魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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社会適応と魔法力のトレードオフ

 風間に告げた大黒竜也特尉―――達也の魔法に関する取り決めの権限移譲。それはつまり、今後独立魔装大隊が達也を動かす際、悠元の承認を得なければならないことを意味する。それを反故にするような真似をすれば、参謀でもある彼の情報提供が一切受けられなくなる。態々口にせずとも風間は理解してくれる、と信じて悠元は言葉を続けた。

 

「それで、風間中佐。独立魔装大隊には先程の件を払拭するための機会として、人間主義者―――この際、“テロリスト予備軍”と呼称しましょうか。『ブランシュ』やその下位組織である『エガリテ』、更には『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』の残党の対処にあたって欲しいのです」

「……そこまでハッキリと言っていいのか?」

「良いんですよ。何せ、先日のテロ事件に使われた死体はいずれも横須賀の貧民でした。こんな状況を放置するのは国防に大きく関わりますので」

 

 ハッキリと述べた根拠として、その貧民の誘拐を主導したのは『人形師』近江円磨に他ならない。流石の顧傑もエシェロンⅢを利用した通話システムは有していなかったが、周公瑾が根城としていた場所にあったブースター付きの死体が近江の邸宅に運び込まれたことが判明した。

 とはいえ、現状は物理的な証拠がないために逮捕することが出来ない。なので、彼は顧傑に殺させることが決まっている。尤も、顧傑に口封じ目的の殺人容疑が追加されるわけだが。

 

 一歩間違えれば治安維持組織間の連携の足並みを崩すような真似をされるぐらいなら、国防を担う者として警察でも対処が難しいテロリストの拘束に協力させる。この命令は既に蘇我大将へお願いをしており、今度は“内閣総理大臣および防衛大臣からの出動要請”として出される。言わずとも両大臣に対して辻褄合わせの了解は得ている。

 これで断るようならば、一体何のための魔法師部隊なのだと苦言を呈したい。

 

「間接的には十師族に協力するような形になるでしょうが、今回の一件は最早十師族のみならず、この国の魔法師の尊厳にかかわる重要な問題です。それを認識できないというのであれば、私はもうこれ以上付き合うことを止めます……これをどう取るかは中佐殿にお任せいたします」

 

 自分とて個人間の関わりは出来る事なら切りたくない。だが、軍人としての関わりを金輪際切ることも想定して動かなければ、独立魔装大隊もとい第101旅団は一切動かないだろう。そう言い終えた上で悠元は静かに立ち上がり、風間に軽く一礼をしてから部屋を後にした。

 

(しかし、よくよく考えると不自然だよな……)

 

 九島烈と佐伯広海。この二人がライバル的関係にあるというのが原作での流れだが、そもそも九島烈はもうじき90歳の大台に対し、佐伯は軍人でも高齢となる59歳。おおよそ30歳も異なる二人の間柄を考えた時、流石に男女の関係は難しいと思う。

 佐伯が烈に一種の憧れを抱いていて、九島烈が国防軍を退役して師族会議を立ち上げた際に声を掛けられず、それが「裏切られた」という切っ掛けになったと見るのが自然だろう……この辺は本人から聞くわけにもいかないので、あくまでも推測の域は出ないが。

 

 用事を済ませた悠元はそのまま司波家に帰宅した。出迎えはいつものように深雪が玄関で待っていた。

 

「おかえりなさいませ、悠元さん」

「ただいま。達也は出掛けたのか?」

「はい。今日は四葉家のお仕事で遅くなると」

 

 顧傑の隠れ家の情報は掴んでおり、達也は今日そこで仕掛けるつもりのようだ。同行者として文弥と亜夜子にも声を掛けていて、念のためにリーナも同行させることを決めたそうだ。

 テロ事件の後、顧傑が乗ってきたと思しき貨物船を監視するUSNA大使館のクルーザーの情報と、そこに乗っているであろう人物―――ベンジャミン・カノープスの情報があるからこそ、達也はリーナに同行を頼んだ。

 

「まあ、達也がいて全滅する可能性は限りなくないに等しいが……先に風呂にするよ」

「分かりました」

 

 悠元が得た情報では、顧傑の動きを掴んでいるUSNA軍が動くことを想定している。恐らくパラサイト事件でも使われた『キャスト・ジャマー』を用いてくることも想定の範囲内だ。

