魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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他人に見せられない身内事

 悠元と元継が会議室に残って話し合っていた頃、日本魔法協会関東支部―――横浜ベイヒルズタワーの屋上から飛び立ったヘリが西北西に進路を変えて飛び去って行く。それは将輝が乗ってきたヘリで、一条剛毅とその息子である将輝が乗っていた。

 

「将輝」

「はい」

 

 将輝の名を呼ぶ剛毅の声音で、そのことが親子としての会話ではなく一条家当主とその嫡子としての会話であるとすぐに察し、改まった応えを返す。

 

「今回のテロに対する師族会議の方針を伝える。が、今回は今までのものと趣が異なる」

「それは、どういうことでしょうか?」

「先日施行したテロ特措法の適用範囲と認定され、十師族は護人の二家からテロの首謀者を捜索し、捕縛する任が与えられた。総責任者は神楽坂殿、その補佐役が上泉殿。どちらも先代当主ではなく今代当主―――三矢殿の縁者の二人が統括する」

 

 剛毅の言葉で、将輝の表情が強張った。将輝は師族会議の内容を剛毅から度々聞かされていたが、今回出てきた二家の人間は今代の当主。それも、将輝からすれば神楽坂家の当主である悠元とは浅からぬ因縁がある。

 

「明日、十師族と日本魔法協会、師族会議の会場となったホテルを経営している神坂グループ、そして日本政府が合同でテロに対する非難声明を発する。捜索部隊は十文字殿が責任者となる。ここまではいいか? 将輝」

「……っ、は、はい。我が一条家はどのような役割を担うのですか」

「十文字殿以外の十師族当主はテロ再発防止の任に当たる。そして将輝、お前は十文字殿のもとでテロリストを追う任が与えられた」

 

 先程の将輝の表情を見るに、恐らく悠元のことを意識した結果なのだろうと剛毅は思いつつ、将輝に対して悠元が選出したという事実を省く形でテロリスト追跡の任を言い渡した。このあたりは剛毅の親心が出た形となったのは言うまでもない。

 それが功を奏したのか、将輝はテロリストの捜索・捕縛を名誉なものと考え、表情には興奮の色が見られるほどだった。そこに何の打算が含まれているのかなど明白で、深雪に対するアピールとなると考えたからだ。

 

「学校は暫く休んでもらうことになるだろう。学生の身であるお前には辛い事かもしれんが、此度は緊急性を擁するため、それは覚悟するように」

「はい」

 

 将輝は学校生活に愛着を持っているし、本音を言えば学校を休みたくない。だが、十師族としての責務はそれ以上に重い物だと将輝自身の中で定義されている以上、剛毅の言葉に異論は唱えなかった。

 

「なお、捜索部隊には四葉家の司波達也殿、六塚家の六塚燈也殿がお前と同様、十文字殿の下で捜索に加わる。意地を見せろよ」

「はい」

 

 かたや九校戦の不敗神話を築き上げたエンジニアにして四葉家次期当主。かたや将輝の親友である真紅郎を真正面から叩き潰した実力を有する六塚家次期当主。彼らに負けない実力をみせれば、深雪をきっと振り向かせられると将輝はそう思い込んでいた。

 

 ……そんな風に都合よく思っているのがこの親子だけという事実は、言わぬが花であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 東京のセリアの家に帰ってきたリーナは、“アンジー・シリウス”としての仮面を外して『仮装行列(パレード)』を解除した。ともかく私服に着替えてリビングに来たところでシルヴィと出くわした。

 

「お疲れ様です、リーナ」

「ただいま、シルヴィ。久々に物を壊さずに暴れられたし、スッキリしたわ」

「それは他の人のお陰でもあったのですよね?」

「うぐ、それは分かってるわよ……」

 

 悠元の常識外れた結界術式の技術はUSNAですら実現できていない。それがあれば物的賠償が減る、と挙って悠元に教えを請おうとするかもしれないが、セリアから国立魔法医科大学へのスパイ行為を聞かされたリーナは正直頭を抱えたくなった。シルヴィの指摘に押し黙る形となったリーナは大人しくシルヴィからコーヒーの入ったカップを受け取った。

 

「セリアはどうしました? 一緒ではなかったのですか?」

「日本の魔法協会支部で会談があるらしくて、ワタシだけ先に帰ってきたのよ。それでシルヴィ、テロに関してどんな報道になってるかしら?」

「……ステイツでは有り得ないぐらい穏便な報道になっています」

 

