魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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資源のリサイクルは難しい

 バレンタインで浮ついた空気は放課後にも見られていた。流石の人間主義者も人の恋路にちょっかいを出して地獄に落ちるような真似は避けた、と楽観視したくはあるが、正直なところ反魔法主義のメディア露出は増えつつあるものの、それでも大っぴらに声を上げているような節は見られない。

 今日は遅めに帰ってきて欲しいと言われてしまったため、最近出来ていなかった巡回に加わることとした。出来ていなかったというよりも“させてもらえなかった”と表現するのが真っ当になるわけだが。

 あちこちで桃色の雰囲気を感じてしまい、流石に邪魔するのは野暮だとお得意の隠形を全開にして巡回を続けた。自分だってされて嫌なことを相手にするつもりはないので、真っ当な行動に移しただけだと自分の中で納得させた。

 

 それでも時間が余ってしまったため、学校を出た悠元はコミューターに乗って一路厚木の三矢家の屋敷に出向いた。事前にメールでの連絡だけしておいたところ、玄関前には侍郎の父である矢車仕郎が出迎えてくれた。

 

「急な訪問になってしまい、申し訳ありません」

「いえ、旦那様より十分に便宜を図るよう言いつけられておりますので。それではご案内します」

 

 今回の捜査体制は七宝家と三矢家が十文字家の補佐として入っているため、その辺の経過やテロ事件で回収した炸薬や復元した兵器の詳細を洗い出すために依頼していた。無論、自分が『天陽照覧』で炸薬の元の兵器の状態に復元したのは言うまでもない。

 

「神楽坂殿、今日はどうなされましたか? もしや、誕生日で待たされている感じでしょうか?」

「……父さんには敵わないな。まあ、そんなところだよ」

 

 公的には悠元が上の立場となったため、私的な場ではいつもの親子のような会話で妥協してもらっている。変に畏まるのは肩が凝って致し方ないというのは元も同様であったため、互いに笑みを零した。

 ただ、家督と家業を継ぐ元治にはその辺を厳しく言い聞かせており、元治も自身の能力を把握しているからこそ元の言葉に深く頷いていたそうだ。

 

「そのついでに解析結果を聞こうと思って来たんだよ。相手が優れたハッキングツールを有している上、米軍も動いているのは確認できたから、ここは自分が出向く方がいいと思った」

「成程……先日悠元から頼まれた炸薬と兵器の解析結果だ」

 

 そう言って元は紙媒体で差し出し、悠元は手早く目を通した後で元に返した。炸薬の製造時期はそこまで古くはないものの、兵器の性能としては既に型落ちのもの。しかも、その製造場所は間違いなくUSNA製だと判明した。

 悠元は目を通すと、そのまま元に紙の束を返した。

 

「この国における同タイプの炸薬は5年前の時点で既に全数廃棄されていた。隠し持っていた節は否定できないが、兵器の製造元がUSNA製のものなのは間違いない」

「……USNAのスキャンダルを有耶無耶にして、この国に反魔法主義の流れを促すのは間違いない、か」

「もしや、この国の戦略級魔法を狙って行動を起こしているのか?」

「可能性は大いにある」

 

 こんなことが明るみに出れば、USNAと同盟を結んでいる他の国だって他人事では済まされない。下手をすれば同様の模倣によるテロ行為で混乱させられる危険性があり、最悪安全保障を睨んだ同盟が崩壊してしまう。

 顧傑を狙ったのは単なる偶然ではない。『灼熱と極光のハロウィン』から続く線を鑑みれば、反魔法主義の活発化で件の戦略級魔法師を炙り出し、その当該人物を狙い撃ちすることは十分考えられる。その主だった例は原作における『ディオーネー計画』に他ならない。

 

「達也の『質量爆散(マテリアル・バースト)』、爺さんから元継兄さんに継がれる予定の『雷霆終焉龍(ヘル・エンド・ドラゴン)』、そして俺の『天鏡霧消(ミラー・ディスパージョン)』に『星天極光鳳(スターライトブレイカー)』。澪さんの『深淵(アビス)』も加えれば、小国たる我が国で最低でも5つの戦略級魔法を有している訳だ」

