魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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閑話 ハンス・エルンストの七難八苦

 私の名はハンス・エルンスト。ドイツのしがない軍人魔法師として普通の軍人よりも高い給料を貰って生活している。そんな私だが……今(西暦2096年12月10日)、極寒ともいえるモスクワ郊外にいた。ドイツの軍人が新ソ連(新ソビエト社会主義共和国連邦)の、しかも首都近郊にいるというだけで射殺案件ものだが、これには理由があった。

 

『イワンの戦車が見えたぞ、エルンスト! さあ、飛ぶんだ!』

「……何時も無茶を言いやがるな、“ハンス”は」

 

 自分のことを名前で呼んでいるようにも聞こえるだろうが、実は違う。ある日を境に、私の中には別の人格が宿った。彼の名は“ハンス=ウルリッヒ・ルーデル”―――ドイツの軍人を志すならば避けて通ることが出来ないとも言われる史上最高峰の爆撃機乗り(エース・オブ・エース)

 

 きっかけは約1年前―――日本で起きた『灼熱と極光のハロウィン』の影響が残っていた時、19歳になったばかりの私は新ソ連への潜入捜査を命じられ(所属の部隊内で独身だったのがハンスしかいなかったため)、せめてもの神頼みということで街の教会に行って祈った。正直、神に祈ってもそれが返って来るかどうかなんて分かったものではない。とはいえ、信仰している以上は無碍にも出来ない。

 

 刻々と近付いてくる任務の足音に悩みを抱えていたある日、南米にいる義理の伯父―――現在南アメリカ連邦共和国初代大統領となっているディアッカ・ブレスティーロから贈り物が届けられた。

 

「伯父さんの奴、今度は何を贈ってきたんだ?」

 

 伯父は神に対する信仰が強く、それを政治の場に出すことは決してしないが敬虔なキリスト教徒として知っていて、そんな真面目さに私の伯母(ブレスティーロ大統領夫人)も惚れたことはさておき、大抵御守りとか十字架を贈ってくることが多い。曰く「安全祈願」らしいが、これには私も苦笑いであった。

 今度は一体何の贈り物かと取り出すと、それは見るからに高そうな十字架のネックレスだった。同封された手紙によると、「知り合いが暇つぶしに石を圧縮していたら出来上がった代物」らしく、御守り代わりになるだろうと送ったそうだ。

 しかも、その人物というのはかの英雄こと上泉剛三の縁者らしい。

 

「……伯父さん、とうとう頭でも打ったのか? 馬鹿らしくて信じられねえよ……寝るか」

 

 私は「どうせ夢でも見ているのだろう」と思って眠りに就いたわけだが……その日の夜、夢の中で彼と出会う羽目になった。

 

―――やあ、ハンスとはいい名前じゃないか。私と同じ名を呼ぶのは混乱しそうだから、君のことはエルンストと呼ばせてもらおう。私はハンス=ウルリッヒ・ルーデルという。イワンが大嫌いな飛行機乗りだ。

 

―――……誰だあああああああっ!? いや、え、あのルーデル殿ぉっ!? てか、夢の中で意識があるってどうなってんだぁっ!?

 

―――カルシウムが足りていないな。牛乳を飲むと良い。

 

―――怒ってるわけじゃねえよ!! 色々驚いてるんだよ!!

 

 それからというものの、私の肉体の中に二人の“ハンス”の精神が同居するという普通ならば有り得ない(魔法師でも聞いたことがない)状況が発生しており、念のために健康診断を受けたが、特に肉体的変化は認められなかった。

 ただ、ルーデル(彼曰く「私はとうに死んでいるので、君は相棒みたいなものだ」とのことで呼び方も含めて敬語禁止になった)の飛行機乗りとしての神業にも等しい操縦能力や強靭な精神、それに私の持つ魔法技術が奇跡的に噛み合い、本来私が使えなかったレベルの威力を叩き出す魔法を行使することに成功してしまった。

 更に、FLTで発表された飛行デバイスの存在により、ルーデルの飛行機乗りとしての血が騒いだ。

 

 ここで説明しておくと、私は遠隔操作系の魔法が苦手だが、その反面自身からただ放出するだけの魔法は得意であった。しかも、細かいサイオンコントロールが苦手で、軍から試験的に貸与された飛行デバイスを使うのにも四苦八苦していた。

