悠元の言い放った衝撃的な言葉。それに反応したのは摩利だった。十師族に喧嘩を売るなど正気の沙汰とはとても思えないという発言に対して、真由美が沈痛な面持ちを窺わせるような表情をしつつ呟いた。
「正気なのか!? 七草と十文字の二家に喧嘩を売るなど……」
「摩利。これは私たちの家にも責任があるのよ」
「どういうことだ?」
摩利の言葉に対して真由美が話す前に克人がその事情を説明した。それには真由美も驚いてしまった。彼は十文字家当主代行として務めている以上、そういった情報の管理には厳しく当たらなければならない立場。
「師補十八家の一つである十山家。その家が悠元を誘拐しようとした……七草家と十文字家は国防軍が動いていることを知りながら、見過ごしていたことが上泉家の逆鱗に触れたのだ」
「十文字君、それは……」
「七草、渡辺も上泉家や三矢家とは無関係と言えない立場だ。なら、知る権利は当然あるだろう……三矢、そちらの要求はいったい何なのだ? それを聞かなければ、どうにも動けぬ」
ここにいる時点でもそうだが、家の関係で摩利も当事者側に立たされている……その意味を含めつつ、克人は悠元に問いかけた。
「要求というか希望に近いですが……もし『ブランシュ』に関わる一件が大規模に発生した場合、七草家と十文字家が主体となって動いてほしいのです」
「無論そうするつもりだが、では何故それを希望に出すのだ?」
「自分が『エガリテ』のメンバーに襲撃された事実を受け、実家である三矢家が日本魔法協会関東支部経由で二家に依頼とする形を取りたいからです……すなわち、その大本である『ブランシュ』の日本支部壊滅作戦を実施するために」
原作では克人が壊滅作戦に参加していたので、なし崩し的に十文字家が出てきて対処していた。
そうではなく、『ブランシュ』日本支部壊滅を結果ありきではなくその建前をつくるために七草家と十文字家に責を負わせ、反魔法国際政治団体のテロ行為に屈することなく十師族としての力を誇示した功績を与える。
原作の通りに第一高校への襲撃を行った場合は、日本政府と日本魔法協会から『未来を担う魔法師や魔法技術を狙った極めて悪質なテロ行為』と発表する。そして、司甲や壬生紗耶香など『ブランシュ』に関与した学生は表向きお咎めなし、カウンセリングを念入りに行うことを盛り込む……ようは情報交換―――『司法取引』の類である。ただ、洗脳の線も否めないので実質上の無罪放免となるだろう。
「ただ、そうなると一人でも動く奴が確実に出てきます。なので、もし一高の生徒がその壊滅作戦に参加する場合は『生徒会・部活連・風紀委員会からの選抜メンバー』という体を取ります」
「…成程。でも悠君、仮にそうなったとしても生徒達に命を懸けろだなんて言えないわ」
「風紀委員会も同じだ。学生の領分を超えているからな」
真由美と摩利から言われたことは尤もである。悠元も別に一高の生徒に対して命を懸けろなどと気安く言うつもりもない。
「必要なのは建前だけですよ……最悪、自分一人でも動きますから。誰かの力をあてにするつもりもありませんので」
「そうなると、作戦に動けるのは俺だけだな。七草と渡辺は状況次第で学校に残ってもらう必要がある……だが、そこまでの事態になりうると想定しているのか?」
克人の懸念も尤もである。相手がいくら反魔法国際政治団体で、しかも第一高校の中にその思想に汚染された生徒がいたとしても、余程の大事になるにはどうにも現実味が薄い。そういう考えに至っても仕方ないと判断し、悠元は自らの持つ情報を一部開示する。
「ここだけの話にしてほしいのですが、『ブランシュ』が密かにアンティナイトをウクライナ・ベラルーシ再分離独立派の方面から手に入れたという情報を掴んでいます。その仲介役にかなり大きなスポンサーがいることも確認できました。それらが内密に日本へ持ち込まれたようです」
「アンティナイトって……まさか『キャスト・ジャミング』か?」
「そんな情報、よく手に入れたわね。いくら三矢家でも東欧方面の情報なんて簡単に手に入らないでしょうし」
「ええ、これに関しては『自分』の情報網です。情報の入手方法は教えられませんが」
この情報については、原作の知識に加えてその裏付けを取っている。入手方法については、自分が編み出した固有魔法クラスの魔法を使用している。
―――電子・電波干渉系魔法『
