魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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今代の護人の介入

 応接室を出た弘一は、魔法協会の職員に再び案内される形で会議室に入った。会議が始まっていないことはさて置くとしても、弘一は不思議な光景に思わず訝しんだ。それは、10人しかいない筈の十師族当主なのに、用意された席は『12席』。

 弘一は疑問に思いつつも、断りを入れつつ師族会議の時のような席順―――温子と雷蔵の間に座る。

 

「申し訳ありません、遅くなりました。会議は始まっていなかったようですが、まだ何方か参加されるのでしょうか?」

「ええ。職員からはその方々が来てから会議を始めてください、と伺っています」

 

 弘一の疑問に舞衣が答えたが、舞衣を含めて他の参加者から弘一が何故呼ばれたかを尋ねる者はいなかった。昨日の一件に関するものでは、と考えている人間がいてもおかしくは無い状況の中、会議室の扉が開いて二人の人物が入ってくる。

 

「お待たせしました。お揃いですね、新たな十師族の方々」

「待たせたな、各々の方々」

 

 一人は高級なスーツに身を包み、右手に扇子を持つ少年。もう一人も高級のスーツを纏った青年。十師族当主の中でその二人と直接面識を持っている人物―――三矢元はその姿を見て内心で驚きと喜びが入り混じった感情を覚えていた。

 他の参加者の中には雷蔵や舞衣のように驚く者がいるだけでなく、一部の者―――弘一や剛毅は複雑な感情を向けていた。なお、真夜と温子に関しては歓迎するような面持ちを見せていた。

 

 師族会議―――十師族よりも更に上の立場に立ち、全ての魔法師を統括し、この国の護りを担う二つの家。その名は『護人(さきもり)』。

 

「護人・神楽坂家当主、神楽坂悠元と申します。ここにいる方々は長野姓や三矢姓で面識のある方もいらっしゃいますが、くれぐれも線引きはして頂きたく思う所存です」

 

 片や賀茂忠行(かものただゆき)安倍晴明(あべのせいめい)の血族に加えて、戦乱などで朝廷を追い出された皇族を匿い引き取ることで皇族の血を残し続けた陰陽道系古式魔法の名家。世界群発戦争で活躍した神楽坂(かぐらざか)千姫(ちひろ)を生み出した神楽坂家の第108代当主・神楽坂(かぐらざか)悠元(ゆうと)(旧姓:三矢悠元)。

 

「同じく護人・上泉家当主、上泉元継だ。今更言うまでもない事だろうが、俺と悠元―――神楽坂殿は既に三矢家の人間ではない。そこについてはしっかりと認識していただきたい」

 

 片や箕輪長野氏(みのわながのし)の家号を継承し、かの剣豪こと上泉(かみいずみ)信綱(のぶつな)よりその剣術と魔法技能を研鑽し、『新陰流剣武術(しんえいりゅうけんぶじゅつ)』を確立した武家の流れを汲む古式魔法の名家。かの英雄こと上泉(かみいずみ)剛三(ごうぞう)を生み出し、表の天神魔法を受け継ぐ上泉家第40代当主・上泉(かみいずみ)元継(もとつぐ)(旧姓:三矢元継)。

 

 だが、今までの師族会議に出てきたのはどちらも先代当主となった千姫と剛三。悠元と元継が師族会議の場に出てくることが初めてであり、更に言えば、師族会議で護人の二家が揃って場に出てくること自体異例中の異例。ここにいる中では悠元が最年少の立場になるが、立場としては同じ十代の克人よりも上。

 この状況の中、最初に口を開いたのは最年長である二木(ふたつぎ)舞衣(まい)であった。

 

「神楽坂殿に上泉殿、お二方が揃ってこの会議に参加されると解釈して宜しいでしょうか?」

「無論です、二木殿。ただ、師族会議の場合とは異なり、私や上泉殿と貴方方では格が違うことをお忘れなきよう。なので、上泉殿が議長役を務めます。よろしいですか?」

「……ええ、分かりました」

 

 舞衣からの言葉を聞いた上で、悠元と元継が席に座る。克人の隣に元継が、剛毅の隣に悠元が座る形となったわけだが、相手の表情を窺う暇などないと言わんばかりに元継が話を切り出す。

