魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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前の話から始まっていますが、細かいことは気にしないでください。


師族会議 前編

 師族会議の会議場から和樹が退出し、克人が鍵を閉め直した上で席に座った。十文字家の当主交代という事柄があったが、改めて議長役を担う九島真言が口を開く形で師族会議が始まった。

 

「それでは、改めて師族会議を始めます。まず各担当地域に関する動向をお願いします。一条殿」

「北陸・山陰方面に目立った動きは無い。ただ、『ハロウィン』で被害を受けたウラジオストク軍港が早くとも今年5月の半ばに復旧完了するという情報提供があり、佐渡島の防衛体制も含めて一層の警戒は必要と考えている」

 

 剛毅は『灼熱と極光のハロウィン』で被害を受けたウラジオストク軍港の復旧作業を注視しているが、それ以外の動きとみられる軍事的な行動の兆候は確認できないと報告した。

 

「六塚殿」

「東北方面に目立った動きはありません。人間主義者の侵食も現時点では確認されていません」

「二木殿」

「昨年末頃の『伝統派』の和解騒動の後、特に阪神方面の反政府活動は大きく減っております。目障りで掃除したく思っていましたが、恐らく古式の術者によるものでしょう。この偉業ともいえる事を為した方が何方かは存じませぬが、頭が下がる思いです」

 

 温子は東北方面に異常がない事を報告し、舞衣は問題が起きていない山陽方面に触れず、阪神方面(主に大阪)の反政府活動が『伝統派』の和解騒動(神楽坂家による一括交渉の為、師族会議には一切報告されていない)に連動する形で激減していることに触れた。

 舞が感謝の言葉と共に『伝統派』の名を出したことで真言は冷や汗を掻きつつも、冷静を装って議事を進める。

 

「では、五輪殿」

「四国方面に目立った動きはありません」

「八代殿」

「阪神方面の影響からか、北九州地域の反政府活動は小康状態にあります」

「そうですか。今後も注視を怠らぬ様に」

 

 勇海は四国方面に関して特に問題は無いと述べ、雷蔵は舞衣の述べた報告に影響していると述べつつ現状の様子を伝えると、真言は誤魔化す様な形で注視の継続を促した。

 

「七草殿」

「関東地方は反魔法主義の活動が活発化の兆しにあるものの、メディア関連では大きな動きになっていません。昨春の神坂グループによる大規模なTOBによって凡そ4割近くのメディア媒体が神坂グループ関連の傘下となり、その対象に含まれなかったメディアが『二の舞を演じたくない』と怯えているものと思われます」

 

 昨年春の悠元によって仕掛けられたTOB制度を利用した国内外のメディア買収(文字通りの会社買収)工作により、国内の約4割にもおよぶ民間の報道機関が神坂グループ、あるいは神坂グループと提携を結んでいる別のグループによって買収された(その中にはホクサングループも含まれており、約1割を買収している)。

 

 反対活動を起こしても焚き付けるメディアが存在せず、未だに残っている反魔法主義の傾向があるメディアも下手に記事を書けば「次は自分たちの会社が買収されて追い出される」と戦慄しており、書きたくても書けない状況を生み出している。国外では神坂グループがUSNA最大手のメディアを現金一括で買収したことにより、その信憑性がより高まっていた。

 

 しかも、相手は個人のものも含めると国家資産規模の資金を有する古式魔法師の大家による大財閥。政財界でも喧嘩を売ることすら“御法度”のレベルに達する神坂グループに正面切って喧嘩を売るのは、正しく自爆テロに等しい行い。

 弘一はその辺の事情の一端を知っている側の人間だからこそ、その事情も交えつつ正確な情報を報告した。

 

「それと、横須賀方面に不穏な動きがありました。破壊工作員が侵入を図っているのかもしれません」

「十文字殿も同じお考えか?」

「反魔法主義に関しては、我が十文字家も七草殿と同じ評価です。破壊工作員については当家でも掴めておりません」

「ふむ、人間主義者に関しては後程詳しく話し合いましょう」

 

