先輩のほうでしょうね。彼女が習っていた剣道の道場に一度だけ行ったことがあります……確か、時期的に壬生先輩が入学する直前だったかと」

 

 新陰流は『表』となる剣術・体術の出稽古も時折行い、各流派との交流を積極的に行う。悠元も元継の付き添いという形で行った経験は何度かある。ただ、その時は剣を教えずに元継の補助に徹していたので、紗耶香の前で剣を振るうことはなかった。

 その時点で『剣道小町』と呼ばれていた紗耶香の剣筋は剣道としての剣だったことは間違いないと断言できる。前世で武術はからっきしだったのに、生き残るための術として学んだ武術が人を見る目に生かせるとは皮肉なものかもしれないが。

 

「実際にその剣を見ていれば気付いていたかもしれませんね。その時のトラブルに居合わせたのは達也ですけど、彼からすれば門外漢みたいなものですし……ただ、桐原先輩の推測は残念なことに当たってしまっています」

「!?」

「なにっ!?」

「悠君、どういうこと!?」

 

 残念そうに呟いた悠元の言葉に克人と摩利、真由美は驚く。つまり悠元は桐原の推測―――『剣道部の誰かに壬生の剣が歪められた』という証言を肯定するようなものであった。

 

「実は勧誘週間中、自分は何者かの襲撃を数回ほど受けました。体の運びからして剣道を嗜んでいる人間だとすぐに気付きました……それだけだったらまだいいんですが……」

「何かあるのか?」

「その人物は『ブランシュ』の下部組織『エガリテ』の構成員の印である三色のリストバンドをつけていました。しかも、3月に横浜で起きた一件も『ブランシュ』絡みだった……七草会長に十文字会頭、お二人の家はこの事実に気付いてましたか?」

 

 悠元が言い放った事に3人は最早絶句に近かった。そこにいるのは一介の高校生ではなく、十師族である『三矢悠元』その人であるということ。

 ここまで踏み込んだのは、この際ということで七草家と十文字家の反応を見るというものでもあった。少しの沈黙ののち、真由美が恐る恐る問いかけた。

 

「もしかして横浜ベイヒルズ東タワーで起きた事件、悠君もあそこにいたの?」

「ええ、いましたね。尤も、事件の解決に寄与したというよりも『依頼された仕事をこなした』だけですし、解決した当人には接触していませんから」

 

 その日は奇しくも深雪の誕生日だった。横浜ベイヒルズ西タワーにある日本魔法協会関東支部に、悠元は呼び出しを受けた……時間的にはこの1時間後に達也が呼び出しを受ける形となったことは悠元も把握している。

 

 呼び出した人物とは四葉家現当主である四葉真夜。そして彼女の付き添いである筆頭執事の葉山。二人からは『今日ここで起きる襲撃の証拠隠滅』を依頼された。

 沖縄防衛戦における“不可視の戦略級魔法”を放ったことは深夜経由で伝わっており、情報操作を期待しての呼び出しだった。

 

 その辺の操作は手持ちの魔法で十分可能だったし、万が一の場合は即興で魔法式を編み出すつもりだったので、幾分か気は楽だった。犯人を捕まえろなどとも言われなかった分、自分の仕事は楽ともいえた。それに、自分は達也の秘密を知っている外部の人間である以上、その対価を支払っただけに過ぎない。

 

 ただ、その報酬として支払われたものは驚異というか驚愕というか……これは、機会があれば話すことにする。

 

「……誰からの依頼なのか、それは言えないのか?」

「ええ。依頼主(クライアント)からの意向なので。魔法協会から依頼主を経由して引き受けた仕事です、とだけ。父から聞き出そうとしても無駄ですよ? この件に関して言うなら、父は協会からの要請を受けて『自分が仕事を引き受ける許可』を出しただけですから、内容も知りません」

 

 克人の言葉に対してそう答えた上で、悠元は3人に対してハッキリと述べるように言い放つ。それは、この件をしっかりと対処しなければ容赦はしないという裏返しともいえる発言であった。

 

「三矢家は既に『ブランシュ』とつながりのある人物の目星も付けています。この際だから言いますが……仮に誰かを犠牲にして『ブランシュ』のことを隠すというなら、この件の情報は全て上泉家に伝えます。これは自分と三矢家現当主、三矢元の決定です」

 


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