烈が今まで見せたことのないような苛烈な視線に、こればかりは弘一も座ったままではあるが頭を下げる事態になっていた。真言の表情が強張った状態であることも察しつつ、烈は言葉を続けた。
「真夜。師族会議が成立する前のことだが、私は既に亡くなった『かの方々』に脅され、其方を含めた四葉を売る真似をした。30年以上も経っておきながら謝罪の一つすらしなかった私のことを
「先生……頭をお上げください。元々持っていた感情ならば先生とお呼びすることも許せないほどに怒っていたでしょうが、父と姉に救われた際に先生との関わりもまるで他人事に感じてしまうようになりました」
本来ならば、真夜はその被害者として烈を非難する権利がある。だが、真夜はその選択肢を選ばなかった。ここで親の敵として烈を殺したところで、彼を慕う者たちが四葉に敵意や殺意を向けてこないとも限らないからだ。
一度過ぎてしまった過去を取り戻すことなど、魔法という力を以てしても不可能に近い所業。それを可能としているであろう人物の存在を真夜は知っているが、知っているからこそ真夜は今の状況を受け入れていた。もし女性としての幸せを再び手に入れたとしたら、真っ先に彼へ嫁ぎたいと思ってしまうからこそ、真夜は自分のことで今まで苦しんでいた姉とその子に幸せになって欲しいと願った。
それと、もしそれが明るみになれば、過去の婚約を持ち出す輩が出てこないとも限らない。だからこそ、真夜は自分の血を引く達也だけで十分と考えた。
「それと、私の父が遺した手紙には先生のことについても触れてありました。父は先生が四葉を売ったことに気付いていましたが、それを承知の上であの復讐劇を完遂したのです。『烈が犯した罪を許せとは言わないが、烈も含めて“持たざる者の苦しみ”を理解してやれ』―――それが父の最期の言葉でした」
対抗手段として達也という最凶の
「なので、私は許します。お叱りの役目は他に相応しい方がいると思われますので」
「真夜……本当に済まなかった」
もし、烈が四葉の情報を売らなかったとしても、当時四大老にいた青波の父親である東道氏が四葉を調べ上げることも可能であった。弘一と真夜が台北の交流会に参加していなかったとしても、別の機会に狙われた可能性も考えられた。
烈の存在の有無を比較すると、もしかしたら真夜ではなく深夜が狙われた可能性だってある。過ぎた過去に“
それに、烈が態々出てきた理由は弘一も含んだ九島家の対応であり、真夜への謝罪はそれに託けた形でのもの。四葉を貶めた罪は烈自身の罪であり、本人も償う姿勢を見せている以上は自分がここで追及することなど「野暮である」と真夜は感じた。
「それで、先生。ご自身のことはともかくとして、七草殿のことも含めてどのように取り成されるおつもりでしょうか。それを私も含めたここにいる皆様が気になされております」
正直、烈はこの場で真夜の『
烈は今更ながらという面持ちを見せて「私は最後まで元造に勝てなかったのだな」と思いながらも、真夜の言葉によって周囲の視線を感じたので、気を引き締めるように真剣な表情を見せた上で告げた。
「そうだな……これは神楽坂家との約定もあっての話となるが、九島家は七草家の十師族存続と引き換えに十師族の座を降りて師補十八家のひとつとなり、以降15期にわたって十師族への昇格の資格を剥奪していただきたい。
「先代……それは!?」
15期―――つまり、烈の死後も含めて今後60年、九島家は十師族への昇格権を失効するという
「真言。お前には周公瑾に直接便宜を図った罪がある。周公瑾から送り込まれた大陸の道士の件で、一条家と四葉家、三矢家や六塚家に十文字家だけでなく、千葉家や吉田家、果ては上泉家と神楽坂家にまで迷惑を掛けている」
「なっ……!?」