 この国で先日施行されたテロ対策の法律により、政府および警察省の公式発表があるまでテロに関する情報は“模倣犯対策”の一環で所在不明・信憑性の薄い情報の流布を禁じている。言論統制だと騒ぎ立てている意見も見られるが、それも現状はごく一部に止まっている。

 USNAだと二大政党のスポンサー的立場としてメディアがバッシング合戦を繰り広げる光景は、第三次大戦を経ても変わらなかった。寧ろ、人間主義に関する部分もあって更に激化している。

 昨年の大統領選挙戦の時、神坂グループが買収したメディア(USNAでは珍しく中立での立場での論争が繰り広げられる番組構成のため、与野党の支援者による視聴率が高い)の本社ビルの近くで自爆テロが起きた(この日は大統領候補同士の討論会が行われる予定だった)が、その首謀者は翌日明確な証拠と共に警察当局に拘束されていた。あまりにも迅速過ぎる逮捕劇の為、議員の関与も噂されていた。

 

「成程……ふと思ったことだけど、何で人間主義者たちは狙いを新ソ連沿いに移したのかしら。それこそ無政府状態が起きているアフリカ大陸でもいい様な気はするけど」

「それなのですが、バランス大佐からの情報では一時期新ソ連に出没していた『魔王の再来(リターン・オブ・ルーデル)』が関係していると仰っていましたが」

 

 『魔王の再来(リターン・オブ・ルーデル)』―――新ソ連軍のみを的確に潰す謎の魔法師。年が明けてからはその姿を一切見なくなったことに新ソ連軍は歓喜しているが、その代わりに雪崩れ込んできた人間主義者によるテロ行為が後を絶たない状況である。

 

「アレのことね……正直な話、パラサイトなんてものを経験した身として言うなら、ルーデルが蘇っていただなんて夢物語という風に笑えないわよ」

 

 彼の存在が新ソ連に人間主義者を呼び込んだ一因なのは間違いないが、ここに人間主義特有の“宗教事情”が絡んでくる。人間主義は大元がキリスト教の異端的主義で、愛を重んじることを教書に記されているほど重要な教えが捻じ曲がって、魔法師にその愛を受ける権利などないと宣うような主張をしている。

 

 当然、唯一絶対の神と愛を説く敬虔なキリスト教徒からすれば傍迷惑極まりない話で、日本で起きていた古式魔法師―――正統派と伝統派の対立―――の構図が世界規模レベルになったと言っても過言ではない。

 キリスト教と並ぶ世界規模の宗教であるイスラーム教(イスラム教)や仏教としても他人事ではなく、真っ当な宗教家の見解では人間主義を一種の“宗教テロ”という見方が強まっている。これが行き過ぎた結果として、日本の東海地方で起こっている人間主義者への弾圧に繋がっている。

 

 尤も、その対象は公安にマークされるほどの危険人物なため、公安も見て見ぬふりをしている(以前『ブランシュ』の一件で反魔法主義の侵食を受けたことがあったため、その罪滅ぼしという事情も含んでいる)。

 

 この動きを受けて、USNAで強い勢力を有するプロテスタントやカトリックといったキリスト教主流派の支持を受けている大物の上院議員が人間主義を厳しく非難し、神の教えを騙る輩に言論の自由を与えるべきではないとメディアの討論会で発言して波紋を呼んでいた。人間主義者は過激かつ暴力的行為に及んでいるのに、それを厳しく取り締まらない警察の怠慢であることも発言していた。

 だが、USNAの各都市の政府が公認している魔法結社の中には過激な思想を持つ輩も多く、それらに対する援護射撃ではないかと諫める者も少なくない。

 

「まあ、彼は我が国のサンダーボルト(スリー)(旧合衆国の爆撃機だが、装備などが刷新されてもルーデルからアドバイスを受けた設計思想自体は一切変わっておらず、USNAになっても改良を重ねて現役で運用されている)に多大な影響を与えていますので、敵対しない限りは味方になってくれるかもしれませんね」

「その思いやりがこの国に対してあればまた違ったでしょうに」

 

 かつて軍としての命令で達也を殺そうとしたことはあったが、正直なんでそこまで目の敵にするのかとリーナがそうぼやくのも無理はない、とシルヴィは苦笑を漏らした。

 USNAにとって、日本が同盟国であり西太平洋地域における潜在的な競合国だということはリーナも知っている。正直なところ、南盾島の戦略級魔法に関しても今にして思えば、同盟国の戦略級魔法を利用するという手段ではなく排除する方向に舵を切った時点で、統合参謀本部は新ソ連よりも日本を敵視しているように思えてならない。

