魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ローラーするのではなく、丁寧に一つずつ

 原作だとニュースキャスター(日本特有の言い方で、他の先進国では「アンカーパーソン」と呼ばれることが多い)が勘違いした正義感を振りかざす様な行いは、この世界では見られなかった。神坂グループらが本気のメディア株式買収工作に踏み切ったことに加え、政府がテロリストを正式に犯罪者として認定した以上、ここで反十師族を含めた反魔法主義の論調なんか書こうものなら、周囲から袋叩きに遭うだけだと理解しているからこそ、比較的穏便な論調に収まっている。

 

 そもそもの話、非魔法師の割合が多いメディアからすれば、魔法という力も政治家や官僚が持ち得る権力と同列に見ている部分が多い。“目に見えない力”というのが一番の理由だが、その対策としてFLTが世界に先駆けて「シルバーブロッサム」の新シリーズに現代魔法の光学可視化システムが搭載される。同日には『トーラス・シルバー』の開発チーム名義で論文も発表する。

 補足しておくが、開発元としてその名を出していても開発者名としては一切登録していない。論文に関しても提出者に『上条洸人』の名を使ってはいるが、『トーラス・シルバー』はあくまでも“開発チーム”として外部協力の関係を結んでいるだけに過ぎない形に止めている。

 『ディオーネー計画』が多少の変化を含む可能性はあるものの、どういった形であっても対抗できるように仕込んでいる。

 

 後々問題になりそうな『アクティブ・エアーマイン』だが、達也が開発者名登録を行う際に起動式の記述修正という形で新しい起動式を提出させた。起動式のデータ自体は特に変化が無い様に見えるが、変数処理に特殊な記述を追加することで、一定以上の威力を出そうとすると起動式の読込順も変化して、別の魔法という形で展開されるようにしておいた。

 この技術は古式魔法における隠蔽技術の一つで、現代魔法の光学迷彩にも使われているものでもあるので、これが明るみになっても特に大きな損失にはならない。

 

 達也と燈也が打ち合わせの為に十文字家の屋敷で話し合っている頃、悠元は神楽坂家の別邸にいた。面子は悠元以外に元継、修司、姫梨、由夢、雫に深雪―――『神将会』の会合である。

 今回のテロリストの追跡任務は護人の二家が十師族に依頼した形だが、相手が大陸の古式魔法師である以上、どこまであてに出来るか分からない不安があった。無論、達也や燈也、克人の実力は疑うべくもないが、相手が顧傑だけでなくUSNA軍まで加わるとなれば話は別となる。

 

「以上が今回のテロに関する結果だな。だが、問題はここからだ」

「人間主義はメディアを抑えられたから、まだ勢い付くところまで行っていない。だが、予断は許されないか」

 

 正直、昨春のメディア買収工作はどこまでの範囲を対象にするべきか直前まで悩んだ。原作知識に頼らないとしても、大規模な変化に対する想定外の事象が起こり得ないとも限らない。だが、ここまで来た以上はどう転んだとしても将来のリスク軽減を取るべきだ、と判断して踏み切った。

 

「政府と国防軍から師族会議を切り離したが、相互関係まで破棄させるわけにはいかない。とはいえ、魔法師を怖がる人間が一定数いるのも事実……いっそのこと、発祥国である旧合衆国―――USNAが責任を取れば済む話なんだが、そのUSNAが顧傑の抹殺に動いている」

「それって、お昼に悠元が言っていたことが関係しているの?」

「まあ、あの時は大分ぼかしたがな」

 

 しかも、動きを見る限りでは流石に日本国内で抹殺するリスクを嫌っている節がみられるわけだが、その辺の動きは全て『八咫鏡(ヤタノカガミ)』で把握している。その中心となっているのはスターズのナンバー・ツー、ベンジャミン・カノープスで間違いない。

 

「彼らのシナリオ上で考えているのは、公海上にまでおびき寄せて顧傑を『分子ディバイダー』で船ごと沈めるつもりなんだろう。そのためならばこの国の強化兵も使うつもりなのだろうが、座間にいる強化兵は()()()()()()()()()からな」