大陸の道士―――それに“洗脳”された『伝統派』によって、当事者側の四葉家だけでなく関東方面にも京都や奈良の古式魔法師が出没して狙われる事態になったことを烈は聞いている。十師族の半数だけでなく百家の一部や古式の家、更には護人の二家まで巻き込んだ以上、このまま十師族の座に居続ける事こそ十師族に相応しからぬ振る舞いである、と強く感じた。
「更に、昨秋の護人・神楽坂家が成した『伝統派』の和解という大業。本来であれば『九』の家が成さなければならぬことを今代の神楽坂殿が成し得たことも含め、お前が自ら言い出さなければならなかったことだったのだ―――無論、私も含めて」
「先代……父上!」
「大罪を犯した私が言えた台詞ではないが……真言、お前には失望した」
烈の口から述べられた『伝統派』の和解に悠元が主に関与している事実は参加者を驚かせていたが、烈から言い放たれた痛烈な失望の言葉に、真言は力を失ったように項垂れた。その様子に対し、口を挟んだのは真夜であった。
「先生、もう宜しいのではありませんか? 九島家として責任を取られるというのであれば、四葉家もそれで納得いたします。七草殿には今後の貢献で不祥事を償っていただければ結構ですわ」
こればかりは先程のことも含めて音頭を取った方がいいだろう、という真夜の想いもあったが、烈が
現状、十師族の勢力でいえば四葉・三矢・七草が拮抗した勢力を有している。ここで七草家が離脱するようなことがあれば、三矢家に大きな負担が掛かってしまうことになる。真夜の姪婿(現状は婚約者だが)は三矢家の縁者であるだけに、迷惑を掛けてしまうのは失礼だという真夜の考えもあっての発言だった。
「四葉殿がそう仰られるのであれば……」
「確かに今、七草殿に十師族を抜けられると穴が大きすぎますな」
温子と雷蔵は真夜の言葉に理解を示しつつ、弘一に対して厳しい目を向けていた。その弘一はというと能面のような無表情で顔を俯かせており、これには真夜も「珍しいものが見れた」と言わんばかりに口元に笑みを浮かべた。
「皆、失礼をしてしまったな。行くぞ、真言」
烈の言葉に、真言は覚束ない様な足取りながらも議場の外へ出て行き、烈が改めて「本当に申し訳なかった」と頭を下げた上で扉を閉めていった。色々驚くようなことばかりで言葉が出てこなかったわけだが、ここで元が言葉を発した。
「二木殿。議長役の九島殿が抜けた以上、次点となる貴殿が議長役を務めることになるわけですが、大丈夫ですか?」
「え、ええ。お気遣いありがとうございます、三矢殿。では、九島家に代わる十師族を決めなければなりませんね」
「そうだな。三矢殿、どなたか心当たりはおありか?」
本来、任期途中で何らかの事由により十師族としての責務が果たせなくなった場合、他の九つの師族による推薦と合議で補充メンバーとして師補十八家から選ばれることがある。明日は十師族選定会議なので無理に選ぶ必要もないだろうが、日本魔法界の秩序に立っている十師族の座を空席にしたままとするのは沽券にもかかわってくる話となる。
先程まで議長役であった真言が抜けたため、その次の年長者となる舞衣が補充メンバーの提案をし、剛毅が賛同した上で元に尋ねた。
「柵などを一切無視するならば、堅実な選択肢として七宝殿が適任であると私は思いますが」
「あら、三矢殿も七宝殿を推薦されるおつもりでしたか」
「というと、四葉殿も?」
「ええ。七宝殿は配下の魔法師は少ないですが財力もなかなかのものですし、当人は思慮深い方ですので」
七宝家は旧第七研の絡みで七草家と確執を持つが、元と真夜の推薦に対して弘一は異論を一切唱えようとせずに無反応を貫いた。この反応は剛毅、勇海、克人が見ていた。弘一の態度は事実上の黙認ということで捉えた舞衣は周囲に視線を送るが、特に異論を唱えるものはいなかった。