 そこに魔法技術を知ったルーデルという化物クラスの精神が憑依したのだ。結果として何が起こったのかと言えば……自身の肉体に物理干渉装甲を纏って超高速で敵兵や敵兵器に突撃するという私にしか出来ない突貫戦法が確立してしまった。

 

『これは楽しいな。そうだろう、エルンスト』

「いやあああああああっ!?」

 

 ルーデルと言えども元は生身の人間だったので、戦闘機を駆る以上は航空力学という物理法則に勝てなかった。だが、飛行デバイスには飛行機のような翼が要らない以上、私当人の肉体さえ持てばいくらでも自在に飛べてしまう。

 過去ルーデルの後部座席に座った人たちが仮に生きていたら、揃ってこう言ったかもしれないだろう。

 

『本当にご愁傷様である』と。

 

 だから、私はひたすらに鍛えた。もう逃げられない以上は必死に鍛えまくった。加えてルーデルの飛行魔法制御に何度も気絶させられ、気付いたときには全身がボロボロになっていたため、上官からは寧ろ心配されたほどだった。

 

『今日もイワンの戦車が大量だな。例の戦略級魔法師とやらが出てこないが』

「そんなのを首都近郊で使ったらあっちが大惨事だ」

 

 そして、新ソ連に潜入した私はソ連嫌いのルーデルに引っ張り出される形で暴れることになり、姿を一応スモーク付きのヘルメットと防寒も兼ねた特殊スーツで隠しているため、新ソ連から「魔王の再来(リターン・オブ・ルーデル)」という異名まで得てしまった。皮肉にも間違っていないというのが一番性質が悪い話だと思う。

 

 この活躍が切っ掛けで、新ソ連国内にいる反体制派と出会うことが出来た。リーダーは所謂精霊信仰に詳しい人間らしく、私の中にいるルーデルの存在にすぐ気付いた。彼に事情を説明すると、彼からは寧ろ同情された。

 

「五体満足で国に帰れるといいな」

「……そうですね」

『なに、足の一本や二本位失っても平気だぞ』

 

 黙れルーデル。お前とは違って私はまだ人間の範疇でいたいのだ。『既に遅いじゃないか』なんて満面の笑顔で言ってそうな言葉に思わず怒ってしまい、持っていたステンレス製のマグカップが粉砕した。リーダーにも慰められたほどで、正直泣きたかった。

 

 そして、それから1週間後の12月17日。世間はクリスマスが近い時期だが、人間主義の連中が現体制を覆そうという反体制派に協力の手を差し伸べたせいでモスクワ近郊は荒れに荒れており、上官からの秘密通信を受けて帰国することになった。

 仲間たちも残念がっていたが、戦車や装甲車を含めるとおおよそ1年で約500両も壊せば祖国も“帰ってこい”ということになるだろう。ルーデルは残念がっていたが、『ならば、一人ゼーレヴェでも』とか不穏なことを言い出したので黙らせた。

 更に、元々一人で帰る気でいたわけだが、一人の少女を連れ帰る羽目になってしまった。

 

「ハンス、私もいく」

 

 この子は昨年末に反体制派と協力して引っ掻き回していた際、新ソ連の部隊が村を焼き払ったのだ。そこは特に反体制派のメンバーの家族が住んでいたわけではなく、ただ国家元首の“あの村を残せば反体制派に利用される”という言葉だけで。

 念のために村の跡を探したところ、奇跡的に焼失を免れた小さな小屋に女の子が眠っていた。新ソ連軍が引き取るとも思えず、更には少女からあの村の住人ではないという事実を知り、已む無く連れ帰って面倒を見ていた。

 ルーデルはそれを見て『ほう、私と似た趣味があるのだな』と述べたことに関してはガン無視した。可愛がることはあっても娶ろうなどという気などない。

 

 この子―――ナターリヤに誰か親族はいないか本人に聞いたのだが、彼女は「お祖父ちゃんが軍のお偉いさん」と聞き、その名前はレオニードと聞いた瞬間に一人心当たりがあった。

 

―――国家公認の戦略級魔法師『十三使徒』レオニード・コントラチェンコ。

 

