魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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主義を語る前に社会常識を知れ

 結局のところ、第二高校の魔法使用の件は過剰防衛とみられることはなかった。それが決定的となったのは男子生徒の一人が重傷で、二人も怪我を負った度合いからくるものだった。魔法使用に関する部分は刑法に盛り込むよう進言しているが、明確な判断基準が出ない限りは裁判官の思想の匙加減で自衛のための魔法使用を全面的に禁止することも十分考えられる。

 

「実際に被害が出ているから、今回は正当防衛であることを認める、か」

「被害が出ないとどうにもならないという時点で司法の限界なんだろうが……既に現内閣に対して刑法も含めて魔法に関する権利の明確化を進言している。尤も、施行は早くてもこの事件が解決した後になるだろう」

 

 この一件はメディアでも報道するように仕向けており、多少のリスクはあろうとも被害が出ている以上はしっかり伝えるべきだし、一方的に難癖をつけて暴力を振るった事実は否定できない。そもそも、複数の男性が女子一人を取り囲んだ時点で反魔法主義に対する世間の心証は最悪極まりないが。

 

 現行法における魔法使用の基準がかなり曖昧で、公務員の職務や民間人による公的職務の代行を除いて曖昧な匙加減となっている。これは魔法師が公権力の道具として使われてきた歴史的背景からくるもので、社会秩序の維持や災害防止の為、なるべく自由に魔法を使用できるようにする政府の思惑によるものだ。

 

 なので、個人の魔法使用に対する基準を明確化すると共に、半ば機能していない魔法師ライセンスの代わりにこの国独自の国家資格として魔法技能検定による『国家魔法技能師』の制度を4月から立ち上げさせることで既に話が進められている。

 基本は魔法科高校や国立魔法大学を卒業することで一定以上の基準を満たすものと判断して付与できる形とし、既に卒業している人間でも魔法師としての実務経験を鑑みて見合った等級に認定される仕組みとなる。

 ようは医師免許などの特定の学校に通うことで得られる免許制度だが、古式魔法師向けにも一般試験という形で門戸を開く。現在の魔法師ライセンスでは評価しきれない部分を掬い上げる意味での制度なので、ここに関して魔法協会と競合することはないようになっている。

 「政府による魔法師の管理だ」と反発する人間も出てくるだろうが、身元がハッキリしない人間の方が却って怖いのが当然の反応だ。

 

「こうなると、暫くは複数での登下校をするように注意喚起する必要はあるが、一高生が狙われないとも限らんからな……水波ちゃん、後でCADを貸してくれないか?」

「え? 元々悠元さんから頂いたものですので、お貸しすることに異論はありませんが……何をされるのですか?」

「元々ハードに組み込んでいて封印していた機能の解放と、試してほしい防御魔法があってな」

 

 元々深雪や水波の持っているCADには予め対『キャスト・ジャミング』用の機能が組み込まれているが、今まで使うこともなかったので一時的に封印していた。それの機能を解除すると共に、水波に対して新たなタイプの防御型魔法を提供するつもりでいた。

 これには達也が興味を持って尋ねてきた。

 

「悠元が作った防御型の魔法か。どういうものなんだ?」

「相手の攻撃を無力化する防御魔法というのは当たり前だが、今回は『極減速』をテーマに組み上げたものだ。今の水波の魔法力ならゆうに丸一日の継続展開でも余裕だろうとみている」

 

 反射したり逸らしたりして相手にダメージを返すのがダメだというのなら、相手の攻撃の速度を限りなくゼロにしてしまう方法。数学で言うところの無限級数の収束に基づいた理論で組まれたもので、原理的には複数の層を超高密度に圧縮した窒素でシールドの前に展開する仕組み。元々窒素を圧縮する工程は『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)』や『ブリューナク』から改良したものなので、別段苦労はしていない。

 

 そしてこの魔法、本来は魔法を通過してしまう『キャスト・ジャミング』を完全に遮断する効力も備わっているだけでなく、相手にそのまま『キャスト・ジャミング』を返してダメージを与えるもの(対魔法師を想定したもので、非魔法師相手にダメージは行かない)となっている。無理矢理突っ込んでいけば濃密度の窒素を吸って呼吸困難に陥る。勿論、外部からの接触判定に関する記述も入っているため、その窒素を吸った相手が精々軽い呼吸困難で数分ほど動けなくなるようになっている。

 