「それでは、十師族の新たなメンバーは七宝殿に決定いたします。一日限りではありますが、直ぐに七宝殿へお伝えしましょう」
「では、私が」
「それならば、一度休憩に致しましょう。再開は30分後で如何ですか?」
舞衣の提案に反対の声を上げるものはいなかった。
◇ ◇ ◇
師族会議の内容は部外秘だが、その内容を外部に漏らしているのはどの家でもやっていることだ。そして、今回の会場が神坂グループ―――その経営母体となる神楽坂家としても、師族会議の内容は当然把握していた。
神楽坂家の離れでは、胡坐をかいて向き合う一組の男女がいた。片や神楽坂家先代当主にして『
悠元の横には端末があり、それを介して表示されている仮想モニターには師族会議の様子が鮮明に映っていた。
「真夜ちゃんは現実的な判断を下したね。しかも、他に十師族の当主がいる中で烈を許したから、相対的に四葉家の価値を高めることになる。それに引き換え、あの小僧は……」
「……母上は御存知だったのですか? 九島閣下が四葉を売ったことを」
「まあね。とっとと処分したかったんだけど、“素体世代”の連中が煩くてね。厳密には、それを送り出した
“素体”というのは十師族を含めた各魔法技能師開発研究所で生み出された実験体の親世代。そのどれもが古式魔法に連なる家系であるのは事実だった。
例えば四葉家は
千姫が言うには、九島家の素体世代―――九島烈の祖父母の家である
「実を言うと、上泉信綱に天神魔法を教えたのが
「
「全くだよ、ホント」
しかも、九条家は信綱の妻として娘を送り出しており、過去のこととはいえ上泉家と神楽坂家にとって九条家は無視できない存在とも言える。
旧第九研のテーマが『合理化し再体系化した古式魔法を現代魔法として実装した魔法師の開発』のため、その素質に見合った者として九条家の人間が選ばれたのだろう。陰陽道を継承した家も公家(明治時代以降は華族)として扱われていたので、他の公家が古式魔法を会得していても不思議ではない。四十九院家に繋がる白川家やこの世界の吉田家もその公家の一つだった。
「あれ? でも、九条家が天神魔法を持っていたなら、何故九島家にその一切が継承されなかったのですか?」
「実を言っちゃうとね、九条家が『
「家伝の相続ですか?」
神楽坂家は裏の一族として朝廷の庇護者となっていたが、そのことを公家が何も知らない筈などない。そこで、神楽坂家は表向きの公家として摂関家であった
皇族に近い血を引く娘を宛がわれる以上、文句など出るはずなど無く、公家全体の歴史から見れば神楽坂家の血縁者が嫁いでいない公家を探す方が早いぐらいだ。藤原氏の栄華を極めた
話を戻すが、元々表の天神魔法は安倍氏や賀茂氏の血縁―――土御門氏が管理していたわけだが、当時の当主が応仁の乱を切っ掛けとして戦火で疲弊した京(現在の旧京都市)を離れて陰陽頭としての職務を放棄していた。その際、天神魔法の伝承は京から持ち出すことへの忌避感から九条家に預けられ(土御門家は近衛流だったが神楽坂家と距離を置かれていたためと、当時は戦国大名の
当時の神楽坂家当主は江戸に首都が移ることを予見し、京以東の蝦夷(北海道)・東北・関東・甲信越・東海の護りを上泉家に託すべく、九条家を通して表の天神魔法を土御門家に戻すことなく上泉家に継承させた。
「土御門家からすればたまったものじゃないかと」
「当時の当主は『帝に降り掛かるであろう火の粉を回避するための上奏を行うべき
結局、陰陽道宗家を巡ってまた闘争を繰り広げた土御門家(彼らからすれば、実力を示せば天神魔法が戻ってくると見込んでいた)に神楽坂家が完全に見切りをつけて、上泉家に天神魔法の伝承に関する正当な証明として娘を宛がったことに繋がった。
土御門家からすれば、江戸幕府から陰陽道の権威として認められたものの、肝心の天神魔法に関しての技能継承は、いくら陰陽道の免状を管理する立場を得ても許されなかった。陰陽道としての