 世界の秩序という意味合いを考えるのならば、日本に複数の戦略級魔法があって然るべきなのに、軍の上層部にはそれを良しとしない人間がいる。その戦略級魔法の担い手の一人として、リーナはUSNAという国は好きになれてもスターズが嫌いになりそうであった。尤も、シルヴィがいる手前でそんなことは言えないが。

 すると、玄関の方からセリアの声が聞こえてきて、セリアがリビングに入ってきた。そこまでは良かったのだが、もう一人の来訪者にシルヴィが驚く。

 

「ただいま、お姉ちゃんにシルヴィ」

「おかえりなさい、セリア……って、そちらの方は!?」

「ああ、うん。お姉ちゃんと私に魔法を教えてくれる先生。閣下、彼女らは私の同居人です」

「成程。初めましてと言うべきかな。九島烈という。君が健の孫娘だね?」

「あ、は、はい! アンジェリーナ・クドウ・シールズといいます!」

 

 来訪者もとい烈の登場にリーナも思わず勢いよく立ち上がって頭を下げた。『世界最巧』の異名を持っていた人物で、彼のことは祖父である健から聞かされていた。特に嫌味などのマイナス要素を一切聞かされていなかったため、リーナからすれば「真っ当な人物」という印象が強かった。

 リーナは学生でない以上暇になってしまう。とはいえ、魔法の訓練もせずにグータラなんかさせたら生活能力のポンコツさに磨きが掛かることを危惧し、九島家が所有している東京の拠点(元々師族会議などで滞在するためのもので、現在は別宅という体で烈が管理している)で烈から魔法の手解きを受けさせることにした。

 烈がここに出向いたのは、その為の話し合いということからくるものだった。

 

「成程。リーナ、是非受けるべきです」

「そうね、腕を錆びらせるのはいただけないし……その、どこか体術を磨ける場所はありませんか?」

「そうだな……私の知り合いに頼んでみよう。彼のことを考えれば、首を横に振ったりはしないだろうからな。少し待っていてくれ、今連絡を取ってみよう」

 

 烈の述べたことに少し引っ掛かりはしたが、押し掛けた身なので何も言えないとリーナは大人しく甘えることにした。その上で烈は断りを入れつつどこかに連絡を入れると、リーナのことを説明した上で了承が取れたので連絡を終えた。

 

「私の知り合いに体術を教えている人物がいてな。九重寺(きゅうちょうじ)の和尚が君を鍛えてくれるよう取り計らってくれるそうだ」

「お寺のお坊さんが、ですか?」

 

 お寺の住職が体術の先生という響きに繋がらなかったのか、リーナは盛大に首を傾げた。言うなればキリスト教における教会が体術を教えてくれているようなものなので、荘厳とした雰囲気に似合わないと思ってしまったのだ。こればかりは「無理もない」と烈は微笑んだ。

 

「その反応になっても仕方がないだろうな。だが、彼の実力は私も保障できるほどのものだ。あとはリーナ君の頑張り次第だよ」

「は、はい! ご配慮感謝します!」

 

 体術は九重寺で学ぶことになり、魔法は九島邸で烈から手解きを受けることになる。リーナは達也に負けないように頑張るという想いがあった訳だが、ここに対して更に要求をしたのがセリアだった。

 

「家事などの日常生活能力の習得は私が責任を持ってやらないとね。シルヴィ、手伝って」

「お任せください、セリア」

「ちょっと、どう言う事よ!? それだとワタシが生活能力ゼロの人間ってことじゃ」

「あんな暗黒物質(ダークマター)を量産するような真似を達也と深雪の目前で晒したくないのよ!」

 

 根底にあったのは、新学期が始まってからやり始めた日代わりでの悠元の昼食づくりだった(現状は深雪、水波、雫、姫梨、セリアのローテ)。その折に新メニューの試食ということで達也たちにも食べてもらっているが、リーナとその度に比較されることに正直腹が立っていた。

 

「食らいなさい、得意の十八番(おはこ)をっ!!」

「ぎゃああああっ! 羊殺しは止めて! ギブギブ!!」

「だが断る」

「断るにゃああああっ!?」

 

