魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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お役所仕事は手続きに時間が掛かります

 司波家に帰ってきた悠元はいつも通り深雪に出迎えられたが、夕食後に達也から「相談がある」ということでリビングに集まっていた。内容は実働部隊の関係で直接情報交換をすることとなり、どこまで出せばいいのかの匙加減であった。

 原作ならばいざ知らず、深雪は神将会の関係で細かい事情を知っており、その流れで達也も今回の首謀者である顧傑の情報を知っている。達也としてもその情報提供元である悠元を出来るだけ隠したいという意図を汲み取りつつ、顧傑の拘束に繋がりそうな情報の開示は問題ないこととした。

 ようは達也の匙加減に委ねるというもので、これには流石の達也も「これは大変なことだな」と漏らしており、それを見た深雪はクスッと笑みを零した。

 

 次の日の夜、達也は四葉家から連絡を受けて周公瑾が隠れ家として購入していた一軒家を訪れたところ、ジェネレーターと遭遇したが、これを難なく退けた。素性を調べて欲しいという達也からの画像情報を基に調べた結果、『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』が健在だったころに製造されたジェネレーターだということが判明した。

 肝心の顧傑に繋がる情報は無かったが、現場を訪れた際に顧傑の軌跡―――周公瑾が歩いた痕跡を視ることが出来た応用―――では、どうやらそう遠くへは行っていないものの、上手に逃げ果せる辺りは周公瑾の師と呼ぶべき実力者なのだろう。

 

 そして、その日の週末は雫の誘いで北山家の屋敷を訪れていた。原作なら達也と深雪の役目だったところが、悠元と深雪に変わっていた。なお、達也は相談事があると言って四葉本家に向かった。大方、先日の襲撃に関するものだろうと思う。

 いつもならばそう畏まった服装をすることなどないが、悠元だけノーネクタイのスーツ姿である(そもそも『神将会』の時にネクタイをすることなどないが)。

 

「お邪魔するよ、雫」

「どうぞ、あがって」

「それでは、失礼します」

 

 いつもならば魔法の練習をしたり、勉強をしたり……まあ、後は婚約者としての時間を過ごしたりとしているわけだが、今日ばかりはそういう訳にもいかなかった。その理由はラフな格好とはいえ雫の父親である北山潮にあった。

 

「お待たせして申し訳ありません、神楽坂様」

「お久しぶりとは言い難いですが。あと、そこまで畏まらずに普段通りで構いませんよ、潮さん」

 

 悠元が神楽坂家の当主となった以上、国内有数の大財閥である神坂グループの総帥とも言える存在であるが故、こうやって呼び出してしまうのは潮であっても恐縮してしまうのは無理もない。加えて、娘がその婚約者であってもその外戚として威張ることは許されないのを分かっているからこそ、潮は畏まって頭を下げ、悠元はそれを嗜める。

 それに、今回の呼び出しの一件に関して雫から事前に聞き及んでいるため、比較的動きやすい自分が出向くのが筋だという合理的な考えに基づいている。

 

「では、失礼をさせていただくついでに話を聞きたいと思っていてね。特に神坂グループを率いているであろう君の意見を聞きたい」

「実質的な権限はまだ母上が持っていますが……まあ、いいでしょう。お聞きになりたいのは魔法師に対するネガティブキャンペーンの再発ですね?」

「そうだな。妻も娘も、そして息子も魔法師である以上、私としても無関係ではいられないからね」

 

 潮の長男にして雫の弟でもある北山航だが、昨年春に新陰流剣武術の道場に通い始めてたった半年で封印解除をしても問題ないという元継の判断で魔法師としての資質を解放した。それでも潮は航に後を継がせる方向性に変わりはないようだった。

 この辺のことはともかくとして、現在メディアによる反魔法主義のネガティブキャンペーンは今のところ行われていない。その原因は神坂グループによる大規模のTOB(公開買い付け)を含めたメディア買収により、その主張を取れるはずのメディアが完全に及び腰になっているためだ。

 顧傑が犯行声明を発表して少し出たぐらいだが、発信力の強いメディアは完全にテロリストを非難する記事に傾いてしまっている。何故かといえば、先日施行されたテロ特措法には各種メディアによるテロリストを擁護するような動きを制限するものも含まれており、あまりにも酷い場合はテロリストの犯罪幇助の予備罪として問われる形になる。

 要するに、テロリストを「触らぬ神に祟りなし」の精神で見守ることしかできなくなった、ということだ。

 