 

「二木殿から了解の旨を得られたということで、自分が進めさせていただく。こちらも貴方方の事情を既に把握しているため、事情説明は不要とする。それと、議論している時間は不要だ」

「上泉殿、それは何故なのですか?」

「護人の二家は、この事態を想定して既に動いていたからだ」

「上泉殿。つまり、我々がテロリストに狙われること―――師族会議が襲撃されることを事前に知っていたということですか?」

 

 議長役を引き受けた元継の説明に対して克人が尋ねると、元継は誰が聞いても分かりやすい言葉を告げた。つまり、十師族当主が狙われることを予め知っていたということに他ならない。これには雷蔵が問いかけたが、元継は臆することなく真剣な表情で答える。

 

「端的に言えばそうなる。尤も、仮に襲撃されても死者を出さないような配慮をしていたからこそ、非魔法師に怪我人は一人も出ていない上、魔法師でも軽い怪我で済んでいる」

「なら、何故事前にその情報を我々に提供されなかったのですか!? 狙いが我々であるならば、それこそ会場を直前で変えるなり出来たかもしれません!」

 

 元継の言い分に真っ向から発言したのは剛毅だった。確かに、単なるテロリストならば剛毅の言ったような対策も取れただろう。だが、彼らは何も知らない事実を悠元が口にした。

 

「一条殿、今回のテロの首謀者がハッキングツールを使っているとしても? それも、最低でも師族会議で使われている暗号強度すら簡単に突破できるツールを有している事実があったとしても?」

「馬鹿な、そんなものが―――」

「あるんです。大体、有り得ないことを起こせる魔法を使っている貴方がその存在を否定するのか?」

 

 悠元と元継は神楽坂家にあった『フリズスキャルヴ』の端末を知っているからこそ、顧傑(ジード・ヘイグ)がその端末の所有者であることも把握している。そんなことなど“有り得ない”と否定したかった剛毅だが、悠元の真剣な視線に対して押し黙った。この一連の流れで、相手がこの会議のことも見張っている可能性があることに気付く者もいたが、それを制する形で元継が発言する。

 

「予め言っておくが、この会議室には特殊な結界を予め張っているため、外部からハッキングされる可能性はほぼゼロといっていいが、ないとも言い切れない。では、神楽坂殿。説明をお願いする」

「分かりました、上泉殿」

 

 元継に促される形で悠元が説明に入る。参加者の視線は当然悠元に向けられることになるが、特に気にすることなく進めることとした。

 

「まず、十師族当主の皆様方に対して説明しなければならないことだが、事前に情報を流さなかったのは私の発案だ。理由はテロの首謀者がハッキングツールを持っていることもそうだが、自棄を起こして市街地で無差別テロを起こして非魔法師を虐殺し、『十師族は日本人を盾にして逃げた』などと謂れなき風評を流されて、魔法師社会に対する批判を避けるために行ったことだ」

 

 何せ、旧型とはいえ悠元の前世では最大クラスの威力を誇る爆薬を用いた爆弾。それを市街地で無差別爆破でもされた場合、非魔法師の被害は良くて数十人、下手すると数百から数千人にまで膨れ上がる可能性があった。

 しかも、箱根だったからよかったものの、仮に会議を日本魔法協会支部のある横浜でやった場合、被害はさらに大きくなっていた可能性が高い。十師族当主には申し訳ないと思ったが、万が一の手筈は整えていたために被害をほぼゼロに抑えられると踏んで相手を誘導する方針に切り替えた。

 

「そして、ホテル自体にも細工を施すことでテロの首謀者ことジード・ヘイグを騙すことにした。この辺りの細工は事前に確認しているので問題はない」

「神楽坂殿、もしかして相手が使っていた術に心当たりがあるのですか?」

「ヘイグが使用していたのは僵尸術(きょうしじゅつ)と呼ばれる大陸の術で、対象の精神に干渉することで人間を自我無き死体(にんぎょう)に変えるネクロマンシーの類の魔法だ。制御の最大射程距離は約10キロメートル。術の痕跡は小田原の民家から放たれたものだと確認出来ている」

 

