魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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面従腹背の輩など抱えたくない

 悠元が寿和の後始末を引き受けて響子を関与させなかったのは、自分の幼馴染絡みの案件で迷惑を掛けたお詫びの気持ちもあるわけだが、これには別の事情も含んでいた。

 悠元は『九頭龍』を知る以前から、自身の情報網だけでなく複数の情報屋とも個人的に伝手を有しており、提供してもらった情報で得た報酬の一部を支払うことで良好な関係を築いていた(元々自身で稼げるだけの収入を有しているため、報酬はほぼ貯蓄に回すぐらいしかなかった)。ロッテルバルトのマスターともアイネブリーゼの絡みで良く知っていた。

 

 テロがあった翌日、『神将会』の会合の前に悠元は立ち寄ったアイネブリーゼのマスターから相談を受け、そのままロッテルバルトに向かったところでマスターが内密に相談してきた。珍しく「CLOSED(クローズド)」の札が掛かっていたが、悠元が来たタイミングで扉が開き、マスターが中に招き入れた。

 

「―――妙なリストが出回っていた、ですか?」

「ええ、それと分からぬようにばら撒かれたそうで。他の同業者にも確認したところ、崑崙方院残党との繋がりが疑われている魔法師が載っていました」

 

 情報屋は情報の正確性を求めるため、必ず裏を取ることが多い。テロが起きたタイミングでそんなリストが出回ること自体何か裏があると睨み、マスターは同業者に確認したところ、そのリストが出回っているのは間違いないと確信した。

 

「そのリストは見ることが出来ますか?」

「ええ。念のため紙媒体にプリントアウトしてあります」

 

 マスターから見せてもらった崑崙方院残党との関与が疑われているリストを目に通した悠元は、そこに記載されている情報のセキュリティレベルを考慮した場合、この情報を流した相手が政府機関か国防軍の関与だとすぐに分かった。

 加えて、事件の状況で古式魔法師―――それも死体操作魔法の専門家に繋がる様な人選をしている以上、このリストを作成した人物は古式魔法師を良く知る人物で間違いない。

 

 だが、情報部が関与した形跡は認められなかった。十山家あたりならやりかねないだろうが、態々警察官を狙い撃ちにしてこのことが警察省にバレた際、最悪警察省と防衛省の協力関係にヒビが入りかねず、明らかに国益に繋がる行為ではない。

 上泉家を怒らせた件で勘気を被っている以上、彼らとて自ら首を掻っ切る様な真似はしないだろうとは思う……国家に対する行き過ぎた忠誠心があればやるかもしれないが、明らかにデメリットが大きすぎる。

 

「ありがとうございます……とりあえず、気を付けるように念を押すしかないですね。同業者の方々にもあまり逸った真似はしないように忠告しておいてください」

「分かりました。相談を受けて頂き、ありがとうございます」

 

 しかし、警察や公安がいくら『ブランシュ』や『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』で煮え湯を飲まされたとはいえ、身内ともいえる警察官が関わりそうな案件にこんな回りくどい手など使えるはずもないし、最悪不祥事で上層部の首が飛びかねない。

 明らかに崑崙方院残党と指定している以上、四葉家の絡みが強いと睨んでの行動を起こせる古式魔法師を有する組織など、悠元の中では心当たりが一つしかなかった。

 

 第101旅団、そして独立魔装大隊がリストを情報屋に流したとみて間違いない。あそこは元々反九島烈―――反十師族の派閥の組織である以上道理は通るし、今回のテロ事件は十師族が大きく関係している以上、第101旅団がこの事件に関与しなくても何らかの形で顧傑の協力者を炙り出すような真似はしてくると踏んでいた。

 だからといって、一歩間違えれば警察省や百家の千葉家を敵に回すような行為は断じて認められるものではない。悠元自身、佐伯少将の能力こそ評価はしているが、思想・信条はどうしても相容れない部分がある。その最大の要因は達也を囮にして敵の戦略級魔法を探ろうとした原作の一件からくるものだ。