 セリアが絶賛関節技を掛けている双子の姉(アンジェリーナ)のせいだというのがなお悪い。

 リーナの料理の腕前を誰よりも理解しているからこそ、セリアはスパルタ気味にでも改善させる腹積もりでいたし、いざとなれば深雪にも協力を仰ぐつもりでいた。なお、深雪からは「そうね、お兄様に嫁ぐのがそんなものを量産させる様な有様なら、四葉の名に傷が付いてしまうわね」と手を貸すことに協力的だった。

 

「おかわりは要りますか?」

「頂こう。にしても、賑やかなことだな」

「ええ、まったくです」

 

 そして、そんな二人の様子に生暖かい視線を向けている烈とシルヴィであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 顧傑による無差別爆弾テロという波乱の一日が終わろうとしていた。

 その後、警察省から公式発表があり、負傷者は八人、死者はゼロという様相にメディアの中からは虚偽報告ではないかという質問が飛び交ったが、爆発物解体に立ち会った国防軍の風間と消防庁の報告によってその疑念は立ち消えた。

 本来独立魔装大隊が出張るのは要らぬ嫌疑を与えることになる為、今回は偶々非番だった風間に声を掛けて、残留している爆発物の処理の為に専門の部隊派遣を依頼しただけだ。階級こそ塩漬けされていてもその実力を知る者は少なくないし、悠元の持つ肩書が生きた形となった。

 負傷者も新陰流剣武術の人間であったが、ここに関しての慰謝料などの支払いは七草家と九島家が全面的に担った。そして、会場となった神坂グループのホテルを爆破された賠償も支払っている。元々解体予定の建物だったため、装飾品の賠償として約6000万円が支払われた形となった。

 

「悠元さん、ここが分からないのですが」

「どれどれ……ここはね」

 

 原作だと達也が深雪の勉強を見ている形だったが、悠元が深雪の勉強を見る形となった。水波は夕食の準備をしていて、達也は地下室に籠っていた。どうやら先日の周公瑾の追跡で感じていたことをずっと研究しているらしい。

 電話のコール音が鳴ったが、水波が取っていた。そしてどこかに通話転送したとなれば、間違いなく達也にだろう。魔法応用学の課題が一段落したところで、休憩を入れようとリビングに来たところで達也と出くわす形となった。

 

「達也、電話は終わったのか?」

「ああ、母上からのものだった。詳しいことは悠元の指示を受けてくれと言われたが」

「あの人は……」

 

 原作と異なり、『フリズスキャルヴ』ですら破れない『精霊の鏡(カーヴァンクル)』を用いた通信の為、細かい情報まで伝えられてはいたものの、肝心の指示は悠元に丸投げという真夜の方針を聞いたとき、悠元は思わず頭を抱えたくなった。

 確かに自分も場合によっては部隊に参加することは会議の場で明言していたが、これだと部隊内で指揮系統が二系統生じることになってしまう。なので、悠元は全員がソファーに座った上で説明を始めることにした。

 

「まず、今回のテロに際して師族会議と政府・国防軍間の取り決めは全て護人の二家が管理することとなった。それに合わせて十師族を含めた古今の魔法師の統括を二家が正式に担う。早い話が今まで議長役を担っていた九島烈の代わりとなる旗頭というわけだ」

 

 九島烈本人が知らず知らずのうちに日本の魔法界の長老的立ち位置となり、師族会議をけん引する立場にいた。その結果として誰もやりたがらない役職を押し付ける形となり、原作では彼が亡くなった後の魔法界のまとまりが一気に減ってしまった。ただでさえ少数派の魔法界が纏まらなければ、自らの意見を押し通すことも難しくなってくる。

 その為、本来裏舞台にいた神楽坂家と上泉家が表舞台に立つ形となった。しかも、双方共に古式・現代の血統を継ぎ、実績を残している魔法師であることは周知の事実。

 

「師族会議の会議そのものは基本的に十師族でやってもらうが、必要に応じて議長役として入ることでも出てくるのは覚悟している」

 

 今存在する秩序を作り直す―――それが大変なことは承知している。

 だが、誰かがやらなければ何も変わらないし、将来その歪みが大きくなりすぎて国家が亡ぶようなことがあっては本末転倒である。だからこそ、その苦労を買って出る必要があった。その役目を自分が担うことになるのは最早性分なのかもしれない。

 




 一条家のところは大きな変化なしです。これ以上言うこともありませんが。
 リーナの生活矯正は果たして成功するのか否か。続きはWebで(ぇ

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