 

 座間基地には後天的強化措置を施された「特殊戦術兵」を収容する訓練所が存在している。日米共同利用基地にそんなものが存在している理由は、この訓練所が日米の共同研究に大きく関わっているためだ。

 南盾島の件の際、悠元はUSNA大統領と直接連絡を取り、座間基地にいる特殊戦技兵全員を日本側で引き取ると要求。それを拒否した場合、闇の存在である『アルカトラズ』の存在を全世界に公表するという交換材料と共に呑ませた。

 その為、特殊戦技兵訓練所は表向きの形である訓練所の肩書きを生かして、基地内の兵士の訓練施設へと化していた。

 

 座間基地のみならず、東京を含めた関東圏一帯の強化措置を受けた実験体は全て治療が完了しており、現在は悠元の魔法理論に基づく厳しい訓練を受け、最終的には独立魔装大隊や十師族お抱えの魔法師として配属されることになる。

 実力的にはスターズの隊長クラスに匹敵するが、人としての道徳を徹底的に叩き込まれるため、忠誠心は極めて高いと言えよう。なお、一部の魔法師は自分に対して忠誠を誓っている節がみられ、そういった面々は神楽坂家で引き取ることになりそうだ。

 

「そこまで手の込んだことをするなんて……顧傑はどうするの?」

「出来るだけ首都圏から遠ざけてから拘束する。相手が97歳の老人なんざ知った事じゃない。テロを起こした以上は罪を償ってもらうのが法治国家としての道理だ。USNAが敵対する場合、彼らに致命傷を負わせるカードはいくつかあるからな」

 

 どうせ痕跡を残さないように非合法工作員(イリーガル)やらスターダストを投入して、最終的には彼らを捨てるのだろうが、折角の戦力を捨てるのであれば拾ってやろうと思う。パラサイト事件の時に脱走した兵に関してもそうしてきたので、別段問題はない。

 

「日本側で逮捕し、USNAに護送して真っ当な裁きを受けさせる。その際、メディアにスキャンダル情報をリークして暴露させる。そのついでに野党側とテロリストの癒着もリークすれば、USNA国内はそれで一気に身動きが取れなくなる」

「……エドワード・クラークやレイモンド・クラークが動いてくる可能性があると思うが」

「その時はその時だ。だが、彼らは政府機関の人間であって政財界の人間じゃない。こちらの工作だと騒ぎ立てたところで政府が首を縦に振れる筈がない」

 

 いくらエドワード・クラークが軍に対する影響力を有していると言っても、文民統制(シビリアンコントロール)の前提を壊すような真似は御法度。いくら国防長官にコネクションを有していると言っても、こちらは更に上の立場である大統領と繋がりを有する。その意味で、剛三の世界旅行に付き合った面目躍如と言えるかもしれない。

 

「仮にスターズが暗殺を目論むようなら、直接ホワイトハウスの大統領執務室に乗り込むことも辞さない。そうなれば、向こうの統合参謀本部の首が飛ぶだろうな」

「比喩? 比喩だよね?」

「リアルに飛ぶかもしれんな」

「えと、それは流石にこのご時世では……」

 

 そんなUSNAの悲観的な未来予測はさておき、まずは顧傑に関する情報だ。

 小田原の民家を出た後、鎌倉周辺から顧傑の悪しき気配を感じている。いくら彼が老獪な古式魔法師といえども、復讐心を完全に御するなど不可能に近い。ましてや武術の達人でもない以上、彼から漏れ出ている負の感情はハッキリと捉えている。

 

「当分は十師族に依頼した以上、彼らに任せるのが道理だ。周公瑾の記憶情報から関東圏の隠れ家のデータは全て洗い出している。あと、多摩川に強力な“聖域”を展開しているので、顧傑は事実上神奈川から西と北に出れなくなった」

 

 多摩川に仕込んだものは宇治川にあったものを参考にしているが、その強度は宇治川の比ではなく、悪しきものが触れると死に至るレベルに設定している。相手がテロリストである以上、生死に情けなんて掛ければ死ぬのはこちら側だ。

 