 それがこの世界でも起きるとは必ずしも言えないが、元々の『トゥマーン・ボンバ』の射程距離は精々1500キロメートルが限界だということは判明している。尚、悠元が改良したものは実質的に距離の制限を受けることはない。

 

 佐伯少将がテロリストを崑崙方院残党と断定したのは、師族会議の場でないと巻き込めない人間となれば、間違いなく四葉家当主の真夜が該当する。それ以外の十師族当主は表立った職を有しており、その気になれば屋敷を直接襲撃する可能性もある。

 それが起こらなかったのは、四葉家を狙うとすれば十師族選定会議がある師族会議が一番確実だと考えたのだろう。

 

 閑話休題。

 

 悠元が神楽坂家の別邸にいる使用人に連絡を入れ、水波に急用で出かけることを伝えた上で司波家のガレージに持ち込んだ『ドレッドノート』に乗って神楽坂家の別邸へ向かった。到着したところで出迎えた使用人の案内で応接室に向かうと、寿和と稲垣を修司と由夢が応対していた。

 

「修司、由夢。忙しくさせたみたいだな」

「気にしないで。悠元、稲垣さんに掛けられた呪印(カース)は解除しておいたよ」

「特に返しなどの兆候は見られないが……現代魔法師が古式魔法師に精神面で対抗するなんて難しいのに、警部さんたちも無茶をする」

 

 元々神事に携わっているからこそ、由夢は稲垣に掛けられた呪印を見抜いてすぐに解除し、修司はその術を破った反動を見守っていたが、特に変化は見られないと断言していた。寿和もまさか稲垣がそんな術を受けているとは知らず、稲垣自身も術を掛けられてそう時間が経っていない為、体調面での変化はみられなかった。

 ともあれ、悠元は一番上座となるソファーに腰かけた上で寿和と稲垣を見やった。

 

「……寿和さんに稲垣さん。警察の矜持は認めなくもないですが、何でこちらを尋ねる前に『人形師』のところに出向いたのですか?」

「!? な、何でそのことを……まさか、藤林さんが言っていた知り合いというのは?」

「紛れもなく自分のことです」

 

 そもそも、伊賀忍者の系譜を引き継いでいる藤林家の人間ならば、仮に専門分野でなくともそういった古式魔法の存在ぐらいがあることぐらいは知っていてもおかしくないのに、魔法使いの柵で教えようとしなかったことにも問題がある。

 現代魔法では禁止同然とされている有機物干渉の類の魔法は古式魔法ならば数多く存在する以上、自分たちが手を汚さずに警察に任せる高みの見物をするぐらいならば、寧ろ余計なことをせずにこれ以上の外敵の侵入を防いでほしいと思ってしまう。

 

「エリカのことは理解しています。こちらとしては、千葉家当主はともかく寿和さんや修次さんに迷惑を掛けているのも事実です。なので、そちらの疑問に答える形で情報を開示します。そして」

「そして?」

「神楽坂家当主として、先程警察省に協力要請を願い出ました。内容は“テロリストを支援する勢力の摘発”です」

 

 どの道、現状の警察官の殆どは古式魔法に不得手の人間が多いため、それならば現代魔法の範疇で対処可能な勢力を摘発してもらうことにした。周公瑾の知識から顧傑に繋がっている可能性が高い組織のリストを内閣総理大臣経由で警察省に渡している。

 ただ、準備も必要なので現状は警察省を管轄する国家公安大臣(前世で言うところの国家公安委員長の立ち位置)でストップされており、表向きは人間主義を含めた反魔法主義のテロ対策ということで準備が進められている。別に嘘は言っていないので何ら問題はない。

 

「正直に言えば、千葉家の人間の中で対古式魔法の経験値が最も多いのはエリカ以外に居ません。なので、千葉家ではなく友人の誼として協力を頼むつもりです。それで、テロ事件で使われたと思しき魔法ですが―――」

 

 悠元は死体操作魔法『僵尸術』の存在を寿和と稲垣に明かし、それと引き換えにこれ以上テロリストの追跡は認められないと神楽坂家当主の名で厳命した。今回の魔法は下手すれば二人が死兵として日本人に牙を向ける可能性があったことを伝えると、その説明で納得したらしく二人は帰っていった。