 

 この国の近隣には新ソ連と大亜連合という非常に無視できない大国がいる上、同盟国のUSNAも潜在的競合要素を有している国。周囲を大国に囲まれている以上、戦略級魔法という抑止はどうしても必要となる。

 尤も、それをパワーバランスの観点から“持ち過ぎ”だと非難したがる奴はいるだろうが、第二次大戦の経緯からして大亜連合も新ソ連も、そしてUSNAも全面的に信用など出来ない。だったら自衛のための手段はあるに越したことはない。

 

 南盾島での作戦の際、リーナは“世界の秩序”という言葉を口にしたらしいが、それを双子特有の精神感応で聞いたセリアはリーナを締め上げながら「いつからUSNA(ステイツ)中心の世界になったんじゃ、答えてみい!!」と問いかけていた。

 そんな質問を米国人であるセリアが言うのはどうかと思うが、結局のところUSNAも新ソ連も大亜連合もかつての“五大国”という影響に囚われているのだろう。それは無論、イギリスも言うまでもない話だろうし、フランスもそういう部分があるのは否定できない。

 ただ、フランスだけは戦略級魔法のことを二の次にしてイギリスと真逆の路線を取っているあたりは現実を見れているのかもしれない。

 

「過去の栄光って……そんなにいいものなのかね。支配する方は良くても、される側としては堪ったものじゃない。大事なのは、この世界から戦争という人殺しを抑え込むことだろうにとは思うけど」

「悠元……」

 

 絶対量が決まっている以上、それを巡って争うのは人の性だ。だからといって、他人の土地や財産を無条件で奪っていい事にはならない。列強諸国がアフリカ大陸でやったことはまさに国が認めた“犯罪行為”でしかない。

 

「自分が戦略級魔法を持ったのは、そんなかつての既得権益を取り戻そうとする奴らに現実という名の鉄槌を食らわすためだ。栄光なんかで人の生活が豊かになるわけじゃない。そんなに欲しけりゃ勝手に追い求めて、誰にも迷惑を掛けることなく沈んでほしい……ごめん、父さん」

「気にするな。元はと言えば、そこまでの役目を背負わせている我々大人の不甲斐なさもある。何が十師族の当主だ……これでは悠元のことなど言えぬな」

 

 ニジェール・デルタ地域で剛三の行為に手を貸したのは、大亜連合が合法と認めたような犯罪行為を知らしめ、その報いを受けさせるためだった。その一件と『灼熱と極光のハロウィン』で勢力を落とした大亜連合はかつての分裂状態になることを恐れ、その捌け口としてアフリカへの再侵攻を目論んでいる。

 

 どうせなら首都近郊が混乱している新ソ連に侵攻して、ウラル山脈以東を切り取ってもらえばこちらとしても助かる。そのドサクサに生じて樺太と千島列島を“旧ソ連の不法占拠状態からの奪還”と称してこちら側に引き込むことも想定している。

 なにせ、第二次大戦後に結ばれた平和条約は旧ソ連がサインしていない事実がある。つまりは「隙あらば侵攻する」という意思は佐渡侵攻とイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』で証明されているため、誰もそれを咎めるための材料など持ち合わせていない。

 

 極東地域が大亜連合の支配下に置かれる懸念はあるが、一年を通して寒冷な一帯を支配下に置くメリットが正直少ない。精々地下に基地を作って自給自足できるように仕込むのが手一杯だろう。

 まあ、こんな物騒な話はともかくとして、今大事なことは顧傑を確実に捕縛することだ。

 

「首謀者は現状のところ、多摩川以南かつ箱根以東にいる可能性が高い。この辺には周公瑾の絡みで隠れ家の存在や知己の魔法師が住んでいるのもあって、彼らを頼りつつ転々としている……この動きを当然USNA側は掴んでいる」