元々神楽坂家は表立って安倍氏・賀茂氏の係累や陰陽師と自らを呼称することなく朝廷に仕えていたし、表向きは五摂家の一つである鷹司家の傍系という体(当時の神楽坂家当主の側室として鷹司家の娘が嫁いでいた)を取っていた。
皇族や五摂家という外戚を得ている以上、家格という意味では同じ陰陽道を継承していても全く立場が異なるというわけだ。当時の神楽坂家当主がガン無視できた理由も頷けるというものだ。
「魔法のノウハウは失われても、技術ぐらいは残っていたと思うのですが」
「公家は手を汚すことを忌避するからね。天神魔法を恐れて伝承しなくなっちゃったんだよ。神楽坂家の場合だと継承の過程で断絶した武家の娘を引き取ったりもしたし」
「その中には
「含まれてるね。分家の伊勢家は伊勢平氏の正当な家系だから」
この内容が非常に驚きだった。何せ、史実では死んだとされていた
「そのお陰で
「歴史学者が知ったら、泡を噴くどころか青天の霹靂ですよ。というか、皇室に渡さないのですか?」
「これが所謂“
正直な話、聞いているだけでもこの国の歴史があらゆる意味で“壊れている”と思った。ちなみにだが、戦国の三英傑と謳われた
尚、当時から信長は糖尿病(その当時は飲水病とも言われた)を患っていたが、神楽坂家の術者が数ヶ月を掛けて陣を敷き、『天陽照覧』で信長を若かりし頃に戻したという記録が残っていた。それを機に信長は自らの名を捨て、神道に携わる人間として人生を全うした。それでも過去の一向一揆のことから仏教のことを嫌っていたらしい。
まあ、10年以上も仏僧と争いを繰り返していたら、正直嫌になるのも無理はないだろう。
あっさり許すのはどうかという意見もありそうですが、現実的な問題として良くも悪くも烈の人脈はかなり広範囲に存在しているため、個人の感情で簡単に殺せないというのがあります(この辺は原作で彼を殺した光宣が経験する羽目になっていますが)
なので、真夜としては悠元の能力の秘匿も含めて烈を許す方向に舵を切りました。その行いで四葉家の器の大きさを他の師族に知らしめるという思惑も含んでいます。
後半はオリジナル設定満載ですが、最初は九島家のルーツを“工藤”もしくは“宮藤”にしようかと思っていました。
ですが、師族二十八家を含めた魔法技能師開発研究所のメンバーと四葉家の家系構成を見た際、四葉家の構成を他の研究所でも当て嵌めると、各研究所の実験体とされた彼らは数字ごとに同じ血族の可能性が高いのではと思いました(一条家に対抗心を抱いている一色家の人間が傍系の血縁とはいえ剛毅の妻になっていることから、血縁的に繋がりがあっても不思議ではないかも知れない、と思ってます)。
原作の師族会議でもこの遺伝関係が結構重く圧し掛かる様な言い方をしているあたり、否定できる材料がないんですよね。
だとするならば、悠元や達也から見て祖父世代が従兄弟(従姉妹)の可能性がありますし、「九」の家の先代当主達の連携が取れているのもその関係がある可能性が高いです。母体の問題は十文字和樹が「試験管ベビー」だったことから、ある程度は解決しているでしょうし、代理出産という方法もあったかもしれません(当時の状況的に、人道的にどうなのかという問題は置き去りにされていたでしょう)。
『元老院』の特性上古式魔法師を抱えていることが多い(東道青波が古式の術者である様な文言が見られる)ため、血の繋がりを鑑みるに各研究所の素体は間違いなく古式魔法師の可能性が高い、と睨んだ次第です。
あと、エクストラとなった名前の変化が訓読み・音読みの変化や綴りの響きを結構意識しているため(例だと
以上の点を鑑みて、名字のニュアンスと古式魔法を持っていそうな家系ということで九条の名字を選択した次第です。