 弘一の報告を聞いた上で真言が問いかけると、克人はこの部分に関して情報共有はしているが、破壊工作員の手掛かりは掴めていないと話す。人間主義に関する議題は各家の報告の後に話し合うこととして、真言は真夜に問いかける。

 

「では、四葉殿」

「中部・東海方面ですが、関東方面でのメディア抑制の動きと京都・奈良方面での古式魔法師の動きに連動して、古式の術者が人間主義者を“神の名を騙る異端者”と水面下で弾圧している動きが確認されました」

 

 東京都心を中心としたメディア買収、京都・奈良の『伝統派』の和解によって正当派の古式魔法師が一丸とした勢力を築く形となった事が融合した結果、元々『伝統派』において過激派であった奈良の古式魔法師が「九」の家に向けていた復讐のエネルギーを全て人間主義者に向けていた。

 曰く「護り手に楯突く愛を伴わぬ異端者はこの国から出ていけ」という主張を掲げ、元々公安などにマークされていた危険人物に属する人間主義者を水面下で弾圧していた。

 主に金剛山などの僧兵・修験道や陰陽道系の術者によるものが多く、四葉家もこの動きは確認していたが、単に暴走しているのではなく公安などが黙認した上でのことなので、裏的には超法規的な方法によるものと推察した。

 

「ですが、人間主義者の動きは予断を許さない状況が続くでしょう。それと、七草殿に十文字殿」

「四葉殿、何でしょうか」

「伊豆方面に不審な動きがあります。監視体制を強化されることをご提案します」

 

 真夜は弘一と克人に対し、二家の監視地域である伊豆半島方面で不審な動きがあることを述べつつ監視の強化を“提案”という形で要請した。この時ばかりは弘一も社交的な要素以外も含んだ笑顔を覗かせたが、真夜はそれを見ても関心を寄せることはなく、ただ事務的に返すだけであった。

 

「分かりました。具体的にどのような動きがあったのか、教えて頂いても構いませんか?」

 

 そう返すのは克人で、年長者に囲まれても気後れするような様子は見られない。以前父親の代行として師族会議に参加していた経験もあり、重々しい声で真夜に尋ねる。

 

「宜しいですわよ。先週、北米航路で横須賀港に到着した小型貨物船が、現在沼津港に停泊しております。その貨物船をUSNA大使館が所有するクルーザーが観察しておりました。現在、大使館のクルーザーは姿を消しておりますが、監視は続いているようです」

「四葉殿、クルーザーの行方は御存じありませんか?」

「存じません。公海にでも浮かんでいるのではないかと思われますが……三矢殿は何か御存知ではありませんか?」

 

 弘一の問いかけに対して無責任な風にも聞こえるような口調で答えつつ、真夜は元に話を振った。

 三矢家は関東地方を監視する七草・十文字家(調査の分野は七草家の管轄で、十文字家は有事の実戦闘要員としての性質が強い)とは異なり、監視・守護する地域を持たないが第三研の関係で国防軍と繋がりが深く、家業に関しても悠元による国防軍のコネによって国防軍お抱えの小型兵器関連企業という形で国防軍から保障されることとなった。

 主に本拠地である神奈川全域とその周辺海域を監視対象としつつ、海外の軍事関連を主とした情報収集を担っていた。一条家にウラジオストクの状況を伝えたのも三矢家によるものだ。

 

「その大使館のクルーザーについて調べたところ、先週の火曜日に房総半島と大島の中間海域で停泊していて、そのすぐ近くを相模灘から南進してきたUSNA海軍の駆逐艦とすれ違っていたのが確認されました」

「ただ近くを通っただけ、とは考えられないのですか?」

「国防軍から情報提供を頂いたのですが、成層圏監視カメラの解析によれば、クルーザーと駆逐艦がすれ違った際にぼんやりとした影が映ったそうです。情報提供者の分析では、その現象は魔法を使った光学迷彩によって起きる現象に間違いないと述べていたので、クルーザーに乗り込んだのは魔法を巧みに扱えるUSNA軍の兵士―――もしかすると、スターズの人間が乗り込んでいる可能性もあるでしょうな」

 