 彼らに誤算があるとするならば、達也と文弥、亜夜子のCADを手がけたのは一体誰なのか、ということぐらいだろう。自分から名乗ったことも名乗るつもりもないが、『トーラス・シルバー』の片割れとしてCADのハンドメイドに一切手など抜いていない。それが自ら製作したものならば尚更である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その翌日、達也のモチベーションは見るからに下がっていた。サイオンのパターンから顧傑の所在までは突き止められたが、その捕捉よりも窮地に陥った文弥と亜夜子を救うことを優先した。特に亜夜子は達也の婚約者(候補)なので尚更だったのだろう。

 『キャスト・ジャマー』によるCADの阻害は無効化出来ていたが、これを見た敵が逐次的に数を増やしたのだ。四葉の魔法師だということで必要以上に警戒していたのは確かだろうが、流石に達也でもこればかりは無視できないと判断した。

 これには流石のリーナも「『ブリオネイク』でも撃つ?」と達也に聞いたらしいが、相手が米軍ということもあって今の段階でリーナの存在を明るみにしたくない、と丁重に断りを入れた。

 

「……済まない、悠元」

「別に謝るなよ、達也。一朝一夕で片が付いたら誰も苦労しない。それにだ、達也」

「?」

「身内とはいえ、そうやって深雪以外の他人を気遣えるというのも人間として成長している証だよ」

 

 達也とて今までに順風満帆なエリート街道を歩んできたわけではない。寧ろ逆のスパルタ教育を受け続けた挙句、大半の激しい情動を奪われてしまった。だが、激しさが無くなろうとも喜怒哀楽そのものが失われたわけではない。その部分が深雪以外にも見せれるようになったという点で人間として成長している、と諭した。

 

「……敵わないな、悠元には。一種の歳の功かな」

「その話題はやめろ。地味に効くから」

 

 夕食を終えてのんびりしていたところで、エプロンを身に付けた深雪が達也に箱を差し出した。そう、明日はバレンタインなのだが、悠元の存在が出来てからはその前日に手作りのチョコを貰うのが当たり前になっていた。

 

「一日早いですが、どうぞお兄様」

「ありがとう、深雪」

「どういたしまして。それでは、私はまだ作業がありますので」

 

 そう言ってキッチンに消えていく深雪。達也は早速丁寧にラッピングされた箱を開けると、中には綺麗に整えられたチョコが並んでいた。毎年チョコを貰っている悠元の目から見ても、菓子店のチョコと遜色ない様な出来にしか見えなかった。

 

「……毎年貰っておいていうのもなんだが、お店で売ってても違和感が無いと思うんだよな」

「俺もそう思う……食べるか?」

「いや、俺が手を付けたら深雪に怒られそうだから止めておく」

 

 キッチンには水波も同席しており、二人で楽しくやっている様子は聞こえてくる。今更ながらに思うが、本妻と愛人でここまで仲が良いということ自体異常だろう……何度も言っていることだが、昼ドラのような修羅場の連鎖にならないことは本当に頭が上がらない思いしかない。

 

「そういえば、明日は悠元の誕生日だな。プレゼントは手配しておいたから、遠慮せずに受け取ってくれ」

「……まあ、楽しみに待っておくよ」

 

 昨年の場合、達也からはマシな誕生日プレゼントだったが、深雪からはチョコに加えて“深雪自身”という扱い方が精密機械以上に慎重を期すレベルの代物が飛んできた。正直これ以上のものがどう出てくるかなんて……考えることはとうに止めた。

 どうしてか? と聞かれてしまうと、自分が置かれている立場上、正直貰っても置き場に困るものというのはどうしても出てきてしまうためだ。とりわけ自分は剛三の付き添いで世界各国を旅しているため、国内外を問わず知己が多くなってしまった。パーソナルデータを見れば誕生日は記載されているため、それを見て送ってくる人間は神楽坂家の人間となってから増えている。

 

「ふと思ったことだが、俺は誕生日プレゼントに何かを貰うことは少なかったが、悠元はどうなんだ?」

「俺の場合はなぁ……時折『そんなものを渡されても困る』代物が付随してたからな」

 