 悠元が口にした顧傑の名に心当たりがある者が多い(千姫が昨春の師族会議でそのことについて触れている)ため、驚きを露わにしているものが多い中、有機物干渉に一番得手がある剛毅が問いかけたので、悠元はその術の詳細を答えた。

 

「それに、ヘイグは元々貴方方を殺せると踏んでテロを起こしたわけではない。爆弾の爆発程度なら十文字殿の『ファランクス』で凌ぎ切れるからな」

「殺すつもりではなかった? では、何故?」

「爆弾テロの本質は『無差別のテロ行為』―――そう仰れば、何が狙いなのか貴方方とてすぐに分かるはずだ」

 

 別に雄弁を揮うつもりなどないが、何も一から十まで説明する気もない。なので、気付かせるように話した悠元の言葉に、ヘイグの狙いが十師族そのものではなく十師族が無事でそれ以外の人間が被害に遭う構図で引き起こされる結果が何なのかに、他の参加者も当然行き着いた形となった。

 

「年が明けてからの話だが、第一高校の生徒が人間主義者と思しき人物にストーカー同然の付き纏いや盗撮、更には暴言を浴びせられたという被害相談を受けていた。この行為にヘイグの狙いが噛み合えば、第一高校のみならず各魔法科高校、それに国立魔法大学に通う人間も含めて魔法資質を持つ人間が狙われることになる。これを看過すれば、それこそ魔法界の秩序そのものが崩壊しかねない」

 

 顧傑の企みを阻止することは、この国の魔法資質を持つ人間の安全を守る為に必要な事。人間主義者に対してのカウンターも必要だが、まずは彼らの動きが活発化させる要因を取り除くのが先決と考えた。

 

「この場に私と上泉殿が直接出向いたのは、今回の事態が最早十師族―――ひいては師族会議だけの問題ではなく、この国の未来に掛かっている重要な問題であると認識していただくためだ。そして、今上陛下より国家の安寧を託されたものとして、此度の一件は私こと神楽坂悠元が総責任者、上泉元継殿を補佐とする形で、日本政府と国防軍から引き継いだ十師族に関する取り決めに基づき、ジード・ヘイグ拘束の任を十師族に要請する」

 

 原作では十師族のみで取り決めていたことだったが、そこに上泉家と神楽坂家が政府と国防軍から十師族に関する全てのルールや契約を引き継ぎ、法に則った正式な手続きに基づいた要請を十師族に要請する。これには新たに十師族となった七宝(しっぽう)拓巳(たくみ)が問いかけた。

 

「今、政府から取り決めを引き継いだと仰いましたが、どういうことなのですか?」

「十師族当主は統合軍令部の許可が無ければ表立って動けない政府との非公式の約定も含め、政府および国防軍が握っていた師族会議に関する約定全てを剥奪し、今上陛下の承認のもとにおいて上泉家と神楽坂家がその責を負うことになった」

 

 それに答えたのは元継だった。

 師族会議成立の過程で政府と結ばれていた幾つかの取り決めだが、政府も最初は譲渡に難色を示し、国防軍に至っては『国防に匹敵し得る戦力の私物化』と反対意見すら出る始末であった。これに対して今上天皇が内閣総理大臣の承認式の際、これらも含めた国家再生の任を背負う覚悟がないのならば、私は国民を見守る立場において承認など出せないと明確に発言した。これに対して総理大臣はその場で正座して土下座し、今上天皇に対して「政治生命の全てを賭して国家を真なる独立国家に導く」と国家の長たる誓いを立てた。

 

 その誓いを実行するべく、総理は国防軍の最高指揮権を有する立場として師族会議に関する全ての取り決めを護人の二家に譲渡する約定を交わし、即日実行された。これに伴い、統合軍令部における師族会議に関する約定も全て譲渡され、十師族ひいては師族会議が護人の二家による統制下に置かれる形となった。あくまでも特権階級に基づく考え方ではなく、戦力の私物化でもない。この国の軍や治安組織に属しない魔法師は、今上天皇により認められた国家守護の任を帯びる立場が課せられることになる。

 

 その意味で元継の述べた“剥奪”という意味に偽りはないと言ってもいいだろう。

 