 元の述べたことに対して弘一が問いかけると、元は悠元から受けた情報を開示した。その情報提供者を“国防軍の人間”としたのは、悠元が現在国防陸軍総司令部所属の特務参謀であることを内密に知らされているからだ。加えて、独立魔装大隊に所属する藤林響子中尉の所見も貰っているため、元も間違いないだろうと納得していた。

 

「では、小型貨物船に関しては現在のクルーザーの行方も含めて当家で調べておきましょう。三矢殿の可能性が全て真だった場合、その貨物船がUSNAからの人間主義者のテロ要員を運んできた船の可能性が極めて高くなります。沼津は四葉家の担当地域ではありますが、横須賀港に寄港している関係もありますので、こちらでフォローいたしましょう。三矢殿もそれでよろしいでしょうか?」

「こちらは一向にかまわない。どうかお願いする」

「ええ、お願いいたしますわ。それで九島殿、そちらの方面は如何なのでしょうか?」

 

 弘一が元の述べた情報提供者が悠元であると確信しつつ、それには触れず纏めに掛かった。

 元と真夜もそれに異議を唱えることなく頷き、顧傑の貨物船とカノープスのクルーザーに関する議題はこの後出てくることはなかった。

 そして、真夜から投げかけられた言葉により、一同の視線は議長役を務めている真言に向けられた。

 

「京都・奈良の『伝統派』が正統派と和解して消滅したことにより、以前よりも反政府活動は目に見えて減っている。滋賀・紀伊方面もそれに呼応する形で反政府活動が激減しているが、人間主義者のこともあるので油断はできない状況と考えている」

 

 真言も最初、この報告を聞いた際は青天の霹靂のような心境だった。

 長年対立関係にあった『伝統派』が突如解散したこともそうだが、それをなした人間を調べても正体が判明しなかったからだ。先代当主で父親の烈に聞いても「こればかりは私も分からなかった」と述べており、心当たりが無いということでその調査は打ち切られたのだ。

 「九」の家に対する敵愾心も大幅に減ったものの、あくまでも古式魔法師の中で和解が成立しただけであって、友好的なムードと程遠かったのは事実であった。

 

 議長役の真言が締める形で九島家の報告を行い、各家による定例の報告が済んだところで会議の雰囲気が変わった。いつもならば弘一が先陣を切っていたが、今回は珍しい人物―――勇海が声を発した。

 

「九島殿。お時間を頂戴したいのですが、よろしいでしょうか?」

「五輪殿? ええ、構いませんよ」

 

 勇海からの申し出に真言は少し驚くものの、定例の報告は済んでいるため、真言はその申し出を了承した。それを見た上で勇海は元に視線を向けた。

 

「三矢殿。先日出させて頂いた件―――長男の洋史とそちらの次女である佳奈殿の婚約の件に関して、この機会に返事をいただきたく思いまして。あと、既に三矢の籍を抜けてはいますが、神楽坂悠元殿に長女である澪の婚約を申し込みました」

 

 これには他の参加者も驚いていた。五輪澪はこの国で唯一の国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人。それを擁する五輪家が澪を元の息子である悠元へ嫁がせることに注目が集まるのも無理はないが、元は勇海が述べた前半部分に関して回答を述べる。

 

「五輪殿。それに関してですが、佳奈にこの件を尋ねたところ『申し訳ないけど、とてもそういう感情は抱けない』という風に述べておりましてな。加えて佳奈は既に四葉家次期当主の婚約者として申し込んでいる以上、洋史殿に対して思考を割く余裕はない、と否定的でして」

「……互いに会って話し合うのにも気が進まない、と?」

「断言はしていませんが、そういう雰囲気を纏っていたのは事実です。とはいえ、付き纏わられるのも困るので、双方の親同伴での話し合いには応じる、と申しておりました」

 

 五輪家を選ぶにせよ、四葉家を選ぶにせよ、既に元治経由で結ばれた繋がりを考えればどちらでも構わない、と元は選択の権利を佳奈に与えた。それでも佳奈は「洋史さんには何かこう……面白みがない」と五輪家との婚約に否定的だった。

 とはいえ、洋史がストーカーのような行為に走られても困るということで、最後のチャンスという形で話し合う機会は与える、という佳奈からの伝言を元は勇海に伝えた。

 