 単に貴金属などの高価な品をプレゼントとして提供するのはまだいいとしても、権利書とかもらっても正直処分に困るとしか言えない。頭を悩ませたのはアラブ連合から届いた土地の権利書だった。砂漠が誰にもどうにもできないからと言ってぶん投げるな、と言いたかったが、これはこれで活用させてもらうこととした。

 気が付けば海外のあちこちに土地の権利を有している形となったため、割り切る形で上泉家が所有する民間の海運会社『飛龍海運(ひりゅうかいうん)』を立ち上げた。就職は基本的に新陰流剣武術を修得している人間に限定しており、加えて秘密裏に引き取った治療済みの強化兵や『伝統派』の魔法師が船員として所属する。流石に経理などの部分は非魔法師が強い所もあるので、その辺は持ちつ持たれつといったところだ。

 海賊からしたら、絶好のチャンスと思って飛び込んだ先が魔窟という名の地獄。そして、亜貿社は名ばかりの貿易業ではなく実利を伴う会社として、飛龍海運の東京支社となった。船員の強さだけで言えば、下手すると『スターズ』の隊長クラスすら倒せるかもしれないだろう、というのが元継の評価だった。

 

 閑話休題。

 

「達也も今年からは他人事じゃなくなると思うがな」

「……母上のあの様子だと、何を贈られても不思議じゃないのは俺も感じているが」

 

 真夜としては、達也をようやく実の息子として接することが出来る機会を逃すまい、ととびっきりのプレゼントを寄越す可能性が高い。このことは達也も想定していたようで、深いため息が漏れるほどだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元は達也に頼まれて、襲ってきた米軍の詳細を洗い出した。すると、リーナが動く側とカノープスが動く側で命令系統が別であることに気付く。この辺はリーナが述べていたことやセリアの予測が間違っていなかったことを意味する。

 リーナとカノープスに命令を伝えたのは間違いなくヴァージニア・バランス大佐だが、彼女は統合参謀本部―――国防総省からの命令をカノープスに任せ、リーナは大統領から直接命令を受けている。普通ならば、軍の最高指揮権限を有する大統領が鶴の一声で止めることもできたであろう。

 

(大統領閣下は無理に止めなかった……いや、“炙り出す”気だな)

 

 今回が政府のスキャンダルであることはもはや避けようがない。ならば、その当事者を含めて芋蔓式に反政府勢力を叩き出すつもりなのだろう。悠元がデスクの引き出しから取り出した手紙の差出人は現在の大統領首席補佐官に当たる人物からのものだった。

 その内容は、顧傑に関するUSNA軍の動きに留意する旨に加えて、大統領からの言伝も含まれていた。元々与党内でも人間主義を掲げる組織との癒着は細やかなレベルではあるが噂されていたため、再選を機に大統領は世論を味方につける形で大々的な経済政策を打ち出し、その裏でテロリストに関わった人間を処分するつもりなのだろう。

 

 そんな国外の話はさて置くとしながら悠元は手紙を引き出しに仕舞い、立ち上がって制服の上着に袖を通した。リビングに来ると朝食の準備は済ませており、とても今日が自分の誕生日とは思えなかった。本当ならば友人たちで誕生会をやるつもりだったが、このご時世では致し方ないだろう。

 

「おはよう、達也に深雪、水波」

「おはよう、悠元」

「おはようございます、悠元さん」

 

 いつものように登校したところで、まずは机の上に数個。大方二科生のものだとは思うが、減っているような傾向が見られないことに内心で溜息を吐いた。すると、早めに登校してきたほのかと雫が近付いてきた。

 

「おはよう、悠元。相変わらずモテるね」

「おはよう、雫にほのか。にしたって、俺は婚約者持ちの人間なのに、それでも律義にくれる精神を疑うんだが」

「まあ、悠元さんはきちんと返していますから……悠元さん、義理ですが」

「これは珍しい」

 

 すると、ほのかから義理チョコを貰う形となった。それに続く形ではあるが雫からも本命のチョコを貰う形となった。正直なところ、ほのかとしては何かと達也絡みでお世話になった意味でのチョコなのだろう。

 

「悠元は気にしないって言ったんだけどね」

「でも、色々お世話になってる手前、何もしないのもどうかなって思ったから」

「ま、ありがたく受け取っておくよ」

 