「達也は無論のこと、俺も出来る限り深雪の傍に居るようにはするが、部活連会頭としてすぐに対処できない場合がある。そうなると最後の砦は水波に他ならないからな。水波と深雪のCADにはシグナル発信機能も付けられているから、緊急時には躊躇うことなく使ってほしい」

「はい、分かりました!」

 

 四葉家の人間として明かした以上、深雪が魔法師でない市民相手に魔法を使うのは不味い。深雪が武術で抑え込むことは可能だが、相手がそれを見越して複数人で襲い掛かってくる可能性もある。

 悠元の頼みに水波は真剣な表情と確かな決意を以て頷いた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 原作よりも強化されているとはいえ、達也と燈也しか強化されていない以上はそう簡単に進展が進むわけでもない。いや、厳密に言えば既に顧傑の行き先は確実に狭まりつつある。その前に片を付けなければいけない部分があるため、本格的に動いていないというだけだ。

 2月18日。卒業式も近いということで悠元は一人部活連本部室で卒業式の祝辞の原稿に取り掛かっていた。本来ならば在校生代表として生徒会長である深雪が担う部分なのだが、現3年生と何かと交流が多かった立場として深雪は悠元を指名したのだ。

 悠元も世話や迷惑を掛けた側として断る訳にもいかず、渋々引き受けた。この辺は深雪の負担を減らすという婚約者としての気遣いも含まれているわけだが。

 

(……これは……)

 

 キリの良いところで切り上げた悠元がふと深雪のほうに“眼”を向けると、悪意が深雪の近くから感じられることに気が付く。そして、その悪意から読み取れるものを見て、只事ではないと判断。悠元は周囲に誰もいないことを確認した上で『鏡の扉(ミラーゲート)』を発動させ、一気に飛んだ。

 流石に街中へ飛ぶわけにもいかない為、深雪の気配を感じる場所からそう遠くないビルの屋上に飛び、悠元はそのまま下に視界を向ける。

 

「……この絵面を見ただけで、非は連中にあるとしか思えんな」

 

 悠元がそう零した理由は、男たちが深雪と水波、そして泉美と理璃を取り囲んでいた。そして、水波に予め渡していた防御術式『極減速防盾(アクセル・ディーセラレーション)』と理璃の『ファランクス』で連中の『キャスト・ジャミング』を防いでいる。この程度なら深雪が事象干渉力を上げるだけで対処できるレベルだが、自分や達也の言い付けをしっかり守っている証拠だった。

 だが、この状況をただ見守るのは趣味でもない為、悠元は一息吐いてビルの上から男たち目がけて飛び降り、そのまま男の脇腹に蹴りを食らわす。そのまま壁に吹き飛んで動く気配はないが、死んでいないのは確かであった。

 そして、深雪は嬉しそうに悠元の名を口にした。

 

「悠元さん!」

 

 それを聞きつつも、悠元は『キャスト・ジャミング』に対して自身のプシオンの性質を付与し、全てのノイズを秩序化して掌握した。現代魔法においてはサイオンが重要視されるため、未だに解明されていないプシオンの制御などは一部の古式魔法にしか精通していない部分が多い。

 突如ノイズが消えたことに男たちのリーダーはもう一度『キャスト・ジャミング』を放とうとするが、すると何かのヒビが入るような音が鳴り響き、次の瞬間には男たちが身に着けていたアンティナイトの指輪が粉々に砕けた。

 

「な、ななっ!? アンティナイトが砕けただと!? 貴様、魔法を使ったのか!?」

「魔法? 言っとくが、系統魔法を含めた現代魔法なんて使っていないぞ」

 

 悠元が用いたのは、プシオンを付与したサイオンを相手のアンティナイトに過剰に流し込んで、ノイズ構造を秩序化するという反作用を起こさせる情報を流し込んだだけで、相手が無理矢理『キャスト・ジャミング』を発動させようとすることで指輪内に情報処理の相剋を起こし、情報過多状態で指輪が砕けた。

 その動揺の合間を縫うように悠元は深雪に目配せをすると、意図を察した深雪は水波と理璃に指示をした。

 

「水波ちゃん、理璃ちゃん。維持したまま人垣の外へ」

「分かりました」

「はい」

 

 幸い、通れる隙間は悠元が男の一人を蹴飛ばしたお陰で空いており、悠元の横を抜けるような形で人垣の外に出たところで、悠元が水波と理璃に声を掛けた。

 