 これは彼がいる基地に送り届けようと、こっそり手紙を出したところで遭遇する羽目になり、ナターリヤのことを話すと「すぐに会いたい」と言い出した。なので、正体がバレているのも覚悟の上でナターリヤとコントラチェンコを会わせたわけだが、その時の表情は孫娘を可愛がる祖父の表情だった。

 そして、それで終わるかと思いきや、ナターリヤは私を指さして「あの人と結婚する」と言い出したのだ。見るからにスモーク付きのメットと戦闘用スーツを着た不審者に信用なんて出来る訳がない。だから、私は諦めてヘルメットを取った。

 覚悟を決めたわけではない。ただ、どんな結果になろうとも、ここで私が死んでも文句は言えないという諦めからくるものだった。

 

「……なかなかいい男じゃないか。よいか、ナターリヤ。こやつを誘惑して早くひ孫の顔を見せておくれ」

「うんっ!」

「何言ってんだ、アンタらはぁっ!!」

 

 この時、私は20歳。一方、ナターリヤは10歳。彼女はとても子が成せる年齢ではないし、色々問題しかない。だが、コントラチェンコがナターリヤを私に預けるのは、ナターリヤが新ソ連内において既に亡くなっている扱いだったためだ。

 

『ハハハ、好みが似て結構なことだ。夜の営みに関しては私がしっかりレクチャーしてやる』

「……もう、好きにしてくれ」

 

 コントラチェンコは自らの権限で私が忍び込んだことの記録を抹消すると言った。あんなことを言ったが、コントラチェンコも危ない場所にいるぐらいなら孫娘を信頼できる人間に預けたいということなのだろう。

 明らかに不審者の立場なので何も言えないし、逆らえない。なので、『十三使徒』の孫を娶ることになった。もう訳が分からない。ルーデルはノリノリで夜の営みに関するアドバイスをしてやると言い出しているわけだが……それに関しては実績があるので信用はするつもりだ。

 

 そんな事情が重なり、ナターリヤをお姫様抱っこして夜中に拠点を抜け出して飛び立った。ルーデルに散々飛ばされたお陰で、周囲の温度を保ちつつ長時間ただ飛ぶだけということに慣れ切ってしまった。戸籍がないナターリヤのこともあるため、直接祖国の空軍基地へと到着した私を待っていたのは、まさかの大統領閣下の出迎えだった。

 

「帰ってきたな、“ミスター・ルーデル”。未来の妻まで連れてきたのかな?」

「……何ですか、その名は」

 

 帰ってきてみれば、自分の名前が『ハンス・エルンスト・ルーデル』となっていて、勲章を授与して少佐に昇進。しかもナターリヤは大統領の養女兼国家元首公認の婚約者となってしまった。これにはルーデルも『いいぞ、もっとやれ大統領』と煽る始末。もうね、盛大に泣きたいよ。

 

 ただ、この事実が明るみになると新ソ連が躍起になってもう一人の戦略級魔法師であるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を東EUへ向けて放ってくる可能性があった。

 なので、ドイツ政府とドイツ軍は私を書面上は“任務中の事故による戦死(四階級特進)”という形で伯母のいるSSA(南アメリカ連邦共和国)へ“貿易物資の輸送”に託けた形で送り出された(ドイツとしては、USNAの抑えとしてSSAに期待を込めて送り出した)。

 

 私を温かく迎えてくれた伯母と義理の伯父―――大統領夫妻はその素質が十分にあるということで国家非公認の戦略級魔法師として登録されることになった。ミゲル・ディアスとも出会ったわけだが、彼は上泉剛三に師事を受けたことがあり、目指すは彼のような魔法師らしい。戦略級魔法師ですら尊敬する英雄ともなれば、一度はお目に掛かりたいと思う。

 

 ちなみにだが、ルーデルはここら辺にも所縁があるため、『早速山登りに行くぞ!』とか言い出して南米の山という山を制覇してしまった。日頃の無茶ぶりが私を鍛えてくれたのだと思うと……喜んでいいのか、悲しむべきなのか分からなかった。

 

 ナターリヤは祖父であるコントラチェンコの言い付けなのか、明らかに派手な下着で誘惑してくる。流石の私でも倫理や道徳を無視して社会的に死にたくないので、せめて一緒に寝るところまでは妥協した。