 重さ的にチョコだけのものとは思えない為、恐らく誕生日プレゼントと合わせてラッピングしたものと見られる。雫のほうは手提げ袋で、中にはチョコとプレゼントの二つが別の包装に包まれていた。

 すると、生徒会で席を外している深雪が戻ってくる前に姫梨とセリアもやってきた。

 

「やっはろー、お兄ちゃん。愛しの妹が愛情たっぷりのあいだだだだだっ!?」

「お前は騒がしくしないと死ぬんか? ええ?」

「キレのいいアイアンクローですね」

「それはいいからとめてくだしゃいいいっ!?」

 

 ともあれ、姫梨とセリアからもチョコとプレゼントをそれぞれ貰うこととなった。なお、深雪と水波からは家に帰ってから貰う予定となっているようで、朝の段階ではチョコを仄めかす様な素振りは見られなかった。ただ、少し遅く帰ってきて欲しいと頼まれている以上は断る訳にもいかなかった。

 

「そういえば、深雪からは貰ってないの?」

「朝一緒に来た段階ではな……おう、おはよう将輝。机の上が早速盛況だな。モテる奴は違うな」

「……おはよう、神楽坂。それをお前が言うのか?」

 

 不意に声を掛けられる形となった将輝はそう返しつつも、同じクラスメイトの男子生徒から手提げの紙袋を貰う形となり、手早く机の上に載っているチョコを丁寧に入れていく。この時点で、悠元と将輝のチョコの個数は悠元がやや有利であった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 部活連会頭という職からすれば異性を遠ざける要因にもなるのか、とかつての克人や服部の例からしてそうなるものだと思っていた。

 だが、現実はそう甘くなかった。悠元は元々三矢家の人間なので、現3年は美嘉と面識を有している。加えて佳奈が第一高校の教官として生徒を教えているため、その分も加味してなのか人気が高い。

 

「……昼食に手提げ袋を持ってきておいたのが功を奏したが、どうすりゃええねん、これ」

「見るからに3年生や1年生が多かったですね。泉美ちゃんも渡しに来てましたし」

 

 婚約者がいるのに、何故ここまで増えるのだと疑問を呈したい。婚約者候補としていい印象を与えようという思惑があるのかもしれないが、見知らぬ人間を娶れるほど自分はそこまで大きな器を持っていない。

 

「そういや、レオや幹比古も地味に貰ってたな……複雑そうな顔をしているが」

「……正直、貰えたのは嬉しいが、どうしたものか困ってるんだよ」

「僕もレオと同じ意見だね」

 

 原作だとそんなに貰えてなかった二人だが、お互いに成績が優秀なこともあるし、身なりが整っているのもあってモテる部類である。ただ、レオの場合は隣で物凄い笑顔を浮かべているエリカのこともあってか言葉を濁している。

 

「あら、いいじゃない。モテるってことは良い証拠よ?」

「……幹比古、お互いに気を付けようぜ」

「うん、そうだね」

 

 その先に何が待っているのかなど目に見えているため、こればかりはフォローできる気がしないとセリアが作った弁当を無事完食した。

 

「ご馳走さまでした。一月前よりも腕が着実に上がっているな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。その反面、うちの姉は……料理に魔法を使おうとして慌てて止めたよ」

「……瞬発力的な火力なんて現実的じゃないだろうに」

 

 なお、今年のリーナのチョコはセリア経由で達也の手に渡った。味に関してはセリアとシルヴィア・マーキュリー、そして何故か巻き込まれた九島烈の太鼓判付きだという。さしもの『トリックスター』でも弟の孫娘の片割れがここまで生活能力に乏しいとは予想しておらず、魔法力を得られなかったことが却って良かったような表情をしていたらしい。

 

 期待した魔法力を得られなかった烈の子孫と社会適応能力を得られなかった健の子孫。このある意味“究極の選択”に対し、烈が「私は……正直あのままでも良かったのかもしれないな」と呟いたことにシルヴィアが苦笑にも似た笑みを見せたほどだった。

 

 その視線の先には、セリアに関節技を掛けられて意識を飛ばすリーナの姿があったのは言うまでもない。

 




魔法使いが引き籠りな性分なのはファンタジーならよくあることですが、現代・近未来ものだと日常生活能力も求められてしまう訳で、魔法力と社会適応能力で天秤が成立しているような気がしています。

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