 二人を見送った由夢が戻って来てソファーに座ったところで、修司が尋ねた。

 

「今回は何時になく苛立っているな、悠元」

「……否定はしない。まったく、どいつもこいつもそんなに組織の面子が大事か? 人の好き嫌いで関与の可否を決めるなんざどうかしてるとしか言いようがない」

 

 原作だと反魔法主義の激化を本来調停者として抑えるべき政府が日和った。政治家も世論ばかり気にして国会議員としての職務を全うしているとは言い難い。国策である魔法に対する批判的意見を抑圧するのは憲法で保障している言論の自由に抵触することになるわけだが、だとしても、この国の現代魔法界を構築しておいて肝心な部分で何もフォローしていない時点で、国家の長たる確固とした意志が皆無過ぎる。

 

 だからこそ、今上天皇が内閣総理大臣に迫った。

 

―――国の長たる人間が国家の柱である『基本的人権の尊重』を魔法資質を持つ人間に認めないような風潮を看過することは、先日私が述べた等しく国民である思いと相反する行い。そんな人間だというのであれば、私は貴殿を内閣総理大臣に認めることは一切しない。

 

 その承認式の後、今上天皇は表向き“国家の安寧を若き世代に託すべく、象徴たる人間がその手本となる”という体で今年の3月31日を以て退位を行い、4月1日に皇太子が次の今上天皇として即位する。天皇は上皇として職務から手を引くと公言しつつ、一個人として国内外を歴訪する意向を示している。

 なお、現在の天皇は前世で上皇となった天皇の男系の曾孫にあたり、年齢はまだ60歳。退位するには若すぎると思うだろうが、自身が元気な内に子へ継承することで皇族の安寧を図るという目論見があった。

 

 ただでさえ魔法資質保有者は様々な制限を掛けられているわけだが、制限に対する見返りが十二分に与えられているとは言い難いし、魔法科高校に入れなかった資質保有者が犯罪者となっている現状を見逃しているのは目に余り過ぎる。

 警察や公安だって魔法師の人員が欲しいのに、そこに繋がる教育機関などのラインが戦後30年以上経った今でも構築されていないのは問題である。

 

「自分が言えた義理ではないことぐらい承知の上だが、テロリストの良いようにされるなんざ国家としての体を疑いかねない」

 

 国防軍に関しては統合軍令部および統合幕僚会議の了解を取り付けているが、魔法師部隊の動きに関しては鈍いという他ない。人間主義によるテロ対策もあるのだろうが、十師族が動いていることもあって非協力的な部分が出てきているのも事実である。

 政府は野党勢力を大幅に削ったことで協力を取り付けやすく、場合によっては外務省にUSNA関連の情報をリークすることも辞さない。情報を握り潰す可能性もあるが、その時は買収したUSNAの大手メディアに報じてもらえばいい。

 

「しかも、独立魔装大隊―――いや、第101旅団は今回の事件に対して関与しないつもりらしい」

「……反十師族という理由でか?」

「それと反九島烈の勢力だな。本当にあの人は功罪が多すぎるわ……その責任も取ってもらわないといけない」

 

 九島烈が東京に来ているのは、国防軍の退役少将として“最後の奉公”を行う形で国防軍の意思統一を図るため。このことは光宣の治療の条件の一つに含まれている。リーナとセリアに九島家の魔法を教えるのはそのついでという形ではある。

 

 今回のテロ事件を機に、十師族当主は“国家防衛の要”として民間人から公人という形になる。事実上の権威を与える形だが、私的な戦力保有が認められないと主張する輩がいる以上、まずは十師族当主が民間人という軛を抜けてもらわなければならない。十師族当主は護人が立ち会う形で今上天皇より承認を受けるわけだが、その妻子や親族にはその範囲が及ばない。言うなれば中世日本における“官位”の考え方に基づく箔付けだ。

 その箔付けを根拠として、十師族の家には各地域における内外の敵対勢力に対応してもらう。七草家を当初の予定から大きく変更した以上、各守護地域の策定も多少変更が加えられる形となる。

 