 ルーデルは『意気地なしめ』と煽ってくるが、完全に無視した。魔法師の部分でおかしくなっても人間らしい生活を送りたいのだ。『今更だと思うがね』という言葉に対しては「誰のせいだ!」と本気で言いたくなった。

 

 そして、伯父の護衛―――『ハンス・エルンスト』という名(流石にルーデルの名を出すと過剰に反応する人間がいるため)で訪日した際、かの英雄である上泉剛三と対面した。彼と握手を交わした際、私の中のルーデルが『彼は私と同じ匂いがする』と呟いていた。つまりはルーデルと同類なのだと察してしまった。

 帰国するまでの間は剛三殿に武術を学んだわけだが、本当に隙がない。一歩動くだけでやられると本能で察したほどだ。すると、剛三殿から「後ろを向かず逃げなかっただけでも上出来だ」と褒められてしまった。その上で魔法技術も含めた技巧を磨くこととなった。

 

 帰国した私がゲリラの動きを察して出動した際、剛三のアドバイスを受けて出来るようになった放出系魔法もとい武装一体型CADを介することで完成した戦略級魔法。大気を収束して敵意のある人間のみを排除する『サイクロン・エクスプロージョン』が猛威を振るい、ゲリラのみを的確に排除できた。それにはルーデルの的確な制御があったのも事実だ。

 これにはミゲル殿から褒められ、伯父からも勲章が贈られた……普通の魔法師だったはずなのに、上泉剛三というチートめいた存在と関わることで、私はいつしか戦略級魔法師クラスの実力を得てしまった。

 

 この情報をどこから得たのか、USNA大使館経由で送られてきたエドワード・クラークなる人物の手紙には「スターズ」への勧誘を仄めかすような文言が書かれていた。それもごく一部の人間しか知らない『ハンス・エルンスト・ルーデル』の名で。

 これを見たルーデルは『こいつはクサいな。ゲロと呼ぶのもゲロに失礼なぐらいキナ臭い招待だな』とぼやいたが、私も正しくその通りだろうと思う。

 

 私はまだいいが、ナターリヤは新ソ連の『十三使徒』レオニード・コントラチェンコの孫娘なのだ。もしかすると、彼はナターリヤも含めて新ソ連への取引材料に私を利用する気なのかもしれない。

 伯父に相談したところ、伯父は直ぐにUSNAの大統領へコンタクトを取ってくれた。その際「私の身内を脅しの材料に使う気か? そうであるならば、この事実をミスター剛三にも伝えるぞ」という言葉に、受話器からは『ま、待ってくれ、それだけは絶対にやめてくれ!』と焦っていた。

 直に会った事のある私が言うのもなんだが、あの人なら日本から自ら飛んで来てホワイトハウスがSF映画ばりに破壊される光景がフィクションで済まない様な気がした。USNA大統領もその危機を感じていたからこそ、焦っていたのかもしれない。

 なお、ルーデルから聞いたエドワード・クラークの印象はというと、こうであった。

 

『手紙を見ただけで野心家を臭わせる辺り、彼は情報に絶対の自信があるのだろうが、情報があろうともそれを引っ繰り返す存在がいれば情報に価値など成さない』

 

 私の中にいる常識外の極み(リアルチート)が言うと説得力があるだけに、私の相棒という形で定着した彼に関して信頼はしている。尤も、やっていることの程度が常識外過ぎて未だに慣れないところはある。

 

 私は彼と違って、まだ人間でいたいのだから。

 




 元ネタは、原作において光宣が周公瑾の亡霊を取り込んだ現象です。別のイメージ的には遊戯王の武藤遊戯とアテム。
 原作に登場している歴史上の人物は大体古式魔法に所縁のある人間ばかりですが、強い想念を持つ霊が何らかの形で生きているとしたら(前例が周公瑾で証明されてしまっている)、リアルチートの一角であるルーデルがこうなってもおかしくないと思った次第です。

 レオニード・コントラチェンコ絡みの設定はオリジナル設定ですが、原作で70歳という高齢なので、孫ぐらいはいてもおかしくないと思いました。本人は基地からあまり動けないため、付いていけば足手纏いになると考えたのと新ソ連の人間ということからの決断です。

 結論:愛の力ってすごい(投げやり)

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