「本来ならば当主である皆様方に動いてもらうべきだが、先程述べた人間主義者の件だけでなく、反魔法主義による模倣犯が警戒されるため、各々方にはそういった動きに目を配って頂くことになる。なので、現状の担当地域を鑑みて十文字克人殿にこの任の総括をお願いしたいと考えている。これは上泉殿との合議によって決定した人選である」

「……数々の非礼をした手前であるにも拘らず、大任を任されたことを大変感謝いたします。十文字家当主・十文字克人、神楽坂殿と上泉殿の要請をお引き受けいたします」

 

 悠元と元継は、十文字家の当主が和樹だった場合は監視地域の道理をかなぐり捨ててでも元に総指揮を取らせるつもりだった(元治は妻の都合もあるので無理はさせられないと判断していた)。血縁関係によるものだという非難を受けるような人選なのは覚悟の上だったし、最悪パラサイト事件の要請を蹴り飛ばしたペナルティ代わりにする腹積もりでいた。

 だが、和樹が今までの無礼に対する責任という形で当主を退いたため、まだ軋轢が少ない克人に総指揮の任を与える形にした。とはいえ、元々実戦力の部分に長けている十文字家だけで全てを賄い切れるつもりなどないのは重々承知していた。

 

「テロリストの情報収集担当として三矢元殿、十文字殿の補佐役として七宝拓巳殿を指名する。そして、肝心の捜索を兼務する実働部隊だが……一条家・一条将輝、四葉家・司波達也、六塚家・六塚燈也の三名を指名したいと考えている」

「お待ちください、神楽坂殿。その三名はいずれも高校生ではありませんか。十師族の務めとはいえ、高校生の身で学業を長期間犠牲にするのは如何なものかと存じますが」

 

 悠元が指名した後半部分の人選に関して舞衣が常識論に基づく正論を投げかけた。それを聞いた悠元が真夜に視線を送る。真夜は悠元が言いたいことを悟ったのか「任せます」と目配せをし、その意を受け取った悠元が説明をする。

 

「私は何も考えなしにこの三名を指名したわけではありません。この三名は高校生ながらいずれも実戦経験があるからこそ指名したのです。場合によっては私も実働部隊に加わるつもりですので」

「……しかし」

「では、テロリストという相手を確実に抑えられる人選が他にいるというのなら、是非教えていただきたい。こればかりは私でも把握しきれない分野なので」

 

 大体、昨年のパラサイト関連でも有効的に動けていたのは悠元の姉である詩鶴、佳奈、美嘉。それに達也たちぐらいだろう。相手が卓越した古式魔法師である以上、その戦闘経験を持つ将輝と達也は外せないし、燈也も佐渡侵攻を食い止めた実績を持つ実力者。なお、光宣に関しては養子の手続きを済ませているが、学校の関係で藤林家にいるので動かすのはマズい。

 悠元の言葉に対し、舞衣は黙ることでしか答えを返せなかった。すると、ここで勇海が尋ねた。

 

「神楽坂殿に上泉殿、質問しても宜しいでしょうか?」

「どうぞ、五輪殿」

「今回の事件を考えた場合、当該地域を担っている七草家にも助力を願うべきだと思うのですが、何故外されたのでしょうか? もしや、周公瑾との繋がりを重く見てのことでしょうか?」

 

 やはりその質問は来るだろうな、と思いながら悠元は元継に視線を向けると、元継は「仕方ないだろうな」と言わんばかりの表情をしつつ勇海の質問に答えた。

 

「それについては自分が答えよう。隣にいる神楽坂殿と七草殿は昨年の春、七草家のメディア工作を黙認する代わりに周公瑾との関与を直ちに止める様にとの約定を交わしている。その場には七草殿の長女である真由美嬢もいたので、彼女にもその事実は確認しているが……七草殿はその約定を破ったのだ。しかも、周公瑾を仕留めようとして部下を送り込んだが、失敗した事実も聞き及んでいる―――()()()()()()()()な」

 

 名倉三郎。現在支倉佐武郎として神楽坂家に仕えている使用人から、弘一に周公瑾を始末するよう指示されたことを告白している。しかも、周公瑾と名倉の戦闘は悠元だけでなく文弥と亜夜子まで目撃しているため、言い逃れをすることすらできない状況に追い込まれている。

 




文面を分割しているので、今回後書きはありません。

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