 国防軍が担うのは“外敵からの国家防衛”であり、十師族を含めた師族会議が担うのは“敵対勢力の排除”。特別視するのではなく、現在持ち得るコネや影響力に対する対価の義務として十師族には対象地域の守護を担ってもらう。国防軍はあくまでも積極的自衛権に基づく国土防衛の組織と位置付け、師族会議には外敵に対する抑止力の役目を負わせる。

 この国が世界屈指の経済規模を持つとはいえ、人的資源という問題が付き纏う以上は領土拡張こそ愚策に等しい。新ソ連に対する抑止力という意味では、精々樺太か千島列島が限界だろう。

 

「その旅団にはペナルティを負わせないの?」

「あくまでも任意の要請という体で蘇我大将に打診したからな。ただ、いくら魔法戦闘の実験部隊とはいえ、相手が高位の魔法師である以上は遊ばせておく理由もない。そのことを佐伯少将が理解していないとも思えない筈だが」

 

 正直、軍人が感情論を振り回していいのか、と思う。一昨年春の一件は本来の契約に基づかない無理な出動要請だったため、数ヶ月間依頼以外の連絡を断ち切った。契約の内容に関する国防軍側の契約違反行為に対しての抗議行動とはいえ、自分の場合もその感情で振り回した側だから人のことなんて一方的に悪く言えないわけだが。

 テロ行為という国家の存亡にかかわる行いを見逃して十師族が国外に追いやられるようなことがあれば、叛逆されて死人が出ても文句なんて言えないに等しい。国家を守る役目を担う人間が私的戦力の保有を認めないという原則に固執する理由は分からなくもないが、時代は進んでいるのだ。なれば、政府が認められないのならば天皇の附託を受けた護人がその力の保有を認めるしかない。

 

「悠元はその国防陸軍の将校だろう? 権力を使えば従わせることも行けると思うが」

「無理矢理従わせて面従腹背の輩を内に抱えたくない。だったら何もしてくれなくて結構だ」

 

 これまで貢献していた恩恵を吹き飛ばす様に裏切る様な連中がいる組織を信用したくない。それでも悠元がまだ国防軍に軍籍を置いているのは、蘇我大将を含めた国防陸軍総司令部だけでなく防衛省の制服組からも信頼を勝ち得ているためだ。

 正直度重なる昇進を訝しんでいたが、それは防衛省の制服組が悠元が国の抑止力としての配慮をせめて形として示したかっただけ、と現職の内閣総理大臣から聞き及んでいた(制服組は大半が新陰流剣武術の門下生とのこと)。

 国家非公認の戦略級魔法師だからこそ、魔法という戦力を有しつつも制御できるか疑わしい部分がある為、悠元には抑止としての役目を担って欲しいとのこと。大友参謀長が地位の椅子を譲りたがったのはその側面が働いた結果だった。

 確かに、非常勤職とはいえ九島烈よりも高位の中将となれば、佐伯少将は立場上だと下になる。制服組の数人とも会話をしたが、いずれも「佐伯の増長が目に余りつつある」と零しており、戦略級魔法のことを考えれば反十師族の流れは宜しくない、と昨春の動きを反省しているような節がみられた。

 

 独立魔装大隊には個人的に親しくしている人間もいるので、一個人としては信頼している。だが、ここに組織などの柵が加わってくれば話は別だ。だからこそ、達也の軍事機密に指定されている『雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)』も含めて自分が許可を出した。

 




 原作を読み解いた段階では、佐伯がテロリストの正体を暴いているような節がみられていて、一体どこから情報を入手したのか不明です(四葉家から国防軍にその情報が流れた可能性が低い)。
 一番考えられる線は『七賢人』のメールを受け取っていた説です。この時点でレイモンド・クラークは達也の正体(『摩醯首羅』と『トーラス・シルバー』)を把握しているので一番理に適っていますが、『七賢人』の名が出てこないので良く分からない感じです。
 ただ、国外のテロリストが日本に来ているという情報を掴んだとしても、そのテロリストが崑崙方院の関係者だと把握できる人間はかなり限定されます。それこそ国際指名手配でもされない限りは。

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