「……国際問題はこちらの分野ではないから、悠元に任せよう。それで、テロリストは殺すのか?」

「いや、絶対に生きてUSNAに帰ってもらわないといけない。その引き渡し先は大統領の眼前だよ」

 

 USNA側―――厳密に言えば顧傑を唆した側は彼を殺そうとしている。別に彼を殺すこと自体に問題はないものの、その場所が問題なのだ。

 仮に公海上で殺したとなれば、USNA側の言い分は成り立つし追跡権も成立してしまう。スキャンダルの責任を全て死んだ顧傑に被せれば問題ないと踏んだのだろうが、関与した側が何のお咎めもなしにのうのうと職務を続けられるはずがない。その辺は“愛国心”という大義名分で片を付けるつもりなのだろう。

 これが日本の領海内で殺害したとなると、即座に同盟国同士の国際問題に発展する。原作で十師族に反発してなのか、大きな動きを見せていない国防軍の責任問題にも直結する事態になる。

 

「つまり、悠元も動くのか?」

「人間主義者に片が付く大筋が固まり次第、神将会も動かして顧傑を拘束する。今回は爺さんと母上も前線に立つと明言しているから」

「……あまり無茶はして欲しくないのだが、仕方があるまいな」

 

 外見上こそ若々しいが、実年齢を考えると双方共に80歳代の高齢。元も二人の実力は理解しているが、あまり無茶はして欲しくないという年齢からくる心配を口にした。

 

「その際、USNA軍関係についてはこちらで受け持つ。どうせ使い捨てしてくる兵士もいるだろうが、そいつらも回収してこちらの戦力に引き込む」

「パラサイト事件の際、『スターダスト』も引き込んだと聞いたが?」

「どうせUSNAに帰っても人体実験の憂き目に遭うのが関の山だ。本人たちもそれを理解したからこそ、こちらの提案を快く受けてくれた」

 

 祖国に帰ってモルモット同然の扱いを受けるか。もしくは祖国を捨ててこの国を新たな祖国としつつ魔法師として生を終えるか。彼らが取った選択肢は言うまでもなく後者であった。彼らだって好き好んで『スターダスト』として身を窶したわけではなかった、と治療した際に聞き及んだ。

 スパイというか非合法工作員(イリーガル)についても、密かに回収して戦力に組み込めるように魔法力を鍛えさせた。彼らもその秘密を知った上で恭順の姿勢を見せてくれた。その一人曰く「ステイツの軍の上層部は、魔法を人の為ではなく道具としてしか見ていない。我々は彼らの都合の良い道具ではないことを生きて示したい」とのこと。

 

「国際問題に発展させる気なら、こちらが掴んだスキャンダル関連の情報を全部USNAだけでなく全世界に公表する用意がある。顧傑に関わった関係者の首が無事に済まなくなるだろうが」

「……やれやれ、そういった苛烈さは元治にも見習わせたく思うが、贅沢が過ぎるのかな?」

「俺は出来るからやってるだけで、相手が穏便に済ますなら引っ込めるつもりでもいる。ただ、テロリストを放置していたUSNAの責任はどう足掻いても免れないけど」

 

 顧傑を拘束次第、政府や各種メディアを通じて十師族の全面協力によってテロリストを逮捕したと知らしめる。ローカルメディアである様な連行のシーンを敢えて撮らせることで、顧傑が逮捕されたと市井にも知らせる必要はある。そして、その際には京都・奈良方面で古式魔法に得手がある警察官を動員して協力してもらう算段は付けている。

 この辺は『伝統派』の消滅による副産物だが、今回のことはあくまでも警察の面目躍如ということで主題を置くことが決まっている。その後、同盟の取り決めに従ってUSNAに護送される。もし、この時に爆破するような真似を企んだ奴は、その折に消えてもらうつもりだ。

 