「ええ、それで十分です。洋史は三矢殿や次期当主のご長男殿のように好いた相手と結婚できるのが羨ましいのでしょうね」

「これはお恥ずかしい。しかし、息子は中々に慎重でしてな。漸く子を授かれたことに一安心です」

「あら、初耳ですわ。三矢殿もとうとう祖父になられるのですね」

「気が付けばそうなっていた、ともいいますがね、四葉殿」

 

 十師族の当主・次期当主となれば、自身の感情を押し殺してまでも世継ぎのため、家を次代以降に残していくために政略結婚する場合が多い。元の場合は相手が護人・上泉家の娘だったからこそ恋愛結婚できたのであり、元治の場合は剛三の仲介があったからこそ成し得たことだ。

 元の言葉に真夜は驚くような素振りを見せつつ、茶目っ気を混ぜるようにお祝いのニュアンスも含めた言葉を贈ると、それに対して元は苦笑を覗かせつつ返した。

 すると、この流れを機と見たのか、剛毅が口を開いた。

 

「これに託けてしまう形となるが、四葉殿。先月出させて頂いた婚約に関する質問状に対しての答えを頂いていない以上、ここでお答えを聞きたいのだが可能だろうか?」

「ああ、貴家の将輝殿と当家の深雪の婚約が可能かどうか、の件でしたね。申し訳ありませんが、それは出来ないとお答えするしかありません」

 

 剛毅が婚約の申し込みをするのかと身構えたところで、実際に来たのは質問状だったために真夜も思わず肩透かしを食らったような気分を抱き、これには葉山も思わず苦笑を禁じえなかったほどだ。

 そんな心境のことはともかく、真夜は敵対ムードを敢えて見せずにまずは柔らかな口調で剛毅の質問に“ノー”の回答を突き付けた。

 

「理由をお伺いしても宜しいか?」

「ええ、構いませんわ。今回の婚約―――神楽坂家当主の悠元殿と当家の深雪の婚約を“政略結婚”と捉えている方がいるようですが、その前提条件が根本的に異なります」

「というと?」

「何せ、二人は婚約者になる前から恋人としてお付き合いしていましたから。それも一昨年の夏から、と姉から聞いております。しかも、悠元殿は当時三矢の姓を名乗った状態でです」

 

 これには剛毅のみならず、円卓に座る殆どの人間が驚いていた。すると、ここで口を出してきたのは弘一だった。

 

「確か、悠元殿は高校入学を機に達也殿や深雪殿が暮らす司波家に居候されていましたね。もしや、慣習破りの婚前交渉を目論んでいたのですか?」

「勘違いしないで下さいな、七草殿。元々居候の提案は私の姉である司波深夜が提案したものです。私は事情こそ聞かされましたが、四葉はそれに関して全く関与していませんわ。それを婚前交渉などと勝手に評するのは性根や品性を疑いますが?」

「口を挟むような形になるが、その件は当事者である悠元と司波家の間でのことで、私や三矢の人間は一切関与していない。勝手な言いがかりで決めつけられては困りますよ、七草殿」

 

 人の上げ足を取るような物言いに対し、真夜と元が続いて反論した。双方共に事情こそ聞いたが、最終的な判断は居候する上で関係者となる悠元・達也・深雪の意思を確認した上で判断させる形とした。

 ここには深雪の恋愛感情もあった訳だが、この時点でそこまでの事象に発展する可能性があったとすれば、深雪が暴走して悠元を押し倒し、既成事実を作る可能性ぐらいだろう。

 




 三矢家の立ち位置が大分強化されたことで、クルーザー関連の情報も大分出るような形になりました。そして、婚約関連は達也と深雪ではなくなったために七草家周りの会話をバッサリカットしています。

 優等生アニメを見ていて思ったのですが、物語の構成上仕方がないとはいえ、一科生の男子組は定期考査も器の大きさも女子組に負けているという自覚がないのでしょうかね?
 どこかの弓兵が聞いたら、「そんなプライドなど犬にでも食わせてしまえ」とか言いそうですね。絶対食中毒起こしそうなプライドのような気もしますが。

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