「先日、日本政府・日本魔法協会・神坂グループ、そして十師族の連名でテロリストの非難声明を発表しました。そして十師族はテロリストの拘束に動いています。メディア方面に関してですが、テロ特措法の罰則もあってどこも及び腰になっています。まあ、楽観視は出来ませんが、必要に応じて対策は取るつもりです」

「そうか。君ぐらいの人間ならば、私の力など必要ないかもしれないが」

「私とて一人の人間ですので、出来ることに限界は生じます。必要とあらば潮さんの力もお借りすることになるかもしれません」

 

 面倒なことだが、世論の力というのは時として世界すら揺るがす。過去に起こった革命は民衆の不満が爆発して、数の力で国家を引っ繰り返した。だからこそ、必要以上に騒ぎ立てるつもりなどない。

 対策は施したが、それが上手く機能するかどうかも今のところは何とも言えない。ただ、テロ特措法の中に“軍事物資に相当する稀少物資の不正所持に関する罰則”を組み込めたのは僥倖とも言えよう。

 

「事前に全てを防ぎ切るのは難しいというのだね?」

「最初から特定の思想を持っているならばいざ知らず、一部の民衆による突発的な感情の爆発で思わぬ被害を被ることだってあります。その意味で被害を全て防ぐのは厳しいでしょう」

 

 暫くは一人で帰らないようにすることぐらいしか手の打ちようがない。それに、殆どの生徒が魔法以外の防衛手段を持っていない以上、魔法使用による過剰防衛を懸念している。刑法の改正に関する意見は既に政治家へ通しており、CAD所持に関する明確なルール付けと合わせて行われる。

 いくら資質を有していようが、緊急時の魔法使用が出来るかどうかは本人の意思次第な部分もある為、どうしても不安定さが付き纏う。それに、必要とされる系統の魔法の得意・不得意の部分もあるので、その意味で瞬発力に優れた現代魔法が持続力を発揮される非常時の事態に適しているとは言い難い。

 ともあれ、メディア関係については今後の様子も見ながら適宜必要な措置で対処していくことを確認し合った。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 2月11日、月曜日。いつものように登校してきた悠元らは校内が妙にざわついているのを感じていた。顧傑の犯行声明の翌日もざわついていたが、それとは毛色が違っていて好奇心やら興奮に近いものだとすぐに分かった。

 尤も、悠元はその原因に心当たりがあったからこそ、特段驚くようなそぶりは見せていなかった。2年A組の教室に入ると、先に登校していた雫とほのかが声を掛けてきた。

 

「おはよう、悠元に深雪」

「二人とも、おはよう」

「おはよう、雫にほのか。にしても、何だかクラスの中が興奮気味な様子だが、何かあったのか?」

 

 とはいえ、その詳しい事情は機密にも触れてしまう部分がある為、何も知らない体を装って問いかけた。すると、この中で交友関係が広い方である雫が答えた。

 

「私はエリカから聞いたんだけど、学校に三高の一条さんが来ているって」

「一条さんがですか……悠元さんは何か知っていますか?」

「勉学上の便宜を図れるようにはしたけど、それ以上のことは学校側の問題だからノータッチだよ」

 

 このクラスでは先月に退学者が一名出てしまった。なので25台の端末に対して24人しかいない状態だったわけだが、将輝が短期受け入れという形で2年A組に入ることはある程度予測していたことだ。

 

「ようは例の事件絡みってことですか?」

「そうなるな。何にせよ、そう長引くとは思っちゃいないが」

 

 ほのかや雫が懸念を滲ませる様な心配そうな表情を向けるのも無理はない、と思いつつも悠元は深雪を気遣った。相手の事情や心情を素直に慮ってやれるほど自分はそこまで器の大きい人間ではないのだから。

 将輝を指名したのは、あくまでもけじめを付けさせるためであり、これで諦めないようならば、本気で多大な功績を示して黙らせるつもりでいた。今までの功績を出したとしても信憑性がかなり薄い、という事情もあるわけだが。

 

 当事者側となる2年A組に担当教官ではなく教頭の八百坂と一条将輝が入ってきたときの雰囲気といえば、悪くはなかったと言える。何せ、将輝が深雪を好いている情報は精々十師族関係者に止められており、その事情を聞かされている雫とほのかから見れば将輝が姿を見せたことは「よく顔を出せるものだ」という感想を抱いたらしい。

 流石にクラスの雰囲気を悪くしたくないので、二人とて何も言わずに歓迎するような雰囲気を出していた。

 

「皆さんもご存じの通り一条君は第三高校の生徒ですが、この度お家の都合により1ヶ月ほど東京で生活することとなりました」

 