「水波、理璃ちゃん。魔法を解いてもいいぞ」

「はい」

「深雪、三人を連れて学校に戻ってくれ」

「分かりました……どうかご武運を」

 

 深雪は三人を連れてそのままその場を去っていく。男とたちは未だに動揺していたが、リーダーが我を取り戻した。

 

「何をしている! 同志たちよ、邪教の徒を取り逃がすな!」

 

 男たちは先程悠元が気絶させた奴も含めて15人。その先鋒として五人が悠元の横を走り抜けようとした。だが、それが彼らにとって悪い結果しか齎さなかった。悠元が息を吐きながら両手を勢いよく叩くように合わせた。

 その一瞬の後、五人の男たちは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 

「貴様! 魔法を使うのが許されると思っているのか!!」

「大人数で不法な監禁をしようしたこともそうだし、明らかに深雪らを狙い撃ったことも事実。更に言えば―――俺は警察省の特別捜査官なのでな」

 

 そう言って悠元は懐から警察省の特別捜査官であることを証明する警察手帳を見せ、彼らに確認させた上で懐に仕舞った。尚、手帳自体は『神将会』が公的に活動する際の身分証明でもあるが、それを態々教えてやる義理もない。

 

「その上で、『エガリテ』の残党であるあんたらを不当な監禁および暴行未遂、並びにテロ対策特措法における軍事物資相当の稀少物資不法所持に加え、公務執行妨害で全員この場で拘束させてもらう」

 

 悠元がそう言って指を鳴らすと、男たちを取り囲むように私服姿の警官が30人ほど姿を見せた。その中には寿和や稲垣も含まれている。

 元々、悠元は深雪が狙われる可能性が高い上に、十師族直系である泉美や理璃もそれに準じるため、寿和や稲垣をはじめとした魔法師の警察官に彼らの護衛を密かに頼んでいた。こちらが張っておいたあからさまな網にまんまとかかるあたり、彼らの稚拙さが見て取れた。

 

「こ、この……死に」

「はい、黙れ」

 

 リーダーと思しき人間が何かを抜こうとした瞬間、悠元は『抜き足』で彼の胸元に近付き、振動で彼の脳をまるでピンボールの如く揺らして強制的に脳震盪を起こさせ、気絶させた。その際に彼の呪印に気付いて無効化した。

 

 他の連中もその折に全員気絶させ、悠元はリーダーに『天神の眼(オシリス・サイト)』を向けた。こちらが片付けている時に達也が戻ってくるかどうかも分からない為、保険という形で彼に刻まれた呪印からその発動主の元を割り出し、『万華鏡(カレイドスコープ)』でその大本である『人形師』近江円磨の家を視た。

 達也の場合は『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で因果を辿る必要があるが、悠元の『天神の眼(オシリス・サイト)』はリーダーが関わった人物の“歴史”を辿ることで魔法を掛けられた時点を割り出し、それに関わった人物の情報を情報体次元から引き出す。そして、悠元の固有魔法である『カレイドスコープ』は相手に一切察知されることなく必要な情報を見通す。

 

(……近江は殺されたか。近くにいるのは……間違いない、顧傑だ)

 

 顧傑のいる場所は割り出した。明らかに顧傑らしからぬ焦りが見えるような行為からすると、恐らく顧傑の『フリズスキャルヴ』が凍結されたとみるべきだろう。明らかに切り捨てるような行為だが、そこから辿られて『フリズスキャルヴ』ひいては『エシェロンⅢ』を明るみにされたくないのだろう。

 ハッキングツールが使えないとは言っても、未だにUSNA軍の支援を受けているような状態に変わりない。

 

「悠元君。いえ、神楽坂殿。ご無事ですか?」

「寿和殿。ええ、大事ありません」

 

 正直、達也にこの役目を担わせるつもりでいたが、今回ばかりは止むを得ない。既に必要な情報は神楽坂本邸にいる千姫に送信しており、早くとも今日中には結果が出るだろう。気絶した犯人らの動向の報告については本職である寿和らに任せ、悠元は「学校に事情を説明します」とだけ伝えてその場を後にした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元としては、あまり気分のいいものではない。とりわけ身内事のこともあるため尚更だが、今回は第一高校の生徒が巻き込まれた以上は細かい説明をする必要があると考えた。当事者側の事情を全て纏めた上で、悠元は教師らと相対していた。

 