この魔法は端末の個人情報および位置情報の改竄だけでなく、電子および電波によるネットワーク上に存在する限りにおいて、全世界に存在するいかなるセキュリティも無視して傍受・情報システムにアクセスできる魔法。しかも侵入という形跡を一切残すことがないため、傍受・盗聴といった面にも多大な力を発揮する。一応色々実験したところ、世界最高クラスの通信傍受システムまでアクセスできている……正直絶句した。
なお、これをかなりダウングレードさせた魔法式を作り、信頼できる国防軍の知り合いに提供している。
悠元の語った情報から克人は気を引き締めるように声を発した。
「成程な。確かに『キャスト・ジャミング』に耐えうるだけの干渉力を持つ人間は限られてくる。ましてや、それ以前に実戦経験のある生徒など数えたほうが早いだろうな……解った、備えはしておこう。『エガリテ』の構成員が一高の生徒にいるという情報は既に聞いていたからな」
「そうしてくれると助かります。穏便に済めば自分のほうから爺さんに矛を収めるよう伝えておきますので」
「はぁー……それにしても、悠君は本当に規格外よね」
「私からすれば、お前ら3人全員規格外だと言ってやりたいがな」
「ちょっと、摩利! それは酷過ぎない!? 大体貴女だって同じようなものじゃない!」
先ほどまでの空気から一転して賑やかになったことに悠元と克人は顔を見合わせると、揃って苦笑を漏らしたのだった。
◇ ◇ ◇
その翌日。昼休みの生徒会室にて摩利がニヤつきながら達也に『壬生を言葉攻めにした』という噂の真偽を問いただした。深雪から聞いた話だと、悠元が居なかった時に紗耶香が接触し、達也とカフェテリアで会っていたそうだ。
「達也、隅に置けないな……いや、この場合はむしろ喜ぶべきか?」
「そういうことじゃないさ。それと、先輩は淑女なんですから『言葉攻め』という言葉は使わないほうが宜しいかと思われます。妹の情操教育上宜しくありませんので」
「お兄様、私の年齢を勘違いされていませんか……?」
悠元の冗談めいた発言に否定しつつも摩利を窘めるように言った。その言葉を聞いた深雪は苦笑を浮かべつつも達也の発言に緩めの疑問を投げかけた。だが、摩利はさらに調子に乗って発言を続ける。
「そうか? 話によると『達也君と話しているときに、壬生が顔を真っ赤にして恥じらっていた』とも聞いているが?」
すると、どこからか冷気が発生し始めた。その発生源は言うまでもなく深雪であり、その影響を受けて弁当や湯飲みに入ったお茶が完全に固体と化していた。そして深雪の雰囲気は紛れもなく母親譲りともいえるようなもので、あずさも若干…いや、かなり怯えていた。
「お兄様? 壬生先輩と一体何を話されていたのですか?」
「ま、魔法!?」
「深雪さんって事象干渉力がよっぽど強いのね。夏場は冷房いらずかしら」
「すまん、からかいすぎた……」
これには真由美が弁当を箸で突きながら深雪の魔法力を感心するように呟き、流石に調子に乗りすぎたと摩利が反省する中、生徒会室に穏やかな風が吹くとその冷気が消え去っていた。深雪がハッとそれに気付いた時には、悠元が深雪の頭を撫でていた。
「はいはい、少し落ち着こうか深雪。まずは達也から事情を聞くのが大事でしょ?」
「あ、はい……すみません、悠元さん」
「あれだけの事象干渉力を抑え込むとは……今、CADを使っていなかったが?」
「ええ。下手にスペックの低いCADを使うと逆に発動速度が遅くなってしまい、致命的になりかねませんので。自分が使っているのはその意味で特注品クラスのものばかりなので」
悠元は現状4つのCADを保持している。フォース・シルバー・カスタム『ワルキューレ』『オーディン』の2つ、携帯端末型CAD、それと隠し持っている刀剣一体型CADの4つだ。どれも特別なカスタマイズによって事実上のワンオフ機となっている。
CADを使わずに深雪の魔法を抑え込んだ悠元に達也は目線で感謝の意思を示しつつ、摩利に視線を戻した上で紗耶香との会話の内容について話す。
「―――風紀委員の点数稼ぎか。それだったらうちの姉はどっちかに振り切れてるような気もするが……事実上の名誉職とはいえ、生徒会と部活連、それに教職員から高い評価を得ている人間でないとなれないのも事実ですが」
「こればかりは悠元君の言うとおりだな。その意味で壬生の言っていることは間違っているだろう」
「けど、風紀委員が高い権力を持っているのもまた事実。権力を傘に着ているとみられることもあるわ。正確には、それを吹聴している者がいるみたいだけど」
正確に言えば、『ブランシュ』の下部組織である『エガリテ』に参加している生徒が風紀委員に対する風評被害を流している。そういえば姉の美嘉が風紀委員長をしていた時、トラブルの関係で二科生全体の約1割を拘束したらしいが……もしかしたら、それは『エガリテ』に関係している人間だったのかもしれない。