 流石に私語をするような生徒はいなかったが、家の都合というだけで一条家―――十師族の絡みで東京に出向くとなれば、間違いなく先日のテロ事件に関するものだと察する生徒は少なくない。

 まあ、男子生徒と女子生徒で将輝に向ける視線が違っているのは言うまでもなく、悠元に至ってはまるで興味が無い様な視線をしていることに雫が気付いて小声で話しかけた。

 

「……悠元、やっぱり不満?」

「正直に言えばな」

 

 だが、下手にストーカー行為に走られて一条家の心証を害するような行為は避けたかった。それは自分の婚約者として申し込んだ将輝の妹こと一条茜のこともある。なので、キッパリ決着してもらうためにも将輝の招集は苦渋の決断だった。

 

 周りが第一高校の制服の中、赤系統の第三高校の制服を着ている将輝は否応にも目立つが、今回の一件は転校ではなく魔法大学ネットワークを利用した短期受け入れの為、最長1ヶ月の為だけに態々第一高校の制服を用意するにも非効率的すぎるので、これに関しては仕方がないだろう。

 

「実習や実験についても単位の取得とはなりませんが、皆さんと一緒に学んでもらいます。一条君にとっても皆さんにとっても、きっといい刺激になることでしょう。仲良く、切磋琢磨してくれることを望みます。では、一条君」

 

 そう述べた八百坂に促されて将輝が半歩進み出る。

 

「第三高校の一条将輝です。この度は第一高校の皆様のご厚情により、一緒に学ばせていただくこととなりました。1ヶ月の短い間ですが、宜しくお願いします」

 

 将輝が頭を下げたのと同時に、温かい拍手が起こる。このクラスは元々1年A組出身者が多く、リーナやセリアを留学生として迎えた経験がある為、こういう突発事には慣れているクラスであった。

 ただ、2年A組の生徒全員が悠元と将輝が対戦した相手であり、正直気が気でならなかったが、その悠元は淡々と拍手をしていた。表面上は礼儀として歓迎しているわけだが、実際は「お前の為に骨を折る様な苦労なんざ御免」と言わんばかりの様相を見せていた。そのことに気付いた深雪は自分だけでなかった感情を察しつつ、悠元へ愛の籠った視線を送っていた。

 これには近くにいた雫が「やっぱり悠元は天性のジゴロ」だと思わずにはいられなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 この日の昼食の時間、将輝は深雪と同じテーブルにつかなかった。彼はまずA組の男子生徒と親睦を深めることを優先したようで、森崎たちと同じテーブルについていた。将輝の心情を知っていたエリカは「意外」と零していた。

 

「てっきり、深雪に付いて来るかと思ったのに」

「エリカ、それを言ったら俺にも当て嵌まる様なものだが?」

「悠元はまあ、事情が事情なだけに許されてるわけだし」

 

 エリカの呟きに悠元が棘のある言葉を投げつけるように言い放ち、これには幹比古が苦言を呈した。悠元からすれば深雪と雫、ほのかは元々親交があったので、将輝とはその点で異なるのは事実であった。

 

「リーナやセリアは女の子だし一緒に居てもおかしくはないけど、一条さんは男子だからね」

「そうね。婚約者持ちの女子を追っかけ回すようなことをしたら、プリンスのイメージがガタ落ちよね」

「エリカ……まあ、分からんでもねえけどよ」

 

 さしものエリカも婚約とまでは行かないものの、レオと付き合っていることは父親以外の家族に認められている(異母姉には厄介払いの如く煽られたらしい)ため、悠元と深雪の気持ちを察したような言葉にレオが頭を抱えたくなりそうな口調で窘めた。

 すると、雫がセリアにリーナのことについて尋ねた。ここにいる中では修司と由夢の二人がリーナと直接面識を持たない。雫の場合は南盾島の一件でリーナと知り合っているが、留学の時の話は何故かしていなかった。

 

「セリア。リーナってどんな子?」

「……日常生活不適合者かな」

「セリア、辛辣すぎるんじゃない?」

「魔法のことなら一線級だけど、それ以外がポンコツのお姉ちゃんを褒めろって私には無理難題だよ……達也には申し訳ないと思うけど」

「まあ、リーナのことは俺も良く知っているからな。一番の身内であるセリアの情報は貴重だと思っている」

 

 達也が下手に庇わないあたり、リーナとの関わりでそういう気質を読み取っていてもおかしくはない。ただ、それでもやや不満げな心境なのは表情からして読み取れていた。

 

「深雪や達也が加減していたとはいえ、準ずる実力を有しているのは確かだろう……セリアが肝心の社会適応能力を奪ったせいでポンコツなのかもしれないが」

「私何もしてないよ、お兄ちゃん」

 