「人間主義者がテロ事件の後に活発化しているのは事実だから、当分はこちらの片付けを優先する。場合によっては顧傑との繋がりでテロ特措法適用対象として資金源の凍結や拠点の強制捜査も視野に入れておく」

 

 人間主義を唱える組織のどれもが多かれ少なかれ『ブランシュ』や『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』との繋がりを持っていたことは明らかで、言い換えれば彼らの残党という表現も可能なラインだ。つまるところ、顧傑とは間接的に繋がりを有していた共謀関係と見ることも一応できるし、顧傑が起こしたテロに託ける様であれば処罰の対象とすることは可能だと踏んでいる。

 警察や公安にとっては多忙な事とは思うが、これも今まで放置し続けてきた組織のツケだと思って甘んじて呑み込んでもらう他ないだろう。

 

「そもそも、神の奇跡を使うのが悪魔の力だと言うなら、科学技術なんて同類の所業だろうに。魔法がダメで科学技術がオッケーという時点で論理が破綻してるわ」

「まあ、連中は魔法を否定したいだろうからな」

「それは理解してるけど、何で悪魔なのかね。他人への愛を忘れた狂信者のほうがよっぽど悪魔じみてるわ」

 

 宗教は本来、人の心を定義するための一要素でしかない。神の名を振り翳して道徳に悖る行いをするほうが人としての道徳や倫理を疑う。なので、自分にとっての宗教は信仰するものであってもそれを目的や手段の要素に取り入れる気などなかった。

 

 人間主義者はその宗教―――神を拠り所にして自分たちの活動を正当化している。だが、その“畏れ”の考え方は魔法の存在に由来するものであり、その辺は自分の都合の良いように解釈しているに過ぎない。

 この国にはあらゆる自由が憲法によって認められているが、それはあくまでも人として守らなければならない必要最低限のルールを守った上での話。そのルールを破った以上は法によって裁かれなければならない。これが通用しなくなれば法治国家としての体が崩壊してしまう。

 悲しいことに、その必要最低限のルールすら鑑みずに平気で法を犯す人間が多すぎる。なので、ここいらでその見せしめとして人間主義者らには犠牲となってもらう必要がある。テロ特措法による刑法の適用範囲は“国家反逆罪”―――最高刑の死刑まで適用される。生かしておくと神格化される危険もあるし、下手に殺してもそうなるわけだが、そうなった場合は組織ごと潰すのが手っ取り早くなる。

 

「人間主義の絡みで、今のテロ事件が収束次第ローマ教皇が来日するそうだ。そこで人間主義に対して“破門”の最後通告を行うらしい」

「それって悠元のお祖父さんの絡み?」

「俺自身の絡みもあるけどな」

 

 イタリアマフィアを片付けた後、剛三の誼でバチカン市国を訪れることになったのだが、先日潰したマフィアに支援していた枢機卿の数人が刺客を差し向けたのだ。無論、殺気がバレバレで即座に潰した後、剛三は天性の勘で犯人を証拠を探り当て、黒幕の枢機卿らは剛三の雷で蒸発した。

 功績は無論剛三のものだが、教皇はお詫びの気持ちとして悠元に贈り物をしている。一番マズいと思ったのは“指輪”で、自分はキリスト教に改宗するつもりはなかったわけだが、せめて感謝の気持ちを示したかったと言われれば無碍にするわけにもいかず、渋々受け取った。無論死蔵行き決定であり、他のキリスト教の信者に知られるわけにはいかない。

 

「話を戻すが、神将会としての行動方針は人間主義者が片付くまで当分後方支援に徹する。爺さんと母上が遊撃として動く以上、相手も下手なことが出来ないと思いたいが油断はできない」

「特にUSNAだな?」

「そういうこと。場合によっては顧傑の逃亡を支援する可能性がある。その場合、相手国の出身の如何を問わず、国内法で対処する」

 

 テロリストの逃亡を助けるということは、テロリスト支援の名目で動いていると解釈する。そこに顧傑の始末が関わっているとしても知った事ではない。大体、大統領特命として派遣されたリーナはともかく、それ以外のUSNA軍関係者がこちらに接触してこない以上、テロ特措法に基づく「テロ支援者に対する処罰」ということで処理する。