すると、達也が立ち上がってその心当たりを口にした。
「その吹聴している者です。例えば、反魔法国際政治団体『ブランシュ』とか」
「!? ど、どうしてその名前を!?」
いや、態とにしても驚きすぎでしょう。そんなの答えを言っているのも同じじゃないですか。というか、あーちゃん先輩は『ブランシュ?』と首を傾げている……今更ながら、美嘉が校長相手に一歩も引かなかったのは『反魔法主義に関する教育の甘さ』を理解していたからかもしれない。前に『賛成意見ばかり聞いても頭が痛いだけ。かといって狂信者の主張なんてあれは一種の宗教ね』とぼやいていたことからしてそうなのだろう。
都合のいいものは受け入れ、都合の悪いものは取り除く。それではいずれ衰退する未来しか見えない。
反魔法主義は魔法を否定しているが、それは極端な言い方をすれば『核兵器による人類滅亡容認派』とも言えるのではないか。そんな自滅願望という身勝手な理由で暴力を振りかざし、周囲に被害を与える……性質の悪いテロリストと呼称したくもなるというものだ。
「……情報なんて、一度広がれば塞ぐのは無理ですよ。達也が知っていたとしても不思議じゃないでしょう。問題はそんな反魔法主義を隠す側にあるかと。政府の対応は拙劣というよりへっぴり腰と言うべきでしょう」
「悠元、辛辣だな……」
一度妥協すれば彼らはつけあがってエスカレートする……そんなタイプの出来事を自分は知識として知っている。別にテロリストでなくともそういう『声だけ無駄にでかい連中』は前世で散々目にしているので、その例が『ブランシュ』によって一個増えたぐらいだ。
魔法による社会を肯定するということは、その恩恵を受けられない人も当然発生する。人間という生き物が画一的な能力を有していないために、魔法に依存しない反魔法主義という考えも出てくる。
だが、現実問題として国家を存続させるために戦略級魔法師という抑止力はもはや必要不可欠なのだ。そこに目をつけて『人道的救済』等とのたまっているが、現実が見えていない時点でお察しである。
「でもまあ、ここは国策の教育機関である。よって、主義や主張も政府の意向が強くなる。その意味では生徒会長は難しい舵取りをしているので労わるべきかと」
「……悠君、慰めてくれているの?」
「でも会長、追い込んだのも三矢君ですよ?」
「自分で追い込んで自分でフォローする……まさに凄腕のジゴロだな。真由美もすっかり籠絡されているようだし」
「ま、摩利!!」
別に婚約者がいる人間を籠絡するつもりなんて微塵もないと言いたかったが、またもや冷気が流れてくる。発生源は言うまでもなく深雪なのだが、今度は悠元のやったことと摩利の言葉に反応してのことだった。
「悠元さんがジゴロ…凄腕の……女泣かせ……」
「ストップ、ストップ! とりあえず落ち着け! というか別の妬みも混じってません!?」
先ほどよりも地味に事象干渉力が強まってるため、周りに被害が及ばないよう苦慮する悠元を横目で見つめながら達也は静かに着席し、摩利たちに視線を向けた。
「……とりあえず、答えを待っているのは自分のほうですので、それを聞いて決めますよ」
「そうか。ところで、止めなくていいのか?」
「両者の問題に水を差して明日から氷のオブジェ状態はごめんですので。それに、これでも兄として妹の行く末は心配していますから」
「すぐ隣が冷凍室のような状態でも平然としている達也君が凄いと思うわ」
「……慣れましたから」
別に慣れたくはなかった、という言葉自体は発しなかったが、それも含ませるような達也のある意味達観した言葉に、先輩三人は揃って苦笑を零すのであった。
◇ ◇ ◇
そして、結局達也が力を貸す形で深雪は何とか落ち着き、ケーキを買って深雪のご機嫌取りをすることとなった悠元であった。
別に作ってもよかったのだが、そうなると別の問題が発生して拗れそうだったので、今回は我慢することにした。
「言っておきますけど、私は甘いもので機嫌が直るような安い人間じゃありませんからね。わかってますか、悠元さん?」
「そう言いながら一人でワンホールの8割食べちゃっても?」
「うっ……やっぱり悠元さんは意地悪です」
司波家に帰ってきて夕食後にケーキを堪能する。こんな風に会話をしていても二人は付き合っているわけではない……感情が欠けた自分にもこういうことはできるのだろうか、と達也は思いながら悠元や深雪のやり取りを微笑ましく見ていたのだった。