 この情報は神楽坂家で買収した国外メディアでも報道させ、世界に知らしめる。顧傑が『ブランシュ』や『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』とも繋がりがあることも公表し、各国を篩に掛ける。これでこの国を害するように動くような奴がいれば、間違いなく“敵”の可能性が高くなるだろう。

 

「……そうだ、父さん。今年は沖縄の一件から5年の節目になる。多分だけど、彼岸の法要に関することもお願いが来ているんじゃないか?」

「もうそんなに経つのか……そうだな、我が家で言えば元治に穂波さん、それに悠元も含まれる話だな」

 

 2092年8月に起きた大亜連合による沖縄侵攻(沖縄防衛戦や沖縄海戦とも言われる)において、悠元は「上条達三特尉」として参戦し、現地協力員として参戦した達也と共に戦略級魔法で大亜連合を退けた。

 今年は5年という節目に合わせて行われる慰霊祭が夏に予定されており、その流れで3月に彼岸の法要が執り行われることが決まっている。護人や十師族を含めた魔法師社会の中で、その関係者となると悠元と達也、元治、深夜に穂波の五人が該当する。

 

「魔法協会からも十師族の代表として元治に打診が来ているが……済まないが悠元、三矢家の代理として頼めるだろうか?」

「まあ、当時は半分三矢家の人間だったし、受けることは吝かじゃないよ。多分達也や深雪も出ることになりそうだし」

 

 その辺の話は事前に真夜と葉山がいる前で相談しており、真夜としても達也の四葉家当主としての箔付けの意味で達也と深雪を法要に参加させると明言していた。なお、深雪の場合は自分の婚約者としてという形ではあるが。

 

「ふむ……悠元ならば適当に誤魔化すこともしそうなものだが」

「いやいや、俺も前線で戦った人間として死んだ人間を弔う責務はあるでしょう。全てを救うだなんて大それたことなんて言えないけど、せめて救えなかった人間の遺志ぐらいは汲み取りたいから」

 

 そして、自分が出向くのはここ最近妙な動きをしている大亜連合とイギリスの絡みが大きい。その裏でエドワード・クラークが動いているのも確認済み。具体的には年明け辺り―――厳密には、達也が四葉家の次期当主に指名されてからその兆候が見られ始めた。

 相手が達也を戦略級魔法の使い手であることも、『トーラス・シルバー』であることもとうに掴んでいる。自分や達也の身辺を探ろうとしている連中は全て調べ上げており、中には新ソ連の人間もいた。漏れなく上泉家や九重寺行きになっているのは言うまでもないが。

 

「事件が終わった後で報告にまた来るよ」

「分かった。元治と穂波さんには伝えておくし、本人たちから改めて代理を頼むようにしておく」

「やっぱり、初めての孫となれば父さんも嬉しいか」

「当然だよ。元継のところで引き取った子たちも含めれば、私は本当に果報者だと思うぐらいにな」

 

 魔法力が上がらなければ、こんな風に他の家へ嫁がせることもなかっただろう、と元は付け加えた上で昔を懐かしむように呟いた。悠元が転生した時、元治はともかくとして元継より下が魔法科高校に通っていない時だったのも、そこまで大きな騒ぎにならなかった理由だった。

 

「何度も口にしていることだが、今にして思えばお前を受け入れたことが我が家の転機だったのかも知れないな。確かに恐ろしくも感じていたが、元々魔法が大衆に恐れられている部分を鑑みた時、私の悩みも些細なものだと思った」

「……正直言って、家督と家業を継がないと決めたのは十山家のせいだけど。一目見ただけで人を値踏みしている節があったのは確かだから」

「ははっ、その時に見通すとは……私の目がまだ曇っていなくて良かったよ」

 

 十山家が懲りて大人しくしてればいいのだが、正直十文字家の地位が向上した際に擦り寄る可能性は捨てきれない。元々第十研の繋がりがあるため、同研究所出身者は身内みたいなものだ。

 

 七草家の場合はって? あれは第三研を政府の都合で勝手に飛び出したので論外。

 


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