「―――では、桜井さんと十文字さんが障壁魔法を使った以外は、一切魔法は使っていないのですね?」

「ええ、その通りです」

 

 深雪と水波、理璃と泉美は事情聴取ということで八王子署にまで出向いている。別の襲撃を鑑みて達也に同行を頼んだ。達也なら『キャスト・ジャミング』の対処法も理解しているし、万が一の場合は体術で打ち倒せるので問題ないと踏んだ。

 被害を受けたクラスの指導教師に加え、校長と教頭の五人を相手にしているわけだが、正直悠元からすれば本気の殺気というものを知っているため、睨んだところで強がりに見えてしまうという悲しい現実もあったりする。

 

 悠元が使ったのは、アンティナイトを砕くために情報を込めたサイオンを注ぎ込んだのと、サイオンを収束してショットガンのように拡散させることで至近距離からショットガンで撃たれたような感覚を相手に錯覚させ、気絶させただけに過ぎない。一人は割と本気の蹴りで壁にぶつけたが、命に別条がない事は確認している。歯の何本か歯折れたかもしれないが。

 

「相手がキャスト・ジャミングを使用したのは本当ですか?」

「それも本当です。その証拠となるアンティナイトの指輪は警察の方に引き渡しましたので、実物は持ち合わせておりませんが」

 

 警察による連行の合間を縫ってアンティナイトの指輪を『天陽照覧』で修復し、それも『キャスト・ジャミング』を使った証拠として寿和らに引き渡している。そもそもアンティナイト自体が軍事物資指定の稀少物資であるため、個人がおいそれと持ち歩けない。

 本当なら悠元も事情聴取の対象だが、今回は警察省の複数の警察官がその一部始終を見ていたためと、今回は警察省の特別捜査官として対処したため、報告書に関しては本職の人間に任せた。というか押し付けた。

 すると、ここまで黙っていた校長の百山が口を開いた。

 

「神楽坂君。暴漢が司波くんや七草君の姿を見てターゲットを変えた、と別の女子生徒が述べていたと報告を受けていたが、本当かね?」

「はい。司波会長や七草さんの名を聞いた途端、別の生徒を取り囲んでいた男たちが突如狙いを変えたそうです。その上で司波会長らに人間主義の強引な説法を始めたと聞いています」

「つまり、彼らは明確な標的として取り囲んだと?」

「聞いた事情からすれば、間違いなくそうではないかと思います。何せ、あの場には十師族直系の子女が三人おりました。彼らが名を呟いた上で取り囲んだ以上、明確な意図を以て行ったとみるべきかと思われます」

 

 この場では別に神楽坂家当主として振舞う必要もないため、年齢に応じた言葉遣いで悠元は百山の問いにハッキリと答えた。これを聞いた百山は明日から23日の5日間を臨時休校とする旨を口にした。

 その意図が分からず教頭の八百坂は百山に尋ねるが、百山は怒らない代わりに「この程度も分からないのか」と言いたげな表情を向けていた。その上で百山は今回のテロが明確な目的を以て行ったとみており、凶暴化の懸念を考慮してのものだと口にした。

 

「単に見境なく行うのであれば不平分子の暴走だが、彼らが明確に標的を変えるような行動を起こしたのであれば、それは組織的かつ計画的な犯行の線が強い」

 

 彼らの素性自体は既に知っているため、悠元は特に顔色を変えることはしなかったが、教頭や校長席の周りにいた大人たちは顔が蒼褪めていた。大体、一昨年春のテロ襲撃事件のことがあったのに、そんな楽観視できる方がその人の神経を疑いかねない。

 それでも教師なんてよく名乗っていられるな、とは敢えて口にする必要も表情に出す必要もなかったが、悠元は百山に対して声を発した。

 

「百山校長。明日から23日の臨時休校に関しての放送をしても宜しいでしょうか?」

「それは、君の部活連会頭としての判断かね?」

「はい。学校側からの緊急メールもあるでしょうが、現時点で学校に残っている人にも呼びかけをすべきだと判断しました」

「……そうだな。許可をしよう」

 

 部活連会頭である悠元はこの学校で強い影響力を有しているため、彼の言葉ならばそれに反する動きを抑えられるだろう……そう思った百山は悠元の要請に対して静かに頷いたのだった。

 




 原作で色々出てきた部分を使っての解決法。ただ、原作と違って悠元が警察としての立場を有しているのと、稲垣が早い段階で解呪されたいるための出番と相成りました。

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