 ほぼ同じ環境に居ても、ここまで性格に差が出るのは正直本人の過ごしてきた行動に関わる話だ。セリアが不服そうにしているが、双子ならば否応にも片方と比較されがちなのに、そうなっていないのは二人の意欲のベクトルが違っていたからだろう。

 セリアが転生者だからこそというのもあるかもしれないが。

 

「それにしても、一条君がね……悠元は事情を知っていたりするのかい?」

「知っているというか……まあ、当事者側だからな。それよりも幹比古、俺も当分は人間主義者に目を光らせるから、今まで通りデータの共有は頼む」

「……てっきり、悠元はそっちの方へ動くと思ったけど」

 

 幹比古の言い分は分かる。本来なら警察が関わるべき案件だが、古式魔法師の領分だと関東圏の警察官の魔法師では対処が難しい。その為に警察はテロ対策に動かさず、十師族の実働部隊が動く手筈となっている。

 それに、沼津港の貨物船は見張られている上に、神奈川と沼津を結ぶ要所の箱根は神楽坂家による厳戒態勢が敷かれている。顧傑が国外へ脱出するためには、東京湾・三浦半島・相模湾の大きく分けて三つのルートで逃亡しなくてはならない。

 

「どうせテロリストが動くとしても、行動範囲はかなり限定されるからな。まずはそいつらに繋がりそうな連中に対処すべきだろう。まあ、過剰防衛にならないように系統魔法の使用をある程度制限すべきだとは思うが」

 

 その手筈をUSNAが整えるとしても、この国のテロ特措法は相手が如何なる事情の国であっても、()()()()()2週間は掛かる様になっている。ここでUSNA政府が強権を使うようなら即座に耳に入ってくるし、エドワード・クラークやレイモンド・クラークといえども日本政府に直接命令する権限は持ち合わせていない。大使館経由であったとしても、夜間の船舶の航行は緊急時を除いて認められていない。

 それが例え“USNA関連の船舶”であったとしても。

 そして、『フリズスキャルヴ』がどうせこちらの検索データを探ってくるのは目に見えているのだから、そのデータ量を一気に増やす算段は付けた。その為に南盾島の『恒星炉』を稼働させているのだから。

 

「模倣して爆弾を持ち出す可能性もあるし、一昨年の『ブランシュ』の一件からすれば、火器を使う人間もいるだろう。流石に死人を出す様な真似をするのは悪手だと理性が働けばいいが、そうも言ってられんだろうな」

「……武術を習っている人間ならばともかく、魔法の使用を凶器の使用と同列に見られると考えているのですね?」

「まあな」

 

 原作だと暴力を振るった反魔法主義者が武術を習っていた。彼が魔法科高校の生徒の重傷を負わせておきながら、その防衛行動として魔法を使用した場合、先に加害を行った側の罪よりも魔法云々というような風潮が見られた。

 裁判に原告・被告双方の心情や精神状態を鑑みる情状酌量の余地の有無を見ることは必要だが、相手が魔法を使えることを分かっていて暴力を振るった時点(下校中に狙ったのだから、当然制服は着ている可能性が高い)で、明らかに衝動的犯行というよりも計画的犯行に近いだろう。これで反魔法主義者に罪が無いとでもいうつもりなら、三権分立の定義が根本的に崩壊していると言わざるを得なくなる。

 再制定される憲法には裁判官の規定も大幅に改正され、魔法に関する正しい見識を持つ人間―――魔法学関連の有識者も選出対象となる。既に魔法が技術として成立している以上、司法も魔法の存在を正しく認識しなければならない。もし特定の思想・信条に基づく判決を下すようならば、その時は情報をリークして社会的に抹殺するだけだが。

 

「何にせよ、当分は集団下校するように言い含めた方がいいだろう。部活動のほうへは俺からメンバーに伝えるから、幹比古と深雪は各々出来る範囲で注意喚起を頼む。風紀委員の見回りの補助として部活連も動くつもりだ」

「そうだね。そうしてくれると助かるよ」

「分かりました、悠元さん」

 

 悠元はそう締めくくって、先に立ち上がった。「やるべきことがあるから、先に戻るな」と言いつつ、今日の弁当を作ってくれた深雪にお礼を言ってその場を後にした。

 




 原作の三権がまともに機能していない時点で、現行の憲法に無理矢理あらゆる法律をくっ付けただけの状態としか思えない為、根本的に法を見直すのが本来立法府のあるべき姿なのですが……正直国家の体がハリボテとしか思えません。

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