 

「実働部隊は誰を動かすのですか?」

「十文字先輩を軸として、達也と燈也、それに将輝の三人を宛がうことにした……なんだかんだ言っても実力はあるし、周公瑾の追跡にも十分な成果は挙げているからな。深雪も思うところはあるだろうが、これに関しては認めて欲しい」

「……ええ、実力があることは私も認めていますので、異論はありません」

 

 悠元と深雪が婚約関係にあるというのに、その横槍を入れて来たにも等しい将輝のことは正直深雪だけでなく悠元から見ても鬱陶しいと感じるほどだった。いっそのこと果たし状でも送られてくれば話が早い訳だが、そんな素振りも見られない。

 事情はどうあれ、『クリムゾン・プリンス』と呼ばれるだけの実力があることは確かだし、第三高校は実戦を意識したカリキュラム構成なのは知っているため、彼の実力だけ見れば疑うべくもない。悠元の気遣いを察しつつ、深雪も少し考えた後で頷いた。これには周囲の人間が苦笑交じりの表情を滲ませていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 護人の二家が師族会議を先に掌握したのは、他の部分に関しても算段が付いているから来るものだった。今回のテロに際して国家の組織が一体となって対処できる下地を作る……とはいえ、今までの軋轢からそう簡単に出来るものではないことはとうに分かり切っていた。

 国防陸軍総司令部の執務室にて、デスクに座る最高司令官こと蘇我大将は大友参謀長からの報告を受けていた。

 

「―――それで、佐伯への要請は今のところ音沙汰なしと捉えていいのかね?」

「ええ。彼女は元々反十師族の派閥の一員ですし、中央にはその派閥が巣食っていますので」

 

 今回の一件は魔法的要素が強く、テロリストの犯行声明からしても「相手は高位の魔法師の可能性が高い」と統合幕僚会議の参謀担当が断言している以上、魔法部隊の独立魔装大隊を有する第101旅団に支援の要請を出した。だが、佐伯はその返事に対して沈黙を保っている。蘇我とて昨日の今日で返事が来るとは思っていないわけだが、問題は第101旅団が反十師族・反九島烈の支持基盤の一角をなしていることだ。

 

「ただ、独自に動いている節は見られています……如何しますか?」

「元々神楽坂家―――“彼”からの要請はあくまでも『任意協力』と念を押されていた。彼は最初から独立魔装大隊や第101旅団を信用していなかったのかもしれんな」

 

 それが決定的になったのは、恐らく一昨年春の一件だろうとみられる。技術士官として必要最低限の依頼はこなしていたが、それ以上の貢献をしようとする気もなかったし、更には国防軍内の不祥事の処理を彼に押し付ける格好となった。これでは彼が国防軍に不信感を抱いたとしても可笑しくはない、と蘇我は睨んでいる。

 

「加えて、USNA軍がこちらに働きかけて余計な動きをしないように言ってきている……我々はいつから彼らの言いなりになることを覚えさせられたのかね?」

「……では、無視すると?」

「それでは文民統制の面目が立たん。当初の予定通り、都心の政府機関を中心に厳戒態勢を敷く。人間主義者などがデモ活動を起こす可能性が高いため、それに乗じたテロ行為を阻止する」

 

 本来は警察の仕事なのだが、相手がテロリストである以上は警察の手に余る領域に踏み込む。蘇我はテロ特措法による要請に基づいて政府機関の周辺に厳戒態勢を敷き、範囲内での集会活動などに目を光らせることを大友に指示した。そして、テロリストの拘束に関する仕事は、不本意ながら彼の手に委ねるべきだと結論付けた。まだ成人もしていない人間に責を負わせることを内心で詫びつつ、指示を飛ばすのだった。

 




 後半の国防軍絡みの部分はぼかし気味にしています。いくら反十師族・反九島烈とはいえ、国家を守る職務を遂行する公僕の軍人が私的な思想・信条で判断するのは如何な事かと思います。本当に。

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